8-63 真正の怪物
鎧を脱ぎ捨てたディオニュシウスは自らに組み込まれた多種多様なモンスターの形状を具現化させる。人の形から大きくかけ離れた異形の怪物が熱砂の大陸に誕生しようとしていた。
元々、人造モンスターという出自を誤魔化し、なおかつ体が不定であるため、人という枠組みの為に用意された鎧。ディオニュシウスとってそれは、秘密を守るための衣である反面、己の本来の在り方を封印する拘束具であった。
それから解き放たれた怪物は、本来の戦い方を取り戻しつつあった。
右腕だった部位がバイオレットオクトパスの触手へと変貌し地面を打ち鳴らし、左足だった部位はヴェノムカクタスの外皮に包まれた。おうとつだらけの濃い緑色の皮膚に生えている無数の棘が射出され空間を埋め尽くす。
一本一本に猛毒の体液を仕込まれた棘は掠めるだけでも瀕死に追いやられてしまう。それまでの武力一辺倒だった戦い方とは大きくかけ離れた攻撃を繰り出した。
だが、モンスター退治ならば、冒険者には慣れた物である。
「《アイスウォール》!」
シアラの生み出した氷の壁が棘を受け止めた。握り拳分ほどの厚い氷に阻まれて棘は停止するも、直後に押しよせた、バイオドラゴンフライの翅が生み出した風によって壁は崩された。
すると、その風を切り裂く様にミストラルの放った矢が飛ぶ。それは狙いを外さずディオニュシウスの胴体へと突き刺さった。
手応えに拳を握るも、直後に矢が動きを停止したことにミストラルは顔を歪めた。スライムのような液体で出来た胴体。その中心に見えている白色の魔石に向けて跳んだ矢は、超級モンスターであるフォートゴレームを構成する硬質な岩に阻まれた。
「やっぱり、直接狙うには普通の矢じゃ、威力不足ね。戦技か、あるいは魔石を体から引き抜かないとどうにもならないわ」
「でも、今の反応で間違いないわ。あいつは魔人である以前にモンスター。だから弱点は他のモンスターと変わらないという事よ」
首を落としても死なない生物と聞けば、それは不死なのではと思い込んでしまう。だが、それがモンスターであるなら話は別だ。モンスターの中には首や頭、体の部位や器官がいくら潰されても問題なく行動できる種が居る。そんなモンスターたちにとって、魔石とは共通した弱点であり、これを砕かれればどれだけ高度な復元能力を持っていたとしても死は免れない。
エルドラドにおける絶対の法則と言えた。
「それじゃあ、狙うべきなのはあの魔石という事か」
レイの言葉にシアラは確信を持って頷いた。
ディオニュシウスが、醜悪にして異端である己の姿を隠していたのは、魔人という地位が種の中で神聖視されており、その地位にモンスターが就く事への周りの動揺や反感を押さえるためだけでなく、自らの弱点を隠す意味合いもあった。
注入された多種多様なモンスターの肉体を再現するために、ディオニュシウスの肉体は液体と固体の中間に位置する粘液で構成されている。そのため、魔石の位置は一目で分かってしまい、戦闘において不利に働くのだ。
この三百年、慎重に隠してきた秘密が明らかにされたディオニュシウスだが、胴体だった部分に形成された口からは意外と冷静な声が発せられた。
「マセキヲネラウツモリダロウガ、キサマラゴトキ二ネラエルトオモッテイルノナラバ、オモイアガリモハナハダシイ。ソノゴウマン、タダスベキデアロウ、コノワタシノテニヨッテ!」
ぐにゃり、とディオニュシウスの体が波打つと、左右三本ずつの触手が生えた。ご丁寧に六本の触手はどれも別々のモンスターの物である。
それらは一斉に放たれると、レイ達三人を狙った。
「シアラ、下がれ!」
瞬時に敵の間合いから逃れたミストラルと違い、魔法使いであるシアラは僅かに遅れてしまった。それが致命的な遅さとなり触手が斜めから届こうとする。そのためレイは、彼女を守る為に龍刀から炎を生みだし、一気に加速した。自らを圧殺しようとした触手から離れ、棒立ちとなっているシアラを突き飛ばした。
だが、その代償は安くは無い。
彼女の居た場所を目がけて振るわれた触手は、代わりに飛び込んできたレイを殴り飛ばした。
瞬時に判断して、炎を先程とは逆に噴射したことでダメージを多少は減少できたが、それでも体の骨が砕ける音がした。そのまま大地を転がると、やすりを掛けられた木のように肌が捲れ上がった。先程までの戦いで防具が破損したため、レイは無防備に近かったため、高速で触れる地面ですら凶器となる。服は破れ、肌は破け血が滲む。だが、その負傷箇所に対して自動回復が発動した。
癒しの光が傷口を拭うと、あっという間にレイの体は完治した。
骨折すら瞬時に治してしまう回復魔法がある分、レイは思い切った行動をとれた。
しかし。
直後に真上から落ちて来た触手の一撃で、体が縦に押しつぶされれば、自動回復にもどうしようもなかったのである。
★
時間は巻き戻る。
六十九回目の死から舞い戻ると、レイは自分の体が地面に対して水平に流れているのに気が付いた。下手に止まろうとすれば態勢を崩すと判断し、あえて何もしなかった。
地面に触れると、鉋で削られるように皮が剥けていくが、その痛みは瞬時に治るので受け入れた。
そしてそのまま地面を転がる事で触手の一撃を回避したのだ。
下手に止まれば、そこを狙われてしまうのは、前回の死で学んだ。
触手の一撃を回避したのを確認してレイは立ち上がると、前回レイの命を奪った触手の側面からバーバリアントードの舌が生えた。鈍重な触手と違い、機敏な舌にレイは絡めとられた。
そのまま触手の方へと連れて行かれそうになるも、シアラの生み出した《アイスバレット》が舌を切り裂いた。
滑りを帯びた舌から解放されるも、続けざまに降って来たのはバーニングスピアの棘だ。馬上槍ほどの大きさの棘の後端から炎が噴き出し、目標を狙い追いかける。
龍刀を振るい、一本、二本までは撃ち落せた。しかし、三本目と四本目がそれぞれ肩口と心臓を貫かれてしまった。
★
戦況は芳しいとは言えなかった。
影法師相手にフィーニスの力は借りないと宣言したものの、どうにも決め手に欠く。《トライ&エラー・グレートディバイド》による死亡からのごり押しで、どうにか相手の攻撃を躱してはいるが、それも薄氷を踏む思いで渡り切っているに過ぎない。
魔石という弱点を発見したのは良いが、それを叩けるだけの火力が不足していた。
この場に居る者達でディオニュシウス相手に有効打を与えられるのは、やはり魔法使いのシアラとA級冒険者のミストラルだけだ。
しかし、高火力の魔法を放つにはその分の長い詠唱が必要となり、弱体化の魔法も使えば精神力を枯渇させてしまう。ディオニュシウスの猛攻を辛うじて凌いでいられるのは、シアラが新式魔法並みに詠唱を終らせられる中級魔法に絞って援護しているのと、弓と回復魔法によって支援するミストラルの貢献による物。
下手にこのバランスを崩せば、一気に敗北する可能性が十分にあった。
(指輪も魂の交換もしばらくは使えない。どうする、一体、どうやってこいつを倒すんだ)
休みなく繰り出される猛攻を避けつつレイは思考を途切らせない。死亡して時が戻っても、如何するべきかを探り続ける最中、レイの耳朶に飛び込んできたのは車輪の音だった。
何かが迫って来ると気づいたレイが振り向くと、どういう訳か見覚えのあるニチョウが大地を駆け抜けていた。
「あれは、キュイか? なんで、ここに居るんだ?」
鮮やかな黄色の体毛に紺が混じる特徴的なキュイが馬車を後ろに繋げながら、レイ達の方へと走って来る。手綱を引いているのはレティだ。
馬車はあっという間にレイ達の傍まで来ると、そこで急ブレーキを掛ける。地面を四本の足で削りながらキュイが停止すると、すかさずレティが杖を振るった。
「《超短文・中級・半球ノ盾》!」
現れたのはレイ達を覆う半球の盾が四つ。しかし、ディオニュシウスの攻撃により、早々に一枚が砕けてしまった。
「レティ、何を考えているんだ。キュイを呼んで馬車まで用意するなんて。まさか、ここから逃げるつもりじゃないだろうな!」
ディオニュシウスを自由にすれば、この拮抗した戦争は一気に敗北する。そのために此処まで戦い抜いてきた。それを放棄するなんて出来なかった。
一瞬、レティが自殺をしようとした事を思い出す。いくら死の螺旋に囚われたからといって、それから脱出するために検証も出来ていない可能性に賭けて自殺をしようとするのは普段のレティらしくなかった。積み重ねた死か、ディオニュシウスの強さか、あるいは帝国との戦争という状況なのか。どこか、彼女の中で歯車が狂いだしたのではないかとレイは疑った。
だが、翠の瞳がレイを真っ直ぐに射抜くとき、そこにあったのは激烈なる覚悟の光だった。
「お願い、ご主人さま。あんなことをしようとしたけど、今だけはあたしを信じて。馬車に乗って!」
レティの声は体を震わすような大音声ではないというのに、どうしてかレイの心へと響いた。
「どうするの、主様。このままじゃ、持たないわよ」
焦りを浮かべるシアラの前で三枚目の盾が破壊され、残りはあと一枚だ。考える時間は無いに等しい。
レイは、レティの瞳で強く輝く覚悟に賭けた。
「全員、馬車に乗り込め!」
言うや否や、レイ達は馬車の後部に飛び込んだ。それを確認するとレティはキュイを走らせ、馬車は音を鳴らして大地を滑る。直後、硝子を砕く音と共に、地面を触手が受け止めきれずにヒビを走らせた。つい数秒前まで、そこにはキュイと馬車があった場所だ。
辛くも脱出した馬車は北の方角に向かう。遠ざかっていく馬車を見て、ディオニュシウスは逃がすまいと唸りを上げた。
「グオオオオオ! ニガスカ、コノスガタヲミタモノハ、ダンジテニガサンゾ。チノハテマデオイツメ、クビリコロシテヤル!」
怒気も露わにした叫びを証明するようにディオニュシウスの体が新しい変化を見せる。
胴体が何倍にも膨張すると、それが狼のような毛皮で覆われ、わき腹からは蜘蛛の如き足が何本も突き破り大地を踏みしめ、背中にはイソギンチャクのような細い触手が風に靡く様に揺れた。
レイ達が唖然としている前で、胴体からは狼の頭部が生え、鋭いきれ込みのような細い目には金色の瞳が複眼のようにびっしりと並んでいた。
「ニガサン、ニガサンゾ!!」
鎧の時よりも更に巨大化したディオニュシウスはそれに相応しい大音声を上げながら、地面を蜘蛛の足で突き進む。ミストラルがそのうちの一本を矢で射抜くも、バランスを崩すことなく、そのまま再生をした。
反撃とばかりに背中に隙間なく生えた触手の一本がレイ達の馬車を襲う。
「来るぞ、みんな伏せろ!」
叫ぶレイに反応して、馬車に居た四人は一斉に寝そべった。
直後、横合いから振るわれた攻撃は馬車の幌を一撃で叩き割ったのだ。
背中に日の光を感じる。幌を奪われたことで馬車は荷車のような状態になってしまったが、かえって視界が広くなった分戦いやすい。
「それでレティ。僕らは何をすればいんだ!」
「このまま、あの魔人を引きつけて欲しいの。北の戦場に辿り着くまでの間、耐えて!」
レティは振り返りもせずに叫ぶ。その内容の難しさにシアラが顔を顰めてしまう。何しろ、足場となる馬車の中は狭く、あまり逃げ場があるとは言えない。どうするかと顔を見合わせたレイ達を余所に、エトネが手に持った石を投げた。
弧を描く軌道で投げられたその石は、紫電を帯びて胎動するように点滅していた。
次の瞬間、それはディオニュシウスの眼前で爆発する。
爆炎と衝撃が辺りを震わした。
「ケラブノス石の塊か。改めてみると、とんでもない威力だな」
ボルトに搭載できるのは粉末状のケラブノス石。量で言えば小石程度だが、それでも中級魔法並みの威力はある。いまエトネが投げたのは片手持てる大きさだが、威力は上級魔法を超えていた。
爆炎を突き破って現れたディオニュシウスの顔は抉れ、相当なダメージを負っていた。
「これは凄い威力ですね。あとどれぐらいあるのですか」
問いかけにエトネは木箱に収まったケラブノス石を指し示した。
「レイ様。これなら工夫次第で、十分戦えますわ」
ミストラルのお墨付きを得て、レイは頷こうとしたが、しかし、そこで予想外の事態に直面した。
レイ達を追いかけていたディオニュシウスが急に向きを変えたのだ。横へと角度をずらした魔人の狙いに気付いたのはシアラだった。
「見て、主様。あっちは主戦場の方よ! アイツ、兵士を狙うつもりよ!!」
「陛下、彼方を御覧ください!」
デゼルト国と帝国の兵士が入り乱れて戦う戦場の只中で指揮を執り続けるダリーシャスは、近衛の言葉に振り返った。近衛の顔は明らかに青ざめており、何があったのだと視線を追えば、なるほど確かに青ざめたくなるような存在が居た。
巨大な狼のような体に蜘蛛の如き細い足が何本も突き出て支え、背中には細長い触手が草原のようにびっしりと生えていた。どう見てもモンスター以外あり得ない存在なのだが、モンスターの常識からも外れている。
異端にして異質な姿にダリーシャスは悍ましさすら覚えた。
「あれは、何なのだ。何処から現れたのだ!?」
「おそらくですが、南の方角。我らの前線司令部がある方からかと」
「何だと!? ではレイ達の居る戦場から出現したというのか」
視線を逸らす事の出来ない異質な存在。ふと、それが追いかける小さな点に覚えがあった。遠くからでも分かる鮮やかな黄色の毛並みに浮かぶ紺の斑。あれは間違いなく、ニチョウのキュイだ。
だとすれば、追いかけられているのはレイ達ではないか。
そう考えたダリーシャスの前で、悍ましいモンスターが進路を変えたのだ。
―――主戦場である此方へ。
「―――っ、いかん。陣形を組み直せ。背後からモンスターが襲い掛かって来るぞ!」
偶然か、あるいは故意なのか。
モンスターが進路を変えて向かう先はデゼルト国の後背だった。帝国の苛烈なる攻撃を受け止めるために主力を前方に配置したため、後ろは脆い。そこをあのような不気味なモンスターに襲撃されれば、兵の大半は壊滅。残りも戦意を失い、これ以上戦う事は不可能だ。
せめて、一当て防ぐか、あるいは帝国にモンスターをなすり付けられないかと考えるダリーシャス。だが、思いついたところでそれを実行するための時間は用意されていなかった。
狼の口が地獄の門の如く開かれ、デゼルト国の兵士を飲み込もうとした。
しかし、その咢は何も飲み込む事はなかった。
急に閉じた口。加えてモンスターはぐるりと体の向きを変えたのだ。
まるで何かに導かれたように、兵士たちには目もくれずに立ち去る姿に、近衛たちは喜びと安堵を見せる。だが、ダリーシャスはモンスターの変心がどうして起きたのか、すぐに検討が付いた。
レイの《心ノ誘導》だ。
やはり、あの馬車にはレイ達が居て、そしてあのモンスターと戦っているのだろう。
自分の命を狙って戦場を縦断した魔人の事は気にはなったが、おそらくあのモンスターと無関係ではあるまい。自分のあずかり知らぬところで、戦場が大きく動き出そうとしているのだけは、肌で感じていた。
すると、足の下に居るアスタルテが興奮したように身震いを繰り返したのだ。
「おいおい、如何したというのだ」
首を何度も撫でるが、白馬は乗り手の言う事に見向きもしなかった。
ふと、ダリーシャスはある事を思い出した。それはこの馬の本来の乗り手が残した言葉でもある。
『この子は戦馬。それも主と共に敵と戦う馬なんです。ですから、ダリーシャス様のように後ろで引っ込んで指揮をするような方は、あまり好みません。ですから、仲よくしようとしても徒労で終わるだけなのは仕方ない事です』
何時になっても懐こうとしなかった事を愚痴った時に、ナリンザからそう返されたのだ。
「まったく。あやつはいつも一言多いのだから。誰か、代わりの馬を持て!」
突然の命令に驚く近衛らだが、彼らは言われた通りに王に馬を用意する。
馬から馬へと軽快な動作で乗り換えたダリーシャスにアスタルテは驚いたような、戸惑ったような反応をする。珍しく、一本取ったとばかりにニヤリと笑うと、
「お前の思う通りにするが良い。今、お前は何処に行きたいのだ?」
と、告げ、そして白馬の尻を叩く。
アスタルテは前足を上げ、誇り高く嘶くと、放たれた矢のように戦場を駆けだした。向かう先は、もちろん北の方角だ。
王位を巡る反乱から始まったデゼルト国動乱。
己が野心の為に繰り広げられた謀略により血で染まった王宮。
産みの母すらも、その手に掛けたアフサルとの神前決闘。
明らかになった帝国と魔人たちの陰謀。
偶然と必然が招き寄せたのか、熱砂の大陸にて伝説に名高い怪物達が激突。
封印から蘇りし『国喰い』黄龍は討ち滅ぼされた。
そして最終幕と呼ぶべき、人と魔人とモンスターの戦争が終わるまで、あと僅かとなった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は水曜日頃を予定しております。




