11-2 昇級の条件
「それじゃ、クロノさんが最終試験を突破したことを記念して、乾杯ッ!」
「「「乾杯ッ!」」」「かんぱい!」
異口同音に声が上がり、木の杯が鈍い音を立てて打ち鳴らす。主賓席に押しやられたクロノは、どこか恐縮そうに縮こまっていた。柑橘の香りがする飲み物でちびりちびりと唇を湿らすと、音頭を取った少女が快活そうな翠の瞳を輝かせて尋ねた。
「ねえねえ、さっき聞いたけど一人でグローリーモンキーをいっぱい倒したんだって。それで最後の一体に残った強化されたやつと一騎打ちしたんでしょ。凄いよね、最後まで残ったのって上級位強いんでしょ、お姉ちゃん」
「そうですね。最後の一体となれば、上級と呼んでもおかしくはありません。最前線にずっと立っていた直後に戦ったのですから、疲労も相当あったはずです。その中で倒したとなれば、素晴らしい働きかと」
流れるような鮮やかな金髪の少女は、言葉にも態度にも尊敬の色を浮かべていた。それを感じ取って、クロノは余計に小さくなった。
「そんな。モンスターの群れに一人で戦っていた訳じゃありません。他の冒険者の方々と協力していたから、最後の一体まで戦う体力が残っていたのです。あの方々の力が無ければ数の力で負けていました」
「いやいや。謙遜は美徳ですが、自分の力を必要以上に落とす必要はござらんよ。クロノ殿はそれだけの働きをした、いや頼もしい限りですな」
落ち着いた古風な喋り方をする青年に、隣に座った少女も頷く。少年の前に、でんと置かれた蒸した芋の塊から視線を逸らし、主の方を窺った。
「これで欲しかった近距離から中距離まで戦える人材も確保できたわね。疲労した状態でも上級モンスターと渡り合えるんだから、十分でしょ」
「……うん、そうだね。改めて歓迎します、クロノ。ようこそ《ミクリヤ》へ」
主にして《ミクリヤ》の主人であるレイが告げると、クロノは緊張から解放されほっとしたように胸をなでおろした。
ここは学術都市地下に広がる大迷宮ラビリンス、中央部上層にあるセーフティーゾーンに作られた『紅蓮の旅団』の陣地だ。モンスターが出没しないため見張りは最小限に、上や下に散っていた団員たちが食事と報告を兼ねてあちこちで集まっている。そんな一画をレイ達は借りていた。
どうしてクロノが『紅蓮の旅団』の若手と一緒に闘っていたかというと、彼女を一人前の冒険者にするためだ。
一月以上前、13神の中に潜りこんでいた『黒幕』によって時を司る神クロノスは地上へと落とされ、この大迷宮ラビリンスにて目覚めた。その時に受けた攻撃によって記憶は欠落し、暴走状態となって彷徨っていた。姿は見えずとも、神としての声と気配だけで人を苦しませる、『姿なき存在の呼び声』として問題になっていた。
それの解決に駆り出されたのが『紅蓮の旅団』のトップであるオルド達だった。しかし、彼らは返り討ちに遭い、一週間以上の入院を余儀なくされた。その後、レイ達がクロノスを止める事に成功し、結果として彼女はクロノという人間に生まれ変わった。
神としての力を大部分失い、生まれたばかりの彼女の能力値は低く、冒険者は無理だろうという予測だった。ところが、人の体に馴染んでいくと、神の権能が僅かに残っているのが発覚した。
それが歯車を生みだし重ねる力だ。
レイ達の戦いでも使用していた歯車は、時を操る時のイメージが具現化した物だ。本来なら歯車に神としての力が籠められ、エルドラドの物質に影響を与えるのだが、その力は失われている。今の彼女は数十程度の小さな歯車を噛み合わせる事で槍や薙刀のような形を生む力しかない。
その代りと言うべきなのか、身体能力は飛躍的に向上していた。
人間に転生した当初は立ち上がるのも介添えが必要だったが、二週間もすれば一人で階段の上り下りが出来るようになり、オルド達が退院する頃には外出も普通に出来た。
狂った神としてレイ達の前に立ちふさがった時は、身体能力は普通の人以下だったのと比べれば雲泥の差だ。
この変化を、クロノとコウエンは転生したからこその急成長だろうと分析した。
「元々、転生した方や転移した方、つまり『招かれた者』の能力値は急成長しやすい傾向にあります。これは、その方の魂がエルドラドとは違う法則の元で生み出されたから、普通とは違う成長率になるのです。私の場合は、神の魂と言う例外だからこその成長率かと推測できます。レイさんも同じ……なのですが」
「この隠密も、レベルの割に能力値の幾つかが異常に高いじゃろ。それは『招かれた者』
の恩恵でもある。……まあ、其方の場合は上がった能力値を下げておるから、実感は薄いかもしれんの」
二人の説明に対して思う所はあるが―――特にMAGの数値―――現実としてクロノの身体能力は常人以上で、戦闘に参加できる可能性があった。
だが、戦闘に参加できるのと適性があるのは大きく違う。モンスターを前にした時に味わう、互いに命を晒し合い触れあう形容しがたい緊張感は、そのまま恐怖となって体を強張らせる。戦いに向いている性格じゃなければ足を引っ張りかねない。
クロノの適正を確かめるためにどうするかと悩んでいた所に、退院したオルドから誘いを受けたのだ。
『紅蓮の旅団』が学術都市に来た最大の理由は、クランメンバーの全体的なレベルアップだ。パーティー単位の《ミクリヤ》と違い、大手クランである『紅蓮の旅団』はメンバー間にレベル差があるため、若手やベテラン、トップチームと分けて訓練するのだ。その特訓に《ミクリヤ》は誘われたのだ。
これは学術都市に来たレイの目的の一つがレベルアップだと知っていたオルドの気遣い、という理由だけでは無い。やはりクロノが関係してくる。
クロノスに関する事は、レイは信頼できるオルドと学術都市の長である学長グラッセの二人には打ち明けた。彼らには13神が地上に落ちてしまったショックで人格と記憶に影響が出て、暴走してしまったと偽りを混ぜて話した。
グラッセは驚き信じていなかったが、直接対峙した時に気づいていたオルドが直ぐに信じた事で彼も理解を示した。そして学術都市を預かる者として、13神の一柱がこのような形で失われ、世界がどうなっていくのか気にはなる事だが、それよりもクロノが再び暴走しないかどうかが問題だった。
神としての力が僅かであっても残っており、身体能力が向上したのは何かの予兆では無いのかとグラッセは危険視していた。学術都市を守る立場にある学長ならば、当然の疑念だ。
それを払拭させるために、オルドは《ミクリヤ》に合同訓練会を持ちかけたのだ。
クロノを一人、事情を知らない若手冒険者たちの中に混ぜて反応を探る。もしも暴走しそうなら、危険人物としてみなせばいいと提案したのだ。見張りとしてロータスが一日中傍に控えさせるから、有事の際は大丈夫だと太鼓判を押していた。
『紅蓮の旅団』のメンバーを危険にさらすような提案をしたのは、レイがもう大丈夫だと、安全だと口にしたのを信頼しての行為だ。それを察したレイも、オルドの信頼に応えるべく、この合同訓練会を受けた。
それにクロノのこと以外にもレイ達にはメリットが大きい。
レイ達は冒険者ではあるが、迷宮を潜った回数はそれほど多くない。レイはネーデにアマツマラ、シアトラの上層部と深層部とそれなりの経験はあるが、リザとレティとシアラはアマツマラとシアトラの上層部のみ。エトネはシアトラの上層部のみで、ヨシツネに至っては前のエルドラドを含めてほとんど経験が無いのだ。
迷宮に慣れるという意味でも、合同訓練会は有り難い誘いだった。クロノが若手冒険者と過ごしている間、レイ達もバラバラになり、組んだことの無い『紅蓮の旅団』メンバーと一緒に行動しながら迷宮でのイロハを学んでいった。
そのため、こうして全員が揃うのは久しぶりの事だ。いつもの仲間以外と組むことで、新しい連携方法を発見したり、自分の悪い癖を見直せる良い機会になったと、皆が口々に言い合っている。
レベルという意味ではそこまで上がっていないが、確実に一つ上の階段を上ったという手ごたえがレイの中にはあった。
「それで、おにいちゃん。このあとは、どうするの?」
「そうそう。クロノさんの最終試験が終わったから、地上に戻るの?」
「いや、それなんだけど考えている事があってね。ちょっとみんなの意見も聞きたいんだけど、いいかな」
話を振られた面々は口を閉ざし、先を促すようにレイに視線を向けた。
「とりあえず、これで合同訓練会は終了だ。『紅蓮の旅団』は明日にも撤収するけど、僕たちは明日を休息日にあてて疲れを抜いてから、明後日出発しようと思う。ただ、地上を目指すんじゃなくて、地下を目指さないか」
「地下ですって? それってもしかして」
レイの言いたいことを察したシアラが、金色黒色の瞳を細めた。リザもまた、青い瞳を下に向け、遥か地下にある存在に考えを巡らせた。
「うん。《ミクリヤ》でラビリンス中央部上層のボスを討伐しよう」
告げられた内容に息を呑む音が重なる。この中で実戦に、それもボスと言う強敵を前に恐れを隠せないのはクロノだった。彼女は怯えた声を上げた事を申し訳なさそうにして、
「す、す、すいません。今のは……そう、武者震いというやつです」
「怖いのなら怖いと正直に言って。クロノが無理だと思うなら、これは無しにするつもりなんだ」
「ふむ。ボスに挑戦するのは確定事項ではないという事でござるか」
「そういう事になるな」
「でしたら、何故ボス挑戦を提案なさったのですか。失礼ですが、ヨシツネ様、クロノ様を交えた連携にはまだ不安があります。その状況でボスと戦うのは危険な賭けです」
冷静な判断を下すリザは正しい。その事はレイも承知していたが、ある事情が絡んでいた。
「実はグラッセ学長と……一応オルドからも言われてるんだ。C級にさっさと昇格するべきだって」
「C級? どうして冒険者の等級がここで出てくるの?」
レティが不思議そうに言うと、他にも何人かが同意したように首を縦に振った。
「オーギュスター統括長が死んだのが、少なからず原因があるんだ。これまでは、あの統括長がギルドの全権を支配していたけど、この前急死しただろ。それでギルド内の権力バランスが狂い始めたんだ」
現役S級冒険者にして、ギルド冒険者部門の統括長を務めていたオーギュスターは、『姿なき存在の呼び声』』事件の直後に亡くなった。彼の死とクロノスの事件に因果関係があるとは思えないが、彼の死は多方面に渡って影響を与え、その中にレイも含まれていた。
ギルドは三つの部門に分かれており、それぞれの統括長は同等の権限を与えられ、互いを牽制し合い独裁者を産みださない構造となっていた。しかし、オーギュスターが冒険者部門の統括長になった事で一変した。
冒険者の支援制度を一新し、曖昧だった等級の認定や高額なミッションの発令などを行うと冒険者部門の業績は好調となり、人員が爆発的に増えたのだ。結果として良質な魔石が継続的に入手されるようになり、冒険者部門統括長の発言力は増していった。
オーギュスターの上手い所は、商人部門統括長にも、職人部門統括長にも旨味を残しつつ、自分の権力を膨らませた点だ。オーギュスターに対抗するよりも、彼に従っていた方が安泰だと気づいた他の統括長は早々に軍門に下り、かくしてオーギュスター統括長によってギルドは掌握された。
そのオーギュスター統括長が亡くなり、権力の椅子がぽっかりと空いた。今は臨時の統括長として副統括長が埋めているが、明らかに実力不足だ。虎視眈々とその座を狙う者や、冒険者部門の躍進を内心では面白く思っていない商人部門や職人部門、そして外部勢力などが入り混じった混沌とした状況となっている。
「政治的にギルドが不安定なのは理解できましたが、それと私達がどのように関係してくるのでしょうか。正直、対岸の火事と申しますか、無関係のように感じられるのですが」
「甘いわね、リザ。冒険者部門の次の統括長を決める方法は知らないけど、有力な冒険者による口添えがあったら、その人物は席に近くなると思わない? そうじゃなくても、強い冒険者を取りこんでおけば、後々利用価値は生まれるでしょ。それが例えば、実力と知名度はあるけど、等級が低いばかりにギルドの意向に逆らえないような冒険者なら、いい駒になりそうよね」
「駒って、言葉が悪いな。でも、その通りだよ」
《ミクリヤ》は新進気鋭のパーティーとして注目されている。これまでに達成してきた実績や、積み上げてきた知名度によって若手の冒険者から中堅どころまで、多くの冒険者の注目を集めている。それでいて、ギルド側からの依頼を突っぱねられるほどの権力は持っていない。
もし《ミクリヤ》を取りこもうとする人物が現れても、今の等級でそれを断るのは難しいだろうとグラッセとオルドは考えたのだ。逆に言えば、等級を上げさえすれば、取りこもうとする人物の魔の手から自分を守る事も出来る。
「そういう事なんだね。等級を上げる手っ取り早い手段として、ボスの撃破なんだ」
「そういう事になる。ボスの撃破となれば、これまでの実績に加えて、パーティーとしての実力も証明されることになる。だから、できればクロノも含めた全員で参加したいんだ。それで、どうかな?」
レイの考えを黙って聞いていたクロノはしばらく考え込んだのちに、柔らかそうな唇を開く。
「……分かりました。いまの私がどこまで通じるのか不安ですが、それでも良ければ」
「ありがとう。クロノには前から話しているように、遠距離組の護衛を任せたい。ヨシツネはその補佐だ」
「心得たでござる。後ろはおまかせ下さい。……拙者がこんな風に言う機会が訪れるとは」
「リザとエトネは遊軍。スピードで相手をかく乱して、着実にダメージを与えてくれ。シアラとレティは後方からの魔法支援を頼む」
「承りました」「いつも通りって事ね」「分かったよー」「よー」
付き合いも長くなったのか、慣れた様に請け負う四人に心強さを感じる。すると、エトネの膝上で丸まっていた赤い塊がもぞもぞと動き出した。
赤い色をした粘液の塊に一筋の線が生まれると、そこがパックリと割れた。粘液の影に小さな八重歯が存在感を示す。
「呵々。ボスという事は、余人が立ち入らぬ空間という訳か?」
声は割れ目から聞こえた。リザやシアラが周囲を警戒するが、それは無用だろう。彼女も自分の存在が露見すれば厄介な事になるのは知っている。これはオルドにすら隠している秘密だ。
赤い色のスライムから妙に年寄りじみた幼子の声が続いた。
「ならば、妾が存分に力を振るっても問題はあるまいな」
「ああ、全く問題は無い。むしろ、君の力を見るためにもボスに挑もうかと考えていたんだ」
まだきちんとした連携も取れていないクロノという新人冒険者を連れ、ボスに挑むというリスクのある挑戦をレイが選んだ最大の理由。
それは数多のモンスターに変身できる力を持った、コウエンの存在が大きかった。
「呵々、呵々! 期待しているのならば見せてやろう。妾の力を余すことなく、全力でなァ!!」
読んで下さって、ありがとうございます。




