閑話・祭りの後 『前編』
どこか遠くから鐘の音が響いてくる。
誰もが手を止めて音の鳴る方へと視線を向け、一日の終わりを実感する。西の地平に太陽が潰れていき、最後の輝きのように空を朱色に染める。
「今日の作業はこれまで! 作業に参加した方は日当を受け取って下さい!」
どこかで王国の兵士が告げた。半裸の男衆はめいめい返事をすると運んでいた瓦礫を指定の場所において、日当を受け取ると城門を潜る。多くが筋骨逞しい、鉱夫や鍛冶師と思しき人々だが、中には戦傷を拵えた冒険者と思わしき人物たちも居た。
彼らと同じように武器も鎧も身に着けず、鍛えた上半身を惜しげも無く晒し、玉のような汗を流している男が首に掛けた手拭いを取ると、紐で括ったプレートがキラリと光る。長い茶髪を紐で括り少年から青年になりつつある男は鋭い瞳で周りを見回した。周囲は自分と同じような人々で埋め尽くされていた。
そんな中、人々の喧騒を切り裂くように自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ホラスさーん! こっちッス」
人ごみに埋もれない様に跳躍を繰り返し、勝気そうな胡桃色の瞳がしっかりとホラスの方に向いている。その跳躍力には目を見張るものがあり、大人の背丈よりも頭一つ分以上は超えている。
「マクベ。あんまり人の集まっている所で飛び跳ねるな。迷惑だろ」
合流してそうそう、注意されたマクベは一瞬しょげたように顔を伏せる。ホラスは言いすぎたかと思う。しかし、こういった注意は繰り返さないと浸透しない。クランのためというよりも本人の為にも注意を促す必要がある。
というのもマクベのレベルが急上昇したのだ。精霊祭が始まる前は12だったレベルは倍の24まで上がった。赤龍との戦いで一撃を与えたことで急激にレベルが上がったのだ。経験値の大部分は討伐したテオドールに流れたが、残りはダメージを与えた者達に与えた分の割合で分割された。殆ど一桁に近かったマクベにとっては十分な経験値量だった。つい一昨日までレベルアップ酔いでベッドで唸っていたほどだ。
だが、目を覚ますと一転して急上昇した能力値を持て余し、力を余らせている。本人がコントロール出来ていないでいた。今の跳躍も、余力を残しているのか、それとも全力で飛んでいるのか他人どころか本人も理解していない風だった。もし、全力を超えて飛び跳ねていたら関節や筋繊維に何が起きても不思議では無い。どんなことが起きるか分からないためホラスは『紅蓮の旅団』副団長のロータスから目を離さない様にと訓告を受けていた。
ボンヤリとマクベのつむじを見下ろしていたホラスは急に頭を上に向けた少年の勝気そうな瞳を真正面から見つめる事になった。さっきまでの落ち込みぶりが嘘のように晴れやかな表情でマクベは告げた。
「それよりも、レイさんの事です! 目が覚めたそうですよ!!」
頭の隅でそれよりもとは何だ、と言いたくなったがそれを上回る吉報が愚痴を洗い流した。スタンピードの終息が宣言されてから十二日目。眠り姫ならぬ眠り王子が目を覚ました。
甚大な被害を被ったアマツマラは早速復興への道へと歩み出した。外交問題はホラスには分からなかったが、一般人目線で見れば、順調な出足といえる。街の被害は大きく分けて二種類。赤龍のブレスかそれ以外の攻撃だ。扇形の街の六割以上は残骸と化していた。それも数日前の話だ。現在、一般人よりもはるかに強い冒険者たちが中心となって瓦礫を街の外に運び出し、空いた更地に急ごしらえの避難所を魔法使いが作っていく。仮設の住居が完成すれば、ブレス以外の攻撃で破損した建物の修理が始まっている。僅か十日で最低限の生活を営むぐらいの環境が整った。
支援物資もウージアを始めとした近隣の街から送られ、何よりバルボア山脈を越えて隣国からも大量に送られた。
環境と品物が揃うと、次は物流だ。まだアマツマラ在住の商人たちは商売を再開できていないが、他所の商人たちがこれを機だと考えキャラバンを率いてやって来た。流石に高値で商売をするようなあこぎな商人は少なく、相場よりも安い値段で品物が売られていく。ついこの間まで血風渦巻く戦場は今ではそれなりの規模の市場が広がっていた。
鉄鍋の中で適当なサイズに切り分けられた野菜や肉が踊り、寸胴鍋に丸ごと沈み込まれた肉塊が色を変え、油の弾ける音と香りが食欲をそそる屋台の群れの中を服を着たホラスとマクベは突き進む。
「あのー? 本当にお見舞いに飯を持っていくんっすか?」
別の店で購入した大皿を両手で抱えるマクベが先を行くホラスに尋ねる。ホラスは屋台の品々を見つめて、どれが美味そうかと呟いている。
「別に問題は無いだろ? アイツの場合、内臓を損傷したとか、半月以上も飲まず食わずでって訳じゃないんだ。単に眠っていただけなら飯を持ち込んでも構わないだろ?」
こともなげに言うが、マクベには事が単純には思えなかった。
レイ。
あの赤龍を地上に引きずり下ろし、あまつさえ一撃を与えた少年は戦いの直後糸が切れたかのようにぷっつりと意識を無くし、そのまま目覚めなかった。マクベも別の理由から意識を失っていたから見舞いには行けていないため、どんな容体なのか知らない。そのためホラスのいう事に逆らえないでいた。
ただ、気を失う前の、いや、決死隊の作戦が始まる前のレイが尋常ならざる状態だったのは記憶にある。ファルナが合図を出したとたん、苦悶の表情を浮かべ、髪の色まで変色してしまったのだ。素人目でもただ事ではないと分かる。いくら眠っていたといっても、十日以上も眠っていたのだ。やはり、見舞いに行くにしても食事は無いだろうと思ってしまう。
ホラスとてその光景を見ていたのにこの浮かれ具合はどうなのだろうか。今も肉と野菜をあんで包んだ料理の具材の大きさに文句をつけながら、注文を出している。
そもそも。見舞いに行かないかと誘ったのはマクベではあるが、内心断られるだろうと考えていた。それだけ、ホラスはレイを一方的に敵視していたはずだ。確かに、作戦が始まる前に何かしらの和解があったのは理解できるが、この変わりようは一体何が起きたのか。
不思議に思い見つめていると、マクベの視線に気づいたのかホラスはポツリと口を開いた。
「まあ、レイの見舞いってのは半分は本気で、半分は口実だ」
「……え?」
「見てみろよ。この市場を」
ホラスが空の皿で周囲を指差す。行きかう人々は明るく振る舞い、店からは活気の良い声が響くが、誰の目にも明日への不安が燻る。それも仕方ない。昨日と同じ平和な明日が続くなんて幻想は打ち砕かれたのだ。
「市場でこれだ。街の空気も湿っぽくなっている。せっかく、スタンピードも赤龍も乗り切ったのに祝勝会の一つも開けやしない。だからせめて一度くらい、内輪だけでもいいからパーッと盛り上げてぇんだよ。だから、レイの見舞いってのは口実だ」
事実、簡易な葬儀が行われただけだった。それも死体をそのまま残しておけば腐っていくからという現実的な理由から行われた。街がもう少し復興すれば慰霊祭などが行われるだろうが、それはまだ先の話。
「ホラスさん」
「それによ。……誰がなんて言おうと、アイツが一番頑張ったのはあの作戦に参加した俺達が知ってるだろ。誰も祝おうとしないなら俺達が祝ってやんねえとな」
「……すいませんでした!!」
「マクベ?」
急に頭を下げた年下の少年にホラスは不思議そうに問いかけた。だが、少年は何も答えず、頭を下げた時と同じように頭を上げて勢いよく告げた。
「それじゃ、おれ、レイさんの事を知っている人に声を掛けてきます。宴会なら一人でも多い方が良いっすよね!」
「お……おう。そりゃ良いが……まあ、あれだ。来るなら手ぶらじゃ無く、なんか食い物や飲み物を持ってくるように頼んでくれよ」
「了解っす!! そいじゃ後で城門の所で!!」
威勢のいい返事をすると少年は風のような勢いで市場を駆けていった。その素早さにちくりと胸が痛んだ。これは嫉妬だろう。
空いた皿を重ねて片手を空けると胸に提げているプレートを摘まむ。そこに書かれているのは自分の能力値やレベル、それにランクだった。
今のホラスはE級のレベル28.ここ最近、レベルの壁にぶち当たっていた自分としては一つ壁を破った様な達成感を感じた。一方、年下でレベルも下だったマクベの急成長に自分の立場を揺るがしかねない脅威を感じてしまう。そんな自分の矮小さに腹立たしい思いを抱いていた。
だけど。
(それも含めて自分だ。一つずつしか階段を進めないなら、一つずつしっかりと昇って行けばいいんだ)
先ほどまで感じていたちくりとした痛みは消え、彼の胸中は晴れやかな感情が広がっていた。
そう、考える事が出来たのは間違い無くレイだった。あの少年が果敢に赤龍に挑む姿に自分の中の憤りが消えていた。この宴会を開くもう一つの理由はその礼も含まれていた。もっとも気恥ずかしさから面と向かって言える訳も無いが。
数十分後。合流したマクベと共にホラスは城門を潜る。マクベは二人しか見つからなかったと言った。もっとも病室で宴会をするのなら人数は少ない方が良いだろうと思い、特に何も言わなかった。
両手に三枚ずつ料理の乗った大皿を掴み器用に人波を潜り抜ける。とりわけ用の小皿を握りしめたマクベがおっかなびっくり追いすがっていく。
アマツマラの城下は瓦礫の埋まっている場所と、更地になっている場所が見えない線で綺麗に分かれていた。この短期間で瓦礫が簡単に運び出されていくのにも理由があった。
第一王子の軍勢だ。
七日目の朝方。全部が終わった頃になってやって来た軍勢はそのまま復興と資材の運搬、それと街を出ていく人々の護衛と幾つもの部隊に分かれてアマツマラに駐屯した。人手が有り余っているのだ。
街を出ていくといっても、多くは観光客や、他都市に本拠地がある商人などが主だった。流石に着の身着のまま焼け落ちた家を後にする人々は居らず、多くの住民は瓦礫の山から自分の荷物を掘り当てたり、王国に賠償金の請求をするためのリストを作ったりとしている。
復興が特に必要なのは扇形に広がる街の中心部だ。ブレスが墜落した周囲は軒並みやられ、燃えカスと化していた。決死隊の行った作戦の為、街の中央部を走る大通りも赤龍が通り過ぎた為、大きく破損。特にギルドの建物はほぼ全壊といっていい有様だ。
そんな中、被害の少なかった場所もある。扇形の街並みの端。バルボア山脈付近の建物はまだ無事な所もあった。その中の一つが現在病院代わりとして働き、レイもそこに居る。
『紅蓮の旅団』の負傷者も同じ所に収容されており、マクベも一昨日まで同じ建物に収容されていた。
そのため、二人は場所を知っており迷うことなく突き進む。かつては宿屋として機能していた建物はとても外観から病院だとは思えない程豪奢な物だった。
二人は玄関を通りホールを抜ける時にレイの病室を確認した。彼は一階の角部屋に収容されていた。
そのまま廊下を進むと、ふと目的の部屋の前で硬直している少年を見つけた。紫がかった赤い髪が揺れ、腰に提げたハンマーで職種が分かる。おそらく鍛冶師だろう。ホラスには若干見覚えがあった。
たしか、自分と同じ広間の防衛に参加し、決死隊の作戦にも参加していた鍛冶師だ。装甲車もどきや赤龍のブレスを受け止めた鉄板に加護を付与していた少年。時折、遠くでレイと親しげに話をしていたところも見た。だとすれば彼も見舞いに来たのだろう。
だが、様子が変だった。部屋の入り口を覗きこみ、硬直しているようだった。
「おーい。そんなとこで、何をやってんだ?」
声を掛けても反応を示さない少年の視線を追うように部屋を覗きこみ、ホラスとマクベは硬直した。
「だから!! 体ぐらい自分で拭くから!! 服を脱がすな!!」
黒髪の一部に白色が差し込んだ少年が上擦った声で叫ぶ。着込んでいたシャツの前ボタンが半分ほど外れ、薄らと肉のついた胸筋が姿を現そうとする。
「いけません。まだ本調子じゃないのですから、この程度の雑事は私達にお任せください」
固い声で金髪の少女が少年の体を拘束しようと身を乗り出した。もがく主の両腕を片手で拘束すると空いた手でボタンを外していく。
「そうだよ。ご主人さまはどーんと構えて。……もちろん、優しくするから力を抜いてね」
反対側から距離を詰めた少女は絞ったタオルを片手に握る。栗色の髪を揺らす少女が弾けるような声で告げていた。
「大人しくしてなさいよ、主様。それに、寝ている間に何度も見たんだから、今更恥ずかしがることないわよ」
ベッドの足元に腰かけて、波打つ黒い長髪を手で梳いた少女がからかうように口にした。ベッドの主は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ちょっと待ちな! 聞き捨てなんないことが聞こえたよ!!」
そんな黒髪の少女に食って掛かるように、頭髪と同じくらい褐色の肌を赤くした少女は怒声を放つ。
「ファルナさんも皆さんも。病室ですからお静かにしましょうよー」
壁際にて右往左往しながら、涙声で濃い茶色の三つ編みの少女が止めようとしても、誰も反応しなかった。
「呵々。何とも賑やかな若者たちだね。ほら、ニコラスもそんな所で怯えてないで入ってきたらどうだ?」
隻眼の女傑がベッドサイドのテーブルに置いてあるリンゴを齧りながら入り口の少年に声を掛けた。ニコラスは硬直からとけたように首を横に勢いよく振った。
半裸に剥かれそうになり、涙目になりながら抵抗するレイ。そんな彼を囲うように三人の美少女が傅き、顔を真っ赤にしたファルナがのらりくらりと躱されながらも問い詰める。そんな彼女らを止めようとするメーリアを面白そうにマエリスは眺めていた。
室内の惨状を見たマクベは小声で「うわぁ」と呟くと隣に立つ兄貴分の顔を伺った。表面上はにこやかな笑みを浮かべているホラスだが、マクベは見逃さなかった。彼のこめかみが引き攣っているのを。
「ああ、丁度良かった! ホラス! マクベ! ニコラス! 誰でもいいからそこで見てないで助けてくれ!!」
レイが入り口で固まっている三人に呼びかけると、ホラスは手に持っていた皿をニコラスに渡し、大きく息を吸う。
そして、沸々と湧き上がる感情の赴くままに―――告げた。
「やっぱり、テメェなんか大嫌いだ! このバカレイが!!」
「何をいきなりキレてんだよ!?」
飛びかかったホラスにレイの足蹴りがカウンターとして決まったのは僅か数秒後の事だった。
書いてから気づきました。これ外伝じゃない、閑話だった。そしてまさかの二分割。
続きは明後日になります。おそらく、それで年内の投稿は最後になります。




