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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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閑話:冒険王 立志編Ⅰ

 息を切らして坂道を駆け抜ける少年。


 その手にあるバケットには焼きたてのパンが収まっており、少年の走りに合わせて揺れていた。日差しを受けて輝く癖のある金髪の下には活発そうな顔立ちがあった。


 ちょうど外に出てきた老人が、孫のような年齢の少年に片手を上げた。


「おや、オルタナ。今日も元気そうじゃな」


「こんにちは、おじいさん。膝の調子はどうかな? まだ、痛む?」


 尋ねられると老人は己の膝を叩き、


「ほ、ほ、ほ。おかげさまでこの通りさ。まるで若い頃に戻ったような気分じゃわい。お前さんの親父さん。不愛想だが良い薬師じゃな」


 と、褒めた。


 それが嬉しかったのだろう。喜色に満ちた笑みを浮かべると、少年は老人に別れを告げてまた走り出した。


 長い坂道を昇った先には風車があった。製粉用の風車だが、今は小麦の収穫前なので羽は止まり、人気も無い場所。それゆえ、旅の薬師に街の人が提供した寝床となっていた。


「ただいま!」


 少年が扉を開け放つと、ちょうど目の前には炊事中の青年の後ろ姿が飛び込んだ。


 簡素な衣服の下にある肉体は必要な栄養を受けてこなかったのか、背丈の割に痩せており、肌は砂で磨かれたように乾いていた。薄茶色の髪を短く刈った青年は声に反応して振り返るとくしゃっとした笑みを浮かべた。


 少年はその笑みを見て、猫がくしゃみするようだといつも思う。


「お帰りなさい、坊ちゃん。配達、お疲れ様です」


 途端、少年の口元はへの字に曲がる。不満そうな表情に青年が逆に困ってしまった。


「もう、坊ちゃんは止めてよね。別に君を雇っている訳じゃないんだから」


「そうですが、一応、俺の設定がそうなっているから、それを徹底しておかないと。じゃないと何処かでボロを出すかもしれないし」


「頑固というか、真面目だねえ、エイリークは。まあいいや、父さんは? 上に篭ってる?」


「ええ。旦那さんは上で。例の如く、立ち入り禁止と言われてまして。昼の準備も終わっているんですが、此方から読んでも返事が無いんです。どうしようか、困ってしまって」


「分かったよ。僕が呼んでくる。ああ、そうそう。これ、パン屋さんの女将さんがどうぞってくれたんだ。父さんの薬が息子によく効いて、熱が下がったんだって」


「そいつは良かったですね。それじゃ、昼に頂きましょうか。折角ですから貰い物のバターを出しますか」


「わーい。じゃあ、父さんを呼んでくるよ!」


 バケットをテーブルに置くなり、らせん状に伸びている階段を駆け上がる少年。彼を目で追いかけていた青年は昼食の準備に戻る。


 ふと、視界の隅を過った人影に足を止めると、そこにあったのは水桶に映る自分の姿だった。


 ここで暮らすようになって自分の顔がどんななのか見るようになったが、慣れる事は無い。


 記憶にある顔とは別の、この世界での自分の姿に違和感は付き纏っていた。


 水面に浮かぶ他人の顔にしか見えない自分の首元。そこにあったはずの物は、今は無い。


 この世界に転生してから二十年近く、自分を縛っていた首輪は、もう無い。


「……やっぱり首が軽いのは、なんだか変な気分だな」


 そう呟いて、安城琢磨こと、エイリークは己の首元をさすった。








 エルドラドを管理する13神が一柱、風を司るアネモイによってエルドラドに転生した安城琢磨は、その転生先で管理された地獄を目の当たりにした。


 人の命が労働力という資源となって生み出され、消費され、処理されていく社会機構。悪意なき悪が当たり前のように存在する、逃げ場も救いの手も無い場所。


 奴隷が集められ、子を為し育てながら危険な労働に従事させられる国営の採掘場。そこで誕生した安城は名前を与えられず、番号で管理されていた。


 同じ環境で生まれた兄弟の死に憤り、彼は長い時間を掛けて反乱の準備を行った。


 地獄の底から自由の地平に這い上がる為に。


 遂に実行された反乱は採掘場と外を結ぶ橋を越えて、関門となる砦すら打ち破った。


 だが完全勝利を目前としながら、安城は一瞬のスキを突かれてしまい橋から転落してしまった。他の死体たちと共に流されていった先で、オルタナと彼の父親の二人に助けられたのだ。


「……相変わらず、てめぇの作る飯は薄味だな。その年で健康に気を配っているのか」


 オムレツを口に入れた途端、不機嫌そうに塩を手元に引き寄せているのがオルタナの父親だ。室内でありながら中折れ帽子に革のジャケットという変わった出で立ちは西部劇のガンマンを思い浮かべてしまう。時折放つ剣呑な雰囲気は、奴隷を甚振る兵士たち以上の鋭さがある。


 幼い頃に遭遇した、長耳の戦士と比較しても遜色ない。


「僕はこれぐらいで良いよ。大体、味音痴の父さんが料理に注文付けちゃだめだよ。塩だって、そんなに掛けて、もう」


 そんな父親の手から素早く塩の瓶を取り上げたのは彼の息子であるオルタナだ。少し癖のある、柔らかな色のした金色の髪をした少年に安城は助けられた。


 技能スキルによって強化された肉体とはいえ、崖から川へと叩きつけられ、長い時間冷たい水に晒され生死の境に居た。自分の肉体から熱が消えていく最中、僅かに感じた人の気配に縋りついて、漸く生き永らえた。


 その時の事はあまり覚えていないが、何かを約束したはずだ。


 体が動けるようになって、当時の事を尋ねてみたが彼ははぐらかして何も答えなかった。


「いつか、きちんと話をするからそれまで待っててよ」


 にこやかな、人好きのする笑顔なのだが父親同様、何とも言えない迫力にこれ以上聞きだすのは不可能だった。


 似ていない親子ではあるが、滲み出る迫力は随分と似通っていると、塩の小瓶を取り合う二人を盗み見ながら安城は思った。


 髪の色や、顔立ち、仕草などこの二人の共通点は驚くほど少ない。おそらく、何かしら事情があるのだろう。


 何しろ二人に拾われて二月近くが経過するが、安城は彼らの事をほとんど知らないでいた。


 オルタナの父親の名前すら教えてもらっていないのだ。前に聞こうとすると、


「そんな物は捨てた。好きに呼びな」


 と、言われてしまった。仕方なく親父さんと呼んでいるが、若々しい外見には相応しくない。


 そんな父親の方が腕の良い薬師であり、オルタナは彼の助手兼営業だ。人の警戒心を解すような笑みを武器に、父親の薬を売り込んでは次の街、次の村へと移動を繰り返している。


 何か目的がある訳でも無く、ただ当てのない旅をしているようにしか見えない。


 ただ、観察していると一つ分かった事があった。


 この親子の関係である。


 主導権を握っているのはいつも息子であるオルタナの方だ。


 川から拾い上げられたあと、近くの村で看病してもらった自分を親父さんは見捨てる様に命じたのだが、オルタナは拒絶し、逆に父親を説き伏せていた。体が動けるようになって、面倒を嫌った父親が放り出せと言ってもオルタナは譲らず、薬師親子の弟子兼従者という形で行動を共にする事になった。


 周りを誤魔化すための設定としては、奴隷の子供で仕えていた主人が死んでしまったため早くに奴隷の身分から解放されたのは良いが、行く当ても無かった所を主人の知人である親父さんに拾われてこまごまとした雑事を任されている事になっている。


 小瓶の取り合いも最後は根負けした父親が諦めて敗北に終わった。


 何とも不思議な親子であった。


「それでさ、エイリーク。鍛冶屋の親父さんが薪を割るのに人手が欲しいって言ってたんだけど、食事が終わってから手伝いに行ってくれないかな」


「ええ、構いませんよ」


 エイリークという名前はオルタナから貰った名前だ。


 彼らには自分がどういう経緯であそこにいたのか説明してあった。


 奴隷として採掘場で働かされ、それから解放されるのを夢見て決起し、一人転落した事を。


 詰まる所、自分の今の立場は逃亡奴隷なのだ。


 この国において奴隷の逃亡は重罪。


 しかも国の官吏を殺して、反乱を起こした首謀者ともなれば死罪は免れない。捜索隊も当然編制されているはずだ。


 父親がいい顔をせずとも、安城はこの親子から離れるつもりでいた。これ以上一緒に行動すれば迷惑を掛けると。


 だが、オルタナは頑として受け入れなかった。


「君は僕らと離れたら直ぐに見つかってしまうよ。だいたい、ここがどこらへんで、どうすればいいのか、当てなんかあるのかい?」


「でも、貴方達にこれ以上迷惑を掛ける訳には行きません。それに、俺には仲間が。一緒に逃亡した奴隷の兄弟たちが居ます。あいつ等と一緒に、この国を離れないと。だから、行かなくちゃ」


「その気持ちは理解できるけど、やっぱり自殺行為だよ。しばらく、僕らと行動しながら情報を集めたらどうかな。君の兄弟である奴隷たちが何処に逃げたのか、それを知るまでは一緒に行こうよ」


 安城としては離れ離れになった兄弟たちを一刻も早く探し出して合流したかった。


 しかし、オルタナの言う通り彼らがどこに逃げたのか足取りは掴めず。それどころか国営の採掘場で起きた反乱に国は怒り狂っていた。大規模な捜索隊と、厳しい監視の目が国の端から端まで行き届いていた。この中を一人で行動すれば、あっという間に捕まってしまう。


 結局、オルタナの好意に甘える形で、彼らの旅に同伴して村から村へと渡り歩いていた。


 エイリークという名前は、名無しでは面倒だと言う理由からオルタナに付けてもらった名前だ。


 意味や由来があるのかと尋ねると、


「今は使っている人が居ない名前だよ。気に入ってくれると嬉しいな」


 と、言われた。


 かくして、安城琢磨改めエイリークは薬師の親子と共に旅をしながら逃亡した兄弟たちの行方を探していた。


「……それで? この村でも逃亡奴隷について何か手掛かりはあったのか」


 父親が珍しく話しかけてきたのでエイリークは反応が僅かに遅れた。


「え、ええ。村の人の手伝いをしながら、噂話を拾い集めているんですけど、どうもそれらしい情報は無くて」


「そんなに落ち込まないでよ。元々の計画だと一度解散して、改めて集合する計画だったんだよね」


「そうだよ。百人単位で行動してたら、どうしても目立っちゃうから、一度少人数に解散して北上。採掘場生まれの俺達じゃ、他所に伝手なんて無いから、外から来た人たちに協力してもらって他国に逃げ出す計画だったんだ」


 採掘場は隣国との境界線に近く、国境越えは不可能ではない。


 集合する時刻と地点だけを決めて、遅れた者は置いていくという鉄則を作り、それを徹底させた。


 エイリークが動けるようになった時は、既にその夜を過ぎており、後から集合地点に辿り着いたが何の痕跡も無かった。


 ここで集まる事が出来たのか、それともその前に掴まってしまったのかすら不明なままだ。


「気落ちするな。捕まっていたら、間違いなく見せしめのために公開処刑されているはずだ。その話を聞かないとなれば、今の所は無事だろうな」


 不器用ながらも慰めようとするのだが、その予想図は残酷なほど想像し易かった。








 かん、と鋭い音を立てて斧が薪を割る。使い古された斧を地面に突き刺して、額に浮かんだ汗を拭った。上半身はむき出しとなり、強い日差しを浴びていた。肉体労働は転生してから片時も休む間もなく行っていたが、暗い湿気た坑道を掘り進んでいた為、こうして日差しの下で働くのは新鮮だ。


「おう、おつかれさん。悪いな、この通り腰を痛めちまってな。いつもは息子がやってくれるんだが、今は納品で出かけちまって」


 しゃがれた声に振り返れば、肉体労働で鍛えと思しき男性がすまなそうに頭を掻いていた。


 鍛冶屋の旦那だ。


「いえ。こちらとしては、あの風車小屋を使わせてもらっているんです。困ったときは、おあいこですよ」


 村から村へと渡るオルタナたちは、行った先で歓迎されることは少ない。


 この時代、人と人との繋がりが密接な分内向きだ。日頃から顔を知っている者ならば旨を開くが、流れ者、新参者にはどこも厳しい。薬師は重宝がられると同時に煙たがられるものだ。ましてや、薬師である親父さんがああもぶっきらぼうで、コミュニケーションという物を投げ捨てているような人物では怪しさを振りまいている。


 そこで、エイリークはこうして村の人々の頼みを聞いたりして信頼を得て回っているのだ。これまではオルタナが一人でやっていた事だが、やはり子供よりも大人の方が信頼を得やすいようで、彼らの旅にエイリークが加わってからはやり易いとオルタナは喜んでいた。


「ほれ、かみさんが茶を入れたんだ。お前さんも飲んでいきな」


 ありがとうございます、と礼を言って差し出されたお茶を啜る。少し苦みの強い、癖のある茶だが喉元を過ぎると心が落ち着く。


 どうやら鍛冶屋の旦那は手持無沙汰の様子だ。エイリークとしてもしばらくは時間があるため、世間話に付き合った。


 ふと、隣接した鍛冶場の方へと目を向けると、これから研ぐのだろうか。何本もの剣が転がっていた。


「剣に興味でもあるのか?」


「え? ええ、まあ、そうですね」


 何気なく見ていただけなのだが、相手が嬉しそうに聞くため調子を合わせた。その対応が正解だったようで、鍛冶屋の旦那はうきうきとした様子で鍛冶場へと向かった。仕方なく、エイリークも後に続いた。


「こいつらは研ぎ直しの依頼品さ。こうやって、紙やすりで錆を落としたら、お次はこいつで研ぐのさ」


 椅子に座り木の板を足で踏むと、小さな滑車のような研ぎ石が回り出した。


 足踏み式の回転砥石だ。


 安城琢磨だったころ、どんな文明の異世界にも対応できるようにと得た知識を思い出した。


 男が手にしたロングソードが、高速で流れる砥石の表面と触れて火花を散らす。甲高い音を立てて剣が磨かれていくのは胸躍る光景だ。


「とまあ、こんな所だな。……なんだ、やってみたいのか?」


 問いかけにエイリークは首が千切れんばかりに縦に振った。


 安城琢磨として知識は詰め込んだが、実体験はあまり多くない。剣を研ぐなど初めての経験だ。


「流石に預かり品はやらせられないが、そうだな。この辺に転がっている……おおう、あったあった」


 言いながら屑鉄でも集めているのか、鍛冶場の片隅にあった山から掘り出されたのはみすぼらしいナイフだ。


 エイリークが見ても、粗末な出来と分かる拵えに錆が浮かんでいた。


「息子が練習がてら作った品だが見ての通り酷い出来でな。溶かし直して何かに使おうと残していたんだ。こいつでやってみるか」


 エイリークは、お願いしますと、と頭を下げた。鍛冶屋の旦那は水に漬けてあった普通の砥石を取り出して、エイリークに研ぎ方を教えた。


「違う、違う。力は籠めず、優しくやるんだ」


 何度かの注意を受けつつ、砥石にナイフを滑らせて行けば、果実の皮をむく様にこびり付いた錆は落ちていった。


 終わった時には、きらきらと輝く一振りのナイフが手の中にあった。


「初めてにしちゃ、十分十分。そいつはくれてやるよ」


「え? 良いんですか? これって息子さんのじゃ」


「どうせ売り物にならね奴だ。本人も忘れてるから、構いやしねえよ。どら、ちょっと待ってな。いま鞘を用意してやるからよ」


 言いながら棚からサイズの合いそうな鞘を探し出した旦那。エイリークは手元にあるナイフを嬉しそうに見つめた。


 奴隷の頃、隠した食料以外に自分の物というのは持つことは出来なかった。


 このナイフは、この世界に来てから初めて自分の力で得た物なのだ。


 渡された鞘にナイフを納め、大切に腰に吊るすと、気になった事を尋ねた。


「そういえば、その剣たちは何処から持ち込まれたんですか。随分と使い込まれたみたいですけど。村の物なんですか」


 一見すると平和な村とはいえ、やはりモンスターやそれ以外の危険は常に付きまとう。自衛の為の道具かと思ったがどうやら違った。


「こいつは他所から持ち込まれたやつさ。何でも、野党の集団を追いかけている賞金稼ぎ達の武器さ」


「野盗……ですか」


 旦那が何気なく口にした単語が、耳から入りエイリークの内側にこびりついてしまう。


 何故、不吉な予感に囚われるのか、彼は答えを出せなかった。


読んでくださって、ありがとうございます。


今回の閑話は隔日投稿となります。

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