2節 七不思議。
学力テストが2日後に迫ったある日のことである。俺は例の桜の木の前で、2人の先輩の怪しい行動を目撃した。木を丹念に調べ、首を捻っているのである。俺は気付いた。
「あの……」
声を掛けてみることにした。声に気付いた男の先輩2人は、ぐるりとこちらを振り向いて、互いに顔を見合わた後、俺を連行することに決めた。そして連れてこられた場所が、校舎の裏手にある横長の建物。そこは複数の部室が連なっており、その中の1つに俺は押し込められた。
「オカ……ルト研究部……?」
薄汚れた看板に薄汚れた字で、そう書いてある。オカルト研究部の部室の中には、男の先輩が3人、女の先輩が1人、いた。
「ようこそ、新入生! 君は晴れてこの部活への入部を認められた。――常人たる証しだ、喜べぇ!」
部長らしき男の先輩が全員の同意を確認し、拳を握って俺を迎える。わきあがる拍手。俺はこの学校以上に変なやつらに捕まったと早くも後悔していた。
「すんません、俺、オカルトとか興味無いんで」
こんなやつらに捕まるくらいなら、勉強をして少しでも最下位から離れることに勤しんだ方がいい。早々に切り上げてこの場から逃げようとした、まさにその時だ。オカルト研究部の部長――周防隆臣は、俺の足を止めさせるに十分な効力を発揮する、徹底的な台詞を吐いた。
「桜は何故、散らないんだろうな?」
「――――」
部室へ振り返る。俺は確認した。そこにいる先輩たちの顔、1人1人を。
――正気だ。
俺は椅子に座り、話を聞いた。
「まず聞こう、木乃芽耶南とやら。戸無瀬へ入学する前、面接があったことを覚えているか?」
「はい」
「そこで、何かを飲まされなかったか」
俺は思い出す。進学校として名を馳せる月夜見市立戸無瀬高等学校、その面接へ両親と共にのぞみ、緊張は最高潮へと達していた。
しかし面接は想像していたものとは違い、机を1つ挟んでのフレンドリーなものだった。両親は教師たちと笑いながら話し、出されたお茶を口に含む。緊張がなかなか解けなかった俺は、お茶を飲むことが出来なかった。教師にお茶を飲むことを執拗に迫られる。今、喉に何かを入れたら、吐いてしまいそうだった俺は飲んだフリだけをしてその場を乗り切った。
「お茶……出されました。親は飲みましたが、俺は……飲まなかった」
まさか。
周防部長は頷く。
「その茶を飲んだやつは皆、戸無瀬の催眠術にかかっているようなのだ。生け贄制度などという犯罪に加担し、また自らが犠牲になることを厭わない。……ここにいる俺らと、お前――共通点は面接で出された飲み物を飲んでいないというところだ」
「皆は、操られていたんですか!」
机を叩きつけ、立ち上がる。周防部長が自らの唇に人差し指をあてる仕草を見て、俺は声量を抑えた。
「そうとしか考えられない。でないとこんな非人道的なシステム、とっくの昔に廃止されているどころか、導入さえされてないだろ」
「じゃあ、今すぐ警察にっ……」
言いかけて、俺はすぐに黙った。そうだ、わかっていた。警察やどこに訴えても意味の無いことを。戸無瀬の生け贄制度が長年に渡って黙認されているこの事実が、それを物語っていた。
「俺が思うに、警察や行政などの高い身分のところに戸無瀬と繋がっている人間がいると思うんだ。そこから圧力をかけ、生け贄制度の黙認、また世間に公表されることを止めている」
俺が想像していた以上に、生け贄制度は規模が大きいようだ。だからこその疑問は、桜の重要さ。何故、そこまでして桜に生け贄を捧げるのか。
「教えてやろうか? 桜がどうして散らねぇかを!」
重い空気を打ち破るように明るく話し出すのは、髪色も同じく明るい金髪の先輩だった。――2年生の一和大輔先輩。
「ほら、よく桜の根元には死体が埋められてるって話を聞くだろ? それはマジだったってことだな!」
「生け贄たちの死体の養分を吸い上げてるから散らないってことですか。……じゃなくて、俺が知りたいのは桜の木の重要さです。あれは生け贄を捧げ続ける価値のある代物なんですか」
一和先輩は自慢の推理を俺に邪険に扱われ、少しご立腹だ。
「それを調査するのが我が部の真の目的だ。オカルト研究部顧問の目が光っているから、思うようには進んどらんが……」
顧問は、世界史を担当する常盤先生らしい。オカルト研究部は教師たちの目を誤魔化す為、表向きは月夜見市の心霊スポットについて研究をしているとなっている。秘密裏に発行している部誌は、部室の金庫に厳重に保管してあるという。
……あの黒光りしている鉄の箱がそうか。やけに目立っているけど、本当に大丈夫なんだろうか。隠しきれてるのだろうか。
「桜の謎は、なんとしてでも解き明かさないといけないと考えている。俺の学年は今年で3年になったが、入学時から人数はだいぶんと減ったよ。今月頭の生け贄を合わせて26人。まだあと10人減る予定だ」
周防部長は、両手の指では数えきれない犠牲者を思い浮かべる。
「その中には、俺の友達もいた。戸無瀬に操られていたから本当の友達と呼べたかはわからないが、卒業して戸無瀬の呪縛から解放されたら、また一からやり直そうと考えていた。生け贄決定は、その矢先の出来事だったな」
「……。部長、生け贄になった生徒は……どう殺されるんですか」
「それはわからない。生け贄は決定したその瞬間からどこかへ連れ去られ、そのまま消える。単純に桜の根元に埋められたのかとも考えたが、土を掘り返した形跡は無い」
「…………」
「木乃芽。これは俺たちの手に負える問題じゃない。けど同時に、絶対に解き明かさなくちゃならない問題でもある。……矛盾してると思うか?」
「いいえ。……今月頭に、俺のクラスのやつが生け贄に出されました。だから次の生け贄も、俺のクラス内から出ることを有力視されている。俺は、これ以上の犠牲者を出したくない。クラスメイトが……学年のやつらが熱狂的な信者なのではなく、ただ操られているだけなら、尚更!」
戸無瀬の呪縛から解放し、世槞に友達を与えてやりたい。
俺は周防部長と握手を交わした。心強い味方を得た――そんな気分だった。
「では、新たな仲間を祝して――蒼夜、戸無瀬の七不思議について教えてやれ」
周防部長は一和先輩の隣りにいた、2年生の朝霧蒼夜先輩を指名した。
「な、七不思議?」
オカルト研究部らしいと言えばそうなのだが、今の俺はそんな子供騙しの怖い話なんて聞きたくなかった。
「不思議の第七番目が、“散らない桜”なんだ」
朝霧先輩がそう話し始めた時、俺は納得した。これは全て、散らない桜の謎を解く為に必要な過程なのだ。
1番目【保健室のベッド】
夕方になると、呻き声が聞こえる。
2番目【2階女子トイレ】
小さな女の子がお母さんを呼ぶ声がする。
3番目【理科室の人体模型】
人体模型が動く。
4番目【音楽室のピアノ】
誰もいないのにピアノを弾く音がする
5番目【地下防空壕】
複数人の呻き声がする。
6番目【屋上の女子生徒】
飛び降り自殺した女子生徒の霊が出る。
7番目【校庭の散らない桜】
桜が散らない。
「どう思う?」
朝霧先輩に尋ねられ、俺は率直に感じたことを述べる。
「ありきたりですね。どこの学校にもありそうな不思議ですよ」
「うん」
「でも、七番目だけが事実だ」
「うん」
「……。えっと」
「他に思ったことは?」
朝霧先輩は俺の瞳をジッと見つめている。何かを探っているようで、少し気味悪い。
俺は七不思議を書き出した紙を食い入るように見つめ、何か見落としているところはないか調べる。でもわからない。
「桜以外の不思議が事実なのか、それともただの噂なのか……調べてきます」
すぐに答えを教えてもらえないのは、自分自身で学べということなのだろう。俺はメモを制服のポケットに隠し持ち、まず1番目の噂から調べることにした。
そして知ったのだ。
七不思議がまったくのデタラメであることに。