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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-25 エルフの隠れ里

 螺旋階段を抜けると、そこは瑞々しい草花が咲き誇り、妖精が花の影から姿を見せる。エルフの高い技術力と神秘性を象徴するように煌めく水晶が浮かび、巨大な白亜の建物が立ち並ぶ。中世ヨーロッパ風の建物が並ぶネーデやアマツマラと違った、古典的ながらも誰もが憧れる幻想的ファンタジーな光景が広がって―――いなかった。


「ここが……エルフの隠れ里?」


 戸惑いが呟きとしてレイの口から零れた。


 彼の目の前には絶壁が広がっている。螺旋階段の終点、人を拒むような重厚な扉を開けると、まるで大地が大剣で斬られて出来きた傷跡のような峡谷に出てしまった。断面図のような地層がむき出しとなり、異なった層が重なる事でグラデーションを作る。


 雨風で削れたような歪な絶壁には緩やかな坂道が幾筋ものびている。ある場所では出っ張った地層を削り、ある場所では板を並べて、申し訳程度の道を作っている。驚くことに向かいの絶壁に渡るのに、橋の代わりに地層を突き破って飛び出した根を利用している。


 下を見れば、どこまでも暗い、果てが無いような深淵が続いている。おちれば助かるまい。時折、唸り声に似た突風が吹きあがると、レイの髪を乱した。落下防止なのか、至る所に鎖が張られ、吊るされているが、それでも危険には変わりない。


 代わりに上を見上げると、遠くの方に緑色の天井が、大地の切れ間から空を奪うように覆っていた。木の葉の隙間から零れ落ちる光の雨が峡谷を明るく照らしている。


 思い描いていたエルフの住む里とはまるで違っていた。リザ達も同じよう言葉を失うほど驚いていた。特にエトネは目を回しかねない程ショックを受けていた。母親が暮らしていた、エルフだけが住む里。憧れと不安が同居していた場所の現実が、これほどの物とは想像していなかったからだ。


 サファはレイ達を気遣う様子も無く、先に進もうとする。人がすれ違うのがやっとな細い道をレイたちは慎重に歩く。すると、両方の絶壁に虫食いのように開けられた穴から萌黄色の視線が突き刺さった。洞窟の入り口からエルフたちが姿を見せた。男は先導するサファのように着流しとも作務衣とも袴とも思える和装仕立てに近い衣服に身を包んでいる。女は後ろからついてくるロテュスやここには居ないロータスと同じ、薄い生地で作られたアオザイのような衣服に身を包む。どのエルフも若くて見目麗しかった。まるで絵画の世界から抜け出したような非現実的な美しさを持つ。レイの陳腐なエルフのイメージ像と変わらなかった。それだけにさびれた里の姿と釣り合いが取れていない。


「ほ、本当にここがエルフの隠れ里なんですか?」


 レイがサファに質問すると、彼はむっつりとした表情で返す。


「不満そうだな。どうせ、妖精とか、喋る草花とか、珍しいもので溢れた幻想的な物を想像していたんだろ」


 図星なだけに何も言えないでいると、ロテュスがフォローする。


「千年前はそんな場所が故郷だったのよ。風光明媚。まさにこの世の楽園と謳われた場所。今は無き幻想郷。……私が生まれる前の時代に失われた王国よ」


 寂しそうな彼女の言葉にレイは何を言えば良いのか分からないでいると、先導のサファが足を止めた。レイ達の前を塞ぐようにエルフの男たちが立ちふさがっている。


 サファのとは細部が違うが、概ね似たような和装を着込んだエルフの男たちは剣呑な雰囲気を放つ。腰に提げている剣や弓の存在が余計に拍車を掛けていた。


 レイたちは里に向かう前に武器の一式をバックパックに仕舞ったり、鞘ごと毛布でくるんだりして、使えないようにした。唯一武器を持たずに戦えるエトネが拳を構えようとしたのをシアラが止めた。


 道を塞ぐエルフの男たちの一人が一歩前に出ると告げた。


「サファ殿! それにロテュス様! なぜ里に人族が、そして何より魔人種が居るのですか!? こやつらが『暗黒期』に我らに、大地に何をしたのか忘れたのですか!?」


 男の声は見た目の割に固く、錆びれている。そこで前にリザが言っていたことをレイは思い出した。


(確かエルフは長い寿命の中で若い時期が長いんだっけ。そして死ぬ間際になると老け込むと)


 となればレイたちを糾弾する青年が見た目通りの年齢とは限らない。いや、そもそも子供が二人いると言ったロテュスは二十代後半ぐらい。千年を生きているというサファなんて、見た目は二十代中頃だ。長命の者達を見た目で判断するのは不可能だとレイは思い知った。


 最後尾から前に出たロテュスは青年と対峙すると無言を貫いた。ただし、重く息苦しい威圧感を放っている。A級冒険者は視線だけでエルフたちを一歩後ろへと追いやった。


「……格が違うわね」


 シアラのささやきにレイは同意した。


 場の主導権がロテュスに移ると、彼女は遠巻きで見ているエルフたちにも聞こえる音声で言う。


「この者達は、私の客人である。無碍に扱う事は許されないとしれ!」


「しかし!」


「くどい!! ……貴方たちの言いたいことは分かるわ。王族として、貴方たちの忠言を無碍には扱わないと約束します。その代り、長と相談役たちを呼んで頂戴。火急の用件があるわ」


 有無を言わせない迫力だった。ロテュスの言葉にうなずいたエルフの男たちは各々に分かれて動き出した。だが、ロテュスがそのうちの一人を呼び止めた。


「まだ頼みたいことはあるわよ。サファ殿がここに居るから、地上の警護に誰か送って。それに身を清めたいの。湯を二人分用意して」


「……二人分ですか?」


「私とこの子の分よ。まさか、この格好で長の前に出る訳にもいかないでしょ?」


 訝しげるエルフに向けて、ロテュスは自分とレイを指差した。確かに彼らの姿は控えめに表現しても酷かった。レイは二度、屍の山を転がったせいもあって衣服や体にモンスターの肉片と血に塗れている。


 ロテュスは振り向くとレイに告げた。


「里長が来る前に身を清めてらっしゃい。……あとで会いましょうね」


 返事を待たずにロテュスは身軽に道を飛び降りたすぐ下に伸びていた坂道に降り立つと。道案内も無しにどこかへと向かって行く。


「まったく。あの方の自由奔放さは手に余る」


 独り言をつぶやいたサファは残ったエルフに二、三指示を出すと、レイ達をある洞窟まで案内した。まるで炭鉱か何かのように木材で補強された洞窟には一戸建ての小屋が立ち並ぶ。


 その内の一軒にサファは入っていく。


 後から続いて小屋の中を覗きこむと、サファは部屋の中央に置かれた燭台に明かりを点けた。居間しかない狭い小屋の中は足の短い机と、座椅子が置かれていた。床は草で編み込まれた床板が並べられている。


「ここは客人が滞在する用の小屋だ。湯とわらしの分の着替えを持ってこさせる。長たちの準備が整うまでここに居ろ。荷も邪魔だろう。ここに置いておけ」


 それだけ短く告げると、返事を待たずに小屋の外へと出て行った。


「どうしましょうか、ご主人様?」


「どうもこうも……お言葉に甘えて、休ませてもらおうよ。向うの準備も待つ間に失礼のない格好をしないとね」


 リザ達が頷くと、レイは靴を脱いで上がった。そしてリザ達は何の気なしにそのまま床へと上がろうとした。


 しかし。


「すまんが、言い忘れた」


「きゃっ!」


 最後尾にいたエトネが驚きのあまり短い悲鳴を上げた。いつの間にか戻ってきたサファがリザの足元を指差した。


「ここは土足厳禁だ。入る時は靴を脱いでから入れ」


 それだけ伝えると、サファはまるで風のように立ち去った。






「暗黒期ってなに?」


 湯と着替えが届くとレイは服を脱いだ。流石にリザ達の前でパンツまで見せる事に抵抗を覚えたが、当の本人たちが平気な顔を浮かべているのを見て、気にしない方針した。もっともエトネの前で脱ぐ勇気は無い為、レティに頼んで外に連れて行ってもらった。


 そのため、エトネが居ない内に、レイは先程聞いた謎の単語の意味をリザとシアラに尋ねた。


「……今更ながらに主様が、異世界人だと言う事を思い知ったわ」


「そうですね……まさか、暗黒期も知らないとは……」


「仕方ないだろ。本当に前知識も無しにこの世界にとばされたんだから」


 二人の驚きように、レイは不満げに返した。すると、リザが失礼しました、と前置きしてから説明を始める。


「暗黒期というのは俗にいう、三つの戦役が連続で起きた時代の事を指します。人間と龍が争った『人龍戦役』。人間と魔人種が争った『人魔戦役』。そして人間同士が争った『人間戦役』。この三つの戦役はおよそ百年間続きました」


 その説明に驚いたのはレイと、なぜかシアラだった。


「なに? アンタら魔人種とやりあった後に、人間同士で争ったの? バカじゃないの?」


 どうやらシアラは『人魔戦役』の終わりごろに氷漬けになり、三百年間を過ごしたようだった。


「まったくもって、その通りです。二つの戦役で疲弊したところに魔法工学の兵器を持ち出したりして、五大陸の全てが泥沼の戦場となったと聞きます。いまある国の多くはその戦役の後に出来た国です。確かシュウ王国もその一つのはずですね」


「三つの戦役を合わせて暗黒期と呼ぶのか。……他にはないの? 暗黒期以外で知っていないとおかしい歴史的な知識は」


「それならやっぱり、『黄金期』よね」


 おうごんき、とレイは口の中で呟いた。リザは肯定するように頷くと説明を続けようとしたが、それを制するようにドアがノックされた。外からレティが声を掛けてきた。


「ご主人さまー! エルフの人が迎えに来たよ」


「分かった! ちょっと待っててもらって!」


 言い返すと、レイは慌てて服を着替える。エルフが持ってきた服は彼らが身に着けているのと同じ服だった。絹の良質な手触りが肌に気持ち良かった。帯を締めて、バックパックなどの荷物も部屋の片隅に置いて、ドアを開けた。待ち構えていたエルフは一瞬驚いたような表情を浮かべるも、すぐに告げた。


「長たちがお会いになるとの事です。付いて来て下さい」


 レイが頷くと、男は洞窟の外へと向けて歩き出した。


 絶壁と絶壁を繋ぐ橋の如き根を渡る。いまだに遠巻きでエルフたちが憎しみとも憐れみとも区別のつかない視線をレイたちに送っていた。


 突き刺さる視線を受けつつも歩を進めると、レイたちはひときわ大きな洞窟へと通される。そこは螺旋階段と同じく、内部の四方にタイルが張られ、奥には大き目の戸建ての建物が待ち構えていた。


 円錐状の建物の戸を潜ると、すでにサファが待っていた。それも一人では無く、複数のエルフと共に上座に座っていた。


「座りたまえ、外人そとびと殿」


 上座に並ぶエルフたちの中心にいた男が、乾いた声で告げた。緑の髪は長く伸び、床へと波紋を広げている。他のエルフと同じ和装の服の上に、陣羽織のような物を重ねて着ている。上座に並ぶエルフたちの特徴はサファを除く全員が壮年という点だろう。陣羽織を着ている男は見た目は五十代ぐらい。後ろに控える男女のエルフたちはみな六十、七十ぐらいの見た目だった。おそらく、エルフにおける壮年や老人の世代だとレイは判断した。


 靴を脱いで、レイたちは男の言う通りに床にエルフたちと向き合う形で座る。代表としてレイが前に。その横に話の主役のエトネが。後ろにリザ達が並ぶ。その際、エトネが緊張の為か鼻を袖口で擦った。


 エルフたちの集会所らしき円錐状の建物の中に十人以上が集まると、張りつめたような空気がレイたちに圧し掛かる。


 口火を切ったのは先程発言したエルフだった。


「まずは名乗らせてもらう。ここの隠れ里の長を務めている、ブーリンと申す」


 まるで鋼のような重たく、冷たい声色だった。ブーリンは軽く、会釈するように頭を下げた。


「僕は冒険者のレイと申します。後ろに居るのは僕の仲間達です」


 頭を下げたレイに習って、リザ達も座ったまま頭を下げた。その際、刹那の間だが、ブーリンたちエルフの視線が険しくなったのをレイは見過ごさなかった。視線の先にはシアラが居た。


 もっともそれは本当に刹那の間だった。直ぐに剣呑な視線を止めるとブーリンはレイの横に居る少女へと向いた。


「それで、その者が……」


「はい。僕らが保護したハーフエルフの少女です。名をエトネと言います」


 里長の視線を受けたエトネはびくり、と体を震わせるも、背筋を伸ばして頭を下げる。


「エトネです。おかあ……母はエスニアです」


 ゆっくりと上がった顔をエルフたちはじい、と見つめる。しばしの時を置いてからブーリンはポツリと呟いた。


「なるほど。エスニアによく似ている。其方は確かにエスニアの娘なのだろう」


 エトネは事実であると言わんばかりに何度も頷いた。そのやりとりを傍観していたレイは嫌な予感を抱き始めた。


(……この重たく、不快な空気は何なんだ?)


 里に入った時から、感じていた不安がここにきて急速に増してくる。シアラに強烈な敵意を送るのとは違う、憐れみが籠った視線がエトネに注がれている。


 それが気に入らなかった。まるで腫物・・を見るかのような視線は、不吉な予感ばかりが膨らむ。上座の後ろに控えているブーリンの取り巻き達が、時折小声で会話しているのが余計に不安を掻きたてる。


 不吉な予感を断ち切るべく、レイは口を開いた。


「ブーリン殿。彼女は二か月前に父と住んでいた家を失くし、母と共に生まれ故郷を捨てました。その母もまた、この森にて命を散し、彼女は独りぼっちとなりました。そこをたまたま僕らが通りかかり保護することになりました」


「……うむ。サファ殿から事の概要は聞いている。その年で、さぞ苦労したのだろう。不憫な娘よ」


「でしたら! 彼女をこの里で保護して頂きたいです」


 レイはここぞとばかりに言葉を重ねる。


「彼女の幼さでは、この森を一人で生きていくには厳しく、父を失った経緯も相まって人の近くでは生きていくことはできません。どうか、エルフの里に迎え入れてください」


 そして、レイは頭を下げた。居住まいを正し、土下座をする。


 エトネたちはその姿に言葉を失う。特にエトネは何故ここまでするのかと不思議に思ってしまう。だが、レイは伏した頭の中で焦っていた。エルフたちからの手応えがまるでないのだ。不吉な予感がひたひたと近づいてくる。


「面を上げよ。外人そとびと殿」


 ブーリンが重苦しく告げる。レイは頭を上げると、ブーリンの顔を真っ直ぐに見据える。僅かな感情の機微さえも読み取ろうとした。


 しかし。


「……その娘を里に置いていくわけには行かない」


 手遅れだった。


 まるで、硬質な金属のような、底冷えし途方もない重さのような声で、ブーリンは一方的に告げてしまう。


 レイの嫌な予感が的中してしまった。


章のタイトル回収。

読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は2月22日を予定しています。

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