1-5 ギルドの受付嬢
※7/23 空行と一部訂正。
夜空の下、歩を進める。
足取りは軽く、周りの景色を楽しむ余裕もできた。見渡す限り、地平線まで続く草原の海に所々、柵のようなものと木の建物が点在する。
おそらく畜産業を営んでいるのだろう。街道にそって家も建っている。夜更けということもあり、窓からこぼれる明かりは無く、ただ虫の鳴き声が響く。
街に近づくにつれ、歩くスピードも上がる。
(それにしても……本当にでかいな)
丘の上から見た時も、大きな城塞都市だったが、近づくと一層、その大きさが際立つ。高さだけで7メートルはあり円を描く様に街を守る城壁の上にはかがり火が置かれ、兵士らしき姿が点のように見える。
街道を歩きつつ、城壁をまじまじと観察する。
(これだけ大きい城壁があるってことは、モンスターの襲撃が激しいのか、あるいは戦争が頻繁に起きているのか。どっちにしても異世界は危険な世界だな)
ともかく歩みを止めずに都市にたどり着く。夜ではあるが門は開いていた。鎧で全身を固めた門番が二人、手にした槍をこちらに向けつつ、警戒する。
僕が近づくと向うから声を掛けてきた。
「おい、そこの小僧。旅人か?」
「えっと……はい。そうです。」
咄嗟に返事をしてしまう。言ってからしまったと思う。せめてこの服装ぐらいはどうにかしておくべきだった。
覚悟を決めて門番に近づく。槍を向けたままの門番はそこで止まれ、と言う。
「こんな夜遅くに一人旅は危険だぞ。見たところ剣しか持ってないようだな。よく無事に来れたな」
「幸運でした。途中、森を抜けましたがなんとか」
曖昧に答えると、一人が槍を下ろし、面当てを上げひげ面の人相をさらす。
「ネーデの森を抜けたのか。その軽装で。さては冒険者希望か?」
「はい、そうです。ギルドに用があります」
先程の剣士に教えられたギルドの名を出す。途端に門番は何か理解できたという風に頷き、相方に目配せする。
「ふむ。ネーデの街は初めてだな?」
「ええ。初めてです」
淀みなく、不審に思われないように相手に合わせる。
「まあ、一応チェックはさせてもらう。剣と持ち物を見せてもらおう」
差し出された手に剣と、貰った石を渡した。受け取る門番は石を見て驚きつつ、それを相方に渡し、僕の全身をくまなく触る。
「隠し武器の類はなし。よし、ちょっとこっちにこい」
言うと門番は僕に手招きをしつつ、門をくぐる。僕は従い、同じように門をくぐった。
先導する門番はすぐに右に曲がると城壁の一室に僕を誘導する。
ノックをし、扉を開けるとそこは質素な部屋だった。置かれた家具も棚と机、それに椅子が2つとそれしかない。そのうちの1つに腰を掛けた男性がこちらを向く。
その異相に驚いた。伸ばしほうだいの髪はともかく、顔の上半分を覆う目隠しが目から視線を外せない。手にした書類を置いて男はこちらを見た。そもそも目隠しをして書類を読めるのだろうか?
「審判官。遅くにすいません。冒険者希望の旅行者です。ネーデの街にくるのは初めてと言っております」
門番が言うと、審判官は了解と頷く。それを確認して門番は部屋を出た。
「お座りください。旅人」
審判官は椅子を手で指す。促されて彼と正面に向き合い座る。
すると審判官は顔を覆う布を外す。はらり、と布は落ち、両の瞼が外気に触れゆっくりと開く。
飛び込んできたのは三角を2つ重ねた魔方陣だった。紫の瞳に魔方陣が埋め込まれていた。
驚く僕を意に介さず、さて、と審判官は始めた。
「名前は?」
「玲です」
「年は?」
「15です」
「種族は人間種?」
「は、はい」
「貴方は内乱、放火、窃盗、殺人に該当する犯罪を過去にしましたか?」
「し、していません」
質問の内容に驚きながら、取り繕う暇もなく反射で答えた。アメジストの瞳は僕をじいと見つめ、何かを確認しているようだ。
下を見ずに取り出した板に何かを書き込むと、審判官は布で再び顔を覆うと、手元のベルを鳴らした。
ドアが開き、僕の荷物を持った門番が部屋に入ってきた。
「彼は大丈夫」
「そうですかい。そいじゃプレート、頂きます」
門番は机の上に置かれた板を持ち上げ、内容をざっと見た。確認が終わったのかそれを僕に差し出す。
「このプレートはこの街での身分証だ。ギルドの登録時に使うから無くすなよ。返す必要もない」
板を差し出しながら説明する門番。
それを受け取りながら、手のひらに収まるサイズの板の表面を見て、驚く。
(…これって、アルファベットだよな)
板にはREIと彫られ、性別と年、人種が細かく書いてある。裏面を見ると警備隊の正規の手続きを受け、身分を保証するとの文言がアルファベットで書かれている。
ただし、アルファベットだが英語ではない。これは日本語のローマ字表記だ。
「おいおい、統一言語くらいは読めるよな。そんなんじゃ、冒険者をやっていくのは厳しいぞ」
心配そうな門番の声に大丈夫です、と答えた。
(これがエルドラドで使われている文字ってことだよな。でもなんでアルファベットが存在して、それをローマ字表記で書いてるんだ?)
混乱しつつも、続いて差し出された自分の手荷物を受け取る。腰に剣を差し、手には石を握りしめる。
「一応、街の中での抜刀は重罪だ。場合によっちゃ街からの追放もあり得る。気をつけろよ」
説明しつつ、門番は扉を開け外へと向かう。僕もつられて外に出る。
「この正門から真っ直ぐのびている大通りを道なりに進めばでかい建物がある。そこがギルドだ。24時間営業だから開いてるぞ。まあ、がんばりな」
門の外とは逆方向を指しつつ、門番はそれだけ言うと仕事に戻っていく。
遠ざかる背中に礼を言い、一歩街の中に入った。
言われた通り大通りを進む。両側の中世風の建物はまばらに明かりがついており、大半が眠っている。夜も遅い。しかし、暗いというわけでもない。等間隔で置かれた街灯らしき建造物が道を照らす。
もっとも街灯といっても日本にあるような白熱灯や、LEDのようなものではなく四角いガラスの箱に光る石がつるされた原始的な代物だった。
耳を澄ますと、どこからか人の騒がしい喧噪も聞こえる。ようやく自分があの暗い森を抜けた実感が湧いてきた。
しばらく歩くと大通りは終わり、一際大きい建物の前に辿りついた。
外観からすると恐らく3階建て以上の建物は、周りの建造物と比べても大きく、横にもでかい。
表の看板にはご丁寧にGIRUDOと書かれていた。
確定だ。この世界でアルファベットは浸透しているが、どういうわけだが書き方はローマ字表記だ。
もし、英語の正しいスペルならGUILDだ。
「とにかく入って、これを換金しないと一文無しだ。神様も意地が悪いよ、まったく」
明かりのついた建物に入った。
スイングドアを開けると、ギィと大きな音を立てる。中にいた人の視線が僕に集まる。
ギルドの1階部分は日本でいう所の役所のような構造だった。
1階部分の大分部分は机と椅子と棚で埋められ、カウンターで仕切られている。こんな時間帯でも何人か職員らしきお揃いのスーツのような制服を着こんだ職員たちは明かりをつけて仕事をしていた。
そのうちの1人が立ち上がり、カウンターに近づき一礼する。
「いらっしゃいませ。当ギルドにどのようなご用件でしょうか?」
僕より少し背の高い、黒髪を耳のあたりで切りそろえた理知的な女性が問いかけた。他の人と同じ黒のパンツスーツに白いシャツの上にウエストコートを着込んだ20を少し超えたぐらいの目を引く美人だ。堂々とした立ち振る舞いは、ベテランの風格を漂わせ、唇に浮かんだ微笑は見るものを落ち着かせる。
「えっと。冒険者になりたいです」
女性のかたわらに行き用件を告げた。彼女は分かりました、と頷くと書類を取り出して何かを書き込んでいく。
「それではまずお名前からよろしいですか」
「レイです」
「レイさんですね。変わった格好ですがどちらのお生まれですか?」
「えっと……」
なんと応えるべきか悩んでいると、女性はその愛くるしい目を瞬かせると納得したように頷く。
「秘密ですか。分かりました」
「え? ……それでいいんですか」
「はい。もしも死亡した場合の処理の仕方に関係しているだけですので。それでは、引き取り先は無しと」
さらりと恐ろしいことを言われた。
「年齢はいくつですか?」
「15歳です」
「性別は男性ですか、それとも無性ですか?」
「男です」
無性って何?
「人間種、獣人種、魔人種。どれに該当しますか?」
「えっと…人間種です」
「はい、必要事項は以上ですね。確認したらこちらにサインをお願いします」
渡された書類と羽ペンを受け取り、書類を眺めた。やはりそこにもローマ字で質問事項と回答が書いてあった。
しかし全部アルファベットだと読みにくい。
指定された空欄にREIと書き込み赤スミを親指に塗り込み、ぺたりと紙に判をする。ここが異世界だと忘れて日本の役所のように思えてきた。
「それでは入門時に渡されたプレートをこちらに」
言われたポケットにしまっていた物をカウンターに乗せる。
板を渡すと、職員の女性は表面に書かれた内容と、書類の内容を見比べ、カウンターの脇に置いた。そして、下から水晶玉とまっさらなプレートを取り出した。
「それではレイさん。この水晶玉に手を乗せてください。そうすると、貴方の現在のレベルとステータスがこちらのプレートに刻まれます」
「僕のステータスが?」
脳裏をよぎるのはあの最弱の能力値と特殊技能だ。前者はともかく、後者が人に知られるのは聊かまずい気がする。
「裏面には貴方の現在保有する技能が刻まれますが、そちらは貴方にしか見えません。一方で表面の能力値は誰でも確認ができます。というのもこちらの情報はギルドの出すクエストの受注資格や迷宮での生存率に関係します。何よりあなた自身の強さの確認になります。それをちゃんと自覚するのは重要なことです」
真剣な表情で言われて、納得して頷く。
「ですから今が弱くても、それをちゃんと受け止めて励みにするのが大事なのです」
言外に弱いと言われた気がした。
「それではどうぞ」
促されて右手を水晶玉に乗せる。すると球体は輝きだし光を放つ。一際輝きの強い光がプレートに収束し文字を刻む。
10秒も経たないうちに光は収まり終わった。
「はい。これで大丈夫です」
水晶玉から手を退けると職員はプレートを持ち上げ内容をチェックしている。
瞬間。眉を顰め、顔を青ざめる。
「レイさん。心を落ち着かせて聞いてください」
「なんですか急に。そんな暗い声を出して」
「いえ、私の口から言うのは……忍びないです。これを見て、ショックを受けないでください」
言われて差し出されたプレートを受け取る。表面には入門時のプレートと同じく、名前、年齢、種族が刻まれその下にLV2と書かれていた。能力値も全体的に上昇していた。
おそらくスライムとの戦闘でレベルが上がったのだろうと判断する。気になるのは右上に書かれたGの文字だ。
「正直に言います。言いますとも、レイさん。よく今日まで生きてこれました。その能力値では日常生活も満足に過ごせなかったでしょう」
「え、そんなに低いですかこれ?」
少なくともオール1だった状態よりもどの項目も上がった。もっともどの項目も5を越えてはいない。
「低いです。まるで生まれたての赤ん坊です。いえ、断言します。赤ん坊の方が強いです」
断言された。しかも微妙に勘が鋭い。
「ちなみにこれが私のステータスです」
ウエストコートのポケットから同じプレートを取り出し僕に見せた。確かに能力値の欄はどれも文字通り桁が違っていた。
「通常、日常生活を送っていればレベルはともかく能力値は上がるものです」
しみじみと彼女は聞き逃せないことを言った。
今の発言からすると、この世界においてのレベルアップと能力値の上昇は別物の可能性があるということだ。頭の隅に重要な事として記録しておく。
「だからレイさん。その奇跡のような人生を棒に振らないでください」
がっしりと手を掴まれた。筋力の数値が違いすぎるため、振りほどくこともできない。
「あなたはこの神の居ない時代に、いえ、神が居ないからこそ、この奇跡に感謝しながら人生を穏やかに過ごすべきなのです!」
その神のせいで死にかけた上にこの世界に送られてきたのですが。
というよりも。
(神が居ない? まさか、僕が出会った神を名乗る人は偽物? 夢? それともここは異世界エルドラドじゃないの?)
彼女の発言に混乱する。だからといって、神に会ったことがあると発言したら即病院コースだ。うかつには喋れない。
「ですから、貴方は、あっ痛い!」
まだ力説する彼女の後頭部を飛んできたバインダーが直撃した。一番奥の机に座る、眼帯の老人が投げつけたのだ。
「なにするんですか、ギルド長」
「戯け。上で寝ている奴らもいるんだぞ。大声を出すな」
言われて彼女もようやく落ち着いたのか手を離し、誤魔化すように咳払いをする。
「それでは項目の説明をします。ここに書かれている数値は現在の貴方の強さを数値化しております。端からSTR、END、DEX、MAG、POW、INT、SENを表しております。まずはスライムなどを倒すことでレベルを上げましょう。そうすれば能力値も上がります」
まさしくゲームのシステムだ。
「それと右上のGは冒険者の等級、ランクを表しています。上からS、A、B、C、D、E、F、Gと8つに分かれています」
「これはレベルが上がると同じように上がるんですか?」
「いいえ。これは水晶玉が貴方のしてきた冒険を評価してランクアップを決めます。例えばレベルが高くてもランクが低い冒険者は、自分よりも強い敵を倒してないとか、クエストを沢山失敗したとか、魔法薬でレベルを上げたとかしたことになります」
意外と厳しいな冒険者稼業。
「なのでレイさん。時々ステータスの更新をお願いします。ランクが上がればより上位のクエストを受けることもできます」
僕はわかりました、と頷いた。
「ではレイさん。これで冒険者登録は終了です。正直私は貴方を冒険者にしたくはありませんが、とにかくこれで貴方は冒険者です」
笑顔でおめでとうございます、と言われた。
「ありがとうございます」
応えながらプレートをポケットにしまいつつ、代わりに石をカウンターに乗せる。
「これの換金をお願いします」
「魔石ですね。魔石の等級についての説明は要りますか?」
お願いします、と言った。
「魔石は3つの項目でそれぞれ10段階に分かれて評価されます。1つは色。白から黒へと近づくほど価値は高いです。つぎに重さです。これも重ければ重いほど価値が高くなります。最後が輝きです。艶がある方が高くなります。それでは少々お待ちください」
言うと、自分のデスクに戻り、棘がついた変なルーペと秤を取り出し戻ってきた。
「どれどれ…これはフュージョンスライムですね。凄いですね、レイさん。おひとりで倒したのですか?」
ルーペ越しに魔石を様々な角度から調べている。
「えーと、まあそんな所です」
金髪剣士との約束で彼女の事を言うわけにもいかず曖昧に誤魔化す。
「ふむ。まあ、いいでしょう。ちょっと待っていてください」
今度は天秤に魔石を置き、片方に分銅を置いてつり合いが取れるか調べた。一通り調べた彼女は魔石を掴むとメガネを掛けた取っ付きにくそうな女性とやり取りをして戻ってきた。
「はい。色は2分、重さは8級、艶は壬ですね。5000ガルスです。お納めください」
戻ってきた彼女は冠を被った男の横顔を描いた金貨を50枚持ってきた。財布を取り出そうとして、どこにもないのに気付く。
仕方なくポケットに詰め込む。
「それとですね、この剣ですが」
ベルトから鞘ごと剣を抜き森で見た遺体の事を説明した。
熱心に聞きながら質問する彼女に、残念な事に曖昧な答えしか返せない。なにせ森をどう走ったのとか、どの辺りに遺体があるのか、満足に説明できないのだ。
「……ふむ、分かりました。こちらは後日捜索隊を編成しましょう」
「すいません。ちゃんとした情報を持っていなくて」
「いえいえ。レイさんも命がけで森を抜けたのでしょう。仕方ありません」
「そう言ってもらえて、ありがたいです。ところでこの剣はどうしましょう?」
「原則、死亡した冒険者の装備品は受け取り手が居る場合はその人に返すのがルールですが……まあ、使ってもいいと思います。見たところ大量生産のバスタードソード。引き取りにくるとも思えません」
あっさりと言われて、そう言うものなのかと納得しながらベルトに剣を差す。
「あと最後に。この辺りに飛び込みで泊まれる格安の宿ってあります?」
「それでしたら当ギルドの三階部分が簡易宿泊所になっております。相部屋になりますが泊まりますか?」
「是非お願いします」
彼女は再びカウンターを離れて、棚に掛かっている札を1枚持ってくる。
「こちらの3号室に空きベッドが1つあります。もう1つは現在使用者がおりますので貴重品の管理はしっかりとお願いします」
「分かりました。色々とありがとうございました」
「いえ……あの。私はアイナと申します。このギルドにおいて新人のアドバイザー業務も担当しております。何かありましたどうぞ相談してください」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
「絶対ですよ」
真剣な表情で言うとアイナさんは右手を差し出すと小指を立てる。
「指切りをしましょう」
「えっと。はい」
有無を言わせない迫力に負けて、僕も右手を差し出し小指を立て絡める。異世界にもあるのか、指切り。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら毒針千本のーます。指切った」
微妙に異世界風にアレンジされた指切りだった。
「それでは、お休みください」
「はい。お休みなさい」
僕は指示された階段を上り2階を通り過ぎて3階へとたどり着いた。
廊下におかれた見取り図を確認し3号室に向かう。
ゆっくりとドアを開けると部屋は暗く、2つのベッドしかない簡素な部屋だった。唯一の窓から月明かりが薄らと部屋を照らす。
片方のベッドには膨らみがある。もう先客は寝ているようだ。反対のベッドに腰を掛け寝そべる。
途端。目まぐるしく変わった自分の境遇が頭でぐるぐると回る。
大学に行こうとして死にかけて、異世界で旅をしてほしいと神に言われ、そこで死んで生きかえりを繰り返し、助けられて。
自然と涙が流れ落ちる。袖口で拭い去りながらうっすらと、この世界で目立たない格好をするべきだと考えが浮かんだ。
「5年は長いよ。神様」
ボヤキながら僕は眠りについた。
解説回は冗長になる。
もう少し省略したいです。