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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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閑話:男の浪漫

 熱砂の国は秋になっても暑さは厳しい。夜になってもうっすらと汗ばみそうな夜が続いていた。


 昼の熱を抱え込まない様に風通しを重視して建てられた王宮でもそれは変わらなかった。廊下を歩いていても、今夜は寝苦しいだろうと容易に想像できた。


 とはいえ、今夜も眠れまい。


 レイは先を歩く人に気づかれない様に小さくため息を吐いた。


 彼を悩ませている問題は根が深く、厄介な事だった。


 自身の中に根付いたフィーニスの憎悪。『魔王』が自らの魂をレイに与え、レイ自身の憎悪を糧として成長したそれはレイの中で巣食い、毒々しい華を咲かせかけた。


 一度は飲み込まれてしまい魔人へと成り果てそうになったが、リザを始めとした仲間達の呼びかけやコウエンやサファ、ローランらの尽力があってこうして人に戻る事は出来た。


 しかし、未だにフィーニスの憎悪はレイの中にあり、影法師が取りこんでもなお声は聞こえ続けていた。形ある声では無く、洞穴の中を削る風の音に近い。むき出しの、憎悪を掻きたてる呼び声にレイはうなされていた。


 声はレイの精神を摩耗させた。対抗する手段は無く、深い眠りに素早く落ちるためにと日が出ている間はローランや彼の仲間と特訓を行い、夜は慣れない酒で意識を溶かしていた。


 これでは疲労を蓄積するだけと分かりつつも、誰にも相談できないまま、彼は今夜も気絶するように眠るはずだった。


 ところが、夜も更けた頃になってから珍しく呼び出されたのだ。


 呼び出したのは《神聖騎士団》の一人、槍使いの冒険者だ。


 ここ最近は、日が沈むころには酒盛りが始まるのだったが、今日に限って彼らはいそいそと自室に戻っていた。今夜は乱痴気騒ぎは無しかと思っているところに彼が扉をノックしたのだ。


「やあ、レイ君。もしも眠る所だったのなら申し訳ないが、ちょっと来てもらえないかな」


 口調は丁寧だが有無を言わせない迫力にレイは頷くしかなかった。


 雰囲気からして酒盛りに呼ばれたという訳ではなさそうだ。先を行く彼の背中には緊張が漲り、今にも破裂しそうな風船のような張り詰めた印象があった。


 どちらにしても、眠ればフィーニスの声が聞こえてくるのだ。それこそ意識を自分で落としながら眠るぐらいしか思いつかなかったため、レイは呼び出しに応じた。


 しばらく歩き、彼はとある部屋で足を止めた。そこはローランが宿泊している部屋だ。


 槍使いが左右を見て、何かを警戒すると拳が上がった。


 扉を数度ノックすると、向こう側に人が近づく気配がした。


「カンダスの迷宮でローランが仕出かしたことは?」


「メダパグレムリンの幻術を浴びまくって混乱して、モンスター相手に全裸で愛と平和を訴え始めた」


「良し、入れ」


「今の何? 合言葉? というか、何やってんだあの人は?」


 レイの疑問に誰も答えてはくれない。そのまま通された部屋には《神聖騎士団》の男衆が車座に座っていた。そこから少し離れた壁際に凭れかかっていたのはサファだ。


 居ないのは入院中のマクスウェルとミストラル、そしてリザ達ぐらいだ。


 怪しい雰囲気を醸し出す男たちの中で顔を上げたローランが、その美形を破顔させて微笑んだ。


「やあ、よく来てくれた、レイ君。夜も遅いなか呼び出してしまって悪かったね」


「……酒盛り、っていう雰囲気じゃなさそうですね」


 車座の一部が空き、レイは促されるように座る。部屋の中に酒瓶やつまみの類は置いておらず、彼らの呼気や表情に酒の痕は無い。どうやら本当に宴会などで集まっていないようだ。


 だとすると謎である。


 《神聖騎士団》の会議ならば、マクスウェルはともかくとしてもミストラルがこの場に居ないのは不自然である。付け加えて、自分やサファまで呼ばれるのはおかしい。


 ならばこの地に滞在する全員と話し合いをするのならリザ達も呼ぶ必要があるのではないだろうか。


 だが、レイ達が入室した時点で扉に鍵を掛けられた。


 これで逃げる事は出来ない。もっとも能力値アビリティに差があるのは昼の稽古で身に染みて理解していた。逃げる事は元から不可能だった。


 今更ながらに、武器の類を一つぐらいは持ってくるべきだったと自分の迂闊さに歯噛みする。


(まさか、この人たちがここで僕を殺しにかかるなんてこと、無いよな。でも、彼らには《トライ&エラー》の事を説明してある。死ねば発動する事を知っているから、直接的な殺害には出ないはずだけど……その分、搦め手で来られたらどうしようもないぞ)


 先程までは粘つくような暑さに辟易していたというのに、体の表面を冷たい汗が流れていく。そんなレイの不安を知ってか知らずか、ローランが口火を切った。


「さて、話は中座されてしまったがこうして専門家にお越し願ったのだ。一度、仕切り直したいのだが、異論はないかな」


「「「異議なし」」」


「ちょ、ちょっと待ってください。専門家って僕の事ですか?」


 異口同音の肯定にかき消されそうになるが発した疑問の声は、しかしローランには届かなかったようで。彼は真剣な瞳でレイを見つめたまま、


「レイ君。……ロケットパンチは男の浪漫だろう」


 と言ったのだ。


「……………………………はい?」


「だから、ロケットパンチだよ。まさか、知らないのかい!? 腕が切り離されて、敵めがけて飛んでいくという武器の事だよ!」


 美男子めいたローランの眼差しは責めたてるようにレイに向いていた。車座になって座る《神聖騎士団》の中からも似たような視線を向けられる。


 レイは上を見て、下を見て、周りを見た。


 ここが異世界エルドラドでは無く、平成日本のロボット物が好きな男子の部屋ではないかと確認をするが、アラビア風の豪奢な一室は間違いなくデゼルト国の王宮だ。


 壁際に凭れているサファに助けを請うように視線を向けたが、彼は顔をぷいと背けた。


 薄情な男である。


 レイは逃げ場も救いの手も無いのだと理解して、覚悟を決めて尋ねた。


「すいません。ロケットパンチの意味は分かりますが、話の趣旨が分かりません。一から説明してもらえませんか」


「おっとすまない。気が急いてしまい、聞きたいことを一番に言ってしまった。うん、今度こそ一から話そうじゃないか」


 身を乗り出していたローランは居住まいを正すと咳払いをしてから話を始めた。


「事の発端は昼の事と関係しているのだよ」


「昼ですか。昼と言えば、もしかして」


「想像の通りさ。僕の義手の件だ」


 言って、彼は左手を持ち上げて振った。本来はあるべきはずの左手はそこに無く、袖口が力無く垂れていた。


 S級冒険者『聖騎士』ローランは、その二つ名と称号に恥じない戦いを魔人相手に繰り広げた結果、左手を失った。本人は相手を仕留めきれなかった上にこの手傷だと自分の敗北だと言っていたが、戦いを目撃した者達はそんな事は無いと断言していた。


 歴代の『聖騎士』達が繋げて託して逝った想いを、練り上げた器に落とし込み魔人と戦った姿は、皆の心に焼き付き離さない。


 そんな彼の力に為りたいとレイはある人物に連絡を取った。


「君のお蔭でシュウ王国で研究中の義手を回してもらえることになった。それも、主任研究員までわざわざ来てくれるんだ。本当に助かったよ」


「いえ。僕は相談を持ち掛けただけで、色々と動いてくれたのはスヴェン王子です。僕の手柄なんかじゃないです」


 レイがシュウ王国を旅した時に出会ったスヴェン王子。彼の治める土地では魔法工学によって動く義手が研究、実用化されていた。


 ローランの事を伝えると王子は状況を理解して、即座に対応してくれた。国が独占している技術を他者に渡す事を王に認めさせ、人員と物資の手配を終らせた旨が返って来たのが今日の昼だった。


 スヴェン王子には貸しがあったとはいえ、早い反応だった。


「義手が取りつけられるまではこの国に居なくちゃいけないが、その間にやれることはやっておこうと思ってね。それでこうして皆を集めて、話し合っていたんだよ」


「……もしかして、ロケットパンチ云々って、義手に取り着けるつもりなんですか? 冗談とかじゃなくて、本気で?」


「ああ、そうだよ」


 ローランの純粋な瞳を前にして、レイは逆にうろたえてしまう。


「その、ロケットパンチとかって発想は何処から来たんでしょうか」


 尋ねつつも心当たりは二つしかない。


「『冒険王』と『科学者』の手記さ」


 どうやら両方だった。


『冒険王』エイリークこと安城琢磨は前歴があるため驚かないが、『科学者』ノーザンがそうなのかと軽く驚く。だが、思い出してみれば彼が生み出した兵器の数々からにじみ出る浪漫臭や、デゼルト動乱に関わった『機械乙女ドーター』ポラリスの格好がクラシカルなメイド服だったところを見れば、そういった趣味があるのかもいしれない。


「先達曰く、ロケットパンチというのは男の浪漫だそうだ。敵を目がけ発射され、本懐を成し遂げるまで執念深く追い続ける。まさに、戦士の本質を表しているじゃないか」


「いやまて。ロケットパンチが男の浪漫なのは否定しないが、回収はどうするんだ。敵を前にして、片腕に為るのは不利だ。鎖などを繋げて回収するつもりか? そんなの非効率すぎる。ここは雷撃を放てる仕掛けはどうだろう。内部に込められた魔法式に反応して、辺り一面に雷を落とすんだ」


「雷撃も良いが、それだと周りも巻き添えを喰らってしまう。それならば砲撃の方が良い。こう、手首で折れて筒が出てきて、そこから敵を打ち砕く一撃を放つんだ。手首が取り外せれば、腕を拘束されても脱出できるしな」


「ローランの得意分野は近接だ。滅多にない事だが大剣を取りこぼした時に備えて剣を仕込むのはどうだ。義手を外すと、そこから刃が出てくるんだ。いや、別に剣に拘らなくてもいいんだ。例えば、かぎ爪とか、相手の意表を突く系統の武器を選ぶのもいいかもしれないな」


 喧々諤々。


 先程までの真剣な、どこか重々しい沈黙はどこへやら。


 高位冒険者たちが熱を込めて、興奮しつつ語り合う様子をレイは唖然としながら見つめていた。


 まさか、このような場に巻き込まれるとは思っていなかっただけに思考が追いついていなかった。


 この人達は何を真剣に意見をぶつけ合っているのだろうか。


「とまあ、こんな風に議論は白熱するんだが結論が出なくてね。そこで、エイリークと同じ文明から来たレイ君と、彼と旅をしたサファ殿に御足労願い、意見を聞きたいと思ってね。何か、これだ、という意見は無いかな?」


 水を向けられたレイは困り顔で一同を見回す。いつの間にか、サファは壁際から出入り口まで移動していた。すり足で移動したのだろうか。この実力者相手に移動を悟られない歩行は驚嘆するべきだが、逃げるのは許さない。


 レイがその事を告げようとした瞬間、切れ上がった瞳が鋭く睨む。


 視線が刃になるならば、首を落としかねない鋭さに込められたメッセージは一言。


 黙れ、と。


 強迫に屈したレイは仕方なく別の切り口を選んだ。


「あの、その。……普通の義手でも、いいんじゃないんですかね」


「何だって?」


「ですから、普通の。頑丈で、丈夫で、修理もしやすい義手とかの方が戦いに向いているんじゃないかなと。そんな仕掛けだらけの義手、激しい戦いに耐えられないじゃないですか」


 これが空気を読まない、場の熱を冷ます発言なのは承知している。


 だが、浪漫だけで戦いは勝てないのをレイは重々承知していた。


 それは彼らの方がよく知っているはずの事だ。


 それなのに浪漫だ何だとバカ騒ぎしている彼らに対して苛立ちを抱かなかったとは言えない。ローランは別にしても、彼の左手が無くなった事をダシに仲間達がバカ騒ぎをしているようにしか見えなかった。


 自身の騒めきが表情に出ていたのだろう。ローランはバツが悪そうに頭を掻きつつ、


「うん。それも一つの答えなんだろう。特殊性を求めるよりも、普遍性を。それが最良の答えなのかもしれない。でもね、レイ君。それじゃ、駄目なんだ」


 真剣な声色にレイは首を傾げた。


「駄目って、何でですか。壊れにくいって言うのも、重要な要素じゃないですか」


「それじゃ、前には進まない。……僕は常に半歩先に進まなくちゃいけないんだ。後退は許されない」


 言って、彼は無くした左腕を複雑そうに見つめた。


「今回の戦いで、僕が受け継いできた力はゲオルギウスに届くと知った。この体は、それを受け止める器に成りつつあるのも分かった。でも、結局届くだけで、なりつつあっただけで、勝てなかった」


「……それでも、貴方はあいつを退けた。それは十分凄い事じゃないですか」


「童の言葉に同意だ。六将軍第二席ゲオルギウスは、あれは人の身で到達した極致の一つだ。それを道半ばの貴様が苦しめた事は、貴様の努力が結実した証だ。悔やむ所など一つも無い。誇れ、俺が許す」


 いつの間にか、車座の一角へと滑りこんだサファが、彼なりの最大級の賛辞を送ったがそれでもローランは悔しそうな表情を止めなかった。


「いいえ。やはり、勝ちきれなかったのは事実です。ここから先、僕の代でどこまで奴に近づけるのか。一歩を踏み出すのは険しくとも、せめて半歩。にじり寄りたい。これまでの先達がそうしてきたように、次の代に託すまでの間、更に先へ」


 ローランほどの達人がこれ以上成長するという重みは、レイに想像すら出来ない。だが、彼の仲間達やサファの表情からして、それが困難な事なのは感じ取れた。


「左腕を無くした事は受け入れています。でも、これのせいで僕は後ろに下がってはいけない。逆に義手なったからこそ、前へ。これを半歩先へ進む礎にしたいんだ」


 片腕になった事を嘆くのではなく、更に強くなるための手段に。強くなることに、どこまでも貪欲な姿は眩しく映った。


「だから、御二人から話を聞いて、何か閃くことがあればと思ったのですが。もしもご迷惑なら、どうぞお部屋に戻って下さい。後は僕らで考えてみますから」


 申し訳なさそうに頭を下げるローランだったが、レイは勿論の事、サファも腰を上げようとしなかった。


「……サファ殿? どうかされましたか」


「……いや……何でも無い」


 サファは平静を保とうとするも、明らかに鼻声であった。


 何だかんだと面倒見が良いこの男、ローランの熱い気持ちに感化されていた。当然、レイも同じだった。


「分かりました、ローランさん。正直、どこまで協力できるか分かりませんが、僕の知識が貴方の役に立つなら、一晩中でも付き合います!」


「本当かい、レイ君。ありがとう!」


 かくして、女子厳禁の男子による浪漫溢れる話し合いは夜を徹して行われた。


 熱い議論が幾度となくぶつかり合い、時には激しくなり、そして一つの答えを得た時、男たちの魂は一つになっていた。

















 しばらくしてデゼルト国にやって来た主席研究員は、


「はぁ? ドリル? 馬鹿言ってんじゃないよ。内部構造だけで隙間も無い義手の何処にそんなのを入れる余裕があると思ってんのさ」


 と、真っ当な現実論で男たちの浪漫を一蹴してしまった。


読んでくださって、ありがとうございます。


本年の投稿は以上となります。よいお年を。

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