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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-50 真夜中のアクアウルプスⅩ

「客人の来訪とは胸躍る素敵な出来事だけど、生憎と散らかっていてね。事前に知らせてくれたら、この雑多な空間をぼくなりの趣向を凝らした空間へと模様替えしていたのに。返す返すも残念だよ」


 ハスキーな女の声に、シアラは背筋が震えた。


 思い出すのは天幕の中を一瞬で埋め尽くした上級旧式魔法インフェルノ。骨も残さず燃やし尽くすと言われている魔法は《アイスエイジ》と双璧をなしている。だけど、シアラが使う《アイスエイジ》は自身の技量不足もあり十全の威力を発揮できないでいた。


 それなのに、この声の持ち主は自分が扱えない上級魔法をいとも容易く、それも詠唱も無しに発動してみせたのだ。魔法使いとしての技量は雲泥の差だ。


 同じ魔法使いだからこそわかる技量の差に怯えてしまう。すでに相手の術中に嵌っているのではないかと恐怖が鎌首をもたげていた。


 それを察したのか、レイがシアラの肩に手を当てた。


 視線は穏やかに、大丈夫だ、と告げている。


「不作法に関しては謝りたい。なにしろ、こちらは流れの冒険者。作法のさの字も知らないんだ」


 レイは堂々と、空間拡張が施されたテントに響く声に言い返していた。ピエロの姿は見えないが、敵意が肌を刺しているのが分かる。近くに居ると確信して言う。


「だから、遅ればせながら挨拶を。《ミクリヤ》所属のレイだ」


「おや、これはご丁寧な挨拶だ。侵入者の癖に。それで、レイとやら。君は何をしにここに来たんだい?」


「いま、街で起きている騒動の黒幕、アウローラサーカスのピエロであるアンタに会いに来たんだ」


 堂々と、喧嘩を売りに来たような物言いにリザ達は面喰ってしまう。実際の所、レイは喧嘩を売りに来ていた。レティとエトネをあのような目に合わせ、裏社会の住人とは言え、年端の行かない子供たちをあのような無残な姿にした存在に腹を立てていた。ましてやそれが自分の同類かもしれないと知り、余計に腹立たしく思う。


 一瞬、静寂がテントを支配すると、雷が落ちたかのような哄笑が響く。


「あっは、はっはっはっはっはっは!! いいな、君! すごくイイよ! あっはっはっはっはっはっは!」


 哄笑は次第に落ち着いていき、笑い疲れたのかピエロは静かに語りかける。


「どうしてぼくに気が付いたのとか、不可解な点はあるけど、まあいいや。お相手しようか」


 その言葉と同時に、空間が湾曲した。ぐにゃり、とテントの中央付近がねじ曲がり、一瞬のうちで元に戻ると、そこにはあのピエロが立っていた。


 距離にして五メートルと離れていない場所に敵が突然現れ、レイ達は身構えた。


「転移魔法陣か?」


 唐突な出現から、レイはエルフの里で使われている技術を連想したが、魔法使いのシアラが顔を青ざめながら否定した。


「ううん。あれは目くらましとかの幻術よ。多分、最初からこのテントに居て、ワタシたちの傍にいたのよ」


 シアラの説明に、レイは嫌な想像を浮かべてしまう。誰も居ないと思って探索している間、ずっとあの気味が悪い道化師は傍で張り付いていて、自分たちを眺めていたのだ。


 似たような事をするインビジブルストーカーはまだ待ち伏せという目的が分かる分、理解できたが、この道化師は目的が分からない分、気持ちの悪さが先行してしまう。


 すると、リザが不愉快そうに眉をひそめた。


「……随分と、余裕のようですね」


「うん? それはぼくの事を指しているのかい」


 あくまでもピエロらしい大仰な動きで自分を指差す道化師。その女に向けてリザが言葉を重ねた。


「私達の侵入を知りながら、あえて見逃したうえで、魂の変質に関する資料と実物を放置しておくなんて、余裕がなければやれることではありません」


 リザの言葉は正しい。彼女の言う通り、これはあり得ない事なのだ。ピエロの目的はともかくとして、この資料と飴は奪われてはいけない代物のはず。ここから魂の変質をくいとめる方法や、治療法を発見されれば彼女にとって不利益になるからだ。


 それなのに、こんな目立つ場所に放置した上で、それを入手するまで横で隠れているのは奇妙な行動だ。


 そこから導き出せる回答をレイは口にした。


「まさか、この資料も飴も偽物なのか?」


 偽物だから、お粗末な保管をしていても問題がなく、偽物だから敵に渡っても問題ないのだろう。むしろ、誤情報を相手に渡す事で攪乱する事も出来る。つまり、この資料は罠だと言う可能性が浮上してきた。


 しかし。


「あ、それは大丈夫。その資料も、飴も本物だよ」


「「「はぁ?」」」


 ピエロの真面な声色に、逆にレイ達が素っ頓狂な声を出してしまう。


「はは。疑い深いな、君らは。それはまごう事なき本物だよ。ああ、でも、その飴を君たちのような年齢の子が舐めても、魂の変質は起きないから、その点は注意してくれたまえ」


 どこまでも真剣な口調のピエロの姿はやはり異常といえた。本物の資料と、物的証拠を奪われそうになっているというのに、動じることなくアドバイスを送っているのだ。つまり、この

二つは彼女にとって価値のないものという事になる。


「……この二つをいくら調べても、治療法は見つからないって訳か」


 苦虫を噛み潰したかのような苦渋に満ちた声色に、リザ達が顔色を変えた。ピエロはそれが正解だと言わんばかりに拍手を送る。


「御明察。君は随分と賢い子だ」


 褒められても全く嬉しくない。だが、そう考えると納得がいくのだ。このテントに何時から居たのか分からないが、自分たちが探索をしているのを邪魔せずに傍観していたのは、このテントの中にピエロの弱点になり得る情報がないからだ。


 だけど、同時にもう一つ分かったことがある。この資料が本物だとすれば、


「一つ確認したい、ピエロ。……この資料を書いたのはいったい?」


 レイの質問に背後にいた二人は首を傾げた。レイが持つ資料が魂の変質に関する資料であるならば、この騒動の黒幕たるピエロが書いたもののはずだ。ところが、


「……ちょっと気味が悪くなってきたよ。何者だい、君は」


 ピエロの冷ややかな声に二人は驚く。暗に自分が書いた資料ではないと認めたのだ。


「どうしてそう思ったのかだけ、教えてくれないかな。今後の参考にしておきたい」


「リザが資料を見つけた時から違和感があった。その違和感から、僕は最初、この資料が偽物だと思ったが目を通すと、偽物の割に見過ごせない一文があった。……この一文を入れている以上、偽物だとは思えない。だけど、どうしても本物だとも思えなかったんだ」


「もったいぶるね。どうしてそう思えなかったのかの、根拠が知りたいんだけど」


 腕組みをして余裕ぶるピエロ。レイは彼女の顔を指差した。正確には彼女の目の辺りを。化粧で隠されている、火傷痕を指差す。


「お前、目が見えないのにどうやって書いたんだよ、これ」


 その指摘に、リザとシアラが揃って気が付かされた。ピエロは盲目だ。いつから盲目なのかはレイ達には分からないが、前回のモノマネ芸人の話からすると、サーカスに合流した時点で彼女の目は見えていない。


「もしかしたら、それが演技の可能性もあるかと思ってこのテント内を調べたよ。だけど、直ぐにお前が盲目だと判明した。あちらこちらに落ちている本にはどれも点字と思しき紙が挟んであるんだ。多分、本の中身を点字に変換してあるんだ」


 レイの知る、六点式点字とは違い、線と点で構成されたモールス信号に似てはいるが、羊皮紙を裏から押し出して紙におうとつを作っている。それが確認できただけでも、四冊の本に同じことがされていた。


「本当に盲目の人間が研究資料を残すのかどうか、僕には疑わしかった。それがお座なりに置かれて、保管されていないんだから、余計に怪しかった。だけど、偽物だと言い切るには無視できない内容が書いてある。だから、思ったんだ。この資料は、いや、この魂の変質は別の奴が作った物で、お前はそれを利用しているんじゃないのか」


 レイが無視できない部分。それは世界崩壊に関する部分だ。世界崩壊に立ち向う存在、それは自分と同類に他ならない。


「これを書いたのは、『招かれた者』の誰か。そうなんだろ。だけど、それはお前じゃない!」


 糾弾するかのように叫ぶレイだが、内心では祈るような思いだった。もし、自分の推理がすべて外れていて、目の前のピエロが同類だとしたら、自分は世界崩壊をくいとめようとする存在を倒そうとしていることになってしまう。


 いや、もしかすると、彼女はこの資料を引き継いで、世界救済を目指そうとする存在なのかもしれない。そうなれば、やはり自分は間違っているのではないのか。そんな不安で足元が揺れる中、ピエロが口を開いた。


「凄いな。本当に凄いよ、レイ。この状況でちゃんと周りを見ているのは、好感が持てる。こんな所で出会わなかったら、案外いい友達になれたかもしれないよ、ぼくたちは」


「悪いが、お断りさせてもらう」


 つれないな、とぼやくピエロは続けて、


「大正解だよ。それはかつてエルドラドに来た、『招かれた者』の一人が生み出した術式、《アニマ》。ぼくが飴に込めた術式はその流用だ。その書類はその人が手ずから書いた研究資料。つまり、それをいくら調べても、ぼくの《アニマ・フォール》には辿り着かないという訳さ」


 くすくすと、侮蔑の笑みを浮かべるピエロ。彼女にとってどれだけ滑稽だったのか。手に入らない本物の研究資料を探しに来て、違う資料を手に入れ喜ぶレイ達の姿が。


「最悪な性格してるわね、アンタ」


「うん。よく言われるよ。でも、ぼくにそんな事を言う人も大概、碌でも無い性格しているんだよね、これが」


 世の中は上手くできているよ、と呟いたピエロは両手をだらりと垂らした。


 それだけで雰囲気は一変した。重く、冷たい空気がテントの中を侵食していく。


「どうやら、君は事情通らしいね。大方、どこかの国の王族と繋がって、世界崩壊を防ぐ手段を探しているんだろうけど……まあ、無駄な努力かもしれないよ」


「……それって、どういう意味だ」


 研究資料をシアラに渡し、ファルシオンを抜き放つレイにピエロは言う。


「だって、おとうさまが全てを薙ぎ払ってくださるんだ。世界を洗い流し、新しい世を空っぽの世界に作り上げて下さる。ぼくはそのお手伝いを、いや、前触れをしているだけさ」


「おとうさま。それがお前の後ろに居る敵の名前か。答えろ、そいつは誰なんだ!?」


 ファルシオンの切っ先をピエロに向けたが、彼女は動じるどころか、


「ああ、おとうさま。全知全能であらせられる貴方様が降臨されれば、世界はよりよいものとなります。こんな誰かの犠牲に成り立つ、醜く、愚かで、腐りきった世界はもう嫌です。黄金の光が満ちた美しい世界を、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、ぼくにください!」


 身をよじりながら、ここに居ない誰かに向かって告げるその姿に、レイは不気味さを改めて感じた。


「とてもじゃないが、正気じゃないな。狂ってやがる」


 すると、呟きに反応してピエロは動きを止め、


「おかしなことを言うね。人が正しいかどうかなんて、それぞれの主観に過ぎない。ぼくからしてみれば、君の方が狂っているように見えるよ。……君は、この世界は救われた方が良いと思うのかい?」


「……どういう意味だ」


「言葉通りさ。君が何者で、何処に所属しているのか知らないけど、世界崩壊の刻限が近いのは知っているんだろ。だったら、世界崩壊がどうして起きたのかだって、幾らか知っているはず。全ては神の怠慢から起きた因果さ。それなのに、彼らは自らの保身の為に、歴史を巻き戻した。この千三百年に行われていた人々の営みを、何でも無い日々を、彼らにとっての人生を磨り潰したんだ」


 ピエロの言葉に熱が宿り始め、まるで演説するかのように大きな身振りが加わる。しかし、それは全て彼女なりの本気の言葉なのだと、必死の様子から伝わってくる。


「それを許すのかい? そんな蛮行を認めるというのかい? ぼくは嫌だね。このエルドラドを神の手から解き放ち、誰の干渉も受けない、自由な世界にする。そのためにぼくは動いているんだよ。これこそ、真の世界救済なのさ」


「その為に、罪の無い子供たちを怪しげな術で怪物へと変えても、許されるというのですか!?」


 リザの叫びを真っ直ぐに受け止めると、ピエロは何のためらいもなく。


「ああ、許されるさ。どれだけの悪行も、悪逆も、全ては真の世界救済の前には許される。だって、世界が救われるんだよ。こんなに美しい事が、他にあるだろうか」


「駄目ね、コイツは。話が通じないわ。これ以上、何を言っても、どうしようもないわよ、主様」


 諦念が篭ったシアラの言葉にレイは頷くと、最後通告をピエロに叩きつける。


「僕の仲間が、いや、魂の変質に苦しむ人々を救う方法をいますぐ教えろ」


「……いやだって、言ったら」


 無いとは、言わなかった。レイはそこに一縷の望みを掛けて、ファルシオンを握る手に力を籠めた。


「なら、お前が自分の仕出かした事の重大さが理解できるまで叩き潰してから、ゆっくりと吐いてもらうだけだ!」


 言うなり、ピエロに向けて真っ直ぐ突き進む。迎え撃つピエロは武器を持たずに両手をだらりと下げていた。


 しかし、それがピエロにとっての構えと言えた。


 二人の距離がゼロになる瞬間、レイに向けて足元から鋭い刃が幾本も飛び出した。レイはファルシオンで力づくに叩き割る。ガラスのような透明な刃が粉々に砕け散った。


「やっぱり、魔法を仕込んでいたか」


「……なにそれ。まるでぼくのやり方を知っているかのような口ぶりじゃないか」


 刃を壊した勢いそのままに剣を振り上げたレイに対して、ステップバックをしてピエロは距離を取った。光源の少ないテントだけあって、相手との距離感がうまくつかめない。その点、最初から目が見えていないピエロには関係ないのかもしれない。


 彼女は次なる魔法を発動させた。


 ピエロの背後で紫電が走ったと思った瞬間、雷が束になってレイを貫こうとする。レイは咄嗟にダガーを引き抜き、雷を受け止め無人の方向に逸らした。


 畳みかけるように、ピエロは風を槍のように圧縮させ、レイに向かって放った。雷を逸らして硬直するレイは避ける間も無かった。


 しかし。


「させません!」


 槍とレイの間に割り込むように入ってきたリザが大剣と化した剣で槍を薙ぎ払った。弾かれ、行き場を無くした風がテント内に吹き荒れた。


 ピエロの帽子が吹き飛んだが、彼女はお構いなしに魔法を放つ。炎が蛇のように収束し、レイとリザを襲おうとする。


 だけど、その炎蛇の口に氷の塊が幾つも突き刺さった。シアラの魔法、《ブリザードパイル》が後方から二人を助けたのだ。


 炎蛇が火の粉を散らして消えると、レイとリザの二人は同時にピエロへと躍りかかった。ピエロは一瞬だが、顔に苛立ちを浮かび上がらせると二人の攻撃を躱し始めた。盲目とは思えないほど、機敏で、抜群の反射だが、決して魔法を発動しようとはしない。


(作戦通り上手く行っている!)


 レイはリザと連携を取り、ファルシオンを振るいながら、手ごたえを感じていた。


 ピエロとの戦闘から得た情報を頼りにシアラが組み立てた作戦は単純だ。それは相手に魔法を唱える時間を与えないという作戦だ。


 一見すると魔法使い相手には当たり前のような作戦だが、リザは疑問を呈した。彼女の視ている限り、ピエロは魔法を唱えているようには見えなかったのだ。


 シアラはそのからくりに一つの可能性を提示した。それは《無詠唱》の技能スキルだ。《無詠唱》という技能スキルは、シアラの《詠唱省略》と違い、詠唱を口にしなくても思うだけで詠唱をした事になる技能スキルだ。


 詠唱を隠すという事は、どんな魔法を発動させようとするのか、いつ詠唱が完成したのかを相手に悟らせない、非常に便利な技能スキルである。だが、一方で扱いが難しい技能スキルでもある。シアラの《詠唱破棄》とは違い、詠唱事態を短くすることはできず、消費する精神力も、発動までの集中力も普通に詠唱するよりも多く必要とする。


 それなのに、ピエロはガシャクラと話しながら上級旧式魔法の詠唱を完成させたのだ。驚異的な技量といえた。


 だからこそ、後ろに下がるのではなく、前に進むことを彼女は提案した。


 近づくことで、上級旧式魔法を封じ、なおかつ相手に長い詠唱の時間を与えないようにするのだ。


 此方は大技を使わず、普通の連携だけで、攻撃の回転速度を上げ、相手に上級魔法を使う時間を与えずに、それよりもランクの落ちる魔法を使わせる。魔法使いが一度に出来る詠唱は一つまでだから、中級や低級魔法でレイ達の攻撃を凌ごうとしているうちには、上級魔法の詠唱はできない。


 透明な壁が数枚レイの行く手を阻もうとするも、ファルシオンの刃に粉々に砕け散っていく。今のレイとリザなら、中級魔法ぐらいならどうにかできる技量がある。本来なら、ここに接近戦の出来るオルタナが加わる事で、更に相手の時間を削り、なおかつ前衛を三人にする事で一人が体を休める時間を確保できたのだが、居ない人間を当てには出来ない。


「どうやら、ぼくのやり口を知っている様だね。ますます、君たちに興味が湧いてくるよ。どうだい、お茶の一杯ぐらいなら、御馳走するよ」


「マッドパーティーは勘弁してほしいな、この狂信者!」


 挑発するような物言いをしたレイはファルシオンを縦に振り下ろした。ピエロはそれを、体を半身に逸らす事で避けようとする。すかさず、レイはファルシオンを手放した。


 剣が自由落下で落ちて行く最中、レイはファルシオンの柄頭を足で蹴り飛ばした。


 ファルシオンは無理やりな軌道を描いてピエロの肩を抉る。目が見えないピエロにとっては予想のつかない攻撃だったようで、避ける事も出来なかった。


「ぐぅう!」


 呻くピエロにレイは攻撃の手を止めない。コウエンを抜き放ち、ピエロの腕を目がけて振り下ろした。白刃は闇を切り裂く様に迫った。


 しかし、その刃は途中で止まってしまう。


 レイの目が驚きで見開かれた。刃が腕の手間数センチで止められているのだ。まるで透明な壁に阻まれているように切っ先が動かない。


「ご主人様、手を止めないで!」


 リザの叱責が飛び、時間にして一秒にも満たない間、空白の時間が出来てしまう。そこをピエロは突いた。彼女の体を囲うように竜巻が発生する。


 風がテントの中を吹き荒れ、何もかもを吹き飛ばそうとする。


 リザはレイの首根っこを掴み、シアラを押し倒しながら地面へとしがみ付いた。三人の頭上を風が猛威を振るい、布を激しく打ち鳴らした。それが収まると同時に、三人は素早く立ち上がり、武器を構えた。


 吊るされたランプなどは軒並み破壊されたため、紅蓮の刀身が僅かばかりに世界を照らす。レイは、炎を空中に弾きだすと、即席の光源とした。


 闇から浮かび上がったピエロは突き刺さったファルシオンを抜くと、剣を放り捨てた。そして自分の傷口から流れる血を、舌先で舐めとった。


「……やるね。ぼくが《無詠唱》使いだと分かって詠唱する時間を削るべく素早い連携で戦ってくるなんて。……本当、不思議だよ、君たち。まるで未来を視ているかのようだ」


 悠然と構えるピエロに対してレイは動けなかった。先程の、得体のしれない攻撃が何なのか分からない以上、迂闊に攻めるわけにはいかなかった。


 あの瞬間、龍刀がピエロに触れる直前。自分の腕は何かに絡めとられるように動けなくなっていた。あれが魔法だとしたら、その直後に竜巻が発生したのは説明がつかない。詠唱が短すぎる。だとすれば、あれは単なる技術という事になるのだが、レイにはその正体が掴めなかった。


「急に無口になんないでよ。少しはお喋りしようよ、レイ。ぼくは君の事が知りたいんだよ」


「僕は別に、お前に興味なんかないよ。あんな風な惨い事をしやがって」


「惨いって、何の事だろうか」


 きょとんと首を傾げるピエロ。彼女はこの薄布一枚向こう側にある地獄を忘れたというのだろうか。


「恍けるな。アウローラサーカスの団員の事だ。あんな死に方、残酷すぎるだろう」


 すると、納得したかのようにピエロは、


「ああ、その事ね。でも、必要な事なんだよ」


「どこがだ! まだ幼い子供も居ただろ! それなのに……どうして必要なんだ」


 チケットのもぎりを行っていた子供らの中にはエトネと同い年ぐらいの子供がいたことをレイは覚えていた。糾弾されたピエロは困った風に口を開いた。


「彼らの死は必要な犠牲なんだよ」


 レイが言葉の意味に戸惑うと、ピエロは教師のように解説を始めた。


「考えてもみなよ。一夜にして、化け物どもが跋扈する水の都。どんな風に騒動が終わったとしても、犯人捜しは行われるだろう。それこそ近隣の国々が協力し合って行われる、大規模な捜査だ。そんな時に、唯一、化け物たちとは違う死に方をした集団が居たら、周りはどう思う?」


「どうって、それは。……注目するはずよ。そこが何かの手がかりを持っていると考えて」


「その通り! そして、そこを調べると二つの事が判明する。一つは魂の変質、《アニマ》に関する資料。そしてもう一つが、悪名高きアウローラサーカスの名前だ」


「……お前、まさか」


 レイはピエロの目論見に気がつき、同じ発想に至った自分に嫌悪してしまう。ピエロは嬉しそうに続けた。


「気が付いたってことは、アウローラサーカスが悪に手を染めていた事を知っているようだね。その通り、このサーカスは各国の政府とも繋がりがある裏の組織。何人もの王族、貴族、官僚がアウローラサーカスに仕事を依頼している。……つまり、彼らにとってこのサーカスは禁忌に近いんだ。下手に触れれば最後、自分たちの悪行までばれてしまうかもしれない」


 パンドラの箱だとレイは思う。一度開ければ最後、破滅が飛び出してくる。調査に乗り出した国々の中にアウローラサーカスに依頼した国が居れば、彼らはその破滅を恐れるだろう。


「ご丁寧に用意された資料に、身元が分からなくなるまで破壊された死体。そして、アウローラサーカスという腫れもの。この三つがあれば調査は打ち切りさ。かくしてぼくという存在には誰も辿りつけず。ぼくは悠々とこの都を離れる事が出来るという寸法さ」


 朗々と喋るピエロにレイは吐き気を覚えた。こいつは生かしてはおけない。


「……リザ、シアラ。二人は今のうちに距離を取っていてくれ。出来るなら、このテントを出てもいい。あとは僕一人で戦う」


「待ってください、ご主人様!」「……主様、まさか《グレートディバイド》を使う気!?」


 二人の制止にレイは首を横に振った。しかし、ある物を使うつもりだった。宿屋を出る時に鞄から取り出し、人差し指にそれを嵌めていた。


「ピエロ。お前はここで倒す」


「カッコイイ科白だ。でも、ぼくに敵うと思っているのかい」


 その問いかけにレイは答えないまま、一歩前に出る。呼応するかのように龍刀は炎を纏わせ、そしてレイは切り札を告げた。


「《超短文ショートカット超級ウルトラ全力全開オールバースト!》」


読んで下さって、ありがとうございます。

話の構成上、明日も投稿します。

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