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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-4 追いかける者

「いやー快晴かな、快晴かな!」


 青空の下、陽気な男の大音声が響き渡る。無人の原を行くのは騎乗した二人。女が手綱を握り、男が女の後ろにまたがっている。男のオレンジがかった金髪が、風に撫でられる。


 前を開けたシャツの下は何も着ておらず、彫刻のような筋肉が覗かせている。褐色の肌と相まって、怪しげな魅力を振りまく。年のころは二十代中頃だろうか。顔つきに精力が漲っている。


「王子、うるさいのでその口を閉じて貰っても宜しいでしょうか。多くは望みません。朝起きて、夜寝るまでの間で結構ですので」


「……お前も十分口うるさいぞ、ナリンザ」


「それが王子の護衛兼元教育係の役目です」


 ナリンザと呼ばれた女は頭部を隠すように、薄布のベールを身に付けている。春とはいえ、日差しが強くなっているのに、暑さを気にしている様子は無い。


 厚ぼったいマントを羽織っているせいで肢体は隠れているが、馬が切る風のおかけで布が巻き付き、扇情的な線が浮き彫りになっている。ベールの中で唯一外気に触れている目元だけでも、相当な美女だと分かる。


「まったく。……しかし、あの者らはどこに行ったのやら。まるで神が隠したかのように影も見つからんぞ」


「当たり前でしょう。彼らが南に向かうと言う、曖昧な情報だけで追いかけるからです」


 ナリンザの冷たい指摘に男はあからさまに言葉に詰まった。とても王子と護衛とは思えない力関係である。


「だ、だが。あ奴らが出立してすぐに我らも追いかけに行った。にもかかわず、こうも追いつけないのは摩訶不思議というものだ」


「不思議でも何でもありません。単に私達が判断を誤ったに過ぎません。幼い子供も居たのですから、今のダラズに寄るはずがないと再三申し上げたのは覚えていますよね」


 男は困ったように顎に手を当てていたが、ナリンザにとって沈黙が返答のような物である。


「それぐらいは底の抜けた水瓶でも、十分残っているようですね。あれほど私が申し上げたのに、王子は必ずこの街に寄っていると断言し、聞き込みをしました。結果、空振りに終わりました」


「……いや、空振りでは無いぞ! ニチョウで旅をしている冒険者は寄っていない、と言う事だけは分かった。うむ、十分な情報では無いか」


「その代価が、この大荷物ですか」


 ナリンザは手綱をひいて、馬に跳ぶように命じた。よく訓練された馬は障害物を飛び越えるかのように小さく飛んだ。


 着地と同時に、がちゃん、と何かが砕ける音が響く。音源は馬に括りつけられた鞄からだ。同時に王子の顔色が青ざめる。


「ナ、ナリンザ! お前、何を!?」


「失礼。小石が落ちていた物で」


「落ちてなかったよな! 流石に何も無かったのを、俺は見ていたぞ!!」


 王子がこれほど慌てているのは、馬に括りつけられた鞄の中身にある。限界ギリギリまで膨らんだ鞄の中には旅の道具以外に、王子が購入した品物が詰まっていた。主に陶器や像などの割れ物だ。


 先程の跳躍からずっと、鞄は馬の振動に合わせてジャラジャラと音を立てている。開けなくても中がどうなっているかは一目瞭然だ。


「どうせガラクタばかり。二束三文の価値しかない物を言い値で買っているから、手持ちの路銀が少なくなってきているのです。それに鞄に空きが出来れば、旅ももう少しやりやすくなります。何分、私達は手ぶらに近いのですから」


 ショックのあまり、放心していた王子は恨めしそうな声で言い返す。


「いいではないか。どうせ、其方の魔法によって、旅の道具に問題なかろう」


「過分な期待をありがとうございます。何しろ、王子は何の生活魔法も使えませんので、私が全てを賄う必要があるので。ああ、大変大変」


 ナリンザはまったく感情の籠っていない平坦な声で返した。


 生活魔法とは、魔法の種類の一つである。


 殺傷能力が無く、単一の効果しか持たないが、その分魔法の習得難易度は低く、消費精神力も低い。文字通り人の生活に結びついた魔法である。


 例えば《洗浄クリーニング》の魔法。衣服の洗浄しかできないが、水や洗剤が無くても血や泥などの汚れが落ち、乾燥させる手間も要らないのだ。新式魔法の習得者の実に半分は戦闘魔法よりも、むしろこういった生活魔法を労働奴隷に覚えさせるのに使われているぐらい、エルドラドに浸透している。


 極端な話だが生活魔法のエキスパートが一人いれば、手ぶらで長旅をするのも可能なのだ。


 しかし、生活魔法でも腹を膨らます事だけは出来ない。


「ですが、食料の類は自分で獲らなくてはなりませんし、用意する必要もあります」


「うむ。それは重々承知しておる。そして、それに関しては―――ふむ。ちょうどいい」


 王子の言葉が途中で終わった事が気になったナリンザは馬の足を止めさせる。すると、王子は馬から飛び降りた。宙で身を翻し、衝撃を殺して草原に着地する。王子とは思えない野性的な動きである。


 そして、王子は橙色の瞳を輝かせると、草むらを睨んだ。口元は獣を想起させるかのように歪み、空の手が、腰へと伸びていく。


 馬すら嘶くのを止めるかのように緊迫した時間が過ぎ去る。一秒、二秒と立った時、草むらが揺れ動き、何かが飛び出した。


 ―――同時に王子も動いた。腰に吊り下げていた、金属製の円盤を掴む。


 それは不思議な物体だった。


 直径は二十センチほどだろうか。金属製の円盤の中央は穴が開いており、外側に刃が付いている。いわゆるチャクラムと呼ばれる投擲武器だ。


 王子はチャクラムの内側に指を当てると、まるで帽子を回すかのような要領でチャクラムを回し、投擲した。


 チャクラムは弧を描き、恐るべき速度で、草むらから飛び出したウサギへと襲い掛かる。哀れな野生動物はあっという間に白い首を赤く染めてしまう。


 チャクラムは投擲武器の中では珍しく、切ることを目的としている。その切れ味は凄まじく、動物の骨すら切断する。


「ま、御覧の通りだな。なに、俺の手にかかればこの程度、片手間仕事といえ……おい、ナリンザ。其方はどっちの方を見ているんだ?」


 自らのした結果に酔いしれた王子は、草むらに突き刺さったチャクラムと、首を無くしたウサギの死体を掴んで、ナリンザの方を向いた。しかし、そのナリンザは馬上のまま、あらぬ方向を凝視していた。


「……王子。どうやら私は……王子の事を見くびっていたようです」


 ナリンザは心底驚いたように言う。いつにない態度に王子は困惑してしまう。高々ウサギを獲ったぐらいで、このように驚かれるのかと情けなく思いつつ、いつも言笑自若の構えを崩さない彼女に一矢報いた事を喜んでしまう。


「うむ。ようやく、其方にも王子を敬う心が宿ったようだな。なに、寛大な俺だ。これまでの不敬は全て水に流すので、これからも変わらぬ忠誠を―――」


「―――あ、いえ。そのような事ではありません。私が驚いているのは王子の持つ強運です」


 言葉を遮られた王子は不満そうに唇を尖らせるも、ナリンザの見ている方向へと視線を向けた。


 彼らのいる場所は起伏に富んだ、丘陵地帯。王子たちが足を止めているのも少し小高い丘である。眼下には視界を遮る森なども少なく、見晴らしは良い。


 そんな眼下を一台の馬車が駆け抜ける。曳いているのは黄色い羽に紺色が混じるニチョウだ。


「お、おお!! あれはまさしく、我らが捜していた馬車。遂に見つけたぞ!!」


「大声を出さなくても聞こえます」


「……いつの間に冷静に戻っているのだ。さあ、早く追いかけるぞ!」


 王子はチャクラムを腰に戻すと、先に吊るされていた他のチャクラムと触れて、澄んだ金属音を奏でる。首が無くなったウサギはそのまま掴んだままである。後ろ足で掴まれているウサギは首の断面から血が流れていく。


「これぞ、天啓である! 我とあの者らが出会うのは運命なのだ。それこそ、13神が導く運命だ!」


 流石に言い過ぎではないかと思いつつも、ナリンザは主に逆らわず、馬の腹を蹴る。馬は一度嘶くと、丘を駆け下りていく。


 頬に当たる風を心地よく感じた王子―――ダリーシャス・オードヴァーンは叫んだ。


「さあ、運命に導かれるまま、いざ行かん!!」






 レイ達が血まみれの馬の傍を離れ、血の跡を追いかけてから二十分ほど経過した。始めは薄緑色の草原にくっきりと残っていた鮮やかな赤は、逆走すればするほど色合いを滲ませていく。高速で流れる大地から、血痕を追いかけるのは予想以上に難しかった。


 しかし、そこを補うのがエトネの鼻と耳だった。彼女の鼻は血の匂いを余すことなく逃がさない。これが雨や風などがあったら匂いはたちまちに消えてしまい、こうは上手く行かなかっただろう。


 そんなエトネが警告を発した。


「レティおねいちゃん。とまって!」


 キュイの手綱を握っていたレティは直ぐに反応した。キュイが四本の足で急ブレーキを掛けた。


「どうかしたのか、エトネ」


「おかのむこう。たたかってるおとがするよ」


 全員がエトネの指さした方角を見た。平坦な草原を離れ、起伏に富んだ丘陵地帯に入っているため、正面には小高い丘が視界を遮っている。エトネの話では、その丘の向こうで複数の荒い息遣いと、声が聞こえているらしい。


「レティ。馬車をあの岩の傍に寄せてくれ」


 レイが示したのは、エトネの示す方角に丁度ある巨石だ。丘の向こうがどうなっているか分からないため、馬車を隠すにはうってつけの場所である。


 レティは短く返事すると、キュイに動くように命じた。女好きのキュイは上機嫌に鳴くと、一気に坂を駆け上がった。レイの指示通りに巨石の傍に体を隠すように止まった。


 馬車が停車するなり、レイとリザが飛び降りた。丘の先がどうなっているか不明だが、接近戦向きの二人なら、すぐに反応できるという理由から残りは馬車で待機する。


「ご主人様。視界を遮るものが何もありません。姿勢を低くして来てください」


 リザが中腰の姿勢のまま、丘の向こう側へと先に進んだ。レイは闇市で購入しておいた単眼鏡を片手に握る。リザが旅には必要な品だと力説したので購入した物が、こんなに早く役に立つは思っていなかった。


 レイも中腰の姿勢のまま、丘の向こう側に進む。先に行っていたリザは地面に腹這いに寝ていた。レイも彼女の隣に同じ姿勢で横たわった。鼻に草と土の混じった匂いが飛び込んでくる。


「あちらをご覧ください。正面、百メーチル程先です」


 レイはリザの指す方角を単眼鏡で覗いた。あいにくと、闇市に出回るような代物。性能はお世辞にも良いとは言えないが、おおよその人影などは掴めた。レイは単眼鏡を覗いたまま、見える光景をリザに伝えた。


「人とモンスターが戦っている。人の方は……多分一人。誰かを庇っているような動きをしている。傍にあるのは馬車だ。壊れている」


「モンスターの方はどのように見えますか。種類や数。何でもいいです」


「動きが速いな。……どんなモンスターかは分からないけど、多分、四本足。動物系だ。数は見える範囲で五、六体。見てみるか」


 リザは単眼鏡を受け取ると、襲われている人達だけでなく、それ以外の場所も偵察している。他に増援が居るかどうか、確認しているのだ。


「森はありませんが、丘などの地形に隠れられていたら厄介ですね。……ですが、五体を一人で相手しているのなら、容易いモンスターかもしれません」


 リザはアイスブルーの瞳に、どうするのかという問いかけを籠めた。レイは彼女の瞳を見て、腹をくくった。


「助けに行く。ただし、伏兵が隠れていることを想定して、一撃離脱でいくよ」


「一撃離脱……ですか」


「ああ。まず、手ごろな石か何かを探してくれ」


 レイは地面から起き上がると、手当たり次第に石をかき集める。しかし、リザはそんな主を制し、巨石の方へと戻った。


 全員が彼女の行動を見守る中、リザは腰に収めたままのロングソードの柄へと手を伸ばした。


「馬車を少し離して」


 妹に声を掛けると、リザは細い呼吸を数回繰り返し、精神を集中させる。そして、


「はぁっ!」


 掛け声と共に、ロングソードは引き抜かれ、剣光けんこうを走らせる。精神力で刀身が強化されたロングソードは巨石の一部を削る。


 リザの目にも止まらぬ剣裁きは終わらない。手元が翻る度に、石がサイコロ状に分かれていく。ものの数秒で地面に手ごろな石が山のように積み上がった。


「これぐらいで十分でしょうか」


「十分すぎるぐらいだよ。さすが、リザだ」


 レイが褒めると、リザは得意げに微笑んだ。レイ達は手分けして、石を馬車に詰め込むと、少年が立てた作戦に耳を向ける。


「ここから百メーチル先に横転した馬車とモンスター、そして応戦している人を見つけた。モンスターの数は少なくとも五体。全部を確認できていないから、伏兵がいるかもしれない」


「モンスターの種類は判別できた?」


「いや。獣系としか分からない。ただ、一人で五体を相手取っているから、そこまで脅威じゃないのかもしれない。問題は、その人が他の人を庇っているようなんだ。だから、僕らは一撃離脱する」


 レイは馬車に持ち込んだ石を幾つか並べて、簡易的な作戦地図を作り上げた。


「まず、キュイには坂を下って、敵の群れの近くまで行ってもらう。敵が弱そうなら、それこそ、群れに馬車ごと突っ込ませる形でもいい。そしたら、僕が《心ノ誘導》を発動して、敵をこちらに引き寄せる」


「私達が馬車ごと囮になるんですね」


 リザの質問にレイは肯定を示すように頷いた。


「モンスターを引き剥がすことが出来たら、この周囲を走り回って伏兵が居るかどうかを確認する。もしいたら、この石で応戦しつつ、敵を一カ所に集める」


 石を投げると言ったレイに対して、笑いは起きなかった。なぜなら、投石は中々侮れない戦闘術だからだ。


 人は動物の中で物を投げる事が上手な部類に入る。人の拳大くらいの石を子供が投げたとしても、当り所が悪ければ酷い大怪我に繋がる。エルドラドの大地の多くは未整地。弾丸いしの確保に事欠かない。一般的な戦争において、石投げは兵士にとって馴染のある光景だ。


「僕とリザが石を投げて相手をけん制する。エトネはクロスボウの間合いに入ったからと言って直ぐには撃たないでくれ。確実に当たる距離まで引きつけてから撃って。そして、止めはシアラの魔法だ。敵が集団で固まったら一気に薙ぎ払え」


「馬車は囮の上、移動砲台って訳ね。悪くないわよ。それで行きましょう」


「ねえ、ねえ。あたしは?」


 止め役という大役を任されたシアラと違い、レティは手持ち無沙汰のように尋ねた。


「いつでもリザと操縦を代われるようにしていてくれ。場合によっては盾の魔法を使って、距離を引き剥がすかもしれない」


「りょーかい!」


 レティが返事をすると、リザとエトネも力強く頷いた。


「それじゃ、作戦開始だ!」


「「「「おー!!」」」」






「どうやら、彼らはあちらにある馬車の者達を助けるようですね」


 レイ達の側面にある丘の上。ナリンザは双眼鏡を覗いたまま、背後のダリーシャスに状況を説明する。


「そうか、そうか! 流石は俺が見込んだ者。市井の者を助けるために駆けるとは、天晴れだ! 褒めてつかわすぞ!!」


「王子に褒められても、誰も喜びませんよ」


 ナリンザの冷たい言葉はダリーシャスの耳には届かない。上機嫌なままの彼は続けてナリンザに尋ねた。


「それで、あの者達が挑むモンスターはどれ程だ。強いのか、弱いのか。どちらなんだ?」


 再びナリンザは双眼鏡を覗きこむ。レイの単眼鏡とは比べるのもおこがましいほど、彼らの双眼鏡は高性能だ。彼らが居る丘からレイ達が駆け下りる姿も、横転した馬車を囲うモンスターとそれに応戦する男の姿もはっきりと写っていた。


 男の年のころは五十を優に超えている。疲れと焦りを滲ませる顔には皺がはしり、後ろでまとめている髪には白いのが混じっている。


 それでも振るわれる槍の冴えは中々のものである。


 今も、モンスターの一体に突き刺し―――どろり、と。モンスターの体が崩れ落ちた。


「あれは……少々まずいですね」


「なんだ、どうかしたのか」


 いつにないナリンザの低い声色に、ダリーシャスは陽気な笑みを消し去り、真剣な表情を浮かべていた。


「あのモンスターはクロッドウルフ。土があれば無限に増殖する、単体でありながら群体でもあるモンスターです。彼らはあの数が一気に膨れ上がる事を知らないのかもしれません」


読んで下さって、ありがとうございます。


メーチルはエルドラドにおける距離の単位です。

メートルと殆ど変わりません。

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