6-34 不戦の島
「僕に会いたい……ですか?」
「より正確に言えば、そちらのお嬢さんを探している様子でした。理由は聞いておりますが、申し訳ありませんが私の口からは何とも。ただ、レイさんが探している魔術師としては十分合格に値するはずです」
ジェロニモの瞳がシアラの方へと固定すると、レイ達の顔色が変わる。シアラの境遇は中々複雑だ。六将軍を束ねる『魔王』フィーニスの孫娘であり、六将軍の裏切者カタリナの娘。人間からも、同族からも憎まれるだけの理由を持った血が彼女には流れていた。
事情を知らないダリーシャスとジェロニモはレイ達の様子を不思議そうに見つめているが、シアラはそんな中で平然と、背筋を伸ばして凛としていた。まるで、何が来ても恐れないように前を見据えていた。
「ジェロニモ様。そのオルタナという方はまだ店内にいらっしゃるのですか」
「え、ええ。おそらくですが」
「でしたら、お会いしたいですわ」
優雅に微笑むシアラに気圧されたかのようにジェロニモは扉を開け、店員に言伝を頼む。その隙にレイとリザはシアラの方へと顔を寄せた。
「いいのかい。その、もしかすると」
「ワタシの過去に関する人物かもしれないってこと? それならそれでもいいわよ。問答無用で叩きのめせば、それで終わり」
「随分と過激な意見ですね」
「むしろ、それ以外が目的でどこまでも付いて来られた方が迷惑よ。今のうちに、厄介事は済ませておきたいわ」
シアラの醒めた口調とは裏腹に、膝の上に握られた拳が白くなるまで握られているのに二人は気が付いた。自分にとって思い出したくない過去と向き合う恐怖は、想像もつかない。せめて、仲間として支えようと決めたレイの耳にドアをノックする音が響く。
店員が開けた扉から個室に入ってきた男は先程と同じで中折れ帽子に袖丈の長いコートを身に纏っていた。扉が閉まるのを確認してから、男は帽子をとって胸元で押さえつけると、
「初めまして。この街で魔術師をしているオルタナと申します。《ミクリヤ》のレイと言うのはお前さんのことで間違いないな」
と、艶を無くしたくすんだ金髪越しに問いかけて来た。
「……はい。《ミクリヤ》のリーダーをしている、レイと申します。オルタナさん」
「呼び捨てでも構わない。こちらもレイと呼ばせてもらうからな」
帽子を被り直した男に分かりましたと告げたレイは、改めて男の全身を眺めた。広い肩幅に、帽子を掴んだ節くれだった指。コートを持ち上げる分厚い胸板。オルドやテオドールのような筋肉達磨とはまた違った、引き締まった鋼鉄のような体をしている。その鋭い相貌も相まって、西部劇のガンマンのような男が果たして魔術師として優秀なのか疑問に思えた。
リザがオルタナに自分の椅子を進めるが、それを固辞した青年は、入り口付近から動かずに、視線だけをジェロニモに向けた。
「それで、若旦那。何処まで彼らに話を」
「貴方がレイさんを探している所までです。そこから先は、貴方の口からの方がいいでしょう。それに、レイさんの方も貴方に相談したいことがあるとのことです。貴方個人ではなく、魔術師としての貴方にね」
「訳ありと言うやつか。だったら、そちらの用件から先に済ませるとするか」
蓮っ葉な喋り方のオルタナに、レイは指輪について軽い説明をした。すると、オルタナは興味深そうに顎を撫でた。
「指輪型の基盤……ねえ。珍しい物を持っているじゃないか。とりあえず、現物が見てみたい。いま、それはあるか?」
レイは少し逡巡してからレティの持つ鞄の中にある指輪を取り出して、オルタナに渡した。
まだ、何の魔法式も刻み込んでいない赤色の指輪に顔を近づけ、ざっと調べ上げた男はレイに指輪を返した。
「面白い指輪だな。これなら確かに超級魔法の一つぐらい発動できるぜ。しかし、けったいな指輪だ。これじゃ、魔法を当てる機能が無い。不良品を掴まされたな」
面白いと評価しておきながら不良品と貶めたが、男に悪気はないのだろう。あっけらかんとした態度に、悪意はない。素直な感想を述べていた。何より、この指輪の欠点を直ぐに分かったのはちゃんとした物を見る目がある証拠だ。
ジェロニモが不思議そうに首を傾げていると、
「魔法を発動する分には問題ないが、発動させた魔法を目標にぶつける機能は無いんだよ、あの指輪には。追尾機能が組み込まれている魔法ならいいが、無けりゃ味方も巻き込むかもしれない代物ってことさ」
「ああ、成程。それは確かに不良品ですね」
ジェロニモはバッサリと商人としての裁定を下した。
レイとしてはそこまで分かっているのなら話は早かった。魔法言語と魔法に詳しい専門家としてオルタナに質問する。
「僕らとしてはこの指輪の効果を十二分に発揮させたいと考えています。この指輪にどんな魔法を込めれば良いのか。オルタナ。貴方の専門家としての知識と眼力を僕らに貸してはくれませんか」
「専門家って言われるほど大した男じゃねえよ、俺は。ただ、まあ、頼られたからには答えてやりたいがな」
オルタナは帽子の鍔を降ろして、目線を切ると瞑想するように目をつぶった。壁にもたれかかると、そのまま押し黙ってしまう。
部屋に掲げられた時計が動く音が響く。それなりの沈黙の後、オルタナは口を開いた。
「一つ、とびっきりの魔法を思いついた。しかし、それを刻むには交換条件だ。レイ。お前さんが所有している奴隷に俺の要求を呑んでもらいたい」
ぴしり、と。室内の空気が硬質化する。緊迫した空気にエトネさえも反応した。レイは静かに、遂に本題を切り出してきたなと身構えた。
「……ジェロニモさんから、貴方が僕の事を。そして、彼女の事を探しているのは聞いています。……ですが、どうして僕らを探しているのか。まず、それから聞かせてくれませんか」
レイが静かに、慎重になって問い質すと、オルタナはそれもそうかと呟く。そして壁から離れて、机の方に近寄る。
「昔々の話だ。この水の都が出来る少し前に、ある場所に不戦の島と呼ばれる場所があった。時は人魔戦役の只中。人と魔人種の血で血を洗う日々。それを嘆き、憂いた者達が一つの思想に共感して、ある海域に浮かぶ島に集った。そこは戦いから逃れた者達で作り上げた、いわば戦いの無い世界を、平和を残そうとした島だ」
ぴくりと。シアラの肩が震えたのをレイは視界の端で感じた。
「俺の師匠の師匠。そのまた師匠の、何代も代を遡った先にいる、とある魔法使い。名をアレクサンドというが彼が提唱し、その思想に賛同した者達で作り上げられた島には、一人の少女が居た。人間族のアレクサンドと魔人種の間に生まれた雑種。少女は生まれながらにして、金色の瞳を発現していた。魔人種の社会において、金色の瞳は吉兆の証と言われた。それが片目とは言え、生まれた時から持っていた少女は種の未来を担う希望となりえた……はずだった」
ジェロニモとダリーシャスがそれぞれシアラの瞳に視線を向けた。金色の瞳は真っ直ぐにオルタナを射抜く。
「望まれし子は戦乱の続く時代に疲れ果てた者達の手で連れ去られ、島の象徴として祭り上げられた。人と魔人種の友好の懸け橋と崇め奉られたと聞く。……これは想像だが、それなりに平和な時間が、その島には流れていたんじゃないか。島の外ではのべつまくなしに戦火が上がっていたが、海に阻まれた島には関係ない事。いわば対岸の火事だ。……不戦の島と言えば聞こえがいいが、そんなのは自分たちに被害が及ばなければ、それでいいと考えた卑怯者の集まりだな」
横から、堅く噛みしめる音が聞こえた。見れば、シアラの唇から血が垂れていた。
「しかし、その島にも悲劇は訪れる。六将軍ゲオルギウスの手によって、島の住民は皆殺しにされ、少女もまた時の流れが違う牢獄に閉じ込められた。雑種の魔人種なれど、その氷の牢獄に囚われていれば、いまだに少女の姿形をしているのではないかと、俺の師匠は言っていた」
ざくり、ざくりとシアラの心の弱い所を突くように、オルタナは言葉を重ねた。
「最近になってその少女が氷の中から発掘されたと耳にした。その少女はこのアクアウルプスで奴隷として登録され、大陸に渡り、そこで売られたと調べて分かった。それを購入したのが名前を売り出し始めた冒険者だと言う事も」
オルタナの瞳がシアラとレイの両方を興味深そうに彷徨ってから、最後にシアラへと固定された。
「シアラ・マールム。『魔王』の孫娘にして、時を駆けた哀れな姫。それがお前だろ」
オルタナの言葉を掻き消すように、机が激しく叩かれ、空いた皿や器が机から持ち上がり嫌な音を立てた。机を掌で叩いたのはシアラ―――では無くリザだった。シアラは音に反応することも無く、オルタナを見上げるばかりで、呼吸を忘れたように押し黙っていた。そんな仲間を放っておけずに、リザは割って入った。
「無礼を承知で口を挟ませてもらいます、オルタナ様。貴方の目的が何かは知りませんが、仲間に対する侮辱は止めてもらいませんか」
青い瞳が鋭い刃のような視線を送る。オルタナは動じることなく、ただひたすらにシアラの方を向き、そして机を回って彼女の方へと近づこうとする。
「返事が聞きたい。お前が、シアラ・マールムで相違ないな」
「オルタナ様! これ以上はお辞め下さい!」
席を立ったリザがオルタナの歩みを止めようとした。しかし、
「《超短文・低級・脚力強化》」
聞き慣れない新式魔法を口にしたオルタナの姿は瞬きと共に消えた。次の瞬間、密閉された空間に風が流れ、オルタナの姿はシアラの背後にあった。彼女の細い肩を上から抑え込み、逃がすまいとする。
誰の目にも止まらない移動術の正体をレティが看破した。
「いまのは、肉体強化魔法?」
「御明察。若旦那からどんな風に聞いたか知らないが、俺がこの街で有名なのは、肉体強化という珍しくて、それでいて不人気な魔法を研究しているからだ。だが、それだけに肉体強化の専門知識は誰にも負けないと自負して―――おっと!」
余裕ぶっていたオルタナは思わず後ろに飛び下がった。勢いで、帽子が落ちる。なぜなら、彼に向けてレイとリザが同時に手刀を繰り出していたのだ。むき出しになった頭髪を撫でたオルタナが乾いた笑みを浮かべつつ、
「主従揃って物騒な奴らだな」
「無礼を働いたことは慎んでお詫びします。ですが、そちらにも非はあるんですよ」
落とした帽子を拾い上げたオルタナが俺に、としらばっくれた。レイは抗議の意味を込めて睨んだ。
「人の過去をこのような場で明らかにした事です。しかも、あんな人の神経を逆なでするような言い方をするなんて、人として最低ですよ」
拾った帽子を被らず、オルタナは少し腕組みをしてから、確かにな、と呟いた。
「非礼を詫びさせてくれ、シアラ・マールム。何しろ探していた人物とこうして顔を合わせたのだ。年甲斐もなく興奮してしまってな」
深々と頭を下げた男に対して、後ろを振り向いたシアラはどこか慈愛を漂わせた笑みを浮かべて、
「構いませんよ。ワタシとしては特に何とも思っていませんので。許すも許さないも、ありません」
と言う。ただ、その横顔を見たレイは胸中で思った。
(絶対嘘だ! 無茶苦茶怒っている顔だよ、これは!)
レイの想像は当たっているのだろう。微笑む少女のこめかみにくっきりと青筋が浮かんでいたのだから。
一度乱れた場を仕切り直す意味を込めて、店員が呼ばれ空いた皿を下げる。その代りに人数分の飲み物が運ばれた。男性陣にはコーヒーを。女性陣には果実を絞って水で割ったジュースが配られる。
焦げ茶色の表面をかき混ぜながらミルクを流し込むジェロニモ。螺旋を描く白を眺めつつ、彼はオルタナにきつい口調で言う。
「オルタナさん。お会いした際に貴方の事情は幾らか聞いていますが、先程のような態度はお辞め下さい。彼らは私の友人でもあるのですから」
温厚なジェロニモらしからぬ強い口調。オルタナも本気だと理解したのか大人しく頷いた。そこでレイは改めてオルタナに尋ねた。
「それで、オルタナ。貴方がシアラに用があるのは分かったけど、その理由と目的が分からないままだ。一体、彼女に何の用があるんだ」
「ワタシが欲しいなら、おあいにく様ね。もう、この身は主様に捧げています。髪の毛一本から足先まで、全部主様のモノよ」
今度こそ、席を用意して座るオルタナはシアラの上半身を見て、鼻で笑った。
「貧乳には興味ねえ……おいおい。その花瓶は止めとけ。どう見ても値打ちもんだ」
無言で席を立ち、数少ない調度品の花瓶を掴もうとするシアラをレイとリザは止めに入った。オルタナは慌てて話を続けた。
「俺の用はお前さんじゃなくて、お前さんが居た島にあるんだよ。不戦の島、別名不抜の島にな」
「……はぁ? どういう意味よ、それ」
正気に戻ったシアラが怪訝そうに首を傾げると花瓶を落とす。レイが恐ろしい反射速度で床に激突する寸前で花瓶を回収したのにも気づかない様子だ。オルタナは彼女の様子に違和感を抱きつつ、説明を続けた。
「お前さんの居た島は、アレクサンドが生前に掛けたある魔法によって、許可された者以外立ち入りを禁じている。結界に守られた島だ。それは術者が死んでもなお機能している。六将軍ぐらいなら力づくで突破できるかもしれないが、俺には無理だ。そうなると、正式な入り方。つまり、島の住人に許可を貰うというやり方しか残っていない。そして、その生き残りが、お前さんだけだ。……なんてことは俺が説明しなくても知っているだろ」
「ええ、そうよ。その位は知っているわ。ワタシがおかしいと思ったのは、その結界がもう解けているのに、なんでアンタはワタシの許可が居るのかって話よ。勝手に上陸すればいいじゃない」
「……なに?」
そこで初めて、オルタナが真剣な顔を浮かべた。シアラは戸惑った風に言葉を重ねた。
「だって、島の住人は皆殺しに合って、それで唯一の生き残りは氷漬けになったワタシよ。誰も許可なんて出せない。だから、氷から出してくれた商人たちは、結界が消えたから上陸できたんでしょ」
「いや。島にはまだ結界が掛かっている。二月ほど前に、調査の為に向かったが、やはり島には侵入者を弾く結界が残っていた。その後、アクアウルプスの奴隷市場であの島に上陸した商人の話を聞き、生き残りを拾って売ったと聞いてお前さんの足跡を調べていたんだ。……だから、まだあの島には結界は残っている。それは間違いないはずだ」
オルタナの断言にシアラは混乱したように顔を青ざめる。何が起きているのか分からない様子だった。どうして自分が外の世界に居るのか説明がつかないと動揺していた。
レイ達にもこの不可解な状況を説明できる解答が見つからなかった。
すると、オルタナが一つの可能性を告げた。
「推測だが、その商人の中に結界を破る術を持っていた奴が居た、と言う事にはならんか」
―――瞬間。シアラは卒倒しそうなほど顔を青ざめさせた。
「……まさか。そんな。……そんな事があるなんて」
シアラは狼狽する姿を隠そうとしない。肩を震わせ、レイの服の裾を掴んで離さない。
レイはオルタナにどういう意味かと問いかけた。
「六将軍ゲオルギウスが突破した結界はいまだ健在。だったら、商人の中に六将軍と同格の存在が居たと考えるのが筋だろう」
室内に戦慄が走る。確かにオルタナの説明は理に適っている。ゲオルギウスが突破できた結界なら六将軍かそれに準じた存在なら突破できる。
しかし、それは同時にあり得ないことだ。六将軍達はシアラの事を憎んでいる。正確にはシアラの母親にして、『魔王』フィーニスの娘であり、同じ六将軍だった同輩である元六将軍第三席カタリナの事を憎んでいるのだ。
カタリナがした事のせいで、彼らは種の悲願を達成できずに戦役を敗北した。その怒りは凄まじく、ゲオルギウスは戦線から離脱してまで島を滅ぼしたのだ。
そのような経緯がある以上、六将軍がシアラを解放するなんて事は考えられない。少なくとも生かした状態で開放するはずがない。つまり、シアラを解放したのは六将軍級の実力がありながら、六将軍に含まれない存在。なおかつ、その島に彼女が居たことを知る存在だ。
そんなの一人しかいなかった。
シアラが答えを告げた。信じられないとばかりに、青ざめた顔は紙のように白へと染めて。
「ワタシを解放したのは……母……なの。あの場に、母が居たって事なの」
彼女の胸の内に宿った感情は、決して歓喜のような明るい物ではない。
混乱と動揺が彼女の心を掻き乱していた。
読んで下さって、ありがとうございます。




