3-37 精霊祭 四日目〈Ⅵ〉
キュクロプス。
深層などで出現する単眼の怪物は迷宮の鉱石を削り自作の武器を作る習性がある。そのため鍛冶で国を大きくしたシュウ王国ではある種の敬意を送られているモンスターだった。
だが、それもこの怪物を直接目にすれば吹き飛ぶだろう。十メーチルを優に超える長身。人に似た体格だが、数を大きく減らした巨人族とは違う証として分厚い一本角が天を突く様に伸びる。手にした三叉戟が太陽の光を浴びて鈍く光った。
ギルドが打ち出した討伐可能レベルは150オーバーの冒険者を有した10人前後のパーティー。つまりB級以上の冒険者が必須となっている。オルドを含めた遊撃部隊のメンバーが全員で挑めば倒せない相手では無い。
―――それが通常のキュクロプスだったらだが。
「グルウウウガァアアアア!!」
巨人が吠えると、呼応するように全身から薄い火の粉が噴き出した。赤い皮膚にオレンジ色の火の粉が粉雪のように舞った。
「そんな……キュクロプス亜種だと!!」
カーティスの叫びに遊撃部隊の全員の意識が乱戦の中であっても巨人へとそれる。しかし、それも無理は無かった。本来のキュクロプスの肌の色は黄土色で、あのような火の粉を撒き散らす事は無かった。
モンスターの亜種は珍しいが、決して報告されないわけでは無い。現に今回のスタンピードでも積み上がった屍の中に亜種モンスターは幾らかいた。
だが、深層に生息するモンスターの亜種となると殆ど目撃された事は無かった。そもそも、深層のある迷宮の数が少ない。カーティスとて深層に潜ったのは両手で数えられる程度。その時にも亜種とは遭遇しなかった。
「まずい! 亜種だと討伐可能レベルが一段階引き上がる。少なくともA級冒険者が複数人必要だ!」
口にしてからそれが不可能だと悟る。アマツマラに集まったA級はたった三人しか居ない。それもこの手の大型モンスターに有効な魔法使いはすでに死んでいる。カーティスは咄嗟にオルドの方へ首を向けた。
「団長、一度撤退して、鍛冶王を呼びましょう!」
決死隊の他のメンバーも同意するようなそぶりを見せた。だけど、オルドはため息を突くと、カーティスの頭頂部に向けて拳を振るった。
ガツン、と。鈍い音が響く。カーティスは刹那の間、意識の断絶を味わうことになった。
「一度落ち着け、バカたれ。……アイツのサイズを見てみろ」
目を白黒させるカーティスは言われた通りにこちらに向かって歩を進める巨人を見た。遠近法で遠くの時は小さかった物が近づくにつれ巨大さを増す。すると、オルドの手がカーティスの頭部を無理やり反対側、つまり城壁へと向かせた。
「それで、お前の目にはどっちがデカい?」
「……ああっ!」
カーティスの目が大きく見開かれた。キュクロプス亜種と城壁の高さは恐らく同じだ。もしかすると、僅かに城壁の方が低いかもしれない。
あの巨人をこのまま城壁に取りつかせれば結果は明らかだ。城壁上は三叉戟によって薙ぎ払われ、分厚い城門はアイツのつま先に破られるだろう。その先に待っている未来は都市に雪崩れ込むモンスターの群れだ。
「だけど、俺たちB級程度でアイツに立ち向かうなんて」
「だけどもクソもねえ。アイツを倒さなかったら、遊撃部隊を編成した理由になんねえだろ」
「……んん? 団長……まさか、まさかとは思いますが俺達の役目って攪乱と上級、超級の討伐以外にも、アレを倒せってのが含まれてませんか?」
乱戦を続ける決死隊の耳にカーティスの推論は届く。彼らは迫りくるモンスターたちからオルドとカーティスを守るように円陣を組みながら話を盗み聞く。
「……言ってなかったか?」
「「「聞いてない!!」」」
全員がオルドに向かって突っ込みを入れる。だけど内心、この男の予測に対して舌を巻いていた。もし、あのキュクロプス亜種に対して何の備えも用意せずに開戦していたらと思うとゾッとする。
禿げあがった頭を掻いて申し訳なさそうにする団長に向かって団員はため息を吐いてから―――己の両頬を叩く。狼人族の青年は覚悟を決めた。
「団長! 取り乱してすいませんでした!! そして―――命令をください」
『拳士』の拳が強くに握られる。カーティスから立ち上るのは間違いなく戦意の焔だった。それはしだいに円陣を作る他のメンバーにも伝播する。
「アイツを倒せと!」
「ああ、やるぞ、オメェラ! 敵はメスケネスト火山最深層部から這いずりし主。キュクロプス亜種! あれが城壁に取りつく前に、アイツを倒すぞ!!」
「「「応っ!!」」」
檄が飛ぶと決死隊の覚悟は、意志が一つになる。先陣を切ろうとカーティスがキュクロプスの方角へ戦技を放つ。
「《爆裂撃》!」
円陣の向こう側に群がっているモンスターに目がけて正拳を叩きこむ。するとそのモンスターを起点に真っ直ぐ空気が爆発した。巻き込まれたモンスターは肉片と化し、生き残っても余波で吹き飛ばされた。
モンスターの大海に一筋の道が出来上がった。その先にキュクロプス亜種が待ち構えている。円陣を解いた冒険者たちが先を争うように走りだす。
期せずして最後尾を走る事になったオルドは内心、勘が当たった事にほっとしていた。
彼が何故、キュクロプスの襲来を予見できたのか。理由は彼が予知能力者、というわけでは無い。単純にクリストフォロスの思考を読んだに過ぎない。
かつての人と魔人の戦争の時に直接戦ったロテュスの意見と、昨日の戦いで遭遇したテオドールからの推測を合わせて彼はクリストフォロスが打ってきそうな手を考え抜いた。
彼の中で六将軍第四席クリストフォロスは会った事も無い人物だが、二人の話と自分が遭遇したゲオルギウスの性格を合わせて傲慢で人間種を下に見る傾向があると踏んだ。その上、嗜虐心が強い。スタンピードを単純に引き起こすのに飽き足らず、情報が届かない様に注意を払い、モンスターを支配下に置き自分なりの規則を作りそれに従い、真綿で首を締めるような戦局の流れ。
目的は不明なのは変わらないが、人を面白がって苦しめるという点は間違っていないと判断した。そんな敵がこの四日目を素直に始めるとはどうしても思えなかった。魔力汚染が解けたのも向うにもばれているはず。というかばれたから赤龍を送り込んだのだろう。増援という希望に湧くこちらの心を折る為に。
その赤龍はテオドールとの戦いで浅くない傷を負った。流石に続けざまに送り込むことは無い。だとすればこの四日目まで登場しておらず、こちらの戦意を削ぐ可能性のある物はなにか。
オルドはその疑問に答えを二つ見出した。一つはダラズからの情報に合った投石機。もう一つが情報には無かったがメスケネスト迷宮の主、キュクロプスの存在だ。さすがに過去のスタンピードにボスが姿を見せたという逸話は残っていない。今日までの間に他の各層のボスが姿を見せた報告も無かった。
だが、もしもの場合に備えて、彼はテオドールを説得しどちらが現れても直ぐに動ける遊撃部隊の結成を認めさせた。クリストフォロスの裏を掻いたことになる。
遊撃部隊の面々が切り開く道を走りながらオルドはキュクロプス亜種を見上げた。
赤い肌の単眼が城壁からこちらへと向かって動く。
確かにオルドはクリストフォロスの手を読んだ。だけど、まさか亜種を投入するとまでは予想していなかった。これで一勝一敗。
(勝ち切るには亜種を倒すしかねえな!)
心の中で笑うと、彼は大斧を振り回す。遂に遊撃部隊がキュクロプス亜種とぶつかった。
遊撃部隊がキュクロプス亜種とぶつかる頃、城壁上でも混乱が起きていた。昨日の赤龍に続いて超級。それも超弩級のモンスターの襲来だ。自分たちの立っている城壁と同じ目線の存在など悪夢に近い光景だ。
だが、混乱する兵士たちを落ち着かせるようにオルドから指揮官を任されたディモンドが大音声を出す。
「みんの、安心しろ。あの怪物はオルド殿が倒す。だかきや今はわののすべき役まなぐば果たせ!」
もっとも、誰もが理解できたとは言えない曖昧な顔を浮かべる。ディモンドと同じパーティー、『オルゴウス』のメンバーが通訳する。
「みんな、安心しろ。あの怪物はオルド殿が倒す。だから今は自分のなすべき役目を果たせ! と。ディモンドは言っている」
「「「お、応っ!」」」
戸惑いながらも城壁上の混乱は収束し、各々が役目を果たそうと奮戦する。特に、城壁上に等間隔におかれた兵器が主となって活躍する。
残念ながら魔法工学の兵器では無い。通常の兵器だ。クロスボウを巨大化したような据え置き式の大型弩砲。つまりバリスタだ。
梃子を用いて弦を引き絞り、巨大な矢を飛ばす兵器は射角の問題はあるが兵士の力でも上級、超級モンスターに大打撃を与える。特別製の矢はモンスターの体に刺さるとそこを起点に爆発する魔法の矢だ。取り扱いには慎重を期するが兵士たちは手早く矢を番えていく。
なぜ、このような兵器が突然現れたのか。答えは簡単だ。作ったのだ。このスタンピードの群れがアマツマラに着いた時から。何せここは鍛冶師の聖地。材料は腐るほどあり、腕利きの職人による総当たりでの作業だ。わずか三日の内に城壁上にずらりとバリスタが並ぶ。
迫りくる敵の中でも強敵を目がけて矢は放たれ、モンスターの体を大地に縫い付ける。一撃で絶命したり、苦悶の叫びを上げながらジタバタと足掻いてから、息絶える。まさに一撃必殺だった。
惜しむらくはバリスタ用の魔法の矢がそれほど多く用意できなかった点だ。このままのペースで行けば昼になる頃に矢は尽きる。
もっとも、バリスタは矢しか放てないような欠陥兵器では無い。長さやサイズ、打ち出す時の衝撃に耐えられるなら何だって放てる。それこそ鉄くずをぶちまけるだけでも敵に効果はあるだろう。昨日の赤龍戦において切り札たるバルカンを使った防衛側に残された最後の希望はそう簡単に潰えない。
だけど、それでもモンスターの進軍は止まらない。同胞が射抜かれ、傍で爆発し破片が体に食い込んでもお構いなしに歩みを止めず、城壁を上る。
いまも、右翼の一角に超級モンスターのホワイトキマイラが城壁を駆け上がり、バリスタを薙ぎ払う。白い鬣の生やしたライオンの頭部に山羊の下半身。尾には毒蛇が舌を伸ばして威嚇する。獣型モンスターの中でも指折りの危険なモンスターだ。
ディモンドはその体格に見合わない機敏な動きで城壁上を駆け抜ける。ホワイトキマイラはすぐさまディモンドの存在に気づくと警戒態勢を取った。
四肢が動き、城壁上を同じように駆け抜ける。ただし、ディモンドと違い、人の隙間を滑るように動くのではなく、直線距離を最短で駆け抜ける。その際に邪魔な兵士たちは吹き飛ばしていく。
「やらせねえ!」
グラディウスを引き抜いたディモンドは脚に力を込めるなり飛んだ。ホワイトキマイラの背後を取ろうとモンスターの上を通り過ぎた。ホワイトキマイラもそれに気づくと前足でブレーキを駆ける。
そして、着地したばかりのディモンドに向けて毒蛇を向けた。だが、予期していたかのようにディモンドは背後から迫る毒蛇を見もせずに切り落とした。城壁上に落ちた毒蛇の頭は末期に震えて、それから動かなくなった。
「グル、グゴオオオ!」
果たしてキマイラにとって毒蛇とは何なのか。モンスターを研究する学者の中で度々議論が起きている。どう考えても獅子の頭部と毒蛇の頭部は別固体のように振る舞っている。迷宮で生成される時に別種同士が混ざり合い、死角をカバーしあうために融合しただの、実は蛇の方が主の頭脳で獅子の方は副脳などというとんでもない意見もある。
ともかく、同胞、もしくは体の一部を切られたホワイトキマイラは怒りの唸りを上げて反転すると背中を見せたままのディモンドに飛びかかった。
しかし、その攻撃は失敗した。
ディモンドは後ろに目があるかのようにその場でトンボを切ると再びホワイトキマイラの背後へと回った。誰も居ない空間を襲ったホワイトキマイラの無防備な背中に向けてグラディウスを捻じ込む。
魔石を傷つけられたホワイトキマイラは最後のあがきのように体を震わせると城壁の外へと駆けだした。当然、武器を掴んだままのディモンドもそちらへ向かってしまう。
「『剛剣』殿が落ちてしまう! 全員支えろ!!」
兵士の一人がホワイトキマイラの真意を理解し叫ぶ。その場でへたり込んでいた兵士たちは我に返り背中にしがみ付くディモンドに向けて手を伸ばした。
「ぐううう!」「お、重い!」「良いから、手を放すな!!」
複数の兵士がディモンドの両足にしがみ付くようにぶら下がる。その兵士たちをまるで命綱のようにしがみ付き、落ちないように他の兵士たちが掴む。ディモンドは城壁の外に向かって頭を下にしたままぶら下がっている。なぜならホワイトキマイラはいまだ死なず、己の体にディモンドの剣をくい込ませたままなのだ。
兵士たちはホワイトキマイラを支えるディモンドを支えていることになる。当然、その重量は兵士たちの能力値では補えない。数秒もすれば全員下に落ちるだろう。
ディモンドはため息を吐いて、手を放した。城壁に体を擦りつけながらホワイトキマイラは大地に激突した。グラディウスを捉えたまま放さなかった。
「今だ! 全員引っ張れ!!」
重量が軽くなった事に気づいた兵士の一人が合図すると全員が渾身の力を込めて重装鎧に身を包んだディモンドを引き上げた。
「なたじ、世話掛痒いたの。すまんの」
「はぁ……はぁ……。いえ、それよりも武器が」
疲れ果て座り込んだ兵士がのそのそと城壁の下へ覗きこもうとする。だが、それを制する様にディモンドが兵士の襟首を引っ張り後ろへと引きずった。兵士は突然の行動に驚き、酸素を吐き出してしまう。
だけど、それで済んで良かったといえる。
先程まで兵士の頭が有った空間を薙ぐようにホワイトキマイラの爪が振るわれた。再びホワイトキマイラが城壁を駆けあがって来たのだ。
ディモンドと先程まで戦っていた個体では無い。毒蛇の尾は存在し、何より、複数の群れだった。続けて二体のホワイトキマイラが城壁上へと駆けあがった。
一度崩れた戦列を整える前に増援が来てしまった。それも頼りのディモンドに武器は無かった。兵士たちは金縛りにあったように動けなかった。ホワイトキマイラの咢が自分を飲み込もうとしても、それを現実と認識できていなかった。
「おいこきや、わば無視すらの」
だけど、ホワイトキマイラの咢は兵士を噛み砕くことなく閉じる事になる。いつの間にか空中に身を翻したディモンドのボディプレスを受けて、頭が潰れてしまった。ただでさえ巨漢な上に重装鎧の重量も加わった一撃。獅子の頭といえ耐えられなかった。
残り二体のホワイトキマイラが警戒し左右に分かれた。この狭い防壁上で挟撃を仕掛けようとする。
迫りくる怪物たちを前にディモンドはたいして警戒した素振りも見せずに一歩前に踏み出した。片割れのホワイトキマイラに向かって距離を詰めたのだ。無手で。
勢いづくホワイトキマイラは止まらず、好機とばかりに飛びかかる。だが、ディモンドはあろうことか獅子の頭を上から抑えるように圧し掛かる。そしてそのまま後ろに向かってブリッジした。もし、日本人が居たらこう言っただろう。
「モンスター相手にジャーマンスープレックスかよ」
と。
二体の怪物は別々の方向を向いたまま瀕死に陥る。一体は首を締められた後ろへと持っていかれる時の遠心力で首の骨を折られる。もう一体は同胞の体が鉄槌のようにぶつかった衝撃だ。ブリッジの体勢から起き上がったディモンドは兵士から槍を受け取ると二体を纏めて串刺しにする。
「戦線ば立て直せ! 負傷した兵は下サ。バリスタは使えんだだば復旧。不可能だば部品ば脇サど痒いろ!」
ディモンドの指示を正確に理解できた兵士は少ない。だけど、それでも何をすべきかだけは分かる。負傷者の治療とバリスタの復旧。そして戦線の再構築を始める。
しかし、その間に兵士たちの心は一つだった。
(((強いのは分かるけど、何言ってんのか分かんないって、指揮官として致命的すぎやしないか!?)))
遠くキュクロプス亜種と戦うオルドに向かって声なき突っ込みが飛んだ。
読んで下さって、ありがとうございます。




