4-3 レイの告白 『前編』
この回よりしばらくの間、物語は一人称視点では無く、三人称視点となります。唐突な変更ですが、ご了承ください。
多くが被害に遭ったアマツマラだが、一方で被害を免れた地区もある。
東方大陸を縦に割るように伸びるバルボア山脈。その折れ曲がった窪地を切り開いたアマツマラは空から見れば扇形のような街並みである。赤龍のブレスや飛行系モンスターの攻撃で街の中央部分や、外城壁近くの下層地区などは多大な被害を被った。避難民が集まった施設なども重点的に被害に遭った。
しかしながら扇の外側。バルボア山脈沿いの地区などは殆ど無傷に近く、そこだけを切り取るとスタンピードが起きる前と変わらない時間が流れている。その一角に上流階級向けの宿屋があった。流石に貴族などを迎え入れた事は無かったが、それでも豪商や富豪、上級冒険者などの隠れ宿と知られている。華美にならない程度に高級感を漂わせていることから決して安くないのが外観からでも分かる。
その宿屋は今、傷病者の受け皿として機能していた。全ての客室に患者が寝かされ、廊下をヒーラーや医師たちが巡回している。
生死の境をさまよう様な重症患者ではなく、安静にしていれば問題ない程度の患者ばかりが集められており、ヒーラーや医者の数は患者に対して少なかった。
そのため、建物の中は緩やかな時間が流れ、外の喧騒とは別世界となっていた。
その一室にて一人の少年と一人の少女が向かい合って座っていた。
少年は清潔なシーツが整えられているベッドの上で胡坐を組んでおり、どこか不機嫌そうに表情を強張らせている。開け放たれた窓から流れ込む風が黒髪を撫でると、一房だけ白色に変色しているのがくっきりと分かる。
ベッドの足元側の床にて正座をして項垂れているのは流れるような美しい金髪を持つ少女だった。常に能面を張り付けたような無表情を見せていた彼女だったが、主である少年と対照的に眉が下がり、分かりやすく落ち込んでいた。時折、上目遣いに主を見上げては、視線を床に戻すという動作を何度も繰り返していた。
病室代わりに使われている客室では少々険悪な空気が立ち込めていた。どちらも無言の為、外の喧噪だけが大きく聞こえてくる。
すると、静かな廊下から足音が二人分近づいてきた。
「ただいま!!」
「帰ったわよ。ああ、疲れた」
険悪な空気を追い出すかのように客室の扉が勢いよく開かれた。場の空気にそぐわない明るい声を上げて入ってきたのは二人の少女だった。片方は肩ぐらいまで伸びた栗色の髪に、翠色の瞳が輝いていた。室内の人間の中では一番小さく、幼い。もう片方は紫がかった黒髪が波打つように腰まで伸び、金色黒色というオッドアイが人目を引く。気だるい様子を隠しもせずにぼやいている。
新たな闖入者を含めた三人の少女たちはどれもがタイプの異なる美少女たちだが、唯一の男性である黒髪の少年は動じることなく、不機嫌そうに返事をした。
「おかえり」
「……おかえりなさい、ませ」
レイの後に続くようにリザが後方に首を回して告げる。その二人の様子でレティとシアラは異変を感じ取った。特にレイの様子がおかしかった。基本的に温厚な少年が周囲に気を使う事もなく感情を露わにしている。戸惑いから回復して先に口を開いたのはシアラだった。
「ちょっと、ちょっと。この暗い空気は一体何なのよ、主様にリザ」
「お姉ちゃん、また何かやらかしたの?」
「うぐぅ!」
妹の遠慮のない一言に姉であるリザは胸を押さえて苦しげに呻いた。まるで見えない剣に貫かれたかのようだった。しかし、リザが過去にしてきたことを振り返れば、レティが苦言を呈したくなるのもしょうがない。シアラもレティの見立てに内心で同意していた。行動を共にするようになって十日以上が過ぎ、姉妹の人となりがある程度把握していた。リザがその見た目とは裏腹に猪突猛進なタイプだという事は十分承知していた。
二人はリザに向けて問いかけるような視線を注ぐ。二種類の視線が突き刺さって口を噤み続けるリザ。仕方なくレイへと視線を切り替えた。受けたレイはため息を吐くと短く告げた。
「赤龍の時の作戦違反だよ」
「作戦……違反?」
「ああ、あの事ね」
レティは何のことかわからない様に首を傾げていたが、シアラは大よその見当がついたと言わんばかりに頷いた。隣に立つ少女の見上げる視線を受けてシアラが説明を始めた。
「主様が赤龍を連れて坂道を下った時に、リザが赤龍の目を潰そうとして通りに飛び出したのよ。よりにもよって主様の進行方向の真ん前。そこからじゃないと狙えなかったかもしれないけど、タイミングが最悪よね」
「ううっ!」
びくん、と。リザの背中が大きく跳ねた。再び見えない剣に貫かれて身悶えしている。
「んー、確かに。いくらご主人さまが《トライ&エラー》で死に戻っているのをおぼろげに理解していても、奇策があの段階まで行ってたのをダメにしかねない行動をしたんだ。そりゃ、温厚なご主人さまでも怒るよ」
「うぐぅっ!!」
止めといわんばかりにレティから放たれた剣によってリザは大きく体を震わせた。そのままピクリとも動かないので三人の視線が彼女に集中した。すると突然、正座の姿勢のまま頭を深く、床に押し付けるほど深く下げた。
いわゆる土下座だ。
正座と土下座の文化は『冒険王』エイリーク・レマノフがエルドラドに齎した。どちらも謝罪の意思を現す最大級の作法として今日までエルドラドに伝わっていた。ちなみに、エイリークが一番頭を下げた相手は妻だった。
「申し訳ありませんでした! 深く考えずに咄嗟に動いてしまい、ご主人様が胸に抱いていた全員生存という目的を果たそうとするのを邪魔してしまいました」
リザの謝罪にレティとシアラは驚いた。謝った事では無い。彼女の告げた、全員生存が何を指しているのかを理解したのだ。これはあの奇策に参加した二十名、全員を指している。あんな綱渡りの連続で、一人の死者も出さずに終わった奇跡の正体は、レイがその奇跡に辿りつくまでやり直した結果だったと二人は理解した。
「そりゃ……三百回近くも繰り返すわけだよ。逆によく、その程度の回数でたどり着いたわね」
「あんなイタミを耐えて何度も繰り返した理由が、そんな夢物語のような結末を引き出すためだったなんて」
二人とも尊敬を通り越して呆れかえっていた。シアラの方は事前に不可解な命令を受けていたこともあり、何とはなしに気づいていた分驚きは少なかった。一人でも死者が出ていれば、氷の道を途中までしか形成しなくても良いという内容から推測し、レイの性格からもしやと思っていたからだ。
だが、レティにしてみると途方もない事を実現させたと思えた。何しろ彼女は赤龍に殺されたイタミをレイと共有した唯一の人物。あの時は戦場の中の高揚感などもあり、気力を振り絞って立ち上がれたが、役目を果たした直後は意識がもうろうとなり三日間も動けないでいた。一度味わっただけでこの結果だ。それを三百回近くも繰り返した目的が全員の生存だったとは。そしてそれを達成したとは。
レイは隠していた目的を暴露されて気恥ずかしさから顔を背けた。一瞬だが、部屋の空気が緩んだと判断したレティは姉に助け舟を出した。
「……お姉ちゃんが作戦を邪魔しかけたのは、確かに問題だったけど、ご主人さまにも問題はあったよ。《トライ&エラー》の事をちゃんと説明せずに、こんな無謀な作戦を行ったんだから」
レティの非難の矛先がレイに向くと慌てたように口を開こうとした。しかし、レティの小さな手が少年を制する。
「ご主人さまが皆を守りたかったように、あたしたちだってご主人さまの事を守りたいんだよ。例え、死んでもやり直せるとしても、ご主人さまが死ぬのを何もしないで見ているなんて嫌だよ」
「ワタシもその意見に同意。全部自分でどうにかしたいなんて傲慢、犬の餌にもならないわよ」
レイは二人の意見に閉口するしかなかった。
確かに、リザの立場から見れば、赤龍のブレスに追われながら逃走している彼の身は危険に見えたはずだ。元々、奇策の立案段階では麻痺毒を受けた赤龍はブレスを吐けないのではないかと考えられていた。それが実際は照準が荒くなっただけでブレス自体は放っていた。それを見れば手を出さずにはいられなかったのだろう。
それに、あの奇策においてリザの役割は命の危険性が少なかった。外城壁で戦っているA級冒険者たちに迷宮の状況を伝える事が役目だった。他のメンバーよりも危険性の少ない事に負い目を感じて、逆に死を顧みずに飛び込んでしまったというのも理解できなくもない。これは、ちゃんと言い含められなかったレイの落ち度といえた。
咎めるような視線に屈したレイはベッドから降りるとリザの肩を掴んで顔を上げさせた。涙を流してはいなかったがリザの美貌は歪み、悲痛そうな表情を浮かべていた。
「僕の方にも問題はあった……技能について何も説明しないで、それどころか説明する努力を放棄していた。だからリザ達を不安にさせてしまったし、混乱させてしまった」
言うと、レイは頭を下げた。
「僕の方こそ、ごめんなさい」
「頭を上げてください!……主の意志を汲んでこその奴隷です。私の方こそ、申し訳ありませんでした」
リザが慌てて頭を下げると両者の頭がぶつかってしまった。至近距離で、ごん、と鈍い音を響かせると二人は驚いて顔を見合わせた。
その姿があまりにも滑稽だったのかシアラが抑え気味に「くっ、くくっ」と笑い声を漏らすと、つられてレティも忍び笑いをしてしまう。一瞬、憮然となったレイとリザだったが、二人も噴き出すと笑いあった。
室内に四人の明るい笑い声がしばらく続いた。
もう、先程まで漂っていた険悪な空気は綺麗になくなり、温かみのある空気で充満していた。
苦しそうに息を整えたシアラが、だけど、と前置きして口火を切った。
「だけど、説明するにしても実体験が伴わなければ理解できなかったわよ。主様の特殊技能についてはね」
同意するようにリザとレティは頷いた。何しろ、レイの《トライ&エラー》は主観でしか認識できない力だ。死に戻りに巻き込まれた事のある二人が事実だと証言しなければシアラは未だにレイの《トライ&エラー》を信用しなかっただろう。
「まあね。正直どうやって証明するのかが思いつかなくて、言う機会を逃していたよ」
レイは自分の心情を吐露すると、昨日の告白を思い出していた。
宴が終わった翌日。アマツマラは鉛色の雲が覆っていた。
雨が降る前に終わらせようと窓の外では後片付けが進んでいる。昨日の宴は盛況を極めた。いつの間にか屋台の列は中庭を飛び出し、街に居た全ての人が入れ代わり立ち代わり訪れたのではないかというほどの賑わいを見せていた。
そんな外の景色とは裏腹に室内は固い緊張で満たされていた。
何しろレイが三人に重要な話があると言って切り出したのだ。真剣な様子にリザ達も真剣に向き合う。同時に、三人には主の話す内容に確信めいたものを抱いていた。
アマツマラ迷宮の変成時に明るみになったレイの秘密。それが本人の口から明かされるのだと。
来客が来ない様に鍵を閉め、ベッドの中央で上体を起こしているレイを囲うように三人は座る。
何度か瞬きを繰り返したレイは何も握っていない空の手を固く握り、話し始めた。
「まず、僕の事から話させて欲しい。リザとレティは知っているけど、僕は異世界人。エルドラドで生まれたわけじゃない」
「―――え! そうなの!?」
唯一知らなかったシアラに向かってレイは、「質問は後で答える」とだけ短く伝える。如何して言ってくれなかったのと抗議を口にしたシアラを放置して話は進む。
「二人には気が付いたらこの世界に来たって言ったよね。……実はあれは嘘だ」
リザとレティはあまり驚かないでいた。その態度に、自分の嘘は簡単に見破られていたかと思い、レイは苦笑を浮かべてしまう。
「僕は元居た世界で……瀕死の状態になったんだ。原因は13神が一柱。時を司る神クロノスだ」
「「「じゅ、13神!?」」」
とんでもない爆弾が投げ込まれたかのように三人は驚きを露わにする。ベッドに座るレイを囲うように腰かけていた三人の少女はずいと身を乗り出した。当然だ。エルドラドは千三百年前までは確かに神が居た世界。彼女らにとって遠い神話ではあるが、それでも忘却された存在では無い。興味が無いはずは無い。
圧迫感を感じたレイは重心を後ろに傾けて、距離を取りつつも首肯した。
「う、うん。僕が出会った青い髪の女性は自分をそう名乗った。彼女は僕の瀕死が自分に責任がある。肉体を治療する間、自分らが管理するエルドラドに滞在して欲しいと頼み込んできたんだ。僕としては生きて元の生活に戻りたかったし、その条件を飲んでエルドラドに降り立ったんだ」
レイはじっと三人の反応を確かめた。リザは驚きのあまり開いた口が塞がらず、レティは緑色の瞳をこれでもかと広げ、シアラはうさん臭そうだと断じる気配を放つ。
「そしてネーデ近くの森にて意識を取り戻した僕は……一つの特殊技能が自分に備わっているのを知ったんだ」
「それが、あの不可思議な力なのですね」
問いかけに対してレイは躊躇する。両目を固く瞑り、ほんの刹那の間、迷った。
(本当に話すのか。打ち明けて―――拒絶されないか)
抱いた感情は恐怖だった。しかし、少年は迷いを振り切るように頭を振り、厳かに告げた。
「《トライ&エラー》。……死亡した時に発動する、時間を巻き戻すことができる。ある意味、呪いのような力だよ」
読んで下さってありがとうございます。




