8-67 姉妹の過去と真実 『前編』
お姉ちゃんが生まれる少し前。帝国全土が大規模な飢饉に見舞われたの。大地から実りは消え、雨が降らないから川も干上がり、追い打ちを掛ける様に冬は止む事の無い大雪に襲われた。
春の季節を迎えた人々が目にしたのは、雪解け水に濡れた餓死者の倒れた姿だった。
民衆が飢えていく中、帝国の指導部は自分たちの保身と権力の維持に奔走して、民に食料を配布するようなことをしなかった。一部の心ある貴族たちが、少ない蓄えを切り崩した所で、焼け石に水。不満は蓄積されて、今にも爆発しそうなほどに膨れ上がった。
帝国は幾つもの国を力で打倒し、組み込んできた集合体。だからなのか、昔から反乱とかしょっちゅう起きてた。そんな時、決まって矢面に立つのは四大貴族が一つ、ウィンドヘイル家。
帝国の剣を自負する彼らは、帝国に歯向かう物には容赦せず、苛烈な弾圧で知られ、でも平時に置いては民に施しを行う、善き貴族として慕われてもいた。
普通、取り締まる側の人間って嫌われるのに民衆からは帝室以上に人気があったの。
そこに帝室は目を付けた。
飢饉からの反乱という民衆の怒りを逸らす為に、明るい話題を作ろうとした。
当時、正室を失ったばかりのウィンドヘイル家当主に、帝室の人間との縁談が浮上したの。帝室の人間がウィンドヘイル家に嫁げば、民衆の感情も多少は静まると考えたのね。
同時に、帝室においてお荷物だった人を追い出そうともしたの。
先帝の娘にして、現皇帝の妹だったその人の帝位継承順位は第二位。皇帝との年の差が、それこそ親子ほど離れていることもあって、政治的な実権は与えられていなかったけど、皇帝に万が一の事があれば彼女に帝位は移る。それを良しとしなかった勢力が、これ幸いと追い出そうとした。
かくして、ウィンドヘイル家の正室に収まった女性こそ、他国との間に開かれた晩餐会では歩く宝石とまで謳われた。あたしやお姉ちゃんのお母さま。グレース・スプランディッド。
そしてウィンドヘイル家当主、オスバルト・ウィンドヘイルは出会ったの。
極めて政治的な理由から結婚する事になった二人だけど、周囲の人たちから言わせると仲睦まじい様子だったみたい。帝室において後ろ盾を持てなかったお母さまを不憫に思ったらしく、お父さまは積極的に交流して、お母さまも正室を失ったばかりなのに自分を迎え入れようとしてくれるお父さまに応えたの。
お父様には側室が数人いらしたけど、その人たちよりもお母さまを愛し、結婚してから一年も経たない内に、二人の間には子供が出来たの。
それがお姉ちゃん、エリザベート・ウィンドヘイル。
あたし達が居た修道院にはね、お父さまが寄贈した肖像画があるの。まだ、赤ん坊のお姉ちゃんを抱いたお母さまと、お父さまが並ぶ肖像画。お姉ちゃんは顔とか、雰囲気はお母さまそっくりで、目はお父さまに似ているんだよ。
お姉ちゃんが生まれた事で、一層二人の仲は良くなり、周囲もそれを祝福した。
でも、幸せな結婚生活は長く続かなかった。飢饉がもたらした影響は大きく、人々の中にあった鬱憤や恨みは散るどころか益々膨れ上がった。結局、帝室が小手先の印象操作を行っても、実感として人々は救われたと思わない限り、不満が解消されないの。
始まりは小さくても、連鎖するように次々と火が付いた暴動は、反乱と呼ぶのに相応しい状況まで悪化したの。
お父さまは愛すべき我が子と妻を置いて、軍を率いた。
民衆による暴動は流行り病のように、国中を渡り歩いた。暴動を一つ鎮圧しても、余所で二つ、新しい暴動が起こるという悪循環に飲み込まれたお父さまが、領地に戻った時には一年近い時間が経過していた。
お父さまにとって、御役目であっても民に剣を向けるのは心苦しい物だった。特に、今回の暴動に至る飢饉の際に、帝室は、帝国の指導部は何もしなかった。享楽にかまけ、民を見殺しにした。その尻拭いをお父さまはすることになったの。
皇帝に剣を捧げたとはいえ、それでも葛藤はあった。今の帝室が間違っていると理解していながらも、それを正す事は出来ずにいた。
心をすり減らす中、お父さまは何とか領地に戻ったの。
領地には家族が待っている。愛すべき妻と、まだ言葉も上手く喋れない娘が自分を待っている。一年もの間、顔を合わせる事が出来なかったせいで、自分を忘れていたらどうしようか。
そんな他愛もない不安を抱えつつ、馬を自ら取るお父さまを迎えたのは―――純真無垢な笑顔を向けたおねえちゃんと、なんと詫びればいいのか分からずに俯く妻の姿。彼女のお腹は膨れ上がっていた。
そのお腹に居たのが、あたし。レティシア・ウィンドヘイルだったの。
抑揚のない口調から紡がれる過去の話に一同は聞き入っていた。喉を潤す為か、あるいは気を落ち着かせるためにか水が注がれたコップに手を伸ばしたレティを前に、レイは思わず息を吐いた。
日が沈み、急ごしらえにしては随分と作りが厳重な前線司令部の一室にてレイ達は集まっていた。帝国側の降伏を受け入れたダリーシャスは戦後処理の為に駆けずり回っている為ここには居らず、ローランを始めとした《神聖騎士団》の多くも魔人との戦いに消耗しており体を休めている。唯一、話を聞きに来たのはマクスウェルだけだった。
リザを除く《ミクリヤ》の面々と彼の四人が、レティの過去に耳を傾けていた。
「当たり前の話だけど、その子の父親はお父さまじゃない。だってお父さまは一年間、領地を留守にしていたし、あちこちを転戦するお父さまにお母さまは会いに行けなかった。だから、お腹の子はお父さまの子じゃない。じゃあ、誰なのか。それが問題になったの」
彼女の言葉に、レイはこの地で見た衝撃的な光景を思い出す。
圧倒的な実力を持つ『勇者』ジグムント。死してなおも帝国の繁栄の為に道具のように扱わられる彼は、帝国の王族にだけ従う。
レティは、サファとジグムントの戦いに割り込み、自らの首に刃がめり込む瞬間、ジグムントに向かって止まるように命令していた。
二つの事実が線で繋がり、レイの中で真実が嫌な予想となって膨れ上がった。
それが正しいとばかりにレティは話を続けた。
「あたしは、皇帝バルボッサ・スプランディッドとその妹グレース・ウィンドヘイルの間に生まれた子なの」
お母さまと皇帝の間に何があって、どんな事が起きたのか。
そんな事は知らない。
知っているのは、お母さまが実兄との間に子を生してしまい、腹から取り出す時期を逸してしまった事だけ。
お父さまはお母さまを人目から隠すようにした。周りには療養と嘘を吐き、用意させた別荘であたしは生まれた。
お父さまはね、本当に優しくて素晴らしい人なの。自分の血が流れていないと言う事を知りながらも、あたしにお姉ちゃんと変わらない愛情を向けてくれた。お父さまと呼ぶことも許してくださった。離れ離れになっても、年に一度は必ず修道院に顔を出してくださり、膝の上で本を読み聞かせしてくれたわ。
反対にお母さまとの思い出はほとんど無いの。あまり健康とは言えなかったから、療養先の別荘で、そのままひっそりと息を引き取ったの。記憶にあるお母さまの顔は、棺に収まったところ。
お母さまが亡くなって寂しかったかというと、そうでもないよ。
ウィンドヘイル家の人々は、皆が皆、優しかったの。先の正室との間に生まれた、対外的には母親違いのお兄様たちは、何かにつけて様子を見に来て下さったし、側室の方たちも手紙を頻繁に送って下さった。
うん、ウィンドヘイルの人たちは、本当に優しくて……そして素晴らしい人たちだった。だからこそ、あの人たちは帝国と、帝室に弓を引くことを選んでしまった。
あたしが生まれた事は時期をずらして発表された。そのまま発表したら、自分の子でないというのが周りに知られてしまうから、それを隠そうとしたのね。でも、帝室は騙されなかった。
お母さまのお葬式が終わると、皇帝がお父さまに対して命令を下したの。あたしを引き渡せと。
お父さまは尋ねたの。あたしは私の娘として育てる覚悟が出来ております。ですが、陛下はその子をどうなさるお積りなのかと。
皇帝はこう答えたそうよ。
「帝室の安寧を乱す可能性は、間引くしかあるまい」
それが皇帝の、長い年月を掛けて澱んだ一族の答え。
お父さまはその答えを半ば予想して、そして激怒してしまった。これ以上、この男を皇帝の座に就かすわけには行かない。苦しむ民を蔑ろにし、獣欲に任せて妹にすら手を出した男は皇帝と呼べない。ただの獣である。
お父さまの死後、修道院に届けられた日記に乱れた文字と共に、血が染み込んでいた。
こうしてお父さまは四大貴族としての地位を捨て、一門を上げて帝室に反旗を翻したの。
一同は告白された内容にあまりの衝撃に硬直してしまう。
半ば予想できたことだが、それでも当事者から話を聞くと衝撃は否が応でも増した。レイは何処にぶつければいいのか分からない苛立ちに、頬の内側を噛みしめる事で堪えた。
鉄錆に似た味が口内を占める中、レティが薄らと笑みを浮かべた。
「アフサル王子のお母さまのお話を聞いた時、真っ先に思ったのはあたしに似ているなって事なんだ。不義の交わりの間に生まれた子供。そういう意味じゃ、ちょっと親近感を抱いていたかもしれない」
自虐的な内容にレイ達はどう返せば良いのか悩むと、マクスウェルはそんな空気を無視するかのように口を開いた。
「当時、ウィンドヘイル家が主導して起きた内乱は、法王庁でも驚きを持って受け止められた。何しろ、四大貴族といえば皇室に娘を送り込む事もあるほどの名家。それがよもや、帝室に対して剣を向けたのかと、誰もが困惑と驚愕を隠せなかった。当主であるオスバルト氏が何故、反旗を翻したのか、幾つもの憶測が流れたが、どれも決め手に欠けていたが……よもや、そのような事があったとは」
「妻を辱められ、生まれた子を取り上げられるから主家を討つ、なんて事、体面が悪いもん。だから、一応の理由として帝室に統治能力と資格無し、っていう名目を立てた」
「一つ、質問なのじゃが、お主はそれを何時、知ったのかな」
質問の意図を計りかねた様に小首を傾げるレティに、マクスウェルは更に踏み込んだ内容を尋ねた。
「自らの出自。そして結果的には国が二つに分裂しかけた内乱が自分のせいだと知ったのは何時頃の話なのじゃ」
補足された内容に納得したのか、頷くと少女は、
「あたしが、全部知ったのは、全部終わった日の事なんだ」
そう言って、寂しそうに笑いながら、レティは過去を語る。
四大貴族が一つ、ウィンドヘイル家の蜂起は貴族社会と民衆、それぞれに大きな影響を与えた。元々、取り締まる側でありながら民衆からの支持が厚いお父さまが帝室を正す為に反旗を翻したという事実は、人々の中にあった不満とか鬱憤の出口となったの。民衆はお父さまの元に武器を持って参集し、貴族たちからも今の帝室の在り方に疑問を抱いている人が賛同した。
そして何より、お父さまは帝国によって虐げられてきた人々を、上手に取り込んだの。
帝国が今の形になるまでの間に、犠牲になった部族や国の末裔。彼らは帝国の統治下では緩やかに迫害されていた。目に見える形では無い物の、目に見えないからこそどうしようもない抗えない空気。どれだけ努力しても、出自で全てが台無しになってしまう現状を憂いた被支配地域の人々を味方にしたの。
僅か一月の間に、膨れ上がった反乱軍は、帝国の牙城を脅かすのに十分すぎる数となり、そうなれば帝国も放置しておくことは出来なくなった。
そうなると、お父さまだけでなく、その周りにも危険が及ぶようになる。
お父さまは側室と、まだ幼い子を優先的に避難させた。
特にあたしとお姉ちゃんは、帝室の人間だったお母さまの血を引いているから、下手に傍に置いておくと士気に関わるという理由から、修道院に送られたわ。もっとも、それは周りを納得させるための表向きの理由。本当はこの内乱において重要視されているあたしを、隠すための措置。
こうして五つになったばかりのお姉ちゃんと、二つになったばかりのあたし。そして事情を知っている従者たちが、帝国の僻地にある修道院に匿われるようになったの。
貴族として過ごした時間なんて、あたしには無かった。
護衛としてやって来た人たちも、あたしには貴族らしい振る舞いや教育を求めなかった。その代りに、お姉ちゃんには、皆厳しかったな。ウィンドヘイルに伝わる剣術の特訓を、本当なら七歳になってから始めるのにみっちりと、朝も、晩も関係なく叩きこまれていたよ。
その上、あたしはまだ何もできない子供だったからね。お姉ちゃんはあたしの面倒も一緒に見てくれた。五歳になる頃になって、ようやく修道院での作業も、少しずつ手伝えるようになったけど、失敗ばかり。
年に数回、戦の隙間を縫うように顔を見せに来てくれたお兄様たちが居なければ、自分が貴族だなんて、信じられなかった。
そんな時間も、ある日飛び込んできた報せで、一気に変わっていった。
『勇者』の投入。
帝国の守護を担うジグムントを、内乱の鎮圧に使うなんて事、誰も想像していなかった。民を守る刃が、民へと向いた時、お父さまたちの命運も尽きた。それまでは、国の内部を切り崩すような戦い方をして、圧倒的な戦力差を埋めていたけど、『勇者』相手にそれは通じなかった。
五年にも及ぶ内乱は、呆気なく終わりを迎えてしまう。
遠く離れた修道院に報せが飛び込んで来た時には、もう、お父さまを始めとした一門の方たちは、皆討ち取られた後だった。
でも、そんな事は修道院に居るあたし達には分からず、脱出するべきなのかどうか迷っているうちに、僅かに残っていた時間も消えてしまった。
帝国軍によるウィンドヘイル家殲滅の魔の手が、修道院まで伸びた。
地平線を埋め尽くす兵士の列に加えて、『勇者』が投入された。修道院に居たのは、元騎士とか、傷病が原因で兵士を止めたような人たちばかり。だというのに、ジグムントが投入されたのは、やっぱり見せしめなんだろうね。帝室に歯向かった者が、どんな末路を辿るのか。知らしめるために送りこまれた。
そして、あたし達を守る為に、修道院の人たちは犠牲になった。何度か、あたし達を突きだせば投降を認めると、命は助けてやると通告があったのに、彼らは誰一人として、そうしなかった。皆、ウィンドヘイル家に忠義や、恩義を感じている人ばかりだったの。
彼らは笑って、あたし達を逃がすために散っていた。でも、あたし達は逃げ出せなかった。
礼拝堂から外に通じる抜け道は、いつの間にか塞がれてしまい、逃げられないように火を放たれてしまった。
燃え盛る礼拝堂。煙が視界を塞ぎ、肺が熱に悲鳴を上げる中、あいつは現れたの。
白錆が浮き出た、聖剣を携えし帝室の道具。
『勇者』ジグムント。
あいつは逃亡の手助けをしようとしてくれたシスターを切り、そしてあたし達をも切り捨てようとした。多分、そう、命じられたんだと思う。
「私は好きにしてください。でも、妹は、妹だけは助けてください!」
お姉ちゃんが煙に咳き込みながら、何度も繰り返し言ったけど、ジグムントは歯牙にも掛けなかった。淡々と、感情をどこかに捨ててしまった道具はあたし達を一刀で殺そうと剣を構え、振り下ろした。
その時だった。
あたしは言ってしまったの。
「止めて、殺さないで! 助けて!」
それが、本当の地獄へと繋がる道だとも知らずに、命欲しさに懇願してしまった。
そしたら、驚いちゃった。剣は止まり、ジグムントはじっと何かを考え込むそぶりをした。でも死んでいるから考えるはずもなく、今度はあたし達の襟首を掴んだの。
そのまま燃え盛る火の海を掻き分けて、あたし達を外へ連れ出した。
信じられる?
助けてと言えば、本当に助けてくれたのよ。
驚きと混乱で頭の中がぐるぐると回っている中、動きを止めたジグムント。あたし達が連れて行かれたのは、燃え盛る礼拝堂を取り囲む兵士たちの前だった。
彼らはジグムントが連れ出したあたし達を見て驚き、戸惑いながらも確保したの。
そして、あたし達は連れて行かれ、ある男と会う事になったの。
あたし達の修道院を襲撃した、帝国第一皇子ゴルディアス・スプランディッドの前に。
その人が、あたし達に運命を選ばせた。
読んでくださって、ありがとうございます。
次回の更新は木曜日頃を予定しております。




