3-39 精霊祭 四日目〈Ⅷ〉
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ニコラスの小槌がリズミカルにモンスターを殴打した。マエリスさんの大槌と違い、片手で持つことの可能な小槌は一発の威力が弱い。必然的にモンスターを倒すのに回数を振るう。
だけど、身軽なニコラスはゴブリンの懐に入ると食いついて離れない。両手に握った小槌をまるで双剣の様に振り回してゴブリンを追い詰める。嵐のような連打にゴブリンはたまらず岩を削って作った棍棒を振るう。しかし、ニコラスはするり、としゃがむだけで回避してゴブリンに追撃を掛けた。
まるで、『銀狼』のような戦い方だ。一度噛みついたら倒すまで離れない狼のように彼はゴブリンを殴殺しきった。足元に崩れ落ちたゴブリンの頭部は変形していた。
僕らの班が前衛を担うようになって数時間。もうじき昼に差し掛かる頃。八度目の襲撃が始まった。最初の頃はモンスターが出現した方向に全員が集まって敵一体を複数人で囲んでいたが、今ではモンスターと対峙する様に結界付近の各地に散らばっている。初級よりの低級で同数なら一対一でも十分安全だ。
ニコラスを始めとして、僕の班のメンバーは思っていた以上に戦い慣れていた。予備兵役組もきちんと戦闘訓練を受け、このスタンピードを生き抜いただけあって基礎ができ、連携も取れている。こちらも問題は無かった。低級ぐらいのモンスターも安心して任せられる。
問題があるのは僕だった。
相対するスケルトンに向かって大上段からバスタードソードを振り下ろした。骨しかないモンスターは何の抵抗も無く、竹を割ったかのように両断され、振り下ろしたバスタードソードは迷宮の床にぶつかって真っ二つに折れてしまう。
「くそっ! またかよ!」
僕は半分の長さになったバスタードソードを襲いかかろうとするゴブリンに向けて放り投げた。鋭い断面は力任せに投擲された勢いを加味され矢のようにゴブリンの胴体に食い込んだ。僕は腰に挿してあるダガーを右手に握る。残りのモンスターはゴブリン二体。内、一体は弓を持っている。
いささか距離があるため的を絞らせないようにジグザグに走りながらもう一体のゴブリンへと距離を詰めた。だけど、スピードが付きすぎた僕は棍棒を持って迫りくるゴブリンと正面からぶつかってしまう。僕らはみっともなく迷宮の床をもつれながら回転する。
運よく先に起き上がれたため、逆手に握るダガーの刃をゴブリンの頭に突き刺した。しばし、痙攣して絶命したゴブリンを無視して最後の一体へと走った。
先程よりも距離が近づいた為ジグザグに走ってもそれほど効果は無い。寧ろ最短距離を一気に走った方がいいと判断した。だけど、ゴブリンの方が一瞬早かった。番えていた矢を放とうとする。僕は先手を取ろうとダガーを投擲した。
僕らの攻撃はほぼ同時だったようだ。互いの放った攻撃が空中でぶつかり、勢いの勝る方が相手に突き刺さった。
「グリュウウウ!」
ゴブリンが肩を押さえて呻く。矢と衝突した結果軌道がずれてしまい、右肩に突き刺さった。矢の方は大きく離れた場所に突き刺さった。僕は一気に距離を詰め込むと左拳を握る。その動作で炎鉄の手甲が打撃武器へと変化する。勢いの付いた拳をゴブリンへと叩きこんだ。
ずぶり、と。鈍い音と手ごたえを感じた。僕の視界にゴブリンの腹を突き破った自分の左拳が写った。ゴブリンの血で赤く染まっている。生き物を殴ったような感触はしなかった。まるで、脆い水風船の中を手でかき回すような不快感しか残らない。あまりにも脆すぎた。
絶命したゴブリンから左腕を引き抜いた。周囲の状況を確認してもう、モンスターが居ないことを確認してからため息を吐いた。
一事が万事、全てこの調子だった。剣を振るえば、剣が耐えきれず砕け。走れば、自分の思っている以上の速度が出て。攻撃をくらってもかすり傷程度にしか感じないから避けるのを怠り低級モンスターのヴェノムホーネットの毒針をくらった。
結局、その麻痺毒が原因で動けない所にモンスターの集団が襲い掛かって、首を落とされて死んでしまった。レベルが下の相手でも、首や心臓などの重要な箇所を攻撃されれば即死に繋がると気づいた時には、胴体と別れを交わしていた。
いままでは自分よりも強い存在に殺されていたため、イタミも敵とのレベル差に比例して強まると考えてきた。それは正しかったと今回の復活で分かった。レベルとしては自分よりも低い相手でも死に戻りからのイタミは苦しく、人の魂を削るかのような苦行だった。
急激に上がった能力値に感覚が着いていけてない。自家用車からからレース用に仕上がった車に乗り換えたように動かす事すらままならない。それが機械では無く自分の体というのが滑稽ではある。あまりにも笑えないが。
ちなみに死に戻った後にギャラクさんから聞いたのだが、こちらのレベルが上っても麻痺や毒、石化などの状態異常攻撃による耐性は上がらないそうだ。装備品や技能で対策を取る必要がある。もっともそれはモンスターも同じで、こちらが状態異常を追加で与える武器や魔法を持っており、向うが耐性を持たなければレベル差は関係なく、成功率は一定である。それゆえ、状態異常が可能な武器やその素材は高値で取引される。僕の場合バジリスクのダガーがそれにあたる。
ともかく八度目の襲撃を終えて、今回は誰も怪我をせずに終わったのは僥倖といえた。安全な結界内から魔法を撃って支援してくれたメーリアさんやギャラクさんに礼を言っておく。
全員で倒したモンスターを一カ所に纏め、掘った穴に放り込む。贅沢をいえば迷宮に飛び散った血痕も水で洗い流したいところだが、貴重品の為、断念する。ふと、体を見下ろせば最後のゴブリンを倒した時の返り血がべったりと着いていた。このまま結界内に戻ると良い顔はされないだろう。何処かに布巾でも無いかと探していたら、横合いから布きれを差し出された。
「ほら、血を拭くんだろ。これ、使いな」
「ありがと、ニコラス。お言葉に甘えるとするよ」
僕はニコラスから布巾を受け取ると、手甲を外して血液をふき取る。内臓に手を突っ込んだのだ。血液は手甲の溝まで入り込んでいる。後で細い棒などで掻きださないと錆びる元になるかもしれない。
大雑把に目立つところだけを拭いていると横に居たニコラスが興味津々といった具合に覗きこんできた。灰褐色の瞳に炎鉄の手甲が映っているほど顔を近づける。
「……興味あるの?」
「おう!」
ニコラスの目は手甲に注がれたままだった。僕は借りている布巾ごと手甲を彼に押し付けた。
「拭いてくれるなら手に取ってみても良いよ」
「いいのか!? 悪いな、レイ」
告げてから頼むのは流石に悪いかなと思ったが、ニコラスの食いつきは半端なかった。まるでひったくるように手甲を受け取ると血を拭いながら上下左右前後、ありとあらゆる方向から全体を丹念に見つめる。宝物を扱う様な手つきで、可動部分を動かしている。ちょっと引くぐらいだ。
「これは……滑らかだけど継ぎ目がある事から、この部位は後から接着させた? いや、むしろ同じ型の手甲を追加装甲のように重ね合わせて防御力を上げると同時に攻撃力も上げてるのか。拳を握るだけで打撃武器に切り替るからもしもの武器としても役に立つ。……造形からすると手を加えたのはドワーフか?」
ブツブツと呟く姿に声を掛ける勇気は無かった。それにしても見るだけでそこまで分かるのかと感心してしまう。
戦闘に参加していた予備兵役組が結界内に戻ってもニコラスは手甲を手放そうとはしない。僕はしかたなく彼が飽きるまで待つことにした。その間、スコップに掛かっていたもう一枚の布巾で鎧の方の血を拭い去る。
結局、綺麗に拭かれた手甲が返ってきたのは十分ぐらいしてからだった。左腕に嵌め直すとニコラスは謝罪を述べた。
「ワリィな。親方から『お前はもっと他の奴の作った物を見て、知識を付けろ』って言われてるから、つい良い出来のを見つけると夢中になっちまうんだよ」
「気にしなくていいよ。こっちも綺麗にしてもらったからお相子だよ……親方って鍛冶王のことだよな」
「おう。工房に入ってる奴は陛下の事を親方って呼ぶんだ。レイも一度見ればわかるよ。あの人が鍛冶をしている姿は一国の王とは思えない程荒々しいんだ」
彼の瞳にはここに居ないテオドール王の姿が映っているのだろう。灰褐色の瞳に憧憬の色が混じる。その気持ちが僕にも少しだけ分かった。テオドール王と赤い龍の戦いは凄まじかった。息を吹き掛けるだけで人を殺せそうな龍を相手に一歩も引かなかった王の姿は人を惹きつけて止まない。同時に、恐れすら抱かせる。あんな怪物を相手に一歩を踏み出せた王の姿に。
そういえば、と一つ気になった事を思い出した。
「ニコラスの戦い方。もしかしてだけどテオドール王のマネか何か?」
武器の種類が違うとはいえ、相手の懐から一歩も引かなかった戦い方はテオドール王の戦い方によく似ていた。そう思って尋ねるとニコラスは意外そうな顔を浮かべた後、照れくさそうに頷いた。
「よくわかったな。その通りだよ。テオドール王は時たま鍛冶師を連れてこの下の階層に行くんだよ。そこで俺達の作った武器や防具を使うところを見せてくれて批評してくれるんだ。……その時の戦い方が目に焼き付いててさ」
照れくさそうに、だけど嬉しそうに話すニコラスからテオドール王の人柄などが伺える。もっとも彼にとって自分を拾い上げてくれた恩人だ。悪く言うはずもないが。
だけど、それを差し引いても彼の戦い方は堂に入っている。恐らく、この迷宮に潜ったのも一度や二度じゃないのだろう。でも、それでも赤い龍に挑めば即座に殺されるという点では僕と変わらない。
「どうしたんだよ、そんな暗い顔して?」
押し黙った僕を気遣った声がして、顔を上げた。シアラの言葉を借りれば未来は収束する。ここで彼に警告しても赤い龍との対峙は不可避なはず。だけど、何も言わずにその運命を迎えさせるのは忍びなかった。
結局、決断できない僕は綺麗になった鎧を指さす。
「そ、そういえば。この鎧に助けられたよ。ありがとう」
「そうか! それは良かった。実を言えば気になってたんだよな。お前に売ってから直ぐにスタンピードが起きただろ? 役に立ってんのかなーって思ってさ」
破顔したニコラスはそのまま鎧の解説を口に出し始めた。やれ、何の鉱石を使い、どんな工程で作り、どれぐらいの日数が掛かったのかと。目をキラキラとさせながら語る。
その度に心に重しが積まれていく。赤い龍と対峙すればニコラスは死ぬ可能性が高い。いや……そもそも全員死ぬ可能性の方が高い。僕もリザもレティもシアラも、みんな龍に殺されるかもしれない。
だけど、もし、生き残れる未来を見出せたとして、僕は果たして彼をその未来に導けるのだろうか。《トライ&エラー》を使って彼が死なない未来を掴み取れるのか。僕なんかを友達と呼んでくれた彼を見捨ててしまうのではないか。
そもそも。僕は予知に関する二十人を全員生き残らせることが出来るのだろうか? 彼ら全員が生き残るまで何度も時間をやり直す覚悟はあるのか。
自分自身に問いかけても答えなんか出ない。リザやレティは見捨てる事は出来ない。対等契約の事もあるが二人を守ると誓った以上、何があっても守り通す。でも、シアラやホラス。そしてニコラスが死んだら? 仮にその死が赤い龍からの生存に繋がる要素だったとして僕は彼らを見捨てられるのか。
考えれば考えるほど自分が卑しい人間に思えてくる。自己嫌悪だけで死にたくなる。
見捨てられる人間になりたくないというちっぽけな矜持と見捨てると決意すべきだと訴える理性が相反して心を掻き乱す。こうしている間にも予知の時間が近づいているはずなのに。
答えは出ないままだった。
「―――でさ。……と、悪いな。まーた熱が入っちまったよ」
「……ん? ああ、気にする事は無いよ。……それだけ鍛冶という職業がニコラスの性に合っていたんだろ」
僕が言うと彼は頷いて認める。
「そうなんだよな。ホント、親方に拾われて、鍛冶と出会わせてもらったおかげで技能まで目覚めちまったからな」
「ああ、そうだ……あれ?」
ニコラスが何気なく技能に付いて言及した。あまりにも何げなかったため違和感に気づけなかった。
確かに鍛冶王はニコラスに加護の技能がある事を口にしていた。でも、本人はそれを知らなかったのではなかったのか。
視線を彼に向けると、ニコラスは不思議そうな顔を浮かべていた。
「あれ? 気づいてなかったか。レイの鎧には『耐久』の加護がついていたと思うけど」
「いや、それはそうだけど。……知ってたの? 自分が、その」
「『加護』を付与する技能の事か? 当たり前だろ。この迷宮で自分の作った物を使ってれば、否でも気づくさ」
ニコラスはあっさりと言ってのける。確かに、自分の作成した物に想定した性能以外の物を発揮すればすぐに気づくか。ニコラスは自分の技能に付いて明かした。
「《無作為ノ福音》Ⅰ。何でも俺が作ったり、手を加えた物にはどんな物でもなんかしらの加護が付くんだ。今んとこ付けれるのは、耐久、耐熱、威力増加、魔力上昇の四つさ」
「無作為ってことは」
「その通り。俺に選択肢は無い。今の四つのうちのどれか一つが付くってわけさ。……まあ、鍛冶師として名を馳せようと考えると加護付与系の技能は有利になるから重宝してんだ」
使い難そうな技能を彼は誇らしげに口にする。僕の《トライ&エラー》とは大違いだ。死ねば巻き戻してくれるのは便利だが、制約の方が多いし、何より信用出来ない。
例えば、使用回数に制限はあるのか、死から復活する際に味わうイタミに耐えられなかったら本当にどうなるのか。だけど、一番の理由は13神を信じられない事だ。彼らへの不信感がどうしてもこの技能を口外できない原因にもなっている。
どうして、僕はこんなチートスキルを持てたのか。これを僕に渡して何をさせたいのか。少なくとも交通事故で死なせてしまった程度の相手にこんな破格の技能を与えた真意が読めなかった。
だけど、どっちにしろ、赤い龍と対峙する時にこの技能に頼る事になるのは変わりないのだが。
その時だった。ニコラスが僕の肩を叩いた。如何したのかと思って顔を上げると彼は僕の背後を指さした。
振り返るとそこには長い茶髪を紐で括り鋭い瞳が特徴的なホラスが立っていた。
僕を睨むような目で見るのは変わらないが……どこか雰囲気が違っていた。
「どうかしたのか、ホラス。交代の時間はまだ先のはずだろ」
今の時間はホラスの班が昼食の準備を始める頃だった。少なくとも、彼がこうして結界の外に立っているのは不自然だった。
声を掛けても返事をしないホラスにじれったい思いを抱いていたら、急に彼は口を開いた。
「少し、話がある。面かせよ」
刺々しい物言いから、まるで不良に校舎裏に呼び出されたかのような錯覚に陥った。
読んで下さってありがとうございます。




