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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-49 真夜中のアクアウルプスⅨ

「《ファイアバレット》!」


 シアラの魔法が闇夜の空に吸い込まれる。炎を纏った魔法は空高く舞い上がるとすうっと消えていく。ただ、見た者の瞳に鮮やかな赤い軌跡を残していた。


「ねえ、主様! ワタシはいつまでこれをしてなくちゃいけないのよ?」


 キュイにしがみ付きながら魔法を放つシアラ。彼女は隣を並走するアスタルテに乗るレイへと疑問をぶつけた。


「いつまでって言われても、この辺りを跳び回っているはずのオルタナを見つけるまでは……っと、やっぱり裸馬は難しいな」


 軍船で休んでいたキュイと同じでちゃんとした鞍も手綱も無いアスタルテの上ではいつもよりも揺れをダイレクトに感じ、体が上下に揺れる。レティ達を縛っていたロープのあまりを使って、簡易的な手綱を作ったが、それでも股で馬にしがみ付いているようなものだ。気を抜けば、直ぐに落馬してしまいそうだ。馬は騎手の不安を感じる賢い生物。迫りくる吸血鬼もどきを躱しながら、同時にレイを落とさないように速度を抑えていた。


 時折、ダガーから雷撃を飛ばしていたが、振動で狙いが外れてしまい、あまり役に立っていなかった。


 いま、レイ達は船着き場を離れアウローラサーカスの方へと移動していた。前回と違い、レイはリザ達と足並みを揃えていた。


 サーカスの道順はリザ達が通った道を踏襲する。前回よりも速いペースで来ているせいか、吸血鬼もどきの数が少なく、散発的だった抵抗活動が増しているようだとリザは思う。


 しかし、その分悲劇が目に付く。いまも、子供を庇った親が吸血鬼もどきに噛まれ、結局その子供も、吸血鬼もどきになった親に噛まれてしまった。


 非日常がありふれた光景の一幕のようにそこかしこで起きていた。


 そんな中を二頭に乗った三人は進んでいた。


「そりゃ、人手が多い方が良いのは分かるけど、本当にアイツを呼ばなくちゃいけないの?」


 何発目かの《ファイアバレット》を打ち上げたシアラが嫌そうに口を開く。昼間の出会いが尾を引いているのか、オルタナの名前を出した時から彼女は渋っていた。しかし、この街で他に戦力になりそうな人物をレイは知らなかった。


「この状況で、僕らとサーカスまで行ってくれるなんて気前のいい返事をしてくれる人はそうはいないよ。他の人は、自分の事で手一杯だ。……逆に言えば、僕らだって自分の事で手一杯だろ」


 レティとエトネを元に戻す為に、サーカスに向かうレイ達。仮に、吸血鬼もどきに襲われ助けを請う人たちが居ても、今は放置するしかないのだ。


 しぶしぶ納得したシアラが狼煙の如く《ファイアバレット》を打ち上げる。屋上を跳び回り生存者を探していたオルタナなら目に付くと思ったのだが、寄って来るのは吸血鬼もどきばかりだ。


「うーん。これだけ打ち上げても反応が無いとすれば、この時間帯だとオルタナはこの辺を飛び回っていないのかな」


 すると、レイのボヤキに応じるかのように前方の曲がり角から吸血鬼もどきが一塊となって吹き飛ばされた。驚いたキュイとアスタルテが急に足を止める。まだつかむ所の多いキュイに乗っている二人は無事だが、アスタルテに乗っていたレイはそのまま振り落とされてしまう。


 馬から落ちたレイはそのまま、地面へと落ちた。なんとか受け身を取って怪我を回避した少年は何が起きているのか確認するために曲がり角へ近づき、顔を覗かせた。


 ―――瞬間、拳が飛んできた。


 バンテージに守られた、岩の如き拳をレイは体を捻って躱した。風圧だけで体が押し出される。


「うおっと!」


 危うく頭が破裂しかけそうな一撃だ。再び地面に投げ出されたレイの頬に、ナイフで切った様な傷がうっすらと出来ていた。


「おっと、しまった。人間か。アイツらかと思ったんだが……って、お前はレイじゃないか。無事か」


「あと少しで頭が破裂するところだったよ、オルタナ」


 中折れ帽子を被った男は、そいつは悪かったというが、表情から済まなそうと言う雰囲気は無かった。そこにキュイから降りたリザ達が駆けつけた。


「ご主人様、ご無事ですか?」「ちょっと、主様。どうした……ああ、見つけたのね」


 リザとシアラはオルタナを見て、敵が吸血鬼もどきではないと分かって安心した。しかし、オルタナはシアラの言葉に不思議そうに首を傾げた。


「見つけたって、なんだ。お前さんたち、俺を探していたのか」


「ええ、そうなんです。……いまから、この騒動を起こした奴らの所に忍び込みに行くんですが、ちょっと人手が足りなくて。良かったら、来てくれませんか」


 この言葉はオルタナにとっても予想外なのか、何度か瞬きを繰り返すと、


「詳しく話せ」


 と、言う。しかし、周りにはまだ吸血鬼もどきがうろついている。話す時間は無いと考えたレイはアスタルテの方を指差した。


「移動しながらでいいなら。構いませんか?」


「……分かった。ただ、手短に話せよ」


 オルタナの同意を得ると、レイは先にアスタルテに乗り、オルタナを後ろに引き寄せた。リザ達もキュイの背中によじ登り、先程までと同じ格好になり、二匹は夜の街を走り出した。


 レイは後ろのオルタナに前回話した内容を繰り返し説明した。黙って聞いていたオルタナは、


「ふむ。アウローラサーカスに飴に鐘か。確かに調べる価値はあるな」


 前回と同じ反応をした。


「お前らと会う前に助けた奴らも、最初は子供がおかしくなったと騒いでいた。話を聞いた数が少ないから気のせいだろうと思っていたが……こうなるとサーカスが怪しいな」


「いまから、僕らはそのサーカスに忍び込んで情報を探ろうと思います。オルタナ、アンタにも手伝ってもらえたら、助かるんだ」


 前回の戦いぶりから、オルタナが冒険者でいう所の上級と同程度と見込んだうえでの申し出だ。オルタナはレイの後ろで即答した。


「構わないぞ。俺としても、この騒動の早期終結を望んでいるんだ。折角、そこの姫さんに会えて島の上陸許可を貰えたんだ。こんな所でまごついている暇はない」


「だから、姫なんて言うなっつうの」


 シアラの呟きは無視される。


 オルタナを加えた一行は一気に加速して、アウローラサーカスがある出島へと辿り着いた。


 そこでは前回とは違う、別の地獄が起きていた。


「防衛陣形を取れ! 怪物になったやつらが押し寄せるぞ」「こっちに人手が足りない、誰か増援を」「やばい。一気に押し寄せてくるぞ」「俺が引き寄せる。その隙に攻撃を!」


 アクアウルプスは円形の街だ。弧を描く外層部から端で繋がる出島にアウローラサーカスの天幕は立っている。正方形の出島は橋の近くが屋台などが立ち並ぶ広場となっており、中心にアウローラサーカスの天幕。そしてその向こう側にサーカスの団員が寝泊りをしているテントが並んでいる。


 数時間前までは屋台で賑わっていた広場は、別の祭りが開かれていた。冒険者と吸血鬼もどきの戦いだ。


「どうして、こんなに冒険者が集まっているんだ」


 いま、広場で戦っている冒険者の数は五十を超える。対峙する吸血鬼もどきの数は同数かそれ以下だ。スムーズに連携が取れているお蔭か、流動的な戦況に対応しており、冒険者たちが優位に立っている。問題は、彼らが背後で守っている生存者たちの存在だ。冒険者と同じか、それ以上の生存者が一塊になって縮こまっている。彼らの内、一人でも吸血鬼もどきになれば、戦況は一気にひっくり返る。


「悪くない判断だ。ここは出島で、陸と繋がっているのはこの橋だけだ。生存者を守り、反撃の拠点にするのに適しているな」


 オルタナが正確な分析を下す。


「もっとも、それも出島の安全が確保できてからの話だ。あのままじゃ、早々に全滅するな、あれは」


 前回、リザ達が到着した時に出島が荒れ果てており、吸血鬼もどきが大量に居たのはこのせいかと二人は納得した。


「それは……まずいな」


「ああ。不味い状況だ」


 レイとオルタナは同じことを考えていた。一度崩れた戦線を立て直すのは非常に難しい。おそらく、自分たちがサーカスで情報を探している間に出島から生存者たちは一掃されているだろう。そうなれば、吸血鬼もどきの大群を抜けて脱出しなくてはいけない。何しろ、出島と陸地を繋ぐ唯一の橋を渡るには、この広場を突っ切る必要があるのだ。


 流石に、夜の海に鎧を着た状態で飛び込んで無事で済むとは思えない。


(僕はともかくとしても、オルタナやリザ達が吸血鬼もどきに噛まれればアイツらの仲間入りだ。でも、いまは一秒でも早く情報を手に入れたいのに)


 冒険者達に肩入れしてここの脅威を排除するべきか、無視してサーカスの方へ向かうべきか。


 悩むレイに対して、オルタナは迷うことなく馬を降りた。


「……オルタナ。何処に。アンタ、まさか」


 呼びかけに振り向くことなく、オルタナは真っ直ぐに進む。進行方向には冒険者たちが抵抗を続けていた。


 近づく人の気配に気が付いた吸血鬼もどきが数体、オルタナに向かって飛びかかる。男は軽く拳を握り、腕を畳むと目にもとまらぬ速さで拳を振り抜いた。吸血鬼もどきの顔がへこみ、彼らは吹き飛ばされた。


「折角のお誘いだが、俺はあっちの手伝いをしてくる。お前らが帰ってくるまで、ここを如何にか死地にしないように踏ん張っているぜ」


 オルタナは振り返りもせずに、それだけ言うと一気に駆け出し、吸血鬼もどきの群れに飛び込んでいった。


「ちょっと、アンタ! 勝手に動くなっつうの!」


「止めなくても、宜しいのですか」


 憤るシアラに対して、リザが淡々とレイに尋ねた。


「……うん。戦力が減ったのはきついけど、ここが二人が遭遇したような、吸血鬼もどきの大群で塞がれたら、そっちの方が厄介だ。それにあの男なら案外吸血鬼もどきを一掃するかもしれない。ここはオルタナに任せて、僕らは先に進もう」


 広場の端から強化された肉体を竜巻のように振り回す音が響く中、レイ達は広場を縦に切り裂く様に進む。幸いというには不謹慎だが、冒険者たちが注意を引いてくれたおかげで、レイ達は吸血鬼もどきの目を掻い潜って天幕の前まで到着できた。


 真夜中という時間と吸血鬼もどきの唸り声がエッセンスとなって、天幕の不気味さを引き立てる。


「……やっぱり変ね。天幕の近くに吸血鬼もどきが一人も居ない。吸血鬼もどき避けのナニカを仕込んでいるのかしら」


 シアラの言葉通り、天幕の周りは静かだった。


 レイは一度天幕を睨みつけると、アスタルテの進行方向を変えた。白馬は天幕に沿うように走り、正面入り口とは反対側に回った。


 今回、レイが目的地としたのはアウローラサーカスの団員が寝泊まりに使っているテントの方だ。いや、正確に言えば元から此方を探索するつもりだった。ところが、リザ達が正面から堂々と天幕の方へと突撃してしまい計画が狂ってしまった。


 団員が寝泊まりしているテント群は視線避けか、侵入者防止の為か、木の柵が壁のように囲っているため、中の様子は分からない。


 アスタルテとキュイから降りた三人は二頭に安全な場所に隠れていろと告げると、柵の方へと近づいた。


「確認だけど、天幕の方にピエロと、死んだ芸人。それにガシャクラ達が来るんだよね」


「ええ。といっても、それはまだ先の話で、今はどうなっているかは分からないわ」


「ガシャクラたちが私たちよりも早くに来ていて、すでにピエロと接触してればいいのですが。それにピエロの振りをしていた芸人の言葉が正しければ、この向こうは惨劇となっているはずです」


「希望的観測は捨てた方が良いな」


 ため息を吐いたレイは背の高い木の板に向けてファルシオンを振るう。三角に切り込みが入った木の板は、人が這って進める隙間を生み出した。


 レイ達はそこを潜り、テントが規則正しく立ち並ぶ一角へと入り込んで―――異臭を感じた。


 血と、臓器と、体液が入り混じる悪臭に思わず鼻と口を押えてしまう。それでも、悍ましい匂いは毛穴から侵入してきそうなほど強烈で、逃げ場がなかった。


 どこからなんてものではない。


 木の柵に囲まれ、整然と並ぶテントの群れ。そのから同じ匂いがするのだ。


「こいつは……冗談だろ」


 エルドラドに来てそれなりの経験を積んだレイは、それでもこれほどひどい死臭を嗅いだのは一度しかなかった。それはスタンピードの時だ。モンスターと人の死肉が入り混じり、体の中から蝕むような感覚はもう二度と味わないだろうと思っていた。


 いや、願っていた。


「……ご主人様。何をなさるので」


 リザの呼びかけを振り切り、レイが近くのテントを覗きこんだ。明かりの無い暗闇に、月明かりが僅かに差し込み、中の惨状を露わにする。


 テントの中は折り畳んで使えるベッドに木箱が複数並んでいる、質素な作りとなっている。きっと、この数分だけの人間がココで寝泊まりしていたのだろう。


 断定できないのは、血の海に浮かんでいる肉片が、文字通りの肉片でしか残っていないからだ。腕も、足も、頭も、胴体も、何も残っていない。人の体にはこれだけの血が詰まっていたのかというほどの大量の血が撒き散らされ、その中に内臓と共に肉片が浮かんでいた。


 これでは、この中に誰が何人居たのか、それすら分からない。判別しようがない。


 余りの凄惨な光景に、レイは気絶しそうになった。どんな神経をしていれば、これだけの所業が出来るのか全く想像できなかった。


 リザ達もテントの中を見て、声を失った。


「……ひどい、なんてもんじゃない。こんなことをした奴は、絶対に許されない。生きている資格だってないわよ」


「その通りよ。あのピエロが生きて呼吸しているだけで吐き気がします」


 青ざめた二人と気持ちは一緒だ。レイは隙間を閉じると、軽く黙とうを捧げる。すると、シアラが外で摘み上がっていた木箱の上に置かれたランタンを手に取った。中には油が残っていた。


 火を着けると、オレンジ色の明かりが周囲を照らす。


「これで中の探索をしやすくなったわ。行きましょう」


 レイは頷くと、三人一塊となって行動する。


 モノマネ芸人の言葉を信じるなら、ピエロは既にこの大量虐殺を済ませた後、モノマネ芸人に何かを仕込んだあと、放置したのだ。その後、突入してきたリザ達やガシャクラ達を死んだ座長の死体を通じて相手していたという。


(厄介なのは、いま天幕の方で僕らの希望通りにガシャクラとピエロが対峙してくれてるかどうかなんだよな。それにピエロに仲間が居ないとも限らない。もしかしたら、団員たちの中にピエロに付いた奴もいるかもしれない。気を付けて進まないと)


 そんな風に考えていたが結果として、前者はともかくとしても、後者の心配はするだけ無駄だった。


 テントの中はどれも似通っていた。質素な家具と、血まみれの装飾、人の肉片が彩を添えた。おそらく、アウローラサーカスは全滅したのだ。


「このテントも違うわね。……だとしたらやっぱり、探すべきなのはあっちの方のテントかしら」


 中を覗き、探索する必要が無い事を判断したシアラが振り返って奥の方を見た。そこは密集して並ぶテントよりも一回り大きいテントが等間隔に並んでいた。


 あちらのテントはサーカスで舞台に上がる芸人用なのかもしれない。逆に、レイ達が中を覗いていた方はサーカスで下働きをしている子供や、裏方の従業員の寝泊りするテントだったのかもしれない。


「それでしたら、やはり気になるのはあそこのテントかと」


 そんな芸人用のテントから少し離れた場所にポツンとたたずむテントをリザは指さす。他の建物とも一際離れた場所にあるそれは確かに怪しかった。


 レイ達がそのテントの前に立つと、シアラが口を開いた。


「ここよ。ここがあのピエロの隠れ家よ」


 断定的な口調と共に、シアラはテントの中に入っていく。レイとリザはシアラの後に慌てて続いた。中は、これまで覗いてきたテントの中とは一線を画す。何に使うのか分からない薬品や、ビーカーやフラスコを始めとした実験器具。さらには人の形をした人形や、血で汚れた道具、どんな目的で使うか不明な素材、そして魔法言語ヒエログリフで書かれた古めかしい本が散乱していた。とてもじゃないがサーカスの芸人の部屋とは思えなかった。


 何よりおかしいのは、テントの中が広いのだ。縦にも横にも広いここは、もしかしたら天幕と同じぐらいかもしれない。この出鱈目な空間にレイは覚えがあった。


「これは、空間拡張か」


「そう。エルフの里で使われているのと同じよ。ここが魔術師であるピエロの隠れ家たりえる証拠じゃないかしら」


 シアラの説明に二人は納得した。


「さて、それじゃ家探しをしましょう」


「それはいいのですが、一体どのような物を探せばいいのですか」


 リザの質問にシアラは室内の物を順繰りに見つつ、説明する。


「押さえておきたいのは、この吸血鬼もどきを引き起こした毒なり術式なりの資料。何を仕込まれたのか正確に分からなければ治療法は見つからないわ。だから、二人には手書きの資料を探してほしいの」


 シアラの言葉にレイは違和感を覚えた。ピエロの特徴で、何か見落としをしているように思えた。だが、それがちゃんとした形になる前に、


「それともう一つ見つけて欲しいものがあるわ」


 シアラは二人に念を押すように言う。


「飴よ。実物があれば、それだけ調べる手間が省けるわ。だから、資料と飴を探してちょうだい」


 分かったと返事をして、三人はそれぞれバラバラになって探し始めた。何しろ、天幕並みに広いテント。所々に灯りとしてランプが吊るされているが、それでも暗闇の方が多い。探すには苦労するだろうと、誰もが思った。


 しかし。


「……これは……二人とも、飴と資料の両方を見つけたかもしれません」


「うそぉ!?」「よくやった、リザ!」


 部屋のほぼ中央に置かれた机。実験器具や本で埋め尽くされたそこを探索していたリザが書類の束と瓶に入った乳白色の飴を二人に見えるように持ち上げた。


 驚嘆の声を上げるシアラと、素直に喜ぶレイ。何しろ探し始めて五分と経っていないのだ。見つけたリザも疑わしそうに手元の書類に首をひねる。


「机の上に乱暴に放り投げられていました。……まるで、隠すつもりもないかのように」


「ここに人が来る前に処分するつもりだったのかもしれないな。それで、中に何が書いてあるんだ」


 レイが尋ねると、リザが資料の表題を読み上げた。


「『魂の変質に関する実証実験』と書いてあります。えっと……『本実験は人の魂を変質することによって』……そんな、嘘でしょ!」


 青い瞳が文面を追い、リザは叫んだ。驚きと怒りが入り混じったその叫びに不安に駆られたシアラがひったくるように資料を奪い、続きを読んだ。


「『人の魂を変質することによって魂の肥大化を防ぎ、ひいてはいずれ起こるとされる世界崩壊を回避するのを主眼とする』」


 シアラの震える声は文章を最後まで読み切ると、沈黙で閉ざされた。レイは余りの衝撃の大きさに呻くように呟いた。


「……そんな。世界崩壊を防ぐための、実験だと。だとしたら、ピエロの正体は―――」


 信じられないとばかりに吐き出した言葉は、別の言葉に被せられてしまう。


「―――おやおや。ぼくの領域に、可愛らしい鼠が三匹も入り込んでいるや。招待状を出していないと言うのに、不作法な鼠だけど、ぼく手ずから歓待してあげなくては」


 テントに響くのは透明ながらも掠れた、どこか不気味さを感じさせる女性の声だった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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