3節 双子。
勉強をしていない。明日は学力テストなのに。大丈夫だろうか、俺。
クラスは全部で6つある。1クラス40人構成で、普通科がAからEまであり、エリートが集まる特進が1つ。この特進クラスからはまず生け贄は出ないだろう。
「世槞、おはよう」
俯き気味に廊下を歩いていた赤髪の少女に声を掛ける。その顔を見て、俺はギョッとする。
「顔色、悪いぞ」
世槞は元々、肌の色は白い方だ。しかし今はそれすら通り越し、透けてしまいそうだ。
「うん……ちょっと、ピエロがうるさくて」
「ピエロ??」
ついに世槞は精神に異常をきたしてしまったのだろうか。摩訶不思議な言葉を口走るようになった。俺には「ピエロなんかどこにもいないぞ。大丈夫」と励ましの言葉をかけてやることしか出来ない。
「大丈夫よ、ありがとう」
力の無い笑顔が、俺の胸を締め付けた。
このまま死と隣り合わせの、しかも誰が死ぬかわからない3年間を過ごさないといけないなんて、正気を保っている人間には拷問だ。そう考えると、オカルト研究部の人たちは心臓に毛が生えてるな。
「テスト勉強は? はかどってるか?」
「あんまり」
「そうか……」
俺は立ち止まり、廊下を行き交う生徒たちを眺める。来月頭に、こいつらの中の誰かが死ぬ。それは自分かもしれないし、そこの顔色の悪い少女かもしれない。
「耶南。……なにか落ちたよ」
世槞は腰を落とし、俺のポケットから飛び出たグチャグチャの紙切れを広げる。
「? 戸無瀬七不思議……」
「あっ」
俺はなんとなく「ヤバい」と感じて紙を奪い取ろうとするも、世槞は俺の手をするりと抜けてゆく。
「戸無瀬に七不思議なんてあったのね。生け贄学校にも、普通の学校らしい部分が存在してたんだぁ。ふむふむ、桜も不思議の1つで……」
「せっ、世槞!」
手を伸ばせど伸ばせど、なかなか捕まえられない。結構本気で捕まえにかかってるのに。こいつなんでこんなにすばしっこいんだろう。
世槞がおそらく七不思議を全て頭に叩き込んだ頃だろうか、なかなか止まらない世槞の動きをピタリと止める声が聞こえた。
「――君たち、仲良いね」
声がした方を振り返る。そのとき俺は度肝を抜かれるという経験をした。何故なら、そこに“世槞がもう1人”立っていたからだ。いや、正確には“男の世槞”と表現すべきか――。
「そこ、退いてもらえる? 教室に入れないから」
俺と世槞が紙切れをめぐっての攻防戦を繰り広げていた場所は、1年特進クラスの入り口にあたる廊下だった。俺は慌てて退くが、世槞は不満げに頬を膨らませながら、しかしやはり素直に退く。
扉がピシャリと閉められたタイミングを見計らい、俺は世槞に問い掛けた。
「世槞って、双子だったんだな」
頷く世槞。
「すげぇな。一瞬、マジで世槞が2人いると思った。いや、半分その通りか。しかし双子ってここまで似るもん?」
「…………」
「えーと、兄だっけ?」
「弟」
不満げな表情と尖らせた口から、俺は世槞と弟との関係があまり上手くいっていないことを察した。
初見での感想だが、あの弟はなんだか冷たそうだし、どこか他人を寄せ付けない雰囲気がある。たとえ相手が姉とはいえ、本心からモノを言わないタイプだ。
「弟は特進クラスなんだな。生け贄の心配が無くて良いじゃん」
「まぁ。だから紫遠ことは心配してないわ」
紫遠とは弟の名前だろう。綺麗な名前だ。俺は隙を見て紙切れを奪い返し、一呼吸置いて尋ねた。
「その……弟は、“正気”か?」
「――――」
聞き方が悪かったのだろうか、それとも正気ではない――つまり戸無瀬に操られている――ということなのか、世槞はそれきり黙ってしまった。