表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
485/781

8-62 決断

 視界を開けば、広がる大地はひび割れ草木も生えない死の荒野。無辺に広がる命を感じられない自らの心象世界だが、一つだけ違う箇所を見出した。


 赤灼けた空に浮かぶ太陽の色がこれまでと違う。


 重厚な威圧感を放ちながら中天に座する太陽。その色は不気味なほど黒く、縁だけが禍々しき金色に染まっていた。太陽が月に隠れる金環日食のようでもあるが、そんな常識的な現象ではないのだろう。不気味な黒色は月の影ではなく、太陽が黒く輝きを発し、そして、黒色の光を放つ太陽から明確な視線を感じていた。


「姿を見せたらどうなんだ、影法師」


 レイは再び呼びかけると、返事とばかりに笑い声が空に響き渡った。ディオニュシウスのようなひび割れた声と違い、錆びついた歯車を無理やり回したような不快な声にレイは眉間に皺を寄せた。


「そんなにしかめっ面すんじゃねえよ。あんまりやり過ぎると、皺が刻まれて取れなくなるぞ」


 揶揄う様な口調。


 間違いなく、奴だ。


 視線に鋭さを増したレイが、黒い太陽を睨みつけると、それを背景に新しい黒色が浮かび上がって来た。黒い影は人のような輪郭をしており、それはそのまま垂直に落ちた。


 干上がって乾いた大地に更なる亀裂が生じ、粉塵が舞い上がる。目も塞ぎたくなる砂粒を前にして、レイは微動だにせず、その奥に浮かぶ人影を睨みつけていた。


 粉塵が晴れると、そこに居たのは人の形をした黒い影だ。大地に伸びる影が起き上がったと形容するのが最も近いのか、ともかく質量を持った影が乾いた大地の上に直立していた。


 影なので目も耳ないはずなのに、頭に一つ、引き千切った様な跡があり、そこから歯車が軋むような声を奏でていた。


「久しぶりじゃないか、レイ。こうして顔を合わせたのは、そうそう。フィーニスの憎悪がお前にちょっかい出した時が最後だったな。お前、あれを俺のせいにしたんだよな」


 砕けた口調に親しげな素振りを見せる影法師と違い、レイは表情を厳しくし、今にも戦闘が始められるようにと身構えていた。立ち昇る闘気に乱れは無く、相応の修羅場を潜り抜けた戦士の風格すらあった。


 どんな愚鈍な者でも、レイのただならぬ様子を見れば尋常ならざる覚悟があると分かるのに、影法師は浮ついた様子を改めようともせず、いっそ気だるげな様子すら見せていた。


 此方を苛立たせるための振る舞いなのか、それとも何かしらの企みがあっての行動なのか。レイは影法師の内面を探ろうとして、それが無駄な事だと早々に諦めた。


 影法師の行動原理は単純にして厄介だ。


 自分に対する嫌がらせ。


 徹頭徹尾、それに一貫していた。


 精神的な屈服から肉体の主導権でも奪おうとしているのか、単なる趣味嗜好でちょっかいを出したいだけなのか。真の狙いが不明な相手の考える事を読もうとするだけ徒労に終わる。


 一方で自分の思考が底の抜けた鍋のように漏れていくのは腹立たしかった。レイの心象世界に居候するコウエンと影法師は、宿主の感情や考えを読む事が出来る。特に、レイの罪悪感が具現化した影法師には隠し事は出来ない。


 目の前の存在は、これから自分が下す選択肢を愚かだと笑っているのだろう。


「影法師。僕はお前とそんな話をするために此処に来たんじゃない。それぐらいは分かっているだろう」


「……まあな」


 一瞬、影法師が笑いを薄めて返事をした様子にレイは違和感を抱いた。人相らしいおうとつもない、のっぺらぼうな顔ではあるが、そこには自信の無さが僅かに浮き彫りとなったのを見逃さない。


 いつもと違う様子の影法師に警戒を強めながら、レイは話を切り出した。


「その様子からすると、やっぱりフィーニスの憎悪を取りこんだようだな」


「やっぱり? 随分と上からの物言いだな。それじゃまるで俺がフィーニスの憎悪を狙っていたみたいじゃないか。俺は、犠牲になろうとしたコウエンを守る為に、あえてこの身を捧げたんだぞ」


「馬鹿々々しい。お前はそんな殊勝な奴じゃないだろ。どうせ、チャンスだとばかりに嬉々として飛び込んだんだろ」


 あたかも悲劇を語る様に情感を籠めた影法師に対して、レイは一蹴した。もっとも、それに気分を害するような影法師では無く、肩を竦めて頷いた。


「まあ、お察しの通りだ。見ての通り、俺はフィーニスの憎悪を取りこんだぞ」


 笑みを打ち消すと、影法師ののっぺりとした顔に切れ込みが走る。普通の人間なら左目がある部分が捲れ、そこから金色の瞳が一つ、浮かび上がった。


 禍々しき極彩色の瞳はレイをじっと見つめた。それだけで体が痺れ、恐怖が蘇る。紛れも無く、あの瞳はフィーニスの瞳だ。


「……信じられないな。お前がフィーニスの憎悪を手に入れようとした所までは理解できたが、だからといって相手は『魔王』だろ。本当に取り込んだというのか。一体、どうやって?」


「そいつは企業秘密だ。まあ、物理的な強さじゃ、速攻で敗北しちまうが、ここは精神世界。重要なのは意思の強さと魂の濃さであって……っと、これ以上はまだ早いな」


 喋り過ぎたと言わんばかりに口を塞いだ影法師は両手を肩の高さまで持ち上げると、足元から濃い色の黒い影が発生した。ひび割れた地面に浮かぶ影は影法師の手に向かって噴水のように噴き出し、そして彼の手の中で剣となった。


 生み出された剣の刃にレイは覚えがあった。


「フィーニスの力を操れるようになったのか」


「その通りさ。剣なんて序の口だ。影の武器から始まり、お前が暴走状態の時に着込んだ影の鎧に、あるいは翼を生やす事も出来るぞ。六将軍がそれぞれ『魔王』から与えられた力。さしずめお前のは、《影ノ創造》って所だな」


 影法師の手の中で、様々な武器や道具の姿に変化する影。おそらく、頭の中で思い描いた形に影を自在に操れるのだろう。シアトラ村地下でフィーニスが同じようにしていたのを、思い出し重ね合わせた。そして自由に生み出せるという事は、消す事も一瞬だった。


 空気に溶けるように影が消えると、人の形をした影はレイの方へと歩き出した。口元には興奮から溢れる笑みを張り付け、金色の瞳は爛々と輝いていた。


「この力は使い方次第で、どんな可能性にもなる。まさに無限の可能性って奴だ。それに魔人化はまだまだ未知の要素もある。影を操るなんて入り口に過ぎないぞ。この力を自在に使えるようになれば、お前は『魔王』を凌駕する存在になれる」


 どこか夢を見る人間特有の熱を帯びた言葉にレイは違和感を強めた。だが、影法師はその事に気が付かないまま手を差し伸べる。


「今のお前じゃ、この力を操る事なんて出来ない。だが、俺は違う。俺はフィーニスを取りこんだことで奴の力を自在に操れる。だから、俺を受け入れろ、レイ。そうすりゃ、あんな魔人もどき、さっさと倒せるぞ。お前も、それを望んで此処に来たんだろ」


 その言葉に、レイの違和感は確信へと至った。


 ―――こいつ、勘違いしているな。


 その事に気づくと、影法師の姿が滑稽に見え思わず笑ってしまった。


 慌てて笑みを噛み殺したが、唇の端が持ちあがった。それを影法師は了承の合図だと捉えるが、直後に発せられた言葉に彼は凍り付いた。


「断る」


「……なんだって」


 影法師が呆然とした様子で返したのを見せて、逆にレイは驚いた。この存在でも予想外な出来事に直面すれば呆ける事もあるのかと半ば感心しつつ、同じ言葉を繰り返した。


「断ると言ったんだ、影法師」


「ちょっと待て。断る、断るだと! この力を、『魔王』の力を拒否するというのか!?」


「そうだ。僕は最初から、そんな力に頼るつもり無い」


 毅然とした態度に、レイが偽りでは無く本心から口にしていると察した影法師は、動揺のあまり後ずさりをした。


 そして、レイが一歩距離を詰めると、影法師に浮かぶ金色の瞳を睨みつけながら告げた。


「その力が、フィーニスの力がどれだけ強くて、このどうしようもない状況を打破できるとしても、僕は使わない。その力は、僕の仲間を傷つけようとした力だ。ナリンザさんを殺した力だ。そんな力を僕が有り難がって使うと思ったのか。舐めるなよ!」


「……何を、青臭い理想を語りやがる! そんな綺麗ごとで、どうやってディオニュシウスを倒すというんだ」


「決まってるだろ。死を積み重ねるだけだ」


「お前……正気か」


「正気だとも。ああ、何度でも言ってやるよ。死を積み重ねて、生を勝ち取る。ぼくには最初からそれしか選択肢は無くて。それだけで此処までやって来たんだ。今更、このやり方を変えるつもりは無い」


 無論、レイは《トライ&エラー・グレートディバイド》のペナルティを忘れている訳ではない。誰かに対する認識の喪失に加え、戦闘終了後に能力値(アビリティ)が減少することも承知の上で、この決断を下していた。


『魔王』の力を使わない、と。


「僕はフィーニスの力に頼るつもりは無い。魔人の力を使わず、人間じぶんの力で戦うと決めたんだ」


 その為には幾千もの死を覚悟していると言葉の裏に込めると、影法師の金色の瞳を指しながら切り込んだ。


「お前の事だから、僕がどうしようもない状況になれば、甘い言葉を囁いてフィーニスの力を使うと踏んでいたんだろ。そんな状況だったらコウエンも邪魔できない」


 事実、コウエンが魂の交換による拒絶反応で動けないこの状況を影法師が見逃さないだろうと、レイは考えて、意識を内側へと向けていた。影法師が余計な真似をしないように警戒していたからこそ、相手が動く前に先手を取れたのだ。


 そして影法師に対して先手を取ったという事は、もう一つの事実を指し示していた。


「大体、お前は僕から生まれた存在。僕が考えていることは筒抜けなんだよな。なのに、なんで驚いているんだよ」


「―――っ。気が付いていたか」


「その反応からすると、間違いなさそうだな。お前、僕の心が読めなくなったんだな」


 影法師の雰囲気が冷徹な物へと瞬時に切り替える。自らのアドバンテージを失い、それを暴かれたことで明らかに苛立っている。


「僕がフィーニスの力に頼らないと決めている事なんて、心が読めれば一発で分かる。それを言葉で崩していくのがお前の常套手段の筈なのに、そうはしなかった。ストレートに力を餌のようにぶら下げれば喰い付くと思い込んでしまった。多分、読めなくなったのは、フィーニスの憎悪を取りこんだからじゃないか」


「ふん。その通りだ。お前の罪悪感から生まれたからこそ、俺はお前の心が、感情が、否でも流れ込んできた。だが、フィーニスという別の存在を取りこんだことで、俺は多少なりとも変質したのだろうな。コウエンと同じで、お前の表層的な感情しか読めなくなった」


 バレてしまった以上、隠しておくことも無いと影法師は語る。


 影法師がフィーニスの憎悪を取りこみ、そして自分の物にしたのは、レイが黄龍戦を終えた直後だった。コウエンが憎悪を凝縮した球体を燃やしている間、影法師はレイの行動などを知覚することは出来なかった。下手に外に出れば、コウエンに自分が無事だという事がばれてしまい、厄介な状況になると判断したのだ。


 魂の交換による拒絶反応で、太陽の炎が弱まったのを感じ、外に出た時、影法師はレイの思考が読めない事を初めて知ったのだ。だが、何か重大な決断を下したという、感情のさざ波は感じられたため、フィーニスの力を使う事を覚悟したのではないかと予想を立てて接触した。


「だから、まさかそんな青臭い理想論を語るとは思ってもいなかった。血に汚れた忌むべき力に縋るなんて、お高く留まったお前には出来ないか」


「何とでも言え。それを許せば、僕は僕自身を許す事が出来なくなる。だから、フィーニスの力は使わない」


「……ちょっと待て。だったら、お前、此処に何しに来たんだ。……まさか」


「ああ、これだけを言いに来たんだ。こうして宣言しておかないと、お前が勝手な行動に出そうだからな」


 その言葉通り、レイの体は光の粒となって散り始めた。意識が現実世界に戻ろうとしている。本気で力を借りるつもりが無いと理解すると、フィーニスの瞳は影の肉体へと飲み込まれ、影法師は嘲笑うように口元を歪めた。


「予言してやるよ。いずれ、お前はこの力を使う。その時は、俺の足元で跪かせてやるからな」


「馬鹿か。僕は絶対に使わないと決めたんだ。どれだけ死んでも、それは変わらないぞ」







 演劇が一瞬の暗転の後にセットを変えるように、光景は切り替わった。死の大地が広がり、魔王の瞳を手に入れた影法師の姿は無く、あるのは速度を失った世界に取り残されたディオニュシウスの攻撃だ。


 レイは迫りくる刺突の棘に対して斜め下から拳を叩き込んだ。精神力を纏わせた戦技、『砕拳』だ。破壊の力を全体に浸透させる一撃は、棘に対して通じず、しかし精神力を纏わせたことにより威力が上がり、僅かにだが、方向がずれた。


 それまでレイの頭を貫通していた無慈悲な一撃は、顔の一部を抉りながら通り過ぎた。


 アイスピックの鋭利な切っ先で削られた氷のようにレイの頭は血を吹きだす。このまま放置すれば死にも繋がりかねない傷だが、問題は無かった。


 この場には世界最高峰のヒーラーが居るのだから。


「《ヒールベル》! これで、多少の傷は自動で回復されます!」


 シアラの指示で精神力を回復させたミストラルがレイに回復の鎧とでも呼ぶべき呪文を施した。負傷に自動で反応して治癒が行われるこの魔法は、肉体が抉れた程度なら一秒も経たずに完治させる。その際に必要とする精神力は術者から供給される。


 抉れた傷口が勝手に塞がり、血管が音を立てて繋がっていくのがレイにも分かる。これで多少なりとも無茶が出来るとレイは喜んだ。


 そして龍刀を両手で握りしめ、ディオニュシウスが繰り出す二撃目を凌ぐために両の足で大地を蹴る。


『魔王』の力を借りず、魔人となることなく、人間として勝利するために、戦う。



 ★



 レイが去った心象世界。ひび割れた大地に黒い太陽が浮かぶ世界に残ったのは影法師の姿だけだ。彼はレイの中にいながら、レイが十七回目の死を迎えた事を知覚した。


 初撃を辛うじて躱したのもつかの間、体の一部を巨大な昆虫の鎌に変化させたディオニュシウスの横凪に対応できず、体が上下に別れたのだ。


「ちっ。だから言っただろうに。ディオニュシウスは腐っても六将軍。お前単独じゃ、どんなに足掻いても勝てるわけがない」


 腹立たしそうに呟く言葉は、本来なら荒野に吹く風に飲まれて消えるのだが、彼の背後に姿を見せた少女がそうはさせなかった。


「随分とまあ、レイの事を心配するようになったな、お主」


 心象世界におけるもう一人の住人コウエンだった。褐色の肌に鮮烈なる赤の長髪をなびかせ、宙に浮く姿は威風堂々としている。おそらく、魂の交換による拒絶反応は終わったのだろう。よくよく見れば、外での戦いでも龍刀に輝きが戻り、紅蓮の炎が吹きあがる。


「それにしても騙されたわ。よもやレイを守る為に単身人身御供になるかと思いきや、よもや『魔王』の力を掌握する為だったとはな。そしてそれに成功するとは。いやはや、お主を見誤っておった」


 口では褒めているのだろうが、紅蓮に彩られる縦に裂けた虹彩も、牙の如きむき出しの八重歯も、そして赤く揺らめく闘気も、全てはコウエンを威圧していた。


「……何が言いたいんだ、コウエン」


「ふむ。ならば単刀直入に問おう。お主、何を考えておるのだ」


 ストレートな問いかけ。影法師は一瞬、このまま答えずにレイの深層部分にまで逃げ込もうかと考えるが、そうはさせまいとコウエンが動く。右手をひらりと振るうと、影法師を取り囲むように炎の囲いが展開される。


 どうやら逃がすつもりも、そして何より虚偽を許すつもりも無いのだろう。下手な事を話せば、そのまま火刑に処されてしまう。


「二度は尋ねんぞ。お主が何を目的として、『魔王』の力なんぞを、レイに与えようとした」


 猶予も与えないとばかりに死の気配は濃くなると、影法師は檻の中で肩を竦めた。


「別に、御大層な目的なんか、これっぽちも無い。ただ、そうなった方が面白いと判断しただけだ」


「……面白いだと」


「ああ、そうだ。俺は御厨玲の罪悪感から産み落とされた存在だ。それゆえ、あいつが覚えていることは勿論、覚えていない、そして気づいていない事も全て把握している。だから、断言しよう。あいつは、全てを失うぞ」


 軽薄な口調とは裏腹の重い響きのある言葉に、コウエンは気圧された様に口を噤む。影法師はコウエンの反応を確かめようともせず、独白のように続けた。


「名前も、記憶も、絆も、目的も、何もかもを奪われる。残されるのは、力だけだ。だからこそ、『魔王』の力は使いこなせれば武器になると踏んで、取りこんだわけだ。なのに、あの馬鹿。俺の好意を袖にしやがった。力なんて物は、善も悪も無い。あるとすりゃ、使い手次第、っていう事が分かんねえのかなぁ」


 言いたいことを吐き出したからか、用は済んだとばかりに影法師は地面に向けて手を伸ばすと、そこからずぶりと飲み込まれていった。影法師の言葉の意味を考え込んでいたコウエンは、慌てて問い質した。


「待て! あの小僧が、一体誰に奪われるというのだ!」


 地面に沈み込む影法師は最後に残った頭だけを振り返り、呟いた。


「そんなの決まってるだろ。いつだって人を苦しめる神にだよ」



 ★



 レイとディオニュシウスの戦いは苛烈さ熾烈さを増していった。


 変幻自在に姿を作り替えられる人造モンスターであるディオニュシウスの猛攻は、一秒ごとにパスワードが変更されるセキュリティのように、瞬間の判断が求められる。その点で言えば《生死ノ境》を取りこんだ《トライ&エラー・グレートディバイド》はうってつけの技能スキルと言えた。死を重ねつつも着実に対応していった。


 そのレイを支えるのはシアラとミストラルの麗しき戦士たちだ。


 青銅の鎧が砕けた事で攻撃魔法が通じるようになったシアラと、弓と回復魔法の並列仕様によって今にも崩れそうなバランスを維持するミストラル。たった三人で魔人ディオニュシウスと渡り合っているのは僥倖と称しても過言ではない。


 しかし、その戦いに参加できないでいた者達も居る。


 エトネとレティだ。


 精霊との繋がりも解けてしまい、なおかつレイと対等契約で繋がっていないエトネだと《トライ&エラー・グレートディバイド》の恩恵は受けにくい。そのため前線で戦うなとシアラからはきつく言われ、かといってケラブノス石を搭載したボルトは底を突いてしまった。


「ううう。みんな、がんばって!」


 三人が激しく戦っているのを遠巻きで見ていることしか出来ない自分に不甲斐なさを抱いていていると、もう一人の観覧者であるレティが妙な行動に出ていた。


 彼女は持っていた鞄から単眼鏡を取り出すと、デゼルト国と帝国がぶつかり合う主戦場。そしてその向こうで繰り広げられる常識外の戦場を観察していた。


 そして、何かを納得したように単眼鏡を降ろすと、今度は別の物を鞄から取り出したのだ。


「レティおねえいちゃん、なにしてるの」


 振り返り問いかけるエトネに反応せず、レティは取り出した物の一つを地面に置いた。


「《エクスペンジェン》」


 詠唱に反応して組み込まれていた魔法陣が起動し、大地の魔力を吸ってエルフ製の馬車が巨大化した。エトネは此処までの行動を見て、何か必要な物資を取りだそうとしているのだなと思い込んだ。だが、それが違うとレティの次の行動で分かった。


 彼女はもう一つ取り出していた笛を唇に当て吹いたのだ。


 戦場に笛の音が広がると、それに反応して一頭のニチョウが何処からともなく現れた。黄色の体毛に紺色が混じるニチョウ、キュイだ。


 隠れていたキュイを笛で呼んだレティに、流石のエトネもおかしいと気づき始めた。レティが何をしようとしているのか全く分からないのだ。


「おねえいちゃん! キュイをよんで、なにをするつもりなの」


 袖を引っ張るとようやくレティはエトネを見る。途端、エトネは彼女の双眸に宿る強い意思に思わず身を竦めた。どこか刃の切っ先に映える光のような強い覚悟を翠の瞳に宿したレティはエトネに言う。


「お願い、エトネ。あたしの言う通りに行動して頂戴。この戦争を終わらせたいの」


 並々ならぬ覚悟から放たれた言葉に、エトネは首を横には振れなかった。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は月曜日頃を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ