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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-60 精霊祭 七日目〈Ⅴ〉

『岩壁』のオルドと『銀狼』のテオドール。そして六将軍第四席クリストフォロスの戦いはクライマックスを迎えようとしていた。


 オルドとテオドールの二人は全身の至る所から出血や火傷、凍傷を浴びて満身創痍の姿だった。息を荒くし、瞳に宿した気力でどうにか立っている。一方でクリストフォロスも凄惨な姿を晒していた。左腕は根元から千切れたような歪な傷口を晒し、腹部にむこう側が透けて見える穴を抱えていた。それでも膝を屈する様子は無く、不敵に笑っていた。


 だが、三人の戦いの凄まじさを物語るのに、互いの傷よりも相応しい物がそこかしこにあった。彼らの立つ大地は戦闘を開始して数十分の間に大きく様変わりをしていた。火柱の燃えカスや、氷の砕けた欠片、むき出しの地面は蜘蛛の巣のような細かいヒビが至る所にはしり、陥没した場所と相まって小規模な丘がいくつも形成されている。三人が正面から激突した余波が巻き起こした結果だった。テオドールが精霊祭三日目の時、赤龍を追い駆けて空に向かったのは地上への影響を考慮したのも理由の一つだった。


 そしてもう一つ、戦場を彩る物があった。それは重なって倒れ合うモンスターの屍だ。アマツマラの迷宮、その最下層にクリストフォロスはモンスターを支配下に置く『角』を設置した。これによって万全の赤龍を従えながら万を超えるモンスター全ての掌握を可能としていた。自分たちのすぐ横で天変地異の如き戦いが繰り広げていてもモンスターたちは愚直に城壁を突破しようと進軍する。しかし、地形が変わる程の戦い。巻き込まれない方が奇跡だ。


 気づけばオルドたちが戦場に帰還した時に居た一万五千以上のモンスターは三人の戦いに巻き込まれて半数以上が屍となりはてる。だが、クリストフォロスはさして気にした風も無く、残った手で杖を強く握りしめた。


 向かい合う二人はねじを巻きなおすように警戒心を一段階挙げた。なにせ、彼ら二人の予想を上回ってクリストフォロスは強かった。策謀気取りの黒幕なんてとんでも無かった。間違い無く怪物級の実力を有していた。自由自在に物体を出現させる技能スキルに新式魔法並みのスピードで放たれる旧式魔法の数々。それらを、杖術を用いた接近戦をこなしながら同時に並列処理する戦い方に二人は苦戦していた。


 それでもここまで食い下がれたのは二人の非凡さの表れだった。


 オルドは城門へと行かせないように立ちふさがる敵の背中。ミカロスが率いている防衛部隊の様子を伺おうとした。いくらこの三人の戦い巻き込まれて数が減ったとはいえ、モンスターの数はまだ前線の戦士達を上回っている。何より、もう一つの怪物が文字通りアマツマラの街並みの頂点に君臨している。そちらに向けて兵を回していれば、城壁上の数も減っているだろう。


 そう考えて視線を向けると、彼は異変を目視した。


「あ? ああん?」


 思わず、唸り声が出てしまう。一瞬でも気を抜けば死ぬような強敵を前にして構えすら解いてしまった。テオドールは隣で力を抜いてしまったオルドを叱責する。


「オルド!! 敵を前にして何を呆けていやがる!!」


「あ、いや……ですが」


 いつになく歯切れの悪い大男の様子にテオドールも不振を抱き、オルドが釘付けになっている方向。城壁から上の方向へと視線を向けた。


「ん? んんっ!!」


 そして、テオドールも驚きのあまりおかしな声が出てしまった。戦闘が始まってから一番の隙を見せた二人に対して、城壁を背に立つクリストフォロスは罠かと訝しげる。歴戦の猛者は相手の様子を伺うために言葉の揺さぶりを掛けた。


「……まさか、そのような声を出して私を後ろに向けさせようとする陳腐な作戦ではありませんよね。今どきそんなバカみたいな作戦、思いつくだけでなく実行するとはどれ程愚かなんですか、貴方たちは」


 侮蔑まじりの嘲笑を浮かべるクリストフォロスにオルドたちは態度を変えなかった。どこかあきれたような視線を上へと向けていた。


「……クリストフォロス。悪い事は言わんから、一度後ろを振りむくべきだと思うぞ」


「そうですな。……多分、てめぇの予想していない光景が起きてるぞ」


 テオドールが促すとオルドも同意した。その二人の態度にクリストフォロスは苛立ちを覚えている。自分の事をゲオルギウスのような戦闘狂と思った事は無かったが、三百年ぶりに全力を出し切る最中に水を差された気分だった。ご馳走に泥水を塗りたくられたような不愉快な思いを抱く。


 しかし、ここに来て好奇心が疼いた。もしかしたら、本当にテオドールたちの言う通りとんでもない事が背後で起きているのかもしれない。そう、内心思ってしまったのだ。


 何より、彼の耳にも、悲鳴まじりの指示が飛び交うのを城壁から聞こえてきたのだ。声と声がぶつかり合って切れ切れにしか聞き取れないが、どうやら退避を促しているようだ。とうとう彼は体をオルドたちに向けたまま首を後ろに向けた。


 ―――そして、アマツマラの大通り。中腹にあるギルドを突き破って突進する赤龍の姿を金色の瞳が捉えた。


「……な、何をしているんだ、あれは?」


 信じられない物を見たかのように呟くとクリストフォロスは体の向きを後ろへと変えた。常人よりも身体能力の高い魔人種。それも魔物の魔石を取り込むことでさらなる強化を施した体には真夜中の闇でも昼のように見通せ、遠く離れた場所も手元のように見ることが出来る。


 赤龍は何故か地を這い、広げた比翼で道に沿って建てられた建造物を薙ぎ払い、坂道を駆け降りて行く。怒りに震えているように口蓋から火の粉が溢れるたびにブレスが吐き出されるが、それはあらぬ方向に飛ぶ。どういう訳か、赤龍の両目は潰されていた。


「くっ!! 赤龍よ、足を止め、迷宮の入り口にて待ち構えろ!!」


 赤龍に向けて命令を下すが、足を止める気配はない。


 いや、そもそも赤龍自体の意志は表層には無い。古代種のような存在を生物としての格が下の魔人が支配下に置くためには自我が強すぎるのだ。自我を縛る事も消すこともできないため、自分の精神を引きちぎって作った分身を赤龍に埋め込んだ。スタンピードの下準備を行うのと並行して自分の分身が赤龍の自我から肉体のコントロールを奪いきるのを待っていた。


 自分と同じ目的、思考、残虐性を持つ分身はダラズの街を灰燼とするのにさほどの時間を必要としなかった。


 しかし、テオドールという強敵との戦いにおいて問題が起きてしまった。奪った体の支配権を巡り、赤龍の自我が再び起きてしまった。大慌てで分身の援護を行ったが時遅く、一度は支配権を奪われ、分身を助けるために力を注いだため、地上のモンスターたちのコントロールを失ってしまった。最終的に自分が出陣する羽目になった。そのため、わざわざアマツマラの迷宮に自身の能力を増幅する『角』を設置し、ついでに迷宮に潜って来た人間共に対する嫌がらせとして小規模のスタンピードを起こした。


 少なくともアマツマラの都市付近においてクリストフォロスの支配からモンスターと赤龍が逃れる事は出来ないはずだった。しかし、いくら呼びかけても赤龍は、赤龍の中に居る分身は返事をしなかった。


(何か妙な事が起きている……しかし、一体何が―――っ!!)


 今回のスタンピードにおいて殆ど先手を取り続けていたクリストフォロスが初めて自分が後手に回らされた事に気づく。しかし、内心で渦巻くのは不愉快な感情では無い。むしろ喜悦さえ感じていた。かつて魔人種を率いて戦った時の満足感を思い出していた。


 だが、そのクリストフォロスに対してお構いなしの攻撃が繰り出されると、一転して彼は不機嫌になって応戦した。オルドとテオドールの斬撃を杖で弾き落しながら、怒りを口から吐き出す。


「貴方たち、背後からとは卑怯者ですか!?」


「馬鹿か、てめぇ。あんなに無防備な背中を見せられて攻撃しない阿呆がどこにいんだよ」


「陳腐な言い方で申し訳ないが、余所見をする馬鹿が悪い」


 余りにも正論だっただけにクリストフォロスは何も言い返せずに杖で大斧と刀を受け止めた。この細い躰のどこに筋骨逞しい男たちの全力を防ぐ力があるのか不思議だった。


 刀を握るテオドールがにやり、と不敵に笑った。


「それに、どうやら貴様の様子からするとあれは貴様の仕向けた事じゃないようだな」


「……」


 無言を貫くクリストフォロスにオルドも続けた。


「てめぇの予想外の事が起きている様だな。こいつは愉快痛快だぜ!」


 しかし、言葉と態度とは裏腹に三人は揃って内心で首を傾げていた。一体、あそこで何が起きているんだ、と







 ガリガリガリッ!!


 金属が削れる音が底面から聞こえてくる。傾きから恐らく前輪が二つとも砕けたのだろう。本来想定されているのとは違う使い方をしたせいで壊れてしまったようだ。付け加えると、リザを躱す為に鉄の棒を回転する車輪に突き刺したのも不味かったかもしれない。幸い、後輪二つはまだ無事のようだ。


 下から吹きあがる火の粉が舞う中を突き進む。大通りはすでに半ばを超え、後は商店などが軒を連ねる下層部に突入している。しかし、速度は目に見えて落ちていた。なにせ車輪が壊れ底面の前側が地面を削るように進んでいるのだ。言ってしまえばブレーキを駆けながら坂道を降りているのと同じ。速度が落ちてしまうのは仕方がない。


 だが、仕方がないと言って諦められる場合では無い。


「グゴォォォォオオオオ!!」


 街を震わすような咆哮が背後から発生する。両目を無くした赤龍は、その状態でもなお僕を追いかけてくる。すでに《心ノ誘導》Ⅰの効果は切れているはずなのに、傷つけられた怒りを糧に追いかけてくる。


 その勢いに衰えは無く、装甲車もどきが速度を落としたせいで距離が徐々に縮まって来るのが気配や建物を壊す音などで振り返らずにも分かる。そして何より厄介なのが時折放たれるブレスだ。


 空気を震わしてタイル張りの地面をブレスが吹き飛ばす。その余波で装甲車もどき押し出されるように加速を得るが、やはり着弾地点が近づいてきている。マクベとリザのお蔭で両目が潰された赤龍はブレスを放つも狙いが大きく外れるようになっていた。だけど、車輪が壊れて以降、徐々に着弾が正確になってきていた。


 理由は明白だった。


 装甲車もどきの底面とタイルが擦れる音のせいだ。光を無くした赤龍が敵を感じる術は嗅覚と聴覚だ。もし、嗅覚で僕を捉えていたなら、両目が潰されてもブレスはあらぬ方向に飛ぶことは無いはず。シアラの作った氷の道を飛び越えた後から狙いが正確になって来た事を加味すれば、やはりこの耳が痛くなるような音を頼りにブレスを飛ばしているのだろう。


 またしても、左後方の地面が爆発し、装甲車もどきは加速を得る。だが、先程よりも着弾地点は近い。いくら鉄板で装甲を厚くし、耐火の《加護》を付与してもブレスが直撃すれば火達磨では済まない。良くて即死、悪くても全身大やけどで体が炭化しながらの死亡だろう。


 良くても悪くても死亡には変わらない。


 だけど。


「ここで死んでたまるか!!」


 遠くに、それこそ豆粒ほどにしか見えてなかった城門がハッキリと見える位置まで来られたのに、ここでくじける訳にはいかない。


 叫ぶと進行方向をずらす為にと渡された最後の鉄の棒を地面に叩きつける。何故か道の真ん中に置いてあった巨大な弓型の兵器らしきものを躱し、道を塞ぐように展開してある《クローズドウォール》を突き進む。背後で赤龍が苦痛に呻いた声が聞こえたが、それもすぐに終わる。おそらくあの結界は一秒も持たずに砕けたのだろう。


 ここまで来ると、通りの脇にモンスターの屍や……人の遺体が積まれている。タイルの溝に赤い血が血管のように詰まっている。それがモンスターの血か人の血なのか分からない。


 そしてここに居るのは遺体だけでは無い。生きたモンスターや人なども居り、僕と言うよりも背後の赤龍を見て退避する。ある者は建造物の隙間に飛び込み、ある者は建造物の中に避難する。城壁から退避するような声も聞こえてきた。


 ゴールは近い。


 ―――だけど、奇跡を嘲笑うように赤龍のブレスが放たれた。それも真っ直ぐ、僕の方に向いて。


 装甲車もどきの開閉式の蓋を開けて背後の龍の様子を伺った時、タイミングを合わせるように赤龍の口蓋からブレスが吐き出された。


 ―――世界が遅くなる。


 《生死ノ境》Ⅰが発動し、スローモーションで迫るブレスを前にして思考が真っ白になる。この技能(スキル)の発動条件は単純だ。即死に至る攻撃をくらう事。つまり、このブレスは何もしなければ僕を殺す一撃となる。


 無慈悲なまでの死の宣告を前にして、僕の精神はひどく冷静だった。この短時間での三桁を越える死の繰り返しに、死に対する恐怖すら失っていた。心のどこかで……また次がある、死ねばやり直せると誰かが語りかける声が聞こえた。


(―――ふざけるなッ!!)


 ガッン!!


 自分の弱気の心を叩きだすように拳で額を殴りつけた。ゆっくりと血が流れ、じんじんと熱を持った痛みが僕を惑わす声を吹き飛ばす。


(皆は! 僕のこんな成功率の低い作戦に命を賭けてくれた!! 誰一人、手を抜くことなく戦ってくれた!! なのに、皆を巻き込んだ僕が、次があるからなんて思って死を受け入れるな! それだけは絶対にしちゃいけないだろ! 最後の一瞬まで、精一杯足掻けよ、御厨玲!!)


 自分への怒りに呼応するように心臓が一つ、大きく弾む。すると、全身を流れる血管とは違う管に熱い何かが循環するのがハッキリと分かった。怒りを糧として精神力が出口を求めて体を駆け巡る。そして、右手で握っていた棒を掴むと迫りくるブレスに向かって身を乗り出す。痛む足に精神力を込めた。


 開閉式の蓋へと足を乗せて、装甲車もどきの重心を後ろへと傾ける。タイルを削るように進んでいた装甲車もどきの底面が持ち上がった。まるでバイクの前輪を持ち上げたウィーリー走行のようだった。僕はゆっくりと流れる地面に向けて棒を突き刺し、装甲車もどきを蹴り―――跳んだ。


 そして、世界が速度を取り戻す。


 大気を震わすブレスが装甲車もどきを追うように低く進む。だが、地面に突き刺した鉄の棒は精神力を纏い、ブレスが通過してもなお原型を留める。装甲車もどきから飛んだ僕は棒の先端部を足場にもう一度跳躍した。


 ブレスを躱した僕はそのまま放物線を描くように着地した。―――赤龍の首元に。


「うおおおお!!」


 赤龍の首元で一度弾んだ僕は高速で流れる風景を前にしてこのまま落ちたら死ぬと直感して思わず手近な物に掴んだ。よりにもよって赤龍の鋼のような鱗を掴んでしまった。地を進むたびに体は上下に揺れ、赤龍の体温はまるでマグマのように熱い。しがみ付くのがやっとだ。


 視力を無くし、鼻が効かなく、聴覚で敵を認識している赤龍は装甲車もどきがブレスで溶けてもなお城壁に向かって突き進む。おそらく、退避を促す声や悲鳴に反応しているのだろう。しがみ付くのがやっとの状況で薄らと開いた視界に、アマツマラの都市を守り、スタンピードの猛攻を凌いできた城壁が飛び込んできた。


 あっという間の出来事だった。赤龍から飛び降りるなんて選択肢は無く、ただただ姿勢を低くしてしがみ付くことしかできない僕を乗せたまま赤龍は正門へと激突し―――一気に砕いた。


 城壁が崩れ、瓦礫が降り注ぐ中を赤龍は猛然と突き進む。首元にしがみ付く僕なんてお構いなしだ。どうにか潰されずに済んだ僕だったが、城壁を突破して一歩二歩と進んだ赤龍が突如として立ち止まった反動で前方に飛ばされてしまう。荒れ果てた大地に体を打ち付ける。


 だけど、痛みに呻いている暇は無かった。地鳴りのような音が二度三度聞こえ振り返れば、そこには赤龍が地に伏せたままの姿勢でブレスを吐き出さんと口を開けていた。


 最悪な事に、僕の居る方向に向けて。


読んで下さって、ありがとうございます。


明日も更新します。

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