6-57 四大公爵
かくして西方大陸に安寧を齎した帝国。その功績に大きく関わった『勇者』の影響はいまにも残っているわ。
帝国の僻地だと、言う事の聞かないきかん坊に、悪い事をすると『勇者』がさらっちゃうよって脅すような風潮も残っているぐらい、『勇者』の恐怖がこびり付いているのよ。
当然よね。一国による大陸の独裁。そんな無茶を可能とさせるには並大抵の武力じゃ足りなくて、生半可じゃない武力を振るえば相応の痛みと血を必要とする。
『勇者』は帝国を帝国たらしめる象徴となって王のそばに君臨するようになった。いわば伝家の宝刀よ。それが抜かれたのは、大陸を統一した後でたった二回。人龍戦役を発端とする暗黒期。そして、内乱の終結の時だけよ。
やたら滅多に抜いたら、ありがたみが薄れちゃうでしょ。抜かずに、相手を威圧できれば、それが一番。
それじゃ、それ以外の時、帝国を支えていたのは何か。答えは簡単よね。
貴族よ。
いくら『勇者』が強くても、結局は個人。一つの戦場にしか投入できなくて、他所の戦場には同時に出現できない。その弱点は数を増やす事でどうにかしようとしたらしいけど、ご先祖様も失敗しちゃったしね。
え? どうやって?
『勇者』増産計画という名称で行われたそれは、死体から子種だけを採取してどうにか子供を作れないかって計画よ。まあこの話はまた今度。どうせ失敗した計画だし。
ともかく、帝国がその後も帝国を維持できた理由は他にもあったのがあったわけ。それは旧七帝に支配されていた王家や共同体、武装勢力たちよ。
彼らは正常だったころの『勇者』を知っていて、その強さとあり方に畏敬の念を抱いた。敵すら惹きつける魅力があったの。剣を交わし、武を通じて敵の戦力が味方になり、強力な仲間が『勇者』の旗印に集うようになったの。
そして、その中で特に抜きんでていた四つの集団をご先祖様は重用したの。それこそ、『勇者』の次に頼りにしていたぐらいで、沢山いた子供を嫁がせたり、向うの子供を養子にしたりして縁組して血縁関係を作り身内にしていった。
時を経て、その四家は帝国が設立した時に合わせて公爵の爵位を得た。
公爵はご存知かしら。
そう。貴族社会における最上級の爵位。帝国においては王族を除けば彼らが最上位に君臨するようになったの。人はそれを四大公爵と呼んだ。『勇者』と四大公爵。その二つが存在する限り、帝国は無敵だとさえ謳われたわ。
実際、人龍戦役が始まった頃。各国はそれぞれ兵を派遣して連合軍を編制することになったの。当時、まだ帝国は支配体制を確立しきっていたとは言えず、あまり兵を割く余裕は無かった。龍の被害は多少なりともあったけれど、無視できないほどではなく、文字通り対岸の火事と言えた。
そこで王家は『勇者』と四大公爵の中でも武に秀でた家に一任したの。
結果はご存知の通り、七帝における『正体不明』を除く六体が一堂に会し、龍を撃退した。もっとも一般には七帝の存在は余り知られてはおらず、帝国の民は派兵された勇者と四大公爵の尽力によって勝利を収めたと聞かされていた。その後も立て続けに起きた、人魔戦役、人間戦役を『勇者』と四大公爵は帝国を守る剣として戦い抜き、西方大陸はおおむね被害を免れたの。
民は、四大公爵を誇りに思うようになり、その武名は各地へと伝わるようになったわ。
そして、それからの三百年近い時間を帝国は国力の増強だけに当てる事が出来た。なにしろ隣接する敵国は存在せず、戦役の舞台でもなかったから被害も少ない。他国が疲弊している分、資金や物資を提供することでこちらに有利な通商条約を幾らでも結ぶことができたわ。
復興が終わり、不利な条約に文句を言いだす国には『勇者』の存在をちらつかせることで黙らせ、ただひたすらに繁栄を謳歌していた。
民も、貴族も、そして王家すらも。帝国の繁栄は永遠に続くかと思っていたわ。
でもね。それはまやかしだった。いまから十年程前。四大公爵の一つが反旗を翻した。人魔戦役の折に当主自ら出兵したほどの武門の家が、剣を捧げた王家に対して剣を向けたの。
その頃にはもう、シュウ王国に嫁いでいたから伝え聞く話だけど、お父様を含めた帝室は相当混乱したそうよ。
広い国土の隙間を縫うように繰り返される電撃戦と奇襲戦。軍事を司る家だけに、多くの将兵がその家に付き従ったせいで、物資も、人材も流出。加えて、帝国と敵対していたがために『勇者』に滅ぼされ、蹂躙された部族や国の末裔のような不満分子が合流したことで、更に勢力が増大。最盛期には帝国の国土は二分されてしまった。
その頃の帝国は、ある種の停滞に喘いでいたの。増えた人口。軋み始める社会構造。人々の間に溜まる不平不満。抑圧された感情。
本当なら、そのはけ口を他国に求め、侵略計画が始まるはずだった。私がシュウ王国に嫁いだのもその一環だったわ。でも、四大公爵という、帝国を支える柱の一つが崩れた事で、それらは全ておじゃん。帝室と帝室に付き従う四大公爵、いえ、三大公爵と貴族。そして四大公爵きっての武門の家と反帝国派の連合がぶつかったわ。
多くの民が死に、田畑は荒れ、川は血に染まったそうよ。戦火は収まるどころか、加速度的に増していき、地獄への砂時計が落ちていくのが誰の目にも明らかになった。
お父様は懸命に説得を続けた。叛意を翻した男はお父様にとっての友だったこともあり、どうにか穏便な決着を望んだの。領地の割譲すら停戦の条項にはあったそうよ。でも友は一度も首を縦には振らず、ひたすらに剣を突きつけていた。
遂には帝都にまで反乱軍は押し寄せ、お父様は遂に決断したの。
『勇者』を使う、と。
数年間続いた内乱は僅か一週間で収束へと向かったわ。起動した兵器『勇者』は帝都の城、そのテラスから聖剣を振るだけで押し寄せた反乱軍に大打撃を与えた。
反乱軍の多くは、元を正せば『勇者』と戦い敗れた一族の末裔。先祖から伝え聞いていた『勇者』の凄まじさを、身をもって思い知り、恐怖し、敗走してしまった。でも、『勇者』は甘くない。このエルドラドに置いて、現在彼以上に戦場に立った存在は居ない。その経験値は、例え心が無くなったとしても、道具に落とされたとしても、けして消えなかった。
お父様の命令に従い、敗走する反乱軍を効率よく削り、凄まじい勢いで弱体化させた。元々、最終決戦を想定していた反乱軍は最大規模の戦力を帝都に投入していたの。
それが『勇者』に叩きつぶされ、敗残兵と変えられてしまった。伸びきった戦線を維持できるだけの戦力を無くした公爵は撤退を繰り返し、『勇者』の投入を知った兵士達は撤退する反乱軍を追いかけ回した。
そして、遂に公爵家は滅びを迎える事になったわ。再三の降伏勧告を拒絶し、領地に残った僻地の城を枕として最後まで勇猛に戦ったと伝え聞くわ。
当主とご子息。そして最後まで付き従った近習の者達ごと、『勇者』は無慈悲なまでに全てを薙ぎ払った。それは惨い結果になったそうよ。何しろ城が跡形もなく吹き飛んで、死体すら原型をとどめていなかったとか。普通は反乱の首謀者は公衆の面前で処刑されるのが筋というものなのに。帝室に弓を引き、世の安寧を乱すとい愚行に対してどれだけの罰が与えられるべきなのか。それを民衆に知らしめることで世の規律を守る事になるのに。
……話が脱線したわね。
反乱の首謀者が死に、その一家が全滅しても『勇者』は止まらなかった。あれが当時命じられた内容は、首謀者の一族を根こそぎ殺す事だった。
その中には女子供も含まれており、『勇者』は疑問に思うことなくその命令を実行していくの。公爵家にいた四人の男子の内、一番年下はまだ五歳になったばかりの少年と聞いたわ。
将来の禍根を残さないためとはいえ、惨い話よ。
そして『勇者』は草の根を掻き分け、公爵家の血を引く少女を見つけたの。その子は生まれたばかりの妹と共に僻地も僻地。田舎の修道院に送られていたわ。ちょうど、妹が生まれた頃に公爵家は反旗を翻したから、おそらく姉妹を守るための措置だったのでしょうね。
その修道院には公爵家から援助も送られ、公爵家に仕えていた年老いた使用人が居たことも併せて考えれば、彼女たちを守るための砦だったのかもね。隠ぺい工作として、ちゃんと修道院の形式をとり、孤児たちを引き取って育てていたから相当の手間暇かけていたはずよ。
その修道院に『勇者』は姿を見せた。
道具に落とされた『勇者』は迷うことなく、修道院に押し入った。使用人の振りをした護衛を殺し、子供たちを守る為に立ちふさがったシスターを殺し、事情を良く知らない大人たちを殺し、逃げ惑う子供たちを殺した。
目についた存在を端から殺して回った『勇者』は、火が回り燃え堕ちる修道院でついに目標を見つけた。妹を懸命に守ろうととする幼い少女。
―――それが貴女でしょう、エリザベート・ウィンドヘイル。
「無言は肯定と捉えるわよ」
ジョゼフィーヌが蠱惑的な笑みを浮かべた。それは動物的というよりも、むしろ虫のようなそれだ。感情もなく、機械的に獲物を捕食する昆虫のような笑みをリザに向けていた。
対するリザはレイの腕の中で震えていた。ジョゼフィーヌの一方的な昔語りの最中。彼女はずっと震えていた。薄い肩を震わし、血の気の引いた唇が寒中水泳をしたかのように色を悪くしている。呼吸も浅く乱れている。
とてもじゃないが返事の出来る様子では無い。
その反応が今までの話が真実だと物語っている。何より、レイの腹の中で、今までリザやレティに感じていた疑問がストン収まった。しっくり来てしまうのだ。
元から返事を期待していなかったのか、ジョゼフィーヌはまあいいわと言う。
「私が聞いているのはここまで。本国でどのような裁定が下されたのか知らないけど、どういう訳だか貴方達姉妹は奴隷になる事で命までは奪われずにすんだ。大陸を追放され、奴隷商人に振り回され、姉妹二人が寄り添うように生きて来たんでしょうね」
長い間喋りつづけたからか、声が掠れたジョゼフィーヌは温くなった炭酸水で喉を潤した。もっとも気の抜けた炭酸は不味かったようで、一口飲むなり、残りを甲板に投げ捨てた。
いつの間にか甲板に戻ってきた従者が代わりの物を用意しますと言って消えた。
「そして姉妹は数奇な運命を経て、こんな場所でかつて仕えていた王族の前に姿を晒す。どんな気分かしら。自分たちだけおめおめと生き残り、かつて裏切った主家の前に立つ気分は」
ジョゼフィーヌの翠の瞳が冷たく輝くと纏う雰囲気が一変した。凍てつく様な覇気は、人を有無を言わせずに従わせる王のそれだ。
「頭が高い。跪きなさい」
決して大きくもなく、強くもない口調でそれだけを言う。命令でも魔法でも、まして技能でもないただの言葉にリザは押しつぶされそうに膝を折り曲げてしまう。
彼女にだけ重力が絡みつく様にリザの膝が甲板につこうとして、その体をレイが押しとどめた。
「……ご主人様?」
「跪くことないよ。今の君は僕の奴隷だ。僕が跪く相手以外には跪く必要なんてない」
「でも、それは」
「それは無理というものよ、ぼうや」
甘く囁くようにジョゼフィーヌが口を開いた。彼女は楽しそうに笑いながら、
「貴族とは、生まれながらにして血に縛られる宿業。民を守り、王家を崇める。それを徹底的に、頭で考えるよりも前に、体に染み込ませて生まれてくる。赤子が歩き方を教わるかしら」
「だからなんですか。今のリザは家名を無くした、ただのリザだ。貴族でも何でもない」
「甘いわね。家名を捨てた程度で、奴隷に身をやつした程度で、家族を皆殺しにされた程度で宿業は捨てられないわよ」
御覧なさい、とジョゼフィーヌはリザの足元を指す。折り曲げられた膝の頭は既に甲板に着いていた。
「これが貴族よ。だからこそ、四大公爵の一つが王家に剣を向けたのは、天地が逆さになった衝撃よ。……まあ、それだけの理由が当主にはあったのよね。まったく、老人の妄執には付き合いきれないわよ。あれが生物学上の父だと思うと、吐き気がするわ」
呟くジョゼフィーヌは栗色の長髪をいじくりながら思考の海に飛び込んだ。目の前で膝を着いてしまい動かないリザも、それを立たせようとするレイも視界には入っていない様子だ。
「……あら、やだ。また話が脱線しちゃったわね。それでどうかしら。ここまでの話を聞いて、そしてその状態の子を見て」
「どうかしらって、どういう意味なんですか」
ジョゼフィーヌは椅子から立ち上がると、レイとリザの前まで歩く。ヒールのある靴を履いているせいか、甲板にコツコツという音が立つ。
二人の前に立った女帝は見下ろしながら悠然と問いかけた。
「その子との奴隷契約を解除したくならないのか、という意味よ」
その唐突な問いかけにレイはジョゼフィーヌを見上げるも、逆光によって影となった彼女の顔は良く見えなかった。
「その子は根っからの貴族。主家に傅くことがきちんとできる子よ。それでいて、その主家に弓引く謀反者の血筋をひいている。今この場で、貴方を殺せと私が命じれば、多分命じられるがままに動くわよ。例え、奴隷契約に縛られても、殺そうとする。そんな怖い子をいつまでも置いておくのは、お勧めしないわ」
ジョゼフィーヌが腰を折り曲げ、レイの右手を掴んだ。そこに収められている奴隷契約書を掴むかのように、
「この子はいずれ、貴方を裏切る。なぜなら裏切り者の娘だから。貴族という業を背負いながら、国に反逆するという大罪を犯した男の娘だからこそ、貴方を裏切るわ。だから、その前に、この子を手放しなさい」
甲板に新しい足音が生まれ、近づく影があった。黒装束に身を包んだガシャクラだ。彼は懐から黒に塗られた短刀を取り出していた。
「奴隷契約を解除すれば、直ぐにでもこの子を殺してあげるわ。お父様はこの姉妹を手元に置きたがっているけど、帝国の王族としてそれは認められない。かといって、皇帝が下した決断を私が勝手に破る訳にはいかないわ。でも、奴隷でなくなったこの子を殺すのは問題ないわ」
ジョゼフィーヌが身じろぎ一つしないレイの耳元に、まるで愛を囁くように呟いた。
「さあ、どうするの」
問いかけにレイは数秒押し黙る。
だけど、リザにはその数秒が永遠にも思えた。
そして―――レイの口が動く。
読んで下さって、ありがとうございます。




