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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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9-3 精霊剣の行方

「マクスウェルが僕を? 何のようなんですか」


 疑問に明確な答えは返って来ない。肩を竦めた槍使いは、


「さあな。とりあえず、あいつは書庫で君を待っているから。病み上がりの癖に、出歩きやがって。済まないが、急いで会ってくれないか」


「分かりました。ここから書庫だと、一度中庭を通りますよね」


 広大にして複雑に入り組んだ王宮。迷えば元の部屋に戻ってくるのも難しい。運よく女官などと出会わなければ迷子になりかねない。目的地までの道を確認した。


「おう。俺も中庭に戻るから、途中までは一緒に行こうか」


 言って、槍使いが来た道を戻るのにレイは歩調を合わせた。


「それにしても、昨夜も随分と飲まされたな。体調の方はどうなんだ」


「頭の中で打楽器が鳴りっぱなしですよ」


「ははは。そいつはご愁傷様だ。うちのパーティーの中でも、ローランは頭一つ抜けて酒豪だからな。そして厄介な事に飲ませたがりだ。自分が飲むのも好きだし、他人が飲むのを見ているのも好きという奇妙な癖がある」


 彼の言う通り、ローランは酌が上手だった。人の欲求や飲むペースを見計らって、適切な酒の種類と量を見極め注ぐ様は熟練の域に達している。蟒蛇うわばみの聖騎士がありなのかどうかはさておき、それに煽られる形でレイは許容量を超えて飲み潰れた。


 記憶は途中で途切れてしまっていた。後に残された惨状だけが、何があったかを物語る。表情のすぐれないレイに苦笑いを送る槍使いは、


「ローランの事をあまり嫌わんでくれよ、あれも君を思っての行為……でもあるのだから」


「あれが? 本当ですか?」


 現代日本ならアルハラに該当しそうな行為。それを許せとはどういう事だと疑問に思うレイに、槍使いは申し訳なさそうに続けた。


「フェスティオ商会を通じて、様々な団体、勢力が君に接触したがっている話は覚えているだろ。実は、《神聖騎士団》にも似たような話が幾つも舞い込んでいるんだ。《ミクリヤ》と話がしたい、あるいは食事の機会を取り持ってほしい。そういった誘いを『聖騎士』の名を使って突っぱねている」


「そんな事を、ローランさんが。でも、何でそこまで警戒しているんですか」


「そりゃ、名を売り出し中のパーティーに接触したがる輩は、大抵が何かしらの魂胆を持っているからな。妙な政治や勢力争いに巻き込まれるのは嫌だろ」


 今回の騒動で名を上げた《ミクリヤ》。未知数なパーティーに対して、好奇や期待、興味だけでなく、腹に一物を持った者は必ずいる。


 老獪な輩の手に掛かれば、後ろ盾が無いレイ達を取りこもうとするのは一瞬だ。


「この国で、こうして俺達と共に居る分には、そういった煩わしいのは排除できるけど、国を出れば違う。君達を取りこもうとする者は、後を絶つことなく現れる。そいつらは、大抵冒険者に対して三つの物で篭絡しようとするんだ」


 言いながら、槍使いは指を順番に伸ばしていく。


「金、女、そして酒だ。前二つは上手く躱せるだろうが、酒に関しては存外難しい。口当たりよく、つい飲み過ぎてしまい酩酊して、気が付けば弱みを握られた新人冒険者を、俺達は少なからず知っている。その対抗策というのが、古典的ではあるが、酒を飲んで慣れる事だ」


「それじゃ、ローランさんがあれだけ酒を飲ませようとするのは、僕に酒への耐性を付けるためだったんですね」


 知られざるローランの気遣いに感動するレイだが、槍使いは曖昧な表情を浮かべ、


「まあ、半分ぐらいはな」


 と、言葉を濁した。


「……え?」


「残りの半分ぐらいは、この王宮に残っていた酒を自分で味わいたいだけだろうな。先王の趣味なのか、珍しい酒が豊富で……どれもこれも美味いだろ」


「……僕の感動を返してくれませんかね」


 胸の中に押し寄せた感動はあっという間に霧散した。そんなレイ達の耳朶に剣戟の音が聞こえて来た。いつの間にか、中庭近くまで来たという証だ。


 曲がり角を通り過ぎれば、空が見えた。


 王宮には庭園が幾つもあるが、その多くは観賞を目的としており、綺麗に咲き誇る花々や、乾いた大地だというのに緑や池が作られ、有名な彫刻家の作品が並び人々を楽しませる。しかし、この中庭は風を取りこみやすくする事を目的として建設されており、矮小な庭を渡り廊下で囲っているだけの簡素な物だ。


 だが、そんな簡素な場所だからこそ、周りに気兼ねなく伸び伸びと剣が振るえる。レイも含め王宮に逗留している戦士たちによって、この中庭は稽古場へと様変わりしていた。


 いま、連続して剣を振るのは金色の髪を靡かせた剣士、リザだ。


 帝室の宝石と謳われた母の美貌と、『勇者』から剣の手ほどきを受けたとされるウィンドヘイル家の剣術を受け継ぐ彼女は十四にして一角の戦士だ。


 黄龍討伐に参戦して得た膨大な経験値。それによって急上昇した体を完全に支配下に置いた。正直な所、今の彼女と正面から打ち合えば、レイは三合も凌ぐことが出来ないだろう。


 そんなリザの猛攻を涼しげな表情で受け止めているのは、エルフの剣士、サファだ。


 薄すく青みがかった着流しは土ぼこり一つ付けず、愛用の刀では無く刃を潰した訓練用の剣を軽く握って、適当な構えをしている。明らかに手抜きだ。


 それなのに、リザの連撃を完璧に防いでいた。


 両者の技量の差は、互いの表情で判断が付く。リザがどれだけの攻撃を加えているのか、彼女の流す汗が物語っていた。それを歯牙に掛けていないのが、サファの雰囲気に現れていた。


 もっとも、仮にレイがサファに打ち込んだところで、コウエンの力を借りなければ稽古にすらならない。そう考えると、リザとの差を実感してしまう。


「腰が甘い。足の引きが遅い。腕の振りが弱い。それじゃ、ジグムントに一当てすることなく、首が地面を転がるぞ」


「は、はい!」


 敵の名を聞き、更に奮起するリザ。その手にある剣は日光を浴びて宝石の如き輝きを発していた。


 否、如くでは無く、本当に宝石なのだ。あの剣は。


 彼女が手にしている剣の名は精霊剣バルムンク。


 人の精神力を吸収して光と変える不思議な鉱石を剣の形にしたそれは、エルフの王族に献上された宝剣でもあった。そしてとある『英雄』が手にした時、その剣は歴史に名を残す至宝となった。


 そんな伝説の剣が千年の時を越えて、何故リザの手の中にあるのか。それは本来ならこの剣を継ぐべき男、『英雄』の弟子であるサファが手放したからだ。


「俺はこの千年で、自分に適した戦い方を生みだし、学び、研鑽した。いまさら、剣を替える事など、そんな器用な真似は出来ない」


 黄龍撃破のどさくさに紛れて、王宮に置き去りにした精霊剣を返そうとした際に、サファから、そう言われてしまった。


『冒険王』エイリークが打った日本刀を大切そうに撫でながら、


「エルフ族としても、その剣に拘りは無い。イーフェの形見として後生大事にと蔵で眠らせ埃を被らせるよりも、戦士と共に戦いに赴くのを希望する。……文句を付ける奴は、俺が黙らせるから気にするな」


 と、所有権の放棄を宣言した。となれば、所有権は黄龍討伐に参加した《ミクリヤ》と《神聖騎士団》に発生するのだが、ローランもまた固辞したのだ。


「僕たちもサファ殿と似た理由かな。自分の手に馴染んだ武器の方が戦いやすい。だから、その剣を受け取るつもりは無いよ」


 ローランの戦い方を考えれば、細身の片手剣だと脆すぎるのだろう。剣使いも愛用の武器を理由に断わった。


 となれば、残ったのは《ミクリヤ》だ。


 このパーティーに置いて剣を扱えるのはレイとリザの二人だ。


 レイは龍刀すら満足に使いこなせていない。加えて、刀身から発せられるコウエンの紅いオーラを前にして他の剣に現を抜かすのは不可能だった。


 そういった経緯で精霊剣はリザの手元まで回った。


 意外な事に彼女は是非にと望んだ。


「私のような者が願うのは身を弁えていないとお叱りを受けるのを承知しております。ですが、もしも誰も使わないと仰るのなら、その剣を私に」


 強い気迫を青い瞳に宿らせたリザのたっての願い。無下には出来ず、こうして精霊剣は彼女の武器となった。


 ぼんやりと剣を巡る話し合いを思い出していたレイだが、その剣が宙を高々と舞うのを見て意識が現実へと戻った。


 中庭の中央にて激しい猛攻を浴びせていたリザが剣を弾かれ、膝を屈する。それと対峙するサファは余裕を滲ませて、落ちた剣を掴んだ。


「気迫は買う。だが、技量が追いついていない。皮肉な事だが、お前の体に染みついた剣技はジグムントの剣。それを極めなければ、あれに勝てないぞ」


「はぁ、はぁ。分かっています。ですから、ジグムントと直接剣を交わした貴方から、こうして教授を願い出ているのです。ジグムントの剣を知る、貴方に」


「……別段、俺は貴様に剣を教える気などない。これは単に……暇つぶしだ」


 嘘だ、とレイは叫びそうになるのを堪えた。


 エルフの『守護者』と呼ばれ、疎まれ、憎まれてきたサファは、一見すると怜悧な相貌と相まって冷たい印象だが、その実随分と面倒見が良いのを最近理解した。


 リザだけでなく、ローランを始めとした《神聖騎士団》の面々に請われるまま、日がな一日剣を交わしたり、夜になれば率先してレイ達が使っていたエルフ謹製の雛馬車を残骸から修理していた。


 考えてみれば、レイがエルフの里を訪れた時も、適切な修業相手としてミラースライムを宛がい、不在の間は仲間達の面倒を見てくれていた。


「案外、面倒見が良い人なのかもな」


 等と呟いたのを聞かれれば、刃引きした剣で気絶するまでしごかれるのが目に見えているから口を紡ぐ。


 リザは精霊剣を受け取ると、彼女は中央から離れ中庭の隅にしゃがみ込んだ。荒い呼吸に流れる汗が、彼女の疲労が凄まじいと証明していた。


「それで、次は誰だ」


「じゃあ、もう一度、お相手をお願いするよ」


 挑戦を受け付けるサファに手を伸ばしたのは、隻腕となったローランだ。象徴であった白銀の鎧も、大剣も手にしてはおらず、軽装なぶん、失った腕が痛々しい。だが、本人は気にしていないのか、立てかけた剣を握り、準備体操をする。


「貴様か。ならば、此方も多少は真面目になるか」


 言うと、サファは足を引き、半身の構えを取る。腰を落とした姿は抜刀の構えに近かった。


 途端に、中庭に息苦しい殺気が渦巻く。発生源はサファとローランだ。貴公子然とした相貌に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべ、彼も構えを取る。


 合図も無く、動き出した怪物同士が激しい打ち合いを始めた。鋼が鋼を削る音は王宮内に響き渡り、さながら戦場のように殺気が充満していく。もっともこれも王宮では見慣れた光景になりつつあるのか、通り過ぎた女官は表情を変えることなく通り過ぎた。


「……なんというか。無茶苦茶ですね。サファさんもですけど、ローランさんも」


「返す言葉も無いな」


 レイが呆れた様に言うと、槍使いは静かに頷いた。


 デゼルト動乱において、此方の陣営で一番酷い状態だったのは、間違いなく『聖騎士』ローランだ。六将軍が二人、ゲオルギウス、ジャイルズを相手取り、左腕切断、全身複雑骨折、神経断裂と言葉では表現しきれないほど瀕死の状態だった。


 それが動乱終結から二日が経過すれば、あっという間に体は回復。こうしてサファと剣をぶつけあっても問題ないほど回復したのだ。もっとも、失った左腕は回復魔法でも取り戻す事は出来なかった。


 相談の結果、彼は義手を装着する事を決めた。幸い、その方面に伝手があったレイが仲介する事になり、近日中には義肢職人がデゼルト国に到着する。


 レイの目には影を捉えるのもやっとな高速戦闘。両者が激しくぶつかり合う衝撃波が中庭を暴風のように駆け巡る。


 それでも、どちらも全力ではないのが恐ろしい。サファは日本刀を用いず、ローランも片腕に細身の剣と、互いに本気を出せない様に枷を嵌めていた。


「それでもあれだけ動けるというのは。やっぱり、S級冒険者は伊達じゃないですね」


「まあな」


 再び肯定するも、どこか誇らしげな槍使いが、廊下の奥を指差した。


「書庫は此処を進んだ先にある階段を上がった、更に奥だ。正確な位置は―――」


「―――多分、大丈夫だと思います。一度、来た事もありますから」


「そう言えばそうだな。じゃあ、後はよろしく」


 言って槍使いは仲間達の元へと歩き出した。一人になったレイは書庫に寄る前にリザの方へと近づいた。


「やあリザ。お疲れさま。それとおはよう」


 呼びかけに顔を上げたリザは居住まいを正そうとするが、レイはそれを押しとどめた。


「レイ様。おはようございます。……どうやら、昨晩も遅くまで飲まれたご様子で」


「あはは。面目ない。……やっぱり酒臭いかな?」


 自分でもそう思うぐらいだ。リザは気を使いつつも、小首を縦に振った。


「どうです。ここで汗を流して体に残った酒を発散するのは」


 誘いに対してレイは後でね、と答えた。


「実はマクスウェルに呼び出されて、先に書庫へ行かないと。それで、レティたちは何処に居るかな」


「レティとエトネはミストラル様と共に負傷者の慰問に出ております」


 デゼルト動乱において、デゼルト国は帝国に対して勝利を収めた。しかし、その実情は勝利とは程遠い。動員した兵士の二割が死に、四割近くが重傷か瀕死の状態だ。今も死の淵から落ちそうな兵士が大勢いる。


 数、質、武具、戦術。


 全てにおいて帝国は最強であった。


 そんな相手に対して、罠に嵌められたデゼルト軍は不利な戦況へと追い込まれ壊滅は時間の問題だった。ダリーシャスが前線に立つことである程度堪えていたが、それも焼け石に水。


 結局、デゼルト国が勝利したのは、彼らの柱といえた『勇者』と六将軍が撃破されたことにある。戦争を続けていくだけの意思が挫けてしまい、降伏した。


 ミストラルは、負傷者達を治療するべく、朝も夜も無く働き詰めであり、レティとエトネはそんな彼女の役に立ちたいと志願した。


 近くに妹が居ないという状況だが、リザは落ち着いていた。それには理由があった。


「今日も《神聖騎士団》の方が二人ほど付いていってるので、安全かと」


「なら、大丈夫かな。僕らと一緒よりも、よっぽど安心できる」


 この動乱によってレティの、ひいてはリザが懸命に隠していた秘密が明らかになった。


 それは帝室の醜聞。現皇帝が嫁に出した実の妹との間に子を為していたという事実。その子供こそが、レティだった。


 これだけでも帝国から命を狙われるのに十分なのだが、加えて彼女はもう一つの宿命を背負わされていた。


 それは彼女が『勇者』に対して最上位の命令権を保有している事だ。


 人の禁忌タブーを犯したからなのか、それとも別の理由があるのからなのか。ともかく、彼女がジグムントを止めたのはまごう事なき事実であり、いずれ世界中が知るだろうし、既に帝国まで伝わっているはずだ。


 世界がレティを狙う。なぜなら、彼女を手にすれば、帝国の剣と呼ぶべき『勇者』が手に入るのだ。誘拐か、あるいは排除しようと動くだろう。


 それを警戒して、レティの傍には《神聖騎士団》の護衛が一人以上付くようにしていた。


「シアラの方は、今日は書庫に篭ると言っていたので、おそらくそちらに」


「そうか。教えてくれて、ありがと。それじゃ、ちょっと行ってくるよ」


 軽くリザに手を振って、レイは中庭を後にした。槍使いから教わった階段を使い二階へと上がれば、見覚えのある光景に記憶が疼いた。


 アフサルとワシャフの率いる軍勢が首都郊外で決戦を繰り広げる間、レイ達は王宮に忍び込み、監禁されていた十四氏族の族長と当時の王カリバンを助けようとしていた。その際に、敵方の王族を捕虜とするべく書庫を訪れた。


 その時の記憶を頼りにしてレイは書庫の前へと来た。


 あの夜とは違い、今日は見張りや番兵は居らず、扉を自分の手で開ければ本特有の湿った香りが鼻孔を擽る。


 辺りを見回すが、本棚に視線が遮られマクスウェルもシアラの姿も直ぐには見つからなかった。


 だが、静寂を旨とする場所で微かに人の声がする。その方向へと歩いて行けば、探していた人物と巡り合えた。背もたれに体を預けた少年がレイの方へと振り向いた。


「レイ殿か。本来なら此方から会いに行くべきところを、呼び出してしまい、済まないな」


 どこか年寄りめいた口調の少年は、幼い相貌をやつれさせながらレイへと声を掛けた。


 近くの椅子には波打つような黒髪を纏めた少女、シアラが腰を掛けていた。


 そして、その場には予想に反して、もう二人居た。どちらも見覚えのある人物で、彼らを見てレイは驚きの声を上げた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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