表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
502/781

閑話:賢者と呼ばれた女 『後編』

「学び舎を……作るだと?」


「そうだ。新規冒険者達に対して、戦闘技術の指導、モンスターの特性や注意点などの知識、魔法の効果的な使用方法、迷宮での生存方法などを教授する場所を作るんだ。各支部で登録された新入りを、一カ所に集めて冒険者として一人前に育て上げる。そのための施設と人材をギルドで用意するのだ」


 ジョージアの意見に室内は再び騒めいて行く。


 居並ぶ支部長の顔を見れば、戸惑いと困惑が表に出ていた。


 なにしろ、この発想はこれまでの慣習を覆す方法だ。


 冒険者という制度を作ったのは『冒険王』エイリークだ。彼が旅をして培った技術と知識を、彼の所有していた戦奴隷達に伝授し、その戦奴隷達が新たな伝道者として広めていき、今の冒険者達へと受け継がれてきた。


 一子相伝とまでは行かずとも、少数への徒弟方式だった伝授を、多数の人間に行き渡る様に切り替えるのだ。


 自分たちが作り上げたシステムを崩す事に拒否反応が出ても仕方ない。事実、ジョージアも最初は難色を示した。


 冒険者という、自由闊達が信条の職を得るために教育する場所を提供するのは本末転倒ではないか。そう、考えたが様々な方法を検討した結果、これが最も効率の良いやり方だと納得した。


「危機的状況を打開する案という割には、随分と時間のかかりそうな案じゃないか。学び舎を作ったとして、効果を上げるのは何年後だ? 五年か? 十年か? それで間に合うのか?」


「初めの数年は、生き抜くために重要な部分だけを教導する、短期での育成を行う。目安としては三月みつきから半年程度で叩きこみ、卒業させる。一刻も早く、この新規冒険者の死亡率を下げるべきだ。それと並行して、一年を目安とした長期の授業も行う。此方はどのようにして生徒を鍛え上げれば、一人前の冒険者になりえるのかを探る、いわば実験的要素が強い」


「学び舎を作るとして場所は何処にするのだ。それに教えるというからには教師も必要だろう」


 投げかけられた質問にジョージアは手元の羊皮紙へと一瞬視線を向ける。


 事前に作った質疑応答例の中で、適切な答えを選んだ。


「人員については、冒険者家業を引退し、なおかつまだ体が動く者に要請するつもりだ。座学だけでなく、実技、つまり実地訓練を行う必要があるから、戦える人材が望ましい。同時に、場所は迷宮の傍が適切だ」


「現在、ギルドの管理下にある迷宮は、冒険者の縄張り意識が高い。下手にちょっかいを出せば、反発もありえないか」


「道理だ。そのためには、ギルドが管理しつつ、なおかつ冒険者達が集中していない、放置された迷宮が適切だと吾輩は考えている。そんな迷宮が、大陸の西部にあるじゃないか」


「……ジョージア。貴様が言っているのは、もしやエイリークの墓か?」


 ピグロの言葉をジョージアが首肯すると、支部長の中から少数の賛成と、それを掻き消す多数の反対の声が上がった。真っ先に声を荒げたのは顔を真っ赤にさせたピグロだ。


「貴様は正気か? 師父の眠る地を、そのような物で壊すつもりなのか!」


「そうではない! これは師父の願いを果たす為でもある!」


 互いに声を荒げ、睨みあう両者。


 その熱は周囲へと広がっていき、喧々諤々の議論へと発展していった。


 ジョージアに近しい者は、事前に相談を受けていたのか、あるいは根回しをされていたのか、それとも話を聞くにつれ実行する価値があると判断したのか。ともかく、数は少なくとも彼の意見を支持した。


 一方でジョージアと対立するピグロに近しい者は、学び舎設立に異を唱えた。最も、彼ら自身もジョージアの提唱する危機的状況については対策を講じる必要があると認めていた。反対する理由は主導権をジョージアに握られるのを嫌がったという利己的な物だ。


 残りの者達は静観の構えだ。ジョージアの意見に一定の理解は示し、ピグロの取り巻きがジョージアの台頭を許さないのも共感できるが、どちらが主流になるか予想が着かない以上、様子を見るのが利口だと判断したのだ。


 各々の思惑が渦巻く状況は混沌の一言に尽きる。だというのに、彼女が用意した台本は、この状況を正確に予測し、対策を講じていた。


 自己保身から拒絶反応を示す集団に対して、ジョージアは切り札とでも呼ぶべき言葉を口にした。


「貴様等は、忘れたのか? 『冒険王』エイリークが、人生の最期に挑んだ事を。それはあの大迷宮を攻略することだろう。それこそが、ギルドに残された冒険王の遺言クエストだ」


 エイリーク・レマノフのやり残した事。それはギルドに属する者にとっては、彼らか与えられたクエストであり、そして何より、この場に居る人間にとっては至上の命題だった。


 彼らはエイリークの仲間であり、なおかつ命を救われた元奴隷たちなのだ。


 ジョージアは拳を高々と突き上げた。


 握られた右手の甲に刻まれた刺青は、かつての奴隷紋を模した物だ。


「最果ての迷宮を攻略したことで、我らと師父の間に結ばれた奴隷契約は消えた。我らは奴隷の身から、人になり自由になっても、あの方との繋がりを忘れ無いために、この手に証を刻んだ。そして、あの方の死と共に、我らは誓い合ったはずだ。それを忘れたとは言わせんぞ」


 噴火直前の火山のように熱を溜めこむジョージアの言葉に、ギルド長達は己の右拳へと目を向けた。そこにはジョージアと同じ刺青が刻まれていた。


 冒険王エイリークが設立したギルド。その組織を構成し、中央大陸の彼方此方にギルドの支部を作り長となった者達は、エイリークが所有していた奴隷たちだった。


 それも単なる奴隷では無い。


 エイリークが旅の仲間と共に作り出した、奴隷紋を用いて契約を交わした、歴史上初めての戦奴隷であり、彼らもまた最果ての迷宮を攻略したメンバーだった。


 彼らは主であり、仲間であり、友であったエイリークの死後もギルドに残り続け、支えて来たのだ。


「あの方の最期の願い。それは大迷宮ラビリンスの攻略だ。だが、今のままでは大迷宮の攻略どころか、ギルドがこの先も存続するかどうかすら不明なのだ」


 中央大陸の西にある、とある迷宮。そこは普通の迷宮とは一線を画す巨大な迷宮だった。


 内部の構成も、モンスターの強さや系統も、変成の時間すらも不規則な、法則が存在しない迷宮。エイリークは人生の最期を、巨大迷宮の攻略につぎ込み、志を成し遂げることなく死去した。


 それ以来、ギルドはラビリンス攻略を誓い、忘れないようにエイリークの墓を迷宮の真上に建てた。しかし、エイリークの死後に起きた混乱と、魔法工学による繁栄によって誓いは果たされることなく、埃を被っていた。


「未来を見据えるべきだ。三年後、五年後の未来の為に、今、我らが取れるべき選択をしようじゃないか」


 静かに締めくくると、室内に拍手が起きた。最初は小さく、しかし、次第に大きくなった拍手は支部長たちの心を揺り動かした証だった。


 してやられた、とピグロは内心で呟く。


 良く言えば実直、悪く言えば頑迷なジョージアがこうも見事な論理を組み立て、更には琴線を震わす演説まで用意してくるとは考えもしなかった。


(誰かの入れ知恵だろうが、実に見事だ。ここから挽回するのは不可能だろうが……だが、易々と主導権を握らすわけにもいくまい)


 ピグロにも意地はある。ジョージアの考えが素晴らしくとも、全てを認め、口を噤むのは敗北を宣言するのと同意だった。


 だからこそ、彼は悪あがきをする。


 拍手の音が静かになった頃を見計らい、男は動いた。


「条件付きだが、貴様の意見に賛成してやる」


 ピグロの言葉に室内は小さくない驚きの声が反響した。ジョージアとピグロが反目していたのは周知の事実であり、それだけに彼が真っ先に認めるのは誰にとっても予想外だった。


 ジョージアも驚きつつ、同時に大きな山を越えたと確信した。


 エイリークの死後、分裂の危機を迎えたギルド内では勢力争いが日常化し、共に死線を潜り抜けた同士ですら、利が合わなければ団結できない。それが現状のギルドだ。


 それだけに厄介だと考えていたピグロが賛成と口にしたのは大きかった。ピグロの影響力は大きい。彼が同意すれば、自然と取り巻きも同意し、反対意見は尻すぼみになるはずだ。


 ジョージアはピグロに対して頭を下げるのを厭わなかった。


「―――っ、そうか。それは何よりだ。ありがとう」


「礼を言うのは早いと思うぞ。条件付き、と言ったはずだ」


 勿体ぶった口調で、ピグロは指輪まみれの手を伸ばし、指を立てた。


「一つは、貴様の言う危機的状況が、本当に他の支部でも起きているのかどうかの調査だ。貴様の所だけで発生しているのか、あるいはごく少数の支部だけで限定的に起きているのならば、学び舎の設立は必要ないと言えよう」


「調査自体は構わないが、数は幾つだ。それに調査し統計を纏めるには情報を開示してもらう必要があるぞ」


「数に関しては区切りよく十としよう。地域差を考慮して、なるべく広範囲の方がいいだろう。具体的な支部の選定は後で詳しくやろう。情報開示に関しては構わん。儂の支部に一点のやましい所は無い。隠し立てせんから存分にやれ。貴様等も構わんよな」


 ピグロの問いかけに、彼に追従していた支部長や、静観を崩さなかった支部長らも頷いた。


「分かった。調査の件は了承した。それで、条件は以上か」


「いや、あと一つある。ラビリンスに学び舎を建設する前に、実証が欲しい」


「……実証だと? それはどういう意味なんだ」


「言葉の通りだ。わざわざ師父の墓を撤去して作った学び舎が失敗に終わった。意味の無い結果で終わったなどでは申し開きが立たない。何より時間と金の浪費だ。だから、その前に小規模な学び舎を開き、効果があるかどうかを実験する。貴様のギルドならば既に新規冒険者の生存率などの必要な数字が算出されている。学校を開くことで、その数字がどれだけ改善されるのか、結果が比較しやすいだろう」


 ピグロから出された条件は魂胆はともかくとしても、筋道が通っていた。


 学び舎を作ると口に出すのは容易いが、ジョージアの考える計画の規模だと失敗した時の損失は相当な物となる。それを防ぐために、まずは現状の把握と、学び舎が本当に効果のある方法なのかを検証しなければ、他の支部長も納得はしにくい。


 それをよりにもよってピグロのような男から指摘されるのは、少々腹立たしいがジョージアとしては断る正当な理由が無かった。


「良かろう。吾輩のギルド内で、小規模な学び舎を開設して、その結果を貴様等に提出しよう。同時に、貴様等のギルドに置ける新人冒険者の翌年までの生存率も打ち出す。それを持って、再び学び舎建設に関する話し合いの場を設けたいが……期限はいつまでとするのだ?」


「ふむ。あまり長々と行われても問題だが、短すぎると貴様も大変だろう。どちらも二年を目途にするのはどうだ」


 二年という時間は短すぎるという反応も円卓から上がる。


 だが、当の本人は涼しい顔で首肯した。


「吾輩はそれで構わない」


 その反応にピグロは予想が外れたと眉を上げた。流石に二年では短いと反論が来て、すかさず期間を伸ばす代わりに新たな条件でも付きつけようかと考えていたのだが、予想外の反応だ。


 肩の荷が下りたとばかりに息を吐くジョージアが、一同を見渡して告げた。


「諸君。細かい所はまた後日、時間を設けて詰めさせてもらうが、どうか協力願いたい。繰り返しになるが、これは本当にギルドの危機なのだ。どうか、理解してもらいたい」


 そう言ってジョージアは深々と頭を下げた。


 会議自体はしばらく続き、ようやく終わると支部長達は席を立ち、扉へと足早に向かっていく。気心の知れた者と食事をしに行き、あるいは会議の内容で確認をするかと相談する者も居た。


 彼らが退場するのを待ってから、ようやくジョージアは羊皮紙の一式を、後ろで控えていた秘書に渡して退室しようとする。だが、その行く手を阻む影があった。


 ピグロだ。


 彼は扉の前に陣取り、ジョージアを無言で威圧していた。


「そこを退き給え。会議は終わったはずだぞ」


 威圧には威圧で返すとばかりにジョージアも闘気を放つ。引退して久しいとはいえ、互いに元戦奴隷、冒険者だった男たちだ。彼らのぶつけ合う闘気が火花を散らし、傍に居た秘書が余波に当てられ顔に冷や汗を浮かべていた。


「それとも、まだ吾輩に用があるというのか」


「そうだ。……一つ問うが、学び舎という発想は誰に吹きこまれた?」


 ピグロの問いに、ジョージアは静かに息を整える。


 動揺を抑え、平静を取り繕った。


「……どういう意味かな、それは」


「学び舎という考え方が、奴隷らしくない。この危機的状況が他のギルドでも起きているのならば、学び舎建設は確かに急務であり、必要な措置だ。だが、この発想は貴様や儂では出来ない事だ。元奴隷の身では絶対にな」


「……なにが言いたいのだ?」


 にらみ合いを続ける戦友に対して、ピグロは深く踏み込んだ。


「貴様、『招かれた者』を匿っていないか?」


 極限まで引き抜かれた矢が心の隙間を穿つような鋭い指摘に、ジョージアは顔の筋肉が不意に動かない様に集中していた。


 やはり、その発想に至ったか、と静かに思う。


 だが、問題は無かった。


 これもまた、想定していた状況だけに心構えは出来ていた。


「面白い事を言うな、ピグロ。吾輩が『招かれた者』を匿うとは。どうしてそのように思ったのだ」


 動揺を完璧にまで隠した男に対して、ピグロは訝しむ視線を止めようとはしなかった。


「臭いだ」


「……なんだって?」


 流石にそのような答えは予想していなかったからか、素の反応が出てしまう。ピグロは薄くなった頭を掻きつつ言葉を付け足した。


「本当の意味での臭いじゃないぞ。なんというか、考え方の筋道があの方の。師父と似ていてな。それでそう考えたのだ」


「そうか。だが、貴様の考えは外れだ。学び舎建設は吾輩の考えでな。師父と似ているのならば、それはあの方の影響だろう」


 用意された答えをなぞると、ピグロは視線を一層強めた。しかし、それ以上の事はしてこようとしない。納得したのか、あるいは追及を一時的に諦めたのか。ジョージアに道を譲った。


 廊下へと歩き出したジョージアと秘書。その背後からピグロの警告が飛んだ。


「もしも仮に、貴様が『招かれた者』を保護して隠しているとしたら、それが発覚した場合、俺は貴様を支部長から追放するよう、動議を出すぞ!」


 ピグロの言葉に何故か慌てだして顔色を変える秘書。彼女が振り返るよりも早く、ジョージアは吐き捨てるように告げた。


「構わん、好きにしろ!」


 そのまま、大股で廊下を突き進み、正面入り口に待たしていた馬車へと乗り込んだ。青ざめた秘書も彼に続き、対面する形で座った。二人を乗せた馬車はゆっくり動き出すと、秘書がおずおずと口を開いた。


「も、申し訳ありません、支部長」


「謝る必要は無かろう。貴様はよくやっているぞ。少々、臆病なきらいがあるが、それも生来の性格だろう」


「いえ、そういうことではありません。その、私の事を庇って頂いた事、です」


 臆病な喋り方をする、地味な装いの彼女。厚ぼったい眼鏡で表情を隠し、櫛も満足に通さないうす茶色の癖毛。だがしかし、実務能力に関してはジョージアの統べる支部に置いてはトップであり、もしかするとギルド全体を見渡しても彼女を上回る者は居ないかもしれない。


 彼女の名はウィルヘルミナ。


 エルドラドを管理する13神が一柱、水を司るオケアニスによって転生した、『招かれた者』である。


「わ、私を庇って、あんな約束を。……申し訳、ありません」


「なんだ、その事か。気にする必要はない」


 自身の進退が掛かっているというのに、ジョージアは大した問題ではないとばかりに続けた。


「もしも貴様が、師父のように戦闘向きの力を持っていたり、あるいはノーザンのような人々の生活を進歩させる技術を生み出せるのならば話は別だ。それは共有されるべき財産であり、世界に還元されるべき存在だ。しかし、貴様は違う」


「は、はい。……ちょっと人よりも、頭の回転が速い程度ですから」


「謙遜するな。貴様の分析力は大したものだ。この羊皮紙がそれを示している」


 ジョージアが示したのは細かい書き込みがされた羊皮紙だ。彼は会議の合間、幾度もこれに視線を落としていた。


「集まった支部長の性格や傾向から質疑を予想し、それに対する回答を作るだけでなく、会議の流れを貴様は全て読み切ったではないか。《サベージ・リーズン》。地味ではあるが有用な力だ」


「使い過ぎると、反動で体が熱を出して寝込んでしまいますけどね」


 困った風に頬を掻くウィルヘルミナだが、そのような可愛らしい状態では無かったのをジョージアは思い出した。


 今回、会議に資料として提出した物は、彼女が文字通り寝る間を惜しんで作り上げた物だ。過去五年間の冒険者の推移と、冒険者を引退した理由の聞き取り。周辺地域における年齢別の人口分布と作付面積の調査。それらを統合し、分析して導きだした考察の纏めなどをたった一人で完成させた。


 一人で、ましてや女性の身で終わる量では無い。結果として、彼女は出来上がった資料の傍で倒れていたのを発見された。


 特殊ユニーク技能スキルの反動で一週間近く寝こみ、動けるようになったのも半日前だ。本来なら休むべきなのだが、どうしても着いていきたい、この目で会議の流れを分析したいと直談判したので仕方なく連れて来たのだ。


「それにしても、本当に驚いた。貴様の想定通りに動いたな。資料を見た奴らの反応も、ピグロの出した条件。内容はおろか、期限すら当てるとは」


 ジョージアがこの会議に置いて心を乱さず、冷静に対処できたのは、ウィルヘルミナが作った台本通りに事が運んだからだ。大まかな会議の流れだけでなく、個々人が口にしそうな内容から、結末までを事細かに記されていた。ピグロが出す条件までを言い当てたそれは、まさに預言書といえた。


「とにかく、これで道は開けたな」


「はい。これを足掛かりに、学校……学び舎の有意性と、ギルドが持つ潜在的な気危機的状況を浮き彫りにする事で危機感を煽り、ラビリンスに学び舎を。冒険者の学校を建設できます」


「貴様はそれで終わりにするつもりは無いのだろう」


 ジョージアはウィルヘルミナの思い描く未来を知っているが、確認の為に尋ねた。


 彼女は首肯し、分厚い眼鏡の奥に隠れた瞳でどこか遠くを見つめながら言葉を続けた。


「冒険者の学校は手始めに過ぎません。学業の傍ら産出される魔石で魔法工学の発展させる為に、『研究所』とは別の工房を設立させ、ノーザンさんの弟子を招きます。同時に、魔法工学を研究したい、勉強したいという希望者を集め、その分野の学び舎も。並行して貴族の子弟が顔を会わせることで各国の交流を深めるのを目的とした学び舎も設立します。そうすれば、貴族からも援助が入り、学び舎の規模は拡張されます」


 どこか、夢うつつな口調も相まってか、本当に未来をのぞき見し、それをそのまま口に乗せているのではないかとすら、ジョージアは想像してしまう。


 ウィルヘルミナの計画は、野心は止まらない。


「そこまで来れば、あとは商人、職人ギルドを巻き込んだ、都市規模の学園計画を打ち立てます。このまま行けば、二十年を目安に、完成できます。いえ、完成させます」


「二十年か。流石にその頃には、吾輩は死んでおろうな」


「あ……申し訳ありません。また、長々と」


「構わん、構わん。老骨には若人の語る夢こそ、生きる薬だ。貴様の描く未来へと繋がる道の礎になってやるぞ」


 初老の域に達した男は胸を張って言いのけると、そういえばと続けた。


「何故、貴様は都市規模の学び舎に拘るのだ。正直な話、各支部に、それぞれ学校を建設するという話ならば、簡単に達成できるだろうに」


「そう……ですね。多分、それぐらいなら三年とかからずに達成できます。手間も、資金も、今考えている計画の十分の一程度で済みます」


 大したことのない風に言うのは、無自覚な傲慢の表れか、事実を淡々と口にしているのか。


 ともかくウィルヘルミナはジョージアの言葉を否定した。


「でも、それでは駄目なんです。私が、オケアニス様から託された世界救済は、その程度の規模じゃ果たせないんです」


「ふむ。その辺りがいまいちわからないのだが、詳しく話してはくれんかな」


「私は、見ての通り弱いです。剣をとっても、剣の重み振り回され、魔法の才もからきしです。これまでにこの世界に来た『招かれた者』のように、物理的な意味で戦う事は出来ません。でも、始まりの一歩は踏み出せるはずです」


 猫背だった背筋がまっすぐに伸び、眼鏡の奥にある瞳とジョージアは視線が交錯した。


 儚げな相貌とは裏腹に瞳は野心に燃えていた。


 これに似た目をジョージアは知っていた。


「何百年と続く学びの都市。人々が集まり、知識が研鑽され、蓄積され、広く開放されれば、後からこの世界にやって来る『招かれた者』達を手助けする場所になるはずです。そこで学び、鍛えられた力が、きっと世界を救います。私は、そこに至るまでの始まりの一歩に成れればいいんです」


 常に纏う陰鬱な空気と真逆の、清廉な志をジョージアは眩しそうに見つめた。


「貴様は、言動とは裏腹に随分と欲張りな奴だ。自分の作る物が世界救済の役に立つとは、よくぞ言いきりおった」


「あわわわ。す、すいません、すいません、すいません!」


 揶揄うと途端に背は丸く戻った。その反応すらも面白いとジョージアは頬を緩めた。


 思い出したのはエイリークの目だ。


 誰もが攻略不可能だと考えていた最果ての迷宮を前に、熱弁を振るった師父の目。絶望的な逆境にも耐え、ひたすらに夢を追いかけた熱き瞳を、ウィルヘルミナも持っていた。


「これが『招かれた者』の共通点なのかもしれんな」


「なにか、仰いましたか」


 問いかけに首を振ったジョージアが改めて告げた。


「貴様の思う通りにやってみろ。吾輩もこの体が動く限りは力を貸そう。……何しろ、貴様は息子の嫁だ。しゅうととして、少しは頼り甲斐をみせんとな」






 ウィルヘルミナ。


 黄金時代後期にギルド職員であった彼女は、ジョージアの元で頭角を現し、彼の推進した学び舎建設のプロジェクトの陣頭指揮を任されるようになる。


 始まりは掘立小屋に毛の生えた学び舎だったが、次第に人が、物が集まっていた。それは彼女が予想した通りの流れであり、彼女の望む通りの結果だった。


 村が町となり、町が街となり、街が都市へと成長していった。


 何時しか、その場所はこう呼ばれるようになる。


 エルドラドの知が集まる場所、


 彼女は初代学長に任じられると同時に、とある二つ名を得る事になった。


 後世の人々は彼女をこう呼んだ。


 始まりの『賢者』ウィルヘルミナ、と。


読んでくださって、ありがとうございます。


これにて8章の閑話を終了となります。

次回は章終了時のステータスと人物紹介を投稿する予定です。更新は金曜日頃を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ