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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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閑話:人龍戦役Ⅷ

 ポッドの蓋が開くと、滑らかな動作で少女が起き上がる。水銀を糸のように伸ばして固めたかのような白銀の頭髪が揺れ、無機質ながらも美しい輝きを放つ瞳が虚空を見つめる。彼女の視界では、研究所の殺風景な部屋以外の光景が映し出されていた。


 研究所より南の地点で観測された魔法工学の兵器の波長。微弱ながらも捉えたシグナルの発信場所を、軌道上を周回する衛星が写真を送る。解像度の悪い写真には黒い大きな塊と、それに抗う四つの人影が映し出されていた。


 写真に補正が掛けられると、黒い塊の正体が『龍王』黒龍である事や、対抗する人影が『魔術師』オルタナや『守護者』サファであると判明した。すぐさまサポートAIが対象に関する情報や脅威度をレポートする。


 培養液から出たポラリスは温風を浴びながら司令所から下される情報やミッションプランに対して目を通しいていく。定められた手順をなぞる様に身支度を整える。創造主の趣味であるメイド服に袖を通し、携行が認められている兵器を持ちだそうとする。


 ところが、視界にアラートの文字が浮かぶ。衛星が送信した画像が更新されると、状況が変化したことを知った。


 大地は砕け、すり鉢状の穴が幾つも生まれ、表面は高熱で溶けてガラスめいた物へと変化している。黒龍と相対する人影の数は変わらず、その周囲を超弩級魔法が幾つも展開されていた。


 通常、ポラリスが兵器破壊に赴く際に持ちだす兵器は、運用しやすく燃費も良いのが特徴だ。反面、破壊力に欠けてしまう。


 司令所は最新の情報から算出できた当該地区の脅威度を、最高ランクに引き上げた。過去類を見ない程の脅威が集結し、兵器破壊というミッションを妨害する恐れがあると判断したのだ。


 ポラリスは手にした箒を戻すと踵を返した。


 彼女以外誰も居ない研究所に、ストラップシューズの足音が響く。向かう先は研究所の最奥にある場所だ。虹彩認証に十七桁の暗証番号を入力すると、扉が開いた。


 そこは様々な兵器が保管されている場所だった。ポラリスが使う兵器とは一線を画す、ノーザンが封印すべきと判断した兵器群。学術都市の研究員が一歩足を踏み入れれば、使われている技術力の差から卒倒しかねない異常な物ばかりだ。


 どれもこれも、大陸を削り取る破壊力を持った兵器ばかり。ポラリスはそれらが恐るべき兵器である事を十分知りながら、躊躇う事なく近づいていく。


 足は、ある物体の前で止まった。彼女の背丈を遥かに超える巨大な長方形の鉄の塊だ。ポラリスはそれを難なく担ぐと運び出した。


 更新されたミッションプランを一読し、彼女は無言のまま頷いた。


 数分後、誰にも見送られないまま、『機械乙女(ドーター)』ポラリスは戦場へと向かって空へと飛翔した。






 黒龍と同等のサイズまで膨れ上がった影の魔獣が右腕を刃に変えて振り下ろした。鱗に阻まれるも、影は肉に食い込む。その上をなぞる様にサファの斬撃が走る。フィーニスの刃で柔らかくなった表面から斬撃が内部へと滑りこみ、黒龍の翼を根元から断ち切った。


 直後、傷口から放たれた稲妻がサファを飲み込んだ。


 あっという間に光に飲み込まれたエルフを救う暇は無く、魔獣に対して竜の尾が突き刺さった。狙いすましたように影の中に居たフィーニスに、尾の先端は直撃した。咄嗟に影で防御するも、尾の衝撃でフィーニスの体自体が魔獣から引き剥がされて地面へと落ちた。


 影が泥のように崩れると、まばゆい光に包まれた。いつの間にか、太陽が三つに増えていた。


 否、時刻は既に夜へと変わり、灰色の雲の向こうで青い月が姿を現している。


 この太陽は本物に非ず。


 オルタナが生み出した高熱量の塊だ。空気すら歪ませる光の塊は、互いを食いばみながら黒龍へと直撃する。鱗は溶け、肉が焼け、血が沸騰する。黒龍は身を捩らせて脱出に成功するも、鼻先に現れた四つ目の光に対して反射的にブレスを放った。


 黒い炎を裂いて放たれたのは、ジグムントの聖剣だ。炎を二つに裂き、聖剣の輝きが黒龍の顔面に直撃する。黒龍の巨体が押し返され、大地に落ちた太陽へと戻っていた。


 直後、世界を白く包むほどの輝きが放たれた。


 墜落の衝撃で骨が折れたフィーニスが顔を背ける。


 数秒経って、ようやく輝きが収まってから光のした方を見れば、何度目かの新しいクレーターが生まれていた。クレーターの縁が新しい縁とぶつかり、どこが中心地点なのか分からない。天に向かって伸びていた崖は、いまや海面よりも低い土地となっている。流れ込む海水をオルタナの氷で押しとどめなければ、この辺りは海の下になっていたはずだ。


 激変した環境。


 怪物が四人、それぞれの全力を出し切っている証拠だ。


 自画自賛となってしまうが、自分を含めてこれ以上強い存在は、現在の地上には存在しないだろう。オルタナの魔法は底が知れず、終わりが見えてこない。精神力が無限なのか、あるいは精神力を消費していないのか、超弩級魔法が連続で放たれ、魔法同士がぶつかり合って一種の異空間を生みだしている。


 サファの剣術も恐るべき技の冴えだ。黒龍の固い外皮を何の仕掛けも施していない刃で裂くのは当たり前で、空間を切断して移動したり、黒龍のブレスを切らずに刃に纏わせて攻撃に利用するといった老獪な手段も用いている。黒龍の部位を一番多く破壊したのは、間違いなく彼だろう。


『勇者』ジグムントの戦い方を見るのは初めてだが、恐怖すら感じる。ジグムントの能力値(アビリティ)は四人の中でずば抜けて高いが、それは技能(スキル)による恩恵のため、恐れるに値しない。恐ろしいのは、痛みを恐れない、死を恐れない、恐怖を恐れない戦いぶりだ。どれだけ黒龍の牙や爪、尾、翼で打ち砕かれようとも、足がある限り立ち上がり、腕がある限り剣を振るい、頭があれば噛みつこうとする。人の傲慢な欲望によって死してなお動かされる戦士に哀しみすら抱く。


 フィーニス自身も、影を巧みに操りつつ、黒龍の体を削っていく。黒龍と同等のサイズから繰り出される拳は黒龍の体を右に左にと振り回し、手足を剣や槍に変える事で表面を浅くだが削っていく。足元から伸ばした影は棘となって襲いかかり、時には転移の影を利用して黒龍の態勢を崩したりしている。自由自在に変化できる影だからこそ、変幻自在な使い方で黒龍を攻めたてている。


『七帝』たちが全力を振り絞って戦い、大地は耐えられないと悲鳴を上げている。だが、戦果は芳しくない。


 否、言葉を濁さずにストレートに言うべきなら、たった一言。


 効果が無い。


 太陽と聖剣の輝きが消えると、黒い巨体がうずくまっているのが見えた。光の塊で背中の肉は削げ落ち骨が顔を覗かせている。切り落とされた翼の根元は焼けただれ、聖剣の直撃を浴びた頭部は左側がのみで削られたように無くなっている。


 普通に考えれば瀕死の状態である。にもかかわらず、フィーニスの心は勝利に沸き立たない。じゅくじゅくと、音を立てて広がる肉の泡に、またかと零してしまう。


 肉の泡が傷口を覆えば、次の瞬間には黒龍の体は元通りに復元していた。削られた背中の肉は塞がり、根元で断ち切られた翼が広がり、無かった筈の頭が復活している。理不尽な光景も何度も見れば慣れてくる。


 黒龍の持つ異常としか呼べない復元能力。サファが心臓を切り裂いても黒龍は死ななかった。ジグムントが首を切り落としても死ななかった。フィーニスが胴体を踏み潰しても死ななかった。


「何をどうすれば、アイツは死ぬんだ!?」


「さあな。ありゃ、普通の生命体じゃない。俺と同様に何らかの方法でエルドラドの法則から逸脱してやがる」


 いつの間にか、傍まで近づいてきたオルタナの言葉にフィーニスは面倒だと愚痴をこぼす。


「つまり、殺す事は難しいという認識であっているのかな」


「間違っちゃいない。だが、正しくもない」


「悪いけど、いま君と無駄なやり取りをしている余裕なんて無いんだけどな。なにか知っているなら、さっさと答えてくれないか」


「そう怖い顔をするな。……黒龍がどうやって神々から与えられた権能を微弱ながらも有しているのか知らんが、あれを一時的に引き剥がせれば、異常としか思えない回復力を弱められるはずだ」


「本当かい。その方法は?」


「簡単だ。黒龍の体を九割がた消滅させるか、細かい肉片になるまで刻むか、ともかく肉体が原型を留めないぐらいすり潰してくれれば、後は俺に任せろ」


「……それって、実質不可能って事じゃないか。これだけ時間をかけて、このメンバーで戦ってもそこまで追い詰めていないんだぞ。それなのに、九割がたって……なんだ、この音は?」


 一瞬見えた希望が淡く散ってしまいうなだれるフィーニスの耳朶を、異様な音が震わせた。それは、黒龍が放つブレスとも、サファが繰り出す斬撃とも、ジグムントが振るう聖剣とも、オルタナが展開する魔法とも違う音だ。


 腹の底に直接叩きつけるような空気の振動は強まっていく。オルタナが何か気づいたように顔を上げる。同様に戦いを繰り広げていた怪物達も空を見上げた。


 空はオルタナの魔法によって分厚い雲で蓋をされている。その雲を背負うかのように少女が水平に飛んでいた。


「……あれは……メイド服……なのか」


 正気を疑う様な光景である。どの角度から見ても一目でメイドだと分かる格好をした少女が、空を飛んでいるのだ。まるで重力を感じさせない飛翔だけでも異様だというのに、その少女が背にしている物が輪を掛けて謎だった。


 少女の背丈よりも巨大な金属の箱は、間違いなく魔法工学の兵器である。魔人種としてあちこちの戦場に呼ばれたフィーニスは、過去に何度か兵器の威力を体験している。劣勢の軍が起死回生を狙い持ちだした兵器の数々は、どれも規格外の威力を放った。部下にも少ない犠牲者を出した。


 そんな兵器を持ちだし、空を飛ぶふざけた存在。それが誰なのかは考えるまでも無かった。


「最悪だ。ついに来たのか、『機械乙女(ドーター)』が!」


 オルタナが知った未来が近づいてしまった事にフィーニスは焦りを覚えた。未だに黒龍への対処方法が見つからず、じり貧の状態が続いている戦闘。『機械乙女(ドーター)』が加わったからといって、状況が好転するとも限らない。


 彼女を守るために残ったのに、待ち受けている未来に希望が持てなかった。


 だからこそ、もう一つの案を実行するかどうか決めなくてはいけない。


「彼女が来てしまったね。どうするんだい、オルタナ。さっき話した作戦を実行するのかい」


 フィーニスの言う作戦とは、『機械乙女(ドーター)』を守るのではなく、フィーニスたちの手で倒すという内容だ。


『機械乙女(ドーター)』が黒龍と戦い修復不可能なまで破壊される前に、フィーニスたちが彼女と戦い、撤退させる。オルタナが視た『機械乙女(ドーター)』が敗北するという未来は変わらず、誰に敗北するのか、どれだけの損害を被るのか。この二点を変化させる作戦だ。


 黒龍を相手するよりも、『機械乙女(ドーター)』と戦う方がまだ楽なのではないかという考えから組み立てられた作戦である。


 もっとも、その後黒龍をどうするのか答えが出ていない作戦ではある。


「やるなら奇襲が肝要だ。彼女は兵器破壊が最重要目的で、それ以外に対してはあまり注意を払わないと聞く。敵と認識される前に最大の一撃をぶつけて……ちょっと、オルタナ。何をぼうっとしているんだ?」


 幾ら喋りかけても返事が無い。不審に思ったフィーニスが隣で同じように空を見上げていた男の方を向くと、異変に気づいた。


 帽子で目元まで覆っているのは変わらないが、その下の口が半開きとなっている。手はだらりと下がり、どことなく頼りなさげの様子だった。


「おい、オルタナ? こんな時に、何をぼうっとしているんだ! 君の視た通り、『機械乙女(ドーター)』がやって来たじゃないか!」


「……いや、違う」


 返事はかすれるような声だった。


「何だって? 何が違うんだ」


「俺が視た未来と違う! 『機械乙女(ドーター)』は、ポラリスの武装が違うぞ!」


 どういう意味だとフィーニスが理解するより前に、『機械乙女(ドーター)』は行動する。それまで、雲に対して水平に飛んでいたのが、突如として雲の中へと消えていったのだ。


 その姿は分厚い灰色雲に隠れ、見えなくなった。


「違う、行動が違う。……未来が変わってるぞ!」


「……どういう意味だい。君もサファも、測定した未来は変わらないと……いや、何かの条件で変えられると言っていたな。もしかして、その条件をぼくたちが満たしたのか? どんな条件なんだ!」


「俺やサファじゃ条件は満たせない。ジグムントは居るが、アイツじゃ駄目だ。……まさか、てめぇが? てめぇが、そうなのか?」


「ぼく? ぼくがどうかしたのか?」


 何かに気づいたオルタナだったが、強引に話を切った。


「この話は後だ! 未来が変わったって事は、どうなるのか俺も知らねえ。いや、あの迷惑娘が距離を取ったって事はそれだけ危険な攻撃を仕掛けるつもりだ。フィーニス、サファとジグムントを回収しろ! 向こうに居る奴らも含めて、撤退だ!!」


「黒龍はどうするんだ!? それに君はどうなるんだ?」


「放って置け。未来が変わりつつあるんだ。結果も違うかもしれない。俺に関しては心配するな。死にはしねえ。……早くしろ!!」


 オルタナの鬼気迫る様子に、フィーニスはこれ以上の反論はしなかった。自らの足元と、黒龍に対して近接戦闘を繰り広げているサファとジグムント、そして遠くで避難している一団に影を展開する。


 ずぶりと底なし沼に落ちるような感覚が足元から昇ってくるのと、空を割って落ちてきた物を目視したのは同時だった。


 灰色の雲を突き破って落ちてきたのは、杭のように見える赤黒い棒だ。







 高い所から落ちてくる物に当たれば痛い。


 高く上がった野球のフライや高層マンションから落ちた水入りのペットボトルでも、当たり所が悪ければ人は死んでしまう。片手で持てるほど軽い野球のボールや水入りのペットボトルがこれほどの衝撃を持つ理由は、運動エネルギーにある。


 物体のエネルギーは、質量と速度の二乗に比例するため、質量が軽くても速度が早ければ早いほど、衝撃が増していく。特に物体が地表に向かって落ちていく時は重力が加わり速度が上がる。この法則に目を向けて開発された兵器がある。


 神の杖。


 複数の金属を用いて作成した棒を低軌道上から地上に向けて発射するという兵器だ。小型推進ロケットを取りつける事で、全長約六メートル、直径三十センチメートル、重量百キログラムの棒が目標に激突する。


 落下中の速度はマッハ九以上となり、激突時の破壊力は原爆に匹敵すると言われている。


 笑ってしまうほど単純な原理な一方で、身も凍るような破壊力を有した兵器である。もっとも、それが説明される程の威力を有しているかどうかは疑わしいという声もある。本当に原爆ほどの威力を出そうとするならあまりにも軽すぎるし、高度も足りないという指摘もある。


 そのため、神の杖は欠陥品であり、実現不可能な兵器だと揶揄されていた。


 これを実現したのが対特殊戦力兵器乙型参号である。


 厚い灰色の雲を突き破り、さらに上昇するポラリスが止まった。そこは空と宇宙の曖昧な境界線上、低軌道上だ。生命の存在しない空間に身を置く少女は、背負った長方形の金属を体で抱きかかえる。側面を撫でると、一枚の板のように見えた側面にスリットが入り箱が横にスライドした。


 中から出てきたのは金属の棒である。


 ポラリスが運用しやすいように全長は三メーチル、直径は十サンチメーチル、重量は二百シロクラムしかない。末尾にある尾翼のような機械は機動を修正するためだけの推進装置のため、これが大陸を越えて目標に着弾するようなことは出来ない。後は耐熱処理が施されている程度だ。真上から落とす以外の運用方法が存在しない兵器である。


 それが箱の中には五本あった。


 ポラリスは棒を一本掴むと、先端を目標に向けて構える。地上まで二千シロメーチルはあるが、観測用ドローンから送られる情報で黒龍の位置は確認済みである。同時に、黒龍と同等の脅威であると判断した人物たちが一斉に撤退しているのを確認できたが、司令所はミッションの更新を行わなかった。


「捕捉。対象に向けて投下」


 発した言葉通り、手にした金属の棒が落ちる。高度が下がるにつれ加速は増していき、摩擦によって赤く輝く。気流によってぶれるのをドローンから受け取った座標に到達するように軌道を修正する。


 赤黒く発光する棒は灰色の厚い雲を吹き飛ばし、音を置き去りにして黒龍に直撃した。


読んで下さって、ありがとうございます。

次回の更新は12日頃を予定しております。

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