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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第二章 七不思議
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 1節 美味シイノ?

「世界ってやつァ、ひどく曖昧なんだよ」

 そいつは、哲学じみた内容を、いつもいい加減な口調で呟く。


 道化師が私の前に現れ始めたのはつい最近ではなく、実は結構前まで遡る。でも遡っても仕方がないので、とりあえず私が月夜見市立戸無瀬高等学校へ入学してからの道化師の動向をまとめてみることにする。

「――世界を救え」

 現れる度、ことあるごとに道化師はそう言う。

 何を言ってるのかしら。道化師は、私がスーパーヒーローだとでも勘違いしているのかしら。この、毎日毎日、怯えて暮らしているか弱い少女が。

「お前には出来る。その力もある。影人を殺し、世界の傾きを修正することが、お前らシャドウ・コンダクターに課せられた使命なんだよ」

 お前、ではなく、お前ら。道化師はどうやら、私個人ではなく複数人を指しています。スーパーヒーローっていうのは普通、1人が相場だけど、道化師が言うスーパーヒーローは結構、何人もいるみたい。それでも数はかなり少ないらしいけど。

「ほら、テメェ今、どこを見てた?」

 道化師は人を束縛する癖があるのでしょうか。今、私が通りの向こうを歩いている女子大生らしき年齢の方を見ていた時、そう言われました。

「テメェ気付いてたか? あの女を見るテメェの目、尋常ではなかったぜぇ」

 なにを言ってるのかしら。

「“狩ってやろう”って目だった。いいねぇ、いいねぇ。それがシャドウ・コンダクターの本能ってやつだ。生まれながらにしての才能からは、誰も逃れられねぇってこった。なぁ?」

 本当に何を言っているのかわからない。こういうヤツが、兄の言っていた“精神異常者”なのかしら。

「……おい。いい加減その喋り方止めろよ、気持ち悪ィ」

 そうそう。ことあるごとに言う内容に、上記のものも追加しておくことにします。――まったく、酷いわね。私は女性として、女性らしい喋り方をしているに過ぎないのに。

「昔のテメェは、んな喋り方じゃなかったろーが」

 だからなんだって言うの。女性が女性らしく喋ることを、誰も否定しないわよ。貴方以外は。

「あの男に言われたことをそんなに気にしてるのか? いいや、気にするようなヤツじゃねぇよな、オマエは。高校へ入学してから、急に気にし始めた。違うか? ん?」

 さて、今日も学校へ行きましょう。憂鬱で、気持ち悪くて、怖くて、桜が散らない学校へ。

「お帰り、しゅう。今日も朝帰りなんて……仕事、かなり大変そうだね」

 玄関から、弟の声がする。どうやら兄が仕事から帰ってきたようなのだ。今は朝なのに。

「うわ。傷だらけじゃない」

「ああ、患者に引っ掻かれた。被害妄想が常軌を逸している野郎でな。静めるのに一晩を費やした。仮眠をとったらすぐに精神病院(仕事)へ戻る」

「そう……あまり無理をしないでおくれよ」

「心配はいらん」

 両親のいないこの梨椎家は、11歳の年が離れた兄が私たち双子の親代わりだ。精神病院に勤める、精神科医。人のココロの病を治療するのが、兄の仕事である。

 昔一度だけ、兄が勤める月夜見精神病院へ行ったことがある。そして、もう二度と行きたくないと思った。恐かったのだ。入院している患者が。同時に、兄が立派に見えた。事実、立派なのだろうけど、あんなに壊れてしまっている患者たちのココロを治してしまう、兄の魔法のような言葉がとても綺麗で魅惑的だった。

――そんな兄が、戸無瀬の生け贄制度が普通だと言ってのけたことが、私に大きなショックを与えた。

「愁……」

 仮眠の邪魔をする気はなかった。なかったのだけど、学校へ行く前に聞いておく必要があった。

 居間のソファーに横になっている兄は、目を開けないまま「なんだ」と私に返事をした。

「人間ってさぁ、食べると美味しいの?」

 兄は寝息をたてていた。

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