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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-27 槍を奪え Ⅰ

 

 ★



 死のイタミから浮上するのと同時に、鼻から脳まで突き刺すような刺激臭に顔をしかめた。気付け薬を手にしつつ、膝を付いて苦しそうにするリザが尋ねた。


 自身も死のイタミに苦しんでいるのだろう。

「今回はどう……でしたか?」


 何度目になるのか分からない質問に、レイはイタミに耐えながら答えた。


「仕掛ける所までは上手くいったけど、力押しで負けたよ」


「そうですか。次はどのようにしますか?」


「そうだね。……リザは合図したら入ってくれ。それまでは近くで待機。状況が動いた時に乱入の方が成功する確率は高いな」


 これまでの死に戻りを評して、レイは指示を下した。建物の中は閑散としており、リザ以外には誰も居なかったが、レイは不思議に思わない。


 ここにセーブポイントを作る前に、組み立てた作戦通りに皆が動いているのは、既に知っている事実だった。今更、驚くことも不思議がることも無い。


 レイは懐を確認すると、窓枠へと近づいた。美しかったであろう都市が無残に破壊されている光景が続いている。


 その先にあるのは、《アンダンテ・フィールド》によって封印されているローランたち《神聖騎士団》と六将軍第五席ジャイルズ。そして、彼らを守護する鎧騎士たちだ。


「それじゃ、行ってくる。手筈通りに頼むよ」


「御武運を。いってらっしゃいませ」


 イタミから解放されて、深々とお辞儀をするリザに背を向け、レイは炎の鎧を展開した。中華風の意匠が施された鎧が推進力となって、通りを一気に駆け抜ける。


 僅か数秒で目的地に着くなり、レイは炎を展開する。


 刀の形に圧縮した炎の塊が合計で四本。龍刀影打は、紅蓮の軌跡を宙に描き、《アンダンテ・フィールド》前に陣取る二体と、近くの建物から様子を窺っていた二体に突き刺さる。


 強固な魔道具ではあるが、鎧にはつなぎ目やすき間がある。鎧の弱点を正確に貫いた龍刀影打は爆発すると、人造モンスターの肉体は爆発四散した。


 あっという間に四体の鎧騎士をせん滅したレイは、傍にある墓標めいた氷の壁に目をやった。空間内の時の流れが違うから、氷のような見た目をしている《アタランテ・フィールド》の中に、ローランたちはオブジェのように閉じ込められている。


 《ロード・トゥ・ヘブン》を再び使ったのだろうか。ローランの右足からは折れた骨が突き出ている。仲間の治療を行うミストラルの両手は真っ赤に染まり、ローランのサポートを務めるマクスウェルの左目は包帯で覆われている。他のメンバーも似たり寄ったりの満身創痍の姿だ。


 だが、彼らの表情に一切の恐れはなく、ただ一心に六将軍に勝とうとする強い意志が伝わってくる。


 相対するジャイルズの姿は背中しか見えないが、両の手には技能(スキル)で再現した武器が握られている。《神聖騎士団》を叩き潰そうと魔人が昂る表情が容易に想像できた。


「今度こそ、助けてみせます」


 何度目になるのか分からない誓いをローランたちに立てて、レイは合図を送った。


「こっちは終わった。回収を頼む」







『待ってください、レイを見つけました』


「なんだと?」


 その報せをゲオルギウスが受け取ったのは、槍を投擲する寸前だった。圧縮された力が霧散していき、どこか不機嫌そうに顔を歪めた魔人が、魔糸越しに伝わってくる報告を受け取った。


『此方で観測できました。《アタランテ・フィールド》の方に姿を現し……一瞬ですか』


「何が一瞬なのだ。報告は明確にしろ」


『囮として警備していた二体と、隠していた二体。合計四体の人造モンスターが一瞬で破壊されてしまいました。いま、現場に他の個体を向かわせていますが、間に合わないでしょう』


「……一瞬で、しかも隠れていた奴まで倒したとなると、確実に死に戻っているな。余計な邪魔が入らないように、片づけをしているのか?」


『さて。人造モンスターを先に片付けるなら、一斉に破壊するのが効果的です。此方が反撃できないように、同時に破壊すれば、少なくとも私の介入する余地は無くなってしまいます。それぐらい簡単に思いつくでしょう、彼女ならば』


 人龍、人魔戦役。


 人類の暗黒期と呼ばれる時代よりも前から戦い続けてきた怪物達は、戦場で鍛えた感覚がざわついているのを感じ取っていた。


「となると、これは罠か」


『ええ、罠でしょう。目的は不明ですが、貴方を呼び寄せるための行動のはず』


 あまりにも見えすいた罠。稚拙で、馬鹿々々しくなるぐらい幼稚な手管。常人ならば手を出すはずも無い誘いに対して、ゲオルギウスは吼えた。


「面白いッ!!」


 魔人は嗤う。


 笑みと呼ぶには凄惨なそれは、同時に巻き上がった力の奔流と相まって、悪魔めいた様相を為していた。


 魔糸で繋がっているクリストフォロスは、同胞の性格を知り尽くしていたからこそ、余計な言葉を用いずに尋ねた。


『行くのかい?』


「当然だッ! ああ、面白い。死に戻り、死に戻り、死に戻り。厄介な力だが、こうも私を楽しませてくれるとは。敗北を重ねるごとに、戦略は洗練され、連携は密になり、刃は迫ってくる。愉快だ、痛快だ、爽快だ! 私の知らない積み上げた勝利が、敗北の足音を近づけていく。こんな体験は、『七帝』が相手でも味わったことが無いぞ。くははははははは!」


『これだから戦狂いは。……楽しむのも結構ですが、忘れないでください。あくまでも、《ミクリヤ》の無力化こそ、貴方の役目なんですから』


「承知しているとも。だが、ああ、手足の数本ぐらいは潰しても構わんだろ」


 喜々として返事をすると、クリストフォロスは吐息を零して通信を切った。脳に触れるほど近くに感じていたクリストフォロスの気配は消え、戦いに赴く高揚感が全身を浸す。


 ゲオルギウスは槍を二つに分けると、片方を空に向かって投げた。軽く投げただけなのに、風きり音を立てて飛ぶ。頃合いを見計らって、その槍に追いつくように手にある槍に命じた。


 ゲオルギウスの体は宙を舞い、先に投げた槍に追いつき掴んだ。そして、今度は槍を地面に向けて振りかぶった。


 黒龍によって破壊された都市でも一際開けた空間にそびえる勝利のオブジェクト。《アンダンテ・フィールド》によって封印されているローランたちがいる広場の方へ向かって、槍は真っ直ぐ飛翔した。


 着地と同時に引力が働き、今度は地面に刺さった槍に向けてゲオルギウスの体は引き寄せられる。


 瞬間、ゲオルギウスは熱を感じる。


 休眠火山をくり貫き住環境を整えたアトス国は、地熱によって北方大陸でも人が暮らしやすい気候を保っていた。しかし、今では黒龍の炎が燻り、土地に染みついた魔人種たちの血が奏でる怨嗟の声が混じって、肌の奥まで染みこむような異様な熱気が充満していた。


 だが、それとは別の熱が《アタランテ・フィールド》に近づくにつれて感じ取れる。世界への憎悪に満ちた黒龍の炎とは違う、純然たる闘志に満ちた熱に呼応して、一個になった心臓が力強く脈打つ。


 そして、地面に刺さった槍に追いつたとき、金色の瞳は敵を見据えた。


 そう、敵だ。


 始まりは、三百年ぶりに出てきた地上で。


 未来を予知したかのように、心臓に的確に刃を突き刺した童。不可解ではあるが、さほど脅威になるとは思えず、あの時は見逃した。


 二度目は熱砂の大地。帝国に潜入している最中に遭遇した時は、らしからぬ動揺をしてしまった。主同様に『十三人の招かれた者』であることは知っていたが、混乱の渦中に飛び込む姿に、神の意志を感じずにはいられなかった。いずれは、『魔王』フィーニスの障害になるのではと警戒さえしていた。


 そして、三度目。今回は違う。一度目のように偶然遭遇したわけでも、二度目のように運命の悪戯で邂逅したわけでもない。


 自分が、この男を待っていたのだ。


 魔人種の敗北と屈辱が始まった因縁の地で、待っていたのだ。


「やっと、会えたな。『緋星』レイ」








 炎の鎧を展開しているレイは、空中から隕石のように落ちてきたゲオルギウスに対して驚きはしなかった。十分な闘気を纏っているゲオルギウスを前にして、波一つたてない湖畔のような静けさを保っていた。


「どうやら、この出会いは初めてではなさそうだ。何度目なんだ?」


「毎回同じ質問を繰り返すよな。それって大事なことなのか」


「いや、気まぐれだ。だが、その回答で貴様がそれなりに辟易しているのが透けて見えた。どうやら、この出会いは二桁を越えているようだな」


 目ざとい男だとレイは心の内で呟く。ゲオルギウスの言う通り、死に戻りの回数は二桁をとうに超えていた。だから、この後に言う台詞も知っていた。


「この質問はしただろうか? どうだ、後ろの光景は。忌憚なき感想を聞きたい」


「悪趣味」


「くはははは! 実に辛辣で、直球な意見だ」


「作った奴の感性がひん曲がっているとしか思えないね。自分の力を誇示したい欲求が強すぎて、目に余る。戦った相手への敬意も感じられないし、仲間もろとも一緒に封印しているのに、助けようともしない。これを作った奴は相当な変人か、人格が破たんしているに違いないな」


「……くはは。……随分と口が回るな。油でも垂らしたのか? それとも、時間でも稼ぎたいのか? どうやら、貴様の仲間は隠れているようだな。近くに少数の気配はするが……様子を窺って、介入する時を探っているのか」


 すうっ、と。ゲオルギウスの目が細くなる。前回よりも長く喋ってみたのが裏目に出てかもしれないという焦りを隠し、レイは更に口を動かした。


「はっ! キツイ批評に心が折れて、矛先を変えようとしているのか。だとしたら、的外れだな。こっちは今すぐにでも始めて構わないんだ」


 言って、両手に龍刀影打を握り、構えを取る。


 ゲオルギウスが不思議そうに首を傾げた。


「おい。その腰にあるのは抜かないのか? 前の戦いでは使っていただろ」


「生憎とこいつは自分が相手すべき敵を選ぶんでね。こいつのお眼鏡に適わない内は、諦めな」


「そうか。ならば、貴様の武器に認めて貰えるように励むとするか」


 言って、ゲオルギウスも構えを取った瞬間、金属を歪ませたような音が広場に響く。


 互いの距離は二十歩以上はあったはずなのに、一瞬で距離は潰れた。早すぎる剣戟の応酬によって音すら潰れてしまい、耳障りな金属音が残響のように置いていかれた。


 軽く武器を合わせて距離を取ったゲオルギウスは嬉しそうに呟く。


「今のを合わせられる程度には成長したか。……そして、なるほど。鎧騎士を潰したのは、武器の代わりを手に入れるためか。悪くない判断だ。使えない武器に固執するよりも、ずっとな」


「やっぱり、こっちの事情を把握しているじゃないか」


 恐らく入り江の戦いを観察していたのだろう。


 機嫌よく笑うゲオルギウスの視線はレイの手元に集中していた。


 黒い残像だけが視界に写った瞬間、レイは龍刀影打を前方に向かって投擲し、体の影に隠していた剣に持ち替えて刺突を受け止めた。


 手にある武器はいびつな形をした刀身で、鋼が灼けた色をしていた。


 この剣は鎧騎士が扱っていた武器だ。


 つまり、魔道具である。


 本来の大きさはレイの背丈以上の大剣だったが、あまりにも大きすぎるため炎で削り、龍刀と同じぐらいの大きさに作り替えたのだ。


「切れ味は悪いが、強度はかなり硬いぞ。精神力で強化しなくても、今の一撃ぐらいなら受け止められる」


「そうか。なら、存分に楽しめそうだな」


 再び鈍い音。レイの斬撃とゲオルギウスの槍撃があまりにも早すぎて、音が重なり潰れて、歪にしか響かないのだ。


 一合、三合、七合、十四合。


 あっという間に増えていく剣戟の応酬。滅びた都に歪な音だけが積み重なっていく。


 だが、同時に流れる物もあった。


 レイの肩口に走った切創から血が噴き出す。傷口は炎が焼き潰すが、蒸発した血の香りはむしろ濃く充満する。


 炎の鎧によって得た推進力を、そのまま斬撃のエネルギーに変え、死に戻りで培った経験で攻撃を先読みしているが、それでもゲオルギウスの攻撃を完璧には凌げていない。


 相手の間合いを潰し、攻撃の初動を制し、引き戻しの動きに呼吸を合わせ、瞬きの瞬間を狙い立ち位置を変え、精神力を練って戦技を発動するかのようにフェイントをかけ、肉と骨を切らせて一撃を与えようとする。


 試行錯誤の挑戦は、その全てが失敗に終わった。


 ゲオルギウスは紛れもなく強者だ。


 手負いであっても、死に戻りで技の癖を知られていようとも、怪物は怪物なのだ。


 リザですら三十打ち合うのが限界だった相手に、技量で劣るレイが二十近く打ち合えているのが、出来過ぎと言えた。


 残像しか見えない槍の軌跡に押されるようにして、レイは後退を続けている。いつの間にか、《アタランテ・フィールド》の表面まで背中が触れるぐらいの位置となり―――瞬間、ゲオルギウスの体が大きく跳躍した。


 後ろへ。


 獣じみた反射神経で大きく後ろへと下がった魔人に対して、レイは額の血を拭いながら舌打ちをする。


「嫌な直感をしてるよ。どうしてこう、すぐに気づくんだ」


「面白い事を思いつくな、貴様。これは嫌味では無く、率直な意見だ」


 レイの血で汚れた槍を振り回すと、ゲオルギウスは穂先でレイの背後にある《アタランテ・フィールド》の方を指した。


「貴様、私を誘ったな。自らの急所を晒すことで、槍を貫かせ、その背後にある《アタランテ・フィールド》を破壊させようと狙っただろう」


 言い当てられ、レイは不愉快そうに口元を歪めた。


 全くもってその通りだ。


 十九に渡る剣戟の応酬の果て、レイは態勢を崩し、すかさずゲオルギウスが刺突を繰りだし心臓を狙うように誘導した。


 槍を弾く時の角度。視線の向け方。攻撃のリズム。間合いと攻撃を受ける時の順番。十数回の試行錯誤を重ねた結果、最も効率の良い殺陣が組めれば、あとはそれをなぞるだけだ。


 だが、どうしてもここで失敗してしまうのだ。


 ゲオルギウスの槍がレイの皮膚を突き刺す瞬間、魔人は驚異的な直感で此方の思惑を看破し、仕切り直すのだ。そのため、ここで死ぬことは無かったが、成功した試しも無い。


「まあ、数を重ねた分だけ消耗の少ない殺陣を見つけられたのが唯一の救いかな」


 一人呟くも、距離を取ったゲオルギウスの耳には届かなかった。


「感心したぞ。この状況下でよもや、『聖騎士』達を解放させようとするとは。だが、貴様の狙いが分かれば、対処は簡単だ」


 言うと、ゲオルギウスの槍に変化が起きた。


 槍の表面が蠢くと、二本の槍に分離したのだ。


「貴様が知っているかどうかは知らんが、一応教えてやろう。タナトスの杖は、分離した状態では単なる杖にすぎん。概念殺しの権能は発動できず、《アタランテ・フィールド》を壊す事は出来ない。もっとも、貴様を倒すには十分な武器であるのは違いない」


 二つの槍を器用に回す魔人が徐々に距離を詰めていく。レイは手に馴染まない魔道具の剣を強く握って、心の中で呟いた。


 ―――第一段階は突破したぞ。だから、急いでくれよ、リザ、シアラ。



読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は28日頃を予定しております。

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[一言] アンダンテですか? アタランテですか?
[良い点] 死に戻りを相手に分かってて戦うって意外に新しくて面白いのかも [一言] 応援してます
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