8-26 南西への足
更新再開です。
「砂の混じる、寒々しい風にも飽きた物だ。故国の風が懐かしい」
眼下に広がる乾ききった茶色をした大地を前にして不満が口から漏れた。緑はほとんど無く、背の低い山々が並ぶ、故国の大地と比べて全く違う風景に、南方大陸派兵軍団竜騎兵部隊の隊長は自分に里心が付いたのかと驚いた。確かに、帝国を離れて幾らかの日数を経過したが、その程度で郷里を懐かしむとは。
常とは違う精神状態に仕方あるまいと一人納得する。
空の覇者たる竜を操る彼らの、帝国における役割は海岸防衛。主に海賊船や海賊船の振りをした他国の軍船から貿易船を護衛したり、海岸沿いの港を防衛し、あるいは近海に出没する大型モンスターの討伐などをしている。また、数年おきに繰り返される内乱や反乱の討伐任務ぐらいだ。
今回のような本格的な外征は、帝国が西方大陸唯一にして、エルドラドの覇権国家となってから初めての出来事であり、その尖兵に選ばれたのは誉高い事である。
領地に残してきた妻子の為に、奮起せねばならないと隊長は心に誓う。
竜騎兵に選ばれるのは、帝国貴族のみだ。家柄以上に、その者の持つ技能や能力値が重要視されるため、下級貴族にとって一足飛びに出世するチャンスだ。もっとも、竜騎兵に選ばれるには厳しい訓練と、過酷な選抜があり、その過程で大怪我をした者はまだ運のいい方だと言われている。運が悪ければ、遺体すら残らない。選抜の過程で、同期が何人散った事か。
そんな試練を乗り越えて、晴れて竜騎兵となった彼らは貴族でありながら皇帝との間に戦奴隷の契約を結ぶ。彼らの命、行動は皇帝に掌握され、皇帝が死ねば彼らもその命を捧げる事になる。もっともさすがにそれは稀で、皇帝が老衰する前に帝位が皇太子に禅譲され、次の皇帝との間に契約を結ぶことになる。
常軌を逸した関係ではあるが、これは安全装置なのだ。
何故なら竜騎兵は、帝国の矢と呼ばれるほどの戦闘能力を有している。
モンスターでは無いが、モンスターに換算すれば上級と超級の狭間に居る飛竜が単体で有している戦闘能力、索敵能力、移動力、機動力に加えて、それを操る兵たちは全員が新式とはいえ上級、あるいは超級魔法を所持している。
彼らの活動限界高度はおよそ、五千メーチル。
他の国々において、対空という言葉が想定している高度はせいぜいが五百メーチル程度なのだから、その十倍の高さに彼らは君臨する。
この圧倒的な差は、経験の差である。
帝国の竜騎兵を除けば、空から来る脅威はモンスターだけだ。そのモンスターの行動原理は、人を殺す事では無く、食べる事にある。どれだけ高所に居ても、最後には低空まで降りてくる。そうなれば、兵士や冒険者の弓や魔法でも届くようになるため、それ以上の高さを想定した訓練や対策を各国は怠っていた。
帝国という強大な国は、その基盤が揺らいでいたため、外征は行えないだろうという希望的観測が、彼らの目を曇らせた。
僅かな冒険者や戦士ならば、その限界領域を超えるが、それは本当に一握りの存在。大多数の人間にとっては、竜騎兵は空を舞う死神と同義だ。
地を這う人々に出来る事は、頭の上に魔法が落ちてこないようにと祈り、建物や地下に逃げ込むだけ。もっとも、死神の鎌は逃げ隠れする人々にも容赦なく届く。
ある反乱鎮圧の時、竜騎兵らは砦の地下に逃げ込んだ逆族を追い詰めるために、大地を抉り返すほどの爆撃の雨を降らした。
(もっとも、どれだけ任務を全うしても、これといった手応えも、達成感も無いのだがな)
皇帝に歯向かう反逆者たちを刈り取る職務に不満は無かったが、それでも忸怩たる思いはあった。一部の扇動者に騙され、唆され、操られた哀れな民衆を区別することなく薙ぎ払う。帝国の民を鏖殺する作業は、気持ちが晴れやかになるとは言えなかった。だが、これも皇帝の治世の為と割り切り職務を邁進していた。
そんな時に降って湧いたように下された外征。
南方大陸デゼルト国における反乱の鎮圧の為に派遣される部隊、というのは表向きの理由。
実際は軍事締結したアフサル・オードヴァーンの敵を排除し、彼を玉座に導き、デゼルト国を外征の橋頭保にするという裏の作戦。
しかしして、真の目的は違う。
皇帝陛下直々に下された勅命は、『魔王』麾下六将軍が率いる魔王軍との同盟によるデゼルト国の制圧が本作戦の目的である。
帝国の将軍であるディオクレティアの振りをして潜入した六将軍ゲオルギウスが極秘裏に黄龍の封印を解き、新王になったばかりのアフサルを暗殺。復活した黄龍を混乱するデゼルト国に送り込み、ある程度の被害が発生した後に同盟軍によって撃破。その後、治安維持の為にと帝国軍はデゼルト国に駐留し実権を握り、そこを起点として南方大陸の制圧へと広がるはずだった。
だった、と過去形になったのは、ゲオルギウスが正体を明かしてしまったからだ。よりにもよって、公衆の面前。それも法王庁の神官が居る前で。これで帝国と『魔王』が密かに手を結んでいた事が発覚した。
帝国将軍の振りをしていたゲオルギウスの傍で、副官の振りをしていた本物のディオクレティア将軍は即座に作戦の変更を決めた。今回の外征においてのみ、彼は皇帝と同等の権力を与えられていた。
「この地を離れ、態勢を立て直す。全軍、撤退だ」
ゲオルギウスが石舞台で姿を晒した瞬間、彼はゲオルギウスの勝敗を無視して、そう決断した。結果、一万の軍勢はデゼルト国側が対応を決める前に動き出す事が出来たのだ。
ディオクレティア将軍は続けて、竜騎兵らに殿になるように命じ、彼らはこの命令を受領した。
竜騎兵による殿とは、普通の殿と意味が異なる。
撤退する味方のために時間を稼ぐという基本的な部分は変わらないが、そのために取られる手段が違う。普通の殿なら、追撃してくる敵部隊と味方の間に立ち、味方が十分に安全な場所に逃げ込めるまでの時間を稼ぐ。最後の一兵になるまで死力を尽くして立ちはだかる壁のような存在だ。
しかし、地形に影響されずに行動できる竜騎兵は防戦においても攻勢に打って出る事が出来る。
『隊長。オーマットを肉眼で確認。魔法使いらしき影は確認されず。連中、少数の警備しか残さず、祭儀場の方に兵を割いていますね。如何いたしますか』
《伝声》によって先行させた部下の報告を聞いた隊長は、高度三千メーチルの地点で浮遊していた。夏だというのに防寒着を着込み、身体能力を向上する魔道具を装備した隊員が視線で問いかけてくる。
隊長は何の躊躇いもなく告げた。
「攻撃せよ。繰り返す、攻撃せよ。敵が撤退する同胞を追いかけられないように重要施設を重点的に狙え。王宮、議事堂、各族長の館。低空爆撃を仕掛ける際には、敵魔法使い、及び弓兵の存在に留意し、対処せよ」
『了解』
短くとも自信に満ちた声を最後に《伝声》は打ち切られた。六頭の竜騎兵の内、三頭は首都へ向かわせ、自分を含めた三頭は撤退する味方の後方空域に留まっていた。
首都に打撃を与えられても尚、追撃の手を緩めない場合に備えての措置だ。戦力の分割は避けるべきだが、隊長は安全策を選んだ。
遠くに見える白亜の首都。そこに向けて飛竜が滑空し、直に紅蓮の華が咲き誇る。一方的な破壊になるだろうと想像していると、再び《伝声》が入る。
もう終わったのかと一瞬頭を過るが、それは違った。
『緊急連絡! 緊急連絡! こちら、首都上空。敵の攻撃を受け、二騎撃墜、二騎撃墜! 繰り返す、こちら、うわああああ!』
悲痛な声は隊長の耳朶を喧しく震わせ、唐突に終わった。まるで、鼓膜が破れたかのような静けさに、服の下を冷たい汗が流れ落ちる。
「おい、おい! 何があった! 返事をしろ!」
僅かに残った希望に掛けて叫ぶも、返答は無い。自分を見つめる隊員の目に若干の恐れが浮かぶのに気が付いた隊長は、問題ないとばかりに胸を張る。
「どうやら、敵部隊による抵抗にあったようだ。状況が不明の為、仲間の生死は不明だが、俺は生きていると思う。だとすれば味方の救出は帝国貴族として当然の責務。また、飛竜も敵の手に渡ると厄介だ。回収、もしくはそれが不可能ならば処理するのも竜騎兵の責任である。よって、我らも首都へ攻め入るぞ」
「「了解です、隊長」」
規律良くされる返事に隊長は頷くと、相棒の手綱を引っ張る。それだけで飛竜は心得たとばかりに両翼で空気を力強く叩き空を駆ける。眼下には竜騎兵にだけ与えられた特別な光景が広がる。まるで世界が演劇のセットのように高速で入れ替わられていく。眼球保護のためのゴーグル越しに白亜の都が大きくなると、そこは静かな空域だった。
「隊長、肉眼で分隊の姿は確認できません」
「こちらも同様だ。どうやら撃墜されたのは間違いないようだが」
三人は舐めるように眼下の都を見る。地表での戦いと違い、空中では戦闘の残滓は残りにくい。被弾した味方は重力に従い、下へと落ちるのだ。どこかに撃墜したか、あるいは戦闘の痕跡が残っていなかと期待して覗き込むと、視界に小さな点を見つけた。
それは徐々にではあるが近づいてくる、竜騎兵だ。
「隊長! 生存者が此方に!」
「うむ。此方でも確認した。だが、あの様子からすると手負いかもしれん。近づき救援するぞ」
了解と木霊した返事と共に竜騎兵らは、都から上昇しようとする仲間の元へと向かう。
やはり怪我をしているのか、竜の様子がおかしい。羽ばたきのリズムが悪く、重心がずれているかのように傾いている。どこか、怪我をしたのだろうか。
だとしたら厄介だと隊長は心中で呟く。
帝国が所持している竜の数はそれほど多くない。一匹でも失えば、それは重大な損失だ。その責は隊長が取らなくてはならない。
せめて、治療可能な程度の損傷であってほしいと祈る。
だが、近づくにつれ、男の胸中を占めるのは疑念だった。近づくにつれ細部がはっきりとする竜騎兵の姿に違和感があるのだ。防寒用のマントを羽織る兵は此方を見ようともせず、まるで顔を隠すように伏せていたのだ。
瞬間、突風が首都上空の四騎を襲う。竜騎兵ならば態勢を崩すことなく凌げる風なのに、眼下の飛竜はバランスを崩し、その際にマントが捲れ上がった。
そこから現れたのは目も鮮やかな緑髪を掻き分ける長耳だった。
隊長は全身を這いずり回る悪寒に叫んだ。
「全騎、離脱! この空域より上昇しろ!!」
緑髪長耳という特徴はある種族を指す。
エルフだ。
厳しい訓練に耐えたとはいえ、竜騎兵のアドバンテージは高高度から一方的に攻撃できるという点のみ。魔法の長けたエルフらの間合いに入れば、いくら彼らでも太刀打ちできない。そう考えての判断だが、どういう訳か竜騎兵は逃げ出すことができなかったのだ。
「くっ! どうした、落ち着くんだ!」
「おかしいです、隊長! 竜が、言う事を聞きません!」
「何だ、とぉう! お、俺もか!」
跨る飛竜が突然、体を震わし出したのだ。羽ばたきを止め、今にも気絶しそうなか細い悲鳴を上げていた。まるで引きつけを起こした子供のような様子に、隊長はある事を思い出した。
それは十日以上前。ガヴァ―ナの港近くで宿営をしていた時の事。
竜騎兵らにアフサル王子と敵対する勢力が逃亡したため、追撃するよう指示が下された。詳しい事情を知らされないまま、手すきの隊員が追撃に出向き、それで話は終わるはずだった。ところが、ほどなくして戻って来た隊員は敵を取り逃した事を口にし、釈明とばかりに飛竜の様子がおかしくなったと訴えた。
何かに怯えるように、自分のいう事を聞かくなった、と。
馬鹿々々しいと一蹴したが、こうして似たような状況に陥れば、部下が真実を口にしていたのだと認めざるを得ない。
飛竜らは何かに怯えているのだ。
何にと考える隊長の体が影に包まれた。
太陽が雲に遮られたのかと考えたが、しかし違った。視線を上に向けると、いつの間にか隊長を含めた三騎の頭上を取るように飛竜が飛んでいたのだ。それも上昇しながら宙返りをしていた。天地をひっくり返したように裏返る飛竜。背に跨る不審者の体を覆っていたマントが滑り落ちると、そこに居たのは一人では無く、二人だった。
枯れ木のような細い体躯を珍しい民族衣装で包み込むエルフと、黒髪に白髪を混じらせる少年だ。少年の腰には奇妙な形をした剣が佩いており、紅蓮の鞘がさながら龍のブレスのように赤々としていた。
宙返りをする竜を足場に、エルフが跳んだ。真下へと落ちるギロチンの刃のように隊長の横に落ちると、腰にあるロングソードを抜く暇もなく、隊長の意識を刈り取ったのだ。
時間は少しだけ巻き戻る。
喧噪渦巻く祭儀場傍をレイとサファ、そしてマクスウェルは遅々として動かない避難民をすり抜けるように駆けていた。小高い丘にあるこの神殿は位置的に首都を見下ろす位置にあり、今彼らは首都を望める場所へと向かっていた。
「マクスウェルとやら。飛竜を奪うと突拍子も無い事を口にしたからには、何かしらの策があっての事だろうな」
サファが汗一つかかずに尋ねると、マクスウェルがレイの方を向きながら、秘策を口にした。
「策はありますとも、サファ殿。レイ殿が持つ、龍刀に宿りしコウエンの力を借りれば、飛竜を奪う事なんぞ、造作も無い」
「それってもしかして、あの時の事を再現しようとしているのか?」
ガヴァ―ナの港を脱出するときに、コウエンは追いかけてくる飛竜を脅し、退けたのは事実だ。だけど、あれは相手を怯ませたに過ぎず、屈服させ、服従させたわけでは無い。飛竜を意のままに操れるかどうかは不明なのだ。
しかし、マクスウェルはレイの不安を理解しながら言葉を続けた。
「別段、黄龍との戦いに飛竜を使いたいという訳じゃない。黄龍と戦う場所までの足となってくれれば、それで十分だ。むしろ、短時間でここからアルビノ砂漠近辺まで行ける方法は他に思いつくまい」
「それはそうだけど、そのための作戦も無茶苦茶だよな、これ」
事前に説明された段取りにレイは不安を覚えていた。
そんなレイを余所に、一行は首都を一望できる崖へと辿り着いた。時を同じくして、首都襲撃を任された竜騎兵たちが上空から一直線に滑空する瞬間だった。
戦士らの目に黒点が恐るべき速度で迫るのが見えていた。
もう、迷っている暇は無い。迷えば、首都が攻撃を受けてしまう。
「レイ殿、サファ殿! 準備は宜しいか!?」
「ああ、もう。分かりましたよ。好きにしてくれ!」
「構わん、やれ」
半ばヤケクソ気味にレイは叫び、サファは冷然としたまま返答する。マクスウェルは長杖を振るい、魔法の宣言を果たす。
「《知よ、灯れ》」
空気が切り替わる。マクスウェルの体内から精神力が汲みだされ、詠唱と共に魔法へと変わる。
「《風よ、吹き荒れろ》」
サファがレイの襟首を掴むと崖に向かって駆けだした。首都を一望できるということは、それだけの高さがある崖。転落防止の柵も無く、むき出しの崖に対して『守護者』は躊躇うことなく飛び出した。
悲鳴を上げるよりも前に、レイ達に向けて追い風が吹いた。
「《ウィンド》!」
それは風系統の旧式魔法において最弱に分類される。《詠唱省略》を持つシアラなら、詠唱することなく発動できてしまう、簡単な魔法だ。突風を巻き起こすと言えば聞こえが良いが、実際は直立する人の態勢を揺らす程度しかない。
しかし、この魔法に尋常ならざる量の精神力を、具体的には超級旧式魔法を発動できるだけの精神力を籠めればどうなるのか。
答えはレイ達が証明する。
台風の如き暴風が崖から落ちようとする二人を拾い上げ、一気に首都上空まで運んだ。最弱の魔法だからこそ、精神力をつぎ込んでも二人の体を傷つけることなく、なおかつ長距離を飛行するという理不尽を可能とした。
竜騎兵らはさぞ驚いただろう。
自分らと同程度の速度で迫る飛行物体の存在に。エルフに襟首を掴まれたレイが空中で、まるで砲弾のように投げ飛ばされるのを。それが真っ直ぐに自分にぶつかるのを目の当たりして驚かないはずがない。
飛竜の背に向かってレイは投げられた。あまりにも早すぎれば共に落ちるという危険性を考慮して、サファにしては優しく投げたのだろう。望まずにレイを受け止める事になった竜騎兵は衝撃で息が出来なくなり、骨にひびを走らせるも手綱を手放さなかった。
だが、直後にレイが抜き放ったダガーを回避することは出来なかった。紫電が数度往復し、竜騎兵の意識は火花と共に散った。意識を失い弛緩した肉体を受け止めつつ、レイは龍刀に向かって叫ぶ。
「コウエン、頼む!」
『其方はあれだな。妾に対して畏敬の念が無くなってきたなぁ!』
気安く頼むレイにコウエンは不満げな声を出しつつも、龍刀の中から赤龍の気配を放つ。途端、首都上空に集結した竜騎兵らの様子が一変した。喉が潰れたような悲鳴を上げて、乗り手を落とそうと錯乱した行動をとる。彼らは人龍戦役の後に生まれた個体ではあるが、細胞には龍への畏怖が刻み込まれていた。
それはすぐ傍に居る飛竜ほど影響は強く出る。レイが跨る飛竜は首と体の向きを真逆に振り回し、ついにはフィギュア選手のような体を軸として横回転をしてしまう。天地がひっくり返る中、レイは視界の隅にある人影を捉えた。
それは地上に向けて落下しているサファの姿だ。
彼は一足一刀の間合いであれば、空間すら切り裂く怪物ではあるが、翼を持つ怪物では無いのだ。空を駆ける術を持たないサファは、当たり前のように地上へと逆さまに落ちていた。
無謀に見えるこの作戦は、当たり前だが無謀な作戦である。レイとしてはもっと安全な作戦を実行したかった。例えば、魔法で隆起した大地を足場に近づいたり、もっと安定した魔法で空中を飛行して接近するなど。短い時間でもこの程度の発想は出来た。
だけど、マクスウェルはそれらを却下した。
曰く、実行する側が安全なやり方は、相手にしてみれば想定内の出来事である。想定内の出来事とは、対処が簡単に出来てしまうという事だ。
不確実なやり方ではあるが、これが一番相手の意表を突け、裏を掻ける。その代りにサファの安全は全く保障されていなかった。高速で飛翔する物体に、同じ速度で迫れば交差する瞬間は正に刹那の時間しか残されていない。そんな中で、レイだけを飛竜の背に狙って投げる事が出来るのはサファしか居らず、そのサファでさえそれ以外の行動は取れない。
サファは実行する前に、
「落ちても気にするな。童と鍛え方が違うからな。この程度で死ぬこともあるまい」
と、口にしていた。
だけど。
「だからって見捨てられるわけないだろ! コウエン! 行くぞ!」
『くかかか! あの『守護者』に恩を売るまたと無い機会だな。これは胸が躍るぞ!』
手綱を握るレイに煽られるようにコウエンが叫ぶと、飛竜が咆哮を放つ。そして、レイの意思をくみ取るかのように鼻先を地面に向け垂直に飛翔する。
彗星のように一陣の軌跡を描く飛竜。レイの視界の中で白亜の建物が細部まではっきりとしていく。地面が壁のように迫る中、落下しているサファの後ろに着いた
着流しの裾や袖を広げ、どこかムササビを思わせる姿で速度と落下地点を操作しようとしているが、速度がつきすぎている。このままでは着地では無く墜落してしまう。
「サファさん、今行く!」
頭の中に思い浮かんだ不吉な未来を打ち消すように、飛竜の速度を上げた。
サファの側面に並び、徐々に距離を近づけていく。右手に気絶した竜騎兵を抱え、反対の手をサファに伸ばした。
下から吹き付ける強風に腕が震える。早くと祈るように叫ぶと、左手に固い感触が返った。サファが手を掴んだのだ。そのままレイは力の限りを使い、青年を引き寄せた。
もう、地面がすぐそこだ。首都に残った人々の悲鳴が耳を突き、慄く表情が細部まで見える。
「あがれええええええ!」
喉が張り裂けんばかりにレイは叫び、呼応するように飛竜が鼻先を上げた。飛竜の腹が地面を掠め、アーチ状の建造物を潜り抜けてレイ達は首都上空へと舞い戻ったのだ。
あと数秒遅れていれば、大地の染みとなっていた事だろう。
「はぁ、はぁ、はぁ。よく、やってくれたな」
飛竜の首を撫でるものの、飛竜は不機嫌そうに鼻を鳴らした。どうやら、三人も乗せているのが重いようだ。
レイの背後でサファがくつくつと笑い声を上げた。
「くくく。やる前は随分と泣き言を口にしていたくせに、いざとなれば豪胆な真似をする。下手をすれば、地面に赤い染みを作っていただろう。そもそも、あの程度の高さなら無傷で着地もできたのだぞ」
「……相変わらず、出鱈目な存在ですよね、貴方も」
「だがまあ、世話を掛けた事に相違ない。助かったぞ、レイ」
名前で呼ばれたことにむず痒さを覚える。すると、顔に影が掛かる。見上げれば、赤龍の威圧に当てられた飛竜がのたうち回っている。
「さて。次はあの二頭を奪い、ついでに残りの飛竜も頂戴するぞ」
「分かりました。行きます、しっかり捕まっていて!」
言葉と共にレイ達は飛翔し残りの二騎も無力化し確保。その際に味方との連絡を取らせ、のこのことやって来た三騎も同様に無力化した。
意識を奪い、動けなくないように縄で縛りつけると、六体の飛竜に対してコウエンは念入りに威圧をし、屈服させる。飛竜たちは黄色い瞳に怯えを浮かべ、忠誠を誓うように頭を垂れた。そして戦利品よろしく、一糸の乱れもなく祭儀場に降り立ったのだ。
「待っていたぞ、レイ殿。よくぞ、六騎全て回収してくれたな」
祭儀所傍で準備を終えて待っていたのはローランとミストラルを除く《神聖騎士団》の六人とレティを除く《ミクリヤ》の面々だった。事前に説明を受けていたのか、皆が驚かずに飛竜に分散して騎乗した。レイにはシアラとエトネが同乗する。
リザ等と同乗するマクスウェルが状況を確認するように告げる。
「これより、我らは黄龍討伐へと赴く。敵は強大なれど、我らが倒れれば無辜の民が死ぬ。それを認められない者だけ、共に来てほしい。それ以外の者は、ここに残るのだ」
誰一人、飛竜の背から降りる者は居なかった。かくして六騎の飛竜は本来の主では無い者達を乗せて南西の方角、アルビノ砂漠へと羽ばたいていった。
読んでくださって、ありがとうございます。
メーチルはエルドラドにおける距離の単位です。




