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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-13 エトネ

「そもそもさ。獣人種と他の種族の違いって何なの?」


「また唐突な質問ね、主様」


 先程の戦闘前と変わらず森を進むレイが、シアラの背負っている少女に目を向けて疑問を発した。


 レイはバックパックを背負い、レティは体格的に背負うのは難しく、リザにはもしもの時の為に自由に動いてもらう必要がある。結果、残ったシアラがハーフエルフの少女を背負っていた。


 シアラの背で意識を失っている少女は着ていたマントに体をくるまれ、その上から縄で体を縛られていた。巻いていたターバンは戦闘の衝撃で外れ、灰色と緑色の入り混じった髪が森の隙間から注がれる日差しを浴びていた。


 空の太陽はだいぶ傾いてきた。もうじき沈み森に夜が訪れる。


 一行はやっとのことで、森の中の村同士を繋ぐ道に出たのだったが、そこにはモンスターが関所のように立ちふさがっていた。結局、迂回する羽目になり、こんな時間まで歩き通しとなった。もう、現在位置など分からず彼らは森の中で迷子になりかけていた。


 そのためハーフエルフの少女が残された希望だ。置き去りにするという選択肢は無かった。


「獣人種って人と動物の混ざりものとか、動物が人になろうとしたのが先祖とか言われてるけど、本当の所は誰も知らないわよ。無神時代よりはるか昔から存在してるから誰も気にしていないわ。種族間の違いといえば、一番は感知能力よ」


「感知能力?」


 曖昧な言い方にレイは首を傾げた。


「まあ、大雑把に言っちゃうと、耳が良いとか鼻が利くとか、種族によっては舌とか皮膚で周囲の状況を理解するのも居るわよ」


「冒険者のパーティーにおいて、敵の探知や罠の有無や、毒物の見分けなどが付くことから索敵係として重宝される傾向にありますね。それに獣人種は総じて前衛向きが多くて、戦闘能力が高いです」


 シアラの説明に対してリザが奴隷商人の護衛時代に得た経験で補足した。言われて、レイも『紅蓮の旅団』のハイジストを思い出す。犬人族フントの彼女はオルド班の索敵を一身に担っていた。レティの誘拐騒動の時も彼女の鼻で敵を追いかけた。


 一つの疑問が解消されると、別の疑問が浮かび上がる。異世界人だとばれないようにしていたため、聞きそびれたエルドラドの常識を埋めていく。


「それじゃあ、見た目の違いは何なの? 僕の知っている獣人種ってもろに二足歩行する動物のような姿の人や、人の顔形に尻尾や尾、毛皮が生えているような人たちに分かれているけど、あれってどういう事なの?」


 レイの頭に浮かんだのは『紅蓮の旅団』の狼人族ヴォルフ、カーティス。彼はまさにレイの言う二足歩行する狼といった姿だ。全身を藍色の毛皮が覆い、その顔は野性的な狼のそれだった。狼に似ているのではなく、まさしく狼の頭なのだ。


 一方で、同じクランの猪人族エーバー、オイジンは後者だ。見た目は精悍な二十代の青年に、薄茶色の獣耳が生えている。初めて見た時は噴き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。


「そりゃ、純種と混種の違いでしょ」


「純種と……混種?」


「そうよ。前者は同種の同族や他族の間の子。後者は他種との間に生まれた子よ。まあ他種といっても魔人種は今じゃ希少みたいだから、ほとんど人間種と獣人種の間の子ばかりじゃないの? ちなみにワタシも混種、つまりハーフになるわね」


 シアラが背負った少女の方へと首を向けた。


「この子の外見からすると……人間種のエルフ族と犬人族フント狼人族ヴォルフあたりの子じゃないかしら」


「父親と母親。どちらがどちらの種族なのかは外見から分からないの?」


「外見からは分かんないよ。そもそも、純種でも他族同士の子供は父母のどちらかの種族の形で生まれてくるから、外見からじゃよくわかんないんだよね」


 レイの疑問にレティが答えた。彼女は変わらずに薬草を摘んでいる。クエストの為だけでは無い。クライノートの森がモンスターの蔓延る危険地帯となった以上、レティに何かあった時は薬草が数少ない回復手段となるから、数は多いに越したことはない。


「それにしても、ハーフエルフって初めて見たよ」


 布製の鞄に摘んだ薬草をしまう際に、レティはシアラの背の少女をまじまじと見つめた。


「そうね。それ以前にエルフが同胞と一緒におらず、一人で行動していること自体珍しいわよね」


 同意するようにリザとレティが頷いた。


「そうなの? でも、ロータスさんは一人だよね」


 レイの疑問にリザとレティは返答に窮した。彼女たちにとってもロータスが生まれて初めて見たエルフの為、何故冒険者をしているのかという疑問は抱いたが口に出していなかった。しかし、この中でシアラだけは答えを知っていた。


「ロータスって、ファルナと同じクランの冒険者? 彼女は特別でしょ。何しろエルフの王族じゃない」


「「「エルフの王族?」」」


 レイたちの声が揃う。三人は思わず顔を見合わせてしまった。


「主様はともかく、アンタ達も知らなかったのね。……金髪のエルフは、エルフの王族の血脈にしか発現しない色よ。普通のエルフは緑色。ほら、この子の髪にも緑が混じってるでしょ」


 全員の視線がハーフエルフの頭髪に注がれた。


「昔聞いた話じゃ、王族には王族の責務が―――」


 シアラの言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、彼女の背中から呻く様な声が上がったのだ。


 レイたちの前で閉じていた瞼があがり、萌黄色の瞳が姿を見せる。何度か瞬きを繰り返すと、靄が晴れたかのように瞳に光が宿り、意識が覚醒する。


 途端に。上半身を簀巻きにされて背負われている状態から脱出しようともがきだした。


「ちょ、ちょっと! 危ないでしょ!!」


 背の上で暴れる少女にシアラは手こずる。マントの上から縄で縛られて両腕が動かないのに少女は全身を揺らして、シアラの背から飛び降りた。地面に落ちる寸前、獣の如き運動神経を発揮し、地面に着地した。そしてそのまま、森深くに逃走しようとする。


 しかし。


「そこまでです」


 予期して先回りしたリザが少女の体を捕まえた。技能スキルを使わない上、縄で縛られているため、捕まえるのは容易だった。


 上半身を縛られている少女はそれでも抵抗を続けようともがき、瞳に敵意を宿す。


「うぅ、うぅうぅ!」


「まさに獣ね」


 重しが無くなったシアラが呆れた様に呟いた。だが、全員が同じように感じていた。


 泥と汗で汚れた顔は野性的で、意識を無くしている時の穏やかさは消え失せている。むき出しの頭髪が、敵意に合わせて逆立ち、マントの中で短く太い尾もピンと膨らんで立つ。


「待った、待った、待ってくれ!」


 すると、そんな敵意むき出しの少女の前にレイが躍り出た。その際に腰に挿していたファルシオンを鞘ごと放り投げてしまう。少女を含めた女性陣が驚いて視線を注ぐ。


 何も武器を持ってない事を証明するかのように空の両手を彼女に見せながらレイは言葉を選ぶ。


「僕らは君と敵対する気は無い……言葉は通じるよね」


 萌黄色の瞳はレイの全身を隈なく調べた。それから遅れて、少女は肯定を示すように頷いた。


「よし。……僕は冒険者のレイだ。身分証としてプレートを取り出す。いいかい?」


 許可を求めてから、レイはポケットに入れていた金属片を少女の見える高さに差し出した。金属片にはレイの名前や年齢、種族の他にギルドのマークと、身分を保証する文言が刻まれている。


「文字は読める? 僕は奴隷商人じゃない。冒険者だ」


 意味が伝わったのか少女は叩きつけるような敵意だけは収める。しかし、表情には拭いきれない疑念が残っている。レイはそれを感じると、リザに向かって縄を解くように頼んだ。


「……よろしいのですか?」


「うん。あと、抑えつけないでもいいよ」


「主様!?」


 シアラもレティもレイの行動に驚愕し翻意するように言う。しかし彼の意志は固く、諦めたリザが縄を解き、少女を押さえる手も放した。


 自由になった少女は素早く自分の体を確認し、怪我が無いのを確認して訝しげる。


「傷なら回復しておいたよ」


 萌黄色の瞳が驚きで揺れた。レティの言葉に少女は小さく、


「……ありがと」


 と呟いた。


 そして、逃げる意志が無い事を表すように地面へと座り込んだ。どうやら話を聞く気になったようだった。


「僕らはアマツマラの街。この森の南東にある街から森に入った。……君はこの森にある村の子供かい?」


 務めて優しく、恐怖心を与えないようにレイは言う。少女は首を横に振って否定した。レイの予想した村の子供説は消えた。


「じゃあ、どこに住んでいるの?」


「……とおくの山。……中央大陸」


「中央大陸? それじゃ、お父さんやお母さんはどこに居るんだい? まさか、ひとりで来たんじゃないよね?」


 すると、シアラが顔をしかめてレイを止めようとする。だが、遅かった。レイの言葉を受けて少女はぶるり、と震えると瞳に涙を浮かべた。あっという間の出来事だった。決壊した涙が幾筋も頬を流れた。


 少女はおとうさん、おかあさんと繰り返して嗚咽を漏らした。リザとレティが少女を慰めようとし、シアラはレイの耳を掴むと小声で囁いた。


「どう見ても昨日今日、森に入った姿じゃないでしょ! だったらどういう事か想像はつくでしょ!」


 厳しい口調だが、シアラの言葉は正しい。他大陸の住人や幼い年齢という情報を加味すれば、一人旅では無いのは明白。それで、一人でいるという事実から逆算すれば、何を意味しているのか一目瞭然だった。


 レイは困ったように頭を掻き、少女が泣き止むのを待った。


 しばらくしてから、涙を流し切った少女は嗚咽まじりに言葉を紡ぐ。


「おとうさん、死んで、おかあさんと二人っきり。そしたら、おかあさんの故郷に行こうって。だから、この森に入って、そこで……ぅうう!」


「もういいから、もういいんだよ!」


 レティが少女を胸に抱きよせる。涙が衣服に染み込むのもお構いなしに、安心させるように力強く抱きしめる。


 嗚咽はしばらく続き、辺りは燃えるような夕日に染まっている。森の表情が変わろうとしていた。


「どうする、主様。ここで夜営をするの?」


「うーん。できれば水辺の近くとか、洞窟の中とかが良いんだけど……」


 水辺の近くならば、食事や洗濯の手間が簡単に済ませられる。洞窟なら防衛がしやすい。しかし、それらの好立地を探しに行く時間は無い。シアラの《ファイア》の魔法を使えば夜でも明かりは確保できるが、逆に夜の森の中では目立ってしまう。


 困り顔で呟くと泣くのを堪えようとしている少女は目元を腫らし、鼻を啜りながら、告げた。


「……よかったら。……エトネの寝床にくる?」


「エトネ?」


 聞き慣れない名詞にレイは聞き返した。すると、少女は自分自身を指差して告げた。


「……名前。……エトネ」


「そうか。……君の寝床を使ってもいいの? エトネ」


 エトネと名乗った少女に向かって尋ねるとこくり、と頷いた。


「それじゃ、お願いするよ。それと改めて、僕はレイ。こっちは僕の戦奴隷たちだ。みんな冒険者だよ」


 レイに促されたリザ達も自己紹介をする。


「私はエリザベート。こっちは妹のレティシアです」


「レティって呼んでね」


「ワタシはシアラよ。おちびさん」


「……ちびじゃないよ」


 エトネはシアラにからかわれて不機嫌そうに呟いた。






 エトネが先導となって暗中の森をレイたちは進む。すでに辺りは暗くなっているのに、彼女は星と月しかない光源の中でも昼と変わらない動きで道案内を務める。


「こっち」


 時折、道を大きく変えるのも理由があった。彼女にはモンスターの匂いや息遣いが離れた距離からでも感じることが出来るのだ。リザ以上の感知能力によってレイたちは危険を避けていた。


「なのに、さっきは囲まれていたのは何でよ?」


「あいつら、ふんを体にぬってた。あれで匂いがわかんなくなった。ズルいよ」


 舌っ足らずな声に悔しさが滲む。ともかく、エトネのお蔭で戦闘は起きずに済んだ。もっともそのせいで余計な遠回りなどもしている為、ますます現在位置が分からなくなった。彼女が急に気を変えて、一気に走りだしたら、確実に迷子確定となる。


「ついた。ここ」


 幸運にも少女は翻意することなく、彼女の寝床にレイたちを導いた。


 彼女の誘導に従ってたどり着いたのは大木と湖だった。


 周りの伐採用の木々と違い、遥か昔から存在するかのような大木が天に向かって伸びている。夜という事もあるが、木の天辺は下からでは見えないほど高い。大木の表面は固い岩肌を削ったかのようにゴツゴツとしており、根が地面からせり上がっている。しかし、レイたちの視線を奪ったのは大木では無く湖の方だった。


「これは、凄いな」「ええ。……本当に素晴らしい」「うわぁ。キレイ」「……やるじゃない」


 エトネを除いた全員が感嘆のため息を漏らす。


 湖の上に、天の川が広がっていた。薄黄色の灯火が無数に集まってゆらゆらと揺れ動き、レイたちを迎える。


 それは光の正体は虫だった。こじんまりとした湖の上を飛んでいる。夜の湖面が黒い鏡のように虫の光を反射しており、美しい幻想的な光景が広がっていた。


 それは瞬きするほど短い、刹那の光景だった。前触れも無く、あっという間に光る虫は姿を消した。


「すごいね。森がよろこんでいるよ。エトネもあれを見たのはまだ二回だよ」


 エトネの声に振り向いたレイの目が人の手で作られたと思わしきオブジェを見つけた。枝が十字に交差して地面に突き刺さっている。その前には森に野生している花が置かれている。


「……まるで墓だな」


 ポツリと呟いた言葉にエトネが応じた。


「おはかだよ。おかあさんの」


 それだけで全員に意味が伝わった。この十字架の下に彼女の母親が眠っているのだと。レティが一歩前に出ると両膝を着いた。指を交差して手を組む。


 何かに祈るかのように彼女は言葉を紡ぐ。


「かつてこの地に居られた13神よ。貴方のひざ元に貴方の子供を送ります。神々の大いなる優しさを持って迎えられる事を願い奉る」


 神聖な響きを含んだ言葉だった。リザ達もレティに習って同じ姿勢を取る。遅れてレイも同じように祈った。


「ありがと、おねえちゃん」


「ううん。ちゃんとした教育を受けたシスターじゃなくてゴメンね」


 エトネは目元を拭うと、レイたちに向かって手招きをした。彼女は地面にむき出しの木の根元へ歩むと、その一部を捲り上げたのだ。彼女が手にしていたのは根の一部に偽装した布きれだった。布きれの向こう側には、枝で組まれた格子が嵌っている。


 その格子も取り外すと、地下への入り口がぽっかりと開いた。


「あしもと、気をつけて」


 エトネは言うと、躊躇うことなく暗闇の中に飛び込んだ。レイたちは躊躇ったあと、少女の後に続いた。最後尾のリザが格子に毛布を被せたまま内側から嵌めた。


 中は光が全くなく、夜の森の方が明るかった。ひんやりとした湿った空気が頬に流れる感触しか分からない。


「ちょっと待ってて。明かりをつけるよ」


 闇の中からエトネの声がした直後、光が闇を追い払う。反射で目を瞑ったレイたちがおそるおそる瞼を開いた。


 そこは大木の根の隙間に出来た洞窟だった。


「エトネの寝床にお客さんが来たのは、はじめてだよ」


 どこか悲しそうに彼女は両手を広げ、レイたちを迎え入れた。


読んで下さって、ありがとうございます。


久方ぶりに書いてみたくなったこの作品も、気が付くと次回で150話(閑話、EX含めて)になります。

これも、読んで下さった方々のお蔭です。この場を借りてお礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

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