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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第一章 桜の生け贄
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 4節 六不思議?

 俺は紙切れを握り締め、放課後、オカルト研究部へ赴いた。

「――朝霧先輩」

 部室には、朝霧先輩だけがいた。教科書を開けていることから察するに、明日の学力テストへ向けて勉強をしているのだろう。結果は次の日に出る。つまり、テストの次の日に生け贄が決定することとなる。

「勉強は? 部活動なんかしてる余裕、無いだろ」

 朝霧先輩は教科書から視線を外すことなく、言う。

「それとも、死にたくなったとか」

 朝霧先輩なりの冗談だろうか。それにしても笑えない。

「七不思議を調べていて、奇妙な点に気付きました」

「うん」

 俺は七不思議を書き出したグチャグチャになった紙を机に広げ、第五番目の不思議を指差した。

「この学校に、地下防空壕なんてありません」

 第五番目の不思議の舞台は、地下防空壕だ。しかし、戸無瀬は戦後に建てられた学校であり、防空壕なんてあるわけがなく、地下室すら存在していない。

 この指摘に、朝霧先輩はやっと視線を俺と合わせてくれた。

「――その通り」

 俺は内心でガッツポーズをする。続けて自分なりの推理を披露した。

「そこから導き出される結論は、七不思議は桜を除いて全くのデタラメであるということ。よくある都市伝説の類です。しかし戸無瀬側は、桜だけ真実であることに着目し、ある種の奇跡――神の降臨を錯覚した。元より宗教色の強かった戸無瀬高等学校は、桜を神に見立てて崇め、開始された生け贄制度が今日(こんにち)に至るまで継続されている……と」

 さぁどうだ、と俺は自信たっぷりの目で朝霧先輩を見た。

「ああ、それ考えすぎだから」

 しかし自信たっぷりの推理はあっさりと蹴られてしまった。意外とがっくりときた俺は、朝霧先輩がまた目を合わせてくれなくなったことに軽いショックを受ける。

「朝霧先輩、教えてくださいよ。七不思議の謎を知らないと、俺、明日のテストに集中出来ない……」

 弱音を吐いてみた。それが効いたのかわからないが、朝霧先輩は金庫の中から2冊の部誌を出して見せてくれた。片方は比較的新しめの部誌であり、もう片方は黄ばんでかなり古くなった部誌だった。キョトンとしていると、朝霧先輩は七不思議を記した一覧表と共に驚愕の事実を語り出した。

「七不思議の真偽については不明だ。ただその前に、この七不思議が戸無瀬のものではないと俺は考えているよ」

 ん?

「戸無瀬の不思議では……ない? すんません、意味がわからないです……」

 戸無瀬の七不思議として教えてもらった七不思議が、戸無瀬のものではないだって? なにこれ。どっかの学校から輸入した不思議なのか? まぁ、話の内容がありきたりだから、輸入していてもおかしくはないか。

「戸無瀬に<受け継がれた>と表現した方が正しいかな」

「??」

 ますますわからない。朝霧先輩は、どうにも勿体ぶる人だ。自らペラペラと喋る周防部長や一和先輩とは違う。

 言葉の続きを大人しく待っていると、朝霧先輩は古い部誌を俺の前にずいっと押し出した。

「不思議は、戸無瀬のものではなく、第一桜木高等学校のものなんだよ」

 部誌には、『昭和20年 第一桜木高等学校 オカルト研究部』と記されていた。

「これって、終っ……」

「終戦の年の部誌だ。戦時中でも部誌を発行するなんて、随分と呑気な部活だったらしい」

 朝霧先輩は言った。

「戸無瀬高等学校が建てられる前、ここには第一桜木高等学校があった」

 俺は生唾を飲み込んだ。

「第一桜木高等学校の部誌を見てくれ。ここには、“桜木六不思議”と記されている」

 朝霧先輩は古い部誌をパラパラと捲る。俺は見る。その六不思議の内容を。

「今の戸無瀬七不思議と内容は同じです……でも、七番目の不思議だけが無い」

「そりゃそう。だって六不思議だから」

「どういう……ことですか」

「つまり」

 朝霧先輩は、第一桜木高等学校の部誌の隣りに並ぶ『平成元年 戸無瀬高等学校 オカルト研究部』の部誌も開く。そこには<戸無瀬七不思議>が記されていた。

「六番目の不思議までは第一桜木高等学校のものであり、戸無瀬高等学校になった後に七番目が追加され、戸無瀬七不思議へと変貌したんだろな」

「……じゃあ、七番目だけが事実だったのは、六番目までの不思議が戸無瀬のものではなかったから、ですか」

「注目すべき点は、そこじゃないだろ」

「え?」

「第一桜木高等学校の時代には、桜の不思議はなかった。つまり、その時代には桜が散っていたことになる」

「! じゃあ、桜が散らなくなったのは、戸無瀬が建てられてから……!!」

 扉の隙間から舞い込んだ気味の悪い風が、背中を撫でる。

「第一桜木高等学校では、六番目以前の不思議も事実だった可能性が……ありますよね」

「うん」

「防空壕があったのは戸無瀬ではなく桜木であり、戦時中の月夜見市一帯は、空襲が激しかった」

「うん」

「でも第一桜木高等学校は、もうありません」

「どうかな」

「え……」

 俺は思い出す。まだ入学したばかりの、奇妙な風習のある進学校。学校の敷地内は、七不思議を調べるついでに全て散策した。その前にも何度か迷子になったことがあるし、自信を持って言えるけれど、戸無瀬の敷地内に第一桜木高等学校と思われる旧校舎は存在していない。旧校舎を保管しておけるほど広い敷地でもないし、普通に考えれば、第一桜木高等学校の校舎は取り壊され、その地に戸無瀬高等学校が建てられたとするのが普通だ。

「俺はまだあると思うよ。第一桜木高等学校の校舎」

 俺は部室を出た。変な気分だった。結局、桜が散らない謎については不明のままだし、それどころか新たな謎を得てしまった。

 ああ、これじゃあ余計に勉強に身が入らない。第一桜木高等学校なんて、ここの一体どこにあるってんだ!

「木乃芽」

 声を掛けられ、俺の心臓は飛び上がった。振り返ると、授業ではもうお馴染みとなった教師の姿があった。

「オカルト研究部に入部するそうだな。入部届を提出しておいてくれな」

 それはオカルト研究部顧問の常盤先生だ。洒落た赤い眼鏡が特徴の40代、独身。この人には、オカルト研究部の真の活動を知られてはならない。

「はい。今すぐ出してきます」

 入部届を受け付けている『生徒部』。そこに常駐している事務員のおじさんは、生徒の行動に関心が無いようで、いつも新聞ばかりを読んでいる。たまに新聞が机の上に放置されていると思いきや、シンク台の上で熱いお茶をすすっている。

 今日も新聞を広げる用務員の隣りで、俺はカウンターに置かれた紙の束から『入部届』を1枚取り、ペンを走らせる。これを提出箱に入れておけば、手続き完了だ。数日後には俺の籍はオカルト研究部に属することになるだろう。

「木乃芽の学年には、他に正気を保っているやつはいないのか?」

――と、周防部長に聞かれ、俺は答えられずにいた。梨椎世槞を紹介してよいものか、迷ったのだ。世槞には、正気を保った頼もしい仲間がいることを知ってほしい。そして桜の謎を解くことで、もしかしたら戸無瀬の呪縛から解放されるかもしれない。……その希望を与えてやりたい気もした。しかし同時に、こんな危険な調査に付き合わせたくないという思いもあったのだ。

 世槞のやつ……七不思議のメモを見たからな……何もしでかさないといいけど……。

 俺の予想は、的中していた。しかも悪い方に。

「世槞、明日テストだろ。なにしてんだよ」

 世槞は、最大の特徴と言える赤い髪を垂らし、1階の廊下を這いずっていた。放課後の、誰もいない時間を見計らってのことだった。

「地下防空壕を……探してるの」

 俺は気付いた。――世槞は、なかなか鋭い。メモを見たあの一瞬で、この事実に気が付くとは。

「そんなことより今優先すべきはどう考えても学力テストだろ。最下位になったらどーすんだ」

「帰ってから本気出すわ。私、やれば出来る子だから」

「自分で言うな」

「ううん。兄が言ってたの」

 それでも這うことを止めない世槞の両脇を抱えて立たせ、俺は根負けしたように言った。

「テストが終わったら、七不思議の秘密を教えてやるよ」

「……約束」

 世槞は帰った。ああ、結局、危険な調査に付き合わせてしまうこととなるのか。しかし世槞の身に立って考えてみれば、何も知らないよりは、少しでも知っている方が安心できるのかもしれない。

「あまりお勧めはしないけどな」

「……は?」

 ふいに掛けられた声。そいつは開いた窓枠に腰掛け、夕陽を背にして俺を見下ろしていた。

「木乃芽耶南……だっけ? 世槞の友達」

 少し長めの前髪をセンターで分けた、切れ長目の少年。どこかで見たことがある気がする。

「そう言うお前は世槞の友達なのか?」

「いや、世槞の弟と友達だ」

「……ああ、お前……特進クラスのやつか」

相模七叉さがみかずさだ。木乃芽やオカルト研究部の先輩たちが求めている、数少ない“正気”の人間でもあるかな」

「!」

「正気の人間からの忠告なら聞いてくれるか?」

「……桜について調べるな、ってか?」

「違う」

 相模七叉というスカした野郎は、全てお見通しとでもいうような瞳でこう言った。

「怪しい行動をとっていると、戸無瀬に目をつけられるぞ」

 ああ、つまり何もせず、自分が生け贄にならないよう、3年間を耐え抜けってことか。

 ……そんなことが出来たら、こんなことはしてない。

「ご忠告、どうもありがとう。頭の片隅にでも置いておくぜ」

 正気を保った人間の存在は貴重だが、あんなやつは仲間にしたくない。こんな非人道的な環境を、見て見ぬフリをしろだなんて言うやつは信用出来ないからな。そりゃ確かにただのガキに出来ることはたかが知れてる。それでも足掻くのが、俺たちなんだ。

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