4-7 クエストへの準備
クエストを決めて、目的地が決まったからといってすぐに森に行けるわけでは無い。水や食料、生活必需品。武器防具の手入れに回復アイテム。レイは武器を何も持っておらず、シアラは替えの服すら無い。レイたち一行には物資が足りなかった。
退院の手続きを済ませたレイたちは時計を見上げて、これからの予定を決める。
「昼まで時間があります。昼過ぎに街を出れば森に入るのは夕方になってしまいます。流石に周辺の確認も無しに夜営を始めるのは危険。ここは昼前に森に入るのを目指しませんか?」
リザの提案にレイは簡単に同意した。なにしろレイは旅に必要な知識は乏しい。ネーデの迷宮に潜った時も周りの勧める品物を買ったに過ぎない。それも短い間街を離れる用の装備と荷物だった。四人の人間が健康的な人間らしい生活を、夜営をしながら行うというのはレイの知識に対応しきれない。
アマツマラまでの道中はフェスティオ商会や『紅蓮の旅団』の用意した物を使い、どのような物が長旅に必要なのかを多少は知ったが、表面的な知識に過ぎない。
その点、闇ギルドの商人の護衛を務めていたリザとレティは旅に慣れている。彼女らの判断に任せようとレイは決めた。
衣服などを詰めていたバックパックをリザが背負って一行はアマツマラの商店を覗くが、どれも品不足、質不足だった。スタンピードが終わり、支援物資などが運び込まれたが、都市内での商業活動は滞っていた。早々に見切りをつけたレイたちは足を城壁の外へと向けた。
主戦場となった外城壁の平野は激戦の跡を色濃く残している。大地が抉れ、モンスターや人間の血が染みつき、時折光っている欠片は武器や防具の残骸。そんな大地の上に市場が出来上がっていた。
近隣の商人たちが臨時の屋台を出しているのが集まって形成されている。物資不足のアマツマラの住民たちにとって重要な商業拠点ではあるのだが、それにかこつけて割高となっている。いわゆる闇市だ。王のひざ元だというのに、取り締まる様子は無い。平民以外にも兵士たちや冒険者も市場を行きかっている。
「こういうのを下手に締め付けたら、反発が酷くなるからでしょ。値段も割高だけど暴利じゃないし、何より品質が良いわよ。黙認する方が良いと判断したんでしょ」
シアラが並べられた商品を値踏みしながらレイの疑問に答えた。たしかに品物の質も量もこちらの方が上だった。城壁内の武器屋と市場に出店している武器屋の品物を比較して、こちらの方が上だと一目で分かる。
レイたちは二手に分かれて買い出しを行っていた。リザとレティたちは冒険に必須な品を。レイとシアラは武器や防具にシアラの服一式を担当する。硬貨の半分をリザに渡して別行動していた。
その際に「奴隷にお金を預けてはいけない」とリザに言われたが、レイは全く聞き入れず二人を送り出した。レイはリザが釣銭を誤魔かすとは全く考えておらず、もししたとしたら、自分の人を見る目が悪かったと考えていた。
ござに並べられた武器を検分していると、シアラは退屈そうにしている。すると、そういえば、と思い出したことを口にしていた。
「商人で思い出したけど、主様が眠っている時に商人らしき人が見舞いに来てたわよ。起きてからごたごたしたから言いそびれちゃった」
「そうなの? ……ジェロニモさんとかハインツさんとか?」
レイに知り合いの商人で思い当たるのはこの二人だけだった。その読みは正しかったのかシアラは頷いた。
「片方はハインツで、もう片方は確かそんな名前を名乗っていたわよ。リザ達が席を外していた時だからワタシが応対したのよ」
「……そっか。無事だったんだ、ジェロニモさん。それは良かった。……見舞いに来てもらった礼を言いたいけど、どこに滞在しているか知っている?」
シアラは首を横に振った。
「あの二人はもう街を離れたわ。本拠地に帰る前に顔を出したの。二人とも褒めてたわよ。……もっと有名なったら、パトロンに立候補したいって」
レイはその内容に苦笑を浮かべた。流石にリップサービスだろうが、他人から褒められるとこそばゆい。だが、店主が不機嫌そうに咳払いすると慌てて武器を掴んだ。
「オジサン。これを頂戴」
不機嫌そうな店主は代金を言うと、レイは硬貨を取り出す。後ろで控えていたシアラはその掴んだ武器を不思議そうに見ていた。それは肉厚の刃を持ち、峰は直線に対し刃が湾曲している剣。ファルシオンだった。常にレイが使っていたバスタードソードとは違う武器だ。
しかし、これには事情があった。
レイの能力値では大量生産のバスタードソードは耐えられない。闇市の商品の中には中級、上級冒険者向けの一級品の武器などが並んでいるが、やはり値が大分張る。それぐらい購入する資金はあるのだが、闇市では現金払いしか出来ないため、予算に限りがある。
そのためレイが購入できる武器のランクで、レイの筋力に耐えられる武器は限られてくる。その中で唯一、ファルシオンだけはレッサーデーモンとの戦いにも使えた信頼できる武器だった。
店主に空っぽのバスタードソードの鞘を売るならその分安くすると言われ、レイは腰に提げていた鞘を外して代金と共に渡した。代わりに鞘に入ったファルシオンを腰に提げる。
礼を言って店から離れようとしたレイたちを店主が呼び止めた。
「まだ、何か?」
「その鞘も売らなくていいのか? 空っぽのように見えるが」
一瞬、何を指しているのか見当がつかないレイは店主の指している方向、自分の腰部のあたりに手を伸ばした。そして納得した。
本来なら鞘に収まっているバジリスクのダガーが無いのだ。
「……これを売る気にはなりません。それでは失礼します」
店主に断りを入れて、再び店を後にした。
バジリスクのダガーは現在行方不明だった。最後に使われたのはマクベの投擲によって赤龍の眼球を突き破った時だった。スタンピードが終結してすぐに、赤龍の遺体は王によって運ばれてしまい行方が分からなくなった。レイが眠っている間にリザがファルナを通じてオルドに遺体から探してほしいと頼んだが回答はまだない。
レイはバスタードソードに未練は無かったが、ダガーには未練を感じていた。何しろ、初めて倒したボスから手に入れた素材で作った武器。いわば戦利品だ。鞘を売らず、代用品を買わなかったのも諦めきれない感情からなのかもしれない。
レティが修復した鞄の中にダガーの鞘を仕舞い、シアラに向き直るとレイは次の目的を告げる。
「次は君の替えの服を買うよ」
シアラが現在着ている服はリザのだ。二人の体格は一回りほど違う。特にリザは細身ながら筋肉がしっかりと着いている為、シアラが着ると服が余り気味になる。幸い、闇市には既製品も売られている。
シアラは剣を眺めている時とは打って変わって、興味深そうに品物に触れたり、他の客と店主の間に起きた火花散るような価格交渉を楽しそうに聞いていた。先程の武器屋では退屈しているのではなく買い物に対してどう対応すればいいのか分からないで、戸惑っていたようにレイには思えてきた。
(もしかして、本物の王女様だったりするのかな?)
疑問に思ったが、聞く気にはならなかった。レイの脳裏に避難所の屋上での光景が蘇る。三百年間、生きたまま氷漬けになっていた彼女は過去を話したがらなかった。そのためレイも深く踏み込むことをしないでいた。
レイは詰み上がった衣服の山からシアラの体格にあうものを数点見繕った。シアラはその中から薄手のインナーと無地のブラウス。それにスカートを三着ほど選んだ。
流れ作業で女性用下着も購入する衣服の山に突っ込んだレイは購入する際に、店主に着替えが出来る場所を尋ねた。恰幅の良い女店主は着替え用のスペースを快く貸してくれた。屋台の裏側に商品の入った木箱が三方向に高く積み重ね、空いた側に布が垂れ下がっている。この木箱の谷の間で着替えても良いとの事だ。
シアラは特に気にした様子も無く、躊躇うことなく木箱の谷に入っていく。レイは見張りとして外で待っていると、名前を呼ばれた。
振り返ると、布の切れ目からにょきりと白い腕が伸びた。手には先程まで来ていたリザの衣服が握られている。
「畳んどいてね。主様」
「……自分でやれよ」
「やった事ない。ワタシがやると皺になるわよ」
カーテン越しに押し問答を繰り返した結果、レイは仕方なく衣服を畳むことになった。動物で例えるとリザとレティはタイプの違う犬で、シアラは我儘な猫である。まだ温もりのある衣服を畳み鞄の中に入れるとまたしても名前を呼ばれた。振り返ってレイはぎょっとした。
三角の形をした、ひらひらと薄い布が握られていた。
「それぐらい自分でやれ!!」
リザの服から自分の服へと着替えたシアラは腰のベルトにターコイズブルーの宝石を着けた氷の涙を差し込む。次は靴だった。
近くにあった靴屋に並ぶ商品から選ぶ。シアラの希望で軽くて丈夫なブーツを購入した。
「これで後は……コートか」
「南に行くんでしょ? コートは要るの?」
「まあね。でもあれば便利だよ。迷宮の中は寒いし、雨が降った時とか役に立つよ」
納得したシアラと共にコートを扱う衣服屋を探した。温暖で、これから夏を迎えるにあたりコートを持ち込んでいる商人は少なかったが、それでも一定の需要はあるのか見つける事に成功した。
ハンガーに吊るされている中でシアラの好みの物を選んでもらう。彼女は適当に薄手の黒いマントコートを選んだ。試しに羽織ると、紫がかった黒髪と調和が取れているようにレイには思えた。本人も気に入ったようで決めた。
「最後は……ああ。防具を買いに行こうか」
鞄の中身を確認してレイは最後の目的物を呟いた。『冒険の書』内でも魔法使いにも鎧を、最低でも胴体への備えは必要と書いてある。レイがスタンピードの最中に出会った魔法使いも軽い素材で出来た鎧か耐久性のあるローブを装備していた。
シアラは鎧を選択した。ローブはこの季節だと暑苦しくて鬱陶しいとぼやく。
防具屋にていくつか試した結果、皮鎧の胸当てのみを購入することになった。レイとしては全身をちゃんと固めて欲しかったがシアラ本人が全身を固めるのと重たいと言った。その上、
「そもそも。後衛職が近距離で戦う様な事態になる方がおかしいのよ」
と、言い放った。レイはやむなく自分の意見を撤回する。
これで二人の装備は全て購入できた。彼らはリザ達との待ち合わせ場所に向かった。闇市と都市から搬出される瓦礫置き場との境が待ち合わせ場所だった。
既に買い物を終えていたリザ達が待っていた。足元にはパンパンに膨れ上がったバックパックが置いてある。そして、その隣には何故かもう一つ荷物で膨らんだと思しき鞄があった。
リザはシアラの新しい服装を見て思う所があったようだが、口を噤んだ。
「お疲れ様です、ご主人様」
「そっちこそ、お疲れ様。……凄い荷物だね。何を買ったんだい?」
元々バックパックの中にはレイがこちらの世界に来た時の衣服と靴。それとリザとレティの衣服が数種。『冒険の書』を始めとした本や地図が数点。そして武器防具の手入れ用品が入っていた。大き目のバックパックの中身の一割も満たしていなかった。それが今では膨れ上がっているのだ。レイが疑問に思っても当然だった。
リザはバックパックの口を開けて購入した物を説明する。
「取手付きの鍋にフライパンにやかん。木のボウルやコップを始めとした生活雑貨。調理用のナイフに木鉢とすりこぎ。あ、こちらの小型の木鉢はレティの調合用の物です。調理に使わないように気を付けてください」
「こっちの小瓶は……塩ね」
「ええ。調味料として塩は重要です。それと水筒に使いまわしが出来る布を数枚。紐に火口のしやすい木片。それに桶とタワシに歯ブラシに武器防具の手入れ用の道具と油です。調理の油に関しては多少の蓄えを持ち歩きますが、足りない分は獲物の脂肪を使いましょう」
驚くことにまだバックパックの中身は半分だった。
「食料ですが、とりあえず四人で三日分を確保しました。日持ちが利く干し肉や野菜類。それに胡桃などのドライフルーツとチーズなどです。これ以上の日数を森で過ごすのでしたら狩猟するなり、森の中の村から購入する必要があります。人数分の毛布や各人の服やコート。それにご主人様の故郷所縁の品はこちらの革鞄に入っています。雑貨屋の主が大量に購入したことをいたく喜んで、無料で頂きました」
「ポーションとかは品薄で手に入らなかったよ」
レティが申し訳なさそうに告げた。低ランクのポーションだと《回復》の魔法よりも回復量は少ないが、レティの精神力を使わず直ぐに回復できるというメリットがある。残念ではあるが、無いのなら仕方なかった。
すると、大荷物を見ていたシアラが困ったように呟いた。
「これだけの荷物だと戦闘するのも億劫ね」
「……確かにね」
クライノートの森は危険性が少ないといわれている為、直近の問題では無い。しかし、この先街を離れて旅をする中で戦闘は起こる。その度にこの荷物を抱えて戦う事になるのは正直厳しかった。レイの聞いた話では荷物運搬を専門とする冒険者も存在する。人は生きていくために必要な物がたくさんある。食事にしろ、戦闘にしろ。睡眠にしろ、手ぶらでは何もできない。
四人しかおらず、レティとシアラではこの量の荷物は持ち運べず、リザに持ってもらうわけには行かない。彼女はこのパーティーにおける索敵と戦闘の要だ。だとすれば背負うのは残った者が引き受ける事になる。
レイは自分の持っていた鞄からシアラとリザの衣服とダガーの鞘を革鞄に移す。そして空になった布製の鞄をレティに渡した。
「こっちの鞄はレティに渡すよ。地図とか頻繁に出し入れする品物や採取した薬草とか、森で手に入った物をこの中に入れて」
「りょ―かい!」
元気よく返事をしたレティは鞄を受けるとベルトの長さを調節した。レイが使っていた時は肩から提げていた鞄をレティはたすきに背負う。
「今回は良いとしても、やっぱり馬車とか欲しいわよね。南方大陸に向かう時に購入する?」
昨夜の話し合いで出た意見の一つに、馬車があった。馬車があれば移動の時に余計な体力を使わなくて済むし、荷物ももっと多くの量を購入できる。しかし、海を渡る時に馬車と馬を船に載せればそれだけで輸送費が嵩む問題もある。馬にしても維持をするために費用が掛かる。確かにレイは大金を持っているが、どこで大金を使う事になるか分からないため、いまいち踏み出せないでいた。
だが、リザがその話に待ったをかけた。彼女は市場で仕入れた情報を披露した。
「実はアマツマラで無事だった馬車は全て輸送団や支援物資の運搬などに使う為、全て接収されたようです。ですから、馬車を個人で買うのは難しいそうです」
「そうなのか。ありがとう、調べておいてくれて」
「いえ。出過ぎた真似を」
これで自前の馬車を持つ案は無くなった。もっとも、アマツマラに無いだけでウージアや他の街に向かえばあるのかもしれないが。あとは買うのではなく、ギルドの馬車をレンタルするか、南方大陸に向かう商会等の護衛任務をするぐらいしか馬車を使う方法は無い。
「まあ、移動手段についてはまた今度に決めよう。それよりも森に入る準備はこれで全部かな?」
問いかけに全員が頷いた。
リザは淡い青色のチュニックに下に茶色のズボン。前の主人に仕えていた頃からの粗悪品の鉻鋼の鎧を着込んでいる。レイが新しいのは要らないかと尋ねても、丁寧に辞退された。鉄板入りのブーツのつま先を地面で叩いている。腰に提げたロングソードのグリップにリザの指の形がくい込んでいた。
レティは薄い緑色のチュニックに姉と同じ型のズボンをはいている。その上から装備している鎧は子供の体格向けの鋁合金の鎧。ブーツは毎日手入れしているのか、汚れ一つなかった。ベルトにオークの樹を削った杖が挟んである。新しく貰った布製の鞄の位置を調整している。
シアラは少しくすんだ白色のブラウスに黒色のスカートを身に着けている。買ったばかりのコートをバックパックに仕舞うと、皮製の胸当てが披露される。ロングスカートから伸びる足首にはブーツが履いてある。きらり、と腰に提げた杖に着いているターコイズブルーの宝石が輝く。革袋の紐をたすきに掛けた。
レイは黒のインナーに藍色のズボンというラフな出で立ちだ。ネーデで購入したブーツで足元を固めている。胴体と両足には新人冒険者向けの鎧が。両腕には非対称の炎鉄の手甲が装備されている。腰には買ったばかりのファルシオンが存在感を放つ。右の荷の上でには耐石の腕輪が嵌っている。
準備は出来た。
レイは背負ったバックパックの重みを感じながら告げた。
「さあ、行こうか! 向かう先はクライノートの森だ!」
鎧の漢字やルビは無理やりです。
読んで下さって、ありがとうございます。




