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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-48 真夜中のアクアウルプスⅧ

「助太刀か! なら、助かる!」


 生存者の中で一番腕が立つ男が良く通る声で言う。レイはちらりと視線を送ると、生存者の様子を確認した。


 生存者は全員成人した男性で、全員剣やナイフなどで武装している。対峙する吸血鬼もどきは相変わらず素手で襲い掛かる事しかしておらず、足元に落ちている誰かの武器を拾おうとはしない。年齢も性別もまちまちで、中には子供も居た。


 問題は人数の差だ。


 生存者はレイを含めて十人足らず。一方で吸血鬼もどきは二十人以上いるのだ。そんな中でも、倒れている吸血鬼もどきは少なからずいた。


(ここにも動けない吸血鬼もどきが居るのか)


 いまだ、起き上がれる者と起き上がれない者の差が不明なこの異常。もしかすると、この場で戦っている者達なら何か知っているのではないかとレイは思う。ならば、彼らを出来得る限り生かしてここから脱出させたい。


 数の不利は戦力を分断させることで対応する。龍刀コウエンを引き抜くと、切っ先から炎が蛇の舌のように伸びた。


「コウエン! 炎の壁で敵を分断させるぞ!」


『承知!』


 力が振るえるのが楽しいのか、弾んだ声色が返って来る。レイが一振りすると、その軌跡に炎が走り、一気に燃え上がった。生存者の行く手を前後で阻んでいた吸血鬼もどきの内、半数が炎の壁の向こうへと押しやった。唸り声は聞こえるが、無理やり炎を超えようとはしない。そして、残って対峙する半数も、レイ達が背負う炎に恐れをなしたかのように後ずさる。


「こいつら、炎に弱いのか?」


 リーダーらしき男の質問に首を振る。


「さあね。ただ、炎を無理に越えようとはしないから、あっち側に居る奴らは無視できる。今はこっちに残ったやつらに集中して」


「ああ、そうだな。お前ら、ここが踏ん張りどころだ。負けるんじゃないぞ」


 同数になった事で、生存者側は息を吹き返した。各々手にした武器を繰り出して、吸血鬼もどきを押し返した。コウエンを納めて、納刀したファルシオンを片手にレイも戦う。その最中、連携して戦う生存者達に注目した。どういう訳か、この集団、武器の扱いに手慣れていた。強化されている吸血鬼もどきを丁寧に捌いていく動きは訓練されたものだ。


 だけど、格好は冒険者とは思えないほどラフな、市井の人が着るような物を身に付けている。そのアンバランスさに違和感を覚えたが、それよりも前にレイには耐えがたい問題があった。


 男たちの剣が振るわれるたびに、血風が吹き荒れる。老若男女、人種も性別も年齢もバラバラの吸血鬼もどきが血を流していく。肉体が千切れて、胴が分かれ、首が落ちる。


 いくら肉体が修復されるからと言って、いくらやっても死なないからと言って、それはやり過ぎだ。


「いい加減にしろよ、アンタら!」


 レイは子供に向けて剣を振りかざした男にファルシオンを叩きつけていた。力任せの一撃は甲高い音をたたせ、男の刀身は半ばで折れ、刃先が水路へと落ちた。


「お前、この状況で何しやがる!?」


「そっちこそ、自分が何しているか分かっているのか!? 相手は子供だぞ!」


なりが子供なだけで、中身は怪物だ! 見ろ、この怪物の群れはどれだけ深手を負わしても、すぐさま回復するんだぞ!」


 男は腰に下げていたナイフを振りかざし、掴みかかった子供の手首を切り落とし、腹に蹴りを与えて吹き飛ばした。転落防止の手すりにぶつかった子供の断面口からにょきりと真新しい手が生えた。


 その子供に向けて、レイはダガーを振りかざした。紫電が牙となって子供に突き刺さり、吸血鬼もどきは体を痙攣させたのち動きを止めた。


 男はレイが年齢に見合わずに魔道具を二振りも持っていることに驚いていた。


「こうやって気絶させれば、拘束できる。動けなくすれば、それでいいだろ」


 男を睨みつけるレイは譲るつもりは無かった。正面から睨みあうと、先に折れたのは男だった。


「ちっ。……分かった」


 男は自分の服を破ると、それで子供の四肢を拘束した。子供の年齢はレティとエトネの間ぐらいだろうか。男によって拘束されている子供が二人に重なって見えた。


「……この状況下で、甘い事を言っているのは分かっている。でも、それでも子供が血を流すのは……間違っていると思うし、僕はそんなことしたくない」


「ああ、甘いな」


 きっぱりと、男は断言するように告げた。


「その甘さはいつか命取りになる。さっさと直しな」


 男は口にしてから、お節介な事を言ったなと付け足すと、レイは乾いた笑みを浮かべていた。


「いつも言われているので。これが性分なんでしょうね。……性分だから、変えられません」


「……そうか、なら俺は何も言わん。……だが、今回ばかりはお前の甘い考えが正しそうだ」


 不思議そうに首を傾げるレイを無視して、男は生存者に向かって告げた。


「お前ら! 武器を仕舞え! 切っても再生する相手だ、鞘で殴った方が早い!」


「了解です、若頭!」


 生存者たちは男の言葉を疑う事もせず、武器を収めると鞘を打撃武器に見立てて吸血鬼もどきを迎え撃った。切られても怯まない相手が物理的に後ろへと倒れていくことで、攻略が楽になっていく。


「こっちの方が随分と楽です。流石です、若頭!」


「俺の手柄じゃない。こっちの甘ちゃん冒険者のやり方だ」


 部下と同じように鞘に納めた剣で吸血鬼もどきのみぞおちを突いて弾き飛ばすと、男はレイの方を向いた。


「おい、ボケっとすんな。その魔道具はもう撃てないのか?」


「……いいえ、さっき補給したばかりなんで、まだ撃てますよ。雷牙!」


 男が倒した吸血鬼もどきに雷の牙が突き刺さり、今度は男の新式魔法が闇を切り裂いた。シアラと同じ氷系の魔法だ。


「いいか、お前ら! こいつらと下手に戦おうとするな! 態勢を崩して、魔法で拘束しろ。考える力が無い分、行動が素直だ、落ち着いて行動すれば負けることは無いぞ!」


「「「おおおっ!」」」


 男の檄に生存者たちが吼えた。彼らはあっという間に対峙していた吸血鬼もどきを制圧し、炎の壁が消えてこちら側に来れるようになった残りも拘束した。


 レイが戦闘に加わった時点で残っていた十人の内、一人を除いて、残りは生き残ったのだ。通りには男たちの歓喜の雄叫びが上がり、魔法や衣服で拘束された吸血鬼もどきが転がっていた。


「殺すよりも、拘束する方が簡単だとは。まったく、こんなことにも気づかないなんて、間違いなく職業病だな」


 ぼやく男にレイは職業病と聞き返すと、男は慌てて何でもないと返した。そして、辺りに吸血鬼もどきが居ないのを確認すると、頭を下げた。


「お前さんには助けられた。すまなかったな」


「いえ、僕はそんな。大したことはしていません」


 レイの言葉は謙遜では無く事実だ。レイがした事なんて、最初の吸血鬼もどきを分断したことと、雷撃を二発放った程度だ。それ以外の吸血鬼もどきは男たちの八面六臂の活躍があって拘束できたのだ。


 しかし、男はゆっくりと首を横に振った。


「いや、やっぱりお前のお蔭だ。俺達だけなら、殺すよりも拘束した方が楽だという事に気が付かずに、頭に血が上ったまま戦っていただろうな。そしたら、他の仲間と同様にこいつらの仲間入りしていたはずだ」


 倒れて動けなくなっている吸血鬼もどきを見つめながら男はしみじみという。


「……やっぱり、この中にアンタの仲間も」


「ああ、そうだ。元は生き残りの倍以上いたんだぞ。……お前さん、この異常事態について、何か知っていることはあるか?」


 その質問にレイは何もわからないと嘘を吐いた。正直に話しても、証拠もない話だ。下手にこの男たちに伝えて、それが歪んで伝聞して根も葉もないデマになってしまう方が恐ろしい。


 たいして期待していなかったのか男は納得すると、吸血鬼もどきの内、動かせそうな元仲間だけを選んで担ぎ上げるように指示を出した。レイがどうするのかと尋ねると、


「こんな所で放置するのも忍びないし、ほっといて他の生存者を襲ったら一族の名折れだ。回復手段が見つかるまで何処かに放り込んでおくさ」


 そして、レイに向かって告げた。


「坊主。世話になったな。この異変でもし、また会えたならその時は何でも言ってくれ。出来得る限りの事をしてやるぞ」


「期待しないで待っているよ」


 男はレイの軽口に笑うと仲間を従えて闇の中に消えていった。入れ替わりに宿屋の方の曲がり角からシアラが顔を覗かせた。


「主様、戦闘は終わったの?」


「うん、待たせてゴメン。そっちは問題ないか」


「大丈夫そうよ。それで、軍船に向かうのよね」


 シアラの言葉に頷くとレイは仲間と合流するべく吸血鬼もどきが倒れている通りを抜けた。






「何という事だ。風光明美なこの街で、このような地獄絵図が広がる事になるとは」


 ダリーシャスが顔を青ざめながら通りのあちこちで起きている悲劇に呻いた。前回よりも早い時間に移動している関係なのか、吸血鬼もどきがそこら中に姿を見せており、充血した瞳を光らせていた。


 その度に、シアラの氷魔法が飛び、コウエンの炎が闇を切り裂いた。


 ブレイブサラマンダーの手袋と炎鉄の手甲の組み合わせは予想以上の耐火性能を発揮していた。刀を振る度に炎が巻き起こり、吸血鬼もどきの足を止めさせる。刀身は炎を纏い、柄も高温を発しているのに、レイの手にはほんのりと柔らかな温もりだけが伝わる。


『呵々。久方ぶりに力をまともに振るえるわ! じゃがな、レイよ。これが妾の本気だと思うでないぞ。これはまだ爪先程度。妾が本気になれば、このような半端な不死者を死なすことぐらい造作もない!』


「はいはい、凄い凄い」


 物騒な台詞を吐き、子供のようにはしゃいでいるコウエンの声が頭に響く。レイはお座なりな対応をした。彼としては、コウエンの力を振るえて無敵の力を手に入れたような万能感は一切なかった。


 こうして、自分の意思でコウエンの炎を操ると、その異常性を改めて思い知った。いま、自分は赤龍の首根っこを掴んでいるのだ、と。


 バジリスクの魔短刀を使う事で、魔道具の、魔剣の使い方を学習した。魔剣の力は術者のイメージに左右される。雷牙を放つにも、形態、威力、速度、軌道、個数などの設定を細かく想像しなければ創造できないのだ。そのイメージの作り込みが甘ければ、技として行使することはできない。今だって、レイは雷撃を思うがままに操れているわけではない。


 魔短刀もどきであるバジリスクのダガーでこうなのだ。


 とてもじゃないが、レイに龍刀が宿す赤龍の炎を御することはできない。いや、そもそも人に御し切れる代物では無い。


 そこで登場するのが龍刀に宿ったコウエンなのだ。レイと心象世界で繋がるコウエンは、レイがどんな炎を求めているのか理解し、レイの技量で御しきれる程度にまで下げた炎を創造するのだ。


 これまでは龍刀が吐き出す最低限の熱にすら耐えられなかったが、ブレイブサラマンダーの手袋と炎鉄の手甲のお蔭でどうにか耐えられるようになったからこそ、可能になったやり方だ。


 問題は気を許せば暴れ馬のように走り出すコウエンを制する事が出来るかどうかなのだ。力を久方ぶりに振るえて、興奮しているのか、隙あらばレイに耐えられない業火を繰り出そうとする。


 レイは意識を集中させ、コウエンが暴れ出さないように押さえつける必要があった。


 いまも、炎の勢いが強すぎて、建物へと引火してしまう。慌ててシアラが水魔法を放ってくれなければ大火事になっていたかもしれない。


(この辺りが、まだ主として認めていないってことなのかもしれないな)


 じゃじゃ馬にため息を吐くと、レイ達は遂に船着き場へと到達した。


「……おい、レイ! 船が無いぞ!」


 前回の記憶が無いダリーシャスが桟橋に停泊していた軍船の姿が無い事に驚いていた。そのことを事前に知っていたレイ達は特に驚くことなく、軍船が止めてあった桟橋へと移動する。襲いかかる吸血鬼もどきを押し返していると、桟橋に前回は無かった影に気が付いた。


「お前は……アスタルテか!」


 レイの声に闇夜でも鮮やかな白馬が嘶く。そのままレイ達の元へと蹄を鳴らして近寄って来る。吸血鬼もどきは人間以外には全くと言っていいほど興味を示さないため反応を示さず、一緒になってレイ達の方へと向かってくる。


 シアラとリザがそれぞれ魔法と剣で吸血鬼もどきを弾き飛ばすと、アスタルテだけがダリーシャスの方へと顔を擦りつけた。


「其方は無事か。して、船はどうなったのだ……と聞いても答えは得られんか」


 ぼやくダリーシャスにアスタルテは首を傾げるばかりだ。


 アスタルテが前回と違い、ここに居るのには理由があった。キュイを呼ぶ際に一つの命令をシアラは下していた。それはアスタルテを連れてこいという内容だった。


 この後の展開において、広大な街を足で走り回るのは時間が掛かる。かといって、キュイはレイを乗せる事は二重の意味でない。そのため、レイの足が必要だと結論づけ、キュイにアスタルテを連れてくるように命じたのだ。笛を吹きながら言葉を送る事で命令が通じるかどうかは賭けだったが、ここにアスタルテが居ると言う事は成功した証だ。


「上手く行くとは思わなかったわ。良くやったわね、キュイ」


「キュゥゥイイ」


 レティ達を背負うキュイが嬉しそうに鳴くと、反応して桟橋近くの海面でランプの光が揺らめいていた。船長たちの小舟だ。


「リザ、シアラ。あそこに船長が居る。みんなは先に行ってレティ達を。僕は壁を作って近寄らせないようにする」


 レイの囁く様な言葉にリザ達が行動する。アスタルテとの再会に喜ぶダリーシャスの首根っこを掴み、キュイとアスタルテを誘導する。その音に反応したのか、付近の吸血鬼もどきが反応する。


 唸り声が広がり、一気に駆けだすのを制するように、コウエンが横に振り抜かれる。空間を切りはらうと、そこから炎が走り、桟橋への道を炎が城壁のように行く手を遮った。これでしばらくは時間を稼げるだろうと判断したレイは桟橋へと向かった。


 リザ達に遅れて桟橋に着くと、そこではひと悶着が起きていた。


「其方らが逃げようとしないのに、なぜ俺だけが軍船に戻らなくてはならないのだ!?」


「ですから、この状況下で陸に残るのは危険なのです。貴方まで彼らのようになって貰っては困ります」


「そういう訳よ。だから、大人しく従って頂戴!」


 どうやら、ダリーシャスが小舟に渡るのを拒否している様子だ。小舟に積み込まれたレティとエトネの横で船長がハラハラしながら桟橋を見上げている。


 リザとシアラが力づくで、それこそ海に突き落としかねない勢いでダリーシャスを押すがダリーシャスは土俵際で驚異的な粘りを見せる。


 橙色の瞳がレイの方を向いた。


「レイ! 其方も同じように考えているのか?」


「当たり前でしょう。僕ら《ミクリヤ》は貴方を無事にデゼルト国まで連れていく事なんですから。化け物になった貴方を送り届けちゃ意味ないでしょ」


 そのまま、ダリーシャスを押す側に加わった。


「僕らがこっちに残るのは、レティやエトネをこうした奴を捕まえて、治療方法を聞きだすためです。……もし、僕らが帰って来れなかったら―――」


「―――ふざけるな!!」


 レイの言葉は怒号と共に掻き消される。思わず、力が抜けてしまい、レイは呆然とダリーシャスを見つめた。橙色の瞳に憤怒を宿した男は烈火の如き勢いで叫ぶ。


「もしだと! そんな事は、このダリーシャス・オードヴァーンが許すものか! レイ、そして《ミクリヤ》の者達よ。仲間の治療法を見つけて、必ず帰ると誓え! 誰一人、欠けることなくもう一度笑い合えると宣言しろ!」


 がきり、と。ダリーシャスの方から歯を噛み砕く音がした。一瞬の静寂の後、男は深い悲しみを吐露するように、


「……全員で帰って来るのだぞ」


 その言葉を聞いた全員が、帰って来られなかったひとの事を思い出した。レイは心臓に手を当て、その鼓動を感じた。いま生きているのは、誰のお蔭なのか忘れたことは無い。


「はい。絶対に、誰も失わせずに帰ってきます」


 同意するようにリザとシアラが頷くと、ダリーシャスは憑き物が落ちたように穏やかな表情となって、小舟に向かって身を翻した。


 桟橋から飛び降りたダリーシャスを小舟は受け止めた。


「待たせて済まなかった。……レイ、俺は其方らにデゼルト国を案内したいのだ。良い国だぞ。砂漠と荒野が広がっているが、その分住まう人間は良く笑い、よく働く。飯も美味いし、何より女が綺麗だ」


「そいつは……楽しみですね。是非ともお願いしますよ」


「ああ、約束だ」


 二人分のじとっとした視線を浴びながらレイが返すと、小舟はゆっくりと夜の海へと向けて漕ぎ出していく。その間、ダリーシャスはレイ達の姿が豆粒のように小さくなってもなお、陸地の方へと視線を向けていた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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