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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-9 集団戦

 川原で昼食の後片付けを行っていたリザたちにも異変は伝わった。鳥が羽ばたき、動物たちが鳴くのを止めると彼女たちは揃って武器に手を伸ばした。


 同時に草むらから飛び出してきた影に振り向いた。


 レイだった。慌てた様子を見せる彼は草むらを飛び出すなり、三人に向かって警告を発した。


「後ろから! レッドゴブリン! 複数」


 断続的な情報ではあったが、戦闘慣れしている三人はすぐさま思考を切り替えた。モンスターの居ないはずの森にモンスターがいるのかという疑問を抑え込み、レイの後ろの空間を睨んだ。


 そこからレイの後を追いかけて三体のレッドゴブリンが姿を見せた。薄汚れた剣や、ボロになった防具を身に着けているレッドゴブリンたちは怒りに任せてレイを追っている。


 最初に動いたのはシアラだった。


 杖を素早く引き抜くと、レッドゴブリンの方角に向けた。余りにも早い決断に慌てたのはレイだった。なぜなら彼女とレッドゴブリンの間の射線上には彼が居たのだ。


「ちょ、ちょっと待て!!」


「動かないで! 《鍵よ、開け》、《ウォータ》!」


 詠唱を短縮したシアラの魔法は空中に大量の水の塊を生み出した。それはレイの頭上で形成し固定され、彼を追いかけるレッドゴブリンたちが通り過ぎる瞬間を狙って落ちた。ざばん、と。大量の水を頭から浴びたレッドゴブリンたちは足を止めた。


 たかが水と侮れない。川の傍という場所の利を使ったシアラの《ウォータ》は重量だけでもかなりの重さだった。それが真上から降れば、滝に打たれたように体が動けなくなるのも当然だった。その隙にレイは三人の元に辿りついた。


 すかさずシアラは次の手を打った。


「これでお仕舞い! 《アイス》!」


 シアラの詠唱によって生み出された冷気は風に乗ってレッドゴブリンたちを襲いかかった。彼らは寒さに身もだえすると、自分たちの足元に異変が起きたのに気付いた。下を見れば足元が凍り付いていた。先程の《ウォータ》によって出来た水が《アイス》で凍らされていた。その氷は体を這うアリのようにレッドゴブリンの足元から伸びていく。脱出しようともがくが氷は割れず、仮に持っている武器で割ろうとするなら足を無くす覚悟が要る。


「おお! スッゴイ早業! かっこいいよ、シアラおねーさん」


「ま、ざっとこんなものよ」


 得意げに薄い胸を反らすシアラ。しかし、誇るのも無理はない。まさに電光石火の早業。レッドゴブリン族の中でもレッドゴブリンは獰猛で知られる。普通のレッドゴブリンよりもはるかに強い個体を僅か二手で戦闘不能に追い込んだ。まだレッドゴブリンたちが死んでいないため警戒を解かないリザも内心で感心していた。


 徐々に体が凍る恐怖を味わい、顔を引きつらせるレッドゴブリンたち。だが、そのうちの一体が胸元に吊るしてある小さな角を口に咥えた。レイたちに止める暇は無かった。


 ブッー! ブッー!


 空気を裂く様な鈍い音が鳴り響いた。レイたちはその音に硬直した。角笛の役割なんて多くは無い。このような劣勢の状況下で吹いた意味なぞ考える必要すらなかった。


 リザが一足飛びで距離を詰め、レッドゴブリンたちを切り倒したが、すでに遅かった。木々の向こう側から藪を掻き分け、枝を踏みしめ、荒い息遣いが聞こえてくる。


 ほんの数秒足らずで、レッドゴブリンたちの増援が現れた。川原の上流と下流の両方から飛び出したレッドゴブリンの群れは氷漬けになって死んでいる同胞を見て怒りの声を上げた。


「ゴブブブブ!!」


 反面、行動は冷静だった。じりじりと距離を詰めて半円を描くような陣形でレイたちを囲うとしている。一度に飛びかかる事はせず、一度に倒されないように互いの距離を取る。


「シアラ。さっきの攻撃は出来そう?」


「無理。レッドゴブリン同士の距離が広がり過ぎているし、さっきは主様の後を追いかけてきてくれたから行動を読むことが出来たのよ」


 シアラが固い声で分析を伝える。レイは後ろに流れる川を見た。流れは穏やかで水深も川幅も短い。川を歩いて超える事は出来る。しかし、川向こうの森にレッドゴブリンが―――もしくは他のモンスターが居ないとの保証が無かった。すでにクライノートの森の危険度は跳ね上がっていた。そもそも、レイたちが簡単に渡れるような川ならレッドゴブリンたちにも同様である。そこまで思考したレイに向かってリザが小声で尋ねる。


「迎え撃つか、こちらから攻めるか。それとも一度退くか。どうしますか、ご主人様?」


「え? ……ああ、そうか。僕が決めるのか」


 当たり前のような事を呟いたレイに対して違和感を抱いたリザは振り向いた。すると、彼女の主が表情を硬くしているのが見えてしまった。黒色の瞳は不安げに彷徨い、いつものレイとは違う様子だ。リザは咄嗟にレイの名前を呼ぼうとした。


 その隙を―――レッドゴブリンたちは見逃さなかった。


 慎重な足取りから一転して十体のレッドゴブリンが突撃する。手にした剣や槍を振るい、レイたちへと躍りかかった。リザとシアラはレイの指示を待つことなく行動に出た。


 リザは左翼の敵を迎え撃つ。ロングソードを振るい、レッドゴブリンへと振り下ろした。しかし、刃は空を切り、レッドゴブリンを捉えられなかった。刃をすんでの所で躱したレッドゴブリンは、今度は自分の番と言わんばかりに剣を振るった。小柄な体格にあった片手剣は軽く、リザの技量で簡単に処理される程度だ。しかし、厄介な事にレッドゴブリンは単独では無い。


 左翼の敵四体がリザの逃げ場を塞ぐように取り囲む。正面で相対する一体はリザの視線を集めるためにワザと大ぶりで攻撃する。威力も速度も足りない一撃はリザの前では格好の餌食。剣士としての習慣で隙を突こうとする。だが、リザの攻撃に合わせて残りの三体が牙を向ける。攻撃をしようとする瞬間を突こうとするのだ。


 囲いから脱出しようとリザが一歩踏み出せば、レッドゴブリンも一歩退く。着かず離れずを繰り返す。


 その間もリザの死角に回り背後から刃が向けられる。その度に少女は軽業師の如き身体能力で躱すが、決め手に欠けていた。かくなる上はダメージを覚悟して一体を仕留めようかという考えが脳裏を過る。


 一方でシアラも苦戦を強いられていた。


「《ブリザード》!」


 詠唱によって彼女の正面に氷の塊が出現した。大きさは人の頭はある。急速に冷凍されたせいか、殺傷能力を高める為か表面は歪に尖っている。杖を指揮棒のように振るうと、氷の塊は意志を持ったかのようにレッドゴブリンへと襲い掛かった。


「ゴブブ!」


 レッドゴブリンは接近する氷の塊に対して川原へと飛び込むことで回避した。体を石で擦ることになったが、魔法の直撃を浴びるよりもマシと判断した。読み通り、氷の塊はレッドゴブリンの頭上を通過して砕けた。


「ちっ!」


 シアラは舌打ちした。


 魔法の命中は術者の技量によって左右される。装備品や能力スキルによって補正をかけたり、魔法の中には対象を追いかける物も存在するが、大抵の魔法は発動した瞬間に込めた命令によって行動される。先程の《ウォータ》の魔法も、空中で出現し固定。あとはシアラの任意のタイミングで解放した単純な操作だ。


 そのため、効果範囲が狭かったり、攻撃速度が遅い魔法は落ち着いて視認されると避けられる可能性が高い。優れた魔法使いは相手の行動を読んで第二第三の手を打つのだが、今の状況ではシアラにその余裕は無かった。


 右翼の敵を引き受けたシアラの前にレッドゴブリンが三体、彼女と一定の距離を取って近づいてこない。それはレッドゴブリンの足なら数秒で詰められる距離。魔人種とはいえ、魔法使いのシアラにとってレッドゴブリンと近接で勝てる可能性は低い。そのため近づいてこない状況は喜ぶべき状況のはず。


 だが、狡猾にもレッドゴブリンはシアラに対して攻撃を仕掛けようとする動きを見せるのだ。その度に魔法で牽制を放つも、避けられてしまう。このため、魔法が単発に終わってしまう。


 右翼のレッドゴブリンの狙いは簡単だ。魔法使いの足止めである。モンスターでも戦闘時における魔法の危険性は理解できる。自分たちなど魔法が直撃すれば紙吹雪のように吹き飛ばされるのも理解している。だが、だからこそ、相手の魔法使いを足止めするのは重要な役割で、達成しつつある現状に満足してる。


 それに対してシアラの方は焦れていた。魔法を避けられることにでは無い。敵の全容が分からないことに焦れていた。彼女の持つ魔法の中にレッドゴブリンを広範囲にわたり即座に倒す魔法はある。それは彼女の精神力を大分消費するうえ、いくらかの詠唱が必要。この先、新しい増援が増えるかもしれず、そもそもレッドゴブリンも詠唱を始めれば即座に膠着状態を破るはず。その可能性がシアラに二の足を踏ませる。


 両翼の戦闘はどちらもじり貧だった。二人ともレッドゴブリンの策に嵌り、決め手に欠け、戦闘の流れを持っていかれている。


 そんなリザとシアラの苦境を打ち破る簡単な方法が存在する。


 レイだ。


 仮にリザの方に向かい周囲を取り囲むレッドゴブリンの内一体でも倒せればそれで片が付く。翼のシアラの膠着状態にも変化が起きる。仮にシアラの方に向かい、彼女の詠唱の時間を稼いでも同じことだ。右翼を片付けた後にリザの方を助ければいい。


 戦局を変えられる当の本人は動けないでいた。


 別段、レッドゴブリンの殺気に体がすくんでいるわけでは無い。単純に彼にも動けない理由があった。残りのレッドゴブリンたちはレイの背後に控えるレティに向けて殺到した。弱い所を突くのは戦闘の常道である。それを防ぐためにレイはレティの前に立つ。


 三体のレッドゴブリンは身軽さを武器としてレイに肉薄すると纏わりつく。レイの腕や足などに向けて剣を振り下ろし、鎧の無い部分に浅い傷をつける。レイはその度にレッドゴブリンを振り払おうとする。肉厚の剣が巻き起こす旋風でレッドゴブリンたちは弾き飛ばされるも、すかさず食らいつく。


 レイも苦戦を強いられていた。


 弱体化しているとはいえ、それでも能力値パラメーターは平均的な中級冒険者と同等である。レッドゴブリン程度一刀で切り伏せる事は可能だし、不意の遭遇時にも倒していた。しかし、現実は纏わりつくレッドゴブリンに対して勝ちきれないでいた。


 理由は精神面にある。


 彼は戦闘が始まる直前、当たり前の難題にぶつかった。


 ―――「迎え撃つか、こちらから攻めるか。それとも一度退くか。どうしますか、ご主人様?」


 リザがレイに指示を仰いだのは当然である。なぜならこのパーティーのリーダーにして戦奴隷たちの主はレイだった。彼の命令無しに独断で動くのは憚られた。


 指示を仰がれたレイは、その時になって初めて自分が指示を出す側の人間だと気づかされた。


 戦闘は初めてでは無い。集団戦もアマツマラの迷宮で何度もこなしていた。


 だが、ただの一度とてレイが戦闘の指揮を執った事は無かった。アマツマラまでの道中の戦闘はオルドに従い、迷宮ではギャラクに従っていた。指示を飛ばす事は有っても、それは目の前の戦闘を終らすための指示だった。


 敵の数。強さ。種類。攻撃方法。弱点。陣形。味方の状態。増援の有無。これが単発で終わる戦闘なのか、それとも連戦となるのか。


 一度にこれらの情報を処理し、的確な指示を出さなければ仲間の身を危険に晒してしまう事にいまごろ気づいたのだ。もっとも、それで硬直した時点で危険な目に晒している事には変わらなかったが。


 精神を動揺させたまま戦闘を続けていたレイは飛びかかって来るレッドゴブリンに対して足刀を叩きこんだ。小柄な体格は思いがけない攻撃をまともにくらい後方へと吹き飛んだ。


 波状攻撃は三体いて成り立つ。一体が攻撃をしかけ、一体がいつでも飛び出せるように準備し、最後の一体が側面へと回ろうと囮になる。連携が崩れた時点でレッドゴブリンは仕切り直す為に後方へと下がる。


 ―――その瞬間を待っていた。


 レイは即座に距離を詰めると近くに居たレッドゴブリンに対して袈裟切りにファルシオンを振った。いままでの迷いを振り払うような鋭い一撃はレッドゴブリンの胴体を斜めに切り開いた。傷口から内臓が零れるのをレッドゴブリンは必死に抑えようとした。


「レティ! 《半球ノ盾ヘミスフィアシールド》でこちらとあちらを分断!」


「りょ、りょうかい! 《超短文ショートカット中級ミディアム半球ノ盾ヘミスフィアシールド》!」


 レティは三人の内、誰に対して呪文を唱えるべきか判断に迷っていた。そして遂に膠着状態を打破するために行動しようかとした矢先に、レイの声が飛んだ。レティはレイの端的な指示の意味を理解し、盾のサイズを調整する。詠唱と共に出現した半球型の盾はレティを中心として、リザとシアラの二人を飲み込んだ。薄い光の膜が世界を区切る。


 内側に残ったのはレイたちとレッドゴブリンだった。リザの背後に回っていた二体とレイの正面に一体。合計で三体のレッドゴブリンが逃げ場を無くしていた。


 ほとんど反射的にリザはレッドゴブリン二体を切り伏せた。背後から討たれる可能性が無くなり、自由自在に振るう剣をレッドゴブリンはまともに浴びたのだ。


 レイの正面に相対したレッドゴブリンは距離を詰めるレイに対して逃げるよう後ろへ下がり、光の膜に触れた。手にした斧で膜を叩き割ろうとしたが、何度叩いても砕ける気配は見せない。内外から攻撃を仕掛けてもレッドゴブリンといえ短時間では壊れない。


 その事実に気づいたレッドゴブリンは覚悟を決めてレイに飛びかかった。生き延びるためにレイに向かって殺意の一撃を放った。


「ゴブ、ゴゴブ!!」


 レイは淡々とした態度で迎え撃った。ファルシオンを両手で握り、頭の上から斜めに振り下ろした。十分な速度を得た肉厚の剣はレッドゴブリンの持っていた斧ごと両断した。


 合計で八体のレッドゴブリンが死んだ。残りのレッドゴブリンは六体。彼らは盾の外側から同胞の死を見つめていた。怒りの形相を顔に貼り付け、口の橋から怨嗟の声を上げる。


「ゴブッ! ゴブゴブゴブ!」


 その内の一体が急に叫んだ。レイが蹴り飛ばして遠くに吹き飛んだ一体だった。彼の声に合わせてレッドゴブリンたちは一斉に動いた。一目散に森の中へと飛び込んだ。仲間の死体を省みる事なく、森の奥へと姿を消していった。


 盾の中でレイたちは森の奥を睨んだ。陽光が降り注ぐ森の中は見通しが良いが、レッドゴブリンの体格は小さくすばしっこい。何より纏まって動かずばらけて逃げた。川原から目視で全てを追いきれなかった。


「……レティ。魔法を解除してくれ」


 ファルシオンを振るって着いた血を払うレイがレティに向かって指示を出した。応じた少女は杖を振るうと、《半球ノ盾ヘミスフィアシールド》は溶けるように姿を消した。


 レイは森の方へと様子を伺おうと近づく。


 だけど、


「主様! 行っちゃだめ!!」


 シアラがレイの腕を力強く掴んで制した。


「深追いは禁物よ。ここは向うの住処。……一度態勢を立て直す為にこっちも退くわよ」


 レイは一度、レッドゴブリンたちの消えた方向を見つめてから、頷いた。敵の数も分からず、罠が仕掛けられているかもしれない可能性に思い当たった。無暗に追いかけるのは危険である。なにより、追いかける理由が無かった。


 しかし、このまま川原に居ても敵に居場所を知られた以上、留まるのも危険な事だ。


「それで、どこに行くの?」


 レイが尋ねるとシアラは後ろを振り返った。荷物を手早く纏めているリザ達の向こう。川を挟んだ向う側の森を指差した。


 元来た道を戻るのは難しい。なぜならそちら側からレッドゴブリンたちが現れたのだ。来た道を戻れば出くわす危険がある。


 もっとも、クライノートの森が安全だという神話は崩れた。川の向こう側に広がる森にもモンスターが潜んでいる可能性はあった。しかし、このままここに居るよりかはずっとマシだった。


 レイはレティが纏めた荷物を受け取ると、リザが見つけた水深の浅い場所を選んで川を渡る。濡れた足元を不快に感じているが、全員はすぐさま森に向かって飛び込んだ。


 無言で森を走る四人の胸中に苦い勝利の味が広がった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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