11-15 ラビリンスのボスⅡ『後編』
ラビリンス中央部上層ボスの間は煌々と照らされていた。三つの緋色の星が加速と衝突を繰り返す度に、轟音が響き渡り、余波で壁や床が傷ついていく。既に空間内の温度は常人なら動けない領域に達しているのだが、星々の輝きに陰りは無い。
つまり、そこに居たのは常人の枠を越え、怪物の領域に足を踏み入れ始めた人外という事になる。
炎の鎧がレイの体を加速させ、宙を舞わせる。重力という鎖から解放され、宇宙を駆けまわる流星のようにボスの間を飛び回る。背後で翼のように広げているのは炎で生み出された龍刀影打。
その数は六本。
一本一本が超級旧式魔法並みの威力を秘めており、レイの意思一つで自在に飛翔し、目標に着弾するまで止まらない、いわばミサイルのような存在だ。いまそれが、緋色の軌跡を描いて放たれた。
縦横無尽に軌跡を描く龍刀影打を防ぐのは難しい。緋色の軌跡は既に通り過ぎた跡に過ぎず、目で追いかけている内に着弾してしまう。気配を読み取れたとしても、同じだけの威力を同時に六発用意しなければ火力負けしてしまう。
常識に照らせば、困難極まる作業はいとも容易く達成されてしまう。
レイの操る龍刀影打、六本のミサイルは十二本のミサイルに潰された。
同じように龍刀の真なる力を引きだし、同じように《全力全開》を発動した二体のミラースライムは、レイと同じように空を飛ぶ流星となった。
当たり前のように龍刀影打を展開すると複雑な軌道を描き防いだのだ。
予想していた事とはいえ、防がれた事に舌打ちをするレイに、ミラースライムAが迫った。緋色の流星は龍刀を構え、全力の斬撃を振るう。当然、レイも全力で打ち合わなければならない。なぜなら、能力値は計ったように同じなのだ。同じだけの力を振り絞らなければ、打ち負けてしまう。
ミラースライムAの斬撃は一度で終わらず、二撃、三撃と数を増していくごとに鋭くなっていく。
緋色の流星が激しい斬撃の応酬を繰り返しながら飛び回る。ボスの間は星がぶつかる衝撃波に耐えきれず亀裂を生み、壁面は余熱で溶けだしていた。回避された炎の斬撃が着弾するたびに振動が迷宮を揺らす。
「近づくな! 雷竜!」
一撃が致命傷になりかねない攻撃の嵐をさばいていたレイは、背後に感じた存在に向けて雷の竜を差し向けた。竜と言っても六龍に比べれば小さな竜だ。バジリスクの魔短刀から作り出す雷蛇と同じく、ほんの数秒で掻き消える攻撃だが、背後に迫っていたミラースライムBの突進を逸らす事に成功した。
ミラースライムAの腕を掴み、思いっきり振り回すと突進が逸れたミラースライムBに直撃した。空中できりもみする二体に向けて龍刀影打を展開した。
槍の如き一撃は、しかし二体が展開する炎の壁に飲み込まれてしまう。単体では同じだけの力しか持っていないが、ミラースライムたちはここぞと言う所で力を合わせる事を覚えてしまい、力を重ね合わせていた。
「残り時間は三十秒だ。このままだと時間だけが無駄に過ぎていくぞ」
「そのぐらい分かってる!」
《全力全開》の効果時間は一分だ。それを過ぎれば、今の状態は解除される。
それまでに決着をつけなければ、数の差からいずれ消耗して敗北するだけだ。
レイが地面に落ちていくミラースライムを追いかけると、目の前が炎に包まれた。ミラースライムたちの放った炎だ。
回避するのも煩わしいと炎の中を突っ切る。炎の鎧に包まれているお蔭が、ある程度の炎までなら無効化していた。無傷のまま炎を通過すると、そこに二体の姿は無かった。
「レイ、後ろだ!」
影法師の声に反応するよりも前に、レイは後ろを振り返り、龍刀を振るっていた。炎を放つと同時に上昇して頭を取ったミラースライムAが、無機質な表情を浮かべたまま接近していた。
再び龍刀がぶつかり、激しくつばぜり合いをしたが長く続かなかった。
レイの視界が横に流れる。
一瞬遅れて、ミラースライムBが横合いから突進し蹴ったのだと気づいたが、その時には広間の壁に叩きつけられていた。間髪入れず、二体の猛攻が迫る。上下左右、逃げ場のない全力の斬撃に対して、レイは右手に龍刀、左手に龍刀影打を構えて応戦する。
一秒が過ぎるまでに交わされる斬撃の数は十を越える。
フィーニスの影による肉体強化に、龍刀の炎が加速を与え、炎の鎧が途切れないエンジンとなっていた。ミラースライムたちの斬撃はレイの持つ能力値に戦闘経験を乗せ、その上に今のレイが出来る最適な動き方が加わっている。本人が無意識に行っている癖や攻撃の偏りを無くし、最速の動きを実現している。
本来ならそれをレイが十秒以上も受け止められるはずがない。
だが、現実として十秒以上斬撃を受け止めていた。慣れない二刀流で、一秒間に十を越える斬撃を、合わせれば百の斬撃を防いでいた。
無論、これには理由がある。南方大陸を出発する間際まで、レイはサファとローラン、そして《神聖騎士団》の前衛メンバーから特訓を受けていた。
その内容は鬼気迫る物であり、言葉にするのも憚れる。
端的に言えば、レイは彼らの攻撃をずっと防いでいたのだ。休むことなく続く猛攻を、一歩間違えれば死に至る斬撃を、受け止めていた。
レイの持つ《トライ&エラー》を知った『賢者』マクスウェルは、レイは攻撃に特化するよりも防御を伸ばした方が良いと考えていた。
―――「お主の持つ《トライ&エラー》は死んだことを無かったことにするという驚異的な力じゃが、初見の相手に対して恐ろしく相性が悪い。仮に、お主を死なせずに確保したり、無力化するような相手だった場合、技能は意味を為さない。そんなのを相手にする時に必要なのは、戦闘から生き残れる力、身を守れる術じゃな。それこそ『七帝』を相手に生き延びれるだけの受けの技術を磨くべきじゃろう」
この発言で、レイの地獄は始まった。日が昇ってから沈むまで、延々と『守護者』サファと『聖騎士』ローランと《神聖騎士団》の打ち込みを凌ぐ日々だ。大怪我をしても問題ない。|エルドラド一のヒーラー(ミストラル)が万全の態勢で待ち構えている。ちょっとやそっとの事で地獄は終わらない。
その後はその後で、地獄の酒盛りが待っていたがそれはまた別の話だ。
重要なのは、短い期間ではあったが世界最高峰の戦士から延々と打ち込まれた事で、大抵の攻撃を見極め受け止めるだけの技量が身に着いたという事だ。
いま、レイの姿形、技量までコピーしたミラースライムの攻撃を凌いでいるのは、レイが攻撃よりも防御に特化したという事だ。
(とはいえ、防いでいても時間切れが待っているだけなんだよな)
驚異的な反射速度と技量を持って攻撃を防いでいたレイだが、内心では焦っていた。確かに攻撃よりも防御の方が優れているとはいえ、防御だけだと勝ち目はない。《全力全開》が切れるまで十秒とちょっとだ。
レイは刹那の時間も悩まず、決断した。
「影法師、腕の影を解け」
「はぁ!? 正気か、てめぇ。そんな事をしたら、どうなるか―――」
「―――いいから、やれ!」
影法師の言葉を遮る。その気迫に何かを察した影法師は、レイの両腕に巻き付いていた影を解く。途端に負荷が増したが、レイは間髪入れずに叫んだ。
「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」
それはレイの持つ技能、《心ノ誘導》Ⅱを発動させる言葉だった。
技能を浴びたミラースライムたちは、それまでの攻撃の組み立てを無視し、確実に刃が通る箇所を狙い、龍刀を振るう。フィーニスの影を解いて無防備となった両腕に向かって、龍刀を振るう。
紅蓮の刃を炎の鎧は受け止めもせずすり抜け、その下にある腕を刃はするりと抜け―――迷宮の壁面に突き刺さった。
感情を感じさせないコピーした顔に、焦りのような物が浮かんだのは見間違いだろうか。
《心ノ誘導》Ⅱによって攻撃の組み立てを狂わされたミラースライムたちは、間合いを詰め過ぎていた。
レイの両腕を切り落とした斬撃は迷宮の壁に突き刺さる。もっとも、今の二体の実力を持ってすれば、一秒も持たずに壁を切り裂き自由になれる、その程度のロスだ。
だが、レイにとっては待ち望んでいた、黄金に匹敵する刹那の時間だ。壁を蹴って一気に二体の背後に回ると、影法師に向かって叫んだ。
「包め!!」
伊丹を堪え喉が裂けそうな叫びに、影法師が呼応した。レイの両腕にフィーニスの影が巻き付く。そのままだったら、ずり落ちて迷宮の染みになっていた肉片が、影によってしばられ腕の形を成した。
もちろん、これで傷が塞がった訳では無い。龍刀に切られた切断面は焼けていて、神経は痛みを訴えている。切られた先の腕は神経が切断されているため、指一つ動かす事も出来やしない。影法師が指先と柄を一緒に包んでいるから龍刀を握れるのだ。
それで十分だ。
レイは全身に残る精神力を龍刀に込める。紅蓮の輝きは呼応するように強まり、一つの神秘へと昇華される。
「《赤龍咆哮》!」
かつて、古代種の一頭として恐れられ、君臨していた龍の咆哮が再び蘇った。
龍刀から放たれた炎は内側から新たなる輝きを何度も生み出す。全てを燃やし尽くすと恐れられた赤龍の咆哮がミラースライムたちを飲み込もうとした。
だが、忘れてはいけない。
レイに出来る事は、ミラースライムに出来るのだ。
壁から抜き放たれた龍刀が同じ輝きを放つのに、レイの肌が粟立つ。感じた悪寒が正しいと言わんばかりに絶望が振り抜かれる。
「「《セキリュウホウコウ》」」
ひび割れた二重の声は、大いなる炎を伴っていた。混じり合う赤龍の咆哮はレイの希望を容易く飲み込む。映像を逆回しにするかのように、今度は炎がレイに迫った。
全てを焼き尽くす業火を前に、レイは笑っていた。
唇の端を吊り上げ、自分の思い通りの展開になっていた事に笑っていた。
神経が切れた掌を持ち上げ、最後の一手を叫んだ。
「《超短文・超級・全力全開》!」
仮に、ミラースライムたちが反応を示せるだけの知性があれば、驚愕しただろう。指輪に込められていた魔力は空だ。魔法をもう一度使えるはずがない。だが、現実として二発目の《全力全開》は発動し、四肢に力が注ぎ込まれていた。
指輪の機能の一つに、所有者の生命力を魔力に変換する機構がある。本来ならゆっくりと吸収していくのだが、無理に指輪を使えば急速に充電され発動する仕掛けになっていた。その分、生命力を大幅に消耗するため、緊急的措置にしか使えない。
レイはそれをしたのだ。
レイよりも僅かとはいえ、先に《全力全開》を発動したミラースライムたちは、もう効果が切れている。一方でレイは、この瞬間だけ《全力全開》を二重に掛けている状態になっていた。
(限界を越えろ。器を広げろ。そうしなければ、ミラースライムには勝てない!!)
ミシリ、ミシリと音がする。それは頭の中からしたような気もしたし、あるいは体の奥の心臓からしたのかもしれない。
ただ自分が一つの殻を破ろうとしていた、その手応えだけを感じていた。呼応する龍刀が新たな輝きを放つ。
だが、その輝きに陰りが生まれる。
どうしても、あと一歩が届かない。
力が零れ、霧散していく。
(くそっ! ここまで来て、ここから先を越える事が―――)
「―――はっ、ぐだぐだ考えてねぇで飛び越えちまいな」
影法師の声と共に、両腕に力が集まる。鎧が解け、両腕にその分の力が集まっていくのが伝わっていく。
穴の開いた風船のように空気が漏れていたのが塞がっていくように、龍刀に宿った新たな力が一つの形に昇華した。
「《赤龍影爪》!」
かつて、赤龍が振るった爪は届かなかったのに、爪の影によって地形が変わったという伝説がある。
放たれた斬撃は二つ。
紅蓮の軌跡を描いて飛ぶ炎の斬撃と、それを取りこみ膨らむ影の刃。
互いの力が絡み合い、膨れ上がることでかつての伝説に匹敵する威力を生みだした。
二つ分の赤龍咆哮を切り裂き、そして無防備な姿をさらしたミラースライムたちを両断するのに十分過ぎる破壊力を発揮し――――。
―――世界が捻じれる。
レイが感じたのは龍刀の冷え冷えとした刃が、自分の腸を貫いている感触だった。
血が溢れ、力が抜けていく。無機質な、ガラスのような瞳を向ける二体のミラースライムを前にして、ようやく記憶の方が遅れを取り戻すように修正された。
「ちく、しょう。やっぱり、こうなった、か」
言葉は最後まで紡がれず、無慈悲な刃が命を絶った。
★
目がくらむような白い光が全方位から投射される。全身をあらゆる角度から照らす光によって、地面に幾つもの影法師が並ぶ。
その内の一体がむくり、と起き上がった。身構えようとすると、後ろから別の影法師が体を拘束する。あっという間に周りを影法師に取り囲まれると、彼らは一斉に攻撃を仕掛けた。
全身を殴打されるにつれて光はますます強くなり、同時に影も濃くなっていく。輪郭がはっきりし、細部が形成されていく。
それはまさしく自分だった。
自分は自分に何度も何度も殴られ蹴られる。いつしか、自分が殴打されているのか、殴打しているのか。そんな境界すら曖昧になってしまった。
★
ミラースライムはレイの全てをコピーする。
姿形だけでなく、能力値や道具、技量、戦闘経験、そして技能もだ。
当然、《トライ&エラー》もコピーしており使えるのだ。
いま、レイの頭には二つの記憶がある。《赤龍影爪》を放ちミラースライム二体を倒した記憶と、その攻撃を躱され《全力全開》の効果を失ってからゆっくりと殺された記憶の二つだ。
ミラースライムが死んだ時点で奴らは《トライ&エラー》を発動し、戦闘開始時点まで時を戻し、最後の最後を変えてレイを殺す事に成功したのだ。そして変わった歴史の影響を受けてレイは死亡し、《トライ&エラー》によって再びこの汚い宿屋に戻ってきたのだ。
「唯一の救いは、同レベルに殺されるからイタミが最小限に抑えられるところかな」
動く両腕を見つつ、レイは起き上がる。そして、その拳を一気に降り下ろした。
上級冒険者の拳を受けて、木組みのベッドは拳の大きさの穴を開けた。
「やっぱり、こうなったかよ」
『まあ、予想できた展開だがな』
影法師の冷静な声に腹は立つが、聞き流す事にした。腹立たしい事ではあるが、影法師の言う通りなのだ。
ミラースライムを倒せば、《トライ&エラー》で死に戻りされ、勝利を無かったことにされ自分が死んでしまうのは予想出来ていた事だ。
エルフの修練所で何度も繰り返した事だけに、驚く事は無い。問題は、ミラースライムを倒さなければ地上に戻れないという現実だ。
「あの時は強くなるための相手として死に戻り合戦に付き合っていたけど、今回はそんな余裕はない」
『あん時は、延々と死んで戻って死んで戻ってを繰り返してミラースライムの精神を破壊する、っていう方法を取ったんだな。仮に同じ回数を繰り返したとして、それが二体分。しかも二体同時に相手しつつ……こいつは勝ち目ねえな』
「お前に言われると、本当に腹立つな。……ミラースライムを倒すには弱い冒険者をコピーさせるのが手だったよな。誰でもいいから無理やり連れて行って、コピーしたのを倒すか」
『残念ながら、ボスモンスターのミラースライムには通じないぞ。コピー可能な範囲が広がって、対象を選択できるって、あのニンジャが言ってただろ』
「……お前、やっぱり話聞いて覚えてたじゃないか」
ぎゃははは、という影法師の笑い声に混ざりドアがノックする音がした。
レイが返事をする前に開け放たれた扉の向こうに、訝し気な女将の顔があった。彼女は扉を開け放ったが、入ろうとせずに部屋の中をじろりと睨んだ。
今までになかった展開に、ミラースライムの事を忘れてレイは尋ねた。
「どうかしたんですか」
「いやね。アンタが誰かと話しているように聞こえたんだけど……どうやら気のせいだね。もう一人いたんなら、そいつの分の宿代を請求できたのに」
どうやらレイと影法師の会話を聞いていたようだ。正確には、影法師の声はレイ以外に聞こえないため、レイが独り言をずっとしているように聞こえたのだろう。レイは慌てて口を開いた。
「いえ、僕一人です。もう、出ていく時間ですよね。今、仕度しますのでちょっと待っててください」
仕度と言っても、着替えを持っている訳でもない。腰かけたベッドから立ち上がり、部屋を出ていくだけだ。
ところが、女将はレイを気味悪そうに見て、
「ああ、そう。まあさっさと出ていきなよ。あんたが居なくなってから、この部屋の清掃に入らせてもらうよ」
と、言って扉を開け放ったまま別の所に行った。
どうやら、レイが独り言をする危ない奴だと思われてしまったようだ。
その事に気づいて苦笑を浮かべたレイは、開け放たれた扉を見て雷を浴びたような衝撃を受けた。
「……ああ、そうか。こんな簡単な事で良いのか」
『あ? 何を言ってんだ、てめぇ』
「影法師。ミラースライムを簡単に倒せる方法が思いついたぞ」
自信ありげに言うレイに、影法師は首を捻るのだった。
読んでくださって、ありがとうございます。




