4-32 ミラースライムⅠ
がきん、と。
固い金属がぶつかり合う音が闘技場に響く。
レイの前に現れた銀色の粘液生物―――ミラースライム―――の作り出したファルシオンは金属の硬質を再現している。
重さも、むろん切れ味も。
距離を詰められ、先手を取られたレイのコートが切り裂かれたのが証だった。続けて振るわれる二撃目を自分のファルシオンで受け止めれば、刀身を伝って固い手応えがレイに伝わった。
「ぶよぶよの見た目とは裏腹に……材質は忠実に再現してんのかよ!」
だとすれば、皮膚を削りだしたかのように現れたニコラスの鎧や炎鉄の手甲も同じように硬度と強度を持つのだろう。
―――同じ?
(まさか、ニコラスの加護も再現しているのか? ……いや、そもそもこいつは何をどこまで再現しているんだ?)
無機質な仮面のように再現された自分の顔を睨みつける。全てが銀色で構築されているため、おうとつだけが忠実に再現されている。そこには何の感情も浮かんでいなかった。
すでに交わされた剣戟の数は十を超える。押されているのはレイだった。ミラースライムの繰り出す剣裁きはレイのよりも鋭く、早い。相手の回転数に合わせきれなくて、レイの攻撃は左右に散らされてしまう。
仕切り直す為にレイは一度距離を取ろうと後ろへ下がる。しかしミラースライムは即座に距離を詰めた。
「っ!」
反射的にレイはファルシオンを振り下ろした。態勢もタイミングも不十分な弱い一撃。相手の足を止めるのが目的の一撃だ。
縦に振り下ろされるファルシオンに対してミラースライムは一歩、踏み込んだ。
振り下ろしの一撃を炎鉄の手甲で受け止め―――流した。レイの一撃をワザと手甲で受ける事によって、回転に加速を付けた。くるり、と独楽のように回りつつ、手にした剣の柄でレイの額を殴打した。
レイにしたら視覚外からの攻撃だった。振り下ろしの一撃を流され、無防備となった所に攻撃を受けた。衝撃で頭がぐらり、と揺れる。
立て続けにミラースライムは攻撃を繰り出す。滑るように回転を続けレイの背中に回ると、ファルシオンを叩きつける。
しかし、刃は見えない壁に阻まれる。ニコラスの加護、《耐久》が発動したのだ。だけどレイに息を吐く暇は無かった。
見えない壁もお構いなしに、ミラースライムは連続で振るう。刃は幾度も加護に阻まれるが、それでも振るう。それは次第にファルシオンと鎧の間の隙間を削り、僅か数秒で砕けた。
《耐久》の加護が砕けた頃になって、ようやくレイの意識はハッキリとした。こめかみを柄尻で殴打された際の血がどろり、と垂れたが構っている余裕は無い。
ただでさえ背中を見せる不利な状況。レイは前に転がるように飛び込んだ。その判断は正しい。加護が無くなったレイを両断しかねないフルスイングが、彼のいた空間を薙いだ。
だけど、その一撃は一撃で終わらない。地面に飛び込むように転がり、しゃがんだまま振り向いたレイに、刃が迫る。
―――世界が速度を失った。
頭部に向けて振り下ろされる一撃がコマ送りのように遅くなる。《生死ノ境》Ⅰが発動したのだ。
この一撃をくらえば死んでしまう。
戦慄と共にレイは動いた。
避ける事は不可能だ。地面に転がるようにしゃがんでいる状況では、横に飛んでも急場しのぎにしかならない。直ぐに二の太刀、三の太刀で追い詰められるのは明白。
だから、レイは振り下ろしの一撃に対して、振り上げた。
狙いは一点。
敵は片手でファルシオンを振り下ろしている。だから、そこに向けて最速の一撃を叩きこんだ。
そして、世界は速度を取り戻す。
僅かな差だった。
レイの頭部に迫るファルシオンとミラースライムの右手首を狙ったファルシオン。先に目的を果たせたのはレイの一撃だった。
ずるり、と。スライム特有の粘つく切れ味の悪さをレイは感じた。
そしてミラースライムの右手とファルシオンはレイを僅かに逸れて地面へと突き刺さった。
レイは続けてファルシオンを振るう。切っ先をミラースライムの喉元に向けて、立ち上がるのと同時に突き出した。
だが。
「ぐっふう!」
待ち構えるようにミラースライムの膝がレイの顔面に突き刺さった。一撃をくらった反動でレイの体は後ろへと吹き飛んだ。痛みで朦朧としつつも、すぐに立ち上がったのはレイなりに戦闘を詰んできた経験からの行動だった。
(痛み分けかよ! ……でも、これで距離は取れたし、向うは武器を失ったうえに深手を負ったはず―――っ!?)
流れ落ちる鼻血を空いた手で拭い、ミラースライムの方を見たレイは絶句した。ミラースライムは即座に距離を詰めたのだ。地面に突き刺さったファルシオンに一瞥もくれず、切り落とされた右手を再生もさせずに前進する。
まるで痛みを感じない機械のように、無機質な戦意がレイを圧倒する。
息を整える暇も無く、レイはファルシオンを振るった。だけど、ミラースライムはその一撃を手甲で受け止め、支えるようにもう片方の腕を使う。そして返す一撃として足刀をレイに叩きこむ。鎧の隙間の柔らかい脇腹に突き刺さる。
「ぐぅうう!」
痛みに顔を顰めたレイは、手甲で防がれたファルシオンに力を込めた。だけど、ミラースライムの腕はビクともしなかった。
まるで同等の力で拮抗しているかのようだった。
「まさか、僕の能力値もコピーしたのかよ!」
ここに来てレイは相手の本質に気づく。ミラースライムはレイの装備、レベル、技能、戦技を全てコピーしている。ただし、唯一違っている点がある。
両腕と片足を使っている状況で、ミラースライムは残って体を支えている軸足を振り上げた。足刀がレイの顎を下から打ち抜いた。強制的に視界が空へと持ち上げられる。続けてミラースライムは動いた。
顎を打ち抜いた足を一気に持ち上げる事でくるり、と回った。レイのファルシオンは顎を打ち抜かれた時の衝撃で力が抜けていたので敵にとって脅威では無かった。
レイが態勢を立て直すまでの数秒で、ミラースライムは格闘戦を選ぶ。未だに再生しない右手首であろうと、レイを殴打するのに使った。
打撃技と足技のコンビネーションは確実にレイの体に叩き込まれていく。レイの体で撃ち込まれていない場所はない程だった。技と技の切れ間を狙い、力無くファルシオンを振るうもミラースライムには届かない。
まさにエトネとの戦いの再現ともいえた。違いがあるとすれば、一撃の重さが、ミラースライムの方が童女よりも格段に重たい点だ。
(そりゃ、剣の最適な間合いの内側で戦われたら、厳しいのは分かる。けど、それでもおかしいだろ!?)
拳と足の嵐を耐え忍びながらレイは心の内で叫んだ。
(僕と同じステータスなのに、何でこんな動きが出来るんだよ!?)
それこそがミラースライムの特性だ。
自分の間合いに入った存在のステータスをコピーする。その際にコピー対象のこれまでの戦闘経験をも吸収し、そこから得意とする戦術や戦闘方法を把握。更に、本人すら知らない、現時点で可能な戦い方すら編み出す。
ステータスが同じで、戦闘における技量が上を行かれるため、付いた仇名が『ソロ殺し』。一対一ならサファですら手を焼く相手だ。
レイは次第に感覚が鈍くなってくる自分の状況から死を連想した。何もつかめないまま、終わるのは嫌だった。
彼はすぐさま決断する。臆面も無く、敵に背を向けたのだ。
ミラースライムはその行動を何かしらの攻撃手段かと判断し、警戒した。そのため、足を止めてしまった。その隙にレイは駆けだす。向かう先は武器の茨―――では無く、すり鉢状に立っている建造物だった。コロシアムを円形に囲う建物は平屋のため、窓枠に足を掛ければすんなりと家の上に辿りつくのは探索時に知っていた。
道に飛び込まなかったのは幾つか理由がある。一番の理由は先程自分が来た道に逃げ込むには距離があり、知らない道に飛び込んで行き止まりなのを警戒したからだ。そのため、彼はコロシアムを囲うように建設されている建造物の中に身を隠すことを決めた。
四角形の平屋の屋根は傾きもせずに平面である。屋根に上れば、目の前には二段目の平屋が待ち構えている。
(飛び込むべきか? あるいはもう一段上がるべきか?)
眼前の二段目にも窓はあり、外からでは分からないが身を隠す程度の空間は有るかもしれない。仮に二段目の建物が文字通りの二階だったら、下に繋がる階段もあるかもしれない。
どうするべきか迷うレイの背後で、がさり、と音がした。
振り返らなくてもレイには分かった。ミラースライムが同じようにレイを追いかけて一段目の屋上によじ登っていた。
すでに二段目の建物に飛び込むメリットは無くなった。姿を見られない内に飛び込んでこそ、隠れる意味はある。レイは飛びつくように二段目の建物のはしに手を伸ばし、窓枠を足でけり飛ばした。
(バジリスクのダガーが無いのは、この際良かったと言うべきか)
仮にレイがダガーなり何かしらの遠距離攻撃を有していたら、背中を見せた時点で狙われていた。それを持っていないのが逆に命を繋げている。
連撃の際に踏まれた足を引きずり、レイは懸命に走った。二段目の屋上から、三段目の建物に飛び込むか、あるいは屋上に向かうかの判断を瞬時に下す。
レイは三段目の建物に飛び込むのを選択した。単純に、これ以上、上を目指すのは体のダメージから不可能だと判断したのだ。後ろに視線を向ければ、ミラースライムはまだ屋根に手を伸ばしてもいなかった。
今なら行ける。
そう考えて飛び込もうとした時。
「《トドメヨ、ワガミニゾウオノシセンヲ》!」
レイは自分の飛び道具を思い出した。体が不自然な動きをして、振り向いてしまった。足を止めてしまった。
(《心ノ誘導》だと!? こいつ、人の技能まで使うのかよ!)
過去に技能を使われた敵たちの気持ちがよく分かった。この技能は本人の意思を簡単に捻じ曲げて、意識を発動者に向ける。レイの体は足を止めるどころか、振り向いてしまったのが証拠だ。
しかし、ミラースライムは二段目の屋上に上って来る気配は無かった。《心ノ誘導》Ⅰの効果時間は短い。即座にレイの体は拘束から解放された。
「何がしたかったのか分からないけど、今のうち―――っ!!」
解放されたレイは即座に体の向きを元に戻し、三段目の建物に飛び込もうとして、戦慄した。ミラースライムの真意に恐れすら抱いた。
とん、と。
軽い振動と共に、レイの足場が崩れた。
レイの戦技、《砕拳》だ。ミラースライムは《心ノ誘導》でレイの足を止めると、彼の足場である二段目の建物そのものに向けて戦技を放った。建物の外壁に無数の皹がはしると、あっという間に砂のように粉砕された。
足場を失くしたレイの体は下へと落下する。空中で身動きが取れない彼に向けて建物の粉塵を突き破ってミラースライムが飛びかかった。
左拳に力を込めて、叩き込む、シンプルな一撃だ。避ける事が出来ないレイはその一撃を受けてしまった。レイの予想通り、二段目の平屋は建造物の二階だった。彼の体は二階の床をぶち抜いて下へと落ちて行った。
拳を叩き込んだ反動で、ミラースライムは三段目の建物の窓枠につかまる。そして、何の感情もない銀色の瞳でレイの落ちた方向を見下ろした。粉塵が舞い、二階の床板が衝撃で崩れた為、レイの姿はどこにも見えなかった。
しばらくぶら下がっていたミラースライムは壁を蹴る事でコロシアムへと舞い戻った。着地と同時に体が崩れた。
レイの姿から最初のスライムらしい姿へと。すると、地面に突き刺さったままのファルシオンと右手も同様に形が崩れる。ミラースライムは自分の体の一部を回収するとそのままコロシアムの中央へと進んだ。背後で拭き上がっている粉塵を一顧だにせず、興味を失くしていた。
転移魔法陣のある洞窟の片隅にリザ達はしゃがみ込んでいた。レイの帰りを待つよう忠犬のように微動だにせず待っていた。
クリュネは突き刺さるエルフたちの視線を気にしつつも、リザ達の気持ちを優先させる。すでにサファは里の入り口の警備に戻っていた。去り際に、「ここでいくら待っても、すぐに帰ってこれるような器用な奴じゃないだろ、あの童は」とリザ達に告げていた。
彼女たちはサファからミラースライムの攻略法を二つ聞いていた。一つは、ミラースライム特性を利用した姑息な方法。もう一つは単純な、そしてそれゆえに難易度は高い方法だ。
ミラースライムの技量を上回ることだ。
ステータスが同じで、戦闘の勝敗を決めるのが技量なら、その点を上回るのが正当な攻略法だった。それだけに短時間で達成できないとサファはリザ達に告げていた。
それでも、彼女たちは洞窟にてレイを待っていた。
レイは《トライ&エラー》を持っている。何度も死に戻る事でミラースライムの攻略法に辿りつく可能性があるからだ。
だけど、リザ達にはレイが《トライ&エラー》を使って死に戻っているかどうかは分からない。そのため、主が苦しんでいるかもしれない状況でこの場を動く気にはなれないでいた。
しかし。
今まで動こうとしなかったシアラが、立ち上がった。
「……おねいちゃん? どうかしたの?」
隣に座っていたエトネの問いかけに答えず、シアラは自分の両頬を力強く叩いた。頬を叩く音が洞窟に響く。
ヒリヒリとした熱を頬に感じつつ、リザは毅然とした態度で告げた。
「行きましょう、リザ、レティ。それにエトネも」
「シアラお姉ちゃん? でもご主人さまが」
レティはシアラと魔法陣を交互に見た。この場を離れたくないと視線で訴えた。だけど、リザは冷静にシアラの言葉を待った。
「主様はいま、一人で強くなろうとしている。それを忠犬のように待つのも、奴隷のあり方かもしれない。……けど、それじゃきっと駄目なのよ」
「駄目とは……どういう意味なのですか?」
「……主様に全てを背負わせちゃいけないの。……だからアイツは何度も赤龍に挑んじゃったのよ」
エトネとクリュネは唐突に出てきた赤龍の名前に怪訝な表情をする。だけどリザとレティは彼女が言いたいことを理解できた。レイは《トライ&エラー》があるから、いや、あるせいで何でもかんでも背負いたがっている。それを当然だと考えている。
シアラはそれが溜まらなく歯痒かった。守られてばかりの自分に腹も立っていた。
それはリザにしてもレティにしても同じだった。
三人の少女は視線だけで、互いの気持ちが同じなのを確認する。
「そうだね。ご主人さまを心配して待つより、ご主人さまに負けないくらいあたしたちも頑張れば良いんだね!」
「私達が強くなる事こそ、あの方の手助けになる……。確かに、貴女の言う通りですね」
姉妹は強く意気込んだ。話に着いて行けてないエトネとクリュネは戸惑うばかりだった。
「クリュネ様!!」
「は、はい!」
リザに名前を呼ばれてクリュネは背筋を伸ばして返事をした。
「厚かましいのですが、どなたかヒーラーを紹介して頂けませんか? それとできれば先程通り過ぎた訓練所の方の見学をしたいです」
「あたしは薬師! エルフの調合に興味があります」
「ワタシは……本がいいわ。できれば魔法陣に関係した書物がある場所に行きたいし、見てみたいの」
少女たちの要望に目を白黒させつつも、意を決したようにクリュネが胸を叩いた。
「わ……分かりました! 不肖、このクリュネ! 皆さんの要望に出来る限り応えます。どうせ里長には嫌われていますから、無理やり通してみせます!!」
付いて来て下さい、とクリュネは肩をいからせて洞窟の外へと向かった。少女たちは頼もしい背中に付き従いつつ、ちらり、とレイが消えた高台へと視線を向けた。
そして固く誓った。
次に再会するまでに、自分たちも成長することを。
読んで下さって、ありがとうございます。
リザ達の特訓回は4章の閑話にて投稿しようと思っています。しばらくの間お待ちください。




