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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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閑話:受付嬢の終点Ⅴ

 郷愁を掻きたてる庭園で待っていたのは、ジョゼフィーヌと系統が違うも劣らぬ美女だった。波打つ黒髪を低い位置で結び、金色の瞳に理知的な色を漂わせる。ジョゼフィーヌが鮮烈な大輪の毒花の如き色香を振りまくのなら、この女性は夜の海が持つ神秘的な雰囲気と原始的な恐怖を放っていた。


 彼女の名はカタリナ・マールム。人間からも、そして同胞である魔人種からも蛇蝎の如く嫌われ、憎まれている人物である。


 その憎しみは、あの第二席ゲオルギウスでさえ戦局を無視した行動に走らせ、悲劇を呼んだほどなのだが、当の本人は涼しい顔で懐かしき景色を楽しんでいた。


 五角形のテーブルには、一辺につき一脚、白亜の椅子が置かれていた。ジョゼフィーヌはカタリナの左隣を選んだ。そして、彼女を挟んだ向こう側に、羊皮紙を滑らせた。


「あら? それは何かしら」


「開けてみれば、分かるわよ」


 謎めいた口調にカタリナは面白いわねと一人心地、染み一つない指先で折り畳まれた羊皮紙を開く。二つ折りの羊皮紙の内側は、鉄格子と鎖で拘束された少女が描かれていた。目をレースで塞いだ不可思議な少女は、それでも露わになっている部分からすると相当な美少女なのは窺い知れる。人魚の尾ひれのように裾が膨らんだドレスは、まるで結婚式の花嫁のような装いである。手に持てる羊皮紙の大きさに描いたにしては、緻密で、精彩で、まさに生きているかのようだった。


 否。ようでは無く、本当に生きているのだ。視線を感じて可愛らしく小首を傾けた少女が絵の中からカタリナに向かって語りかけた。


「やあ、久しぶりだね。親愛なる姉妹。いまはカタリナと名乗っているそうだ。ならば、ぼくもカタリナと呼ばせてもらおうか。ちなみに僕は」


 少しハスキーな少女の声にカタリナは相好を崩した。


「知っているわよ、エレオノール。手紙ではやり取りしたけど、顔を会わせるのは初めてだったわね」


「ジョゼフィーヌから聞き及んでいたが、本当にぼくらの姉妹だったとは。そういえば、《アニマ》の時は世話になった。今更だが、例を言わせてもらう」


「よしてよ。本来なら、ワタシが受け持つはずの命令を、表立った行動が出来ないから貴女に押し付けたんですもの。……もしかして、その姿はそれが原因かしら」


「そうとも言えるし、そうでないとも言えるかな。とにかく君の期待ほど《アニマ》を使って遊ぶことは出来なかったと詫びさせてもらおうか」


 被害規模の割に、死傷者は最低限に抑えられた『怪物の行進』。しかし、それは結果のある一面に過ぎなかった。一歩間違えれば都市国家の住人が丸ごと動く病原体となりえた大事件。混乱が終息するまでに消費された時間と物資と人員。更には《アニマ・フォール》に感染した子供たちへの経過観察と偏見からの風評被害などは今も続いている。


 そんな一大事を仕掛けた張本人は、それを単なる遊びと口にした。鉄格子の奥から漂うのは月の持つ静かさに似た透明な邪悪さだった。


「それにしても、本当に良く再現しているわね。この庭園」


 ぐるりと視線を回したジョゼフィーヌが、素直に感嘆した。目を楽しませるバラの配置や、聞こえてくるせせらぎだけで涼しくなる噴水の水音。地下だというのに舞う小鳥のさえずり。まさしく、彼女たちの記憶にある通りの光景だった。


「ええ、懐かしいわね。おかあさまが良く、庭いじりをしていたのを思い出したわ。お嬢様育ちなのに、庭師に混じって土を掘る所から参加してたわよね」


「そうね。……って、私は駆り出されたけど、貴女は姿を消していたじゃないの」


 懐かしそうに目を細めたジョゼフィーヌだが、突如として頬を膨らました。いつも、するりと姿を消した姉妹の一人こそ、カタリナだった。


「あら、そうだったかしら」


「そうよ! 貴女は終わった時にアナスタシアおばさまが焼いた菓子を食べにふらりと現れていたわ!」


「あの焼き菓子。絶品だったわね。唇に触れただけで生地がさくりと砕けて、舌の上ではほんのりと甘くて。一緒に出された紅茶を味わうと疲れが吹き飛んだわ」


「本当にその通り―――って、だから貴女は疲れてないでしょ」


 頷きかけた動作を止めたジョゼフィーヌが、宝石の様だと閨の相手から囁かれた瞳でカタリナを睨んだ。血を分け、幾度も転生を繰り返して面影も残らなくなった姉妹は、しかし共に暮らしていた頃と変わらない笑みを浮かべていた。


「……随分と思い出話に花を咲かせているようだけど、ぼくの事を忘れてないかい」


「ああ、そういえば居たわね、貴女」


「酷いな。ぼくをこんな所に押し込めたのは君だろ」


「そんな事をしたの、酷いわねジョゼフィーヌ」


 尋ねられるとジョゼフィーヌはどうだったかしらと薄く笑った。光を失ったエレオノールにその笑みは見えないが、雰囲気だけでも恍けた気配を感じ取る。牢の中で膨れ面をする姉妹に、美女たちは唇の端を吊り上げた。


 そんな時だった。


 一陣の風が庭園を吹き抜け、美女たちの頬をバラの芳香と共に撫でていった。


 ジョゼフィーヌも、カタリナも、地下に風が吹くという異質な状況に視線を鋭くした。


「おや。どうやら主催者たる妾が最後のようだな」


 耳朶を震わす声は幼い。年若いエレオノールよりも幼くとも、堂々とした喋り方は、何百年もの月日を生きた賢者を思わせる。


 事実、その者もまた何百年、それこそ千年以上もの時を過ごした魔物の如き人物だった。


 庭園の中央に設えた建物に、四人目にしてこの舞台を整えた人物が姿を現した。


「まずは遅参を詫びねばなるまい。信徒の上に立つ者として、あってはならぬ事。以後、気を付けるとしよう」


 尊大な語り口とは裏腹に、白亜の椅子に腰かければ両の足が床に着かないほど短い。薄い若草色の髪はくせ一つ無く、まるで高級な絹のような滑らかさを持つ。身に纏う衣服も、神官たちと同じ白の法衣ではあるが、細かい所に金の刺繍がされ、一目見て格が違うと分からせる。


「この体で会うのは初めてだったな。ではお初にお目にかかる。法王庁を預かる、第百十三代法王フランチェスカ・ブルクアイ。以後、お見知りおき願いたい」


 優雅に頭を下げる少女は、居並ぶ悪女たちの前で霞むどころか、纏う神意が溢れだしていた。満天の星の中でも埋もれることなく輝く一等星のような、他者すらを己が光の中に取りこもうとする強引さを幼くとも持ち合わせていた。


「今更言うまでもないが、君達を此処に呼んだのは妾だ」


「でしょうね。日時はともかく、場所を此処に指定した時点で、誰が呼んだのか丸わかりよ。……でも、よく私達が、私達だって分かったわね。カタリナはともかく、私やエレオノールが転生したのは、ここ数十年以内の事よ。確か、貴女と会ったのは」


「西方大陸でジグムントが暴れた頃だったと記憶しているよ。だが、この身は世界中に信徒が存在する法王庁の長。張り巡らされた情報網に掛かった情報を精査して行けば、自ずと分かるもの。とはいえ、これを誇るつもりは毛頭ない。なにせ、養父から座を引き継いだに過ぎない。私の功績とはとてもじゃないが、ね」


 強がりではなく本心からの言葉なのだろう。先代法王が死去した時、彼は後継者として養子として引き取っていた孤児たちの中から、何故かフランチェスカを指名した。


 本来なら、いくら法王の末期の言葉であっても黙殺されるべき内容なのだが、これといった派閥を持たなかった一匹狼の先代が死去したことで、彼の下で抑えつけられていた様々な派閥が遺言を巡り激しく争った結果、気が付けば彼女が高みから統治していた。


 それを今更不満に思う者は皆無だった。何故なら、彼女は今世に残りし、最後の巫女なのだ。


 法王庁という組織が、彼女を追放する事は事実上不可能だ。


「ところで、この庭園はどうかな。君等の満足を得る事は果たして出来ただろうか」


 ふと、それまでの尊大な態度はどこかへと消え去り、声に僅かな不安が滲み出ていた。三人はそれに気づきながらも、あえて無視して回答した。


「そうね。実によく再現されているわ。まるでお屋敷に戻ったようね」


「本当にそうよ。おかあさまが手入れしたのかと思ったわ。そういえば、貴女は率先しておかあさまと一緒に庭いじりをしていたわ」


「残念ながら、ぼくはこの目だ。懐かしの庭を見る事は出来ない。だが、それでも鼻孔を擽るバラの香りは、懐かしき日々を思い出させる道標のようだ」


「……それならば、重畳である」


 緊張が解れ、年相応の表情が浮かぶも、それも一瞬。


 五角形のテーブルの一辺を占領したフランチェスカが、自分よりも年上の、しかし同じだけの時間を生きて来た姉妹に本題を切り出そうとした。


「さて、こうして君たちに足を運んでもらったのは、何も旧交を深めるつもり―――」


「―――ちょっと待ちなさい、フランチェスカ。話を始めるにしても、まだ一人、あの子が来ていないわよ」


 ジョゼフィーヌの言葉に、カタリナも同意する。五辺の内、本当の意味で空席の椅子へと彼女は視線を移した。


 同じ日に生まれ、同じ家で過ごし、同じ日に散った五枚の花弁。


 その最後の一枚はいまだ姿を見せていなかった。ところがフランチェスカは頭を振った。


「誠に残念な事だが、彼女の行方は掴めていないのだ。招待状を出そうにも宛先が不明ではね」


「法王庁の持つ情報網であっても駄目なの?」


「この身を不甲斐ないと罵ってくれても構わんよ。おとうさまにお尋ねしても、明確なお答えは頂けなかった。もっとも、彼女が転生して何処かでおとうさまのご意思に従っているのは確かなようだ」


「そう。……おとうさまのご意思に従っているのなら、問題ないわね」


 そう言ってジョゼフィーヌは腕を組んで自分の豊満な胸をことさら誇示するようにした。フランチェスカは咳払いをして話の流れを戻す。


「旧交を深めるつもりではない。世界崩壊まであと五年を切り、おとうさまを招待するための時間は残り僅か。これまでは各自の思う通りに計画を進めていたが、ここから先は少しの失敗も許されないのは承知しているだろ」


「……それはもしかすると、ぼくの事を言っているのかい」


 羊皮紙の中に囚われた魂だけのエレオノールが、冷たく言い放つと法王はまさかと返した。


「いやいや。深読みは止してくれ。妾はおとうさまの事を思って、こうして皆を集めたにすぎない。……それに君以上に、看過できない動きが立て続けに起きたのも気になってね。ねえ、ジョゼフィーヌ」


「あら、何の事かしら」


「デゼルト国の事だよ。あの一件、何処から何処まで君の掌にあったのか。それをまずは聞かせてくれないかな」


 南方大陸の一国に過ぎないデゼルト国が、この一週間足らずで世界の中心とも呼ぶべき場所へと早変わりした。王位継承問題による内乱から、突如として千年もの間封印されていた『国喰い』が復活したと思えば、帝国による初の他大陸のへの外征が実行され、戦争状態に突入したのだ。世界の目がデゼルト国へと向けられていた。


「私の介入なんて、ちょっとだけよ」


 男ならずとも女ですら篭絡できる甘い声のまま、ジョゼフィーヌは己が功績を囁いた。


「帝位から遠ざかっていた弟妹をちょっと焚きつけただけよ」


「そうなのかい。それにしては奇妙だ。失敗に終わったとはいえ、あれだけの戦力を投入した帝国が、帝都の守りたる『勇者』さえも出陣させるとは。相当乱暴な手を使わなければ、君とてこうも上手くは行くまい。何故、そこまでしたのだ」


「そうね……まあ、本当に大した理由は無いわよ。帝継承権第一のゴルディアスを蹴落としたいと願う弟達に六将軍側が接触を果たしたのを、私の虜になっている弟の側近が漏らしたのが始まりよ」


 詳しい経緯は不明だったが、六将軍第四席クリストフォロスはシュウ王国でスタンピードが起きるよりもずっと前から暗躍を始めており、南方大陸のデゼルト国の王族アフサルに不穏な動きがあるのを知っていたそうだ。


 それを利用することでデゼルト国を足掛かりに南方大陸を外征するのはどうかと持ちかけたのだ。ジョゼフィーヌの弟妹は、最初は乗り気ではなかったらしい。南方大陸は過去の悲劇により魔力が乏しい大地となり、得る物が少ない。そこでクリストフォロスが打ち出したのが『国喰い』討伐だった。


 かつて南方大陸の魔力を奪った怪物を、帝国によって討伐することで、世界に帝国の武を知らしめ、なおかつ『国喰い』によって多大な被害を受けたデゼルト国を人道的立場から支援する名目で軍を駐留でき、更には溜めこんだ魔力は南方大陸に流れ込むこと土地を奪う価値が生まれる。


 自分たちで『国喰い』を蘇らせ、自分たちの手で殺すことで三つの利を取ろうとする。自作自演の計画に弟妹達は心惹かれていた。それを知ったジョゼフィーヌが、弟妹達の持つコンプレックスを、第一皇子としての人格と実力と風格を兼ね備えたゴルディアスに対する劣等感を煽り、決断させたのだ。


「貴女らしいわね。誰よりも舞台映えするのに、何時だって舞台袖から全体を監督する演出家気取り。そのくせ、役者がへまをすれば、颯爽と壇上に現れ役を奪っていく。それで。ワタシから見ても、『勇者』の投入は過剰戦力だと思うわよ」


 同じ六将軍に在籍していたからこそ、彼女は自分と第一席を除いた残りの六将軍ならば、『国喰い』を打ち倒す事は可能だと判断した。確かにジグムントも居れば、確実と言えるだろうが、それでも腑に落ちなかった。


 姉妹たちの疑問に、ジョゼフィーヌは美しくも恐ろしい微笑みを浮かべた。


よ」


 簡潔な、それでいて要領を得ない回答に一同の疑問は深まった。どういう事だという視線に、彼女は改めてルージュを差した唇を艶めかしく動かした。


「最近、とある場所で出会った女の子がちょっとしたおいたをしたの」


 翠の瞳に浮かぶは金色の髪をした美しき少女。野に下りながらも、貴族としての気品を損なわない。叔母であるクレージュの美しさを継承した少女、エリザベート・ウィンドヘイル。彼女を思い、気分が高揚していた。


「鳥かごに閉じ込めて飼おうかと思ったのに、つれなくされたのよ。だから、困らせてあげようと思ってね。その子の大事に、大事にしていた妹を、表舞台に上げてあげたのよ」


 ジョゼフィーヌの狙い通り、レティシアの存在は帝国の貴族社会に波を立たせていた。今は未だ噂話程度にしか広まっていないが、いずれ事実だと判明する。というよりも、そのように彼女が誘導するつもりだ。日陰を歩くことで生きながらえていた二人を、強制的に引きずり出す事が、彼女の狙いだった。


 しかし、そのような背景を知らないカタリナ達はとりあえずの納得をした。


「そういえば、『国喰い』で思い出したけど、エレオノール。あれって、貴女が作ったのかしら」


「うん? ああ、そうだよ。懐かしいな。おとうさまの指示でね。エルフの国を滅ぼすのと並行して実行したんだよ。でも、それがどうかしたのかい?」


「前から疑問に思っていたのよ。肉を持つ精霊である、古代種の龍を如何にして墜ちた精霊と化したのか。そして、伝説にある巨体はどうやって生み出したのか」


 そう言う事かと納得したエレオノールは何でも無い口調で、


「魂を融合させたんだよ。此方で用意した墜ちた精霊と混ぜ合わせてね」


 と、とんでもない事を口にした。研究者としての顔も持つカタリナの瞳は好奇の色に染まった。


「あの頃は花の都以外はどこも魔力不足だったからね。低位の精霊の中に、人食いに走ったのは結構な数が居たんだよ。それらを回収して、捕まえた黄龍に食べさせたんだよ。沢山、沢山ね。汚染された小魚を沢山食べた魚が、同じように汚染されるのと一緒さ。古代種の龍も、一度墜ちればあとは簡単さ。大陸の亀裂に身を隠させ、花の都を奪おうとする戦争の犠牲者が御霊に上がるのを防いで、黄龍に食べさせ続ければ、それでおしまいさ」


「ふうん。種を聞けば簡単な話ね」


「まったくもってその通り。餌となる墜ちた精霊さえあれば、他の五龍でも……いや、白龍と黒龍は駄目か。あれは性質が違うや」


 何かを思い出して一人で納得するエレオノール。すると、それまで黙っていたフランチェスカが小さな唇を開いた。何故なら、エレオノールの口にした名称に関係ある話だった。


「その黒龍だが、どうやら封印が解除されてしまったようだ」


「当然ね。ゲオル達の狙いは、それでしょうから。魔人種たちの国を滅ぼした『龍王』を倒し、同時に七帝の一角を打ち滅ぼし世界救済への道を切り開く。お父様の考えそうな事ね」


 カタリナは魂の父では無く、肉の父であるフィーニスの事をつまらなそうに分析した。


「妾の推測も同様だ。おそらく近日中か、あるいは既に『魔王』と『龍王』が激突しただろう」


「どちらが勝つのかしら。誰か、賭けてみないかしら」


「賭けにもならないわよ、ジョゼフィーヌ。お父様の力はワタシが奪い、更にジグムントの戦いで削れている。一方で『龍王』もまた手負いのまま封印されていた。どちらも相打ちを望まないから、引き分けで終わるわ」


「どちらにしても、盤上に『七帝』が姿を見せ始めた。彼らも滅びの時を感じ取って、それぞれ行動を起こしているのだろう。それを受けて、シュウ王国テオドール王から正式な書状が届いたのだ」


 一同の前に差し出された羊皮紙は、公式文書の形式であり、重要な要件だと証明していた。事実、そこに記されていた内容にジョゼフィーヌは面白そうに呟いた。


「『七帝』討伐を目的とした、国、組織などの垣根を超えた連合軍の結成。面白い事を考えるわね、あの男も」


「それで、おとうさまは何と仰ってるのかい?」


 エレオノールの問いかけにフランチェスカは一言で済ませた。


「放置して構わない、と」


「おとうさまらしい、大らかと称賛するか、大雑把と窘めるべきか悩む回答だね」


「全くもってその通りだが妾はこれを、この連合軍を計画に組み込もうと考えておる。そのために、此度は君等に集まってもらった。君等の叡智を妾に教授願いたい」


 ようやく集められた理由に納得する一同。カタリナもジョゼフィーヌも、美しき相貌を禍々しさで彩り、邪悪に微笑むが、一人羊皮紙に閉じ込められたエレオノールは愚痴をこぼした。


「あーあ。なんだか、面白そうな状況なのに、ぼくはこうして蚊帳の外か」


「……聞く機を逸していたのだが、如何様な理由で、そのような有様なのだ」


 フランチェスカの問いかけにジョゼフィーヌが、アクアウルプスで起きた事件のあらましを語った。すると、法王は何かを得心いったように頷き、彼女に救いの手を差し出した。


「なら、折よく余っている肉体がある。おとうさまの指示で、こちらで預かる事になった人間が二人ばかりいるのだが、その使い道までは指定されておらぬ。遊ばせるのも非効率と考えて、一人は神学校に入れ、一人は妾の傍仕えにしている。エレオノール。君が望むなら、彼女たちを仮初の肉体として使うのはどうだろうか」


「肉体の移動? 面倒だね。生者だと、元の自我があるじゃないか。ぼくが肉体を奪っても、その人の自我とも混ざり合う事になる。そんなの想像するだけで気持ちが悪い」


 吐き捨てるように告げたエレオノールに、ジョゼフィーヌは問題ないと力強く保証した。


「此方で自我を洗浄しよう。既に、記憶の一部を改竄したゆえ、可能であろう」


「記憶の改竄? 何でまた、そんな面倒な事をしたのよ」


「さてな。それも、おとうさまからの指示ゆえな。ある人物に関する記憶だけを改竄するように、とね」


「そうなの。それって誰の事かしら?」


 何気なく聞いた問いに対して返った答えに、カタリナは知らぬ名前に首を傾げ、ジョゼフィーヌは面白いとばかりに笑みを綻ばせ、エレオノールはその名前に運命を感じ取った。


「ああ、それは実に良い。……どうやら、また君と遊べそうだね、レイ」








 地下へと降りて空っぽになった昇降機。どこまでも続きそうなくらい穴を前にして、従者の質問にアイナは不思議そうに首を傾けた。


「レイ……ですか。ですね」


 従者は、答えたアイナの顔をじっと見つめた。


 彼女が嘘を吐いているかどうか確かめるためだ。


 数秒かけて下した答えは―――否だ。


 アイナは、本当に、心の底から真実だけを口にしていた。レイを知らない、と。


「その方が如何かなさったのですか」


「……いえ、申し訳ありません。私の勘違いでした。お忘れください」


 一方的に告げて従者は話を打ち切った。アイナは戸惑った様子だったが、特に不審に思うことも無く、前へと顔を向けた。


 穏やかな相貌に宿った黒の瞳。黒曜石のような艶を放つ瞳に、薄らと白い靄が掛かっていることを、アイナは知らなかった。


 その白い靄は、彼女の内側を蝕む、悪意を凝縮したような色合いだった。







 冒険者に守られた受付嬢の旅は終点へと至る。


 辿り着いた場所は荘厳なる神の都なれど、地下にて悪魔の如き姉妹が奇妙な茶会を開く。既に悪意と邪悪を固めた茨は少女らを絡めとり、毒の棘は記憶と意思を少しずつ奪っていた。


 救いの手は現れず、静かに、静かに。闇が少女らを飲み込んでいった。


 深く、深く、深く。


 戻る事も出来ない深淵へと。

読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は日曜日頃を予定しております。次回は『招かれた者』の一人です。

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