第17話
「ゲドさん、さっきのは言い過ぎだったんじゃないっすか?」
「あぁ?何が?」
ディアに殴られた腹を労わるように俺は腹をさすりながら返事をした。
くそ、ディアに殴られた腹がまだ痛い。昨日といい今日といい、連日ディアにやられてる気がする。
「だから、アレっすよ。メルディアさんの作戦」
「あれか。いいんだよ。あんなの作戦って言えないだろうが」
ただ相手のところに突っ込んで戦うって、子供でももう少しまともな作戦を思いつくだろ。
「メルディアさんはゲドさんの力を信じてああいう作戦立てたんでしょ。例え実際は戦力的にゴミカスだったとしても……イタイイタイ!」
「お前、あまり口が過ぎると核を踏み潰すぞ」
「もう踏んでますよ!」
「まあそれは良いとして」
「良くない!死ぬ!このままじゃ死ぬ!」
しばらくすればランスロットがここに来る。どうやってやり過ごすか……。
「スラ公、ランスロットについて知ってることは?」
「ちょ、その前に足をですね……」
「わかったよ。うるせぇな」
ゆっくりと足を持ち上げると、床と足の隙間からスラ公がゆっくりと這い出てきた。足の裏に広がる何とも言えない感触が俺の足をすぐに持ち上げさせた。
「ランスロットっすよね。ディラハン族で、四天王だってことぐらいしか」
「ディラハン族ってのはどんな奴らだ?」
「馬にまたがって甲冑を身にまとってて見た目は人間と大差ないんすけど、頭が取り外し可能で、頭をいつも小脇に抱えてるって感じっすかね」
「頭が取り外せんのか……便利な調理器具みたいだな。他に特徴は?弱点とか」
「弱点って程の事じゃないと思いますが、乗ってる馬は水の上は通れないから、川を渡ると追いかけてこれないって話っすね」
弱点としては弱いが、まあ、追跡の手を逃れる手段ってのは必要だ。覚えておくことにしよう。
「おい生首、ランスロットってどんな奴だ?」
今の所、ランスロットに関する情報はマリアに言い寄ったっていう情報しかない。とてもじゃないが情報が足りなすぎる。こいつならなんか知ってんだろう。
俺の声に応えるようにシャドーがこちらに体を向けた。
瓶の中の生首は目を閉じて何かを思い出すように考えながら口を開いた。
「う~ん、一言で言えば、暑苦しい」
「あん?暑苦しい?」
「良く言えば熱血漢って感じなんだが、あのノリは相手を選ぶだろうな。他人を焚き付けるのは上手いんだが、合わん奴はとことん合わんと思う」
「あ~、俺の周りにもいたわ。熱血でなんでも一生懸命、みんなでやれば何とかなるってノリの奴」
周りはそのノリに感化されてたけど、俺はついてけなくて距離置いてたんだよな。まあ、俺の方から近づかなきゃ害はなかったから、あんまり絡みは無かったけど。
しかし困ったな。そういうタイプと付き合いが無かったからどうやって対処して良いか分からん。
「他になんか情報ないのか、苦手なものとか?」
「う~ん、特にこれといって苦手なものがあるというのは聞いたことが無いな」
「んだよ、使えねぇ」
「お前、そろそろ本気で吹き飛ばすぞ」
役に立たない生首は置いておいて、俺は再び考えを巡らせる。
結局得られた情報は熱血漢ってことだけ。結構まずいんじゃないか、これ。
「ゲド様、ラグエル様への処置、完了いたしました」
「ん。ご苦労さん」
頼んだ仕事を完遂し、戻ってきたサバスチャンが俺の前に立ち丁寧に頭を下げる。
「サバスチャン、籠城戦になる可能性があるから、戦う準備をしておいてくれ」
「はっ」
恭しく頭を下げて去っていくサバスチャンの後姿を眺めながら、俺はため息をついた。
みんながみんなこれくらい素直に俺の言うことを聞いてくれりゃ楽なんだがな。
「籠城戦って、ゲドさんも戦うんすか?」
「戦うわけねぇだろ、俺はここで指揮して、危なくなったら真っ先に逃げる」
「何の躊躇もなく言いやがるなこの人」
出来れば戦わないで済むのが一番だが、最悪の事態は想定して逃げられるようにしとかないとな。ディアの時みたいなったら目も当てられん。めんどくさいが、仕方ない。
* * *
「ゲド様、いらっしゃったようです」
見張りをさせていたサバスチャンがゆっくりとした足取りで玉座の前に報告に来た。
もう少し気を使ってゆっくり来てくれりゃいいものを。なんなら一週間後とかでも全然かまわないんだがな。
「準備は?」
「万事整ってございます。私を始め、エルピナ、イリナ、エレナ、侵入者に対しては全力を賭して迎え撃つ所存」
「ラグエルとディアは?」
「ラグエル様は未だ興奮冷めやらぬご様子のため、そのままに。メルディア様は部屋から出て来られないようです」
「そうか」
アイツらを戦力として数えることはできない、と。まったく、この非常時に何やってんだアイツらは。
「ゲドさん、俺はどうしたらいいっすか?」
「お前はここで待機だスラ公。いざとなったら俺の盾になれ」
「うへぇ、全然うれしくない役目っすね」
「じゃあ前線出るか?」
「全力で盾をやらせていただきます」
「生首、そっちは?」
「いつでも使えるようにしてある。シャドー」
生首が器用に瓶の中で頭を回転させて後ろに振り返る。
それを見ていたのか、シャドーがローブの中から掌より少し大きい水晶玉を取り出した。透明な水晶玉にシャドーの姿が透けて見えている。
「よし、生首、頼む」
「わかった」
瓶の横に出された水晶に向けて、生首が何かを呟いた。
すると、透明だった水晶の中心から見る見るうちに青い液体のようなものが現れ、それが水晶の中で渦を巻き始めた。黙ってその様子を見守っていると、やがて渦が消え、そこには良く見慣れた光景、魔王城の入口の城門が映し出されていた。
城門の前には複数の騎馬と甲冑に身を包んだ騎士の姿。騎士たちには、どれも頭が無かった。いや、正確には騎士には頭が存在するが、本来あるべき首の位置にそれはなく、まるで荷物を抱えるようにして手綱を持っていない方の手に抱えられていた。
「大群引きつれて来てくれちゃってまぁ」
ディアの言った通り、四十ほどの数のデュラハンが城門の前に列を成している。皆、几帳面に整列し、縦五列、横八列の綺麗な長方形ができていた。
さて、どいつがランスロットかな。
お、列の真ん中の奴が一歩前に出た。んでもって、小脇に抱えた甲冑から頭を外して……ちっ、結構カッコいい面してやがる。
デコが出るくらい短く刈りそろえた黒髪と力強い目が印象的で、ラグエルとはまた違ったタイプのイケメン面だな。
『ゲド・フリーゲスに告ぐ!我は四天王の一人、ディラハン族の長、ランスロット!』
おうおう、甲冑外してご丁寧に自己紹介ですか。やっぱりイケメンは違いますね。
『俺が今日ここに来た理由は分かっているな!』
新魔王様に挨拶に来ましたってんだったら可愛げもあるんだが、残念ながらそれはないと、眉間の皺が言っている。
やれやれ、どうしてこうなるかねぇ。俺はただ楽したいだけだってのに。
『そう!俺は――』
はいはい、新しい魔王が人間だってのが納得いかないんだろ。
『我が愛しのマリアを救いに来たのだ!』
そうそう、愛しのマリアを救いに――
「はぁ?」
予想外の言葉に、俺は間抜けな声をあげてしまった。
今、あの首なしは何て言った?
「おい、スラ公、今ランスロットなんて言った?」
「愛しのマリアを救いに来たって」
「なんだよそれ……」
マリアに言い寄ったってのは聞いてたけど、おいおい、マジかよ。マリアを救いに来たって?どうしてそうなる?
「ちょっと待て、マリアを救いに来たってどういうことだ?」
『しらばっくれるな!貴様が新しく魔王になった時、卑怯にもその地位を利用してマリアを連れ去り、この魔王城に監禁していることは調べがついている!』
いや、まあ確かに魔王の地位を利用してマリアを魔王城には連れて来たけどさ。
『見知らぬ地へ無理やり連れて来られ、兄を懐柔されたことによって逆らえず一人耐えているマリアの辛さ、俺には痛いほどわかる!』
悲しいほど分かってない気がする。
『ゲド・フリーゲス!貴様だけは絶対に許さないぞ!』
感極まったのか、ランスロットが振り上げた拳を開き、城門に向かって指差している。
どうやらコイツは結構残念な頭の持ち主らしい。というか、なんでコイツ一人で盛り上がってんの?
「おい、生首、コイツどうなってんだ?」
「あ~、ランスロットは、どうも頭に血が上ると視野が狭くなる悪癖があってな。今回もそれだろう」
「ふ~ん。こんなのが上なんて、下の奴らもさぞ大変だろうな」
さっきから一人で喋ってるランスロットの後ろで微動だにしない他のデュラハン達は何を思っているんだろうか。
糞重いだろう甲冑着て連れてこられた理由が大将の女って、俺だったらそんな職場速攻で辞めてやるけどね。
『ゲド・フリーゲス!姿を現せ!正々堂々、俺と戦え!』
やなこった。どこの世界に狙われてるの分かってて姿現すバカがいるんだ。
『反応も無し、か。良いだろう!この城門を破壊し、こちらから貴様の所へと会いに行ってやる!』
そう宣言すると、ランスロットは後ろの部下たちに声をかけた。
それを待っていたと言わんばかりに、部下たちが一斉に動き出した。前から準備していたかのように、その動きには無駄がない。
「生首、この水晶、アイツと話しすること出来るか?」
「構わんが、やるのか?」
「あぁ。あんな暑苦しい野郎に来られたら疲れて堪らん。さっさとお取引願う」
生首が再び水晶に何かを呟くと、中身が渦巻き始めた。渦はすぐに収まり、再びランスロットの姿が映し出される。
「準備は出来た。喋ってみろ。向こうにもこちらの姿が見えるはずだ」
俺の目の前に水晶が差しだされる。俺は自分の顔が映る水晶に向かって声を掛けてみた。
「ランスロット、聞こえるか?」
『――ッ!どこだ!?』
「上だ、上」
俺の声の発生源を探そうと辺りを見回すランスロットに、俺はご丁寧に自分の場所を教えてやった。水晶から見える姿から判断するに、俺の姿は今、奴の頭上にあるに違いない。
『ゲド・フリーゲス!』
「その調子だとちゃんと見えてるっぽいな」
さっきよりも眉間の皺が深くなってるのから判断するに、よほど俺のことが嫌いらしい。
『貴様!そんな所でこちらを見下ろしていないで姿を現したらどうだ!』
「やなこった。なんでわざわざ俺が出て行かなくちゃいけないんだよ。めんどくさい」
『ッ!良いだろう!ではこちらから出向かせてもらう!』
「それも却下。俺のこと狙ってる奴をみすみす中に入れてたまるか」
『貴様に許可など取らん!城門が閉まっていようが関係ない!すぐに貴様の前まで行ってやる!』
「ん~?良いのか?そんなことして?」
『どういう意味だ?』
「こっちにはマリアがいる。お前がそういうことをするなら、こっちにも考えがあるが?」
その言葉の意味を理解したのか、ランスロットの顔が見る見るうちに苦虫を噛み潰したような顔になっていく。
いいねぇ。俺、他人のこういう顔大好き!
『くっ、卑怯だぞ!』
「当たり前だろ魔王だからな」
正々堂々と戦う魔王がどこに……いや、考えるのはよそう。
『もしマリアに指一本でも触れてみろ!お前を八つ裂きにしてやる!』
「それはお前の心がけ次第だ」
俺は口角を釣り上げて、これでもかというくらい嫌味な笑みを浮かべた。たぶん、ランスロットは腸が煮えくり返る思いだろう。
ま、実際下手に触れようもんならラグエルに何されるか分からんけどな。今、近くに居なくて良かったよ。
「それで、どうする?マリアのこと顧みずに無理やりにでもこっちに来るか?もしそのつもりなら、それなりの覚悟をして来いよ?」
『く……』
「ほら、どうなんだよ?来るのか、来ないのか?」
『分かった。今日の所は退散しよう』
勝ち目無しと見たか、ランスロットが苦虫を噛み潰したまま踵を返す。
いいぞ、そのまま帰れ。んで二度と来るな。
『待ってください隊長!』
「あん?」
ランスロットの後ろに控えていたデュラハンの一人が声を上げる。
待てよオイ、嫌な予感がするんだが?
『隊長はここに何をしに来られたのですか!』
『決まっている。マリアを救いに――』
『ではなぜ何もせずに逃げ帰るのです!?』
『それは、彼女に危害が及ばないように』
『マリアさんが今どんな気持ちでいられると思うのですか!?』
『――ッ!』
『我々がここで退けば、マリアさんは恐怖の渦から逃げ出せない!今、彼女を救えるのは貴方しかいないのですよ!』
ランスロットの動きが止まる。
おいおいおい、めんどくさいことになってきてるんじゃねぇか、これ。
『そう、か……そうだったな!』
項垂れていた頭をランスロットが持ち上げる。その後ろ姿に、俺は不安しか感じない。次に奴が言うだろう言葉が想像できたからだ。
『俺は大事なことを忘れていた……相手がどんな手を使おうと、必ず救い出す!』
『隊長!』
『すまんな、お前たちの前で情けない姿をさらす所だった。戦士たちよ!正義は我らにあり!なんとしても囚われのマリアを救い出すぞ!』
『おぉ!』
よく分からんけどなんか一致団結してやがる。ランスロットだけかと思ったけど、みんな暑苦しいタイプじゃねぇか。めんどくせぇ。
しかも、正義って、お前らモンスターだろうが。まあ、モンスターから見たら人間のほうが悪かもしれないけどよ。
「誰かさんと違って部下に信頼されてるんすねぇ」
「うるせぇスラ公。余計なこと言ってっと、奴らのど真ん中に放り出すぞ」
しかし、コイツは不味い。帰らせるつもりが余計に士気を上げちまったな。
「どうするんすかゲドさん、相手の方盛り上がってますよ?」
「まあな。だけど、城門開けさえしなきゃ大丈夫だろ」
そうだ、この魔王城にはこれでもかって言うぐらい立派な城門が設えてある。もちろんこっちから鍵は掛けてあるし、デュラハンってのがどれだけ力があるかは知らないが、そう簡単に壊れるほど軟でもないだろ。
しばらく時間を稼いで、逃げる準備だけでも……
「ゲドさん!」
「なんだスラ公、うるさ――はぁ!?」
俺は自分の目を疑った。目の前で――正しくは水晶の向こうで、だが――起きていた事態が信じられなかった。
なんと、デュラハン達が城門の前で肩車をしながら次々に積み上がって行ってたんだ。その高さはどんどん増していき、あと人ひとり分で城門の高さを超えてしまいそうだ。
「ど、どうなってんだよこれ?」
『どうだゲド・フリーゲス!我らの戦術の勝利だ!』
「何が戦術だ!ただの肩車だろうが!しかも高さ足りてねぇじゃねぇか!」
あっという間に城門を超えてしまいそうだと思っていた肩車はあと一人のところで動きが無い。一番上のランスロットは苦々しそうに両手を上にあげているが、城門の縁を掴むことなく空を切っている。
どうやっても高さが足りないらしい。あと一人上に乗れば何とかなるんだろうが、見た所この人数が限界だな。一番下の奴、すっっげぇ足プルプルしてるもん。
『くっ、あと少しだと言うのに、もっと高くならないのか!?』
『こ、これ以上は無理です!』
悔しそうに下を睨んだところで高さが変わるわけがない。てか、見た所八人が上に乗ってるが、一番下の奴はよく耐えてると思う。正直、今の高さ維持するだけでも精いっぱいだろ。
『アンドレ』
『な、何でしょうか隊長?』
アンドレと呼ばれた一番下のデュラハンがゆっくりと顔を上に向ける。その微かな動きでさえ、かなり辛そうだ。
『お前の力はそんなもんじゃない!そうだろ!?』
『いや、実際かなりきつい――』
『自分で限界を決めるな!お前ならできる!俺は信じてる!』
『そうだぜアンドレ!お前ならいける!』
『お前、俺たちの中で一番頑張り屋さんじゃないか!』
ランスロットに続くように、肩車をされた他のデュラハンたちが次々とアンドレに声援を送っていく。
てか、ここにきて根性論かよ。無理でしょ、実際。デュラハンってのがどれだけ力持ってるか知らんけど、単純計算鎧が八つだぜ?支えるだけで精いっぱいだろ。
『アンドレ!諦めんなよ!もっと熱くなれよ!』
『う、うううう』
『できる!できる!できる!できる!』
『ううううううううう』
『限界を超えるんだアンドレェェェ!』
やかましいなコイツら……。
あ、肩車がどんどん低くなってく。だよなぁ、根性論だけじゃ何とも――ウェ!?
『うぉぉぉぉぉぉ!』
『良いぞアンドレ!もう少しだ!』
ウソだろ?あの状態からまた上げた?てか、さっきより高くなりつつある!?あと少しでランスロットの手が城門の上に届いちまう!
『ファイトォォォォ!』
『イッパァァァァツ!』
その掛け声とともにランスロットの腕はみるみる上っていき、そして……おいおいおいおい、マジかよ。届いちまったよ。
『届いた!届いたぞ!うぉぉぉぉ!やったぁぁぁぁ!』
城門をしっかりと掴み、体を乗り上げたランスロットが叫ぶ。
『やったぞぉぉぉ!みんなぁぁぁ!』
『隊長ォォォ!』
『やったぁぁぁ!万歳!』
『ちょ、すいません、重いんで退いてもらっていいですか……』
城門の上と前で大歓声のデュラハン達。なんか、すでに目標達成したみたいな空気になってるんだが、このまま帰ってくれないだろうか。
「上っちゃいましたね、壁」
「うん……」
「どうするんすか、これから?」
「ちょっと待って、少し休ませて……」
水晶でその光景を見ながら、俺はこの後起こるであろうくそ暑苦しい展開を想像し、すでに体力の半分近くをもっていかれた気分だった。