終. ドイツモコイツモ。
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結論から言うと今回の作戦も失敗した。これまでとは違う、絶好の良い機会だと思ったんだけどよ、やはり今まで平穏の中でのんびりと生きすぎた代償なのか、反応というものが極度に鈍くなっていやがった。
……これもアイツの努力の賜物ってヤツなのかねぇ。しかし、世槞が本来持っている正義意識のお陰で、その一端は見せてもらうことに成功した。ああ、こいつはとんでもねぇバケモンになると確信したな。
あと、少しだ。あと少しで闇炎を司るシャドウ・コンダクターが生まれる。俺たちが、いや、俺が待ちわびた使い手が。
「愚痴なら余所で言え」
おそらく声に出して言っていたのだろう。俺は唐突に投げられた言葉、その発信源である赤い髪の男を見た。
「聞こえなかったか? 愚痴なら余所で言えと言っている」
声色はやたら高圧的で、鬱陶しそうな表情と合わせてこの男からは殺気に近いオーラを感じる。
つーか、こんなやつがマジで精神科医とかやってんの? 務まってんの? こいつを優秀だとか言ってるやつらは、頭わいてんのか?
『おい貴様、一体いつまでココロを破綻させているつもりだ。治す努力をせん者に、俺は手を貸してやらんぞ』
……これが精神を病んだ患者に対して使う言葉か?
世槞は勘違いしているようだが、こいつが<治療>の時に使っているものは魔法の言葉なんて綺麗なもんじゃねぇ。そう、悪魔の脅し文句、だ。悪魔の。そんな脅しをされたら、患者だって嫌でも完治する。精神の破綻した世界から、正常な世界へと無理やりに連行されるようなもの。
ま、それで治っちまうんだからヤツは確かに優秀な精神科医の先生サマなのかもしんねぇけどよ。
「最終勧告だ。ここから出て行け、アブソリュート」
ケケッ。俺ってやつぁ、どこにいても邪魔者扱いされるらしいぜ。それが悲しいってワケじゃない。
――可笑しくてしょうがねぇ。
ったく、優秀な精神科医サマも優秀な弟クンも劣等な姉も、どいつもこいつも正義のヒーローの名に相応しくない連中ばかりだ。
それでも俺はこいつらに期待をしているんだ。
「なァ、愁」
俺は呼ぶ。ヤツの名を、傲慢な精神科医の名を、友の名を。
「なんだ」
最終勧告を受けても尚、出て行こうとしない俺に、愁は諦めたような静かな口調で返す。
「“佐古下辰造”」
「?」
「20年前に不可解な失踪を遂げた戸無瀬の世界史教師だ。テメェの妹が探していた“答え”だから教えとけ」
「よくわからないが、教えないでおく」
「あん?」
「世槞には危険なことに首を突っ込んでもらうと困るからな。お前も知っての通り、正義感の強い破天荒娘だ。何を仕出かすか、毎日ヒヤヒヤとしている」
「……ケケッ」
大切に育てた割には、その甲斐なく苦労をさせられているようだ。親不孝者というか、兄不幸者というか。
まァいいや。どうせ答えを知ったところで、『物語』にしかならない。俺様はせっせと次なる作戦に取り組むとしますか。
「じゃァお望み通り出て行ってやりますとするかな。俺も暇な身分じゃないんでなァ……ケケッ」
廊下へ出る。辺りを見回す。生まれ変わった戸無瀬高等学校は、俺的には普通すぎてツマラナい。桜が咲かないという奇妙な事象はあれど、影人に関する事象は皆無だ。刺激が欲しいねぇ。刺激が無いと、コンダクターは育たねぇ。
「テメェもさ、物語ばっかり書いてねぇで、ちったぁ仕事しろ」
文句を言った。大きな声で。廊下の向こうにいるヤツに聞こえるように。ずっと言いたかった文句。
けどヤツは、相変わらず飄々とした物言いでこう返しやがる。
「うん。俺の仕事は、世界崩壊後に『物語』を残すことだから」
「崩壊を前提に考えてんじゃねぇ! テメェわかってんのか? ん? 今回のテメェの功績はゼロなんだぜ? 誰も始末してない! 何をしてたかっていうと、ただペラペラペラペラとくっ喋ってただけだ」
「お陰で良い物語が書けた。さて、次は誰が、どんな『物語』を語ってくれるのか……楽しみだ」
ヤツは笑いやがる。楽しそうに。
どいつもこいつも……全くよぅ。
ヤツがいなくなった頃、俺は顔を覆う仮面を外して大きく溜め息を吐いた。




