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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-30 転移魔法陣

 血まみれの虐殺現場にてサファは一人佇んでいた。レイはその場にはいなかった。一足先に里に帰らせ、支度をするように命じた。


 サファは懐から一枚の紙片を取り出すと、それを軽く振る。紙片には複雑な幾何学模様の魔法陣が刻まれており、周囲の魔力を吸い上げる事で起動する。


『……なにか、起きましたかな?』


 紙片が細かく振動するとともに、ここに居ないはずのブーリンの声が放たれる。この紙片に刻まれている魔法は《伝声》。短距離限定ではあるが会話が可能となる。


「何かでは無い。貴方の謀りのお蔭で随分と奇妙な事になったのでな、一応里長である貴方から許可を貰いたい」


『……孫娘を連れてきた少年の事でしょうかな?』


「無論、その件だ。……あのわらし、こともあろうに俺に弟子入りを志願してきた」


『それはまた、唐突な行動ですな。……それでどうなさったのですか?』


「あのわらし相手に矜持を曲げる気は無い。そこであいつを修練所・・・に送り込むことにする。その許可を頂こう」


 紙片の向こう側から息を呑む音だけが聞こえる。しばらくの静寂の後、ブーリンが口を開いた。


『どういった経緯を経れば、そのような事になるのでしょうか』


 顔は見えずとも、困惑しているのが手に取るように分かった。サファは苛立ちを隠すことなく紙片に声を浴びせる。


「そんなの、貴方がわらしの本心を見極めたいというから、特性の香を焚いたのが原因だろうに!」


『確かに、ヨモグサの香は焚きましたが……それでもこうなるのは予測不可能ですぞ』


 ブーリンが口に出したヨモグサとはクライノートの森に多く自生されている草の一種である。エルフはその若葉から抽出したエキスをある目的の為に使っていた。


 自白剤・・・である。


 ほぼ無臭に近いヨモグサの香は、嗅いだ者の理性を低下させる効果がある。一言でいえば感情に振り回されやすくなるのだ。本音は出るし、突発的な行動をとってしまう。


 レイがエルフに悪意を持って近づいたのか。あるいはエトネに対して邪まな感情を持っているか。彼の本質を探る為にブーリンは集会所に香を焚いていた。狼人族ヴォルフの血が混じるエトネを警戒してできる限り希釈した上で使っていた。それでも彼女の鼻は違和感を捉えていた。


『あれ程希釈すれば、本音が口を滑る程度。飛びかかったり、貴方に弟子入りを志願するような突拍子もない行動に出るとは到底思えません。それに、一度嗅いでからすでに時は経ちましたし、同行して居る者達に目立った変化はありません。効果は既に切れているはずです』


「だとすれば、アイツの効きが良すぎたという事か? それとも、何かしら心に大きな痛みを抱えているのか」


 二人が紙片を介してやり取りしていると、艶やかな声が割り込んだ。


『後者に一つ、可能性があるわよ』


「ロテュス様! 傍にいらしたのですか」


 紙片の向こう側からロテュスが参加した。彼女はサファに向けてある情報を伝えた。


『あの坊や。此度の変事に置いて赤龍と対峙して、討伐に一役買ったのよ』


 その言葉にサファとブーリンは言葉を無くしている。特にサファは赤龍の事を個人的に知っていただけに衝撃は凄まじかった。


『ヨモクサの香を精神的に弱っているのに使えば、効き目が倍増するという事例を耳にしたことがあるわよ。体の傷が癒えたとしても、心の傷は目に見えない分、完治したかどうかわからないものよ。平静を装っている、いえ、本人も気づかない大きな傷がまだ膿んでいるのかもしれないわね』


 ロテュスの見立てが正しいかどうか分からないが、その可能性はあった。







 サファに弟子入りを断れられるも、戦う相手を用意してやると言われると、レイは一も二も無く飛びついた。彼はサファに言われるままエルフの隠れ里に戻った。


 モンスターの血に塗れたレイの姿は周囲の目を集めるが、気にせずにゲストハウスの方へと走る。


「ご主人さま! なにやってるのー!?」


 すると、反対側の絶壁の道からレイを呼ぶ声が聞こえた。そちらを向くと、そこにはリザ達一行が歩いていた。レティが手を大きく振ってここに居る事をアピールしている。


 レイは絶壁を繋ぐ根の橋を渡る。そして、リザ達の方へと走り、そのまま通り過ぎていく。


「って! ちょっと待ちなさいよ!」


 しかし、それをシアラは許さなかった。彼女はレイの腕を掴むと、ぐいと引っ張った。レイの足は止まった。


「何すんだよ」


「何はこっちのセリフよ。主様こそ……何でまた血が服に付いてるのよ? よりにもよって借り物の服でしょ」


 シアラはエルフの民族衣装に、モンスターの血がべったりと付いているのを嫌そうに見た。リザ達を案内していたクリュネも眉を顰めるほど、汚れていた。


 すると、リザはクリュネに聞かれない程度に声をひそめて尋ねた。


「何か、異世界関係で掴めたのですか。それとも謝罪がこじれてしまいましたか?」


「謝罪はサファさんにはできたけど、ブーリンさんにはまだ」


「それじゃ、これから向かう所なの?」


「いや、そういう訳でも無いんだ」


 歯切れの悪いレイの態度にリザとシアラは不思議そうに首を傾げた。


 そんな二人にレイは爆弾を投げた。


「実はあの人に弟子入りを志願したんだ」


「「弟子入りっ!?」」


 二人の絶叫は里の絶壁に反響して、洞窟内外のエルフたちの視線を集める事になった。話を間近で聞いていたクリュネはあんぐりと口を開いて驚いていた。


「レ、レイさん。……まさか、貴方。サファ殿に弟子入りしたのですか? あの弟子を取らないので有名な方から?」


「あ、いや。弟子入りの方は断られました。それはもうバッサリと」


「弟子入りは? それじゃ、何を受け入れられたのよ、主様?」


 シアラが苛立ったように話の先をせがむ。


「えっと。修業はつけてくれないけど、修行の相手を用意してくれることになった。だから、今から僕は修行に入る。……もしかしたら、しばらく別行動をとる事になるかもしれない。その間の責任者は……シアラ、君に任せるよ」


 レイがシアラを指名したのには理由がある。積んできた経験や知識などの差もあるが、一番の理由は、リザは最悪の場合においてレティの存在を優先してしまう。奴隷としてはとんでもない話だが彼女はレイレティを同列に扱う節がある。それゆえ、とっさに判断を下す時に思考が制限される恐れがある。


「……ワタシ? でも、リザが……」


 一方で急に指名されたシアラは戸惑った。彼女にしてみれば、リザの方が奴隷の先輩にあたる。主が不在の責任者を任されたという事は、彼女の上に立つ事になってしまう。リザの面子が潰れてしまう事を気にした。


 だけど、懸念された当の本人があっさりと認めた。


「そうですね。私もご主人様の意見に同意です。私ではとっさの判断を下す時に、私情に囚われかねません。付け加えれば彼女の方が人生経験や知識など優れています」


「……いいの? ワタシで」


 不安そうに尋ねたシアラに向けてリザは鼓舞するように力強く頷いた。レティも同意するように手を上げ、何故か場の空気に習うようにエトネまで手を上げた。


「賛成多数で可決、と。それじゃ、僕は身支度しなくちゃいけないから。あとはよろしく!」


 一方的に告げるだけ告げると、レイはゲストハウスの方へと走り去った。


 シアラは遠ざかる背中を呆れた様に見つめていた。


「……なんていうか。……予想外な事するわよね、うちの主様」


 ゲッソリとした表情で呟くと、リザとレティが同意するように頷いた。彼女たちの表情も、概ねシアラと同じだった。


「普通に考えて……というか、どういう風に考えたら、あの『守護者』に弟子入りを志願するかしら。赤龍の時にも思ったけど……将来とんでもない事をするかもしれないわね」






 服をいつものに戻して、鎧と武器を身に着けたレイは螺旋階段へと続く扉の前でサファが降りてくるのを待っていた。借りていた服はクリュネを通じて返却した。血が落ちなかったら、責任を持って引き取るべきなのかもしれない。


 横にはリザ達が並んでいた。世話係としてクリュネも傍に控えていた。彼女らも、特にリザがレイの修業に興味があるため、途中まで同行するつもりだった。


 しばらく待っていると、重たい鉄の扉が開きサファが降りてきた。その十数分前には、交代要員のエルフが昇っていたため、降りてくるのが近いと踏んでいたレイの読みが当たった。


 扉の傍で待ち構えているレイの方を穴が開くほど見つめた。レイが何事かと思い尋ねるよりも前に短く、こい、と告げた。返事を待たずに彼は坂道を下っていく。


 レイの後にリザ達が付いて来てもサファは何も言わなかった。彼は無言のまま、絶壁を下に向かって進んでいく。


 その代りのようにクリュネがガイドを始めた。


「エリザベートさんたちには既に説明しましたが、クライノートの森の隠れ里の構造は簡単です。大地に走る裂け目を人が住めるように道を作り、洞窟を掘り、環境を整えました。上層部分は住居などのある居住区画です。中層部分は先程の食堂や集会所、農地などの共有施設が集まっている区画になります」


 丁度一行が彼女の言う共有施設の密集する中層区画に辿りつくと、彼女は掘り進められた洞窟で何が行われているかを説明しだした。


「あちらでは主に野菜の栽培を。こちらの洞窟では牛や鶏などを育成しています。こっちの洞窟は……鍛冶を。その隣では薬の調合を行っていますね。どの洞窟も、空間を歪曲させて大きくした上で落盤しないように固定化されています。ですので、地揺れが起きても安心です」


 一度説明したからなのかクリュネのガイドは流れるように流暢だった。そして彼女はある洞窟を指差した。


「あっ! ほら、レイさん。そこの洞窟がこの里の訓練場です。エルフの戦士たちが日夜武を磨く……あれ?」


 クリュネのガイドは力なく失速した。なぜなら先頭を歩くサファが、彼女の言う訓練場を素通りしたのだ。彼は更に坂道を下る。


「あの、この先は何があるんですか?」


「……この先はエルフ族における重要な施設しかない階層です。エリザベートさんたちにも言いましたが、この辺りは許可なく立ち入る事を禁じています。もちろん、身共や貴方たちもダメなんですが」


 困惑したクリュネに構わずにサファは更に坂道を下る。そして、ある洞窟の前に辿りつくと、ついに足を止めた。


 それは不思議な洞窟だった。他の洞窟と違い、鋼鉄の扉で固く閉ざされており、外側に武器を持ったエルフたちが見張りのように立っていた。


 彼らは困惑したようにサファの顔と、後ろに居るレイ達を交互に見た。


「あの、サファ殿。これより先の立ち入りは」


「俺は構わんだろ?」


「ええ! ……ですが後ろの者達は……」


 エルフ内の力関係のせいか、見張り達は強くサファに出れないでいた。その隙を突くようにサファが強引に扉を開けた。


「里長には俺が言っておく。ほれ、わらしたち。付いてこい」


 先程と変わらず、先導を続けるサファに慌ててレイ達も続く。後ろでは見張り達の動揺した視線が突き刺さるが、それも鋼鉄の扉が閉じると遮られた。


 中の洞窟は、予想に反して小さな空間だった。円形のドーム型のように広がり、天井が曲線を描く。光源は他の洞窟と違い、ランプでも燭台でもなく、灯篭が一定間隔に並べられている。


 ざわり、と。洞窟内にエルフたちのどよめきが反響した。男と女のエルフが数人、洞窟の中で作業の手を止めて、レイ達に驚愕と困惑が入り混じった視線を向けている。


 外で見かけたエルフたちとは着ている衣服が違った。和装なのは変わらないが、水干すいかん狩衣かりぎぬといった公家が好みそうなシルエットに近いものを着ていた。衣服は人の好みだけでは無く、所属している集団や、その中での役職や階級を表す。その理屈からいえば、この洞窟の中のエルフたちは特殊な立場だとレイは推察した。


「お待ちくだされ、サファ殿」


 声が上から投げかけられた。声の主は洞窟の面積の半分を占めている、円形の高台の上からだった。


 レイ達が視線を向けると、そこには白の狩衣に、黒の烏帽子を被った女性のエルフがいた。少々神経質そうな目がレイ達を睨むように動いた。


「ここはエルフたちの生命線。むやみやたらに外人そとびとを招くことは―――」


「―――構わんだろ。別段、見たからといって真似をする訳でも無い。いや、そもそも真似をすることすら、こやつ等程度では不可能だろう」


 烏帽子を被ったエルフは不満げに口を閉じた。サファはそれに満足したように、高台の傍の階段を上った。そして上からレイ達に来いと告げた。レイ達も遅れて階段を上る。すれ違う時に烏帽子を被ったエルフに舌打ちをされてしまう。


 円形の高台の表面はなめらかな平面に幾何学模様が刻まれている。薄らと、まるで呼吸するように明滅している。


「これって、魔法陣? でも、この陣は一体?」


 最初に、刻まれている紋様に気づいたのはシアラだった。彼女の金色黒色の瞳が魔法陣の端から端へと素早く動く。少しでも正体を見極めようと忙しく動いた。


 だけど、サファが簡単に魔法陣の目的を告げた。


「これは、転移魔法陣だ」


「……はぁ!?」


 洞窟にシアラの声が反響する。彼女はありえない、と呟いた。


「何がありえないんだ? 転移魔法陣ぐらい、迷宮のボスを倒せば使えるようになるだろ。それに魔法や技能スキルなりにも近いのがあるだろ」


 レイの脳裏に浮かんだのはネーデの迷宮と、ゲオルギウスだった。迷宮ではバジリスクの幼生体を倒したことで中層までのショートカットが出来るようになった。ゲオルギウスは深層の最下層で戦っていた時に、転移させられたような事を言っていた。


 だけど、シアラとリザは同時に否定した。


「違うのよ、主様。迷宮の魔法陣は少なくとも、ワタシの時代では解析不可能といわれた伝説級の神秘。幾人もの魔法使いが再現しようとしたけど、魔法陣として自由に設置することはできなかったの。いい? 魔法陣ってのは魔法言語ヒエログリフを書ける者が、大地から過不足ない魔力を引き出すことで発動する術式。逆に言えば、子供でも、魔法の才能が無い者でも魔法言語ヒエログリフさえ書ければ使えるのよ」


「ご主人様の仰る通り、魔法や技能スキルで転移は可能です。しかし、魔法陣という形式ではまだ到達できない領域とされています。学術都市でその辺りの研究が盛んだとは聞いていましたが……」


 二人は化け物を見るような目で辺りのエルフたちを見つめた。誰にでも作れるという事は、エルフたちにとっては天までそびえ立つような分厚い城壁も、人が足を踏み入れることできない環境も、転移魔法陣で簡単に行き来が出来ると言う事だ。


 ところが。


 烏帽子を被ったエルフが否定する様に首を振った。


「残念ながら、私達程度ではその領域に達していません。この魔法陣自体が転移の機能を有していません。これは蓋です」


「蓋? 蓋って事は何かを塞いでいるのですか?」


「……ええ。……その、説明しにくいのですが。……というか、何とも頭の悪い話なのですが」


 急に、言葉を濁したエルフに代わってサファが答えた。


「俺が空間を斬った、傷口・・を塞いでいるんだよ。この陣は」


「「「……?」」」


 余りにも意味が分からなかった。レイ達の頭上を疑問符が飛び交った。


「あったま悪いな。いいか、ここに空間に傷を作る。それを魔法陣で塞ぐ。そして別の場所で同じ傷口を作り、魔法陣で塞ぐ。そうすると、傷口と傷口は直っていないから、道が繋がるんだ」


「誰か! 通訳をお願いします!! 意味が分かりません!」


「堪えてください、外人そとびと殿!! 正直私達もサファ殿が何を言っているのかさっぱりわかりませんが、事実としてこの魔法陣は転移を可能にしているんです!!」


 レイとエルフが頭を掻きむしりそうに狼狽したのを見て、サファは困ったように頭を掻いた。


「何でどいつもこいつも分かろうとしないんだ? 空間なんて、ほれ。斬ろうと思えば斬れるだろ」


「斬れませんよ! あの人、脳筋にも程が無いですか!?」


「そんなの、貴方たちよりも、私達の方がよく知っています!!」


「あ、あの。二人とも落ちつきませんか」


 クリュネが声を掛けなかったら、二人の混乱はどこまでも突き進んだことだろう。リザ達もレイ程では無いが、あまりにも突拍子も無い内容に付いて行けてなかった。たしかに、仕組みを知った所で再現は出来ない。


「それよりも、サファ殿。ここに来たという事は、まさかレイさんの修業相手というのは―――」


「―――おっと。そこまでだ、クリュネ。そこから先はまだ秘密だ」


 サファはクリュネの言葉を遮ると、居並ぶエルフたちに指示を飛ばした。


「陣の行き先を『修練所・第一階層』に設定しろ」


 エルフたちは多少の動揺を見せつつも、指示に従い、魔法陣に向けて二言三言告げる。すると、魔法陣の図形の隙間を埋めるように書き込まれていた魔法言語ヒエログリフが意思を持ったかのように動き出した。


「さて、わらし。今からお前はエルフの修練所に飛んでもらう。基本、この魔法陣は転移の始点であり終点だ。だが、いまから送られる先の魔法陣は目的地としての機能しかない。帰って来るには修練所のどこかにある帰還用魔法陣を見つけろ」


「あの、私達も付いていくのは宜しいでしょうか?」


 リザが手を上げて尋ねたが、サファは首を横に振った。


「それは駄目だ。それではこのわらしの修行にはならない。この修行は一人で行ってこそ、価値がある」


 サファの言葉にリザはしょんぼりと項垂れた。元々、左腕が折れているため修行には参加できないのは分かっていたが、見る事も出来ない事にがっかりしていた。


「話を戻すぞ。わらしは冒険者だったな。だとすれば迷宮の一つや二つは潜っているだろう?」


 レイは首を縦に振った。


「エルフの修練所と名乗っているが、そこもある意味迷宮に近い場所だ。……もっとも変成は起きず、広間は一つしかない上に、モンスターも各階層に一種類、それも第一階層は一体しかしか出現しない。いうなれば迷宮もどきだ」


「……それでも、モンスターが居るんですね?」


「そうだ。そいつこそ、貴様が今一番戦うべき相手だ。……強敵だぞ。何しろ、俺でさえ場合によっては負ける相手だ。それだけに、戦えば得る物がある……かもしれん」


 ざわり、と。レイ達の間にどよめきが広がった。特に、日本刀を振り回した所を見たレイと、サファの事を個人的に知っていたシアラの反応は顕著だった。


 シアラはぐいとレイの裾を引っ張った。


「ねえ? 本気で修業とやらをするの?」


 声が不安げに揺れていた。金色黒色の瞳も震えている。サファが負けるかもしれない相手というのがどれ程の強敵なのか、彼女には見当もつかなかった。そんなのを相手に死んでしまった時、《トライ&エラー》の死に戻りのイタミがどれ程になるのか想像できず不安に駆られている。


 レイは裾を掴むシアラの手を握った。安心させるように力強く握る。


「シアラ。それに皆にも聞いて欲しい。……これは無謀な行為かもしれない。僕程度があの人でも勝てない相手に挑んだところで、何も得る物がないかもしれない」


 レイは言葉を区切ると、リザ、レティ、シアラ、そしてエトネの顔を順に見た。


「それでも。少しでも強くなれるチャンスがあるなら、貪欲に飛びつきたい。……これ以上、自分の弱さを理由にはしたくないんだ」


 リザ達はその言葉に込められた意味を知る。ゲオルギウス、頭領、赤龍。常に遥か格上の相手に翻弄されてきた弱者レイが抱いた切なる願いを止める事は出来ない。


「分かりました。……御武運を」「時間があれば、薬草から丸薬でも作れたのに。本当に気をつけてね」


 リザとレティが諦めた様にため息を吐くと、エールを送る。こういった時のレイは、たとえ結果がどうなろうと、どんな結末が待っていようとも突き進むと理解していた。


 同様にシアラもため息を吐くと、レイの肩を力強く叩いた。


「だったら! ちょっとでも強くなって帰って来なさいよ」


「ああ、分かってる」


 ぽすん、と。レイの腰のあたりに軽い衝撃が走った。見下ろせば、灰と緑の入り乱れた頭髪がレイにしがみ付いていた。エトネは自分の熱をレイに伝えるかのようにギュっとしがみ付いた。


「……ぜったいかえってきてね。……ゆびきり、忘れないでね」


「うん。絶対に帰って来るよ」


 エトネは告げると、満足そうに離れた。そしてレイを残して彼女たちは高台から降りた。


「別れは終わったか?」


「はい。お待たせしました」


 レイはサファの指示に従い、魔法陣の中心に向かう。いつもの服装の上に鎧を着込み、更に重ねるようにコートを着ている。荷物は殆ど無かった。


「普通の迷宮と違って……というか迷宮では無いんだが。ともかく、必要な物資は現地で手に入る。武器と防具。それだけで十分。期限は今日を入れて五日だ。五日目の夕暮れには娘御と貴様の仲間には里を出てもらう事になる。それまでに帰って来い」


 そして、レイが魔法陣の中央へと辿りつくと、魔法陣が鼓動を始めた。烏帽子を被ったエルフも、サファも階段まで退避していた。


 光の明滅はますます激しくなっていく。そして、その光が一際強くなると目も明けていられなくなった。


わらし! 一つだけ助言してやる。帰りの魔法陣を使うのに、モンスターを倒す必要はない。……逃げたくなったら、しっぽを巻いても構わんぞ」


 からかう様な物言いにレイは言い返そうと口を開いた。


 途端。


 足元が抜けるような浮遊感を味わった。地面がぽっかりと穴が開いたかのように足場が無くなり、どこまでも落ちていく感触を味わった。


 洞窟内では魔法陣の一際長かった発光が収まると、魔法陣の上には誰も居なかった。レイの影も形も無かった。


「本当に、転移しちゃったわよ」


 階段を少し上った所で、レイの消失を確認したシアラが信じられないという風に呟いた。


「サファ殿!!」


 すると、今まで黙っていたクリュネが叫んだ。それまで堪えていた感情を吐き出すような声に、全員の視線が彼女に向いた。


「貴方は何を考えているのですか!?」


「……要領が得ないぞ? 貴様は何が言いたいのだ?」


「恍けないでください! レイさんの事です!! 修練所の第一階層で、貴方が負けるかもしれない相手といえば、『ソロ殺し』しか居ないでしょう!!」


 リザは聞き慣れない単語にシアラの顔を伺った。しかし、彼女も同様なのかリザの顔を伺い、首を横に振った。その間も、クリュネの怒りは収まっていなかった。


「エルフがあそこで修業する際も常に二人一組を義務付けているのを、貴方が知らないとは言わせません! このままじゃ、彼は無駄死にですよ!」


「かもしれんな」


 あっさりと。


 サファはクリュネの言葉を肯定した。リザ達の鋭い視線が柳のような細身の男に突き刺さる。しかし男は省みる事なく、レイが消えた場所を見つめていた。


「あっさりと、くたばるかもしれん。だが、もしかするともしかして生き残るかもしれんぞ」


 ふざけた物言いに誰もが開いた口が塞がらない。すると、サファは誰にも聞こええないほど小さな声で呟いた。


「それに……もしや・・・の可能性もある。……そうだろ、タクマ」


 その呟きは誰にも拾われず、魔法陣の上で消えた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は2月29日を予定しております。

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