2-36 鍛冶師見習いニコラス
ニコラスの灰褐色の瞳が無遠慮ぎみに僕らをねめつける。特に女性陣を睨んでいるように見えた。
「ったく、女なんか連れてんじゃねえよ。金持ちの道楽かよ」
少年期特有の高い声で僕を辛らつに批判した。全身からもふて腐れたような態度を隠そうとしない。
これは困ったなと思うと、一瞬、両隣に立つファルナとリザが苛立ったような気配を放つ。場が険悪になる前に先んじる様に口を開いた。
「あの! ……もしかして鍛冶場に女性が入るのは禁止とかの決まりがありましたか?」
場の空気を変える為大声を張り上げたが後に続く言葉が出ずに聞きかじりの知識を口にした。昔の日本で鍛冶場に女性が入ると鍛冶の神様が嫉妬するとか。もしかしたらエルドラドでもそうなのかもしれない。
「あ? んな事ねえよ。うちの工房には女の職人も多くは無いが居るぞ」
「それじゃ、この三人を連れて行っても問題はありませんね」
「ふん。……親方はお前とその仲間なら何人いても構わねえと仰ってた。来な。工房はこっちだ」
いうなり、ニコラスは僕らの間をすり抜けて坂道を下ろうとし始める。僕らも慌てて彼の後を追いかけた。
道すがら無言を貫き、早足で進もうとするニコラスの背中にファルナは苛立ちを隠そうともしない態度を見せる。一応、気を遣ったのか小声ではあるが心の泥を吐く様に口を開いた。
「まったく! 何様のつもりなんだい、アイツは! 鍛冶王の工房で働いているってことは自分の態度が鍛冶王の顔に泥を塗るという事が分かんないのか!?」
分かりやすく気炎を上げるファルナと違い、静かに怒りを貯めている子もいた。リザだった。
「―――随分と横柄な態度でしたね。ご主人様、許可を」
「いや……そもそも何の許可だよ」
「無論、斬る許可を」
「出すわけねえだろ! んな、物騒な物!」
淡々と、感情を見せない声色で僕に許可を求めていた。まるで夕飯の献立を求めるような気安さすら感じる。
だが、二人の態度に共感できなくも無い。先を進む少年の態度に僕も少々腹が据えかねる気持ちもあった。すると、早足で進んでいたニコラスの姿が―――消えた。
「おいおい、転んじゃったよ」
大股で少し先を進んでいた少年は足元の石畳に躓いて転んでしまった。それはもう、見事なまでに顔から突っ込んでしまった。急に視界から居なくなったので消えた様にすら見えた。
僕が慌てて駆け寄るよりも先に、レティが少年を立たせようと手を差し伸べた。
「大丈夫? 立てる?」
「ああ……平気だぞおおお!!」
頭を打ったのか顔を押さえていたニコラスは差し出されたレティの手を取り、その柔らかさに驚いたような声を上げた。
手を差し出したレティも僕らも驚いてしまう声量だ。
「お、お、お、お、女!」
「え? そうだけど」
素っ頓狂な事を言い出したと思ったら、ニコラスはレティの手を放す。そのまま尻餅を突いたまま石畳を後方に滑るように移動した。当然、僕らの方向だった。
彼の体はリザの足にぶつかり止まった。はた目からも分かる程びくりと体を震わせた少年は後ろを振り返り、リザの顔を見て絶叫した。
「うわぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!!」
「な!? 失礼な、私は何もしてません!」
立ち上がり逃げ出そうとしたニコラスの首根っこを憤慨したリザが捕まえた。逃げようともがく少年は益々騒ぎ立てる。困った事に周りの注目を浴びる様になって来た。
だが、その多くは騒いでいるのがニコラスだと知ると、興味を無くした様に離れていく。まるで日常茶飯の出来事を見ているかのようだった。
僕はリザに代わり、少年の首根っこを摑まえた。
「いいから、落ち着け。ほら、僕は男だぞ、女じゃないぞ」
「女怖い、女怖い、女怖い、女怖い」
「……僕は君が怖いよ」
急に力を抜いて呪詛の様に繰り返し出した少年をここで捨てていきたい欲求にかられるが我慢する。彼が居ないと鍛冶王の工房に行けやしない。
数分後正常に戻った少年をベンチに座らせた。一応、女性陣には少し距離をとってもらった。
ひとしきり暴れて疲れたのか、それとも精神的に負荷がかかったためか顔を青白くさせた少年は口を開く。
「みっともないとこを見せちまったな。……実は俺、女性恐怖症なんだ」
「いや、今までの行動を見てれば分かるよ」
と、言い返したくなるのを堪える。少年の深刻そうな雰囲気に余計な口を挟める雰囲気では無かった。彼の灰褐色の瞳が女性陣を順番に見つめた。
「俺は田舎の出でな、上に姉が三人。下に弟が二人と計六人兄弟で生まれた。爺に婆、両親を合わせりゃ十人。生活はいつもギリギリだった」
遠くを見つめるまなざしはここに居ない家族を見ているのかもしれない。
「今から五年前。俺の住んでいた村は近年稀にみる大飢饉に見舞われちまった。小麦農家だったうちも被害を受けた。日を追うごとに生活はきつくなり、下の奴らは見る見る痩せていきやがる。そんな時にうちの村に奴隷商人がやって来た」
僕は一瞬、彼の右手の甲に視線を向けた。そこに厚手の手袋が覆われており、表面に奴隷紋が刻まれているかどうか分からなかった。
「その奴隷商人は言ったんだ。『私の懇意にしている貴族様が性奴隷として男子を欲しがっている。分別の着かない稚児よりも幾らか育った子をと』。……あとは言わなくても分かるだろ」
「……まだ、君はその、貴族に?」
「いや、とっくに解放されている……つうか違うな。色々遊ばれた挙句に捨てられたんだよ。ウージアでな。故郷に帰る事もできずにいた俺は丁度視察に訪れた親方に拾われて、工房で働かせてもらってんだ。……だから悪かったな! アンタたち!」
少し、離れた所で聞いていた三人に頭を下げた。紫がかった赤い髪が勢いに合わせて揺れた。
「親方から来るのは男の冒険者ってしか聞いてなかったから、頭がテンパっちまってな。本当にすまなかった」
「こっちこそ、すまない。陛下に何人で伺うかちゃんと述べていなかった僕が悪かった。そして、君に自分の過去を喋らせてしまい、本当にすまない……なにかお詫びがしたい」
僕も彼に向かって頭を下げた。頭を上げたニコラスはしばし考えた後、照れくさそうに口を開いた。
「じゃあ、よ。俺と友達になってくんねえか」
予想していない提案に驚いてしまう。
「工房には俺みたいなガキは居なくて皆年上ばっかなんだ。一日中、寮と工房を行き来する生活だしな。この街に知り合いは居ても友達は居ないんだ」
恥ずかしそうに友達になりたいと言ったニコラスの姿に、僕は何だか言葉に出来ないくすぐったさを覚えた。
友達になる、と自分か言うのは勇気がいる事だが、言われた方も悪い気はしない。僕は手を差し出した。
「僕なんかで良ければ、君―――ニコラスの友達にしてくれるか?」
「―――ああ、ありがとうレイ」
僕はニコラスと固く握手を交わした。考えてみるとエルドラドで初めてできた同性の友達かもしれないな。
「おーい。そろそろ、工房に行きたいんだけど!」
「ファルナ様。呼ぶのは野暮と思います」
「でもさ、リザ。鍛冶王をお待たせする方がマズイと思うけど」
ファルナに促される形でニコラスは慌てて立ち上がり、彼女たちから距離を取りつつ先導する。僕らはそんな彼の後に続いた。
そこは周りの建物と比較しても大きく、何より隙間からこぼれる熱気であたかも燃えているようにさえ思えた。
「ここが親方。鍛冶王の工房さ。ほら、入ろうぜ」
先を進むニコラスと共に正面入り口をくぐる。途端に様々な匂いが鼻孔に飛び込む。金物や鉱石、燃料などの特徴的な匂いに思わず鼻を押さえた。
「はっはっはっ! 慣れてないとこの匂いはたまんないよな。ホレ、この布を使いな」
入り口の戸棚に折りたたまれた手拭いを僕に纏めて渡した。ニコラスは自分の愛用の手拭いを顔に巻いて見せた。洗濯された布をリザ達に配り、僕も同じように鼻と口を隠すように巻く。
「それで鍛冶王とはいつ会えるんだ」
手拭いを巻いて、待ちきれない興奮を目に宿したファルナがニコラスに詰め寄りそうなほど近づく。目に見えて怯えた彼は後ろに下がりながら口を開いた。
「お、俺は親方からレイたちに工房の見学も頼まれてるんだ。だからほら、中を案内してやるから行こうぜ」
ファルナから逃げたニコラスを追って僕らは工房の中を進む。
「迷宮からとれた鉱石は出入り口近くに建設された高炉に掛けられて幾つかの手順を踏んで鋳塊になるんだ。そんで街にある各工房や諸国に輸出したりすんだよ」
「それじゃ、ここでは鍛冶しかしてないんだね」
「そうさ。他の工房では日用雑貨も作られるけど、ここでは冒険者や兵士用の武器や防具しか作られてない」
工房の中では金床に置かれたインゴットを熱いうちに小槌で叩く音が響いていた。様々な人種の職人が額に汗をかいて己の魂を削るかのように形を作る。応えるように出来上がりつつある剣や槍、斧、鎧などは僕から見ても一級品のような輝きを放っている。
「……凄い」
「ああ。本当にすごい」
建物内の熱に当てられたように目を輝かせて戦道具に見入るリザとファルナ。一方でレティは色とりどりのインゴットを眩しそうに見ていた。
「あれってもしかしてミスリルにダマスカス鋼かな。……もしかしてあれは日緋色金!? 伝説の金属って言われている」
三人がはしゃぐのを横目にニコラスの案内は続いた。
「ここに居る職人はみんな親方の弟子って形になるけど、どの人も他所で名を馳せたり、自分の店を持つ腕利き達さ。そんな人たちでも親方の技術にほれ込んで、それを盗みたくてここで修業してるんだ。ペーペーなのは俺ぐらいさ」
口にして肩を落とす。ここの職人の作り上げるものがどれも一級品に見えたのはすでにある程度の技量を持った鍛冶師たちが集まり、日夜腕を競っているからなのかと納得できた。
そんな集団の中で駆け出しのニコラスは居心地が悪いだろうと思えた。気遅れもしただろう。友達を作る余裕なんてないはずだ。
「僕も駆け出しの冒険者だから気持ちはわかるよ。周りが簡単に出来る事が自分に上手くできないともどかしいよな」
「レイ……お前もまだ駆け出しなんだな」
少しだけ元気を取り戻したニコラスに一つ提案した。
「あのさ、ニコラスはいま何か作っているの?」
「え? 一応、鎧を作成中だけど、それがどうした?」
「それを見せてくれないか。見たいんだよ、君が作ってるのがどんなのか」
言われて困ったように頬を掻いたニコラスに僕は両手を合わせて頼み込んだ。少しして彼は観念した様に頷いた。
「出来が悪くても笑うなよ」
と、少し恨み言を呟きながらも彼は自分の作業場へと案内した。火が落ちているそこは綺麗に掃除がされており、使用者の几帳面な性格が出ている。
彼は足元に置いてあった木箱を作業台へと載せた。
「腕周りはまだ出来てない。胸甲と脚甲だけだよ」
僕は木箱に入れられた鎧を持ち上げた。素人目に見てもとてもいい出来とは言えない。作りも意匠もまだまだ。少なくともこの工房の中にある鎧の中では最低の出来栄えと言えた。
だけど―――どういうわけだか、ひどく手に馴染む。言葉にできないけどしっくりくる何かを感じていた。
それが何か分からないでいたので鎧を丹念に調べていると、不思議に思ったリザとファルナも木箱に残っている脚甲を取り上げた。二人とも何かを感じ取ったのだろう。僕と同じように不思議そうに鎧を見つめだした。
「おいおい、黙ってないで感想を言ってくれよ。……できればマイルドに」
最後は尻すぼみになっていた。僕は胸甲を木箱に戻すとニコラスに向かって問いただす。
「ニコラス。これは何か特殊な金属を使っているのか。それとも特殊な加工法をしているのか」
「……普通に鉄のインゴットを使って、普通に小槌で伸ばしただけだけど、なんか変か?」
戸惑いながら答えた姿に嘘や偽りは無いように感じた。
「あのさ、ニコラス。これを僕に売ってほしい」
ニコラスは最初何を言われたのか分からない様子だった。意味が理解したのか一瞬喜びが目に浮かび、何かに気づくと怒りへと塗り替わった。
「おい、レイ。もし友達としてこれを買ってやろうとかいう考えで言ってんなら止めてくれよ。俺はそんな事―――」
「―――それは違うよ。純粋にこの鎧に惹かれてんだ。そりゃ出来栄えも品質もあんまり良くは無いけど、妙な力を感じるんだ」
「妙な力? 何言ってんだよ」
首を傾げるニコラスから目線を横にずらした。僕と同じ感想を抱いたのか頷くリザとファルナ。そしてなぜかあらぬ方向を向いて驚いているレティ。彼女の向いている方向を見ると、そこには口元を緩めた鍛冶王が立っていた。
「って王様!?」
「親方!? いつからそこに!」
「ん? ああ、俺の事は気にすんな。ほれ、ニコラス。お前の作が初めて売れるかどうかの瀬戸際だぞ。決めるのはお前だ」
鍛冶王に促されてニコラスは少しの間を置いて頷いた。
「いいよ。レイに売ってやる。でもな! 俺はこの先、もっとすげえのを作るつもりだ。それを付けるまで絶対に死ぬんじゃないぞ」
「ああ、分かってるよ。君の作るのを楽しみに待たせてもらうよ」
ニヤリと僕らは笑い合った。
「本当に三千ガルスでいいのか」
「十分だよ。俺の名前で店に並べてもこの半分でも売れやしないだろう」
ネーデの鍛冶師、ドワーフのワルグから買った鎧は手甲を残して全て引き取ってもらった。また溶かしなおして別の材料に使われることになる。
ニコラスに嵌めてもらい新式魔法でサイズの微調整を済ませる。新品の鎧は工房の火を反射して赤く光ってさえ見える。
「ほう。良く似合っているではないか。ニコラス。鍛冶師は使い手と向き合うことで成長できる。鉄と向き合うのも大事だが人と向き合うのも忘れるなよ」
「―――はい! 親方」
背筋を伸ばしたニコラスは、しかし、尊敬する親方に声を掛けられて嬉しそうな雰囲気を放つ。
「お待たせしまい申し訳ありません。本日はお招きいただきありがとうございます陛下」
僕は口上を述べると、深々とお辞儀した。続いて同じようにお辞儀をする三人を紹介しようとした。
「この二人は僕のパーティーのエリザベートとレティシアです。それでこちらが―――」
「―――お初にお目にかかります陛下。『紅蓮の旅団』所属の冒険者。名をファルナと申します。今日は友人のレイに無理を言って着いてきてしまいました」
誰だこいつ?
思わず目を見開いた。ファルナは常の男勝りの顔を消して上品な挨拶をした。王は思う所があったのか頷くと口を開いた。
「そうか。すると其方がフェリスの娘か」
「母を……ご存知でしたか」
「うむ。その『連星』を打ったのは他でもない。この俺でな。クランを結成した祝いにくれてやったんだ。……顔立ちは母親似だな」
見つめられたファルナは照れくさそうに下を向いた。
「おっと、いかんいかん。年よりの過去話ほど無駄な物も無いわな」
額を叩いて見せた王。しかし、自分の事を年寄と言うが、少なくともその体は年寄とは到底思えなかった。ギルドで会った時の豪壮な衣服は着ておらず、他の職人と同じように上半身をさらけ出し、ズボンと手袋だけを身に着けたラフな格好だった。とても王とは思えない姿だ。
そして、王には不要なほど鍛え上げられた筋肉は一点の無駄が無いように見える。肌に残る無数の傷跡が男の戦いの激しさを物語っている。マジで王様なのかこの人は?
「レイ。約束通りこれを打つところを見せてやろう」
腰に巻いたベルトに差し手ある刀に手を触れた。僕は本来の目的を今頃思い出した。
「ニコラス。案内御苦労だった。ここからは俺が案内する。お前は自由にしていても良いぞ」
「分かりました、親方。……それじゃ、レイ。またな」
「うん。またね、ニコラス」
先を行く王のあとを追いかけながらニコラスに手を振った。
王が道を進めば、職人は手を止めて頭を下げる。中には自分の作の出来栄えを見せる人もいた。王はいちいち立ち止まりながら感想を述べるので僕らもそれに合わせて足を止める事になった。
ふと、王が僕を、いや。僕の身に着けたばかりの鎧を見て口を開いた。
「それにしてもだ。レイ、お前もしかして気づいたのか?」
「気づいたって……この鎧が特殊な事ですか」
「おう。……ニコラスには、いや、他の誰にも黙ってほしいんだが。実はアイツ、ある鍛冶に関係した技能を持ってるんだ。アイツが作る物は例外なく加護を得る。もっともどんな加護を得るかは出来上がってからじゃないと分からない。まさに神のみぞ知る」
王の口ぶりからするとニコラス自身も知らない受動的技能という事だ。同時に納得いった。どうしてこの鎧に惹かれたのか。そしてどうして王がニコラスを拾ったのか。
おそらく王は何らかの方法でニコラスがその技能を有するのを知って拾い上げたのだろう。でもなければ、一国の王がいちいち子供を拾う事は無いだろう。
「あいつはいずれ俺を越える鍛冶師になるかもしれない。だけど、まあ、色々と事情があって一人で過ごしていたから心配してたんだが、お前と普通に話していて驚いたぞ。これからも仲良くしてやってくれ」
「……はい」
そして、王の歩みが止まった。工房の一番奥。先程までの作業場とは趣が違う場所だった。
「ここが刀を打つ、俺の作業場だ」
鍛冶王は逞しい胸を反って宣言するように言った。
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