表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
307/781

6-51 真夜中のアクアウルプスⅪ

 淡い光がレイの体を包み込む。同時に体の内側へと巨大な力の塊が流れ込み、肉体が膨張するかのような感覚に陥る。


(これが、《全力全開オールバースト》の効果か。体が熱くて、燃えるようだ)


 同時に、指輪に込められていた魔力が霧散した。これで、もしかしたら二度と使えなくなるかもしれない。取り返しのつかない判断をしたのではないかと後悔の念がレイを襲う。


 そんな躊躇は一瞬の事。


 レイは己の中で暴れる力の奔流に従い、一歩踏み出した。


 ―――その一歩がピエロとの距離を零に縮めた。


 懐に文字通り飛び込んだレイにピエロは息を飲んだが、それはレイにしても同じだった。相手が魔法使いである以上、中遠距離は不利な間合い。レイに出来る事は愚直なまでに前進し、距離を潰す事だ。


 その一歩目で相手の懐に飛び込めたのは予想外。出来過ぎと言えた。しかし、驚きのあまり硬直している場合では無い。ピエロは魔法使いであると同時に、何か別の攻撃手段を持っている。


 龍刀を振るう右腕を押しとどめた、何か。それを使われる前に、何より《全力オール全開バースト》の効果が切れる前に勝負を決めたかった。


 レイはコウエンを袈裟に振るう。レイの高速の振りにリザは戦士として驚いた。あれなら間違いなく一撃が入ると確信さえしていた。


 だけど、紅蓮の刃はまたしても見えない何かに阻まれてしまう。切っ先が肩に触れることなく、何かにくいとめられている。


『レイ、これは糸じゃ!』


 その見えない何かを見破ったのはコウエンだった。彼女の言葉を反復する間もなく、レイは龍刀に炎を宿らせた。テントの中を紅蓮が照らし、見えない何かを引きずり出した。


 紅蓮の炎が何もない空間を伝染するかのように広がる。


 ピエロは舌打ちをして、指先を細かく動かす。するとレイの両腕が何かに絡めとられ、後ろへと引っ張られる。頭の後ろへと持ち上がった手が、そのまま更に後ろへと引っ張られる。肩があり得ない可動域に悲鳴を上げた。


 龍刀が再び炎を吐き出すと、レイの背後の空間を焼き払う。背中に熱を感じると途端に、自分を引っ張る感覚が消え、レイはそのまま、上段からコウエンを振り下ろす、狙いはもちろんピエロの頭だ。


 無防備に見えるピエロだが、その十指は細かく動く。するとレイの手首の辺りが見えない手に掴まれたかのように引きずられ、刃はピエロの額を掠めることなく、床に叩きつけてしまう。


 その場を動かずに回避したピエロの背後に、氷の塊が複数形成される。


 レイはすぐさま、コウエンに命じる。


「コウエン、炎を!」


 返事は炎として返ってきた。床に突き刺さったままの龍刀の峰から紅蓮の大火がピエロへと向かう。


 ピエロは慌てることなく、氷の塊を炎へとぶつける。あっという間に氷は炎に溶かされ、発生した真っ白な水蒸気が霧のようにテントを満たす。


 コウエンを床から引き抜いたレイは、高温の水蒸気から逃れるように後ろへと跳ぶ。それはバックステップというには勢いがつきすぎており、リザとシアラを突き飛ばしてしまう。


「きゃ! ご、ご主人様。飛び過ぎです」「主様、周りを見て!」


「周りを見てって言われても、この視界の悪さじゃ。何も見えないよ」


 二人に注意されるも、ぼやくレイ。白色の水蒸気は二人の姿すら隠してしまうほど濃い。当然、ピエロの姿は見えやしない。


 だけど、今のレイには手に取るように感じられる。


 見えなくても、視えていた。テント内の空気の流れを、鋭敏化された感覚で補足していた。


 背後を取ろうと移動するピエロに向けてレイは迫る。


 自分に向かってくるレイに向けて、ピエロは指を鍵盤に叩きつけるように激しく動かす。


 しかし、


「もう、タネは割れているんだよ! コウエン、炎を纏え」


 言葉と共に紅蓮の刀身が炎を纏い、レイは龍刀を振るう。鋭い軌跡を描く度に、炎が水蒸気を散し吹き飛ばす。


 そして、レイはテントを抜け出そうとするピエロに向けて龍刀を振るう。


「逃がすか! 飛炎!」


 龍刀の一閃と同時に炎が刃となって放たれた。ピエロはテントを脱出する直前に炎の刃が直撃し、押し出されてしまう。


「ああ、くそ。逃がしてたまるか!」


 テントから姿を消したピエロを追って、レイもテントの外へ飛び出した。《全力全開オールバースト》が消えるまで、あと二十秒。その二十秒で決着をつけたかった。


 ―――それが失策だ。


「テントごと、焼き尽くされたまえ!」


 炎をまともにくらったはずなのに、焼き焦げ一つ作らず、平然としたままのピエロが待ち構えていた。彼女の背後には静電気を纏った雷の球体が幾つも浮かび、そのどれもが人を一瞬で炭に変える事が出来る威力を有していた。テントを出てきた瞬間のレイに向けて雷系の上級旧式魔法を放った。


 雷の球体が解け、圧縮された幾千もの雷が一つに束ねられて、世界を震わし、夜を昼の如く照らす轟雷となってレイに迫りくる。空間を切り裂く、死そのものを前にして、レイの体は考える前に動いた。


「炎羽!」


 言葉と共に、龍刀の柄から炎の翼が一対飛び出す。在りし日の赤龍の比翼の如き雄々しき翼は刀身に巻き付くと、レイの突きに合わせて膨れ上がり、弾けた。轟雷と比しても負けるどころか、上回る勢いの劫火は周囲の空間を捻じ曲げて突き進む。


 世界を切り裂く轟雷と、世界を捻じ曲げる劫火が激突した。


 上級旧式魔法と炎龍の炎。どちらも等しく規格外の力を持ち―――軍配は炎龍の炎に上がる。轟雷を呑み込んだ劫火が雷を従え、天を目指して昇る。


 夜の空に火柱が飲み込まれ、衝撃波が出島を中心に四方へと広がる。建物は揺れ、壁にひびが入り、海面が嵐のように荒れる。アクアウルプスを揺るがすのは紛れもなく、赤龍の咆哮ブレスだった。






 テントの中に居たリザとシアラは、薄布一枚向こうで起きている何かが通り過ぎるのをひたすら耐えるしかなかった。


 凄まじい衝撃波によってピエロのテントは一気に吹き飛んだ。拡張の術式は解け、実験器具や家財道具も夜の空と海に飲み込まれていく。


 そんな中でリザとシアラが吹き飛ばされなかったのは単に運が良かった。


 レイに突き飛ばされ、その後の戦闘を避けるために床にしがみ付いていたのが良かった。


 二人が顔を上げると、言葉を無くしてしまう。アクアウルプス、その都から出島のように突き出たサーカスの足場。


 沢山の人や物を支えるためにと頑丈に作られた出島を二つに分けかねない巨大な亀裂が出来ていた。両端で辛うじて繋がっている。その亀裂を中心とした、細かい亀裂がひびのように至る所に延び、今にも足場全体が砕けそうだ。そうなれば、団員たちのテントがあった部分は溶けた氷河のように海を漂うかもしれない。


 幾つもあったテントはほとんど吹き飛び、無残な死体を晒していた団員たちも何処かへと姿を消していた。おそらく、先程の衝撃波で何もかも吹き飛んだのだろう。月明かりの下には黒ずんだ血痕が残された。


「なんていう威力……ご主人様はどこに」


 リザは呟くと、辺りを見回してレイの姿を見つけた。


「ご主人様! そこを動かないで!」


 声を掛けると、リザは慎重に動き出した。なぜなら、レイのすぐ目の前には漆黒の海が覗いており、跪いている少年の周りは今にも崩れそうなほど脆かった。


 近づきながらも辺りを見回しているリザには、ここで何があったのかは理解できなかった。しかし、シアラは違った。


 彼女はテントの薄布が遮る向こう側で何が起きていたのか、肌で理解していた。


(いま間違いなく旧式の上級魔法が放たれた。それを主様が龍刀で防いだ。いえ、防いだというよりも、吹き飛ばした。龍刀が持つ炎は魔力の塊。精神力の塊である魔法を阻むことはできる。……出来るけど、これは異常よ)


 シアラに流れている魔人種の血が、旧式の上級魔法と龍刀の炎がぶつかった空間に残る残滓を感じていた。空間にこびり付いた残滓に過ぎないのに、少女はその凄まじさに震えてしまう。


 今のシアラが逆立ちした所で、旧式の上級魔法も龍刀の炎も止めることはできない。《アイスエイジ》は旧式の上級魔法ではあるが、シアラの技量では十分な威力は出せない。


 同時に、今のレイにも不可能なはずだ。旧式の上級魔法を打ち破る炎を出せたとしても、御しきれるはずがない。


 良くても両腕が炭化。悪ければ、上半身が。そんな想像をシアラは思い浮かべてしまう。ところが、ようやくたどり着いたリザの言葉に別の意味で驚かされてしまう。


「ご主人様……良かった。ご無事のようですね」


「……リザ……か。ああ……くそっ。一瞬だけど意識が飛んでた。セーブポイントが出来ちゃったかな」


 何事もなく立ち上がろうとするレイ。足場の悪さに気を使うリザが支える姿を遠目に見て、シアラは愕然としてしまう。少なくとも、レイの体に大きな傷はない。旧式の上級魔法を防いだというのに、無傷に近いのだ。


(……そんなの、あり得ない。……でも、現に無傷なのよ。あり得るとすれば、《全力全開オールバースト》ぐらい。でも、あれは元の能力値アビリティの1.4倍の上昇。……いくらなんでも、その程度の上昇じゃ、足りない。だとしたら……あの男が刻んだ魔法はの魔法式ということなの)


 レイの指に嵌っている赤色の指輪。そこに刻まれた魔法式の正体が分からず得体のしれない不安に心を掻き乱されたシアラを他所に、レイは周囲を睨む。亀裂から顔を覗かせる漆黒の海に足場の欠片がぷかぷかと浮かび、空から舞い落ちる火の粉が残り火のように海面を照らすが、周囲にピエロの姿は無かった。


「ピエロは、黒幕は死んだんでしょうか?」


 リザが不安げに呟いた。《アニマ・フォール》の治し方を聞きだす前に死んでしまった上に、レイの《トライ&エラー》は新しいセーブポイントを作ってしまった。もう、シアラが持つ資料と飴だけが解決の糸口となってしまう。


 しかし、レイは確信めいた口調で、彼女の呟きを否定した。


「いや。アイツは生きている」


 どういう事かと尋ねる前に、漆黒の海から人影が飛び出した。それは亀裂の向こう側に着地すると、


「あーあ。意外と気に入っていたんだけどな、このピエロの衣装も」


 と、誰かに聞かせるように呟いた。ぐるりと振り向いたピエロの姿は海水に濡れ、白いメイクも溶けかけていた。だが、リザの目には彼女の体に傷らしい傷がない事に驚きを隠せなかった。


「無傷!? あれだけの衝撃があっても無傷なんて」


 敵の異常さに呻くリザ。だが、少女の背中をレイが勇気づけるように叩いた。


「しっかりしなよ。あれにもちゃんとしたカラクリが、タネがあるんだ。そうだろ、ピエロ」


「へぇ。君にそれが分かるのかい?」


 挑発的な物言いをするピエロに対して、レイは腕に絡みついたまま残った、ある物を突きつける。もっとも、月明かりの下、更には盲目のピエロには見えないのだが。


 しかし、傍にいたリザにはそれが何なのか分かった。月明かりを受け、銀色に輝くそれは、


「糸……ですか」


「ああ、そうだ。鋼鉄の如き固さを持った、極細の糸。それがお前の武器だろ」


 海水に汚れた顔を、同じく海水を含んだ衣装で拭いているピエロは返事をしない。だけど、レイはコウエンからもたらされた情報を自分の口で語った。


「お前はこの細い糸を束ねて、時には剣のように龍刀を受け止め、時には盾のようにして炎の刃を防いだ。あの時、お前の雷が僕の炎と拮抗した時。糸をドリルのように形成して、足場に穴を作って、直撃を躱す為に海に飛び込んだろ」


 レイは赤龍の咆哮を躱して、足場に向かって落ちる影に気が付いてた。ピエロは否定もせずに、ただ愉快そうに唇を吊り上げた。


「あれだけの魔法を使いこなしながら、同時に糸を操っているなんて。……とんでもない奴ですね」


「あんまり、素直に敵を褒めないで」


 思わずレイは肩を落としてしまうが、レイも内心では敵の異常さに舌を巻いていた。糸を操る力だけではなく、魔法の詠唱速度も異常だ。


 シアラが立てた作戦はスピードと連携を駆使して、相手に下位の魔法を使わせ、上級魔法を詠唱する時間を与えない事だ。一度に二つの魔法が詠唱できないからこそ、無駄な魔法で相手の時間を削る。それに加えて、ここは彼女の魔術的な工房。上級魔法を簡単には使って来ないだろうという予想もあった。


 だけど、ピエロは氷の塊をぶつけてから、テントを脱出するまでの僅かな時間で雷の上級旧式魔法を完成させた。シアラが氷の上級旧式魔法を唱えるのに数分かかるのに、ピエロは短時間で終わらせたのだ。


(魔法使いとしての技量の差か、あるいはまだ何かカラクリがあるのか。……いや、今はそれよりもこれからどうするべきなのか)


 波がぶつかる度に揺れる足場の上でレイは決断を迫られていた。戦闘を続けるか、あるいは撤退するか。


 ピエロが上級魔法を発動した時点で、作戦は前提を失った。その上、短時間で詠唱を完成させるという裏技を彼女は持っている。対してレイ達はこれ以上の切り札を持っておらず、満身創痍とは言わないが、それなりに疲弊していた。

 

 ピエロからお情けのような形ではあるが、最低限の資料と飴は手に入れた。資料はともかくとしても、飴はレティ達に直接魔法を掛けた毒が仕込んである。これを元に治療方法が見つかるかもしれない。それに、相手の力量や戦闘手段も判明した。


 セーブポイントが出来てしまった以上、一度態勢を立て直す意味を込めて撤退したいのだが、そうなると問題がある。


 レイ達が戦っているのは、アクアウルプスから橋でつながった出島だ。都と繋がる唯一の橋はピエロの背後にあるのだ。都の方に逃げるには、ピエロを越えて向こう側へと行かなくてはならない。レイ達の周りは漆黒の大海原。更には先程の衝撃波で海面は荒れている。とてもじゃないが、飛び込んで泳ぐのは難しいだろう。


 逃げ場はない。


 数秒だけ沈黙しままのレイに対して、ピエロはつまらなそうに、


「これはやるだけ無駄だね。どれだけ絞っても、海水がべたつくよ。……まあ、これ以上ピエロの格好にこだわる必要もないか」


 と、自分に言い聞かせるように言うと、異変が起きた。


 彼女の体格よりも一回りも二回りも大きかった舞台衣装が溶けるように消えた。代わりに、足元から闇を固めたような黒い生地がせり上がり、一つのシルエットを模る。


 まるで人魚の尾ひれのように膨らんだ裾から、上に行くほど生地は体に張り付き、ピエロ――――少女の細い体型を隠さない。胸元までを覆った黒い生地は彼女の細い肩を晒す。闇のような黒い生地は少女の指先に生まれると、レース状のグローブが少女の前腕を覆い尽くした。


 そして、海水で中途半端に洗い流された白いメイクを拭い去ると、若いと言うよりも幼い顔立ちが露わになった。正確には判断がつかないが、もしかすると、リザと同い年ぐらいかもしれないとレイは思う。だけど、その思考は、彼女の顔に残る凄惨な傷跡を目にすると消えてしまった。


 焼けた鉄板を押し付けたような長方形の醜い火傷が、少女の瞼を塞いでいた。すると、何処からか黒いレースの布切れが少女の手元に吸い寄せられるように現れた。少女は何のためらいもなく、布きれを目に当てると、後ろで縛る。セミロングの髪を布は上から押さえつけた。


 これでベールが頭に掛けられていれば、ウェディングドレスのような装いだ。もっとも、全身黒ずくめの不吉なウェディングドレスだが。


「ああ、スッキリした。……装いも新たにした事だし、今更だけど、自己紹介の一つでもしようか」


 無邪気な、どこかハスキーな声をした少女は、小柄な体を折り曲げた。


「ぼくの名はエレオノール。二つ名は……そうだね、『魔導師』と名乗らせてもらおうか」


 聞き覚えの無い二つ名に、リザが反応を示した。


「いやしくも、黄金期の三英傑の名を使うとは。身の程知らずとはこの事ですね」


 リザの言葉に、エレオノールは唇を尖らせた。


「そうかな。ぼくとしては間違っていない評価だと思うんだ。なにしろ、《アニマ》の術式は、彼の研だ。それを発展させて、《アニマ・フォール》を完成させた、いわば、ぼくは二代目『魔導師』と呼ばれるべき存在だよ」


「……なるほど。黄金期の一角。偉大なる魔法使いならあり得る話です」


 納得したように呟くリザ。レイは質問したい欲求にかられるも、それを口に出す余裕が無かった。なぜなら、エレオノールから発せられる雰囲気が一変したのだ。


「衣装替えも終わった事だし、君らとの戯れも此処までにさせてもらうよ。何しろ、これでも忙しい身だ。あまり雑事に構っている余裕がないんだ、申し訳ない」


 言いながら空中に浮かぶエレオノール。彼女から発せられる殺気は加速度的に増していく。


「お別れだ、レイ。来世はもう少し、賢く生きるのをお勧めするよ。……おとうさまの生み出す、新世界に君も加えてあげるからさ。今回の教訓にしたまえ」


 エレオノールが右手を前に差し出すと、途端に死が形を成した。


 それは黒い球体だった。初めは掌で包み込めそうなほど小さな球体が、みるみるうちに大きくなっていく。それだけでは無い。球体自体が引力を持っているかのように辺りを吸い上げていた。出島の残骸や、火の粉、それに荒れた海面が引き寄せられ、黒い球体に飲み込まれていく。


超級魔法ディメンション。飲み込まれたら最後、塵も残さずに消えるよ」


「逃げて!! 主様、リザ!!」


 血を吐く様な叫びが二人の背中を震わせた。だけど、二人の足は凍り付いたように動けなかった。いや、動かせなかったのだ。黒い球体の引力に囚われてしまっていた。どうにか出島にしがみ付くことで飲み込まれるのは防いでいたが、後ろに下がるのは不可能だ。


 だから、レイは一つの望みに、奇跡に全てを賭けた。


「《超短文ショートカット超級ウルトラ全力全開オールバースト!》」


 赤色の指輪。どういう原理で魔力が籠められ、使い切った場合どうやって補給されるのか。そもそも補給されるかどうかも不明なアイテム。そこに込められた強化魔法を祈るような思いで唱えたのだ。


 ―――奇跡は起きた。


 レイの体を淡い光が覆い、内側から力の奔流が少年を押し上げていた。


 どうして発動したのか、レイには分からなかった。でも、この力なら超級魔法の絡みつく引力を引き裂き、逃げる事も可能だ。考える事は後回しにして、レイはリザの手を掴み―――その場で崩れ落ちた。


「ご、ご主人様!?」


 リザの呼びかけに、レイは応じる余裕はなかった。意識が保てない程の疲労が全身を支配し、自らの命が削れていくのをまざまざと感じていた。


(体力が……生命力が、凄い勢いで消えてく。……そうか、この指輪は……人の生命力を)


 思考を繋ぎ合わせるのに精一杯なレイは迫りくる黒い塊を睨みつける。


 遠く離れた位置で見ていたシアラにも魔法の引力は絡みつく。少女もまた足場にしがみ付くのに必死だった。


 黒い球体はゆっくりと落下している間に元の何倍にも膨れ上がり――――レイ達を出島ごと踏みつぶした。


 そして―――刹那の間に球体は極小の球体へと縮まり、破裂した。衝撃波を浴びたシアラの体は簡単に弾き飛ばされてしまう。


 衝撃波が収まると、いつの間にか上空に浮かんで退避していたエレオノールの足元は様変わりしていた。黒い球体が飲み込んだ部分が抉れて消えていたのだ。


 出島は当然のように、海面も円形に抉られていた。消失魔法とすら呼ばれる《ディメンション》。球体が飲み込んだ物質は、術者にも分からない何処かへと消えていく。


 滑らかな曲面を生んでいた海水は雪崩のように崩れ、渦潮を作り元の形へと戻る。その際に、二度の衝撃で脆かった出島は、とくに爆心地だった付近を中心として、渦潮に崩されていく。サーカスの巨大な天幕よりも奥の部分は形を保てなくなった。


 しばらくして、海面が穏やかになった時、出島は元の半分ぐらいの大きさに変わっていた。


 海中へと引きずり込む渦潮から逃れられたのは、縁まで弾き飛ばされ無事だったシアラだけだった。彼女は数少ない大きな塊となった出島の欠片にしがみ付いていた。


 漆黒の海面には、それ以外に浮かんでいる物は無かった。


「あっははははははははは! あっははははははははははは! 綺麗さっぱり、消えてしまったようだね、レイ! だが、安心しなよ。君の事はぼくが覚えておくよ。君の愚行と共にね! あっははははははははははははははは!!」


 どうにか資料と飴を握りしめていたシアラはエレオノールの狂ったような哄笑を耳にしながら、意識が闇に落ちてしまった。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回更新は火曜日頃を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ