表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
644/781

11-5 ラビリンスのボス 『後編』

 ジェネラルオーガの厄介な所は、物理と魔法の完全防御を瞬時に行う事にある。どれだけ乱戦していても、背後から奇襲を掛けられても、攻撃の種類を瞬時に判別し被弾箇所の色を合わせてくる。その上、巨体から繰り出される破壊力は強力無比で、何があっても止まらない雪崩のようだと表現される。


 その猛攻がレイに向かって繰り出された。


 縦横無尽に振るわれる岩の棍棒。掠めれば皮膚は肉ごと千切れ、直撃すれば潰れてしまう一撃を、レイは龍刀で防ぎきる。超級ボスモンスターの繰り出す一撃は、レイの筋力を上回っているが、刃を交わす瞬間に精神力で強化する事で防いでいるのだ。


 攻撃が止められ苛立つジェネラルオーガは、丸太のような太い足を前に振りかざす。攻撃を弾いた直後のレイにオーガの足が突き刺さった。


 しかし、その一撃は《耐久》の加護を持つレイの鎧に防がれてしまう。もっとも、ジェネラルオーガの蹴りを防いだ結果、《耐久》の加護も切れてしまった。


 蹴りが護りによって弾かれた事で、ジェネラルオーガはバランスを崩す。それをチャンスと捉えたレイが動いた。


 相手の持ち上げた足の踵を龍刀で跳ね上げる。巨体は片足で支えきれずに地面へと倒れこんだ。地響きを立てる中、レイはジェネラルオーガの腹に昇り、刃を下に向けて一気に突き刺す。固い手応えは、刃を阻む力だ。


 突き刺した部分が赤色に変色している。物理攻撃は効かない状態だ。だが、レイは構わずに走り抜けた。ジェネラルオーガの下腹部から上へと刃は滑っていく。そのまま胸、喉と、顔と走った刃は緑色の皮膚に赤い道を作った。当然のように無傷だ。


 だが、レイはその結果を予測していたように動いていた。ジェネラルオーガの頭を踏み台に跳ぶと、間髪入れずにシアラの魔法が倒れているボスに向けて落ちる。


 弧を描いて、オーガの正面から着弾するのは、《ファイヤバレット》。その数は二十を越える、魔法の絨毯爆撃だ。倒れ伏しているジェネラルオーガは避ける事は出来ない。


 否、避ける必要は無かった。


 次々と着弾して花のような炎を撒き散らすも、ジェネラルオーガは皮膚を緑色に切り替える事に成功していた。レイが作った赤い道は塞がれてしまい、魔法は見えない壁に阻まれていく。絶対的な守りの中で、ジェネラルオーガは魔法が途切れる瞬間をじっと待っていた。


 そして二十の《ファイヤバレット》が尽きようとした時、二十一個めの炎弾がモンスター目がけて降り注いだ。


 これまでと違う軌道、勢いに何かを察したジェネラルオーガは、棍棒を掴んでいない手を伸ばした。


「嫌になっちゃうね。勘が鋭い」


 その反応に炎弾の中に居たレイが愚痴をこぼしてしまう。


 二十一個めの炎弾は、シアラが放った《ファイヤバレット》では無く、龍刀の炎で自身を包み込んだレイだった。レイはジェネラルオーガの頭をけり上げると、レティが生み出した《シールド》を踏み台にさらに跳躍し、炎に紛れて落下していた。


 ジェネラルオーガの全身は、絨毯爆撃によって余すことなく炎に塗れているが、龍刀の炎で自分を守りつつ斬撃を加える手はずだった。


 しかし、それを読まれてしまった。赤色に変色した手が斬撃を強引に弾く。手は龍刀の炎に巻き付かれるも、早変わりした緑の皮膚に吹き飛ばされた。空中で態勢を崩したレイは、微かに焼け跡を残す手に捕まれると、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。


「主殿ッ!」


 危険を察知し、地面との間に自らの体を滑り込ませたヨシツネの機転が無ければ内臓が破けていたかもしれない。


「た、助かったよ」


「そ、それならば良かったで、主殿追撃が!」


 炎を振り払い立ち上がると、ジェネラルオーガは棍棒を天に向かって尽きだした。肩の筋肉が盛り上がると、一直線に二人へと落ちる。


 喰らえば、二人そろって圧死なのは想像に容易い。


 だが激突の衝撃で体が痺れている二人は動くことが出来なかった。


 回避できない一撃に、せめて耐えられるように精神力を回すレイだったが、彼の視界を遮るものがあった。それは白色の影だ。


「お二人はやらせません!」


 漲る気合を言葉にして、ジェネラルオーガの攻撃にくってかかるのはクロノだ。彼女が生み出した歯車は噛みあうと、地面に根を生やした木のように伸びた。その先端はジェネラルオーガの棍棒を受け止めるために広がる。


 直後、ジェネラルオーガの一撃が、クロノの歯車を砕いた。雷が落ちたかのような破砕音が響き地面が耐えられないとばかりに割れた。敵の一撃は重く、クロノの歯車は霜を踏み潰すように簡単に砕けていく。


 だが、その衝撃は途中で止まった。半分近い歯車を犠牲にして衝撃を受けきると、歯車の木はジェネラルオーガの腕に纏わりつき固定していた。


 動けないのか、醜い鬼の口から苛立った声が上がる。


「今です、レティさん。長くは持ちません」


「《超短文ショートカット中級ミディアム拡散回復ディフューズヒール》」


 最初から取り決めていた連携なのだろう。レティが待っていたとばかりに回復魔法を発動すれば、倒れて重なっているレイ達に治癒の光が注がれる。体の奥まで縛っていたしびれが取れると、レイはすぐに立ち上がりクロノの手を掴んで走り出した。


「あ、あの、ちょっと」


「黙ってて、舌を噛む」


 レイが走り抜け、ヨシツネが続くのと同時に、ジェネラルオーガは歯車の拘束から自力で脱出する。衝撃で歯車が吹き飛ぶ中、オーガの棍棒が出鱈目に空間を薙ぎ払った。あと数秒も居れば巻き込まれていた。


「危ない、危ない。助かったよ二人とも」


「気にしないで、お兄ちゃん。……それより、いつまで掴んでいるのさ」


 翠の瞳を何とも言えない感情が浮かぶ。レイは視線を辿り、自分がクロノの手を握っている事に気づいた。


「ああ! すいません、クロノ」


「い、いえ。私は……別に」


 慌てて手を離す際にクロノは何かを言いかけてたが、それを押し込めた様に口を閉じた。ただ、彼女の白い肌は、薄闇でも色づいているのがはっきりと分かる。


「ええっと、って痛いな!」


 むず痒い気分になったレイを後ろから蹴り飛ばしたのはシアラだ。


「はいはい。甘酸っぱい空気はあとあと。それより、様子を見た結果どうなの?」


 シアラの言葉に緩んだ空気が引き締まる。レイは龍刀で打ち合った時の印象を思い出した。


「力じゃ勝てないね。攻撃を受け止めるのがやっとだ。それに防御も御覧の通りさ。こちらの奇襲が読まれて、かすり傷しか付けられないよ。ジェネラルなんて御大層な名前を持っているだけの事はある」


「死角からの攻撃でも対処できるのが厄介でござるな。まさに、頭の後ろにも目があるという、達人の領域でござる」


「呑気に敵を褒めてんじゃないわよ、この天然主従。……それで?」


 先を促したシアラに対して二人は事もなげに答えた。


「「でも、倒せる」でござる」


「作戦通りで行けそうって事かしら」


「おおむね、大丈夫でござろう。先陣は拙者が。後に続くのは主殿とクロノ殿にお任せします」


「うん。シアラとレティは適時、魔法による援護を。ダメージを与えるよりも、相手の動きを妨害する事を念頭にやってくれ」


 短い打ち合わせと指示に対して異論や質問は出ない。ジェネラルオーガに対する作戦は前日の内に仕上がっていた。台本は渡され、演者の意気は最高潮。あとは幕を上がるのを待つだけだ。


 それを知らずに、ジェネラルオーガは傍にあった大岩に手を伸ばした。野獣の五指が岩肌を土のように抉ると、肩まわりの筋肉が盛り上がった。なんと、自身よりも低いとはいえそれなりの重さのある大岩を片手で持ちあげたのだ。


 腕を畳んで、体を回転させるフォームは砲丸投げのようにも見えた。ジェネラルオーガの全身を使った投球は、一直線にレイ達を狙う。


 そしてジェネラルオーガは間髪入れずに地面を踏みしめた。大岩の投擲は、固まった集団を散らすのが目的だ。バラバラになった敵を個別に潰して勝利するという基本に忠実な作戦を選択した。


 ところが、ジェネラルオーガの投げた大岩は空中で不自然に止まってしまう。その理由は明白だった。


 業火がボスの間を煌々と照らし出していた。地獄を流れるマグマのように鮮やかな炎が、大岩を押しとどめていた。そればかりか、人の倍はある岩は周りから溶けだして行き、遂には人の握りこぶしほどの大きさとなり、最後はあっという間に燃え尽きてしまった。


 業火は渦を巻いたかと思えば、刀の形に押しとどめられていく。


 炎を生みだした龍刀を構えたレイが、ジェネラルオーガを見据えて呟いた。


「さて、勝ちに行こうか」







 人面馬体とでも表現するのが正しいのか悩ましいクアッドケンタウロスの突進は、その巨体も合わさって尋常ならざる威力を持つ。それこそ、先程までそこらにあった大岩の上側を吹き飛ばすのも造作も無い。


 リザとて直撃したら無事では済まない突進に対して、彼女は前に進んだ。地面を蹴り、態勢を低くすると身をねじった。そして突進するクアッドケンタウロスの脚の間を器用にすり抜けたのだ。


 四本の脚や胴体に触れれば、連鎖して一気に吹き飛ばされてもおかしくない状況で、彼女の反射神経と培ってきた戦闘経験は、死に直結する火の輪くぐりを成功した。


 いや、そればかりでは無い。


 リザに掠りもせずに地面へと着地したクアッドケンタウロスの脚が、ずるりとズレてしまった。付け根の部分に刃の通った筋がある。リザが足の間をすり抜ける時に切り裂いたのだ。


 脚が無くなれば、普通の生物なら地面へと倒れこむが、異常な再生能力を持つモンスターだと落下するまでの数秒で全く同じ形をした脚を生やしてしまった。


 ぬらりとした体液塗れの脚が蹄を鳴らし、リザ達の方を向く。精悍な顔立ちには焦りが受かんでいた。


「随分と曲芸じみた動きをしたの」


「気が付いた時には目と鼻の先まで接近されていたので、上手くいって良かったです」


「リザおねいちゃん。肩、だいじょうぶ」


 エトネに聞かれ、今更のようにリザは肩の傷を思い出す。黒い色をした骨の矢が突き刺さっているが、剣を振るのに問題は無かった。というよりも、問題が無いように受け止めたのだ。


 視覚の外から飛んできた見えにくい矢をリザの瞳は逃していなかった。距離を取られ膠着した状況を打開するために、ワザと受けた。その結果、好機と思ったクアッドケンタウロスが飛び込んできたのに合わせてカウンターをしかけたのだが、驚異的な再生能力の前に意味は無かった。


 すると、遠くの方から地響きがした。発生源は、間違いなくレイ達の居た場所だ。


「彼方も随分と盛り上がってるようだな」


「どうやら、そのようですね。なら、こちらも全力で行くとしましょう」


 そう言うと、リザは軽くジャンプをする。全身の力を抜いた自然な動きに、クアッドケンタウロスの瞳はつられて動き―――瞠目する。


 何故なら着地するなり彼女は地面を蹴り、一気に眼前へと姿を現したのだ。身構える隙も与えない移動速度に、クアッドケンタウロスは横に跳ぶしか無かった。避け様に、腕が切り落とされ宙を舞った。


 その腕が新しく生え変わるよりも前に、モンスターの頭が真横に振られた。同じように飛び込んできたエトネの蹴りが直撃したのだ。


 反撃を放つ余裕も無いケンタウロスだが、それでも超級ボスモンスター。どうにか態勢を立て直すと即座に離脱を選択した。人面馬体でありながら脱兎の如き勢いだ。しかし、その走りもすぐに止まってしまう。何故なら、先回りしたリザが剣を斜めに振り下ろしていたのだ。


 身を捩って躱そうとするも、人の上半身に斜めの傷が付く、返す一撃はクアッドケンタウロスの生命線である弓を砕いた。


 矢となる肋骨は簡単に生えてくるが、弓は腕の骨を抜く作業があるためすぐには戻らない。砕けた弓をリザに投げつけようとするが、すでにそこにはおらず残骸が地面を虚しく叩いた。


 それでも速度落とさずに逃げようとするのは、先程までの戦いが記憶にあるからだ。大岩の影を次々と移動する事で距離を取り、リザ達を牽制し、もう片方のボスと合流を計ろうとする。


 だが、その目論見は儚く散る。


「いかせないよ」


 言葉の意味は理解できなくても、幼子の声にクアッドケンタウロスは反応した。右を向けば、全力で疾駆する超級ボスモンスターに、エトネが平然と並走していた。


 これは精霊による《憑依》で強化されたという訳では無い。技能スキル、《狭間ノ省略》を使用した訳でも無い。


 純然たる、身体能力だけで彼女はクアッドケンタウロスに追いついていた。そしてそのまま、腰を捻ると子供とは思えない力で馬の下半身を殴った。


 苦悶の声がモンスターから漏れた。上から見えればくの字に折れ曲がった体はそのまま大岩に激突した。岩も耐えきれないとばかりにヒビを走らせ、クアッドケンタウロスの体はおかしな方向に折れ曲がっていた。


 エトネと、そしてリザが超級ボスモンスターの最高速度に付いて行けるのは、単にそれ相応のレベルに達しているからだ。では、なぜ先ほどは追いきれなかったかと言うと、演技だったのだ。


 当初、もう片方のボスが何処に居るのか不明で、クアッドケンタウロスはボスの間奥深くに誘い込む様に戦っていた。この事からリザ達は、クアッドケンタウロスがもう片方のボスと挟撃するつもりで誘導しているのではと警戒して自分たちの最高速度を隠していた。もしも読み通りだった場合、速度を急激に上げて相手を振り切るチャンスにするためだ。


 だが、レイ達がボスモンスターと接触したことでこの可能性は無くなり、リザ達はクアッドケンタウロスを倒す為に全力を費やす事に切り替えた。


「すごいなぁ。そのけがでも、回復するんだ」


 自分が放った拳だからこそ、どれだけのダメージになったかはエトネが知っている。骨はもちろんの事、内臓や筋肉もぐちゃぐちゃになり、立ち上がるのは不可能であろうダメージにも関わらず、クアッドケンタウロスは四本脚で立ち上がっていた。


 ダメージは残っているのか、口元から血を流しているが、目は爛々と不気味な輝きを放っている。追い込まれた事で覚悟を決めたのだ。


 その手にあるのは折れた弓だ。


 大岩と激突する時に壊れたのだ。もう一本同様に地面へと投げ捨てると、四本腕は体から飛び出ている肋骨の矢を引き抜いた。


「グルルウ、ゴウウウウウ!」


 まるで刃のようにそれを構え、吼える姿は勇ましい。


 速度と言う最大の武器で負けて、退路を断たれた事で覚悟を決めたモンスターの顔はそれこそ差し違える気構えがあった。リザとエトネの二人も応じる様に表情が険しく―――ならない。


 彼女らはどこか気が抜けた様に武器を降ろしたのだ。


 どういう事だとクアッドケンタウロスが訝しむときには全てが終わっていた。


 脚を止め、エトネたちを敵と見做した瞬間に超級ボスモンスターの敗北は決まっていた。


 とん、と軽い振動に振り返ろうとしたモンスターの首に途方もない力が加えられた。


「ああ、よいよい。振り返るなど面倒な事はせんで良い。もう、終わるからな」


 振り返る事は能わず、ただ本能が理解した。


「なにしろ妾は燃費が悪くてな。十秒と本気を保てん。だから、もう終いじゃ」


 これで終わりだと。


 馬の背に乗ったコウエンが、クアッドケンタウロスの首を抑えた手があっという間に超級モンスター、ケイオスウルフの巨大な頭となり、咢が人の上半身をまるごと噛み砕いた時には意識事飲み込まれていた。


 ケイオスウルフの能力は、回復できない傷を与える事。異常な回復力を持つクアッドケンタウロスの天敵だった。


 千切れた傷口から血がどくどくと溢れていき、残された馬の下半身がぐらりと倒れる。人の姿に戻ったコウエンは、倒れる前に空中で一回転すると血を避ける様に着地した。


「お見事です、コウエン様」


「世辞はよい。むしろ、貴様等には詫びねばならぬな。妾の為に骨を折らせてしまった」


 尊大な口調ながらそう告げたコウエンに、リザは首を横に振った。


「いえ。こうでもしなければ、クアッドケンタウロスの再生能力を前にじり貧になっていました。これが最善手です」


 リザの言葉に偽りはない。クアッドケンタウロスの厄介な点は大地を疾走する脚でも、尋常ならざる弓技でも無く、比類なき再生能力にあった。


 単に切ったり突いたり殴ったりしているだけでは、無限に近い再生は止まらない。ギルドが推奨する撃破方法は魔法によって一気に体を吹き飛ばすという方法だ。


 リザの精霊剣は強大な力があるが、その分厄介な特徴がある。一つは、破壊力が強すぎるため迷宮の壁や天井に穴を開ける可能性がある事。もう一つが大雑把なコントロールなため、魔石を一緒に破壊する可能性があった。


 人造モンスターとして生まれ変わったコウエンにとって、モンスターの魔石は貴重なエネルギー源だ。超級ボスモンスターともなれば、その栄養価も高い。吹き飛ばすのはあまりにも惜しい。そこで、クアッドケンタウロスを相手取るのはリザとエトネの二人で、止めはコウエンが刺すという方針があった。


 二人がクアッドケンタウロスを追い詰め誘導し、超級ボスモンスター相手に十秒しか全力が出せないコウエンを適切なタイミングでぶつけられるようにセッティングしたのだ。


 右腕から、もきゅもきゅという可愛らしい音がすると、コウエンの皮膚から白に黒が混じる石が吐き出された。クアッドケンタウロスの魔石だ。


「味はどう?」


「美味である。流石は超級ボスと謳われるだけの事はあった。有象無象とは根本からして違うな」


「……ご満足いただけたのなら幸いですが、どうですか?」


 魔石を拾い上げたリザの質問に、コウエンは幼い顔に皺を作り考え込むと、否定するように頭を横に振った。


「そうですか。それは残念ですね、と」


 リザの言葉が途切れたのは、遠くから聞こえた振動による物だ。それはおそらく、レイ達の戦いだろうと三人は予測していた。クアッドケンタウロスとの戦いの最中にも感じていた揺れは、その振動を最後に静かになった。


「これはもしかすると、向うも終わったのかもしれませんね」


 リザの呟きは向うの状況を正確に言い当てていた。







 龍刀から巻き起こる業火がジェネラルオーガを飲み込む。全身を緑色に変えた事で炎の熱なども遮断できているが、それでも目を開けていられないほどの勢いだった。口を閉ざし、炎を吸い込まないように呼吸を止めたオーガは、前進を選択した。


 このまま炎が切れるのを待つよりも、炎をうち破って決着を付けるのを望んだのだ。手にあった棍棒は既に溶け、空の拳を握って前に進む。思い浮かべるのは人間達レイたちを引き潰す瞬間だ。


 ところがである。


 永遠に続くかのような業火が急に途切れたのだ。炎は夢だったかのように跡形も無く消え、ただ空気を焦がしたような匂いだけが辺りに充満していた。


 いや、消えたのは業火だけでない。レイ達も居なかった。


 どういう事だと身構えるジェネラルオーガの首に、柔らかい布が絡まる。それは背後に回ったヨシツネの長布だ。


 一気に締め上げられる寸前、オーガは体の色を緑から赤へと変更する。首を絞める布は弾かれ解けてしまう。ジェネラルオーガは、業火によって視界を塞いで背後からの奇襲という策を難なく防いで見せた。


 だが、それはレイ達も織り込み済みだ。


 長布はフェイントの一つに過ぎない。


 意識を防御に割いてがら空きになったオーガの頭上を目がけて人影が落ちた。


 それは、長布を絡ませることで一気に距離を詰めたヨシツネだ。


 彼はオーガの首に肩車してもらう子供のように乗ると、用意していた毒が付着したナイフを引き抜いた。


 ジェネラルオーガの全身は赤く、物理攻撃を全て弾く。


 だから、むき出しの弱点にナイフを突き刺した。


「ギャアアアアアア!」


 絶叫はジェネラルオーガの口から飛び出す。醜く細い瞳に、ナイフが柄まで突き刺さっていた。急いでヨシツネを振りほどこうとするが、彼はモンスターの手を借りないとばかりに、猿のように巨体から降りる。その最中、絶叫上げる口にナイフを放り込むのを忘れなかった。


「ガァツ、グ、ゴボッ!!」


 苦しむ声は、両目を潰されたからか、あるいはナイフを口に放り込まれたからか、その両方に神経に作用する猛毒が塗られているからなのか、どれが理由なのかは定かでは無い。ただ、ジェネラルオーガの動きが鈍くなった。


「ヨシツネが成功した。皆、予定通りに動こう!」


 大岩の影で様子を窺っていたレイの合図に、シアラ達は一斉に動き出す。


「《ブリザードバイル》!」


 赤色の皮膚目がけて、魔法があられの様に放たれる。視界を封じられたジェネラルオーガの皮膚に、氷柱が幾つも突き刺さった。


 すぐさま、皮膚の色が緑色に変わると魔法は解けて消えていく。だが、魔法によって開いた傷口は残り、その上レイとクロノの斬撃が皮膚を裂いていく。これまで、レイが幾度も龍刀を振るっても付かなかった傷が、あっという間に生まれた。


 左右の脇腹に深々と裂傷ができ、血が肌を赤く染める。その下の皮膚の色が分からなくなるが、ここまで来れば関係なかった。レイとクロノが斬撃を放ち、通ればダメージ、通らなければシアラの魔法が放たれる。


 ジェネラルオーガは必死になって抵抗するが、両目を奪われ毒で蝕まれる体はなんら脅威では無い。拳が振り回されるが、簡単に避けられてしまう。


「やらせないよ、《超短文ショートカット低級ローシールド》!」


 時折、レイとクロノに直撃しそうなのはレティの魔法によって止められていた。


 光の盾を重ねた防御魔法を手負いのオーガは打ち破る事は出来なかった。両腕を固定されると、あっという間に、ボスの間は超級ボスモンスターの血で汚されていく。


 そして、地響きを立てながら巨体は崩れ落ちた。もう、二度と起き上がる事は無かった。


「これで、終わりかな?」


 レティが周囲に確認すると、ヨシツネとレイが揃ってジェネラルオーガの首元に触れた。脈は止まっている。


「終わりのようね。皆、怪我とかしてないわよね。特に、クロノはどうかしら。大丈夫?」


「は、はい。なんとか、あれれ」


 シアラが尋ねるとクロノはその場にぺたりと座り込んだ。手に持った薙刀も、細かい歯車となって空気に溶けていく。その様子にシアラは血相を変えた。


「ちょっとクロノ、どうしたのよ!?」


「あれ、あれ。力が、抜けて。……立てません」


「驚かせないでよ、まったく。終わってホッとしたのね。レベルアップ酔い、って訳でもなさそうだし、とりあえず休んでなさいよ」


「も、申し訳ありません」


 項垂れたクロノにレティが水を手渡した。レイは問題ないであろう二人から視線を外すと、物言わぬ姿で倒れているジェネラルオーガを見据えた。


 恐るべき膂力と、物理と魔法攻撃に対する高い耐性を持っていたモンスターだが、呆気ない終わり方だった。


 ジェネラルオーガの弱点は眼球や口といった、攻撃を弾けない箇所への直接的な攻撃だ。それこそ極端な話、毒入りのエサでも食べさせれば勝手に弱体化してくれるモンスターだ。


 ただ、弱点が分かっていてもジェネラルオーガの強さは侮れない。超級に位置するだけのモンスターである。しかし、こうもレイ達の作戦に嵌ってしまうのは、ボスゆえの弊害と言えた。


 迷宮で活動したり、あるいは地上に現れた普通のモンスターは、冒険者や他のモンスターと争う事で学習していく。単なるジェネラルオーガの場合、眼球などが弱いと知れば、そこを第一に守りを固めてくる。冒険者の持っている兜を模したようなのを身に着ける姿から、将軍などと呼ばれるようになったのだ。


 そういった経験がボスモンスターには欠落している。冒険者に倒されれば、まっさらな状態で迷宮から産みだされ、ろくな戦闘経験を積まずに戦わされるのだ。


 ボスに挑戦する前、レイ達は以前の記録から生成されたボスが誰とも戦っていない事を確認していた。


 超級ボスモンスターにとって、これは初陣なのだ。


 初めての戦いにおいて、自分の弱点や手法を調べ上げられているという不利な要素が揃っている戦い。それで勝てというのが難しい。


 もっとも、相手の弱点や攻略法を知っているからと言って実行できるかどうかは冒険者の力量による。単なるレベルだけでなく、戦闘スタイルや攻撃方法、周りとの連携や経験が物を言う。


「勝ったは勝ったけど、反省する点もある勝ち方だね」


 あっさり勝ったように見えるが、逆転されるポイントは幾つかあったのは、レイも認めている。


「ともかく、勝ちでこっちは終わりだけど、あっちはどうなってるのかな」


「あ、お兄ちゃん。あっち見て」


 呟きに答える様に、レティがレイを呼んだ。彼女の言う方を見れば、ボスの間奥に消えていった三人が戻ってきたのだ。皆、無事の様子だ。


読んで下さって、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ