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第18話

 城門をこれでもかという位の暑苦しいテンションで乗り越えたランスロットたちは、勢いそのままに城の中へと入ってきた。


「どうすんすかゲドさん、入ってきちゃいましたよ」

「そうだなぁ。ちくしょう」


 ただでさえめんどくさいのに、さっきのランスロットたちの暑苦しいやり取りを見てますます気分が削がれてきた。

 頼むから帰ってくれないかな、アイツら。


「何か対策しないと。このままじゃすぐにここ来ちゃいますよ?」

「わかってるよ、ったく」


 あの勢いだ。今更何か言っておとなしく帰るとも思えない。もう一度マリアを盾に……いや、もう通用しないだろうな。いっそのこと、マリアを渡しちまうか?やめとこう、今度はラグエルに殺される。

 あぁくそっ、めんどくせぇ。なんで俺がこんなめんどくせぇことしなきゃならんのだ。くそ、いっその事ここから……


「ゲドさん、どこ行くんすか?」

「あ?いや、ちょっとトイレに……」

「そんなこと言って逃げるきでしょ!?」

「ばっ!ちっげぇよ!ちょっともよおして(・・・・・)きただけだ!」


 スラ公が俺の進行を邪魔するように前に立ちふさがる。

 この野郎、なんて勘がいいんだ。


「嘘だね!絶対嘘だね!そのままトンズラこく気だろ!この外道!」

「うるせぇ!あぁそうだよ!逃げるつもりだよ!だからそこを退け!」

「絶対に逃がさん!メルディアさんの時みたいにはいかんからな!」

「この野郎……前から思ってたが、お前とはそろそろ決着をつけるしかないようだな!」

「上等だぁ!スライムの意地見せたらぁ!」


 最弱モンスターのくせに魔王の俺に逆らおうとは良い度胸だ。どちらが上か今日こそはっきりさせてやろう。


「「死ねぇぇぇぇ!」」

「止めんかバカ者ども!」


 俺とスラ公が激突する直前、シャドーに抱えられた生首が間に割って入ってきた。

 っぶねぇ、何とか踏み止まれたが、下手したら正面衝突してたぞ。


「邪魔すんじゃねぇよ生首。コイツぶっ飛ばして俺はさっさと逃げる」

「早まるでない」

「早まってねぇ。コイツとは白黒はっきりつけなきゃいけないし、ランスロットがここに来るのは時間の問題だ。だったらさっさとトンズラこくに限る」

「案ずるな」

「あぁ?」

「心配するなと言っている」

「なんだよ?なんか名案あるのか?」


 もしこれで無策だなんて言いやがったら、瓶叩き割って外の堀に叩き落としてやる。


「忘れたか、お前には頼もしい部下がいることを?」

「あん?頼もしい部下?」


 生首曰く、頼もしい部下たちの顔を思い浮かべてみる。

 弱小軟体モンスターにシスコン悪魔、お頭の足りない竜人と、各種バラエティに富んではいるが、とても頼もしいとは言いづらいんだが?


「パッと思い浮かんだのが残念なのしかいないんだが?」

「おい外道、なんでこっち見た?」


 弱小軟体モンスターが何か言ってるが気にしない。弱小モンスターに時間をかけるほど暇じゃないのだ。


「それらは置いておいてだ。うちには他にも頼もしい部下たちがいるだろう。主の留守を任せられるほどの、な」

「主の留守をって……まさか、サバスチャン達か?」


 確かにサバスチャンは相当強いが、相手は四天王だぞ?それに、エルピナ達はどう見ても戦えるようには……いや、風呂場の攻撃は相当だったな。だけど、流石にエレナたちは……。


「まあ見ておれ。この一件が片付いた頃には、お前の認識はガラリと変わっとる」


 得意げに笑っている姿に多少イラッとしたが、それだけ自信があるということだろう。ならばお手並み拝見と行こうじゃないか。

 俺は再び玉座に腰かけた。目の前には城の門を映した水晶がある。が、すでにランスロットたちの姿はない。


「生首?」

「わかっとる。ちょっと待っとれ」


 生首が何やらブツブツと唱えると、城門の上で固定されていた視界が瞬時に移動した。その移動先は城内、眼下にランスロットたちを捉えている。


「ランスロットたちを追跡するように設定した。これで見失わんだろ」

「おぉ、やるじゃん」


 得意げに胸を張る――首から下はないので少し顔を持ち上げただけだが――生首を褒め、水晶に視線を戻す。

 城門をくぐり、今まさに城へ入らんとしたランスロットたちを入口で迎えたのは、我が城の頼れる執事、サバスチャンだ。


『ようこそいらっしゃいました。ランスロット様、そして、その配下の皆様。私はこの城の執事を務めております、サバスチャンと申します』


 サバスチャンが丁寧に頭を下げる。

 どんな相手にもきちんと挨拶するのは良いんだけど、そんな悠長なことしてて大丈夫かよ。


『丁寧な挨拶痛み入る。しかし、俺達には時間がない。悪いが失礼するぞ』


 そう言ってランスロットが一歩踏み出した時だった。


『――ッ!』


踏み出した右足を、なぜかランスロットが即座に引いた。そして、目の前のサバスチャンを睨み付ける。


『ここは通さない、というわけか?』

『ご明察の通りです』


「なんだ?なんでランスロットは足引いたんだ?」

「見てわからんか。サバスチャンが殺気を飛ばしたんだ」

「殺気?」

「あぁ。一歩でも近づけば容赦しないと言わんばかりに殺気を飛ばしているに違いない。ランスロットはそれに気づいたんだろう」

「ふ~ん、こっからじゃよく分かんねぇけど、すげぇやり取りしてんだな」


 二人とも一歩も動かず、しばしの沈黙が続く。と、後ろのデュラハンの一人が動いた。


『隊長こんなところでグズグズしているわけにはいきません。早く――』

『――ッ!バカ!』


 次の瞬間、サバスチャンの姿が一瞬ぼやけ、そして一歩踏み出したデュラハンが後ろへ吹き飛んだ。

 後ろにいた他のデュラハンにぶつかり止まったが、なかなか起き上がる様子が見えない。相当な力で吹っ飛んだに違いない。

 いったい何があった!?


『くっ、よくもアンドレを』


 ランスロットの後ろ、吹き飛ばされたデュラハンが小さく唸る。

今のはサバスチャンがやったのか?てか、吹き飛ばされた奴、あの肩車で一番下だった奴かよ。みんな兜着けてるからどれがどれだか見分けがつかん。


『ご覧になりました通り、これより先はお通しするわけにはまいりません。お引き取り願えませんでしょうか?』

『断る!俺たちには何としてもやらなければならないことがあるからな!』

『承知いたしました。それでは遠慮なく――』


 サバスチャンが腰を落とし、拳を握りながら右腕を前に出した。よく分からないが、おそらく攻撃の構えなんだろう。

 それに合わせるように、ランスロットも剣を抜く。

二人とも一歩も動かない。が、おそらく今、二人の間では目に見えない攻防が繰り広げられているに違いない。

 おそらく勝負は一瞬で片が付く。

 一瞬の邂逅ののち、立っているのはランスロットかサバスチャンか。

 その緊張感に俺が手を握りしめた時だった――


『待て!』


 沈黙を破る声。

 その声の主は部下のデュラハンたちだ。

 五人のデュラハンがそれぞれ前へ出る。その手にはそれぞれ剣が握られていた。


『お前の相手は俺たちだ!』

『隊長、ここは俺たちに任せて先へ!』


 ランスロットたちの間に立ったデュラハンの一人がサバスチャンを見据えたままランスロットに声をかける。


『お前たち!しかしそれでは!』

『隊長、ここはあの人たちに任せましょう』


 さっきぶっ飛んだデュラハン――アンドレっつったか?――がランスロットに声を掛ける。鎧には見事に拳のマークがついている。


『アンドレ、しかし、奴は危険だ。アイツらだけでは』

『酷いなぁ隊長、俺達だってそれなりに鍛えてんすよ?』


 サバスチャンから視線を逸らさぬようデュラハンの一人が軽く顔を動かして軽口を叩く。他のデュラハン達もそれに続いていく。


『そうそう、毎日隊長のシゴキに耐えてるんすから』

『自分たちで言うのもなんですけど、結構強いと思いますよ、俺たち』

『俺たちの心配より彼女の心配した方が良いんじゃないっすか?久しぶりに会うんでしょ?』

『案外、忘れられてたりしてな?』

『それあるな!どちら様ですか、なんてな?』

『お前ら!俺が心配して!』


 剣を構えながら馬鹿笑いを始めるデュラハン達にランスロットが怒り出す。

 まあ無理もないわな。心配してんのにこんな緊張感が無いんじゃな。

 

『それが余計だっつってんですよ』

『俺たちが何とかするって言ってんです。だから隊長は何も心配せずに進んでくださいよ』


 心なしか、デュラハン達の声が真剣みを帯びた気がした。


『お前たち……』

『隊長、これが片付いたら一杯奢ってくださいよ?』

『一杯と言わず、飲み代全部奢ってもらいたいよな?』

『いいな!アレ!あの一番高い酒下ろそうぜ!』


 再びバカ話に花を咲かせるデュラハンたちとは対照的に、ランスロットの顔は険しくなっていくばかりだ。


『行きましょう、隊長』

『アンドレ、しかし……』

『あの人たちがどんな気持ちで立ち向かっているか、分からないんですか?』

『それは……』

『あの人達のためを思うなら、止まっちゃいけない。そうでしょう?』

『だが、あいつ等だけでは恐らく……。無駄死にもいいところだ』

『バカ野郎!』

『――ぅ!』


「お?」


 突然アンドレがランスロットを殴った?

 ランスロットも何がなんだか分からないって顔してるな。


『あの人たちはアンタのために命懸けようとしてんだぞ!?男が信じた男のために命懸けるって言ってんだ!それをアンタは無駄だって言うのかよ!?』 

『――ッ!』


「うわ~」

 

 クッサイなオイ!

 今時あんなセリフ真顔で言う奴いるのかよ。


『……分かった。お前たちここは任せたぞ!』

『行かせません!』

『おっと、アンタの相手は俺たちだ!』


 一歩歩み出たサバスチャンを五人のデュラハン取り囲む。その隙にランスロット、そして他のデュラハンたちが駆け抜けていく。


「あ~あ、突破されちまったよ。おい生首、どうすんだ?」

「慌てるな。サバスチャンなら物の数分で片づけて追撃するだろう」

「ってもよぉ」


 魔王城は一階が食堂とサバスチャンたち使用人の部屋、二階が俺やラグエル、ディアの部屋となっていて、俺が今いる謁見の間は三階にある。

 階段は一繋ぎになっていなくて、二階へ上るには城の端まで廊下を進んで突き当りの階段、三階へと上がるには二階から中央にある階段で上ることになる。

 城の中へと侵入したランスロットたちはすぐに右手側の廊下を駆け、端にある二階への階段へと向かった。

 迷うそぶりは一切なし。四天王を名乗るだけあって城の構造はお見通しってか?

 が、順調に歩を進めていたランスロットたちが立ち止まる。目の前に立ちふさがる影があったからだ。

 そこにいたのは――


「イリナとエレナ!?」

『あ!師匠!』

『どうも』


 思わず声を上げてしまった俺の方へ片手を上げて挨拶するイリナと丁寧に頭を下げてくるエレナ。まさかとは思うが、この二人が戦うってことはないよな?


『師匠が見てるならしっかりやらないとね、エレナ?』

『うん、お兄ちゃんの所へは行かせない』


 なぜかやる気満々の二人だが、イリナは膝までを覆う黒い靴を、エレナは肘までを覆った黒い手甲を着けている。鈍い光が反射してるから、何かしらの金属っぽいんだが、それでもあいつら二人だけで戦うのは流石に無茶だろ!?


「おい生首 」

「案ずるなと言うとるだろうが」


 俺の声色から意図を読み取ったのか、生首は俺を見向きもせずにそう告げる。ニヤニヤしてるところを見ると大丈夫ということらしいが……。


『お嬢ちゃん達、お兄さんたちは今急いでるんだ、お遊びならよそで……』


 相手が子供だと判断したんだろう。アンドレが一歩前に出るが、警戒の色はない。だが、その言葉など聞こえていないかのようにイリナ達も前に出る。

 そして、前傾姿勢になるとそのままアンドレ目掛けて突っ込んだ!

 サバスチャン程ではないにしても、かなりの速さでアンドレとの距離を詰めていく二人。その動きを二人以外は誰一人として予想していなかったんだろう。誰も動けない。


『――ッ!』


 目の前の相手が見た目通りの強さでないと悟ったか、アンドレが剣を抜いた。

 アンドレの目の前にイリナが飛び込む。

 あぁ、そんな真正面から!

 待ってましたとばかりにアンドレが抜いた剣を持ち上げる。

 見てられねぇよ!あのままじゃ良い的だ!

 思わず目を逸らそうとした俺だったが、次の瞬間、それが杞憂だったと知る。


『フェイクに決まってんじゃん』


 先ほどまでの勢いがまるでなかったかのようにイリナが真横へ跳ぶ。真上からイリナを狙ったアンドレの剣は空を切り、体重を乗せていたのか体が前屈みになる。

 そして、それを待っていたとばかりにエレナが距離を詰め――


『えい!』


 エレナの右拳がアンドレの右脇腹を捉えた。

 可愛らしい掛け声とは裏腹に、金属同士がぶつかり合う鋭い音と共にアンドレが吹き飛ぶ。その先には――


『いらっしゃ~い!』


 左足を上げたイリナの姿。右足を軸にして、くるりと回転しながらアンドレの右脇腹を蹴り抜く。

 まるでボールのようにアンドレが再び吹き飛ぶと、その先にいたエレナが再び拳を叩き込む。

 イリナ、エレナ、イリナ。ジグザグと息の合った攻撃に俺は戦慄した。

いや、攻撃が恐ろしかったんじゃない。イリナたちの表情が怖かったんだ。

 あいつ等は、笑っていた――

 あれだけ激しい攻撃を加えながらもまるでおもちゃで遊ぶかのように。

 その光景に、俺はガキの頃の記憶を呼び覚ます。

 道端で一心不乱に何かにじゃれ付く子猫。その見た目の可愛さに近づいた俺が見たのは、傷だらけになったネズミだった。

 見た目とは裏腹に、獲物をいたぶる残酷な獣の姿。

 あの時の薄ら寒いような感覚、それと同じものを俺は今感じている。


『えい!』


 再び可愛らしい声を上げながらエレナが左拳を振り上げる。

 アンドレという名の不幸なボールが飛びあがる。その先にはやはりもう一人の獣の姿。踵を振り上げたイリナがいて。


『おりゃ!』


 見事に振り下ろされた踵がアンドレのドテッ腹に命中。そのまま地面に叩きつけられ、ピクリとも動かない。

 惨い。

 その光景に、見た目が可愛くともやはり二人ともモンスターなのだと俺は再認識せざるを得なかった。


『ふふん!どう師匠!?私たちなかなかでしょ!?』

「お、おう」


 いや、強さうんぬんよりも、あの嬉々とした表情にドン引きなんだが……。

 吹き飛んだアンドレの方へと視線を移せば、まだアンドレは動かないままだった。相当なダメージだったんだろう。


『アンドレ!大丈夫か!?』


 ランスロットが駆け寄り、アンドレの上半身を起こす。だが、ランスロットの問いかけにもアンドレは答えない。


『アンドレ、しっかりするんだ!』

『た、隊長……』

『――ッ!アンドレ!大丈夫か!?』

『あの――』

『何だアンドレ!?何が言いたい!?』


 アンドレの消え入りそうな声をランスロットのバカでかい声がかき消していく。


『いや、だから――』

『どうしたんだ!?何を伝えようと!?』


 再びアンドレの声が遮られる。

 その光景に、俺はアンドレが言いたいことが分かった気がした。


『隊長、お願いです。これだけは言わせてください』

『なんだ!?何でも言ってみろ!』

『ちょっと黙っててください……』


 それだけ言うと、アンドレは目を閉じて一言も喋らなくなった。


『アン――アンドレェェェェ!』


 ランスロットのバカでかい慟哭が魔王城の廊下にこだまする。その声量たるや、水晶無しでここまで声が聞こえてきそうなくらいデカかった。

 で、アンドレの方はと言うと……あ、生きてる。今、明らかに煩そうに目をギュッと閉じたもん。


『貴様ら!よくもアンドレを!』

『侵入者には容赦しないよ~』

『最後の一声すらまともに発することも出来ないほど痛めつけるとは、貴様らの血は何色だ!?』

『え?それ私らが悪いの?え?え?』

「安心しろイリナ、お前らは半分くらい悪くない」


 てか、アンドレ起き上がったぞ。仲間に支えられながらだけど歩いてるし。


『ゲド・フリーゲス!俺は今、大切な仲間を失った!だがそれは俺たちの気勢を挫くことにはならない!むしろ俺たちはお前への闘志をますます燃やしているぞ!』

「おい、ランスロット、後ろ。アンドレ」


 ほら、アンドレ唖然としてるよ、『え?俺死んだの?』って顔してるよ。


『そうとも!俺の後ろには勇敢に戦って散っていったアンドレの魂が付いている!もはや恐れるものは何もない!』

「だから……いや、もういいや。めんどくさい。イリナ、エレナ、とりあえずやっちゃって」


 俺の言葉に、待ってましたと言わんばかりにイリナたちが前に出る。この二人ならランスロットたちを止めてくれるだろう。


『待ちな』

「ん?」


 ランスロットの後方から一人のデュラハンが前に出た。傷だらけの鎧、兜は被っていない。ボサボサの黒髪に手入れもしていない伸び放題の髭面、だが、最も目を引くのは左の眉毛から目を通り頬まで貫通した大きな一本の傷だろう。その風貌は歴戦の戦士と言った貫禄だ。


『ここは俺に任せてもらおうか』

『お、お前――』

『おっと、何も言うなランスロット。お前にはやらなきゃならないことがある。そうだろ?』

『しかし!』

『馬鹿野郎!お前はアンドレの死を無駄にする気か!?』


 いや、アンドレ生きてるし。当惑顔でお前のこと見てるぞ髭。てか、またこの流れかよ。


『へっ、柄にもなく説教垂れちまったな。勘違いするな。何も親切でやってるわけじゃない。お前を倒すのは俺だってことだ。約束しただろ、この戦いが終わったら、もう一度俺と戦うってな』

『お前……』


 なぜかランスロットが軽く涙ぐんでいるように見える。

 イリナ達は……あ、ちゃんと待ってる。アイツら優しいな。喋ってる所襲撃すりゃいいのに。


『さぁ、ここは俺に任せて早く行け!』

『――ッ!死ぬなよ!』

『お前こそしっかり助けて来い。俺との勝負で女が気になって集中できなかったなんて言い訳、俺は聞かねぇぞ!』


 隻眼のデュラハンが剣を腰に構え、その横をランスロットが駆け抜ける。

イリナ達は、あ~、ランスロット追わずに隻眼と睨み合ってら。アイツら結構真面目なのね。


『さてお嬢ちゃん方。俺と一勝負といこうか』

『ふふん、次はおっちゃんが相手なの?大丈夫?年なんじゃない?なんならアタシたち一人ずつ相手してあげよっか?』

『お気遣いどうも。だが、生憎俺はおっちゃんじゃねぇ。ランスロットと同い年だ』

『ふ~ん、じゃあいいか。行くよエレナ』

『う、うん!』

『アタシたちを相手にしたこと後悔させてあげるよ!』


 なぜかノリノリのイリナ。心なしかエレナもヤル気に見える。

 イリナとエレナ対隻眼のデュラハン、この勝負が終わったとき、立っているのはどちらなんだ!?

 ……うん、まあどうでもいいけど。

 さて、ランスロットたちの方は……。


 イリナ達を隻眼に任せ、二階へと上がったランスロットたちが廊下を駆け抜ける。

廊下を駆け抜けたその先で、ランスロットたちの前に立ちふさがるのは家事全般を取り仕切るメイド長、エルピナだ。その右手には膝まで伸びた剣が握られている。ランスロットたちと同じような平たい刀身をした その剣は、はた目にはなかなか重そうに見えるんだが大丈夫なんだろうか?


『四天王がお一人、ランスロット様でございますね?』

『いかにも。そういうアンタは?』

『魔王城のメイド長を務めております。エルピナと申します。以後お見知りおきを』


 剣を握ったままの手でスカートの端を軽くつかで会釈する姿はやはり様になっている。流石メイド長というべきか。


『また女が相手か――と言いたい所だが、さっきの二人を見るに、アンタも只者じゃないんだろ?』

『そう思っていただけるなら幸いです。では、ご期待に応えますよう、全力でいかせていただきます』


 そう言ってエルピナが額の布に手を掛けて――外した!


「やべ!」


 俺は咄嗟に両目を閉じた。

 エルピナはゴルゴン、その目を見たら石になっちまう。


「うう」

 

 ヤバい、ちょっと体が重くなってきた気がする。間に合わなかったか?


「おい」

「ううう」


 あぁ、足が言うことを聞かない。これはヤバいかも。

 くそ、俺の人生はここで終わるのか。こんなことなら、魔王権限でもっと好きなことしとけばよかった。 綺麗な姉ちゃん侍らして、美味いもん毎日食って、それから……。


「おい、ゲド」

「ううう」


 まだ見ぬ世界中の美女たちよ、先立つ不孝を許せ。

 あとついでに親父とババア、俺という息子を持ったことを誇りにこれからも生きていくがいい。


「ゲド!」

「なんだよ生首!今大変なんだよ!」

「何言ってるんだ貴様は?」

「あん?エルピナの目見ちまったんだ。だから体が石に」

「どこが?」

「え?」


 俺は恐る恐る視線を下に向けてみた。俺の両足がカチカチの石に……なってない?


「あれ?エルピナの目見たのに」

「水晶越しだからな。流石にそこまでの効力はないだろ」

「なんだ。そっかぁ」


 そう言われてみればそうか。水晶越しにまで効力があったら生首だって焦ってる。まあ、コイツ元魔王だし、それくらいの力は無効化しちまうかもだけど。

 しかし、そうなると直接見てるアイツの方は……あぁ、やっぱり何人か石になってら。ランスロットは、ちっ、回避したか。

 ん?あの目の前で石になってるやつ、なんとなく見たことある気がするぞ。さっきまで真っ先に攻撃受けてたやつといえば、もしやアン――


『ジルドレェェェ!』

「誰だよ!?」


 誰だよお前!そこはアンドレだろ!空気読めよ!

 俺の心の叫びを聞きつけたのか、後方からボコボコになった鎧姿のデュラハンが姿を現した。

 間違いない!あれはアンドレ!


『ジルドレ兄さん!』


 お前の兄貴かよ!

 突っ込みどころ満載の兄弟だなったく、まあいいや。気を取り直してエルピナの素顔を拝んでみよう。

 おぉ、青い瞳が宝石みたいでやっぱり想像通りの美人だな。垂れ目なのが愁いを帯びた何とも言えない色気を出してて、何つうの?大人の色気みたいな?例えるなら未亡人みたいな?とにかくなんかエロいな!


『すべてを石にするゴルゴンの目か』


 目を瞑ったままの剣を構えてはいるが、とてもじゃないが勝ち目はないだろう。やっとこの暑苦しい戦いにも終止符が打たれるのか。嬉しくて涙が出そうだ。


『流石の四天王と言えども、目を瞑ったまま戦うことは不可能。ここで終わらせていただきます』


 おぉ、剣を構えるエルピナの頼もしい姿よ。妖艶な色気も相まってなんかすごくカッコいいぞ。


『くっ一体どうすれば!?』

『諦めるのは早いっすよ隊長!』

「ん?」


 なんだ、アンドレか。コイツは警戒するまでもないな。目瞑ってるし、役に立たんだろ。


『さぁみんな!作戦通りに!』


 なんかわからんがデュラハンたちが横に並びだした。廊下いっぱいに横一列に並ぶと、そのの後ろにまた同じようにデュラハンたちが列を作り、その後ろにまた列が、と、あっという間にデュラハンの隊列ができあがる。


『いったい何のおつもりですか?』

『総員!突撃ぃぃぃ!』


 アンドレのその掛け声とともにデュラハンたちが一斉に前進した。いったい奴らは何を考えてるんだ?


「やっぱりただの付け焼刃の作戦か」

「そうとも限らんぞ。見てみろ」

「ん?なにッ?」


 なぜかデュラハンたちが石にならない。どうなってる?


「ん?もしかしてアイツら、目瞑ってるのか!?」


 デュラハンたちは皆目を瞑った状態で突進していた。見なければ石になることもない。そして、避けようにも廊下いっぱいに広がっているせいで避けようがないんだ。

 まさにデュラハンたちの城壁。物量の差で押し切るこの作戦は一人しかいないエルピナにはなかなか厄介かもしれない。


「デュラハンたちは常日頃から集団として動く訓練をしている。奴らにとっては目を瞑って走ることなど朝飯前なのだろうな」

「なに偉そうに解説してんだ生首。このままじゃエルピナヤバいじゃねぇか」

「う~、まあそうだな」

「そうだな、じゃねぇよ!どうすんだよ!?」


『うぉぉぉぉぉ!』

『ちぃ!』


 エルピナが先頭のデュラハンの一人に剣を振るう。鎧に当たった拍子に目を開いたのか、そのデュラハンが石になった。

 が、デュラハンたちは止まらない。石になったデュラハンに後ろの一人がぶつかると、その後ろはそれを避けるように詰め、また再び壁となって突進していく。

 そして、ついにデュラハンたちとエルピナの距離が詰まる。デュラハンたちを振り払おうとエルピナが剣を振るう!


『ぐあぁぁ!』


 悲鳴と共に石になるデュラハン。しかし、奴らは怯まない。次から次へとエルピナへと組みついていき、そして、次々に石になっていく。


「あの、ゲドさん、これってもしかして……」

「言うなスラ公。俺も嫌な予感してんだ」


 俺は両目をつぶってその光景を見ないようにした。予想が正しければこの後の流れはやっぱり……。


『隊長!俺たちが足止めしているうちに早く!』


 どこからかアンドレの声が響く。石像だらけの中、アンドレの見分けがつかないが、まだ石にはなっていないらしい。


『しかし!それではお前らが!』

『へっ、こうなることは覚悟してました。一足先に行って――ぐあぁぁぁ!』

『アンドレ!?』


 エルピナを中心にして石の山が積みあがりつつあった。無残に積みあがった石山は、だが、確かにエルピナの動きを止めつつある。

 

『くっ、すまんみんな!あとは頼む!』


 ランスロットは岩山の横をすり抜け廊下を駆け抜けて行く。その先は三階へ続く階段。

 またこの流れだ。一体なんなんだ?なんでこいつ等いっつも自分を犠牲にしてランスロットを行かせようとするんだよ?


『もう諦めろランスロット。お前は一人、勝ち目はない』


 そして帰ってくれ。頼むから。

 が、当然俺の頼みなどランスロットが聞き入れるはずもない。


『俺は諦めん!俺をここまで送り出してくれた友のために!そして、俺の助けを待つマリアのために!』


 いや、たぶん待ってない。

 しかし、そんなこと言っても今のコイツには通じないだろうしなぁ。

 どうにかしてコイツを帰らせる方法はないか。


『うぉぉぉぉ!うぉ!?』


 雄たけびを上げながら廊下を疾走していたランスロットの足が止まる。その視線の先には、残念四天王の一人、ディアが立っていた。


『メルディア、なぜここにいる?』


 それは俺も同意見だった。サバスチャンによればディアは自分の部屋に閉じこもって出てこなかったって言ってたから、絶対に出てこないもんだと思ってたが。

 もしかして……トイレでも行きたくなったのか?


『決まっているだろう。お前を止めるためだ』

『お前……ゲド・フリーゲスに寝返ったというのは本当だったんだな』

『……そう思われても仕方ない。私がここにいる事実は覆せないからな』

『なぜだ!?お前ほどの戦士が!』


 俯くディアとそれを責めるように声を荒げるランスロット。

 同じ四天王として思うところがあるんだろう。ディアもそれを察してか何も答えようとしない。


『まさか!お前も無理やりここに繋ぎ留められているのか!?』

『違う!私は……』


 「も」ってなんだ「も」って。


『私は自ら望んでここにいる』

『なぜだ!?いや!分かったぞ!ゲド・フリーゲス!』

「うぇ?」


 やべ、突然話しかけられたから変な声出ちまった。廊下の向こうからランスロットがすごい剣幕で睨んでくるんだが、いったい何だってんだ?


『貴様!メルディアを洗脳したな!?』

「はぁ?」

『あの誇り高い戦士だったメルディアが自ら望んでお前の傍にいるなどあり得ない!さては貴様、メルディアを拉致し、洗脳して自分の思い通りの駒にしたんだな!?』

「いや、え?」


 思い通りの駒にはしようとたが、洗脳まではしてねぇよ。それじゃ俺が極悪人みたいじゃねぇか。


『ち、違うのだランスロット!洗脳とか、そういう類のものではなくて』

『では何だと言うんだ!?』

『そ、その、ゲドに惚れて』

『何!?声が小さくて聞こえないぞ!?』


 お前は声がデカ過ぎるんだよ。もう少し小さくしろ、耳痛くなるわ。


『だ、だから……その……』

『ハッキリしろ!それでも四天王か!?』

『だから!私はゲドに惚れてここにいるんだ!洗脳なんかじゃない!』


 顔を真っ赤にしてディアが再び俯いてしまう。耳まで深紅に染めて、プルプルと震えている。

 うん。顔真っ赤にして絶叫されると、流石にちょっと思うところはあるかな。


『惚れている、だと?』

『そ、そうだ』


 そんなに驚くことなのか、両目を見開いたランスロットはアホみたいに口を開けてポカンとしている。

 

『そ、それは本当なのか。何の力も持たない、ただの人間に?』

『そうだ』


 ディアがうなずくとランスロットは目を閉じて黙ってしまう。

 一体何を考えてんのか。何にせよ、めんどくさいことになりそうな予感がする。


『つまり、お前は俺を通すつもりはない、というわけだな。メルディア?』

『先ほどからそう言っている』

『分かった。メルディア、なぜ俺がここにいるか知っているか?』

『ラグエルの妹を取り戻すためだろう?』

『ラグエル、あぁ、あの悪魔の戦士か。彼には最後まで俺がマリアの恋人になることを許してもらえなかったが。いや、今はそんなことはどうでもいい。お前が言う通り、俺はここにマリアを助けに来た。そして、お前もあのゲド・フリーゲスのためにここは通さないと言う。つまり……』

『つまり?』


 ――あぁ、すっっっごく嫌な予感がする。


『これは俺とお前、愛を懸けた戦いということだ!』

『――ッ!』


 ホラ来た。なんだよ愛を懸けたって。意味が分からん。


『俺たちはどちらも四天王。ぶつかればお互い只では済むまい。しかし、俺は負けない!俺をここまで送り出してくれた友のため!愛するマリアのため!メルディア!貴様を倒す!』

『わ、私だって負けるわけにはいかない!お前をゲドの所へは行かせない!』

『ならば勝負だメルディア!俺の愛とお前の愛、どちらが勝っているか!』

『望むところ!』


 いや……もう……うん、なんていうか、勝手にやってくれ。


「ゲドさ~ん、モテる男は辛いっすねぇ」

「何笑ってんだスラ公。核踏みつぶすぞ」


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