1-7 ネーデ散策 『後編』
※7/23 空行と一部訂正。
ドワーフに教えてもらった、2軒隣の仕立屋でブーツとコートを見繕う。ブーツは長時間履いても長持ちするタイプを選び、コートは薄手の緑色の地味なコートを選ぶ。履いていたスニーカーはこの世界で目立つので鞄に放り込んでおく。
店主曰く、冒険者にとって鎧姿は自分の名刺代わりになるが、往来でそれを見せびらかすのはあまり印象が良くない。それにコートは旅の間、色々と使い道があるために購入をするべきだと言われた。
もっとも、周りに自分を大きく見せ、威圧するためにワザと鎧姿を見せる冒険者も中には居るそうだ。
2つ合わせて800ガルス。残りは2100ガルス弱。ギルドに戻りこの後の事をアイナさんに相談しようと決める。
外に出るとすでに昼近い。ギルドは朝の賑わいから幾らか減り、人も疎らになっている。僕がギルドに入るとアイナさんは同僚と談笑しながら昼食をとっていた。
ドアが開く音に気づき、アイナさんは此方を振り向き、目線が合うとサンドイッチを咥えたまま声を掛けた。
「ヘェイくん。こんにひは」
「こんにちは、アイナさん。でも、飲み込んでから喋ってください」
いつの間にか君付けになっていた。確かにアイナさんはこの体の年齢よりは上だが、精神年齢では同じくらいだと思う。
むしろ向こうの方が時折幼く見える。紅茶で無理やり飲み込んだアイナさんは立ち上がりカウンターへと近づく。僕も彼女の傍へ行く。
アイナさんは上から下まで眺めると何度か頷く。
「なるほどね。古き良きクラッシクスタイルを踏襲し、それでも体の重要部分だけを防御することで軽さを保つ。基本に忠実な格好ね。ワルグ老の作と見た」
「ワルグ?」
「このあたりで数少ないドワーフの鍛冶師の事だよ。違った?」
「凄いですね、当りです。良くわかりますね」
「あそこはギルドでもお勧めの店だからね。防具一式が2、3000ガルスぐらいなのは駆け出しにとってありがたいし」
言いながらアイナさんは一冊の本と巾着袋を僕に出した。
「レイ君は最初から魔石を持ってきたから渡しそびれたけど、これ5000ガルス。支度金です」
「え? 支度金が出るんですか?」
「そうよ。駆け出しの冒険者に着の身着のままで迷宮に挑ますわけにはいかないからね。返済義務のある支度金が支給されるの」
アイナさんは2階を指さす。
「上の階やこの階にあるボードを見た? あそこにクエストが貼られているの。支度金を受け取った冒険者はその報酬の一部や、魔石の換金時に返済分を少しずつ返していく義務があるの。そういうお金だけど、要る?」
「なるほど……でも僕は幾らか手持ちがあるので大丈夫です。こっちの本は?」
「こっちは『冒険の書』。あの冒険王と仲間達が旅の間に得た冒険における大事な事や教えが書かれているの」
誰だ、冒険王って?
「いい、レイ君。駆け出し冒険者である君は絶対これを読んで勉強すること。そして、上の階にある資料も合わせて読むこと。いい?」
真剣な表情でアイナさんは僕を見る。
「はい。わかりました」
返事をしながら本を軽く捲る。目次を開くと、確かに細かく様々な事が書かれているようだ。
この世界において生きる術も書いてあるに違いない。そう思うと輝いて見えるようだ。
「それとアイナさん。ちょっと相談事が」
「ん? なになに?」
僕はこの先の身の振り方について相談する。
「なるほどね。まずは冒険者の稼ぎ方の確認をしようか」
言いながら何処からか取り出したメガネをかける。赤のフレームをかけた彼女は生徒に授業する先生のようだ。
「まず、第一に魔石。迷宮や街の外で遭遇したモンスターを倒せば手に入る。次がクエストね。たとえばギルドからポーション用の薬草が足りないから採ってきてとか、商人からは護衛の依頼とかがボードに貼ってあるの。そこに条件や期間、時には必要なステータスやランクが書いてあるから自分に合ったクエストを選ぶと良いわね。ただし、失敗するとペナルティがあるから注意して」
差し出した細い指を折りつつアイナさんは説明を続ける。
「それと、パーティーかクランに加入するのを勧めるわ」
「クランですか?」
パーティーは何となく分かるがクランとは何だろう。
「簡単に言うと冒険者の徒党のようなものね。パーティーは大体10人ぐらいまでを指すけど、クランはそれ以上の冒険者の集まりよ。彼らは役割分担をして迷宮に潜る班、商人の護衛をする班、領主の依頼により軍事訓練をする班とかに分かれて同時に仕事をこなすの。そうやって稼いだお金をメンバーで分け合うの」
聞きながら、要は冒険者の会社を指すのかと納得した。
「ソロだと成長するのも厳しくなるから、まずはどこかのパーティーに入れてもらってそこで修業するのが良いかもね。クランは入団条件とかテストが厳しい所が多いから入るのは難しいし、新入りは成長の機会をもらえず燻る可能性もあるからね。でもね」
一拍おいた後、アイナさんはまっすぐ僕を見た。
「それ以上にレイ君。君が何をしたいのかを確認するべき。冒険者として、ううん。人として何をしたいかを明確にするべきなの」
「何を……したいか」
「そう。有り体にいえば、目標ね。何かある?」
正直に言うと、無い。
5年。とにかくこの異世界で大人しく過ごそうと、それでいいと思っていた。だがそれだけで5年を過ごすのは、少し寂しい。
そうだ。1人で生きるのは寂しい。
「……世界が見たいです」
ぽつりと思いがこぼれた。
「知らない世界や場所を見て、誰かと触れ合いたいです」
自然と欲求が口から出ていた。自分の中にこんな欲求があったのかと驚く。
「うん。良い目標ね。そのためにも一人前の冒険者を目指して頑張ろう!」
「はい!」
勢いよく返事をすると、後ろから扉が開く音と共に、室内の空気が固まったように感じた。
「すまない。ギルド長に面会を申し込みたい」
涼やかな声と共に男が横に立つ。周りの注目を一身に浴びながらも意に介さずにカウンターで固まるアイナさんに声を掛けた。
男を一目見ると瞬時に分かった。この人は物凄く強い。僕よりも背の高い年上の男は力強い瞳でアイナさんを見ている。美しい金髪は日の光を浴びて白く輝きを放ち、身に着けた白銀の鎧は彼の力強さを引き立てている。背に負った大剣も彼の雰囲気に拍車をかける。
なにより、この男の優しそうな顔立ちとは裏腹に、全身から放たれる気配は重苦しく暴力的だ。横に居るだけで圧倒される。
「ど、どうぞこちらに」
アイナさんがカウンターの切れ目から男を案内する。続いてドアが開く音がし、彼の仲間らしき者達が入ってくる。男も女も一様に美しく人目を集めながらも放たれる気配は鋭く、周りを圧倒する。
「おい、あれ。S級の」「だよな……法王庁の聖騎士がなんでこんな所に?」「つーことはあの巫女服が聖女様か。すっげえ、美人」「じゃあ、あっちのちっこいのが三賢者の1人かよ」
彼らがカウンターの中に入ってくと途端に騒がしくなるギルド。
僕は興奮した冒険者の間を通り2階に行く。早速、冒険の書を読むことにした。
2階の一角に陣取り冒険の書と書かれた文庫サイズの本を開く。周りは先程の冒険者たちの登場にざわついてるが気にしない。
ページをめくると、著者の言葉が大々的に書かれている。
『冒険者はハーレムを作るべし』
とりあえず、ページを閉じた。欲望がストレートに表に表わされた1文だ。これだけで読む気が失せていく。
しかし、アイナさんと約束した手前、読まない訳にも行かない。気を取り直してパラパラと目次を眺めつつ、気になった項目のページ数を確認して、そこを開く。
『旅に必要なものは?』
『胸がときめく異性!』
思わず本を投げ捨てようかと思う。鋼の自制心で震える手を抑えて、それだけは堪えた。
続きを読む。
『と、冒険王は語るが私は違うと思う。まずは物資だ。定住の拠点を持ち、そこを商人の往来があるなら別だが大半の冒険者は未開の地や人里離れた秘境、迷宮への挑戦などで人の住む領域からある程度離れた場所で短くない日数を過ごすことになるだろう。HPやMPは自然回復するがやはり備えは必要だ。水や食料を確保するのは当たり前として、次に必要なのは回復系の薬だ。ポーションやエーテルは複数持ち、状態異常に対する回復手段も持ち合わせておくべきだ』
読み進めると、たしかに納得できる。とういうか冒頭のバカな発言は冒険王の発言なのか。
僕は物資のページを読み切ると、状態異常の項目を開く。
『状態異常とは?』
『俺は常に恋の病さ』
脳の病気だと思われる。
冒険王の発言は無視し続きを読み込む。
『状態異常とは死亡以外の正常じゃないすべてを指す。一般的なのは毒、麻痺、石化、魅了。特殊な物に呪い、氷結、ステータスダウンなど多岐に渡り存在する。パーティーの、特に壁役や回復役がこの状態になったら、それだけで全滅の恐れもあり得る。特に自力での回復が出来ない石化や氷結などはソロで戦う者にとっては致命傷となる。先の項でも触れたが、理由が無いのならソロでの活動は控えるべきだ。また大抵の状態異常は道具や神殿で治療ができ、低級回復魔法で回復できる。よって備えを怠らないことである』
そこまで読んでから、引っ掛かりを覚えてもう一度読み込む。
何度か読み込んでようやく気付いた。
(……なるほど。確かに致命傷だ)
ある点において、僕にとって厄介なことが書かれていた。
ページをめくり対策と書かれた項を開く。
『恋に対策は無い。常に流動する』
スルーしよう。
『状態異常の対策は2種類ある。1つは事前策。もう1つは事後(なんかエロく聞こえるな(by KING)。前者はその状態異常を防ぐ装備や技能を所持すること。たとえば毒には耐毒を。麻痺には耐麻痺を。石化には耐石化といった具合に用意する。世界中にはそういった類の装備品は山のようにあり、効果も低級から超級と様々だが一つは持っておくとよい。例え低級であっても、完全に無効化できずとも全身に効果が回るのを遅らせる事ができるかもしれない』
そこまで読んでいると、横から本を取り上げられた。
本が消えた方へと向くと赤い髪を短く刈り込み、褐色の肌を見せつけるような鎧を着こんだ少女がこちらを嘲るような笑みを浮かべて見下ろしていた。年齢はおそらく同じくらいだろうが、着込んだ鎧や腰に下げている双剣の摩耗具合から、ある程度経験を積んだ冒険者のように見えた。透き通った氷を思わせるアイスブルーの瞳は手に持った冒険の書と僕を交互に見る。
「はっ。こんな本でお上品に勉強するなんて……お前、新入りか?」
「……ええ。昨夜、冒険者になったレイと申します。以後、お見知りおきを」
同い年とはいえ、向うの方が冒険者としては格が上と判断し、あまり絡まれるのも面倒と思い必要以上に謙る。
どうやら、僕の態度が気に入らなかったようだ。本をテーブルに叩きつけ大きな音が2階中に、いやギルド中に響く。
「あたしは『紅蓮の旅団』、ファルナ。このへんでも数少ないBランクのクランに属してるのさ」
言って僕の反応を確かめるようにじっと見つめてくる。
これはおそらく自慢しているのだろう。Bランクがクランのランクで上なのか分からないが、冒険者のランクでBは上から数えた方が速いのは知っている。
「それは……凄いですね」
「ふふん。そうだろ、そうだろう」
破顔しながら上機嫌に頷く彼女を見て、対応を間違えなかったと胸をなで下ろす。
「それじゃ、僕はこれで…」
「待ちなよ。あんた見所が有りそうだし、団長に合わせてやるよ。ステータスを見せな」
この一言に周りが騒めく。どうやら僕らは周りの注目を集めていたようだ。
「おいおい、紅蓮の嬢ちゃん。見慣れない新人を捕まえてやがるぜ」「まあ、確かに使える新人は確保しときたいけどよ」「お嬢の奴。足止め喰らってイラついてやがるぜ」「ほっとけ。ギルド長に呼ばれた団長が返ってくるまで遊ばせとけ」
ザワザワと周りが騒ぎ立てる。
これは見せないと離してもらえないと諦めて、コートからプレートを取り出し彼女に差し出す。
ファルナは受け取ったプレート見ると、大きく瞳を見開き、ついで、ギルドを震わすかのような声量で笑った。
「アッハハハハハ!!」
苦しそうに涙を流し、腹をよじらせて笑う。
「ひ、ひどい能力値。見たことないよ、こんなの。よくあんた、いままで生きてこれたね!」
よく言われる。
無言でプレートをもぎ取り、本を鞄にしまうと席を立った。
彼女は普通にしていれば綺麗と言われた相貌を嘲笑で崩す。
「まったく。あんたみたいな弱っちいのは近くの迷宮のボスどころか最初のスライムにさえやられるちまうよ」
彼女の笑いまじりの発言に足が止まる。
「……迷宮があるの?」
「知らないのかい。ここから西の方に行けば迷宮があるよ。私もこの前上層部のボスを撃破して、ほら。耐石化の装備品を手に入れたよ」
見せびらかすように、左手首に着けた腕輪を掲げた。
細い手首に嵌めた腕輪についている赤い宝石が輝きを放つ。
僕は思わず彼女の手を掴む。
「な……なにすんだよ!」
怒鳴る彼女を無視する。頭の中で浮かんだ可能性を検証する。
―――多分、いける。
「このアイテムは必ず手に入るの?」
「あ? 何であたしが答える必要が」
「頼む。教えてくれ」
言葉を取り繕う余裕も無くなる。頭の中で浮かんだ可能性が消えないうちに行動したいから語気が強くなる。
「……必ずってわけじゃないよ。上層部12階のボスを撃破するとランダムで装備品が手に入る。アクセサリだったら確実に対石化になるけど武器とか鎧とか手に入る場合もあるし」
「ありがとう、ファルナ!」
礼を言うと僕はギルドを駆け下りた。
後ろからファルナが叫ぶが、無視して道具屋を目指す。準備が必要だ
夜になり、街が寝静まり始めた頃。月明かりを頼りにレイは簡易ベッドの上に街で購入した物を並べる。
コルクで封をされた試験管の中に緑色の液体が詰められたポーション。
艶やかな黒色を放つ丸薬。毒消しの薬。
剣の手入れ用に、鯨の皮で出来たやすりと砥石の油の小瓶。
止血用の包帯と綺麗な布。
携帯食料として干したブドウや肉がひもで縛ってある。
同じく飲料水を大き目の水筒に入れておく。
上下のインナーと元の世界の洋服を綺麗に畳む。横にはくたびれたスニーカーも並べてある。
これらの荷物を鞄に入れるものと、腰につけたサイドポーチに入れるものと分ける。
新しく購入したベルトに鞘をひっかける金具と、ポーチをつるす。その中にすぐに取り出す必要のあるポーションや毒消しを慎重に仕舞う。
全身を見渡し、鎧に不備が無いかを確認する。返ってきた固い手応えはあのドワーフの人柄を表しているようだ。
緑色のコートを上から着込み、肩に荷物を下げる。
隣のベッドで眠っている先客を起こさないように静かに部屋を出る。
廊下に掲げられた時計は11時前を指す。あちこちの部屋からは冒険者のイビキが漏れている。
足早に3階から2階、そして1階にたどり着く。ちらりとカウンターの向こうを覗くが今晩はアイナの姿は無い。
レイは静かにギルドの扉を開け、外へと向かう。
次の日。彼の姿を見た者は誰も居なかった。