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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-55 神殺しⅢ

 ヨシツネは、セーフティーゾーンにおいて、ある意味最も危険な場所にいた。


 なぜなら彼は、クロノスの纏うトーガに引っかかっているのだった。


 ヨシツネの持つ特殊ユニーク技能スキル、《ジャックス・スプラット》は体の大きさを自在に変える。ヨシツネは米粒ほどの大きさまで縮むと、エトネのクロスボウに捕まり射出された。エトネがクロノスの頭上を正確に狙い、彼女の真上を通過する時を見計らい飛び降りたのだ。


 小さくなったことで、クロノスまでの距離が10センチメートル程度であっても、断崖から落ちるような物である。首に巻いてある長布を《天ノ羽衣》で操作して、パラシュートのように速度を落として着地をした。


 トーガの皺に小刀を突きさし、上へ上へと目指していた。


 気分はロッククライミング中の登山者だ。落ちれば戻ってくるのは難しい。何より、クロノスは時戻しを繰り返しているため、幾度となく戻されてしまう。頂上は見えているというのに、なかなか到達できないでいた。


 だが、エトネが近接格闘で足止めしているお蔭で、揺れは少なかったのが幸いした。ようやく目標としていた肩に辿り着いた。


 どうやら気づかれていないようだ、とヨシツネは判断した。クロノスの意識は、黒い羽を射出する影法師に集中している。エトネの攻撃は届かない事から、邪魔な障害物程度にしか思っていない。


「重畳、重畳。今の内に試させてもらうでござる」


 そう言うなり、ヨシツネは腰に差してある刃を引きぬき、逆手に持ったまま首筋へと落とした。刃先は白い柔肌に吸い込まれるようにして―――しかし、見えない壁に阻まれてしまう。


 神の守りは健在だ。


 攻撃である以上、どれだけ距離が近くとも、小さくても反応する。まるで攻撃する側の意識に反応してクロノスを守っているかのような正確性と精密性を兼ね備えていた。


 もっとも、小さくなったヨシツネの役目は、零距離での攻撃が防がれるかどうか試す事ではない。彼は予想していた結果に気落ちすることなく、刃をしまった。代わりに腰に提げていた小さな瓶を取り出した。


 ガラスの厚みが太い、特注の瓶だ。ヨシツネは肩を軽く回し、数回フォームの確認をした。イメージは出来ている。クロノスの頭を超えたあたり、そこまで飛ばせればいいのだ。


 頭の中のイメージが消えない内に始めようと、合図を送る。空いた左手の指先を口で銜え、指笛を鳴らした。クロノスが聞こえなくても、近くに居る仲間なら絶対に聞こえる音量だ。


 長い耳がぴくりと動き、エトネが一気に後ろに下がった。影法師の羽も止まり、一瞬の空白が生まれる。


 クロノスが不審に思うのも束の間、ヨシツネは瓶を真上に向かって投げた。


 瓶は回転しながら上へと放物線を描き、ぐんぐんと大きくなった。


 《ジャックス・スプラット》はヨシツネの身に着けている物も小さくする。武器や衣服も同じ比率で縮小される。そして、それらの物は、ヨシツネが技能スキルを解除するか、一定の距離離れたら自動で解除されるのだった。


 ヨシツネが真上に向かって投げた瓶は、クロノスの斜め上辺りで元の大きさになった。分厚い透明なガラスに、無色の液体がどろりと詰まっている。それ目がけて、第二の矢が発射された。


 打ち合わせ通りに現れた小瓶に向けて、エトネがクロスボウを向けボルトを射出。一射目と同じ軌道を描き、瓶を砕いた。


 クロノスにしてみれば、意表を突かれた形だ。羽による猛攻で体力を削られている最中、突然現れた小瓶が顔の横で破壊されれば呆気にとられるだろう。狂気に染まった思考でも、何が起きたのかと確認の為にそちらを向いてしまうのも仕方ない。


 分厚い小瓶が割れ、中にあった液体が四方に飛び散る。エトネやリザは食い入るように液体の行方を見つめた。


 液体はクロノスの顔や肌に付着―――しなかった。それを攻撃と判断したのか、神の守りが発動してしまった。透明な壁が液体を防いでいた。


「『毒性の液体? それとも酸だったのかしら。でも残念ね。触れなければ効果は無いわ』」


 得意げに言うクロノスに、リザがいいえ、と答えた。


「それは掛ける事が目的の液体ではありません。そして、目的はもう済んでいます」


「『……それは、どういう意味か……っ!?』」


 言葉が途切れる。クロノスはぐらりと傾く体を懸命に堪えた。視界がゆらゆらと揺れ、自分が平面に立っているのかどうか怪しくなる。


 何が起きたのかと考えていると、鼻が異臭を捉える。鼻の奥まで貫くような匂いに、思わず手で覆った。


「『これは……さっきの液体の……もしかして、あれは』」


「然り。本来なら難度の高いモンスターを捕獲するための麻酔液でござる。人の何倍もあろう巨大なモンスターを眠らせる液ではござるが、原液のままだと空気中ですぐに揮発してしまう効果がある」


 クロノスの疑問に答えるのは、彼女の後ろを取ったヨシツネだ。技能スキルを解除した彼は改めて刃を引きぬき構えた。


「『紅蓮の旅団』が持ち込んだ物資、ありがたく使わせてもらったでござる」


 元々、『紅蓮の旅団』は団員のレベル上昇の為に学術都市に集まっていた。古今東西のモンスターが出現するラビリンスでは大型モンスターも存在していた。戦闘経験の少ない団員に経験を積ませる為に、麻酔液が用意されていて、レイ達が受け取った物資の中に紛れ込んでいた。


 クロノスを探す間に、面倒なモンスターと遭遇した時を想定して、ヨシツネが持っていたのを、ここで使ったのだ。


 気化された液体を吸い込んだクロノスは、強烈な睡魔に襲われた。神に麻酔液が通じるのかどうか不安だったが、一定の効果があったようだ。


 今にも倒れそうなほどふらついているクロノスを挟みこむ様にヨシツネとエトネが構えている。これで倒れてくれと二人は、正確にはレイを除く《ミクリヤ》のメンバーは祈っていた。これで倒れてくれれば、本命を使う必要は無くなるのだ。


 だが、彼らの祈りは虚しく散る。クロノスは自分の胸に手を当てると、神気が一段と濃くなった。


 同時に、彼女の瞳にあった淀みが薄らいで、不確かだった足元はしっかりと大地を掴んでいた。そればかりか、彼女の体に突き刺さっていた黒い羽すら消えていた。傷口は塞がり、最初から存在していなかったかのようだ。


「じぶんのじかんを、まきもどしたの」


「新たな権能が発現したという訳ですか。ヨシツネ殿の努力が零になりましたが……悪くありませんね」


「然り。方向は間違ってはおりますまい」


 リザの言葉に同意すると、ヨシツネは動かずにいるレイ達、その中のコウエンに視線を向けた。彼女は小さく首を横に振り、まだその時ではないと答えた。








「新しい権能を宿した、というよりも発現させたようだね。影法師が与えたダメージが回復しているように見えるけど……あれは自分の時間を巻き戻したのかな」


 戦闘が始まってから一歩も動かないレイに、シアラは手元の時計を見た。戦闘開始から五分と経っていないが、実感としてはその十倍は過ぎているように感じた。


「コウエン様。あとどれぐらいで、目標に達するのかしら」


 水晶の上で胡坐を組んでいたコウエンは、そうさのう、と呟いてから、


「あと少しだろうな。随分とクロノス様も力を取り戻してきたが、それでもまだ足りん。あと、一つか二つ、新たな権能を目覚めさせれば頃合いだろう」


「遠いわね。それじゃ、世界崩壊まであとどれぐらいかしら」


「そちらも大分縮まって来たの。あと二十分とかからずに、世界は崩壊しよう」


「……腹が立つぐらい時間が無いって事ね。なら、仕方ないわ。ワタシも出るわ」


 言って、杖を構えるシアラにレティが同じように飛び出そうとした。


「あたしも一緒に行く!」


「駄目よ。アンタは主様に付いてなさい。今の主様を看てられるのは、アンタだけなんだから」


「でも……ううん、分かった」


 レティが納得してレイの治療に戻ると、今度はレイが軽く頭を下げた。


「ごめん、僕一人がこんな状況で、皆が戦っているのに、安全地帯から眺めているなんて」


「仕方ないでしょ、それがこの作戦の肝なんだから。それに、この作戦はワタシが立てたんだから、責任はワタシにあるの。主様はその時が来るまで大人しくしてなさいよ。削り役は、ワタシ達に任せてちょうだい」


「……分かった。任せるよ、シアラ」


 名前を言われると、シアラは頼もしそうに笑い、そして戦場へと向かう。それは優雅な足取りで、舞踏会に参加するレディのように地面を打ち鳴らす。


「《器を満たせ》」


 自分の体力を回復させたクロノスの反撃が始まった。歯車は彼女の狂気を反映させているかのように出鱈目な軌道を描き、空間を削っていく。そんな戦場に向けて彼女は宣言した。


「《世界よ、鎮まれ》」


 リザが精霊剣を振るい、不規則な軌道をする歯車を弾き、切り伏せる。だが、クロノスは次から次へと新しい歯車を生みだして攻撃の手を休めようとはしなかった。


「《水よ、氷結し》」


 エトネとヨシツネも歯車の対処に追われる。彼らの拳や剣が歯車を破壊するよりも、クロノスが歯車を生みだす速度の方が早い。


「《時代を凍えさせる、審判の吹雪よ》」


 影法師は中距離を保ったまま、羽を休まずに射出する。新たな権能に目覚めた事で、神格が一段と上昇したのだろう。攻撃がほとんど通じなくとも手を止めようとしない。もっとも僅かなダメージも自分の時間を巻き戻して無かったことにされてしまうが。


「《今一度、この地に再臨したまえ》」


 シアラの詠唱が最終小節へと差し掛かった。くみ上げた精神力が調べに乗せて魔法へと変換され、今にも噴きだしそうなほど圧縮される。彼女は中空を埋め尽くさんとする歯車の群れに向けて杖を伸ばした。


「《アイスエイジ》!」


 時代を凍らせた魔法が水晶の森に吹き荒れる。頭上を埋め尽くさんとしていた歯車は次々と凍り付き、巨大な氷の一枚板になってしまう。天井まで伸びている水晶に氷が絡みついているため、落ちてくる心配はない。


「シアラ。頭の上にこんなものを作らないでください! 落ちてきたらどうするんですか!?」


「剣士なら、それぐらい避けなさいよ。それよりも、ほら、見てごらんなさい」


 シアラが顎で歯車を指し示すと、氷漬けにされた歯車が身動きの取れない状態のままだった。


「歯車を閉じ込めるのに成功した、ということですか?」


「馬鹿ね。忘れたの? クロノス様の歯車は自分の意思で消す事が出来ないのよ。そして、一定数以上出現できない。生成するには歯車が壊れる必要があるのよ。オルド様達が見つけた情報の一つよ」


 シアラの説明にリザ達は納得したように頷いた。オルド達が歯車を押さえこんでいる間、新しい歯車は現れなかったという情報は確かにあった。


「アンタらが馬鹿みたいに全部壊すから、際限なく湧いてくるのよ。こうやって閉じ込めておけば、歯車はもう使えないでしょ」


 得意げに語るシアラだったが、内心では長く続かないだろうと覚悟していた。時戻しを使われれば、この結末は無かったことにされ、自分に攻撃の手が向く。そうなったときの対処方法は用意してあるが、どこまで通じるのか不明だった。


 シアラは時戻しが発動しても大丈夫なように身構えていた。しかし、彼女の予想とは裏腹に、時戻しは発動されなかった。


 そればかりか、クロノスはにたりと不気味に笑った。自分の攻撃手段が一つ奪われたのにもかかわらず。


「嫌な笑い方のする女だ。その笑みを皮ごと剥がしてやろうか」


 影法師の怒りが篭った呟きは、クロノスに届かない。幾本も射出した羽は悉く弾かれてしまい、ようやく届いた一本はクロノスの体を貫通した。


「―――っえ?」


 その声は誰だったのか。すぐには誰も分からなかった。


 リザだったのか、エトネだったのか、シアラだったのか、ヨシツネだったのか、あるいは影法師だったのか。


 ―――いや、レティの声だ。


 それに気づいた時は手遅れだった。レティを突き飛ばしたクロノスが、レイに向けて手を伸ばしていた。


「嘘でしょ、いつの間に移動したのよ!?」


「まさか、時間停止? 影法師殿!」


「違う。時間停止は使われていねぇ。別の権能だ!」


 焦るリザに対して静かに否定した影法師は正しかった。クロノスは時間停止では無い権能を使っていた。自分の怪我や体調を元に戻す権能と同時に目覚めていた権能。それは幻覚に近い物をレイ達に見せる力だった。


 レイ達の視界を自分の制御下に置き、彼らが見た光景を繰り返させる。膨大な数の歯車が迫り破壊する数秒間を、リザ達は繰り返し見せられていたのだ。クロノスは繰り返される映像に合わせて歯車たちを動かしていたため、映像と実際の感触に誤差が生じておらず、手応えを感じさせられていた。


 シアラが《アイスエイジ》を使って歯車を纏めて凍らせたのは予想外だったが、その瞬間だけ偽りの映像を解き、別の映像を再生する事で誤魔化した。


 もっとも、それを知った所でもう遅い。


「『今度こそ、貴方を救うわ、レイ。私の存在をかけて』」


 狂気的なまでの告白にレイは青ざめた表情を寂しそうに横に振った。


「なら、僕は僕の存在をかけて、貴女を殺します。それが貴女を救う唯一の手段だから」


「『それは無理よ、レイ。だって今から貴方の時間は止まるんだから』」


 その言葉通りだった。レイの頬に優しく手を触れると、レイの時間が凍り付いたように止まる。身動きの取れないレイは、そのまま倒れそうになって―――体を突き破って現れた黒い影に体を支えられた。


「『―――え?』」


 ぽかんと、クロノスは驚きに硬直する。黒い影はレイの腹部を突き破っていた。それも一つや二つでは無い。背中からも影は飛び出ている。内臓がどうなっているのか、考えるまでも無い。


「欲しけりゃ、くれてやるぞ。ただし、死体だけどな」


「『い、いやあああああああああああああ!』」


 影法師の皮肉が絶叫にかき消される。同時に、世界の歯車が巻き戻る音もした。


 ―――がちゃん、と。


「唯一の手段だから……どうやら時間が巻き戻ったようですね」


 レイは今にも泣き出しそうなほど、顔を歪めたクロノスを前にして、時間が戻った事を悟る。それは自分の体内にある二つの爆弾がきちんと作動した証だ。


「『何を、何をしたの。答えなさい!』」


「簡単ですよ。影法師の影が、僕の体内にあります。貴女が僕の時間を止めたら、発動するようになっています。影法師は時間停止の効果を受け付けませんから、僕を連れ去っても意味がありません」


 時間停止を浴びている時にヨシツネが自分にした事を、レイは聞いていた。それを咎めるつもりは無く、むしろ効果的だと判断していた。クロノスは狂いながらも自分を守るという目標は捻じ曲げずにいた。自分が死ぬとなれば、その時間を巻き戻しなかった事にするはずだ。


「『なら、ならこうするまでよ!』」


 必死に考えたクロノスが、もう一度レイに触れる。すると、レイの首元に歯車が首輪のように嵌った。それに覚えがあった。


技能スキルを封印する力、ですか」


「『ええ、そうよ。あの影は、貴方の技能スキルなんでしょ。だったら、技能スキルを封印してから時間停止をすれば問題は無いはずよ』」


 クロノスの言う通りだった。影法師の体が瞬く間に霧散していく。影は初めから存在していなかったように空気中へと消えてしまう。


「『ああ、やっぱりそうだった。これで、私の―――えっ』」


 影法師の消滅を確認したクロノスが勝利宣言をしようとした矢先、彼女は驚きのあまり硬直した。なぜなら、自分の足元でレイが倒れているのだ。真っ赤な血を口元から吐き出して。


 神だからだろうか。レイが死んでいるのは直ぐに理解できた。


「『……なんで、どうして、どうしてこうなるのよおおおおおおおお!!』」


 元から狂っていた彼女の叫びは、水晶の森に木霊する。視線を他に向ければ同じように崩れて落ちている人影が三つある。クロノスはこの結末を無かったことにする為に時間を巻き戻した。


 ―――がちゃん、と。


「唯一の手段だから……どうやら、また時間が巻き戻ったようですね」


「『答えなさい! 貴方は何をしたの!? なんで、死んだのよ!!』」


 鬼気迫る表情を浮かべるクロノスに、レイは青ざめた表情のまま自分を指差した。


()()()()()()()()()()()()。人を死に至らしめる猛毒です。貴女が影から解放されるよりもずっと前に服用し、効果が全身に及んでいます」


「『なっ……毒、毒なんて、そんなの、どこから』」


 クロノスは知らない。レイはラビリンスに潜る前に、レティに頼んで遅効性毒薬を用意してもらっていた。目安は三十分。毒が全身に回り死亡する猛毒だ。


 もしも、クロノスに敗北して連れ去られても、毒によって自動的に死に戻りが発動するようにと用意していた仕掛けだ。レイはそれを、三十分以上前に飲んでいた。


 当然、毒は全身に回っている。レイの青ざめた表情は神気による疲弊では無く、体の内部から蝕んでいる毒のせいだ。それをレティが治療していた。


 毒で死ぬギリギリのラインを維持するように、治療という名の微調整をずっと行っていた。そして、レイの技能スキルが停止された瞬間に微調整を止めたのだ。


 そうなれば瀕死だったレイは即座に死ぬ。クロノスが時間停止した所で、レイの時間を巻き戻せない現状ではどうしようもないのだ。


「これで、貴女の時間停止も、技能スキル停止も封じた。あとは、僕が貴女を殺すだけだ。……やっと間合いに入ってくれましたね」


 クロノスは、レイが龍刀を抜き放つ音で、自分が罠に嵌められたことにようやく気づいたのだ。

読んでくださって、ありがとうございます。

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