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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第8章 動き出す世界
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8-20 怪物達の宴

 世界が震える。


 怪物達による四重奏カルテットは初撃からクライマックスを迎えていた。苛烈極まる剣戟の嵐に、世界が震える。銀光が煌めく度に、死の暴威が振るわれた。


 大地が悲鳴を上げ、風が恐れをなして吹き荒れる。


 レイが生み出した、何もかもを黒く塗りつぶすような炎は、鞘に納めたまま抜刀したサファの居合い術によって十字に切り裂かれた。


 ゲオルギウスの肩が朗々と歌い上げた魔法が、巨大な鉄塊となって降り注ぐも、人の祈りが形を成したローランの一撃を持って粉砕された。


 サファの手元で銀光が瞬く度に神速の斬撃が放たれる。世界をも切り裂く不条理の刃を、ゲオルギウスの槍が貫き弾いた。


 ローランは自壊を承知で、己が体に宿る力を振るい続けた。激闘で削れた大剣に、己が存在を乗せるが如き斬撃を放つも、レイの黒い龍刀が受け止めいなす。


 刻々と、時が刻まれる度に目まぐるしく攻防が入れ替わる。刹那の間に、幾つもの死線が踏破され、尋常ならざる怪物達は己が武器を吼えさせる。


 人外魔境。


 人の形をした怪物達の宴は、始まって僅か数秒で、誰も手出しできない異空間と化した。それはリザを始めとした《ミクリヤ》のメンバーは勿論の事、高位冒険者達の《神聖騎士団》でさえ、迂闊に手を出す事が出来ないでいた。


『七帝』が一体、『守護者』サファ。


 六将軍が一席、魔人ゲオルギウス。


 最強の冒険者、『聖騎士』ローラン。


『魔王』の聖印に汚染された『緋星』レイ。


 一人一人が、単独でも怪物と謳われる存在が同時に四人。互いを敵と認識し、矛を向け合い、牙を突きたて、殺し合いを演じているのだ。そこにリザ達が割りこむ隙間なぞ、髪の先ほども無かった。下手にこの場に居れば、流れ弾で体が吹き飛ぶ可能性すらある。


 しかし、彼女らは今にも逃げ出したいと訴える本能をねじ伏せ、震える体を叱咤して石舞台に残っていた。全てはレイを助けるため、その一心だ。


「ねえ、お姉ちゃん」


 正気を失った怪物達の戦いを目で追いかけていたレティが、姉の手を引いた。幼い顔に不安を色濃くさせ、エメラルドグリーンに恐れを抱きつつ、彼女は口にした。


「いま、誰が有利なの。あたしからしたら、皆が強すぎて、訳が分からないよ」


 レティの翠の瞳には、怪物達の宴は影のようにしか映らないでいた。攻防の切り替えが早すぎて、誰が優勢で、不利なのか。見当すら付かなかった。それはリザも近いものがあった。


「私にも確信を持って言えないわ。……でも、予想で良いなら答えられる」


「うん、それでもいいよ。教えて頂戴」


 妹の答えにリザは己が見る限りの情報から分析した状況を口にした。


「最も優勢なのは、間違いなくサファ様ね」


 それは当然の話である。


 サファを除く三人は、規模は違えど戦闘を行っており消耗していた。特にローランとゲオルギウスの負傷は酷い。ゲオルギウスは心臓が一つ、もしくは二つ潰され、ローランは全身に傷を負っていない箇所がないほどだ。対するサファは、エトネの呼びかけに応じてこの地に現れたばかり。体力も万全なはずだ。


「次点で言えば、押しているのはローラン様よ」


 リザの目から見ても、ローランの強さは異常だ。人がどれだけの年月を掛ければその領域に立てるのか、想像する事すら不可能なほど、今のローランは強すぎた。あまりにも強すぎるせいで、体が付いて行かずに砕けているのではないかとすら、そんな馬鹿げた妄想が浮かぶほどだ。


 実の所、彼女の見立ては正しい。《ロード・トゥ・ヘブン》を発動させたローランは、六百年間蓄積されたレベルに耐えきれずに、体を砕けさせながらもゲオルギウスの心臓を一つ潰した。既に体の七割近くが技能スキルによって自壊したが、それでも彼の体は剣を取るのを止めようとしない。


「そして魔人ゲオルギウスがそこに続くわ」


 心臓を潰され、肩の口を一つ潰され、修復したとはいえ先程まで脇腹から内臓が零れさせていたというのに、槍を掴む豪腕に衰える兆しは無く、怜悧な相貌は獣のような笑みに縁どられていた。魔人と呼ばれるだけの事はある。むしろ、あれだけの負傷で、サファやローランの攻撃を受け止めるどころか、反撃している事がリザには理解不能だった。


「それじゃ、一番弱いのは」


「ええ。レイ様が、あの中では最弱という事になるわ」


 リザの言葉にレティは余計に顔を青ざめる。その反応からすると、恐らく彼女もその事実に辿り着いていたのだろう。


 レイは―――正確に言えばフィーニスの憎悪に飲み込まれつつあるレイの意識は、闇を鎧の強化に当てる事を選択した。武具を模ったり、手を伸ばした所で、生み出した瞬間に壊されてしまうだけだ。その分、闇を消耗してしまう。ならばむしろ、余計な事に闇を使わず鎧を強化することにしたのだろう。体が二回り以上に大きくなり、合わせるように身体能力が向上していた。


 それでどうにか、怪物達の宴に参加できていた。


 ―――辛うじてだが。


 今も、ローランの大剣が右腕の鎧を砕き、ゲオルギウスの槍が兜の側面を砕き、サファの刀が左腿を切り裂く。鎧に守られた肉体は、皮一枚守られていたが、いつレイの四肢が切断されてもおかしくない戦いが続いていた。


 この状況下でレイが辛うじて生きているのは、各々の目的が違うからだろうか。


 サファはレイを救出するために邪魔な二人を排除しようとし、ゲオルギウスは主命を果たすのとレイを魔人へと覚醒させるために邪魔な二人を排除しようとし、ローランはレイを救出するためとゲオルギウスを討滅するために戦っている。


 積極的にレイを狙う理由が、この三人には無かった。むしろ、レイに死なれた方が都合は悪く、大人しく下がっていて欲しいのが本心かもしれない。


「レイ様を除く三人は誰もレイ様を狙わず、それ以外の二人を倒そうと集中しているわ。だからこそ、レイ様はいまも無事でいられるの」


「そんなの偶々だよ! あの人たちの攻撃が霞めるだけで、ご主人さまはよろけるんだよ。今にも、吹き飛ばされて、死んじゃうよ」


「ええ。それは、分かっています。分かっていますが……」


 レティの悲痛な訴えに、リザは美麗な相貌を悔しさから歪ませる。己の無力さを痛感し、歯噛みした隙間から言葉にならない感情が漏れ出す。いま、リザ達があそこに飛び込んだところで、一瞬で命を刈り取られる。


 レイが三体の怪物に劣るとしても、そのレイとすらリザ達は何段も、何段も下に位置しているのだ。


 晴れた青空を思わせる瞳が何度も揺れる。戦いに介入できる隙間を探そうと、必死になって見つめるが、そもそも交わされている矛の軌道すら追いかけられない。


 刻々と、時間だけが虚しく進んでいく。


 戦闘は激化する一方で、比例していくようにレイの勢いが萎んでいく。


 魔人へと至るまでどれ程の時間が残されているか、リザには分からない。


 ただ、コウエンの反応からすると、あまり時間は残されていないのかもしれない。


 このまま黙って眺めていれば、待っている結末は二つに一つだ。


 レイが死ぬか、レイが魔人と成るか。


 そのどちらしかない。


 ―――そんな事はない!


「そんな事、させるもんですか」


「お、お姉ちゃん?」


 唐突に呟いた姉にレティは戸惑いつつも見上げる。すると、姉の横顔に覚悟が宿るのが見えた。青い瞳は強い眼差しを放ち、細面の頬は引き締まり、唇が固く結ばれた。


 視線は正面から揺るがず、ただひたすらにレイを見つめていた。


「レイ様は、何時だって地獄のような状況から帰ってきた。いつも、いつも。たった一人で乗り込んで、たった一人で帰ってきた。今回だってきっと帰ってくる。でも帰り道が分からなくなったのなら、私達が迎えに行けばいい。そうでしょ、レティ」


「……うん。うん、そうだね、お姉ちゃん。寝坊助な、ご主人さまを起こしに行こうか」


 そう答えたレティの瞳にも姉に負けない、強い輝きが宿っていた。


「行きましょう、レティ。きっと、私達が動くべき、その時が来るわ。だから、それに備えましょう。ほら、シアラとエトネも動き出しているわ」


 リザの言う通り、二人は石舞台の縁を移動し、いずれ来るその時に備えていた。リザもレティの手を引き、レイを救出するのに適切な位置に移動した。


 《ミクリヤ》の少女達は、この地獄のような異空間において、レイをまだ助けられると信じて疑わなかった。それは砂漠に落ちた針を探すような、大海に落ちたガラス玉を探すような、途方もない幸運が必要である。それでも少女らは疑うことなく、迷いを振り切り、万に一つ、億に一つの奇跡に賭けた。


 ―――それもまた、純粋な想いと言えよう。


 彼女らの必死な祈りに応えるように、その時は来た。


 人外魔境の異空間。怪物達の宴に終わりの兆しが射し込んだ。






 引き金はローランの大剣が砕けた事だった。


 金剛石よりも固いとされている伝説の鉱石を、剣の形にしただけの鉄塊。剣としての切れ味は皆無であり、重さと硬さの二つに加え、ローランの卓越された技量があって、初めて鉄塊は剣と為した。


 それでも、この大剣はローランが《ロード・トゥ・ヘブン》を発動した時のことを想定して与えられた剣だった。鍛え上げた肉体と同じように、砕けることなく六百年の怨讐を受け止める存在として期待されていた。


 それが砕けたのだ。


 砕けないはずの剣が砕けたというのは、それだけ激しい戦いだったという証明と言えた。


 なにしろ、相手は魔人ゲオルギウス、『七帝』サファ、そして『魔王』の影を宿したレイ。この怪物達を相手にして、これほど長く持ったのは、この大剣だからこそだ。


 サファの抜刀術を受け止めきれず、半ばから砕けた大剣が視界から消えようとした。手元に残るのは、刃先を無くした鉄塊だ。流石のローランでも、この武器もどきだけで、怪物達と渡り合える自信は無かったのか、放物線を描こうとする切っ先に向けて手を伸ばした。


 だが。


「馬鹿めっ! させると思うか」


 ゲオルギウスの剛腕が震えた。槍の穂先が複雑な軌道を描いて、折れた大剣を弾き飛ばす。


 あと少しで、その手に収まったはずの大剣が、怪物達の宴から離れていく中、どういう訳かローランの瞳は、そちらを向いていなかった。


 彼の双眸は大剣を追っておらず、最初から一点へと注がれていた。その視線を感じ取り、ゲオルギウスの背筋に稲妻に似た電流が走った。


 この感触を、彼は覚えていた。人魔戦役最終局面。魔界へと逃げる一族を守る殿として、『勇者』ジグムントと戦い、心臓を二つ潰された時と、全く同じだ。


 自分が致命的な失策を犯し、命を危険に晒していると体が、本能が警告を発しているのだ。


 ローランは、最初から折れた大剣に固執していなかった。


 そのことに気が付いたゲオルギウスは、咄嗟に槍でローランの頭蓋を突こうとするも、『聖騎士』は逆に踏み出した。すぐ傍の空間を凄まじい速度で通り抜けた槍に見向きもせず、ローランは上げていた左腕に残った精神力を注ぎ込んだ。


 天を掴むように差し出された掌だったが、指先がぴんと揃えると―――。


 ―――瞬間、男は剣となった。


 六百年、法王庁が鍛え上げ続けた、『聖騎士』という銘の一振りの剣に。


 精神力を一点に集中させたローランの左腕は、まさに剣のような鋭さと硬質さを兼ね備えていた。それを、綿々と受け継がれてきた技術を駆使し、考え得る最高の一撃を放った。


 左腕が空間を裂く。


 狙いは一点。槍を掴むゲオルギウスの右腕だ。


 剣の如く振り下ろされた左腕は、驚くべき事にゲオルギウスの右腕を半ばから切断した。関節から、力任せに千切られたかのように魔人の右腕は掴んだ槍と共に宙を舞った。


 同時に、ローランの左腕も砕け、同じように千切れ飛んだ。


 当たり前だ。所詮は腕。いくら強化した所で肉と血が詰まった袋なのだ。強度を超えた衝撃を浴びれば、耐えきれない。むしろ、ゲオルギウスの腕の方が、まだ形を多く保っている分マシと言えた。ローランの左手は、肘の関節よりも先から、風船のように破裂して、石舞台の染みとなった。


「貴様あああああああ!」


 ゲオルギウスの絶叫が耳朶を震わせたが、ローランの鼓膜は既に破れていたため、届かなかった。右目は光を失い、残った左目だけが辛うじて憤怒と苦痛に敵の顔を映し出していた。


 かくして、両者はそれぞれ右腕と左腕を無くし、赤い血と青い血が混じり合う中、戦いの終わりを感じ取った。互いに、放てる一撃は一度限り。


 それで相手を絶命できなければ、自分が死ぬだけだ。


 奇しくも同じ結論に達した二人は、同じ行動へと至ったのは運命なのかもしれない。


 残った左腕と右腕で宙を舞う槍を掴もうとしたのだ。


 ゲオルギウスが勝利に向かって手を伸ばそうとするのに対して、ローランの体は膝から崩れ落ち、勝利から遠ざかっていった。


 それは当然の結果だ。すでに、彼の体は自力で歩行することもままならず、精神力で体を内側から強化することで支えていたのに、そのつっかえ棒を無くせば、土台から崩れてしまう。槍との距離が遠ざかり、逆にゲオルギウスは近づいていく。


 しかし、その勝利を邪魔しようとする影があった。


 それは文字通りの影だ。


 ゲオルギウスの死角から龍刀闇打ちが迫った。


 意識が朦朧としているレイにとって、敵とは敵対行動を取る存在と、意識の覚醒を促そうとするリザ達。そして何より、フィーニスによって憎悪の対象として刷り込まれたゲオルギウスだ。そんな状態の彼が、右腕を無くし、武器を手放し、他所に対して隙だらけの姿を晒すゲオルギウスを狙わない方がありえなかった。


 ゲオルギウスにしてみれば、最悪のタイミング。やはり、運命を司る神は、よっぽど性格がねじ曲がっているのだろうか。


 気配だけで迫るのを知覚した刃に対して、ゲオルギウスは肩に付いた口を合わせた。鋭い猛獣の如き歯が龍刀を防ごうと噛み付いたのだ。一瞬だが、両者の体は固まり、力比べが起きた。


 その一瞬が運命を別つ。


 ゲオルギウスの伸ばした右腕が動きを止めた瞬間、指先は槍に触れながらも掴むことが出来なかった。槍はゲオルギウスの眼前を素通りし、石舞台へと落ち―――膝を屈していたローランの正面へと落ちたのだ。


今にも千切れそうな意識が一点へと絞られる。ガラクタ同然に成り果てた心臓が、これが最後だとばかりに、高らかに鼓動を刻むと、全身の細胞が湧きたった。魂を燃やせとばかりに体が熱くなった。


 声なき絶叫を上げたのは、はたして誰だったのか。


 肩口から黒い炎を上げるゲオルギウスか。


 槍を右手で掴み、ゲオルギウスの胸に向かって投げたローランか。


 それは誰にも分からなかった。


 ただ、ローランが投げた槍は、鋭い軌跡を描いて、真っ直ぐにゲオルギウスの胸を貫いたのは確かだった。


 左の胸。


 三つある心臓の三つ目を貫かれた男は、金色の瞳に驚きを浮かべ、そのまま背後へと吹き飛んだ。


 それを確認する事もできずに、ローランも力なく石舞台に倒れこむ。左手を無くした青年は、たった一言。すぐ傍に居た男へと向けて呟いた。


「レイ……君を……おねが……い……し……ま……す」


 かくして、怪物達の宴から二人は退場し、残ったのは二人。


 手に龍刀を握るレイと、日本刀を鞘に納めたまま構えるサファ。両者は視線を一瞬だけ交差させると、即座に動いた。


 レイの龍刀から炎が渦を巻き放たれようとする。だが、その炎は一陣の風によって散らされた。


「火遊びは終いだ。……童。死なすつもりはないが、死んだ時は運が悪かったと思え」


 そう告げた瞬間、サファは容赦を捨てた。


 手にした日本刀を高速で振り抜くと、途端にレイの兜が縦に両断される。切断面の闇が手を伸ばすように癒着して塞ごうとするも、刃は許さなかった。


 修復、切断、修復、切断、切断、修復、切断、切断、切断、修、切断、切断切断、切断切断切断、切断切断切断切断切断切断、切切切切切切切切切切切切切。


 兜だけでなく、黒の鎧もまた縦に両断され、横に両断され、新たに縦に切断され、新たに横に切断され。まるで升目に沿うように、細かく千切れ飛ぶと、空気に溶けるように消えた。


 白銀の閃光が悍ましき純黒の衣を拭い去った。


 露わになった右目が若干だが金色に染まりつつあったのを見て、サファは呟いた。


「どうやら、まだ運は僅かばかり残っていたようだな―――レイ」


 サファは呼吸を乱す事すらせず、レイから闇を力ずくではぎ取った。


 そして、これで役目は終わったとばかりに力を抜いた。


 後は、彼女らの番だと道を譲るように退いた。


「《この身は、一陣の風と為る》!」


「《我が足は、世界を跨ぐ》!」


 張り詰めた思いを爆発させるような声が石舞台に響いた。


 レイを挟み込むような位置取りをしていたリザとエトネが、移動系技能スキルを発動したのだ。二人の腰や手にしがみつくようにして、レティとシアラが居た。


 少女らは二組に別れ、同時にレイへと接近する。両者とも、風を得た加速で、一気に距離を詰めていく。


「行け! 行って、レイ殿を助けるんだ!」


「頑張ってください! これは貴女たちにしか出来ません!」


 石舞台に吹く希望の風に、マクスウェル達は祈りに似た応援を投げかけた。その声援を受け、二人の加速は更に増した。


 あと一秒足らずで、二組ともレイに触れられる距離まで近づく。


 正にその瞬間だった。


 レイのに隠れていた闇が姿を現したのは。袖口を通り、左右から挟み込むように迫る二人に向けて、針のように鋭く尖った闇が行く手を阻む。既にレイの目の下にある聖印からは新たな闇が漏れ出していた。


 ここで、闇を躱す為に僅かに進行方向をずらせば、それは重大なタイムロスとなってしまう。闇はそのタイムロスを利用して、またしても兜と鎧を形成してしまうだろう。既に右目が毒々しい金色に侵されつつある。このチャンスを逃せば、レイの魔人化は止められないのではないか。


 刹那の間逡巡したリザとエトネは、どちらも同じ考えに辿り着いた。


 足が石舞台を蹴り、少女らは進路を―――変えなかった。


 被弾覚悟で前進するのを決めたのだ。


 自分たちは運び手で構わない。シアラとレティを、レイの元に届ける、それだけを成せれば十分なのだと言わんばかりに踏み出したのだ。


 迫る針を前に恐れを抱かない二人を見て、サファは萌黄色の瞳に柔らかな色を浮かべた。


「見上げた胆力だ。褒美をくれてやる」


 瞬間―――風が吹いた。


 季節外れの、穏やかな微風はリザとエトネを貫こうと待ち構えていた針の闇を撫で、一瞬で粉砕した。空気に塵となって消えた闇を無視し、四人はレイの元へと辿り着いた。


 左右から、まるで逃がすまいと、離すまいと体当たりをししがみ付いた少女たちは、一斉に叫んだ。


「レイ様!」


「ご主人さま!」


「主様!」


「おにいちゃん!」


 ―――帰ってきて!!


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は五日月曜日頃を予定しております。

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