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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-25 新王即位

「王子、王子、ダリーシャス王子。お目覚めください」


「……ん。ラシード、か。俺は……気絶を……何があった。どれぐらい眠っていた」


 従者ラシードの必死な声にダリーシャスの意識は覚醒した。全力疾走した後のような脱力感を感じつつも、それ以外に体に違和感は無かった。頬に着いた小石などを払ったラシードが、


「時間にして十分ほどかと。皆目見当がつきません。僕も、それにカリバン陛下を始めとした十四氏族の方々。それに市民も気絶をしておりました」


「全員が一斉に気絶しただと。そんな馬鹿な」


 驚くも、首を左右に振ればラシードの言う通り、気絶していると思しき者らが地に伏し、一足先に目覚めている者が介抱している光景が広がっていた。


 何があったのか記憶を辿れば、何か、声が聞こえたような気がした。人ならざる獣の咆哮。耳朶を震わすのではなく、魂に直接揺さぶりかける様な、そんな不思議な現象だった。


 原因に心当たりは無かったが、可能性があるとすれば一つしかない。


 ダリーシャスは橙色の瞳を祭儀場の方へと向けた。少し前から激闘の音は止み、外にまで伝わってくる常識外の暴威の気配も治まった。どんな形であれ、六将軍との戦いは終わったのだろう。安全な場所へと避難するダリーシャスにしてみれば、レイ達が勝利したと信じるしかない。


 すると、ラシードが真剣な顔つきで続けた。


「それよりも王子。アフサル王子が発見されました」


「何だと! それで拘束は出来たのだろうな」


 アフサルには色々と尋ねておきたいことがあった。逃がせば何処かで潜伏し、力を貯めて、再び動く恐れもあった。そのため生かして捕えるようにと命令を下したのだ。ところがラシードは表情を曇らせたまま、此方へ、とダリーシャスを案内する。


 気絶から覚醒する人々の間を抜けると、兵士とヌギド族が人払いをしている一角へと辿り着いた。観客席の外壁にほど近い場所で二つの華が咲いていた。


 頭蓋が割れ、もつれるように重なり合う死体。その片方が身に着けている衣服に見覚えがあった。というよりも、全く同じの物をダリーシャスは身に着けていた。オードヴァーン家の王子が儀礼などに用いる正装。白を基調とした生地には、べったりと赤い血と肉片がこびり付いていた。


「兄上……なのか」


「はい。……お顔は確認されない方が宜しいかと存じます」


 主を気遣い警告されるも、ダリーシャスは顔を隠している布を捲り、そこにあったのは死を前にして無念そうに顔を歪めた兄。壮絶な死に顔を目に焼き付けるのと同時に、背中に手を回して固く握るもう一つの死体を見て驚愕した。


「ルドラ殿か! いや、しかし、どうしてこの御仁が? 生きていたというのか」


「どうやらそのようです。おそらく王宮内で発見された焼死体は別の者だったかと。遺体の損傷が激しいため、身元の確認が目撃者と医者の証言でしたので、彼らを買収すれば偽装できます」


「……そこまでした目的は娘の敵討ちだったという事か。……本懐を成し遂げたのですね、ルドラ殿」


 娘を想う父の心を悼む。アフサルと違い、目を瞑り、唇の端を僅かに吊り上げた死に顔はどこか満足そうでもある。ダリーシャスは儀礼服の一部であるマントを外すと、二人の死体を隠すように覆った。


 そして地面に片膝を突けると、胸の前で手を合わせて祈る。


「遠き所より見守る神々よ。今此処に、我が血に連なる兄弟が旅立ちました。どうか今生の彼らの悲嘆を洗い流し、良き旅とならんことを」


 神への祈りを捧げ、数秒黙祷をすると、傍に控えていたラシードに、


「経緯はどうあれ、彼らは王族だ。このような場所で野ざらしにさせてはおけん。至急、棺を用意し、王宮内に運べ」


「了解いたしました。それと王子、幾つかご報告が上がっております。文官が待っております」


 ラシードの妙な物言いに怪訝な表情をするも、ダリーシャスは通せと口にした。二人の前に現れたのは線の細いこざっぱりとした男だった。もっとも衣服とは裏腹に顔は青ざめ、手には水晶の形をした魔道具と、書簡を携えていた。


 ダリーシャスはその男に見覚えがあった。カリバンの傍に仕えている文官の一人だったはずだ。彼は神経質そうな尖った声で、


「ご報告いたします。現在、首都とカストロを含めたアルビノ砂漠近辺にある村々から幾つかの情報が上げられております」


 男は一拍開けると手にした書簡の一つを読み上げた。


「いまより四十分ほど前、首都近郊で宿営していた帝国軍が、突如として移動を開始したとの事です」


「四十分前。つまり、俺が気絶するよりも前。避難中に起きたのか」


「その通りになります。目視できる範囲では、彼らの進行方向は首都よりも北北東。つまりガヴァ―ナの方角かと」


「ガヴァ―ナだと。それはいかん! お爺様はなんと仰られて……いや、待て。それよりも何故、俺にその情報を伝えるのだ」


 デゼルト国は君主制である。十四氏族が王家に対して力を持つものの、政治や軍事の決定権は王にある。王子に過ぎないダリーシャスが何かしらの横やりをするのは越権行為だ。ところが文官は驚くことに、


「カリバン元陛下のご命令につき、王子にお伝えするようにとの事です」


 と、言い切ったのだ。


 祖父の思惑に戸惑うダリーシャスだが、次の瞬間、彼の感情を吹き飛ばすかのように観客席の外壁が吹き飛んだ。彼らが居る場所よりも少し離れた地点で、土埃が煙のようにあがり、細かい破片が散乱した。


 敵襲かと警戒する兵士やラシードがダリーシャスの前に立ちふさがると、煙から叱責の声が飛んだ。


「サファさん! いくらなんでもやり過ぎだろ! 外の様子も分からないのに吹き飛ばすなんて。誰か居て巻き込まれたらどうするんですか」


「舐めるな童。俺がその辺りの手抜かりをすると思うか。人が居らず、なおかつ直進できる最適な場所を選んで破壊したに決まっているだろう」


 冷然と言い放つ声には聞き覚えが無かったが、咎める口調の声には聞き覚えがあった。ダリーシャスは凛々しいと形容される相貌を破顔させて叫ぶ。


「その声、其方はレイか!」


「その声、ダリーシャスか!」


 期待に違えず。


 煙から出て来たのは白髪が混じる黒髪の少年、レイだ。彼以外にもリザやレティ、シアラやエトネも姿を現し、ダリーシャスは内心でほっと胸をなで下ろした。あのような状況下で彼らを置いて観客席を離れた為、彼らの無事が心配だった。見る限りでは無事のようだ。


 ところが、続けて現れた者達の姿にダリーシャスは言葉を失った。


 奇妙な出で立ちをした細い体躯の青年。緑髪を適当な長さに流し、萌黄色の瞳で此方を射抜く視線は刃のように鋭い。突き出たような長い耳からするとエルフらしいが、特筆するべきなのは青年の体から立ち上る氷のような冷たい威圧感だ。


 ともすれば、遠目から当てられたゲオルギウスに匹敵する威圧感にダリーシャスは息が苦しくなりそうだった。


 そして、彼らの後に運ばれてきたのは担架に乗せられたローランだった。担架を支える《神聖騎士団》の面々の顔色は悪い。不吉な予感に駆られダリーシャスは一人走り出していた。慌てた様にラシードたちが追いかけて来た。


「レイ、何が起きているのだ。ゲオルギウスは倒せたのか、その御仁は誰なのだ、というよりも、ローランはどうしてこのような姿になったのだ!」


 間近に見れば、ローランの様子は一層鮮明にあった。半ばから無くした左腕は包帯で隠され、全身にこびりついている赤い血は彼自身の物だろう。ゲオルギウスは魔人。血は青の筈だ。鎧を脱がされた体は所々がどす黒い紫色に変色し、浅い息を繰り返している。意識はないようで、瞼は固く閉ざされていた。


 その場に降ろされたローランに対してミストラルとレティが回復魔法を掛け、リザが隠し持っていた馬車を大きくすると、中に積まれていた《神聖騎士団》秘蔵のポーションが運び出される。


 ローランの治療が行われている傍で、マクスウェルが表情を硬くして口を開いた。


「聞いてくれ、ダリーシャス王子。状況は複雑に、かつ厄介な方向へと向かっておるのだ」







「なん……という……ことだ」


 説明を受けたダリーシャスの体がよろける。まるで臓腑を殴られたかのように、急激な変調が彼を襲っていた。


「六将軍に引き続き、次は古代種の龍、黄龍だと。それも古の伝説に残る、エルフの国を滅ぼした大災害の正体だとは」


 呻く気持ちはレイにも痛いほど理解できた。気絶から復活すれば、状況が一変していた。ゲオルギウスは姿を消し、エルフのお守りで空間移動をしたサファから黄龍が復活したことを聞かされ、マクスウェルが各自の持つ情報を統合した。


「クリストフォロス曰く、六将軍の内に四人が参戦しているとの事。帝国との関係は不明だが、恐らく一枚噛んでいるのだろうな。そちらで何か掴んだ情報はありますかな」


「ある。兄上と合流していた帝国軍が、移動を開始した。方角からしてガヴァ―ナの方面で間違いない。港にある船団で帰国するのか、あるいは侵略戦争の為に派兵される後続部隊と合流しようとしているのかは不明だ。それと、アルビノ砂漠で何かあったようだが」


 視線で文官に尋ねると、男は慌てて、


「アルビノ砂漠との境にある街からの報告ですが、砂漠の中心部。おそらく悪魔の巣付近にて超巨大な竜巻が発生しているとの事。合わせて、アルビノ大砂丘が減少。地点によっては乾いた大地が露出しているとの事です」


「砂漠の端から見えるほど巨大な竜巻。考えるまでも無く、黄龍が起こしているのでしょうな」


 先程から続く微震を足の裏で感じながら、レイは砂漠に出現した黄龍を思い描く。サファの説明通りなら、その巨体は常識を逸脱し、一つの都市のように巨大だとか。更には大地に流れる魔力を吸い上げる特性があり、そのせいでエルフの国は土地が荒廃し、天然の要塞だった鋼鉄の森を失ったそうだ。


 その時、文官の持つ魔水晶が内部で渦を巻き、書簡を吐き出した。受け止めた文官は内容を目で追うと、悲鳴を上げた。


「どうした、何処からの報せだ」


「し、失礼しました。続報です。カストロを始めとした砂漠との境の街全てが、竜巻の移動を確認したとの事です。ゆっくりとですが、動いているとの事」


「黄龍が動き出した訳か。それで、どこに向かっている」


 その場に集まった者の視線を一身に浴びた文官は、今にも倒れそうな様子で、


「……ここです」


 と、消え入りそうな声で告げた。


「ここ……此処だと! オーマットに来ると言うのか!」


 周囲への影響を考えて声を潜めつつも動揺するダリーシャス。マクスウェルは振り返り、輪から外れて様子を眺めているサファに尋ねた。


「サファ殿。黄龍の移動速度はどれほどですか。この地までにどれぐらいの時間を要するかお分かりですか」


「どれ程と問われてもな。ここが南方大陸だというのは分かるが……誰か説明をしてくれんか」


「悪魔の巣より北西。馬で走れば八日ようかと言った所じゃ」


「それならば、明日の日の出までには黄龍は此処に辿り着いているだろうな」


 サファが告げたのは絶望的な内容だった。太陽がそろそろ中天に差し掛かるということは、今の時刻は昼前だ。広大なアルビノ砂漠とデゼルト国の領土を、一日足らずで踏破するという現実に、誰も何も言えなかった。


「幸か不幸か、黄龍は巨大化した事によって翼を失った。空を飛ぶことなく、地を這う虫のようにやってくるぞ。もっとも、虫のように潰されるのは此方だがな」


 サファの皮肉にも何も返せず、レイはダリーシャスにどうするのかと尋ねた。いつもは不遜な振る舞いをするダリーシャスだが、痛みを堪えるように歯を食いしばっていた。そんな弱々しい姿はナリンザの死を看取った時以来だ。


「ともかく、全権はお爺様がお持ちのままだ。俺が勝手に行動すれば、越権行為。命令系統を無視し、現場を混乱させるだけだ。俺は今すぐお爺様の元へ向かう。レイ、マクスウェル。それとサファ殿。其方らも一緒に―――」


「―――待て、ダリーシャス」


 ダリーシャスを遮ったのは、彼が会おうとしていた当の本人、カリバン・デゼルトその人だった。探しに行く手間が省けたと振り返るが、現れた老人の様子に体が硬直した。


 カリバンは武官と思しき者の肩を借りて立っていた。土気色の肌には汗が球のように浮かび、しわがれた唇から細い呼吸を繰り返している。豪奢な衣服を重そうに纏い、彼の周りを気遣わしそうに医師や看護の手が触れる。


 驚きつつも、レイは無理もないと思う。カリバンは病身で床に伏せっていたのだ。彼が倒れた事で神前決闘に繋がるデゼルト国の混乱を招いた。いくらここ数日健康そうに振る舞っていたとしても、やはり老人の体には病魔は巣くっており、この怒涛のような状況に耐えかねているのだろう。


「お爺様! どうか、無理をなさらず、お体を休めてください。お前ら、何をしている。お爺様が横になれる場所を作るか、安全な場所にお連れしろ!」


 祖父を思う孫の言葉だが、カリバンは首を振った。ダリーシャスと同じ橙色の瞳に真剣な輝きが宿ると、


「状況は把握している。六将軍、帝国、そして黄龍。何とも恐ろしいことだ。対応を間違えれば即座に国が滅ぶという。まさに興亡の瀬戸際だ。国が続くか、それとも滅ぶか、この一瞬に掛かっていると言っても差し支えあるまい」


「それは……その通りです。ですから―――」


「―――無念なのは、この老骨では指揮を取り続けるのは難しいという事だ。故に、ダリーシャスよ。其方に後を託す」


 一瞬、ダリーシャスは何を言われたのか分からないとポカンとした顔を浮かべ、直後に息を呑んだ。布が水を吸うように、玉座を降りた男の言葉を受け止めた。


「既に、十四氏族の長らの同意を得た。火急の折ゆえ略式となるが、今此処で即位式を取り行おう」


 言うと、カリバンは供の手を借りずに一歩前へと進み出た。弱々しい老人の足取りであったが、しかし、ダリーシャスの前に立つ姿は威風堂々としていた。長年に渡り、狡猾な十四氏族らと鎬を削り、外敵から国を守り、民を慈しんできた王だけが培えた気迫とでもいうのか。


 それを正面から浴びたダリーシャスは自然と片膝を突いた。頭を垂れると、厳粛な空気が場を塗り替えた。屋根も壁も無い、晴天の下だというの、まるでここが神聖な社のような荘厳な雰囲気にレイは背筋を伸ばした。


「我、カリバン・デゼルトより、汝、ダリーシャス・オードヴァーンに問う。汝は王の責務を忠実に果たすと誓うか。外敵を打ち払い、国土を守ると誓うか。民を飢えさせず、豊かにすると誓うか」


 胸に手を当てたダリーシャスは、己の魂を絞り出すように、重く響く声で返した。


「誓います」


「宜しい。その宣誓、天上におわす神々にも届いた事だろう。今この時より、デゼルト国の王は其方一人である。名をダリーシャス・デゼルトと改めるが良かろう」


 一拍開けると、カリバンはこの場に集まった全ての者に告げるかのように声高に叫んだ。


「いまここに、新たなる王が誕生した! それに異を唱える者は声を上げよ。認める者は新王に拍手を」


 一瞬の静寂の後、万雷の拍手が巻き起こる。誰一人、ダリーシャスの即位に異を唱えず、迫る脅威を打ち払うかのように拍手を送ったのだ。


 ここに、デゼルト国の歴史上、最も過酷な即位が行われたのだった。


 カリバンは打ち鳴らされる拍手に満足そうに頷くと、途端、その場に座りこんだのだ。


「お、お爺様! 無理をなさるから!」


「ふふふ。すまないな、ダリーシャス。其方に、こんな状況で押し付けるように王位を譲る事になるとは」


 口惜しそうに呟く老人の横顔は、年相応の物だった。これまでカリバンの体を内側から支えていた王としての責任とでもいう柱が無くなったからだろうか。ダリーシャスは胸に期す思いを込めて告げた。


「……先王。ご安心ください。決して、国を滅ぼさずにこの窮地を乗り切ります。ですから、いまはご自愛を」


「ダリーシャス。……王よ、よろしく頼む。この国を、民を、どうか頼む」


 ダリーシャスの手を必死に握るカリバンはそのまま、供に支えられて馬車へと案内された。それを見送ると、ダリーシャスは振り返った。カリバンの傍に仕えていた文官たちを前に、舌鋒鋭く命令を飛ばした。


「関係各所に通達。帝国軍の動向と黄龍襲来に備えて行動を開始しろ。まず、帝国軍に対しては首都近郊で宿営している、アフサルが集めた軍団を動かせ。兵站は残っているはずだ。もし、逆らうようならこう告げろ。貴様らが頼りにしたアフサルは死に、十四氏族らは健在だ。傍流でありながら族長らの意向を無視した貴様らの身柄を、この新王ダリーシャスが預かる、と」


 文官は書面を作成しようとするが、それに待てとダリーシャスは言い、


「軍には帝国軍の追跡だけを命じろ。決して此方から戦闘行為をするなと厳命しろ。この状況下で黄龍以外を相手にしている余裕はない。仮に反転して襲いかかってきたら、同様に反転し距離を取る事。ただし、道中の村や街で略奪行為をするようなら、それを阻止する名目で戦端を開いてもいい」


 ダリーシャスの命令を聞き漏らすまいと文官たちがメモを取る中、彼の言葉は続いた。


「ガヴァ―ナの領主に通達。そちらに帝国軍が向かっているため、街に残る守備隊で入り口を封鎖。時間を稼げそうなら稼げ。それと港に新手が上陸するのを防ぐために船団による封鎖活動を実行。帝国の艦隊だけでなく、一般の商船も入出港を禁ずる。その期間の損害は、王宮に回せ」


 酸素を補給するように呼吸を終えると、ダリーシャスは一気にまくし立てた。


「帝国に向けて俺の即位を公式文書で通達しろ。向うの出方を窺う。もし、何かしらの反応があれば、即座に俺に上げろ。それと今より情報の精査、分類はしなくても良い。どれだけ確度の低い情報であっても、逐一俺に上げろ。小さな情報が、あるいはこの難局を乗り切る鍵となるかもしれない。……皆、未曾有の大事である。だが、どうかこの王を信じて付いて来てくれ。全ては、この国を守るためだ」


 穏やかに、しかし力強く言われたことで、文官たちの顔つきから不安が拭い去られる。ダリーシャスを見つめる無数の瞳は、まるで英雄を見るかのような憧憬が含まれていた。自然と、背筋を伸ばした彼らは、


「「「御意のままに!」」」


 と、叫ぶとそれぞれがそれぞれの役割を果たす為に散っていった。


 王としての務めをこなすダリーシャスは、知らずの内に汗を滲ませていた。今更ながらに民を守るという重圧を感じているのだろうか。指先が震えている。そんな主にラシードがそっと汗を拭った。


「御立派なお姿でした、陛下」


「止せ、照れる。あとは帝国と派兵部隊しだいだな。だとすると、問題は黄龍だ。マクスウェル、そしてサファ殿」


 名前を呼ばれた二人が顔を向けると、ダリーシャスが頭を下げた。王が頭を下げるという行為に、周囲が俄かに騒めくが、ダリーシャスは気にせずに口を開いた。


「我が国に、黄龍を食い止める手段は無い。そしていまからギルドに総動員令を発動するように働きかけても、時間が無い。明日の日の出前に黄龍がこの地に来るという事は、砂漠を抜けるのは日が沈んだ頃。それまでにどうにかしなければ、砂漠との境から首都に続くまでの村や街が踏みつぶされてしまう。日暮れまであと六時間。この短い時間で、この状況を覆せるのは其方らしかいない。故に、この通りだ。手を貸してほしい」


 必死な懇願に対してマクスウェルが頭を上げて欲しいと言った。


「《神聖騎士団》はこのような変事を食い止めるために存在する。王に言われるまでも無く、我らはそのつもりですとも」


「その通りです、ダリーシャス王。この身は、力無き民の盾であり、悪を討つ矛。ローランが重傷の状況ですが、それでも私達は《神聖騎士団》なのです。決して、暴威から背を向けるような真似はいたしません」


 ローランの治療をしつつも、ミストラルは毅然とした表情で告げた。顔を上げたダリーシャスは礼を口にし、そしてサファを見つめた。


 ダリーシャスとて、エルフの『守護者』についての知識はある。噂話の域を超えていないが、その実力は山を砕き、海を割り、空を裂いたとも。そんな強力な戦士が居るのだから力添えしてほしいと思うのは当然だった。


 期待を込めた視線にサファはため息を吐き、


「断る……といいたい所なのだがな」


 と、前置きしてから王と向き合う。冷徹な萌黄色の瞳が上から下までダリーシャスを品定めするように動いた。


「相手が黄龍となれば、これを捨ておくわけには行くまい。かと言って、人間のためにこの刀を抜くのも腹立たしい。だから、一つ、条件をだそう」


「条件とは、何だ?」


「貴国とエルフとの間に友好条約を」


 ダリーシャスの反応を待ってからサファは続けた。


「具体的には三代。貴様の跡を継ぐことになる王の、更に次の王が在位している間、エルフに対して友好的な態度を取る事だ。此方が出す要求を可能な限り受けて欲しい。無論、要求は常識的な範囲に収めるつもりだ」


 傍で聞いていたレイは、サファの意図が読めなかった。世界中に点在する隠れ里に住まうエルフたち。しかし、彼らは南方大陸を離れ新天地に向かったのだ。それがどうして南方大陸にあるデゼルト国との間に友好条約を結ぼうとしているのだ。


「三代先までの確約は出来ない。次の王位を継ぐ者がどのような選択をするかは、俺の意思では決められないからな」


「なるほど、それも道理だ。ならば、貴様の存命中だけでも構わんぞ」


「……ならば、了承した。ここにデゼルト国とエルフの間に、友好条約を結ぼう。これより、我らは親しき隣人である」


 追って書面を作ると告げたダリーシャスは文官や武官と言葉を交わし始めた。その隙を突くようにレイはサファに近づいた。


「サファさん。何を狙っているんですか。この国とエルフの間に友好条約を結んで、何をしようとしているんですか」


「気になるか、童。……俺の推測通りならば、千年に渡る不遇の時代が終わるやもしれん。その時に備えてな」


 曖昧な回答にレイは不満を抱きつつ、更に重ねるように尋ねた。


「それじゃ、三代先までという条件は何のつもりですか」


「時期を長めにしたのは相手の反応を探るためだ。此方が譲歩すれば、向うも話に乗って来るだろうと考えてな。……それに、本音を言えば、三代先までの保証は欲しかった。エルフは長命だ。百年なんて、あっという間に過ぎ去る。せめて、それぐらいの期間は条約を保持したいと考えていたのだがな」


 欲を掻きすぎるといかんな、と自戒するように呟くと戻って来たダリーシャスとマクスウェルらと会議を始めた。


「それで、具体的に話を詰めたいのだが、方針を決めよう。黄龍を再度封印するのか、それとも討伐するのか」


「うむ、そのことじゃが、サファ殿、それとコウエン殿。お主らの意見を聞きたい」


 レイは龍刀を抜き放つと、刀身に紅蓮の瞳が映る。サファには石舞台にてコウエンの存在を説明したため、彼は何の反応もせずに、紅蓮の視線と萌黄色の視線を交わらせ、


「封印は無理だな」


『封印は無理じゃろうな』


 と、同じことを告げた。


「その根拠を聞かせてほしい」


『根拠は単純じゃ。黄龍を封印する術式を扱えたのは六龍が一つ、白龍だけ。あやつが死に、いまだ復活を果たしていない以上、どうすることもできん』


「封印は不可能なのか。ならば、率直にお尋ねする、サファ殿。貴殿なら黄龍を倒せると思うか」


「可能か不可能の話なら、恐らくは可能だろうな」


 その言葉に場の空気が明るくなる。しかし、続けて発せられたサファの言葉に一同が押し黙ってしまった。


「ただし、黄龍の巨体と正面からやり合えば、刃が心臓を貫く前に潰されて終わりだ。黄龍を叩き切るには、あれの足を止めて、その上で体に乗り込む必要がある」


「黄龍の足を止めることは、お主にはできんのか?」


「……難しいだろうな。俺は所詮剣士だ。一足一刀の間合いにある物を斬るのは造作も無い事だが、極端に巨大な物を相手にしても攻撃が内部まで浸透しない」


 例えるなら、サファの攻撃は線なのだ。人やモンスターならば一刀で両断する事が出来るも、黄龍のような巨大な存在に線の攻撃は効果が薄いとサファは語る。


「この場合、必要なのは面の攻撃。具体的には旧式超級魔法や、精霊の召喚。あるいは魔法工学の兵器。これらの広範囲、高火力を持って足止めが為せる」


「それじゃ駄目だよ、サファさん。アルビノ砂漠だと魔法の類は使えない」


「なに? そうなのか」


 サファの問いかけにマクスウェルとダリーシャスは頷いた。


「故郷の地を恋しく思わないようにと、情報を遮断していたのだが、よもやそのような事になっていたとはな。ならば仕方あるまい。ある程度黄龍を誘導しアルビノ砂漠から引き剥がすしかあるまい」


「それでは本末転倒だ! できる限り、黄龍を砂漠から出させないでほしい」


「ダリーシャス王。こればかりは仕方ないと愚考するぞ。勝つにはある程度の痛みを許容するしかあるまい」


 マクスウェルが民に血を流す事に苦悩するダリーシャスを窘めつつ、せめてもの慰めになればと思い口を開いた。


「通じるかどうか不明だが、誘導系の技能スキルを使い、人里少ない場所におびき出すという手もある。誰か、使い手は居らんか?」


 その言葉に手を上げたのは、レイだけだった。


 途端、ダリーシャスが語気を荒げて叫んだ。


「レイ! よもや其方、行くつもりではあるまいな!!」


「……行くつもりです」


「この大馬鹿者!! 忘れたのか。其方はつい先程まで体に異常をきたしていたのだぞ。そもそも、其方が行っても足手まといにしかならん!」


 辛辣な言葉だが、それらは全て事実を表していた。また、レイにはダリーシャスが言葉の裏に込めた感情がくみ取れた。彼は彼なりに、また無茶をしようとする自分を心配しているのだ。それに対してレイは真摯に返した。


「体調はもう問題ない。……確かに、僕が行っても黄龍の甲殻に傷を付ける事もできないかもしれない。でも、それでも、ここで黙って待っているなんかできやしない。……ローランさんが、《神聖騎士団》の皆が僕を助けるために傷ついてまで戦ってくれた。せめて、その分を返したいんだ」


「それは……しかしだなぁ」


 それでも翻意を促そうとするダリーシャスに対してマクスウェルとサファが口を挟んだ。


「レイ殿を前線で戦わせるつもりは無い。彼には安全な場所から黄龍の誘導だけに徹してもらう。儂らが彼を守る」


「新たな王よ。貴様が心配するのも良いが、決めるのは童だ。童は必要とされ、行くと決めた。それに口を挟むのは野暮という奴だ」


 二人の言葉にダリーシャスは何かを言いたそうに口を開き、しかしそれを飲み込んだ。代わりに長くて深いため息を吐くと、


「……まったく。王になったというのに、またしても其方らが死地に向かうのを見送るしか出来んのか」


「ら、ってまさか」


 レイが振り返れば、いつの間にか距離を詰めていたリザ、シアラ、エトネが無言の抗議をしていた。


「えっと、もしかして君たちも来るつもり?」


「当たり前の事を聞かないでください。レイ様が死地に赴くのに、一人で行かせません」


「いつまた、さっきみたいな事が起きるか分からないでしょ。それに足止めに魔法使いは必要の筈よ」


「エトネもいく!」


 三人の意思は固く、自分同様言葉で変える事は無さそうだった。ところが、その場にレティが居ない事に気が付き、レイはローランの方を向いた。ミストラルの指示で薬草を磨り潰している少女は視線に気が付き、


「ごめん、ご主人さま。あたしは此処に残って、ミストラル様の手伝いをしているよ。多分、あたしがそっちに行っても、何もできないから」


「……そんな事ないよ。レティが来てくれたら、それはそれで心強い。だけど、君が必要とされている場所はきっとそこだ。だから、頼むよ」


「うん! 無事に戻ってきてね、ご主人さま! 待ってるから!」


 そう言うと、レイは改めてダリーシャスの方を向いた。王は仕方ないとばかり頷き、


「必ず戻ってくるのだぞ」


 と、短く告げた。


「レティシア殿を除く《ミクリヤ》も参戦する、と。決戦の地は後で決めるとして、問題は移動手段だ。サファ殿、お主がやってみせた、あの疑似的な空間転移は可能か」


「あれは移動先をあらかじめ斬っておかないと発動しない。今回はエトネの持つ守りに込めた斬撃が空間を切った事で出口が生まれ、俺が入り口となる場所を切り開いたから移動を可能としたのだ」


「だとすると……ううむ。どうやっても夕暮れ時までにアルビノ砂漠に向かう方法が……。思いつかんな」


 ある意味敗北宣言に近いマクスウェルの言葉。彼の思考は、既に夕暮れ時というダリーシャスが提示した制限を外し、黄龍が取るであろう進路と移動速度を想定して、此方が可能な限り高速で移動した場合、どこで会敵するかを割り出した。そして、その近辺で人気の少ない場所はどこになるのかと計算を始めた。


 それは、その過程で踏みつぶされる人々を許容した残酷な方程式。しかし、現実を見据えた最善の計画とも言えた。


 頭の中で弾きだされた数字をダリーシャスに告げ、時間制限を撤廃してもらおうとマクスウェル口を開いた時、会議に割りこむように文官が飛び込んだ。


「王! 火急の知らせです!」


 ダリーシャスが申せと告げる前に文官は口を開いたのは、それだけ大事なのだろう。事実、彼が口にしたのは深刻な問題だった。


「ガヴァ―ナに向けて撤退中の帝国軍が殿として竜騎兵を投入しました。目下、六頭の竜騎兵がオーマットに向け飛行中の事。如何致しますか」


「厄介な手を使いおって。此方が軍を動かせば首都を焼くとでも脅すつもりか!」


 撤退戦において重要なのは、如何に背後から攻撃されないようにするかという点に尽きる。そのため、軍隊を守る為に殿として命を散らす兵が必要となるのだが、竜騎兵はこれ以上ないほど向いていた。


 上空から敵軍の動向を観察でき、反撃の届かない高所から一方的に攻撃が可能。撤退する本隊にもすぐに追いつけ補給が可能だ。


「仕方あるまい。先の命令を撤回し―――」


「―――それだ!」


 軍を動かすのを諦めようとたダリーシャスを遮り、マクスウェルは叫んだ。理知的な光を携えた瞳がレイを射抜く。


「レイ殿。それにコウエン殿。早速で悪いが、動いてもらうぞ」


「それは構わないけど、一体、何をするつもりなんだ」


 あまりの気迫にレイが若干気後れすると、マクスウェルは悪戯を思いつた童子のようににんまりと笑い、


「奪うのだよ。帝国御自慢の竜騎兵から、竜をな」


 と、簡単そうにとんでもない事を告げたのだ。


読んでくださって、ありがとうございます。


次回更新ですが、来週は少々立て込んでおりまして、纏まって書く時間が取れそうもないのでお休みとさせて頂きます。

なので、一週挟んだ、六月十九日月曜より再開いたします。

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