1-1 十一回目の死亡
※7/23 空行と一部訂正。
僕は旅をした。
星を見た。満天の星を見た。
大地を見た。命を繋いでいく大地を見た。
海を見た。無辺にひろがる海を見た。
生物を見た。多種多様な生き物を見た。
世界を見た。どこまでも広い世界を。
だから僕はこの世界を救うと決めた。
★
青い月が空に昇り、満天の星空が広がる。木々の隙間から天を見上げる少年はたった1人で暗い森に居た。夜の森は音を吸い込む。視界は月明かりが木々の間を零れる範囲しか確保できない。
闇の向こう側に何が居ても見えはしない。四方を暗い森に囲まれると人は言葉にできない恐怖心に襲われる。
現に少年は落ち着かない様子であたりを窺う。
しかし、動かない訳にも行かない。
なにせここは彼にとって異世界。現代日本に存在しないモンスターが跋扈している危険地帯だ。時が経つということは、彼の命を削っていくようなことだと身を以て知っている。
とにかく、人の居る所に向かわなくては。そう判断して、震える足で立ち上がり黒髪の少年はどうにか暗闇へと足を踏み出す。
袖の余ったシャツは流れ落ちた汗を吸いしめり、同じく丈の余ったジーンズの裾を捲る。
「さっきはこっちに来ていないよな」
誰も居ない暗闇の中で不思議と声を出してしまうのは恐怖心を紛らわすためだと教授が言っていた。人は自分しか居ないような環境で、まるで自分の行いが正しいと確認するかのように独り言を言うのだと。聞いた時はまさか自分が教授の想定した環境に置かれるとは思っていなかった。
「しかし、目印無しでこの道がさっきと違うのかどうかわからないよな」
またしても少年の声が森に吸い込まれる。
「ああ、くそ。喉が渇く、腹が減った、足が痛い」
ある意味これはソナーのような物だ。
もし、人語を理解できる生物が居れば、その者の危険性は置いといても何らかのアクションが返ってくるという、一種の願いが込められている。ただし、人語を理解できない生物にとってみたら、少年の大き目な独り言は、獲物が此処にいると宣伝しているに他ならなかった。
暗闇の中で何かが動いた。その何かに気づいた時、少年の体は哀れにも吹き飛ばされてしまう。
木にぶつかり、苦悶の表情を浮かべながら少年は、それでも窮地を乗り切ろうと動く。
単純に、襲撃者とは別方向に走り出した。
顔に木の葉があたり、手は枝を払った傷がつき、根に足を取られて痛みを覚えても生きる為に走った。
追い詰められた獣のように一目散に走った。
「はぁ、はぁ、はぁ。本当に、クソッ。あの神様達も悪いと思ってるなら。はぁ、はぁ、はぁ。もう少しわかりやすい場所からスタートさせるか。はぁ、げっほ。武器とか持たせるとか、してくれよ!」
乱れた呼吸にも関わらず、悪態を吐く。
だが、状況は一つも変わっていない。背後から聞こえる音は増えていく。見なくても襲撃者が増えたのだと理解した。
そして確実に音は近づいてくる。振り切るのは難しいようだ。
刻一刻と追い詰められるのを肌で感じていた時、闇雲に走っていた少年の足が空を切り、闇に吸い込まれるように落ちた。
「うぉぉぉ!?」
何のことは無い。彼の体は大地のくぼみに気づかずに落ちただけだった。
しかし致命的なタイミングだった。致命傷と言い換えてもいい。
咄嗟に手を頭に当て庇う。体は大地を叩き、口に土が入り込む。骨が軋む音がし、意識が遠のきそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
痛む体を起こせば、そこには襲撃者達も降ってきた。
油断なく、こちらを窺う追跡者の姿が零れた月明かりの元に明らかになる。
現実では名前を知っていたが、直接見たことの無い存在。青白い体はグニャグニャと形を定めず、一体何処に少年を探知する感覚器官が存在するのか分からない。
確かにそれは、モンスターと呼ばれる存在だった。
「やっぱりお前らか…スライム」
「ピキィ。ピキィ」
応えるようにモンスターが鳴く。見ればスライム達は少年を逃がさないように包囲網を作り上げていた。少年は足元に落ちてある木の枝を拾う。枝というよりかは太く、棒と表現しても差し支えない。
「また、このパターンか」
冷静になろうとして、大きく息を吸い込み、吐く。木の棒を正面のスライムに向ける。威嚇するかのように鳴いていたスライムは、その動作に反応し鳴くのをやめる。本当に不思議な生き物だ。一見、目や鼻、口があるようには思えないのにこちらを見て、鳴いたりする。
「掛かって来いよ。軟体生物」
勢いよく、少年はスライムに棒を叩きつける。
「ビキィ!」
正面のスライムはグチャリと潰れ、断末魔を上げながら自己の体液を森に飛び散らせる。
気持ちの悪い手応えと共に、小さな達成感が少年の胸に宿る。
すぐさま横に薙ぐように枝を振り、2体目のスライムを攻撃する。手応えはあった。しかしスライムは潰れるどころか、己の体でがっちりと木の枝に絡みつきミシリと音を立てたかと思うと、棒を砕いた。手には木の棒だったものしか残っていない。
舌打ちと共に、手に残ったゴミを、道を塞ぐスライムに叩きつけ怯んだ隙に、逃げようとした。作戦は上手く行き包囲網は崩れ空いた隙間から走った。
しかし、1メートルも進まないうちに少年の体は地面へと飛び込んだ。
「な……なにが?」
絶好のチャンスから一転して青ざめた表情で足元を見た少年。そこにはスライムが少年の足に絡みつき、己の体の限界まで伸ばしていた。
伸びた物は縮む。自然と少年の体は大地を滑り、スライムの包囲に戻っていく。
必死に地面を掴もうとしたが、抵抗虚しく、失敗に終わった。
「くそったれ!!」
口から罵声が飛び出した。
「今度こそ上手くいったと思ったのに!!」
叫ぶ少年の体にスライムが圧し掛かり、抑えつけようとする。足掻く少年は、足、腰、腕、腹と封じられ。遂には顔にも張り付かれてしまう。
口と鼻を塞がれた少年は、しばらくもがいていたが、徐々に動きは鈍くなり。
ばたりと止まった。
―――ああ。今度は窒息死か。
薄れゆく少年の意識は、そう思った。
★
全身を振るわせて、飛び起きる。
背骨に氷を突き刺され、骸骨に手足を掴まれ、胴には見えない杭を打ち込まれ、頭部は灼熱の炎で炙られたような痛みで目が覚めた。
何度味わっても、この感覚にはなれない。
荒い獣のような呼吸を繰り返し、壊れたように鼓動する心臓。
腕で口を塞ぎ、森の音を聞き逃さないように自分の音を殺そうとする。
ようやく落ち着いた頃にあたりを見渡し確認する。
変わらずに、四方の森は暗く、モンスターが潜んでいそうな場所だった。
「これで12回目のやり直しか」
呟き体を横たわらせる。目をつぶり、意識を集中させる。
自分のステータスを表示させ、素早く特殊技能の欄を開く。
表示が切り替わり、説明欄と数字が書いてある。
《トライ&エラー》
―――死亡時発動。対象の時間を巻き戻す。
―――使用回数。11回。
短く、そう書かれていた。
「使えない物を掴まされた」
愚痴りながら、目を開く。
異世界エルドラド。1日目。
御厨玲はスタート地点ですでに11回、死んでいた。
そして12回目のスタートを切った。
久しぶりに小説を書いてみました。相変わらず難しいです。
完結目指して頑張ります。