12-51 過去からの提案 『前編』
『科学者』ノーザン・オルストラの研究所。
九百年前に人里離れた場所に建設された建造物はエルドラドの文明水準と大きくかけ離れた、現代的で先進的なデザインをしている。人間味を排し、機能性だけを追求した無機質な空間だった。しかし、その研究所の最下層は上部と違う雰囲気が漂っていた。
空気は冷たく、石畳の室内には仄かな明かりが並べられている。微かに香る匂いは、どこか別の場所で嗅いだことがある。研究所内部とも、地上とも違う静謐な空間は、この場所を作った者が特別視しているのだとすぐに理解できる。
「これは……モルグ、ですか?」
ノーザンとポラリスが降りたのに続いたリザが、周囲を見回して口にした。
「モルグって、安置所の事か? どうしてそう思ったんだ?」
「この空間の雰囲気と、漂っている香りから、ふと思ったのです。教会で死者を見送る時にも、同じ香を焚くので」
リザに言われて、この香りをどこで嗅いだのか思い出した。
アマツマラを襲ったスタンピードの被害者を弔う時と、ナリンザの葬儀の時に焚かれていたのと同じ匂いだ。
「肯定。モルグという表現は間違っていない。ここに眠るのは生ける屍と同じ存在だ」
ノーザンが先を進むと、目的の場所に到着した。最下層は上部に比べて驚くほど狭く、彼女のために存在するというのがハッキリと分かった。
仄かに灯る明かりに囲まれ、死者を送る香が漂う空間の中央に、ガラス張りの棺が置かれていた。棺の中には白色の花が敷き詰められ、その中に眠る女性の美しさを際立たせている。
白磁のごとき白い肌に、水銀を垂らしたかのような長髪。人間が生み出した美の極致が、花の寝台に横たわる。
棺の傍に佇むポラリスと全く同じ姿形をした女性が瞼を閉じたまま納められている。
違いは服装だ。棺の中に納まっているポラリスは清楚ながら細かい刺繍が施されたドレスを身に纏っているが、棺の傍に立つポラリスはメイド服を着用している。
「こっちの棺に入っているのが本物のポラリス、って事なのか?」
「語弊。本物、という表現は正しくない。棺に眠るスターダストシリーズ弐号機『機械乙女』ポラリスも、研究所を統括する情報分析用内部端末も、兵器を破壊する任務に従事する戦闘用外部端末も全て同一のポラリスである。ただし、『七帝』を指すなら、この棺の中のポラリスのみが該当する」
ノーザンの言葉に、リザが青い瞳を丸くしてメイド服のポラリスを見つめた。
「思い返してみれば……貴女は一度だって自分のことを『七帝』と言っていません。私達が勝手に『機械乙女』だから、貴女が『七帝』だと思い込んでいました」
「謝罪。ミス・リザと皆様に対して謝罪を。この戦闘用外部端末が『機械乙女』と名乗っていたのは、スターダストシリーズ弐号機を隠すのが狙いでした。そのため、自ら『七帝』と名乗ることはしませんでしたが、『七帝』と誤認される振る舞いを自らしていたのは事実です」
「なるほど。どうやら、僕達だけじゃなく、『七帝』を知る全員が揃って騙されていた訳だ」
フィーニスや黒龍がこの真実を知ったら、どんなリアクションをするのか気になる。だが、それは別の機会に取っておくべきだ。
四人は棺に横たわる『七帝』のポラリスを囲むように立つと、ノーザンが説明を始めた。
「説明。創造主ノーザン・オルストラは、複数の世界救済計画を立案していた。その内の一つが、『七帝』の魄を収容した器を世界の外側に放り出すというスターダスト計画だった」
「その説明ならリザからも聞いた。ノーザンには悪いが、随分と乱暴な計画だよな」
「肯定。ノーザンの計画には実現するまでに長期的な物から短期的かつ、短絡的な物もあった。スターダスト計画が成功に終わったとしても、エルドラドが『神々の遊技場』である以上、いずれは同じ事が繰り返される。問題の抜本的解決には至らない」
『七帝』の正体が、『招かれた者』達の魂魄ならば、異世界の人間が送りこまれればいずれは『七帝』に匹敵する魂魄が集まりエルドラドを崩壊へと導く。スターダスト計画は問題の根本を解決するよりも、目先の問題を解決するための救済計画と言えた。
「創造。スターダストシリーズと銘打たれた機体のコンセプトは、魂魄を収容できる人造人間。本来、神の生み出した摂理に従う以外に生命が誕生しないエルドラドの法則を、捻じ曲げる挑戦。天才であったノーザンにとっても超えるのに困難な壁だった。完成した言える水準に達したのは僅か二機」
「生命の創造。……カタリナが研究していた人造モンスターと似ていますね」
二つの研究の類似点をリザが指摘した。もしかすると、カタリナはスターダストシリーズのポラリスを知って、人造モンスターに着手したのかもしれない。
「失敗。結論から言えば、スターダスト計画は失敗に終わった。スターダストシリーズ弐号機が収容できた『七帝』の魄は一つだけで、二つ以上を収容できないというのが判明したのだ。いや、正確に言えば、どんな存在であっても、『七帝』の魄を二つ以上保有することは不可能だと証明したのだ。そして、スターダストシリーズは姉妹機の製造に失敗し、これ以上計画を継続することが不可能と判断し、終了となった」
「『七帝』の魄は一人に付き一つまでしか保有できないのですか?」
リザの疑問にノーザンは頷いた。この情報はレイも初耳だった。
「そもそも、旧『七帝』ってどんな順番で倒されたんだ?」
「解説。無神時代が始まった時点での『七帝』、神々の言葉を借りれば旧『七帝』のうち、『道標』アマレタはエルフの大移動時にサファが討滅。この戦いで、サファは『七帝』の魄を引きつぎ、新たなる『七帝』となった。続いて黄金時代に入り、『洞ノ王』フシャスラを冒険王エイリークのパーティーが討滅するも、その魄は大地を巡り、モンスターとして具現した」
「冒険王のパーティーといえば、安生琢磨ことエイリークにサファ、『初代法王』のグレゴ、『魔導士』のオルタナ、そして僕たちの知っている『魔術師』のオルタナだよな。『魔術師』のオルタナに『七帝』の魄は宿らなかったのか?」
「肯定。フシャスラとの戦闘をノーザンは観測していなかったため、詳しい経緯は不明だが、オルタナが『七帝』になったのはずっと先の話だ。そして、フシャスラの魄を宿したモンスターを回収し、魄を『機械乙女』に移植したのがノーザンである」
「それじゃ、二番目に『七帝』になったのはポラリス殿なんですね」
その通りだと、メイド服のポラリスが頷いた。
「実験。その後、ノーザンはポラリスに『哲学者』アルトヴィヒシの魄を与えようとしたところ、失敗に終わった。幾つかの実験を重ねた結果、『七帝』の魄は同一の個体に複数宿すことが不可能だと判明した。アルトヴィヒシの魄も、大地を巡りモンスターとなった末に、『龍王』黒龍によって討滅された」
「それじゃ、三番目に『七帝』になったのが黒龍ですね」
「付記。旧『七帝』は互いに面識のある古き者達であり、無神時代の始まりと同時にこの世界が変質したことを理解していた。その旧『七帝』が百年の間に三体も討滅された事は残りの三体にも少なからず影響を与え、彼らは身を隠すことになる。それから数百年後、『勇者』ジグムントが降り立つまで、『七帝』の代替わりは起きていない」
帝国の前身である小国に呼ばれたジグムントは、西方大陸で暗躍していた旧『七帝』を全て撃破したという。その過程で死亡した彼の遺骸は、エルフの古き術によって改造され、『勇者』という兵器に作り替えられた。
因縁あるジグムントの名前を聞き、リザが視線を鋭くする。
だが、彼女はすぐに殺気を消すと、勤めて平穏な声でノーザンに尋ねた。
「それで、レイ様が棺のポラリス殿を破壊すると……『七帝』の魄を引き継ぐのでしょうか?」
「推察。そうなる概算が非常に高いだろう。そして、『御厨玲』にしか出来ないというのが、彼の特性にある」
「僕の特性? ……もしかして、僕が御霊を内包していることと関係があるのか?」
直感めいた予感は的中していた。
「肯定。『御厨玲』は魂魄を内包する御霊と繋がった存在だ。理論的には、複数の『七帝』の魄を集約できる唯一の可能性だ」
断定的な口調で告げられた内容に、レイは雷を打たれたかのような衝撃を味わう。
確かに、理屈の上では可能だろう。
『御厨玲』という器が内包するのは、滅んだエルドラドの御霊だ。変質したとはいえ、多くの魂魄を未だに宿している。そして、『御厨玲』という存在を試行錯誤の異世界に紐付しているのは、試行錯誤の異世界側の御霊だ。世界を構築する機構に組み込まれているレイならば、『七帝』の魄を複数宿すことは可能だろう。
しかし。
「は、反対です! スターダスト計画とやらは、最後に集めた『七帝』の魄を収容した物と一緒に世界の外側へと放り出すはず。レイ様に『七帝』の魄を集めて、犠牲になれと言うのですか!」
静かに、しかし語気を強くしながらリザは反対する。
スターダスト、日本語に訳せば星屑。
さながら、ちり取りで集めたゴミを、ちり取りごと、宇宙に向けて捨てるような計画だ。
「否定。確かに、初期のスターダスト計画はミス・リザの口にした通りだが、後に知った情報で失敗すると判明した。ノーザン曰く、『この世界は卵の内側であり、卵もまた卵の中にすぎない』」
「そうか。この世界は神の見ている夢の世界。世界の外側は本物のエルドラドで、そこに世界崩壊を招く『七帝』の魄を捨てても、世界救済にならない。むしろ、世界崩壊を繰り返す恐れすらあるのか」
「同意。ノーザンはスターダストシリーズ壱号機を完成させたことで、世界の真実を知った」
「壱号機って、確かポラリス以外の成功例だよな。……あれ、でも『七帝』の魄を宿したのは弐号機であるポラリスなんだよな。……んん?」
衣服に染みこんだ墨のように、拭いきれない違和感が纏わりつく。考え込むレイの邪魔にならないように、リザが質問を投げかけた。
「あの、壱号機と言うとポラリス殿の……姉に当たるのでしょうか? その方は、研究所にいらっしゃるのですか?」
「回答。シリーズで分類すれば、スターダストシリーズの姉妹機に当たりますが、姉と呼ぶにはあまりにも変質してしまいました。そして、壱号機は研究所を離れております」
ポラリスの説明にレイは違和感から一つの可能性に行きついた。
「なあ、ノーザン。確認だけど、アンタが試行錯誤の異世界を知ったのは、壱号機が完成してからなんだよな」
首肯。それを確認すると、レイの中で疑念が固まっていく。
「スターダストシリーズの目的は、『七帝』の魄を収容すること。でも『七帝』の魄を宿したのは完成させた壱号機じゃなくて弐号機なんだよな。なら、完成した壱号機にはどんな魂魄が……いや、誰が入ったんだ?」
今のレイは研究所における全ての権限を有している。そのレイが尋ねたのだから、ノーザンの形をしたロボットに拒否権は無かった。
「回答。スターダストシリーズ壱号機、個体識別名コカブに宿った魂魄は、『正体不明の娘たち』が一人だ」
衝撃的な事実にリザが息を呑んだ。
「やはり、そうか」
点と点が線で繋がる。どうして、ノーザンが過去の記憶を映像として保管していたのか、これが理由だ。
「僕の推測だけど、そいつが過去の記憶をアンタに渡した。協力関係にあったって言っていた奴だろう」
「肯定。コカブを転生先に選んだ娘は、ミスターたちが知覚した記録映像に登場する彼女だ」
おとうさまの魂と混じりあい狂信的な親愛の情をおとうさまに向け続けていた存在を思い出す。彼女がノーザンと接触したのなら辻褄があう。
ノーザンの説明が全て真実なら、おおよその時系列が見えてきた。
ノーザン・オルストラが活動した時期は、人類の黄金期の終わり。無神時代が始まってから三百年以上が経過した頃だ。その間に『招かれた者』として呼ばれているのは、レイの知る限りだとエルフの『英雄』イーフェと『冒険王』エイリークの二人だ。
おとうさまが世界救済を託された『招かれた者』であるなら、黄金時代までの間に試行錯誤の異世界に降り立ち、12神の中に紛れ込んで暗躍を始めたことになる。そして、ノーザンがスターダストシリーズの壱号機を完成させる直前に、本物のエルドラドを彷徨っていた壊れた御霊がおとうさまに拾われたということになる。
少なくとも、おとうさまは黄金時代が終わるまでの三百年の間に試行錯誤の異世界に降り立った誰かなのだ。
判明した事実を頭の片隅に留めながら、レイは更に核心に踏み込んだ質問を投げかけた。
「なら、教えてくれ。『正体不明の娘たち』とは何者なんだ? デゼルト国でポラリスと遭遇した時にも、彼女たちに気を付けろというメッセージを受け取ったが、アンタほどの存在が名指しで警戒を促すほど危険な存在なのか?」
「警戒。『正体不明の娘たち』に関しては、それほど多くの情報が収集されている訳では無いため、おとうさまを含めて彼女たちが本物のエルドラドでどのように過ごしていたのかは不明だ。ただ、判明している情報を元に推理した上で、危険な存在だと判断できる」
おとうさまは13神の一柱として神の観測所に籠っている。此方から手出しは出来ないが、向うも世界に直接手出しすることが出来ない。そんな『黒幕』が送りこんだ敵の正体に関する推理をレイとリザは緊張した面持ちで聞き入った。
「正体。接触した『正体不明の娘たち』から聞き取りをした結果、彼女たちは本物のエルドラドが崩壊する際に、おとうさまの魂と融合することで崩壊から免れた、本物のエルドラドの民だと判明した」
「父親と魂を融合させた……そんな事ができるのか」
予想の斜め上をいく回答に、レイは戸惑いを隠せなかった。
「推測。本物のエルドラドは試行錯誤の異世界に比べて魂に関する研究が進んでいた。おとうさまは、その分野では先進的な研究者だったそうだ。恐らく、おとうさまはエルドラドの崩壊から娘たちを守るために魂を融合したのだ。そして、転生先で魂を分離し、娘たちと第二の人生を謳歌するつもりだったのだろう。しかし、それは失敗し魂は分離できないまま第二の人生、つまり御厨玲として死亡した」
御厨玲が転生した先は現代日本。魂を定義する科学技術や魔法なんて存在しない世界だ。魂を分離する技術を得られなかったのか、あるいは再現できなかったのだろう。
御厨玲が誰とも結婚もせず独身を貫いたのは、自分と混じり合った娘たちへの誠意なのかもしれない。
「想定外。本来なら御厨玲として終わるはずだったおとうさまは試行錯誤の異世界に招かれ、娘たちの魂を分離することに成功した。そして、まだ見ぬ滅びを見るために、試行錯誤の異世界に混乱を巻き起こすべく、自身の娘たちを試行錯誤の異世界に送りこんだのだ。少なくとも確認できている範囲で、エルフの国崩壊や『冒険王』の妨害、奴隷紋の濫用による獣人種への迫害などに関わっている」
「エルフの国の崩壊に関わっているだと!? それじゃ、イーフェさんが犠牲になったのも、サファが苦しんだのも『正体不明の娘たち』が原因なのか」
千年近い時間を経て、師匠を見送った弟子の背中を思い出す。苦難と血に塗れた男の悲嘆は、世界を弄ぶ女たちの悪意によって生み出されたのだ。
「……許せません。己の楽しみのためだけに人々を苦しめるなんて」
リザの眉間にしわが寄り、拳が固く握られた。
様々な人々の思惑に姉妹揃って翻弄されてきたリザにとって、『正体不明の娘たち』は許せない存在なのだ。苦渋に満ちた声がモルグに染みこむ。
「計画。話の軌道を修正させてもらう。スターダストシリーズを用いた計画は二重の意味で失敗に終わったが、一つの可能性が残った。それは、御霊と繋がった存在ならば『七帝』の魄を一つに纏められるのではないかという可能性だ。そして、該当する存在をノーザンは知っていた」
「ノーザンはあの記憶を見ているんだよな。なら、いずれ遠い未来に僕が来ることを予想できるか」
エルドラドに一大科学技術を根付かせた男の先見性を今更驚くことは無い。
むしろ、それ位はしているはずだ。
「それで、ノーザンは僕が……御霊と繋がった存在が試行錯誤の異世界に来ることを予見していたとして、何をやらせたいんだ。『七帝』の魄を一人の人間に集めて、どうするつもりなんだ?」
「回答。創造主ノーザンは御霊と繋がった存在は、世界に影響を与える権能じみた特殊技能を持ち合わせていると予想していた。だが、神の力に匹敵する力には、必ず代償が必要だ。無条件で、無限に使えるはずが無い」
代償という響きに、レイは過去の記憶でおとうさまが口にしていた言葉を思い出した。
―――時を司る神に招かれれば、魂を消費して時を操る力を手に入れるかもしれない
同じ過去の記憶を見ていたリザもまた、同じ言葉を思い出したのだろう。驚きの感情を隠せずに呟いた。
「もしかして、レイ様の《トライ&エラー》は、御霊の魂を消費して発動しているのですか?」
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は13日頃を予定しておりましたが、日付を間違えてしまいました。
申し訳ありませんが、14日か15日頃に投稿致します。




