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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-68 姉妹の過去と真実 『中編』

 ほとんど投げ込まれるように連れてこられた天幕の中は、夥しいまでの死臭と殺気に満ちていて、幼いレティにとって野獣の檻に放り込まれたのと同じだった。居並ぶ騎士たちは、様々な国家を飲み込み平らげて来た帝国らしく、幾つもの種族で構成されていたが、共通点として揃いの鎧姿を纏っていた。


 彼らの前で膝を折るリザとレティは、騎士たちからの容赦のない視線を浴びた。何しろ、彼女らは国賊の娘。皇帝を天とする騎士たちからすれば、生存している事が許されなかった。


 二人合わせても年が二十にも届かない、美しくさを予感はさせるが幼さがはっきりとする相貌に、騎士たちの殺気混じりの視線が突き刺さる。レティは委縮したように首をすぼめたが、逆にリザは背筋を伸ばして騎士たちを睨み返していた。


 晴れた青空を思わせる青い瞳に、これから待ち受ける事への恐怖など無く、貴族としての矜持を忘れない堂々とした立ち姿に、一部の騎士は好感を抱きかけた。


 幼くともが四大貴族における武を司ったウィンドヘイル家の娘か、と感心すらしていた。


 しかし、そんな感情を一掃させる存在が天幕に入って来た。


 居並ぶ騎士たちは一様に敬礼を取り、入室した存在へと最上級の敬意を示す。


 リザ達に目もくれず、用意された指揮官の席に座る男。黒を基調とした鎧は重厚さと気品を兼ね備え、同時に装着する物に相応の格を要求する逸品だが、それを軽々と纏った男の相貌は、野獣のような獰猛さがあった。


 栗色の髪を後ろに流した、年の頃は二十代前半だろか。だというのに、彼が持つ雰囲気は歴戦の騎士のそれであり、この場の誰よりも息苦しい威圧感を放つ。鋭い双眸から放たれた視線が刃のようにリザ達を貫くと、先程までリザを支えていた貴族の矜持など一片に吹き飛んでしまった。


「ふん。まだ幼くとも叔母上に良く似ているな。貴様がエリザベート・ウィンドヘイルだな。そして、隣のレティシア・ウィンドヘイルか。此方はあまり似ていないな」


 尊大な物言いをする男だったが、それは男の権威を増すのに一役買っており、実にしっくり来た。何故なら、男はそれが許される立場に居たのだ。


 男の傍に控えていた年高の騎士がリザ達に彼の名を明かした。


「このお方はゴルディアス・スプランティッド。帝国第一皇子であらせられる。貴様等、頭が高いぞ」


 顔を上げている事が不敬だと告げた副官にゴルディアスはどうでもよいとばかりに片手を振った。


「ウィンドヘイルの者を虱潰しにするだけの簡単な作業だと思っていたが、よもや最後にこのような厄介な問題が発生するとはな」


 皇帝の第一子であるゴルディアスは野獣のような顔を難しそうに歪めつつ、リザとレティを交互に見つめた。そして、彼は短く命令を下した。


「入れ」


 その言葉に導かれるように、また一人、天幕の中に姿を現した存在に、今度は騎士たちも緊張した面持ちになる。


 白錆の浮いた鎧が歩く度に金属音を奏で、死臭というよりも腐臭を纏った騎士。


『勇者』ジグムントだ。


 人魔戦役以来に活動する帝国の守護者を前にして、騎士たちは戸惑いを隠せなかった。何しろ、幼少の頃に聞かされた英雄譚に憧れを抱いて騎士へとなった。ジグムントはその英雄譚の、まさに主人公だった。


 そんな憧れの存在が、このような人の形を辛うじて保たせるナニカに成り果ててしまった事に、何とも言えない葛藤を抱いていた。


 だが、死者であるジグムントにとって生者の感情は関係なかった。命令に従い、ゴルディアスの傍に近づいて行く。当然、彼の前で跪いているリザ達の横を通る事になった。


 傍を通るジグムントに対して、リザは憎悪を、レティは恐怖を瞳に映し出していた。


 すると、ゴルディアスはまたしても短く、しかしよく通る声で命令を下した。


「斬れ」


 ジグムントに躊躇という言葉は無い。


 騎士たちが主君の発した言葉を反芻する間に、腰に差した鞘から聖剣を抜き放ったジグムントは、命令通り振るう。伝承通りの美しき聖剣は傍に居たリザへと吸い込まれようとして―――。


「―――止めて!!」


 絶叫が天幕を震わすと、騎士たちは驚愕などでは済まされない現実に直面した。


 それまで床を見つめて縮こまっていたレティがジグムントに向かって制止の声を上げた。それはある意味当然の反応だ。姉の命が掛かっているのだ。懇願の一つも上げたくなるのは人情として当たり前だ。


 それが通じるのかどうかは別であり、普通に考えれば通じるはずが無かった。


『勇者』ジグムント。


 自らの生まれた世界、アースガルスを救った、真正の世界救世主。その死後、13神に懇願されるがままエルドラドに転移し、大陸を裏で支配していた者達を撃破。だがそれによって混乱が加速した情勢下で、小国だった帝国を守る為に命を賭け、死してなお解放されることなく帝国に仕える騎士。


 彼に命令を下せるのは、皇帝を筆頭とした帝室の人間のみだ。だというのに、ジグムントの刃は少女の白い首筋に触れるかどうかの位置で止まったのだ。騎士たちの目はこれでもかと大きく開かれ、リザも一度見たとはいえ、それが夢でなかったことを実感する。


 ジグムントは間違いなく、レティの命令で剣を止めた。


 それが何を意味するのか、驚愕と混乱の只中に居る騎士たちが理解するよりも前に、ゴルディアスは表情を変えずに、淡々と再度の命令を下した。


「斬れ、ジグムント」


 しかし、『勇者』の聖剣はそれ以上深く沈む事はなく、ジグムントは時が止まった様に動かなかった。それを確認すると、ゴルディアスは厄介だとばかりにため息を吐き、続けてジグムントに控えていろと命じた。すると、それまで動かなかった『勇者』はあっさりと動きだし、天幕の隅を自らの居場所と定めて直立した。


 それだけを切り取れば、美術品のようにも見えなくは無かった。


「なぜオスバルトが帝国に剣を向けたのか。その鍵はこれだった訳か。度し難いほど醜悪な話だ。性欲に脳が溶け切った男が、自分の父だとはな。この身にあの父の血が流れていると考えると、吐き気すらするぞ。一度抜いて、誰かの物と入れ替えたくなる」


「殿下。御戯れはそこまでに。何処に陛下の耳が隠れているか分かりません」


 副官らしき男に窘められると、ゴルディアスは不満そうに鼻を鳴らし、そしていまだに理解が追いついていない騎士とリザ、そして当の本人であるレティに対して告げた。


 少女らにとっては残酷なまでの真実を。


「諸君。見ての通りだ。帝室の人間にしか操れない『勇者』。それをレティシア・ウィンドヘイルは操ってみせた。認めたくはないが、事実として目の前で実証された以上、否定は出来ん。彼女は、皇帝バルボッサ・スプランディッドの血を継ぐ者である」


 ざわり、と。戸惑いが波のように広がる。騎士たちは互いの顔を見合わせ、明かされた真実をどう受け止めるべきかと悩む中、一番衝撃を受けたのは、当の本人であるレティだろう。


 幼い相貌から感情が抜け落ち、エメラルドグリーンの瞳は虚ろな輝きをしていた。ゴルディアスが何を言っているのか、彼女には理解が出来なかった。


 だけど、頭の片隅では、年の割に聡明である彼女には思い当たる節があった。


 騎士の家の子として生まれながら、年上の兄弟や女であるリザですら教えられるウィンドヘイルの剣術を学ばせてもらえなかった事。病弱と分かりきっていた母が、何故それを押してまで第二子を産み、父も容認したのか。そして何より、姉妹でありながら、同じ母から生まれたはずなのに似てこない自分たち。


 同じく呆然としていたリザの様子からすると、彼女は何も聞かされていないのだろうとレティが考えていると、ゴルディアスの指示を受けた騎士が彼女に猿ぐつわを噛ませる。


 これ以上、『勇者』に命令させないための措置だ。


「殿下。この者らは先帝の子、グレース様の娘。であるならば、彼女らも帝室の血を引く人間と言う事にはなりませんか。いくらなんでも、バルボッサ陛下の子供というのは飛躍しすぎでは」


「いや、ジグムントに命を下せるのは現皇帝の兄弟と子供に限定される。姪では反応はしない。……が、物は試しだ。エリザベート・ウィンドヘイル。発言を許可しよう。ジグムントに何かを命じろ」


 獣のような瞳に睨まれながら、リザは考えるまでも無く、己の命を賭けて命令を発する。


「ジグムント! この男を殺しなさい!」


「貴様っ!!」


 意表を突かれた命令に激昂する騎士たちは、主を守るべくジグムントに対して剣を向けた。しかし、彼らが考える最悪の可能性は実行されなかった。天幕の隅に鎮座する『勇者』はそのまま彫像めいた姿を晒していた。


 奇跡は起こらなかった。落胆するリザに、今度は激昂する騎士たちが詰め寄ろうとするが、ゴルディアスの咆哮が、否、咆哮じみた笑い声が天幕に響く。


「はっはっはっ! 良い気概だ! 流石は帝国の番人と呼ばれたオスバルトの娘。幼くともその血は紛れも無く引き継いでいるな。貴様等、俺の許しも無く、その娘を手に掛けるなよ」


 騎士たちはゴルディアスの命に従い剣を納めた。命を狙われたというのにそれを笑い飛ばす豪胆さと、騎士たちを律するカリスマ性を併せ持った男を前に、リザは苦い敗北を味わっていた。


「これで証明されたな。エリザベートの方に父の血は流れていない」


「そうなりますな。となると、オスバルトは如何にして、陛下の御子をかすめ取ったというのでしょうか?」


 副官の疑問に対してゴルディアスは不思議そうに眉を上げた。


「何を言っておるのだ、貴様。オスバルトがそのような下賎な真似をする男だと思うのか」


「いいえ。ですが、そうなると、この少女は誰から生まれたのかという問題が」


「それこそ何を言っておるのだ。この者は正真正銘、叔母上、グレース様の娘に決まっているだろう」


 再度、天幕の内に衝撃が走る。


 だが、その衝撃はこれまでの比では無かった。誰もが呆気にとられ、次第に顔面を蒼白に変化させた。


 副官はあからさまに狼狽しながら、主君の言葉を否定しようとした。


「お待ちください、殿下。それはあり得ません!」


「ほう。いつもは嫌味なほどに冷徹な貴様にしては、随分な物言いだな。何を持ってあり得ないというのか」


「皇帝陛下とグレース様は、ご兄弟であらせられます! それは……倫理に悖る行為です」


 兄と妹。


 情欲を惑わす淫靡な響きではあるが、実際に行われたと想像すれば人は間違いなく眉を顰める。それは人間として当たり前の倫理観や、道徳観を足蹴にする行為であり、真っ当な人間の感性ならば思いつかない可能性だ。


「だろうな。だから言っただろう。あれが父だと思うと、俺は恥辱のあまり全身の血液を入れ替えたくなる、と。あの父は、自らの妹を抱き、そして子を産ませたのだ。その結果がそこに居るだろう」


 しかし、この男は真っ当な感性など欠片も持ち合わせていなかった。


 ゴルディアスの言葉に、天幕の中は異様な沈黙で包まれた。騎士たちは身じろぎすら憚られ、リザとレティは呼吸することすら忘れていた。そんな中、副官が全員の思いを代弁するかのように口を開いた。


「では、そうお思いになられた根拠は何なのでしょうか。皇帝陛下とその妹君に子がなされたなど、帝室に置ける最大級の醜聞となりかねません」


「分かっている。俺とて軽々にこのような事を口にしている訳ではない。根拠は今しがた見たとおりだ。この者は、『勇者』に命を発せられた」


「それは確かにその通りでございますが、だからといって証明には―――」


「―――俺の命令を遮って、だぞ」


 ゴルディアスの指摘に副官は何かに気が付いたように口を閉じた。瞬時に顔色が変わり、遂には紙のように白く成り果てた。その反応に満足そうに笑う皇子は、未だに得心いかない騎士たちに改めて説明をした。


「ジグムントに対して命を下せるのは帝室の人間だけだが、そこにはもう一つの法則がある。それは序列だ」


 男は天幕の片隅に置かれ、誰からも忘れられたようなジグムントを指し示した。


「あれに対して命令を下せるのは皇帝を頂点とし、続いて兄弟姉妹が、そして皇帝の血を引く子供らの生まれた順に命令を受諾する。例えば、相反する命令や、一度受けた命令を実行している最中に上位の人間から命令された場合、そちらを優先する。つまり、第二皇子おとうとがジグムントに命を下したとしても、第一皇子である俺が後から命を下せば、こちらが優先される」


「……では、もしもグレース様がご存命だったのならば」


「ああ。叔母上の命が俺よりも優先されていた。その法則に従えば、この者が命を下した所で、序列の関係上、俺の命が優先されるはずだ。子供間での序列とは即ち生まれた順だ。だというのに、現実はどうだ」


 ゴルディアスの命令でリザを切ろうとしたジグムントは、レティの命令を受けて剣を止めた。再度の同じ命令に対しても、ジグムントは反応しなかった。


 法則と矛盾した結果だ。


「法則が破綻している可能性は否めないが、それを除外すれば自ずと導き出される答えは一つしかあるまい」


「レティシア・ウィンドヘイルが序列二位である殿下よりも上という事ですか」


 帝室に置いて、ジグムントに対する命令の序列は、そのまま帝位の継承権順位と同等である。帝国という国を帝国たらしめる根幹は、間違いなく『勇者』だ。それに対して命令を下せる人間こそが皇帝であるべきという考え方が帝室には根強く残っていた。


 第一皇子として十分すぎる力量と結果を出してきたゴルディアスは、順当に行けば帝位を継ぐ人物。だが『勇者』に対する呪いじみた信奉がある帝室では、序列が絶対だ。


 禁断の交わりから生まれた子供だから起きてしまった異常事態なのか。ともかく、この事実が公になれば、レティシア・ウィンドヘイルこそ序列二位に押し上げられる可能性があった。


 ここに来て、厄介な対抗馬の出現に副官が焦りを覚えていると、ゴルディアスは愉快そうに唇を吊り上げた。


 リザにはそれが、肉食獣の笑みのように見えてしまった。


「おしい。貴様の推理は大よそ当たってはいるが、最後の詰めを外したな」


「……どういう事でしょうか、殿下」


「なに、恥じる事ではない。これは貴様にも伝えていなかった事。それゆえ、貴様が外した所で失態とはならん。実は出征前、ジグムントには別の命令が父から下されていた」


 初耳の内容だけに副官が驚きと困惑を浮かべた。ゴルディアスは痛快で溜まらないとばかりに上ずった声で続けた。


「この追討戦において、、とな」


 一瞬、表情が固まった副官は、氷が溶けて姿を変えるように次第に狼狽を露わにした。


「……それは……しかし……まさか」


「おそらく、父は予見していたのだろう。血を分けた妹との子。もしかすると、実子の序列すら覆しかねない。それゆえに、俺の序列をこの戦においてのみ、序列一位である自分と同等にし、この者が『勇者』に対して何の決定も下せないようにしたのだろう。だが、蓋を開けてみればなんとやら、だ。くくく、はははは! まさか、まさかこのような結果になろうとはな!!」


 ゴルディアスの言葉を天幕に集まった全員が理解した時、猿ぐつわをさせられたレティに視線が集中した。レティ自身も、信じられないとばかりに翠の瞳を揺らした。


「レティシア・ウィンドヘイル! 貴様こそが序列一位。つまり、この国の皇帝だと、『勇者』は認識しているのだ!」


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は土曜日頃を予定しております。

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