こんな夢を観た「妊娠の兆候が現れる」
ベッドの上でぱっと目が醒める。
慌ててトイレに駆け込むと、思いっきり吐いた。
「これって、まさか……」ぽっこりとした下腹部をさする。控え目に見ても、妊娠して6ヶ月以上の膨れっぷりだった。「だって、そんな、いつ? 誰と? えーっ?!」
わたしは気が動転し、重い体で部屋の中をうろうろと歩き回る。
だるさに加えて、頭まで痛くなってきた。
お腹がぐう~っ、と鳴る。
「とりあえず、何か食べよう」冷蔵庫を開け、夕べの残りのカレーを温め直す。
普段なら食欲をそそる匂いが、今日はひどくきつく感じられた。無理をしてスプーンで数口ばかり食べるが、我慢できず、流しに空けてしまった。
お腹の中で何かが動いた気がした。
「今の、赤ちゃんかな」試しに、ぽんぽん、と叩いてみる。すかさず、どんどんっ、と蹴り返してきた。
とたんに吐き気と腹痛と腰痛が同時多発的に襲ってくる。
「あ……ちょっと、やばいかも」
わたしは思わず、しゃがみ込んだ。
症状が治まるのを待って、病院に行くことにした。保険証と財布、それにもしものことを考え、数日分の着替えをバッグに詰める。
家の前でタクシーを拾うと、一番近い産婦人科へ行ってくれるよう、運転手に告げた。
「ご出産ですか、そりゃあおめでとうございます」わたしのお腹を見て、運転手は愛想良く言葉をかける。「旦那さんは付き添いじゃないんですか?」
「ええ。何しろ、誰だかわからないもので」
運転手はギョッとしたような顔で口をつぐみ、それっきり病院までの間、気まずそうに黙ったままだった。
病院の受け付けで手続きを済ますと、待合室に入って座る。混雑していて、この分だとしばらく待たされそうだ。
さりげなく見渡す。不安そうにしている者、すでに母親の顔になっている者、連れ合いと並んで、子供の名前について和やかに話す者など、様々だった。お腹の膨れ具合も、ほとんど目立たない者もいれば、今にも産まれてきそうな者もいた。
病院でありながら、サークルにでも来たような近しい雰囲気がある。その空気に飲まれたせいだろうか、わたしはようやく、「自分の子供」を意識し始めた。
(どうやって授かったのかわからないけれど、とにかく無事に産まれて欲しい。ああ、神様、お願いします)
そう、心の中で祈るのだった。
また、赤ちゃんが蹴った。さっきよりも、激しく。
わたしは一瞬、息が詰まりかけた。「ううっ!」と呻いた拍子に、破水してしまう。
そばを通りかかった看護師が、「あらま、大変っ!」と小さく叫び、待合の順番を飛び越えて、分娩室へと連れていってくれた。
「はーい、息んでーっ」先生が声を掛ける。わたしは力いっぱい、踏んばった。
すぽんっ、と音がして何かが飛び出す。ややあって、サイレンのような鳴き声が上がり、分娩室の中で幾重にもこだまする。
「産まれましたよーっ」と朗らかに声を上げる先生。けれど、すぐにトーンを落として、傍らの看護師にひそひそと言う。「君、この子は……」
「このような前例はありません。これは……」看護師も先生に耳うちをする。
胸に不安が押し寄せてくる。
「あのう」先生が言いにくそうにわたしの顔を覗く。「この子、育てますか?」
「何か障害でもあったんですか?」わたしは泣きそうになって尋ねた。
「元気ですよ。元気な六つ子です」先生は言う。
「六つ子ですって?!」わたしはびっくりした。「育てますよ、もちろん! たぶん、大変でしょうけれどっ」
「そうですか、こんな赤ちゃんですが」産着に包まれた赤ちゃんを、わたしに見せる。
1つの体から、6っつのしわくちゃな顔が生えていた。
「変わった六つ子ですね」わたしは先生から、赤ちゃんを受け取る。言葉にならない愛おしさで、まだすわっていない首を支えた。6っつの首を片手だけで添えるのだから、少々手こずったが。
赤ちゃんを抱っこしながら、今後のことをあれこれと考える。
まず、名前だ。当然、6人分付けなくてはならない。それに、食事も苦労しそうである。それぞれ、好き嫌いはあるだろうか。体は1つでも、やっぱり、6人前をたいらげるのだろうか。
「まあ、大変なこともあるでしょうが、悪いことばかりじゃありませんよ」先生が慰めるように言う。「たとえばほら、児童手当。一人頭で数えるんですから、全部で6人分。実質1人なのに、こりゃお得ですよ」
いつかこの子が大きくなったら、「お1人様1個限定」の見切り品を、6個も持たせられるぞ。
ベッドの中で、わたしはほくそ笑んだ。
6っつの顔が、そんなわたしを見て、にこっと笑ってくれる。