5-7 一難去って
「それにしても凄い技だね。一体、いつの間に編み出したんだい?」
クロッドウルフの墓標のように立ち上る土煙は途切れる気配をみせない。レイが感心したように褒める。手放しで褒められると、物静かなリザとしては珍しく、耳まで赤くして照れた。
「実はロテュス様の指導の元、練習していた技です。私が持っている技能と魔法を組み合わせてみました。……ですが制限も多いんです。一度、高く舞うので天井が低いとぶつかりますし、味方が居れば巻き込んでしまいます。このように開けた場所でなら大丈夫と思い、実践してみました」
結果は見ての通りだ。
上空から砲弾のように加速したリザは大地ごとクロッドウルフを薙ぎ払った。一撃の火力ならシアラの《アイスエイジ》に比肩するかもしれない。
ところが、リザは自分が齎した破壊力に対して、首を傾げた。
「なにか、気になる事でもあるの」
「……いえ。……練習の時よりも威力が増しているように思いまして。それに……いえ、今は止めときます」
リザは言葉を濁して打ち切った。レイは重ねて尋ねようかと思ったが、後ろから呼ぶ声に振り向いた。
「おーい。すまんが手伝ってくれんか!?」
声の主は、槍を持った壮年の男だ。地面に槍を投げ捨て、男は横転した馬車に踏みつぶされている男性を助けようと奮闘していた。
レイとリザは慌てて男の傍に駆け寄り、馬車に手を当てる。くの字に折れ曲がって横転した馬車は、ほとんど木片の塊と言えた。レイ達は足を挟まれて動けない男性を潰さないように慎重に馬車を押し上げる。
僅かに開いた隙間から男性を引きずり出すことに成功した。しかし、男性は槍の男の呼びかけに応じない。呼吸はするが、意識を失ったままだ。
「ポーションを飲ませれば意識を取り戻すかな」
リザに尋ねると、彼女が応える前に別の声が割り込んだ。
「それは無駄です。意識の回復は本人しだいです」
まるで管楽器のような綺麗に澄んだ声だ。レイとリザは揃って声の主の方を向く。
顔を覆うベールの隙間から、涼しげな瞳がこちらを見返す。風にとばされたマントを再び身に纏っているせいで、先程の面積の小さな衣服は隠れてしまっている。
双頭の槍に付いた土を払った女性はレイ達の間をすり抜けると、馬車に潰されていた男の傍で膝をついた。男の首筋や、口元。馬車に挟まっていた箇所などを美しく整った手で触れて、様子を確かめた。
「……頭を打ったせいで、意識を失っていますね。それに足は折れています。ですが、それ以外は問題ないように見受けられます。安静にしていれば目が覚めるでしょう」
女性はそう診たてると残骸とかした馬車から添え木になりそうな板と、患部を巻く布を調達した。あっという間に男の折れた足を固定した。
「これでしばらくは大丈夫かと」
治療の様子を心配そうに見ていた槍の男は頭を下げると礼を告げる。
「すまんね、お嬢さん。先程の戦いぶり、見事だった。それに、君たちも。本当に助かった。ありがとう」
額が地面に触れるほど下げられた頭に、レイは慌てた素振りで頭を上げるようにと頼んだ。しかし、男は固辞すると、重ねて尋ねた。
「この礼はどこかで必ずする。ついては名前を聞かせてくれないか。見た所、君は冒険者のようだ。所属しているクランやパーティーの名前を聞かせて欲しい」
「《ミクリヤ》所属、レイと言います。こっちは同じパーティーに所属しているエリザベートです」
「……レイにエリザベート。……聞いたことが無いな。それに《ミクリヤ》という名前も」
「でしょうね。僕は冒険者になってまだ二ヶ月ぐらいですし、パーティーも結成してまだ数日の出来立てですから」
レイとしては、戦闘が終わったことで先程までの疲労を払拭できるようにと軽口を叩いたつもりだった。だけど、男の肩は下がり、表情から精彩が抜け落ちる。
「……そうか。……やはり、そうそう都合よくはいかんか」
意味ありげな呟きにレイとリザは思わず顔を見合わせた。男は縋るような視線を、今度は女性に対して向けた。
「私はナリンザ。ある方の護衛をしており、冒険者ではありません」
ナリンザと名乗った女性は、同時にレイ達にも一礼をする。
槍の男はナリンザの自己紹介を聞くと、ますます肩を落とした。あまりの落ち込みようにレイは気にかかった。何かあったのかと尋ねようとするも、それを制するようにリザが肩を叩く。
「キュイが帰ってきます」
リザの指した方角から馬車をひく、ニチョウの足音と鳴き声が聞こえる。彼女の言葉通り、キュイが土煙を迂回するように姿を見せた。
「キュィィイ!!」
「ご主人さまー! おねーちゃん! 無事ー!?」
手綱を握っているのはレティだ。御者台からこちらに向けて手を振っている。すると、そんな彼女の背後から見慣れない人物が顔を突き出した。
「おっとぉううう!! 無事かぁぁあああ!!」
シアラやエトネではない。純朴さと素朴さが同居する典型的な田舎娘が御者台に身を乗り出している。リザが馬車に押し込んだ少女だ。父に向かって手を振るのに必死になり、上半身が馬車の振動に合わせて上下に揺れる。慌ててレティや、おそらくシアラやエトネの腕が彼女を支えようと伸びた。
そのため、キュイはレティのコントロールから解放された。
「キュイ!」
ぎらり、と。円らな瞳に剣呑な光が宿ったのをレイは見逃さなかった。加速したキュイが真っ直ぐ自分に向かってくるのに気付くと、草原に向けて跳び込んだ。
間一髪。キュイの四本足に蹴り飛ばされるのだけは回避できた。草原を転がって距離を取るのを見たキュイは、
「キュ!」
舌打ちのような鳴き声を放った。それも一瞬の事。女好きの鳥は打って変わって甘えた鳴き声を上げた。
「キュキュキュイイ」
首を傾げ、円らな瞳を潤ませる。それが自分を可愛らしく見せる術だと鳥頭は知っていた。相手は新顔のナリンザだ。ナリンザは吸い寄せられるようにキュイに近づく。
「珍しいですね。ニチョウを馬代わりに使っているのは」
言いながら、柔らかな羽毛に手を沈める。クロッドウルフの偽物相手に獅子奮迅の活躍をした女傑すら、この鳥の前では淑やかな女性らしさを出してしまう。げに恐るべきはニチョウ。
キュイはどこか勝ち誇った笑みを草原に腹這いになっているレイに向けた。まるで自慢しているかのようだった。
「いつか、焼き鳥にしてやるからな」
負け惜しみを呟きながら立ち上がったレイと入れ替わるように、草原に向かって落ちたのは田舎娘だ。彼女は馬車の後ろから降りるのも煩わしいと言わんばかりに御者台から飛び降りる。体を柔らかな大地に打ち据え、しかし痛みで呻くことなく走り出した。
向かったのは馬車に潰されていた男の所だ。
「おっとうううう! 無事なのかぁぁぁ!?」
意識を失い、足が折れている父を抱きかかえる娘の慟哭は草原に広がった。声を掛けるのもはばかられる。ふと、レイはレティに気になった事を尋ねた。
「ねえ。随分と遅かったけど、そっちでも何かあったの」
戦場から離脱したキュイを追いかけたクロッドウルフの数は三体。手綱を握るレティはともかく、シアラとエトネの二人なら直ぐに倒して戻ってくると考えていたが、結果は外れた。
すると、レティが疲れ切った表情を浮かべ、後ろを顎で指した。
レイは御者台に上ると、中の様子を覗いて言葉を失っていた。
まるで嵐が通り過ぎたかのように中は散らかっていた。固定されていた木箱は、外板が外れ中身がむき出しなり、鞄の蓋が開いて中身が出されている。積み上げていた小石の山は散らばり、砂利のように床にひしめいていた。
その中で、エトネとシアラが大の字で寝そべっていた。
「おいおい! 何があったんだ。シアラ、エトネ。無事か!?」
名前を呼ばれた二人は面倒くさそうに首だけ持ち上げて、顔を見せた。美少女と言って差し支えない二人の顔にはあざや引っかき傷がついていた。少なくともクロッドウルフの爪ではあの程度の可愛らしい傷はつかない。
「……何があったんだよ」
レイは再度問いかけると、シアラが心底めんどくさそうに体を持ち上げた。
「……何が、って。馬車に押し込んだあの娘が暴れたのよ」
何処か投げやりな口調でシアラが馬車で起きた事を説明する。
「碌に説明を受けないで負傷した父親を置き去りにして、馬車に押し込められて混乱していたのよ。その上、馬車で待っていたのが金色の目をしたワタシと、長耳のおちびだったのが余計に悪い方に傾いてね。人さらいだ、モンスターが化けただのと言って、散々暴れてくれたわよ」
「……モンスターどころじゃなかった」
エトネもそれだけ言うと、がっくりと頭を床に戻した。
「暴れる娘をエトネが拘束して、ワタシがどうにかクロッドウルフを倒して、それからようやくこの付近の見回りをしていたら、上がった土煙を目指してやっとここに来たのよ。……遅くなってごめんなさい。」
「気にしないで。そっちもご苦労様。他に怪我とか、壊れた物は無いんだね」
唯一、被害にあわなかったレティに尋ねると、少女は頷きつつ視線を別の者へと向けた。エメラルドグリーンの瞳は所在なさげに立っているナリンザへと向けられていた。
「ねえ、ご主人さま。あの人誰?」
「ああ、紹介するよ。彼女はナリンザさん。ある人の護衛をしていて、助っ人として戦いに加わってくれ……あれ?」
そこまで口にしてレイは違和感に気づいた。視線を左右に振り、居るべき人を探すが、何処にも居なかった。
「ナリンザさん。貴女の主の方はどこに行ったのですか。助けてもらったお礼を言いたいんですけど」
そう。ナリンザの主と思しき青年は彼女が乗っていた馬と共に姿を消していた。主不在を指摘されたナリンザは周囲を見回した。
「おや。そういえば、居ませんね」
(気づいてなかったのかよ!)
助けてくれた人相手だけに、言葉にせず内心で突っ込みを入れた。ナリンザはベールの上から頬に手を当て、困ったと繰り返した。
「困りました。馬が居なければ、徒歩で旅をする事になってしまいます」
(主の心配しないのかよ!?)
再び心の中で突っ込みを入れた。困惑した表情を浮かべるリザと目が合う。おそらく彼女も自分と同じ心境なのだろうとレイは推測した。
(ヤバイな。なんだか妙な人と関わってしまったぞ。これはさっさと逃げるべきなんだが)
レイは短いやり取りでナリンザを妙な人物と断定した。エルドラドに来て、人を見る目が多少なりとも養われた結果、磨かれた感性が警告をならす。この人と関わると凄く厄介な目にあう。
さっさと出発したい欲求にかられたレイだが、流石にこの状況を放置するのはどうだろうと言う真っ当な理性が判断を鈍らせていると時間切れを迎えた。彼女の主と馬が戻ってきたのだ。
何故か、馬だけが先にナリンザの元に辿りつき、主と思しき青年は馬を追いかけて走っている。
「……何をしていらっしゃるのですか」
ナリンザの冷ややかな声が主に向けて放たれる。肩で息をする青年はナリンザに向けて咎めるような視線を送る。
「お前、この馬に、どんな躾を、した! 俺を乗せて、この場を、離れたら、俺を、落としやがったんだぞ!!」
「そのような躾をしましたが、何か」
レイ達はナリンザの態度に面食らった。平然と悪びれもしない、従者にあるまじき態度に肝を冷やした。ところが青年は諦めたかのように肩を落とした。
「はぁ、はぁ、はぁあああ」
息を整えているのか、ため息をついているのか。ともかく、青年はナリンザの態度に文句を言わない。代わりに、差し出されたハンカチで汗を拭うと、レイに照準を合わせる。
橙色の瞳がきらり、と光る。
「久しいな! 息災そうで何よりだ! いや、モンスターと戦って息災はおかしな話だが、無事そうで何より。怪我などしていまいな」
親しい友人と再会したかのような気安い態度に、リザ達は面喰う。男の身なりに卑しい所は何一つない。着ている装束も、身にしている装飾品の類も、なにより青年の放つ高貴な気風は紛れも無く、高位の身分の者が生来持つ気質だ。
そんな人物とレイは知り合いなのかと少女たちは驚いた。しかし、一番驚いたのはレイだ。
何故なら、彼は青年に見覚えが全くなかった。
エルドラドに来てから声を交わした人物の顔は大体思い出せる。世話になった人、敵として戦った人、どれも直ぐに思い出せる。
だが、目の前の青年にレイは全く見覚えが無かった。
(誰だ、この人。……まさか、御厨玲を知っている人か!?)
その考えに至ったレイは現代日本での記憶を引きずり出す。レイとしての見た目はそれこそ十五歳当時の自分と同じなのだ。その当時の友人が自分を見れば、御厨玲だとすぐに分かるかもしれない。
だが、ナリンザの冷ややかな指摘がレイの記憶の発掘作業を中断させる。
「闇市でぶつかった程度の相手にそこまで親しげにされるとは。懐が広くていらっしゃる。流石です」
「……闇市。……ああ!!」
ナリンザの言葉がレイのバラバラの記憶を一つにつなぎ合わせた。あれはスヴェンとの決闘が始まる前。スリに会う直前の事だ。キュイを世話する道具を購入するためによった露天の前でレイは青年とぶつかったのだ。
「む。その様子だと、俺の事を思い出してくれたようだな」
嬉しそうな青年に対してレイは一層警戒心を強める。あの時。この青年とぶつかった直後にスリにあったのだ。その青年が再びレイの前に居る。それも時間的な流れを考えると、レイ達がアマツマラを出てすぐに出発しなくては此処で遭遇するのは難しい。
つまり、何らかの目的を持って自分達を追いかけてきたのだとレイは推測した。
レイは馬車から降りると、青年と距離を保ちつつ正対した。リザとナリンザはレイの体から放たれる、固い緊張に反応してそれぞれの主の傍に立つ。
「まず。礼を言わせてください。貴方の護衛が参戦してくれなければ、状況はもっとひどい事になっていました。お蔭で助かりました」
「なに、気にするな。あの程度、ナリンザにすれば造作もない事だ」
青年は手をひらひらと振って返した。この中で、ただ一人。剣呑な雰囲気に気づかない様子だ。それが逆に不気味に映る。
レイは一層警戒心を募らせると、次の質問をするべく口を開こうとする。
だけど。
「すまない、君たち!」
槍の男が割って入った。壮年の男性は慌てた様子で口を挟んだ。
「馬を一頭見なかったか!? 馬車をひいていた馬がもう一頭いるはずなんだ」
男の言葉に青年は首を傾げた。だが、レイ達には心当たりがあった。なにしろ、その馬に導かれるようにここに来たのだ。
レイは男に、自分たちが此処に来た原因である馬の事を説明した。すると、男は困り果てたように跪いた。
「ああ、なんてことだ。このままじゃ、アマツマラまで辿りつけない!!」
男は節くれだった拳で大地を何度も殴りつける。その姿は必死さが滲みでていて、声を掛けるのが躊躇われた。拳の皮が破けたころ、男は重苦しい表情のまま告げた。
「君たちに頼みがある。命を助けてもらった礼を返す前に、更に頼みごとをするという厚かましさは詫びる。だが、どうか助けると言ってくれないか!?」
男は再び、額を擦りつけて頭を下げた。
「そう言われても困ります。まず、頭を上げて事情を説明してください。どこまで力になれるか分かりませんが、お話を聞く程度ならできます」
レイは男の肩を掴んで頭を上げさせようとした。しかし、貴族風の青年はレイを押しとどめる。彼は頭を下げる男の肩を力強く叩いた。まるで励ますかのように。
「相分かった。全てを申すまでもない。其方が困っていると言うなら、力になってやろう!」
青年は一度言葉を区切ると、自分を親指で指した後、今度はレイに向けて指を向けた。
「俺とこの者で万事、解決しようではないか!!」
「勝手に引き受けるな! その上、こっちを巻き込むなよ!! というか本当に誰だよ、アンタ!?」
いつもは丁寧な口調で喋るレイだったが、取り繕う余裕を無くしたように口調が乱れた。すると、待っていましたと言わんばかりに、青年は尊大な態度で立ち上がる。そしてまるで太陽のような曇りのない笑みを浮かべて名乗った。
「我が名はダリーシャス・オードヴァーン。デゼルト国の王子である」




